この人間を『上条当麻』と呼びますか?


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作:四條
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第一章
上条当麻の驚愕


上条当麻が記憶喪失であるという情報は両親や学校へと伝わり、上条の周りの人間へと一気に広がっていった。

俺の知らない場所、知らない人間に俺の事情が噂されているのは、あまりいい気分はしなかったが、隠さないでいく以上、仕方のないことだった。

 

 

「…インデックス」

「どうしたの、とうま。…やっぱり外に行くのはまだ不安なのかな?」

 

 

退院の日。

 

外へ近づくにつれて、足取りの重くなる俺にインデックスは優しく笑いかけてくれる。

入院期間一日も休まずに俺のところに通いつめ、些細な思い出や歌を歌って、俺の暇を潰してくれた。

まるで聖女だと、今や病院のアイドルである。

俺限定なのです、と言えないのが少々堪えるが。

 

そんな幸せな毎日も今日で終わり。

今から俺にとって初めてだらけの生活になるのだろう。

 

 

「とうま、不安がっててもしょうがないのかも。でも、仕方ないことだから少しずつ克服していけたらいいね。」

 

 

インデックスの小さな手が俺の右手を握る。

大丈夫、というようにしっかりと繋がれた手に、肩の力が抜けた気がした。

 

右手といえば、俺の右手の能力、幻想殺し(イマジンブレーカー)

特殊な能力だから、今回の怪我で消えるかと思いきや相変わらず健在だ。

しかし、能力の発動条件が変わってしまったらしい。

今まで触れるだけで無意識であろうと異能を打ち消していたらしい俺の右手は、俺の意思なしではその力を発揮できなくなってしまった。

これで異能の回復や援護の力を受けることができるようになったが、もし突然襲われたときの対処はできない。

この状態になって分かったことだが、インデックス曰く『不幸少年(アンラッキー)』であった俺は右手が打ち消していた『神様からのご加護(ラッキー)』を足しても不幸だったらしく、未だに傷が絶えなかったりする。

 

 

「それに今日はスペシャルゲストがいるんだよ。だから、安心してほしいかも。」

「スペシャルゲスト?」

「うん、びっくりさせようとして黙ってたんだけど…」

「当麻!!」

「当麻さん!!」

 

 

呼ばれた名前に、最初自分を呼ばれていることに気づかなかった。

インデックスが話すのを止め、声の方へ視線を向けたことで俺もそちらへ視線を向ける。

そこで俺はやっと俺の名前が『上条当麻』で、声をかけた人物は自分の知り合い、いやとても親しい誰かだと知る。

 

俺を見る目が、あのときのインデックスと全く一緒だったから。

 

それに、あの顔を俺は知っていた。

 

 

「俺の、両親…?」

「ああ、ああ、そうだ、私はお前の父さんだ。」

「あらあら、父さん、泣いちゃだめじゃない…。当麻さん、私があなたの母さんよ。入院中、一度も来れなくてごめんなさいね…。」

 

 

そういって髪の毛を撫ぜた女性の笑顔に、俺の目に何故か涙が浮かんだ。

『知識』がこの手を知っていると言っているようだった。

 

 

「全く、学園都市も当麻の意識が戻って、すぐ連絡を寄越せばいいものを…。私の息子に、記憶喪失を隠させるなんて惨い決断はさせたくなかった…。」

 

 

背中を力強く抱いてくれる男性の大きな手を懐かしく感じた。

この感覚を『知っている』と脳が訴える。

しかし、俺にはどこでどうやって知ったのかが思い出せない。

軽い頭痛がする、無理に思い出そうとするとこうだ。もう完全消去した知識を何度思い出そうとしたって意味がないことなのに。

もやもやとした違和感と不安だけが、記憶されていく。

 

 

「インデックスちゃん、ありがとうね。貴女のおかげで、当麻さんは元気でいられてるわ。」

 

 

半歩後ろでこちらを見守っていたインデックスがにんまり、と得意げにこちらに視線を向けたあとに、母さんの方へと移した。

明らかにドヤ顔だ。

 

 

「ううん!ぜーんぜん大丈夫なんだよ!とうまは私がいなきゃダメなんだからね!」

「私の息子がすでにヒモのポジションを陣取ってる…だと!?」

「んなわけあるか!!父さんはそういうとこ変わってね…え?」

 

 

自然と零れた言葉に、父さんと母さんも固まった。

言葉を糸口に、父さんと母さんについての『知識』が浮かんでいく。

 

 

「――父さん」

「ああ、そうだ。」

「父さん、あんま変なお土産送ってこないでくれよ、お菓子とか無難なものにしてほしいな」

「ああ、ああ、そうだな…、今度は美味しい食べ物も買ってこよう。」

「――母さん」

「ええ、当麻さん。」

「学園都市のパラシュート、空中ブランコみたいなんだって。好きだよな、そういうの。」

「あらあら、当麻さん、そんなこと調べててくれたのね、本当に優しい自慢の息子だわ。」

 

 

たわいもない会話に、俺は泣いていた。

病院の中で、周りの視線が恥ずかしくて、急いで涙を拭うけれど、後から後から零れてくる涙は拭いきれずに零れていく。

 

 

「あらあら、当麻さん、赤ん坊に戻ってしまったかしら?」

 

 

零れた涙を母さんが袖で拭ってくれた。

まるで幼子に向けるような笑顔の母さんに、次第と涙が止まっていく。

かわりに、心がいっぱいになった、まだまだ数日分のインデックスとの思い出しか詰まっていない俺の心に、知識の思い出が溢れていく。

母さんの笑顔は、魔法なのだ。

 

 

「だめだぞ、当麻。また乳のみ子に戻ったら、母さんのは父さんのだからな!」

「あらあら、父さんには何を投げつけたらいいのかしら。」

 

 

俺は、ちゃんと覚えているのだ。

思い出は消えてしまったけれど、それでも覚えていることはあった。

 

 

「父さん、調べたんだがな、知識と思い出の境目はバラバラなんだそうだ。どんな知識だって人から教わることもある。誰かに習った、という知識が、お前の思い出を引き出してくれることもある。」

 

 

力強く、背中を父さんに叩かれる。

 

 

「今はまだ自分が分からないかもしれない。『前の上条当麻』を意識してしまうかもしれない。だが、お前が失った思い出は私たちがちゃんと覚えているし、思い出なんてまた一から作ればいいんだ。そのうち、ちゃんとお前が誰なのか、見つかるはずだ。」

「でも、あんまり急いではだめよ?今の当麻さんだって、当麻さんなのだから。今はまだそう思えなくても、ね?」

 

 

俺は、ただただ頷いた。

それだけで伝わることが、何より暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父さんと母さんは、そもそも父さんの仕事が忙しかったのもあり、学園都市から一日しか滞在許可をもらえなかったらしい。

母さんに耳を引っ張られながら泣く泣く帰っていく父さんは、少し恥ずかしかった。

「あらあらとうまさん、連絡はしっかりしてくれなきゃ母さんお外で超能力発揮して電柱なげちゃうわよ?」と笑っていた母さんの目が本気(マジ)だったので、週一で連絡をする約束をした。

しかし、本気で大事にされてるのが分かって、二人にしっかりお礼を言ってから別れた。

 

両親と別れ、俺は自宅の学生寮への道に『知っているのに、見た覚えがない』という奇妙な感覚を抱きながら、インデックスと夕焼けに染まった赤い道を歩いていた。

 

 

「…お父さんとお母さん、びっくりした?」

 

 

少し心配そうに、インデックスが口を開いた。

余計なお世話だっただろうかと心配している顔だ。

顔に書いてあるという言葉がよく似合う少女だと、正直まだ人の感情をうまく読み取れない俺には好都合な少女の表情を変えるべく、思いっきりほっぺを抓った。

 

 

「おー、伸びる伸びる。」

ひょ、ひょうま!?(ちょ、とうま!?)

「びっくりさせられた仕返しだよ。」

 

 

真面目な話をしているのに!とインデックスは暴れて反抗してくる。

俺はそれを腕力にものを言わせて押さえつけた。

 

夕日は便利だ。

表情は隠せないけれど、顔色は隠してくれるのだから。

 

 

「ありがとう、インデックス。」

「えへへ、どういたしまして!」

 

 

あ!とインデックスが嬉しそうに声を上げ、高く腕をあげた。

上を見上げると飛行船が明日の天気を伝えていた。

洗濯日和の晴天。布団を干さなくてはいけなさそうだ。

 

 

「明日は晴れだってさ。」

「違うよ、とうま!そっちじゃなくて、もう少し下!」

「下?」

 

 

視線を下げると、そこには団地妻よろしくのようなおんぼろマンションが建っていた。

 

 

「あそこがとうまの学生寮だよ!えへへ、お部屋までよーいどん!負けた方、今日の晩御飯デザート抜きなんだからね!」

「んな!病み上がり相手に卑怯だ!」

 

 

嬉しそうに階段を駆け上がっていったインデックスを慌てて追いかける。

が、すぐ横にエレベーターを発見。

敵を知り己を知れば百戦危うからずなり。

 

ゆっくりとおんぼろエレベーターに乗ってなんとなく押したボタンの階に降りる。

知識が正しければ、この階だった、と不確かな記憶になぜか確信を持ちつつ降りると、何故かスプリンクラーの場所の知識がやたら鮮明に残っていて、ところどころに見える焦げ跡に一度火事でもあったのだろうかと考える。

 

 

「ぜーはー…あれ!?なんでとうまの方が早いの!?」

「科学様様っていうこと。お疲れさまだな。」

「ひきょーなんだよ!!」

「そんなこと言ってたら、デザートは独り占めしちゃうけど?」

「ごめんなさいなんだよ!!!」

「よろしい。」

 

 

くだらないことを話して、笑い合って、自宅に入った。

まぶしい夕日が小さな部屋を真っ赤に染めていた。

 

 

「…ん?インデックス、布団?いや、風呂のマットか?干したのか?」

 

 

逆行でよく見えないがなにかがベランダに干してある。

 

 

「ふぇ?お布団ならベットに敷いたままだよ?」

「じゃあ、ベランダに引っかかってるのは…?」

 

 

2人で顔を見合わせる。

何となく、いや確実にインデックスにとってはデジャヴだろう。

 

ベランダの何か、いや、誰かがもぞりと動き、こちらへと頭を上げた。

 

 

「「ひっ」」

 

 

その目は夕日よりも紅く、血のように揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 

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