<R15>15歳未満の方はすぐに移動してください。
この作品には 〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。苦手な方はご注意ください。
この作品はショート・ショートです。約五分程度で読めるので、ぜひ楽しんでください。
これは、私がコンビニでアルバイトをしていた時に、バイト先の先輩から聞かされたお話です。あれは確か、午後十時頃だったでしょうか。タイムカードを押そうと、事務室に足を運ぼうとしたら、先輩のIが背後から突然声をかけてきたのです。その時のIの顔はひどく疲れており、具合も悪そうに見えました。
「どうされたんですか? 体調でも悪いんですか?」
「あぁ、最近眠れないことがあってな。今日はその事についてお前に相談がある。タイムカードを押したら、すぐに駐車場まで来てほしい、じゃあ先に待ってるから」
そう言うとIは、どういうわけか周囲に誰もいないことを確認して、その場を後にしました。私はIの奇妙な行動に少し驚きました。Iはこれから私に一体どんな相談をするというのでしょうか……。私は不安な気持ちでいっぱいでした。しかし、Iの相談に「ただ怖いから」という理由で断るのは少々気が引けたので、私はタイムカードを押した後、Iの待つ駐車場へと向かったのです。
「……その、相談というのは……」
「いいか、この事は他言無用だからな。親とかにも絶対に言うんじゃねえぞ」
「……はい、わかりました」
「よし、じゃあ話すぞ。ここ最近なんだけどさ、俺の友達がちょっとおかしいんだ」
「……と言いますと?」
「そうだな、仮にYとしようか。Yは俺の幼馴染でさ、家も近所で小さい頃からよく遊んでいたんだ。趣味も同じでさ……、幼稚園から高校までずっと一緒だったんだぜ?」
「そうなんですか、それは凄いですね。友情の絆を感じます」
「だろ? でも、大学受験の失敗を機にYは少しずつ変わり始めた。Yは俺の友達のなかで、最もいい奴だったんだけど、一つだけ欠点があった。それは負けず嫌いだったこと。高校三年の夏に、いきなり俺と同じ大学に行きたいと言い出したんだ。自分で言うのもあれだが、俺は勉強が人よりも得意な方だった。志望していた大学も世間からは難関とされていて、勉強が苦手だったYには到底無理なわけで……」
「でも、そのYさんという人物は、結局Iさんと同じ大学を受験したんですよね?」
「そうだ。で、俺だけが受かってYは落ちた。他の大学を受けるよう説得はしたが、Yは俺の言うことを聞かずに『浪人して、必ず○○大学に受かってみせる』って予備校に通いだしたんだ」
「あーなるほど。それで負けず嫌いというわけですか」
「そうそう。でも、ここまではまだ良かったんだ。時間の暇さえあればYと会って勉強を教えたり、息抜きにボウリングに行ったり、進捗状況をメールでやり取りなんかもしていた。このまま順調に大学に受かってくれれば、学年は違うがまたYと楽しい毎日を送れる。この時の俺はそう思っていた」
「……ということは、また駄目だったということでしょうか?」
「いや――それがわからないんだ」
「え?」
「合格発表当日に直接電話をかけたんだが、全く繋がらなくてさ。メールも後で送ったんだけど、一切返信が来なかったんだ」
「……それは、YさんがIさんに落ちたことを報告するのが怖かったからなのでは?」
「最初は俺もそう思ったんだよ。だから、メールで『直接会って話がしたい。もし、結果がどうあれ俺は気にしないし、駄目だったとしてもまた来年受ければいい。そんなことで俺は幻滅したりしない。美味いものでも食いに行こうぜ』ってもう一度送り直したんだ。そしたら一時間後くらいに返信が来た」
Iは私に向かって一枚のスクリーンショットを見せてきました。そこには短い文字でこう書かれていました。
「キオクヲナクシマシタ」
私にはこれが何を意味しているのかがさっぱりわかりませんでした。ただ言えることはYさんの心理的状況を察するに、これが決して冗談で書かれたものではないということだけです。
「最初に見たときは思わず鳥肌が立ったよ。Yの身に何かあったんじゃないかって。そしたら居ても立っても居られなくなってさ。悪いとは思ったんだが、Yの実家を訪ねた」
「Yさんは実家暮らしだったんですね」
「あぁ、でもすでにもぬけの殻だったよ」
「え?」
「どうやら、浪人した時期に家を引っ越ししたらしく、大家さんに聞いてもどこに行ったかわからないとかでさ」
「そうなんですか……」
「唯一無二の親友に消息を絶たれて、俺は正直滅茶苦茶悲しんだ。俺たちの関係ってその程度だったんだなって。そんでもうYのことはきれいさっぱり忘れようって思ったらさ、来たんだよ! Yからの連絡が!!」
「本当ですか? それは良かったですね」
「……」
「どうされたんですか?」
「いや、何でもない。話を続けよう。で、俺はYに真っ先に今いる場所と大学の合否を聞いた。するとYは突然無言になって、しばらくしたらまた別の話を始めるんだ。俺が何度も話を戻そうとしてもすぐにはぐらかされる。そうやって会話が段々成立しなくなっていったんだ」
「……それは、もうYさんがだいぶおかしくなっている証拠なのでは」
「ん? 何を言っているんだ。こんなのはまだ序の口だぞ。俺の親友はここからさらにおかしくなっていく」
「え?」
「これを見ろ」
そう口にしたIは私に一枚の写真を見せてきました。そこには見たこともないような大きな謎の施設が中央に写っていました。
「元々手紙と一緒に送られて来たんだが、その内容があまりにも不気味でな。思わず手紙の方は捨てちまった」
「一体どんな内容だったのですか?」
「聞きたいか?」
「いえ、出来れば聞きたくないですけど、ほんのちょっぴり興味はあります」
「確か『今日は素敵なピクニックでしたね。またIさんと行きたいです』だったけ」
「は?」
「まぁそういう反応になるよな。最初に言っておくがこの日、俺は大学で講義を受けていた。当然Yとなんて出かけていないし、そもそもYが撮ったと思われるこの写真の施設はこの世に存在しない」
「え?」
「調べてみたんだ、ネットや図書館でね。でもどこにもこんな場所無いんだよ。恐らく養豚場か何かの施設を自分で加工したんだろうな」
「なぜそんなことを……」
「さぁな、こればっかりは長年付き合ってきた俺でも理解不能だわ。でもこれを見る限りYは確実に嘘をつくようになったってことはわかる。その後もYは俺にたくさんの嘘をつくようになった」
「それは嫌ですね」
「あぁ、それに俺が何よりも気色悪かったのが、敬語で話しかけてくるようになったことだよ」
「あっ……、今まで気づきませんでした」
「そりゃあ、大学生という立場から見ればさ。一つ上にはなるかもしれないが、幼馴染だぜ? 今までずっと仲良くやっていたのに急に敬語で話しかけられたらさ、誰でもショックじゃん? でも、俺が何度言ってもYはやめないんだ。『すいません。すいません。』って何かに怯えるようにして言うんだぜ、もうお手上げ状態さ」
「……」
「そんな中で、先月遂にYと食事に行ったんだ。凄いだろ? でさ、何を話したと思う?」
「それは、大学のこととか、今どうしているのかとか、そういう世間話じゃないのでしょうか?」
「違う。それは正常な者同士の会話だ。今は例外だろ? 互いに精神が侵されているんだ。まともな会話なんぞできやしない。正解は、宗教さ」
「え?」
「宗教……、Yはいよいよ神に縋るようになったのさ。Yと数ヶ月ぶりに出会って、最初に出て来た言葉が『久しぶり』ではなく『○○教に興味はない?』だった。流石に驚いたよ。たぶん人生で一番驚いた瞬間だったかもしれない。それからはずーっと○○教の話ばっかり聞かされた。気でも狂うかと思ったよ。いや、実際に発狂した。店から追い出されたよ。結局俺はYに関する情報は全く聞き出せなかった」
「それは……、残念でしたね」
「それからしばらくの間は音信不通になっていたが、つい一週間前に写真付きのメールが届いた。見てくれ」
そこには、白い粉を包んだオブラートのようなものが写っていました。私はそれを見た瞬間にそれが良くないものだとすぐにわかりました。
「お察しの通り、これは間違いなく覚せい剤だ。メールの内容も『これを使うと気分が落ち着くんだ。Iも使ってみてよ』といったものだ。俺は嘘であると信じたい。どれだけ頭がおかしくなってもさ、やっぱり俺の大切な友達なんだ。犯罪には手を染めていないと……」
Iは涙を流し始めました。私はどうしていいのかわからなったのですが、取り敢えず慰めようと、頭を撫でてみました。すると、Iは落ち着きを取り戻したのか話を続けました。
「Yは……、Yは最近自分すらも偽るようになってきたんだ、知っているか? Yはここのバイトで働いているんだ」
「そうなんですか! あっそういえば他にも同じ大学生が二人いましたね。そのどちらかがYということなのでしょうか?」
「Yがここで働いていると知ったときは本当にびっくりした。だから、慌てて塾のバイトを辞めてここへ来たんだ。でも……、でもあの頃のYはもうどこにもいない……、いないんだ……。ここまで話を聞いてくれてありがとう。最後に俺はYにどうしてあげればいいかな? 相談というのはこの事だ」
ひとまず、これまでの話を整理してみましょう。IはどうやらYという人物と古くからの親友だったが、大学受験の失敗から徐々にYの精神がおかしくなり、突然いなくなったと思ったら、記憶が曖昧になったり、虚言を言うようになったり、怪しい宗教にハマるようになって、挙句の果てには自分を偽って犯罪に手を染めたりという風にまで発展してしまったYをどうやって救ったら良いのかという相談だったようです。私にはよくわからないのですが、Iの気持ちを尊重するならば選択肢は一つしかないと思います。
「やはり、Yさんを一度精神病院に連れて行って、きちんと治療させてあげるのが一番良いのではないでしょうか?」
「…………わかった」
Iはとても寂しそうな表情をしながら、駐車場を立ち去りました。
――翌日私は、都内の精神病院に入院することが決まりました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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