第55話 「ファイタースーツ《fighter suit》」


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第55話 「ファイタースーツfighter suit




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 教官の後を追い、森へ入る。

 この島の木々は大陸のそれと比べて高い。だとしても森の奥に何かしらの施設がわかっていたが、はてさて。


「……思いの外、暗いな」


 森内は、葉が幾重にも折り重なっているため陽の光が遮られているのだ。


「ここは君たちの国からすればかなり南に位置する島だからね」


 オレの独り言に反応するかのように、シアンが隣に並び立つ。


「…………こんだけ暗いとなると、異形ヴァリアがいきなり飛び出してきたらまずいんじゃねえか?」


「その心配はないよ、キサラギくん」片目をぱちっとさせたシアンは、「君は、この島に来た人間だよね」


「そうだけど」


「やっぱり。じゃあ知らないのも無理はない。大陸でも主要都市には結界アミュレットが張ってあると思うけど……ホープ島も例に漏れない。ましてや訓練校周りは特に、ね。僕たち未来の英雄が、うっかり殺されちゃ堪らないだろ?」


「今オレが言うのもなんだが、過保護だな。うっかりで死んでるようじゃ英雄どころじゃねえ気もするが……」


「たしかに。……でもね、僕ら奪われる者からすれば、どんな名工が作った武器より人的資源の方が、大切なんだよ」


「そっか……」


 そりゃ当然、人の命の方が大切だわな。


「キサラギ、ラングル。貴様ら随分な余裕があるようだ。なんなら森内を走り込んでから適性検査を行なっても一向に構わんのだが」


「いえ、一刻も早く適正を測りたいであります!」


 一瞬で切り替えたシアンに、オレも慌てて倣う。

 ふん、と吐き捨てた教官は前へ向き直り、歩みを進める。……やがて視界が一気に開けた。


「——これが、貴様らのファイタースーツ適正、ひいては機士たる資格の有無を見定める装置——ローラーコースターだ」


 生い茂る木々が開けた土地、その先には、蛇のように波打つ「線路」が、自由自在に《空中で入り乱れている》》。

 移動のためのものではない。明らかに一回転とかしてるし……。


「お待ちしておりました、アストリッド・バーンズ教官」


 と、聞き慣れた声がひとつ、近づいてくる。

 ぴっと手のひらを小綺麗に額へと捧げて、……同じ軍服姿のアッシュはにこやかに微笑んだ。


「な、アッシュ」


 奴はオレに目線だけを見せてぱちっとウインクしてから(イケメンはウインクする癖でもあんのか?)、教官の元へと駆け寄ってくる。教官は顔色ひとつ変えずに、彼に言い放つ。


「……たった二ヶ月でしかないが……、一つ、修羅場をくぐったそうだな」


「いえいえ、おかげさまで生き延びることができました」


「ふん。感謝を謳う割には私と顔を合わせるのを避けていたようだが?」


「ゔっ、それ、は……少々、腸の都合がよろしくなくてですね……」


 オレとレインが教官に引き合わされた時のことだろう。アッシュは姐さんより先に姿を消していた。しっかし……下手な言い訳が通じるわけなかろうて。


「そうか。便通を良くするには運動がいいらしいが、知っていたか?」


「と、当然です。それより教官、貴女の助手であるエミリスさんが体調不良にて倒れられたそうです。たまたま時間が空いていた且つ、訓練校を買って知ったる自分が、代行を託されました」


「把握した。ここで貴様が待機していたということは、『スーツ』の用意はできているな?」


「はい、あちらに」


 アッシュの視線が示す先、小屋の脇に木箱が二つ並べられてある。


「よし」教官は頷いてからオレたちの方へと向き直り、「各自、インナースーツを装備したのちに検査場に集合せよ。装備の説明・案内はそこのアッシュ・グラハムが行うので従うように」


 言うだけ言って、教官は波打つ線路の下をくぐり抜けていった……。


「さて……」それを見送ったアッシュが貼り付けたような笑顔で、「えーと、教官が仰った通り、教官補佐代行を務めさせていただく、アッシュ・グラハムで——」


「——ひっさしぶりじゃないの、アッシュ!」


 と、甲高い声とともに、人影がオレを通り越した。

 人影はアッシュの手を引っ掴むとぶんぶんと振り回してから、グイッと顔を近づける。


「なんであなた、こんなとこにいるのよ! レムナンティアとの戦争終わってから、一応グラハム家まで安否確認しにいったんだからね⁉︎」


「はあ? は…………あ、お前ひょっとしてマリーか⁉︎」


「ひょっとしてって何よ! 忘れてったわけ、あんっなに、口説こうとしてきた癖に?」


 マリー、と呼ばれた少女は、アッシュの言葉に表情をコロコロと変えていく。


「いやー、その節は……ってか俺だって隊が別れてから心配はしてたんだぜ? お前がいるってことは……、」


「もちろん、リュシーもいるよ」


「…………どうも」


 マリーが手を伸ばした先、前髪で片目を隠した少女が小さく頭を下げる。……たしかあの二人、昨日食堂でつるんでたよな。

 …………しっかし、レムナンティアとの戦争って言ったな。そんな頃からのアッシュの知り合いってなると、ひょっとして……。



「——じゃあ、やっぱりさ、あのかっわいらしい男の子って、ヒロ?」



 マリーという、覚えのない顔の少女が、親しげな表情を向けてくる。


「……えっ、と。うん、まあ。一応、そう」


 アッシュが歯切れ悪く答える。


「なんっだ! 身長めちゃくちゃ伸びて雰囲気も違うし、他人の空似だって思っちゃってたけど、だよね。キサラギ・ヒロなんて珍しい名前、そうそういるわけないもんね!」


 マリーはまたしても勢いよく突っ走ってきて、同じように手をブンブン。


「もう、人見知り激しくなった? ヒロ。ほら、あれ! 焼き鳥はタレ派か塩派で揉めまくってたタレシオコンビだよ! それともひょっとして、こーんな美人二人の顔忘れちゃったりしてたんじゃ——」


「——あー、マリー」


 アッシュが、

 意を決したように声を上げた。


「懐かしい再会はその辺にして、急がねえと。お前も飯抜きで夜まで走らされるのは勘弁だろ?」


「あ、そうよね。ごめんごめん。同期のみんなも、ごめんなさい。気をつけまーす」そそくさとお辞儀をした彼女は、「また後で、ゆっくり話しましょう」


 それだけ言ってリュシーの元に戻る。

 ……ふう。

 つらいな。結構。

 昔の知り合いに会ったのは、なんだかんだで初めてだ。アッシュも姐さんも、レインも。自分がまず何者なのかを実感する前に、巡り合えた人たちだから。

 大陸の極東北、ノールエスト。そんなところから来たのだから、昔の知り合いになんてもう、会うことはないと思っていたから。

 それらしい言葉なんて、用意してない。


「……それじゃあ、仕切り直しということで」わざとらしい咳をしたアッシュは、「ヒロ、あの箱を運ぶの手伝ってくれ」


「……あ、ああ」


 ぼーっと、マリーの親しげな表情を反芻していたオレだったが、アッシュの言葉のままに追随する。


「大丈夫か? まさかこんっな偶然がこのタイミングで起こるなんてな」


「そりゃびっくりしたけど……。あの二人、オレとはノールエストでどういう関係だったんだ?」


「今と同じ、ノールエスト軍での同期だ。今や懐かしい、本当の意味での初陣も経験した仲だな」


 はあ。またしても偶然、同期。もはや仕組まれたとしか思えない。


「演技派のお前なら、騙くらかすことはできるかもしれねえが……どうする?」


「…………いや、いいよ。正直に説明しよう。互いの命を預けようって仲間に、自分の都合で裏切るのは、ねえだろ」


 そんな考えはただ単純に、相手を失望させたくないというだ。


「了解。時間があったら、俺も加わってやるよ」


 密かな会話を終えて、木箱を皆の前へ置く。

 ってか、今考えれば持ち運ぶ必要ねえ重さだな。重いってわけでもねえけど、出向いた方が早え。きっと、アッシュが機転を利かせてくれたのだ。

 オレはなんとも言えない気恥ずかしさを感じつつも、同期たちの集いに戻った。


「さて、これから皆さんにはローラーコースターに乗るための装備を


 空中をのたうつ鋼鉄の大蛇を指して、アッシュは言う。

 二つの木箱が開かれると、中には透明なパッケージに包まれた薄い生地が入ってあった。男女別で分かれているようで、奴はそれを一人一人顔を合わせて配っていった。


「あんまり遅いと俺もやべえんで、さっさと来ちゃってください」


 さっそくパッケージを開けてみると、折り畳まれた布地が出てくる。思ったよりさらさらとしている布地は二種類。紫色と黒紫色の布地はそれぞれ人体を模っていた。

 戦闘スーツ、に似てる……ってことは。


「ちょっとアッシュあなた、これどうやって着るのよ」


 マリーからさっそく文句が飛んだ。


「ん、首のとこに穴があるだろ?」


「いやそれはわかるけど。これ、服の上から来て大丈夫なやつ?」


「大丈夫じゃねえやつだ」


 ……だよな。

 これ、裸じゃないと着れないやつだ。


「ここで、着替えるってこと、よね」


「もちろん」


「…………はあ」マリーは、深い深いため息をついて。「あっち向いてなさい」


 ガシッとアッシュの顎を掴んで……捻り飛ばした。


「ゲッ、痛ててて! 何すんだテメェ、戦場に更衣室があるわけねえだろうが!」


「わざわざ見せなきゃいけない理由もないでしょう!」


 とどめとばかりにドカッとアッシュの背中を蹴って、フンと鼻を鳴らす。

 とはいえそんな覚悟くらいは定まっているのか、しょうがないわね……、と躊躇なく服に手をかけて、着替え始めた。なんなら相棒のリュシーはもう下着姿だ。

 オレもぼーっとしてるわけにもいかず、そそくさと服を脱ぐ。


「おー、君、ちゃんと男だったんだね。意外といい体してる」


「そりゃどうも」


 学生が旅行に行った時くらいの感覚で話しかけてくるシアンに、適当に言葉を返す。全く、いい体をしてるのはどっちだろう。美麗な見た目はともかくとして、がっしりとした彼の肩幅はオレにはないものだから。

 彼よりは細い体に、無色のスーツを伸ばし伸ばし通してゆく。サイズは明らかに小さいが、やはりこの手の服はすごい伸縮性だ。股間の部分はとても気持ち悪かったものの、「そういうもの」なのだろう。大人しく受け入れた。

 ……ツーピースとなっている紫色のスーツも同じく着用し、体の動きを確かめる。

 動きやすさは普段の戦闘スーツと大差ないが、幾許か全身に圧力を感じていた。


「よっ、と」


 と、急にシアンが、オレの腹に裏拳を入れてきた。


「っ、何するん……だ?」


 文句を言おうとして、あるはずのものがないこと気づく。


「痛くなかった?」


「……全然。このスーツのせいか?」


「へえ。結構、本気で入れたんだけど、やっぱり高性能だねぇ」


 こいつ……。悪びれるわけでもなく訳知り顔のシアンの肩に、こっちも拳を喰らわせてやった。


「わおっ。痛くない。……ま、生身で空中をビュンビュン飛び回るんだからね。耐Gだの耐衝撃だのが詰め込まれてない方がおかしいよね」


「……戦闘服に詳しいんだな」


「うーんと、まぁね。一応、実家が魔法武器マジカルウェポンからさ。これでも一応、技術者を目指した時もあったし」


 指をくるくると回すシアンは、なんだか昔懐かしむ感じだ。

 じゃあなんでここに……、とは、オレの口からは出せなかった。


「ていうか考えなくてもさ、丈夫な装備を着させるのは当然だよ。訓練中にミスして墜落して、はいバラバラになりましたじゃいくつ命があっても足りないんだから」


「はは、おっかない話だな」


 でもなんとなく、いや、否応なく。

 空を自由に駆る兵器の訓練の過酷さが絵空事ではないことに、この場の全員が気づいているだろう、きっと——。

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