第54話 「入隊式《Enlistment ceremony》」
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第54話 「
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戦闘行動が終わって一日が明けた。
めっためたに壊された補給基地ではあったが、今回の補給はあくまで余裕を持たせるためのものであったらしく——当たり前といえば当たり前なのかもしれないが——空中戦艦は特に問題なく飛行を続けていた。
「おーい、やってるかー」
オレはオレで修剣場で相変わらず額に汗を浮かべていると、アッシュが手を振りながらやってきた。
「アッシュか。お前昨日見なかったけど、どこ行ってたんだ?」
「諸々の報告書が残ってたのを忘れててな……。昨日は作業室で缶詰めだった」
「そうかよ」
「そうなの。それより、お前を呼びにきたんだよ、俺は」
腕を振って忙しそうなゼスチャーをするアッシュ。
「また何か起きたのか?」
「いんや、着いたんだ」
アッシュが呼びにきたのは、ようやっと統合機士団の本部に到着ということらしかった。
せっかくだし甲板に行こうぜ。
そう言ったアッシュに連れられ、オレとレインは再び大階段を越えた大扉を通る。
カッと照り付けてきた太陽に思わず手で目を隠す。今日は素晴らしいほどに快晴だった。
「見ろよ」
端に寄ったアッシュが指し示す先、
限りなく蒼く染まったブルーの絨毯の上に、緑豊かな島がぽっかりと浮かび上がっていた。縁を囲む森の先に、アドベントの冒険者街に負けず劣らずな建物群が見える。
「秘密基地っていうから、もっとこそこそしてるんだと思ってたが……堂々としたもんだな。いくら海を跨いでても、これじゃ敵に見つかるんじゃねえの」
「見つからないようになってんだよ。敵も味方も関係ねえ。この島の存在を他人に明かすことは絶対にできない」
「どういう意味だ……?」
「うーむ、説明が難しいな……。超簡単に言えば、他言できない
そうこう喋っているうちに、舟がみるみると高度を下げていく。それこそ
静かだった甲板にも、続々と人が集まってきていた。張り詰めた緊張感があるわけではないが、さすが組織だって連帯行動をしているだけあって、ただの群衆ではなくまとまっている。
「アッシュは行かなくていいの?」
レインがぽつりと、言う。
「前も言ったけど俺の所属は少々特殊でね。そも、レインちゃんたちの橋渡し役だからヒロと一緒に呼んだわけだし、シーナさんが来るまでのんびりしとこう」
やがて天井が開かれたドックのようなところの上空に舟は止まると、今度は垂直に降下する。内部は吹き抜けになっており、整備のためなのか何層も連なっていた。
「——やあお前たち、空の旅は満喫できたか?」
と、偉そうな声が背後から。
小さな歩幅でトテトテと、団長様が不敵に笑いながらやってくる。アッシュがサッと、額に手のひらを捧げていた。
オレも真似した方が良いのかな、と迷ってるうちに、
「そう固くなるな、可愛い面が台無しだぞ?」
グイッと、顔を一気に近づけてくる。見上げた手で顎を掴まれ、なんだか全てを掌握された気分になる。恥ずかしい。
「あの、何を……」
「団長を誘惑してくれるな、訓練兵」
カツカツと、わざとかと思うほどにヒールを高鳴らして近づいてくる、キツイ表情の女が。側近の女だ。たしかローザと言ったか。
「それに、そんなところをうろつかれていると下船の邪魔になる。大人しくしていろ」
なかなかに理不尽な言葉を一方的にぶつけた後、「行きますよ、団長」と、子供をあやすみたいな口調で声をかけて。
「ああ。ただ、ローザ、部下のスキンシップに文句を言ってくれるな」
ぽんぽんと、オレの肩を軽く叩いて離れる団長。意味深なまでにレインも一瞥してから、踵を返す。なんとも大物感溢れる立ち振る舞いだった。
と、
「生きてまた会えることを願っているよ、若き兵士たち」
背中越しにそう語って、団長と側近は船首の方へと向かっていった。
やがて下船が始まった。
ドックの階層の一番上、つまりオレたちがいる甲板と同じ高さの階層から、足場が次々と伸びてくる。団長が身軽に柵を飛び越えていったのを皮切りに、兵士たちもどんどんと下船していく(当然、数十人じゃ利かない。何百人とだ)。
いい加減つまらなくなってきた頃合いに、ようやく姐さんがやってきた。
多分大したことのないやりとりをいくつか繰り返して、馬のいない馬車……のようなものへ乗る(「原動車って言ってね。チャフト当たりではそこら中で走ってるわよ」と姐さんは教えてくれた)。
またしても慣れない機動に揺られること一時間。上空から眺めた市街地を抜けた先に、小高い山が見えてきた。
「あそこが新兵の訓練施設、ってやつか?」
その麓には、校舎的な古びた建物が構えられていた。
「そうよ。訓練兵として統合軍に参加することを許された者は、一部の例外を除いて——まあ、それがあたしなんだけど——ここでしごかれることになるわ。アッシュも懐かしいんじゃない?」
「いやいや、オレもついこの間、卒業したばっかりですから。教官のイカツイ表情くらいは余裕で再現できますよ」
アッシュは言って顔半分に手を当てると、見知らぬ人間の半顔をあっさりと創り出す。奴本来のニヤけた顔と合わさってチグハグだった。
「それ、もう一回ちゃんと、本人の前でやってあげなさいよ」
アッシュの脅しとも取れる訓練校の思い出語りが一段落したところで、ようやく原動車とやらは施設の前に止まり、オレたちを下ろして引き返していった。
最近一段と強くなってきた日差しに照り付けられるまま辺りを見渡す。整備された土の上に長円の白い線が引かれてあったり、射撃の的がずらりと並んでいたりと、ノアの修練場に近い。まさに訓練校のグラウンドといったところだ。
「早くきなさい」
視線を彷徨わせているオレたちを置いて、すでに姐さんは施設の影へと引っ込んでいる。彼女を追いかけて入った施設の中は、当然日陰になっているとはいえかなり蒸し暑い。
「空調効いてねえのか」
「んなもんあるか。訓練兵如きにそんなリソースは使えんって言われるに決まってる。もちろん教官殿の部屋は快適だがな……おっと」
姐さんが足を止めたと同時、ペラペラと動いていたアッシュが口をつぐむ。反応を見るに……ここが教官の部屋か。
姐さんがノックもせずに、失礼するわ、と扉を開ける。彼女に目配せされ、気が進まないながらもオレとレインも扉の前に立つ。
「伝えた通り教え子追加よ、教官」
「…………まず貴様の不作法を叩き直したいところだが……その二人が、そうか」
キッと、ご立派な帽子のつばの下、刺すような視線を突きつけてくる者がいた。反して柔らかなシルエットからは女性らしさを感じるが、座ったままの所作一つ一つでも、格式を感じさせられる。
「頼むわ。あんたたちも、しっかり頑張りなさい」
言うだけ言って、姐さんはあっさり身を翻した。アッシュに関してはいつのまにか消えている。
え、ちょっと。そんな言葉さえ挟む余裕もなく、オレとレインは放置された。
……マジかよ。
しかし気まずい沈黙もそう長くは続かない。
「貴女が、自分たちの教官殿でありますか」
「……一応、そうなる」
「承知しました。何卒お願い致します」
ふん。
彼女は、そんなレインの言葉を鼻で笑って、
「地獄の入り口にようこそ——クソ虫共」
アイトスフィア歴六三五年六ノ月一〇日
アイトスフィア大陸から海を越えて隠された秘島。
叛逆の輩が牙を研ぎ澄ます人類統合軍統合機士団の本拠地へ、オレとレインは降り立った。
確かにまずは訓練からというのは、それはその通りなのだがまさか話をつけた翌日から始まるとは。
『ちょうど今年度第三期の入隊式と重なる時期でね。無理やりねじ込んでおいてあげたから感謝しなさい』
この期を逃せば次は四ヶ月先なんだから、と。
一応持たされている
ってなわけで、早朝五時。昨夜も聴いたチャイム音が訓練校中へと響き渡った。
客間とは呼べないであろう質素な部屋に詰め込まれたオレたち——寮はまだ解放していないとのこと——は、昨日、無駄に遠くにある倉庫まで走って取りに行かされた軍服を手に取る。空中戦艦に乗っている間にこれでもかと見た黒い軍服だ。
なんだか変に懐かしさを覚えつつ素早く袖を通すと、グラウンドへと走る(前日入りしたオレたちに今朝の朝食はない。なんてこった)。
教官が立つであろう壇上の前に二人並ぶ。静かな朝だ。教官どころか一切の人気がなく、一瞬だけオレは何してんだろう的な考えも浮かぶ。
「来ねえな、誰も」
「うぅん……でも、待つしかない」
大して話すこともないので、無言の時を過ごす。
…………と、つい最近聞いた駆動音が複数近づいてきた。原動車だ。二台の原動車は荷台から数人の男女を下ろすと、引き返していく。
彼らはオレたちとそう変わらない年齢だ。おそらく同期となる連中だろう。特に迎えがなく辺りをキョロキョロ見回したそいつらは、やがてぽつんと佇むオレたちを見つける。
どういう状況ですか、みたいな顔されてもな。
レインに対応を任せると絶対拗れるだろうし、仕方ないいっそ自分からと彼らの方へ歩み寄ろうとしたところで、
「全員注目!」
鋭い声がグラウンドを駆けていく。
つばを深く被った教官が、いつのまにか校舎の入り口に立っていた。
「これより六三五年度第四期入隊式を行う。正装に着替え、三〇分後に再集合だ! キサラギ、レイン、案内してやれ!」
……まあ、察してはいたが。
返事はどうした返事は! という怒鳴り声に、皆が了解と叫びながら、官品倉庫へと駆けることになった。
「レイン、キサラギ・ヒロ、ケニー・コーザ、リュシー・イルマンテ、マリー・ルーツ、ニコラス・モード、シアン・ラングル、リナ・アルフロート、グリム・フォルスター。
——貴様ら九名を、統合機士訓練校に歓迎する!」
新品の制服を着込んだ若き男女が、壇上で立ちはだかる教官を軽く見上げる。皆、息を呑む、といった表情だ。
教官は決して声を張り上げているわけではないが、その声には確かな緊張感を駆り立てる威勢があった。
「私がこの三ヶ月、不幸にも貴様らひよっこ共を鍛えることになったアストリッド・バーンズだ。まあ、よろしく頼む」
睨め付けるように重い瞼の瞳でオレたちを順繰りにみ見渡し、燻んだ金髪を掻き上げる教官。
「では早速だが……これより貴様らの基礎体力を測らせてもらう。各々の経歴は概ね把握しているが、個人のポテンシャルはこの目で確かめるのが私の流儀でな。
——では、合図があるまでグラウンドを周回だ!」
どうやらまた、無駄に走らされるらしい。
………………。
……。
…………………………。
おい。何時間経った……?
もう何度目になるかわからない言葉を、口の中だけで呟く。オレの腹時計はまるっきり性格ではないが、二時間は三時間はとうに超えているだろう。いや、四時間かも?
「どうしたキサラギ、体力には自信があるのではなかったのか? それとも貴様、上官に嘘をついたのか?」
「いえ、ハァ……まだまだ、ハァ、いけます……」
隠しきれない荒い息を吐きながらも、オレは強がる。どうせ絶対間違いなく、ここで正直になっても良いことはない。
体力に自信があるかって? それなりには、な。ちくしょうめ! まさかここまでとは思わなかったぜ。
「そうか、ならばペースを上げるぞ。ついてこい」
「なっ、……ちょっ、まっ⁉︎」
そう、驚くべきことにこの教官、走り込みを言い渡した後、訓練兵と並んで走り出したのだ。否、並んでではない。情けないことにオレを含めほとんどの者を周回遅れにさせている。しかもヒールを履いてだ。舐めてんのか?(暴論)
彼女のスピードに遅れず、さらにペースを維持しているのはレインだけだ。レインの凄さを今更語る必要もないわけだが、こうやってわかりやすく比較されると余計情けなくなる。
クソ、クソ! 負けてられるかよ!
パンパンに腫れ上がる足腰に鞭打って、オレも無理やりペースを上げる。
…………なんとか教官に追いついた。ざまあみろ。
「……ふん」
しかし教官も容赦はない。オレの必死の追い上げを非情に無視してスピードを上げたのだ。
大人気ない。
「よし、そこまで!」
ともあれ、間もなくして救いの声が響く。
教官の声がかかったと同時、地面にへたり込みそうになるところを必死に堪え、肩で息をする。同期の仲間も女の子を筆頭に何人かぶっ倒れて、ゼェゼェと派手な呼吸を繰り返していた。
「なんだ、これしきのことで情けない。作戦行動が一〇分やそこらで済むと思っているのか。……三〇秒で呼吸を整えろ! 次は腕立て伏せ五〇回だ!」
き、鬼畜だ……。
なんとか耐えていたオレもつい、地面に顔をつけてしまった。
いや、違う。あくまで腕立て伏せの準備だ、これは!
「もう、無理、だ……」
小汚い木製の机が並べられた食堂で、胃に無理やり栄養を詰め込んだオレはぐだっと机に突っ伏す。あれから陽が落ちるまで、基礎体力検査という名の本格訓練を耐える羽目になった。別に訓練を楽観的に考えていたわけではなかったが、よもや初日からフルスロットルとは。
適時、水分補給はあったものの半日ぶっ通しの追い込みは正直だいぶ応えた。さすがに戦いに自信あるという者どもが集まってるだけあって、脱落者などはいなかったが、教官の『ラスト、グラウンド一〇週!」という声に約一人を除いて目を輝かせたものだ。
「大丈夫かい?」
と、すぐ傍から聞きなれない声がした。ガバッと面を上げると、苦笑いをした少年の顔が。
「ああうん、……ええと、」
「僕はシアン。シアン・ラングル。君があんまりにもしんどそうだったからつい。よければ隣、いいかな」
「……いいけど」
ありがと、と言ってシアンはちょこんと隣に座る。
まだ若い、彼。一七のオレから見ても下手したら年下に見えるほど幼げを多く残した顔立ちをしているが、たしか走り込みの際には、先頭の方にいたはずである。
「君はキサラギ、くん、であってる?」
「あってるよ」
「よかった。すごく長い髪だからどうかなって思ったけど、体つきとかがそうだよね」
「お前、わかってくれるのか……」
ナチュラルに驚いた。こいつ、やはりできる奴か。
「う、うん……? で、そっちの女の子がレインさん、だよね」
オレの視線を追い越して、反対隣に静かに座っているレインにもシアンは声をかける。
「ええ、まあ」
「すごかったね、レインさん。あれだけ動き回ったのに顔色ひとつ変えないでさ」
「……どうも」
「僕も体力には自信あったんだけど、想像を遥かに超えてきたよ。というか教官もすごかったよね。ずっと僕たちと同じペースで走り回っててさ——」
気さくにペラペラと話しかけてくれるシアンだが、悲しきかな、オレとレインの交友能力があまりにも低いため、適度な相打ちしか返せない。しかしそれでも気まずさを感じさせないところは、彼の親しみやすいフェイスとコミュニケーション能力の妙だろう。
実際、広くも狭くもない質素な食堂では、オレたち以外にグループを形成しているのは女の子二人組しかいない。他の人間はさっさと出ていったか、むすっとした顔で一人座っているだけだ。
「——にしてもやっぱり、軍隊って走り回らされるんだね。思い知らされたよ」
「イメージだけはあったけどな」
「まあね。でもここに集まった人間は全員素人じゃないはずなんだ。三ヶ月しかない訓練期間をいたずらに消化するのもどうかと思うよ」
「それは……確かに。けど、オレは全然足らなかったからな、結局。教官はいちいち挑発してくるけど、その意趣返しすら満足にできやしない。そんな状態で文句ばっかり言ってても、オレが惨めなだけだ」
「…………」
一瞬、シアンは沈黙する。その後、ふっと小さい笑みを浮かべた。
「君は、強い意志を持ってるんだね。反骨心? 負けず嫌いと言ってもいいかも」
「別に悔しいって感情は普通だと思うが」
「そうだね。でもね、その心を持ち続けるのって、意外と難しいんだよ。
——君は、僕の好きなタイプだ」
「…………あ、ありがとよ」
もちろん、他意はないのだろうが。
可愛らしい女の子、じゃないとはいえ保護欲を駆り立てられる純真そうな——推定であるということが大事——少年にこんなことを言われてしまうと。
少々、照れるというか。
「ふふっ、顔、赤くなってない?」
「なんでもねえ、気にするな」
ぷいっと顔を背けるも、反対側にはレイン。おそらく今オレは他人に見られたくない顔をしているわけで慌てて正面を向き直る。クソ、やっぱりからかいにきてやがったか。アッシュといい、こいつといい、これだからイケメンは腹立たしいぜ。
「じゃあな……シアン。明日は確かファイタースーツの適正検査とやらだろ。早めに寝ないとミスっちまうかもしれねえぞ」
言って、空になった器が並ぶトレーを掴むと席を立つ。オレに合わせるように、レインも後に続いた。
「うん、そうだね。また後で」
あからさまな会話の打ち切りに嫌な顔ひとつせず手をひらひらと振ったシアンは、女子トークに花を咲かせている二人組に突撃していった。
ほんと話すの好きなんだな、あいつ。
……とはいえまあ、軍隊生活を送っていくに当たって同期と絆を深めることは必須と言っていい。ただでさえ誤解を生みやすいレインの仲介もしなきゃならんのだ(唯一、オレがレインの上に立てることかもしれない)。
明日は、もう少しこっちから話してみるかな。
食堂のおばちゃん(というには少々歳を取り過ぎているであろう老婆)にご馳走様を告げて、オレたちは寮へと向かう。
倉庫へと物資を取りに行く仮定で外観は把握していたが、内装を見るのは初めてだ。狭い玄関にまだ明かりが灯っていないのを見るに、オレたちが一番乗り。早々に食事を済ませた奴らはまだ外をうろついているらしい(敷地内なら消灯時間まで自由に動いて良いそうだ)。
寝る用意をした後、軽く剣を降りに行こうか、それとも大人しく明日に備えるか、と考えて、玄関奥の扉を空けると……、
そこは大部屋だった。
「…………」
二段ベッドが等間隔に並んでいるというよくある光景。別に不思議はない。不思議はないが……それらしき区切りもない。
「これって……全員同部屋なのか?」
「どうやらそうみたい」
特にリアクションを取るわけでもなく、天井の魔光石に光を灯すレイン。艦内での部屋割りや昨日詰め込まれた部屋ののイメージから、てっきり二人部屋なんだと思っていたが……これは。
……んー、まあまあ、常に女と一緒の部屋で暮らしている奴が今更ガタガタ言うのも違う話かもしれねえけどさ。
今となっては彼女と同じ空間で寝るのは当たり前になっているわけで。
変なところで感覚が麻痺して、ズレていた。
「そりゃ、そうだよな。戦場で男も女もあったもんじゃねえし」
よく考えれば当たり前の話だと納得させて、シーツやらブランケットやらを引っ張ってきて、自分の寝床を完成させた(なんとなく、下段を選んでしまった。なんでかこっちの方が落ち着くんだよな)。
レインが当たり前のようにオレの上段を陣取ってきたが、何も言うまい。
それからなんともない雑談をレインと交わしていると、ぽつぽつと同期たちが寮に入ってきた。各々が男女同部屋であるということが分かると少々戸惑っていたが、飲み込んでそれぞれ寝床を確保していた。
やがて、シアンも現れる。
しかし彼に関しては驚いた様相など見せず、キョロキョロとあたりを見渡して、レインのベッドに腰掛けるオレを見つけ、
「やあ、さっきぶりだね」
……ああ、また後でって、そういうことね。
アイトスフィア歴六三五年六ノ月一一日
二回目となる点呼と朝食を終えて、訓練兵全員がグラウンドへと終結する。
踵の高い靴で地を踏み締めつつ、教官が壇上へと立つ。
それぞれが右手を頭上にささげるので、慌てて見様見真似でオレも倣う。教官との初対面時、敬礼なしとは教えがなってないと盛大に怒鳴りつけられたのは記憶に新しい。
「全員揃っているな。…………時にレイン訓練兵、質問がある。貴様は……兵役の経験があるのか?」
「はい。一〇年ほどですが、経験があります」
「その年齢で一〇年だと? まさか、年齢を詐称しているのではあるまいな?」
「いえ……私は齢一七です。決してそのようなことは」
「…………」
明らかに驚いている。レインの過去について、何も聞かされていないのだろうか。
「……まあいい。キサラギ訓練兵、貴様はどうだ?」
「ありません。ただ
オレもそれなりの軍歴があるはずなんだが、教官の反応を見るにややこしいことは言わないに限る。
「それは把握している。貴様ら二人だけではなく、この場の全員の『データ』は確認済みだ」教官は改めてレインを見据えて、「酒場のウェイトレスなどが何の役に立つか疑問ではあったが……体の造りや運動性能を見るに、ただ愛嬌を振りまく女というわけでないらしい。
先の挨拶の際、極東の礼式らしき敬礼をしていたな。そちらの出身か?」
「はい、自分はノールエスト出身です」
と、レインは己の胸に手のひらをかざした。淀みないその所作は洗練された敬礼と言っていい。
「そうか。しかしレイン訓練兵、その形式の礼法は人類統合軍において、訓練兵ごときが使うものではない。——私の言葉の意味は、然るべき場所、然るべき時に知ることになろう」
常に硬いままである教官の表情が、その一瞬だけ余計に強張ったように感じた。
だけどそんな違和感はすぐに掻き消えて、
「さて、これから三ヶ月間、貴様らを一端の機士に鍛え上げるわけだが、最短訓練期間の『北校』に集まった貴様らは、戦場の『せ』の字も知らないひよっこではない。多かれ少なかれ、『人殺し』の経験がある。それだけはある意味、かけがえのない経験だ」
なんの感慨もなく放たれた人殺しという言葉に、肉を切った感触が手に蘇る。思わずごくりと唾を飲み込んでしまう。
「であるからして、貴様らがより高度な戦場で飛躍できるよう、一般的な基礎戦闘技術の訓練工程は大幅に省略し——、
『ファイタースーツ』の操縦技術を重点的に学んでもらう」
あの、空飛ぶ機動服だ。
空を自由に飛び回る兵士——否、機士たちの姿はたいそう美しくあったが、空中での姿勢制御、剣撃、狙撃、それらを同時にこなすとなると……。
「もっとも、そう簡単に扱える代物でもない。いきなり装備したところで、空中で無様な踊りをお披露目するだけになりかねん。そんな情け無い様を晒さないよう、貴様らには昨日通達した通り、適正検査を受けてもらう」
いいか、これは篩だ。
あらかじめ伝えておくが、適正検査をパスできなかった際は——荷物をまとめる必要があるな。
言って、教官は首を手剣で切った。
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