その赤い目の人間はベランダに布団のように二つ折りに垂れ下がった状態から、両手で淵を掴み、くるりと倒立前転することで着地した。
まるで体操選手のような運動神経に上条とインデックスは状況を忘れて拍手を送った。
「って誰ですか!?」
「空から落ちてきた系ヒロインは私のものなんだよ!!」
「…そういや、お前もこうやって落ちてきたとかなんとか言ってたな。」
「わ、私なんてこう、まるで眠ったお姫様みたいに落ちてきたんだから!」
張り合うように言い合う2人をぼーっと見つめていた『誰か』は、遠慮気味にベランダの窓を叩いた。
「…とりあえず入れてあげようか?」
「前のは私が持ち込んじゃったから言っちゃダメな気がするけど…。とうまっていろいろ巻き込まれやすいのかも。首突っ込むなら私も入れてね。」
「へいへい。」
インデックスは、「いらっしゃいなんだよ!」と元気よく迎え入れた。
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誰かさんは本当に誰かさんだった。
名前がないのだという。
「名前がないって…
「元から無いってだけェ。学園都市にはよくある話らしい。」
真っ白な髪、真っ白な肌、セーラー服、そして真っ赤な目。
白と赤の少女はまるで生きたお人形のようで、美しいともいえるが、容姿に加え、その服装はまるでどこぞのホラー映画のようだった。
少女の言うように、よくある話なのかもしれないが、それが真実かは記憶のない俺と学園都市に詳しくないインデックスには分からない。
「で、なんであんなところに干さってたんだ?」
インデックスがピクリ、と反応する。
なんとなく察したが、スルーした。
「落ちたンだよ、屋上から屋上に飛び移ろうとしたら、ミスって…」
「ちょちょっとまってほしいかも!そこまで
「あン?」
「大丈夫だぞ、インデックス。お前のマネなんて誰もしないから。」
「むっきいいいいい!!!!とうまのおバカ!嫌い!」
「はいはい。」
「っ!!あっ、う、もおおおおおおおおお!!!」
顔を真っ赤にして叩いてくるインデックスに、はっはっはと笑って対応する。
無駄に痛いが、我慢だ。
「…お邪魔なら、帰ろうか?」
「あ、ああ、悪い、続けてくれ。何か用があってここに留まってるんだろ?」
「いや?」
「え?」
まさかの否定に思わず目が点になる。
何やらとんでも事情が飛び出すかと思いきや、もしかしなくても何もないのだろうか。
いやいやいや、屋上散歩感覚で飛び移るやつなんて早々いやしないはずだ。
「お散歩してただけですゥ。」
「散歩かよ!?」
「そしたらベランダ温かくて、眠っちまって…。あー…、ごめンなさい。」
「あ、いや、何もないんならよかったんだけど。」
頭をかいて早とちりしてしまった恥ずかしさを流す。
かっこつけて「悩み聞くぜ…?」って言ったのに「いえ、いいです」と断られた感じだ。そのまんまだな、とりあえず心が痛い。恥で熱い。
「…ンじゃ、お邪魔しました。」
「あ、ああ、散歩のときは気を付けて…」
「待って!」
そこで、恥ずかしさで沈んでいたはずのインデックスが真面目な顔をして少女を引き留めた。
まさか一緒にご飯食べようとか言い出す気かコイツ、と俺はのんびりと夕食のメニューを考える。
「何もないなんて、嘘。あなた、怪我してるんだよね?」
「は?え、そうなのか?」
のんきなことを考えていた俺の頭が切り替わる。
えらいこっちゃと大慌てで救急箱を取り出した。
「歩き方がおかしいなって…。事情は、話したかったらでいいんだよ。だから、治療だけしていこ?丁度とうまの怪我のおかげで包帯とかいっぱいあるから、ね?」
インデックスは、笑いながらも、有無を言わさない目で問いかけた。
名無しの少女は少し困惑しているようだったが、頷いた
そこからのインデックスは早かった。
お湯!とインデックスに言われ、風呂用の桶にお湯をいれて持っていくと、いつの間にか靴下を脱がされ、俺の(らしい)服に着替えさせられた少女がいた。
治療をスカートで行うのは確かにアウトだな、と納得するが、それはそれでありだったかも…なんて思っていたらインデックスから鋭い視線が飛んできた。
怪我は三か所。太ももに大きな擦り傷と、掌のやけど、それに足首の捻挫。
何も処置をしていなかったようで、汚れがついたままだ。
特に太ももが酷く、ざらざらに傷ついた傷口の間に汚れや小さな石ころが入り込んでしまっている。
「じゃあ、触るんだよ。傷に汚れが入り込んじゃってるから、それ取らなきゃいけないの。痛いと思うけど、我慢してね。」
インデックスは、ガーゼを濡らして、少女のふとももの傷にあてる。
出来るだけ早く終わるよう、少し強めに、出来るだけ痛くないように汚れを取り除いていく。
しかし、全く無痛で終わらせれるほど軽い汚れではなく、インデックスは「ごめんね」と辛そうな表情でガーゼで強く傷口を拭った。
「っひ」
「わっ!?」
インデックスの手が少女のふとももから弾き返されるように遠のく。
驚いているインデックスに少女がすぐに頭を下げた。
「ご、ごめン。能力の制御効かなくて、怪我してない?」
「魔力の暴走みたいなものかな?しょうがないのかも!痛いけど、もうちょっと頑張ろうね。」
「いや、これ以上は危ねェと思うンだけど…。」
「だったらとうまの出番なんだよ!」
「は?」
いきなり名前を呼ばれて、なんのことやらと首を傾げると、インデックスがやれやれと大げさに肩をすくめた。
バカにされたのはよく分かった、後で戦争だ。
「とうまったら…。自分の能力くらい覚えてほしいのかも!」
「…ああ、なるほど、そういうことか。」
「どういう…?」
「いや、俺の能力、少し特殊でさ。とりあえず今は治療に専念な。」
俺は白い少女の手を取り、願う。
どうか少女の治療がいち早く終わりますように、と。
「いっ、……?反射、されない…!?」
「とうまの能力なんだよ!変なことしてるわけじゃないから安心してね?」
痛みで小さく悲鳴を上げる少女に、少女以上に辛そうな表情のインデックスに囲まれ、俺まで泣きそうになった。なんだこの辛い空間。
少女が疲れでベットに倒れこむ頃にやっと治療が終わった。
ガーゼと包帯に包まれた傷口は、もろに出していたときよりもマシとはいえ、痛々しい印象を受けた。別の意味でも。
「…とうま、怪我人に変なこと思ってない…?」
「思ってませんー。」
「………。」
「すみません、白い肌イイねくらいは思いました。でも、インデックスも大概白いしな。」
少女と同じく疲れ果てたのか、インデックスは反論もなく、冷たい視線だけをよこしてきた。
これなら噛みつかれた方がいいかもな、と思いつつ、機嫌をとるためにそそくさと飲み物と菓子を持ってくる。
「…さっきのって能力?」
「ああ、俺の?
「異能殺しって言った方がいいのかも!とうまが触れるとどんな異能も消えちゃうんだよ!」
「あんま強すぎると、処理しきれなくなるんだけどな。」
右手をぶらぶらと揺らしながら笑う俺に、「強いのレベルが高すぎるんだよ…」と呆れ顔で付け加える。ついでにお菓子でエネルギー補給ができたのか、頭に噛み付かれてしまった。
痛い。噛みつかれるのも嫌だ。
「じゃあ、さっき能力が効かなかったのも…?」
「うん、とうまの能力のおかげ!そのせいで痛かったんだけど、治療できたから許してあげてね?」
「なんで俺が悪いみたいになってんだよ、…後で覚えとけよ、インデックス。……どうした?」
少女が何か考え込むように、顎に手を当てていた。
インデックスが心配そうに、少女の口に小さなチョコを押し込む。何かあって食べ物で治るのはインデックスだけだ、と叱りたいが、少女が割と簡単に口を開けたのでタイミングを失った。
チョコのおかげか、少女の表情が華やいだ。この子も食べ物につられるらしい。
少女がチョコを食べてる間に、俺も一つ口に放り込む。ついでにインデックスの口にも放り込む。この短時間に8つ目のチョコレートだ。恐るべしブラックホール胃袋。
菓子と一緒にだした麦茶を飲んでから、少女はやっと口を開いた。
「能力を消す、ってどのくらいなら?」
「
「どらごん…?」
「いや、こっちの話。そうだな、確か資料があったはず…。」
極秘と大きく印鑑の打たれた大量の資料を俺は鞄から引っ張り出した。
少女が慌てて目を塞ぐのを見て、インデックスと顔を見合わせて笑った。
「大丈夫だって、個人情報ってだけだから。」
「それならなおさら見ちゃダメじゃねェの…?初対面のヤツ相手なンだから、もうちょっと警戒心もったがいいと思う。」
「それは私も同意見なのかも。」
「お説教は後にしてくれよ…、お、あったあった。」
資料の俺の関係者リストを引っ張りだす。
確か能力順になっていたはずだ。ついでに交戦記録も。そんなことが資料に書き込まれるほどに、『上条当麻』はどれだけ巻き込まれていたのだろう、自分のことながら呆れてしまう。
「えーと、第三位のれ、
少女がピクリ、と反応した。
「とうまのことだから負けたふりしてみせる演技力も気も利かなかったに決まってるんだよ…。っていうか!自分のことなんだからちゃんと全部目を通しておいてって言ったでしょー!」
「何、全部分かってます風にアメリカンボディランゲージしたあとにブチ切れるなよ!そんなギャップには上条さん萌えません~!」
「だってとうまだもん。…萌え?」
「いろんな意味でなんだと…っ!?」
「あの!」
少女が大声をあげた。
意を決したような表情にインデックスがいち早く少女にしっかりと向かいなおす。
「どうしたの?…事情を話したくなったのなら、聞くんだよ。」
インデックスがさっきまでとは大違いの聖母のような笑みを浮かべている。
やけに大人っぽくなったものだ、と俺は関心する。教えてもらったインデックスはもっと子供っぽいと聞いていたのに。無理をさせてやしないか、ふと不安になった。
俺の思考がトリップしている間に、少女は覚悟を決めたように口を開けた。
そのせいで、俺は少女の願いを受け止める準備が出来ていなかった。
「倒してほしいンだ、この学園都市の超能力者を。」
人形のように美しい少女の小さな唇から発せられたあまりに物騒な言葉に、俺の思考は再度トリップした。