第53話 「機士たちの戦い《Battle of the mechanics》」


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第53話 「機士たちの戦いBattle of the mechanics




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 甲板へと通じる大階段を、数名の兵士たちが駆けていく。その背中をオレとレインも粛々と追う。

 一応は部屋から武器を引っ掴んではきたものの、まだまだお客様気分が抜けていないのか周囲の気迫に気後れしてしまう。

 レインは……変わらねえんだな。良くも悪くも。

 長い間、まともに剣を振るっていなくとも、人外じみた敵の急襲に完璧なまでに対応して見せた彼女。普段は今にも零れ落ちそうな儚い存在を思わせるくせに、いざこうなってみるとどうしようもない頼り甲斐がある。

 よく見ておけ、と。

 その意味。

 実践を肌で感じておくことと、そう捉えても問題ないはず。

 たしかに団長はオレたち二人の名を呼んだ。でも、のはレインだった。

 深い意味はきっと、まあ、多分、ありはしないだろう。危機を前にして、そんなセンチメンタルに嫌気が差す。

 それでも、夕暮れを通り越して、夜闇が支配し始める世界へ、飛び出した。

 目は慣れない。慌ただしい足音と怒声が感覚を支配する。


「十分に集まったな! 一斉に展開しろ! 絶対に一人も逃すな‼︎」


 勇ましさを感じる男の叫び。それに重ねられた斉唱とともに、舟の端から人影が飛ぶ——。


「——ッ」


 感覚的に舟はまだ浮いている。風の強さからしても数十メートルの高度はあるはずだ。

 思わず甲板の手すりへと身を寄せ、乗り越えんばかりに下を見ると、

 黒塗りの世界の中で青白く尾を引く——まるで箒星みたいな輝きが、視界いっぱいで優雅な軌道を描いていた。


「なんっだ、あれ。すげえ……」


 美しい。

 直感的にそう感じた。

 人間が揃いも揃って飛んでる理由とかそんなことどうでもよくて。

 とてもとても、とても。

 彼らが空を駆ける姿が綺麗だ。


「おめえらが噂の大型新人か?」


 先ほどの号令の主と思わしき野太い声。幼い子供であれば縮み上がるであろう圧が、それにはあった。


「はい、先達の戦いをしかと拝見させていただきます」


 直立不動で応答するレイン。


「おう、やっぱ真面目だな、女の方が。男ときたらあんなに目ぇ輝かせてんのによ」


「……すみません」


 さすがにはしゃぎすぎたか。


「気にするなよ。本当にやばい時だってんなら、おめえらに構ってる余裕なんかねえ」


 不器用そうな笑顔で笑う中年の男は、日焼けでは誤魔化しの効かないくらい肌が浅黒かった。……おそらくの人間だ。

 多種多様な人種が集まるアドベントでも滅多に見ない……というか、男を見るのは初めてだ。アドベントでは女の人しか見たことない。


「あん? 俺の顔になんかついてるかよ?」


 よっぽどオレは間抜けな表情をしていたのか。指摘され、慌てて取り繕う。


「いいえ、気を抜いていて申し訳ございません! 問題ないです!」


「そうか? まあいい。おめえらは戦闘許可が出てねえんだ。大人しく外眺めときな」


「了解です」


 ……しっかし、隊長たちは何チンタラしてんだ、という彼のぼやきを背に、彗星たちの方を見やる。レインが横へ並び立ったのも、足音でわかる。

 生憎と視界が阻まれる闇夜であるが、オレたちにとって幸か不幸か敵さんが補給地点らしい施設を爆破なりしてくださってるおかげで、薄く地上は照らされている。

 オレの目はもっとも近くの味方を捉える。

 空中を高速移動する彼は、役目は果たしたとばかりに地上を駆けていく黒装束の敵へピッタリと張り付いていた。

 地上の敵は逃げながら発砲するも、空を自由に泳ぐ兵士にはかすりもしない。ゆらり、ゆらり。確実に距離を縮めていく。

 やった。

 オレが確信したと同時、ライフル弾(おそらく)が黒装束の体を貫いた。続けて発砲。とどめを差す。

 そんな一連が眼下で繰り広げられている。

 空を飛ぶ鎧を駆り、的確な射撃技術で射殺す。今のオレには到底不可能な芸当だが、同時に実感が湧いた。

 が必要なのだと。

 ちらと見るレインの表情は相変わらず涼しいまま。

 けれど視線だけはめくるめく動いている。

 と——、


「おーおー、もう派手にやってんじゃねーの」


 またしても背後から声。ただし今度は聞き覚えがある。

 ドカッ。

 舟の鉄柵へと大胆に足を乗っける赤髪の女。双銃をかちりと構えながら、妖艶な舌なめずりをして片目を閉じる。

 そして、残された左目は——確実に敵を捉えていた。

 パパンッ、パンッ。

 立て続けに軽い射撃音。

 カリン中佐はフッと硝煙を吹き消して、鉄柵に座り込むような姿勢をとった。


「まだ見えてた敵は全部やったぜ。他の隊長はどうした、ローグ」


「残念なことに中佐、貴女が一番乗りですよ」


「んだと、使えねえ。狙撃できるあたしに甘えすぎなんじゃねえのかぁ?」


「もともとは最後の砦的な立ち位置でしょう。この舟が落とされないことの方が優先です」


「わーってるよ。正論と感情は相容れないってことくらいな」


 浅黒肌の男の方が階級が低いとはなかなか驚きだが、それにしては親しげな声音だった。

 堂々としている、というか。


「団長様に振り回されて、新人も大変なこった」


 カリン中佐は同情するよという流し目を送ってくる。曖昧な会釈を返すしかなかった。


「太尉、第二陣がおおよそ集結しました」


 談笑をしている上官たちの元へ、一人の女兵士が駆け寄ってくる。


「おう、ご苦労。せっかく集まってもらったが、雑魚ばかりなもんで出番はなさそうだ。大方、威力偵察ってところだろうが……いささか弱すぎる。とはいえ、一応、医療班も待機させとけよ」


「了解です」


 まだ二〇の歳を回っていなさそうな女兵士は、一瞬だけオレたちを物珍しそうに見やったものの、すぐに体を翻した。

 オレは、何気なくその背中を見やる。

 腰についた噴射機のようなもの。あれか? あれで飛んでるのか?

 自由に空を縫う兵装。興味惹かれるのも当然なわけで————。

 ——ザン。

 と、

 

 ぷしゅううううううう。

 甲板の床が赤く染まる過程で、かすかな飛沫音が聞こえたような気がした。


「——なっ⁉︎」


 オレが目を見開いた直後、三つの影が死体の横に飛来する。


「チィ」


 振る腕で中佐が乱れ撃つも、影たちは弾丸をあっさりとかわす。


「下がってろ」


 中年の太尉殿は庇うように一歩、オレたちの前へ立った。

 彼らが対峙する先には、奇妙な格好をした黒づくめたち。しかし一目見て注目するのは奴らが被っている全頭のマスクだ。丸く黄色いというだけでも奇異であるのに、その面には人形のような目と口が貼り付けられてある。

 それは無表情だったり、笑っていたり、怒っていたりした。街中で会えば、子供向けイベントの仮装かなと思えるような。そんな顔。

 ただし鮮血滴る鎌のような武器で、近づいてはいけない存在だと大きく主張している。

 レインもやはり得物を構えていたが(といってもチンケなナイフなわけだが)、大尉の一言でぴたりと足を止めていた。


「動くんじゃねえぞ、てめえら‼︎」


 突如、カリンが叫んだ。それで、駆け寄ろうとした他の兵士たちの足も止まる。

 常に余裕綽々で笑っているイメージの彼女が、表情をこわばらせていること。大した付き合いのないオレでさえその異常さをひしひしと感じた。

 機関銃で狙撃できるようなバケモン中佐の弾をかわす……?

 奴らは、いったい……。

 もちろんオレだって自然に剣を抜いていたとはいえ、動くことができない。不用意に動いたら、まずいと、本能が言っているのだ。

 ……先に仕掛けたのは奴らの方だった。

 黄色玉の刺客は三方に散る。一人は兵士の集団へ、一人はカリンの方へ、一人は大階段の方へ。


「クソ野郎がっ‼︎」


 濃く赤く彩られた機関銃を、カリンが再び構えた時——、


 轟‼︎ と。

 烈風かぜが吹き荒れた。


 竜巻にも匹敵するであろうそれは、大鎌を携え兵士集団へ突っ込もうとした刺客を……舟の鉄柵ごと

「……ギリギリアウトの遅さだぜ、シー」


「言い訳する気はないわよ」


 誰が魔法を放ったのか、考えるまでもない。

 表情に無を貼り付けた姐さんが、突き出した腕から全てを斬り裂く風を渦巻かせていた。確実に人間を葬り去る一撃を放ったその凶器はしかし、次なる標的に向かうことはなく、微動だにしない。


「————ッッッ」


 彼女の必殺の一撃から、刺客が直撃を免れていたからだ。片足が半分以上消し飛んでいるものの、急所を貫かれてはいない。


「……ここまでだな、兄弟」


「うん、僕もそう思うよ、兄弟」


 同じくして、その惨状を見守っていた残りの下手人たちは、捉えどころのないフラットな声音で頷き合っていた。

 それからは早かった。

 現れた瞬間と同じく掻き消えるように跳躍すると、煌々とゆらめく焔の夜へと溶け込んでいく。

 そうはさせるかと言わんばかりにカリン中佐が銃口を舟外へと向けるも、結果が振るわなかったのを即座に察したようで鉄柵を蹴り付けていた。

 ……いったい、なんだってんだよ、あいつら。踏み行ってきたと思えば一人ぶっ殺して即撤退。戦力を削りにきたってわけでもないだろうし、容赦なく仲間を見捨てやがった。

 まるで、本当に、みたいな。


「薄情な奴らよねー、ほんと」


 と、足を吹き飛ばされうずくまっていた刺客が、ぷるぷると震えながらも体を起こした。同時、周囲の兵士たちが一斉に武器を集中させる。


「おぉ、こわいこわい。やっぱり私、殺されちゃう感じ?」


 ちらっと先ほど首を刎ねられた兵士を見てから、なぜか緊張感の欠けた声を発する。口調といい声音といい、間違いなく……女だ。決して大きくはない体からだくだくと血がこぼれ落ちているというのに、不思議なくらいに余裕がある。


「こうなった以上、簡単に死なせるわけにはいかねえだろ。クソなことに予想はだいたいつくが……ひょっとしたら観光がてらに暴れたくなったって可能性も否定できねえ。たっぷり質問しなきゃな?」


「ああ、やっぱり……」あえて舐るような言い方をするカリンに、わかっていたよという感じで刺客の女は、「じゃ、まあ、もういいかな」


 不気味な黄色いマスク。表情なんてカケラもわからないのに、不思議とオレは、諦観めいた顔が見えた気がして——。


 ザ、ザ、ザ、ザシュッ。


 真空の刃が、赤い飛沫をひどく撥ね上げる。


「あ、…………が、が……」


 黄色いマスクがぼとりと落ちて、隠されていた素顔が露わになる。薄紫の髪を垂らした気の強そうな瞳をした女。その瞳にはただただ驚愕が色濃く映っており、何よりその下顎が——ざっくりと根こそぎ斬り裂かれていた。

 そして残った四肢も余さず撥ね飛んでいて、ふらっと小さく揺れたのち、刺客は血の海に倒れ込む……。


「……っ」


 その一瞬の惨劇に、オレもたまらず息を呑んだ。


「歯に毒薬を仕込んでるとか、卑怯者の鉄板でしょ。判断が少し遅かったわね」


 蔑むような目で見下ろす姉さんは、やはり、怖いくらいの無表情。

 言われてようやく、理屈はわかる。けど、推測だ。ただ単に可能性を考慮して、こんな。

 どうしてそんな風に、静かにやってのけれるんだ。

 オレは姐さんの優しさを知っている。傍若無人なように見えて赤の他人にも構ってしまうとことか、血縁でもないオレたちを異常に心配してくれるとことか、他にも、いろいろ。

 あんたたちには幸せになってほしい。とか。

 そういうふうに言った口で、声で、どうして他人をそこまで蔑める。

 だからもちろん理屈は通じる。

 奴らは紛れもない敵だ。犠牲を無駄にしてはいけない、けど。

 …………こんな甘いことを考えてしまうのは、間違っているだろうか。


「ぐ、ぐ……ぎぎ」


 芋虫みたいに這い回る刺客の女に、カリンがとつとつと近づいて。


「——言ったじゃねえか。簡単には死なせねえって」


 さっさと連れてけ。うっかり殺すなよ、と、オレと同じで固唾を呑んで見守るしかなかった兵士たちに支持を飛ばしていた。

 そんな奇異的な運搬を気にも留めず、姐さんは唯一、戦死(そう言うしかあるまい)した兵士の元へと膝折り立った。


「ケールがどこにいるか知ってる?」


「誰だ? そいつ」


 カリンがはてと首を傾げる。


「クィーラの彼氏。たしか同じ六番隊だったはずだけど……」


「ケールなら一陣として出撃しましたよ、中佐。今頃ドンパチやってるはず……もう終わってますかね」

「そう」


 無精髭の太尉の言葉にそっけなく返事を返すと、居た堪れない表情の兵士集団へと向き直った。


「…………キュリー、今すぐ全武装解除、急いで」


「了解! ……って、え、今ここでですか⁉︎」


 名指しされた眼鏡をかけている若い女性兵は威勢よく了承したものの、それは本当に勢いだったようだ。目を丸くしている。


「二言はないわ」


「〜〜〜〜っ」


 明らかに顔を真っ赤にしている。よっぽどのことのようだがあんな凍てついた上官命令に意義を唱えられるはずもなし。キュリーと呼ばれた女はなくなく武装解除に応じた。

 ……なるほど。彼女が恥ずかしがる理由もわかる。

 姐さんやカリン以外に集まった兵士たちは、タイトなアーマーでガチガチに武装している。オレが冒険者として依頼クエスト時に纏っていた装備もそうだが、肉体の運動を最大限効率化させるためには、己の肉体と装備が限りなく一体化していることが望ましい。

 故に、武装解除するということは、纏っているものを取り払うというわけで……。

 しかして一方的に恥をかかせることはせず、姐さんも衣服を脱ぎ去った。ゴージャスなボディを躊躇いなく披露する彼女に、当然周囲はどよめくも、それらはやがて戸惑いに変わる。

 部下から剥ぎ取った装備を、迅速に的確に装着し始めたからである。

 何をしてる?

 誰もがそう聞きたかっただろう。

 ただ、何者も彼女の行動に干渉できないような、圧が。発されている。


「こんな時くらいしか、できないでしょうからね」


 と、小さく、声を風に乗せて。

 舟から飛び立っていった——。



   ***



 風を切る。——風を切る。

 嫌なことを消してしまおうと、烈風かぜになる。

 見飽きた赤色。生気のない白色。

 どうにも、どうにも——強いというのは生きづらい。

 強ければ、生きる。弱ければ、死ぬ。

 強ければ、死ねない。弱ければ、死ねる。

 客観的に照らし合わせてみて、自分は間違いなく前者であるのだろう。

 自分より弱い奴が、呆気なく死んでいくから。

 何人も、何人も何人も何人も。

 見送っていかねばならない。

 それこそが最早、今のシーナ・シルヴァレンに求められる役割。

 逃げた先ノールエストでも、そういう役目を託された。

 ヒロが羨ましい。レインが羨ましい。心底羨ましい。だって、逃げていいのだから。逃げてもいいよと、言われた。与えられた。

 人類の希望とやらにがんじがらめにされた自分では、一生涯叶わないかもしれない夢を、彼らは振った。


「馬鹿、ばっかり」


 そんなかすれた呟きは、腰元の駆動音にかき消されてゆく。

 ふっと眼下を見下ろすと、ファイタースーツを纏った一団が、半壊した施設の屋根上に集まっていた。見たところ大きな怪我を負った機士はいない。


「……」


 高空で急停止し、己の顔を鷲掴みするように手に添える。

 体格は大まかだが確認した。加えて同じ性別。

 ——いける、はずだ。

 小さくて甘い作戦の発動を知る由もない機士たちは、刺客に焼き尽くされた補給所の離れに続々と集結する。

 第一陣の兵士たちの中では比較的優秀であったケールは、同僚から戦闘報告聞いていた。


「軽傷四、戦死〇、仕留めた敵、一八か……。想定外の戦闘にしては、死者が出なくてよかった」


「どうする、もう少し捜索するか?」


「……いや、捕虜は確かに欲しいが、オレたち下っ端が人的被害を出さなかったんだ。上官たちもそこまで多くを望まないだろうさ」


「だな」


「よし、お前ら——」


 第一陣二八人が欠けずに集まったことを確認して、ケールが彼らを扇動しようとした、その時。


「ケール!」


 空から突如として、己の名を呼ぶ声が聞こえる。


「な、……クィーラ⁉︎」


 ジェットを細かく器用に噴かせて、タンッと屋根に着地したクィーラ。恋人がいきなり現れたことで、ケールはあからさまに動揺する。とはいえ、彼女は同じ六番隊だ。第二陣が来たというわけではないだろうから、おそらく伝達。


(……っ、舟で何か起きたのか?)


 けど、妙だ。

 伝達であれば普通、わざわざ自分の名前など呼ばなくていいし、何より……彼女の表情は。

 緊迫感、とか、そういう感じじゃなくて。

 どこか、とても哀しくて——。

 タッタッと。クィーラは小さく、ケールの元へ駆けてくる。


「どうした。そっちで何かあった——」


 のか。

 それ以上は言葉にできない。

 ふっと重ねられた柔い唇に、紅潮する。


「クィーラっ、急に何をするんだよっ!」


 周囲の感嘆というかなんというか、生暖かい視線を一気に感じて、慌てて唇を離したケール。

 彼女はそんなケールの反応を見て小さく笑ってから、身を返して。



「——あなたは自分の人生を、せいいっぱい生きてね」



「え、あ……」


 なぜだか、ケールは。

 ここで彼女を見送ってはいけないと、手を伸ばすが、無情にもその手は空を切る。

 クィーラは重力に身を任せるように、屋根の上から姿を消す。


「クィーラ‼︎」


 慌てて駆け寄ったケールが地面を見下ろした時には、熱に当てられた夜風がくるくると吹いているだけだった。



   ○○○



「……!」


 寝起きの獣みたいな敏速な反応をしたカリン中佐が、暗幕に包まれる空へと銃口を向ける。

 が、


「なんだテメェかよ」


 舟の鉄柵に足をかけたのは、突如飛び出して行った姐さんだった。オレは無意識のうちに駆け寄るも、先ほどの彼女の表情がフラッシュバックし、言葉に迷う。


「……なに」


「その、大丈夫、か? すごくやつれた表情かおしてたから」


 もしかしてあの死んだ兵士は、姐さんにとって……、


「ていっ」


 ごつん、と。頭をチョップされる。

 手首に巻き付いたガジェットが当たって痛い。

 思わず頭を抱えたオレに、姐さんは不敵に笑う。


「あんたに心配されるなんて、あたしも堕ちたものね。そんなにひどい顔してたかしら?」


「一応、まあ」


「そ。今度から気をつけるとするわ」


 長い蒼髪を大きく掻き上げた姐さんは、ひらりと手を振って歩き出す。


「あんたは、絶対に強く在りなさい」


 その時。姐さんはどんな表情かおをしてたんだろうか。


「……」


 問いかけを許さない足取りで、姐さんは離れていく。何やら装備を奪い取った兵士の元へと向かったようだ。


「お! 皆、帰ってきたみてえだな」


 舟から身を乗り出したローグ大尉が、夜闇に目を凝らしている。釣られて見ると、青い弧を描く編隊が一斉にこちらへと向かってくる。


「ヒロ。自分たちはもう戻ろう」


「…………レインは、この戦いで、何か掴めたのか?」


「……彼らの動きは把握した」レインは夜空を駆けてくる兵士たちを見て、「飛べる原理はわからないが、操縦にそう苦労はしないだろう」


「そっか」


 今日ばかりはクソほどの役にも立たなかった剣を、握りしめる。


 オレは銃を使えない。たとえあの飛行服を自由に駆ることができたとして、肉弾戦を行わなくてはならない。

 武器を変えるか? いや、今更だ。

 オレは踵を返す。レインも、後についてくる。

 オレたちが勝手に去ることを、誰も引き留めやしない。そう、まだオレたちはお客様。新兵ですらない。

 今、すべきこと。

 それはただ、鍛え抜くこと。絶対に変わらないこと。

 肌に沁みる夜風を切って、艦内へと戻る。


 うわああああああああああっ!


 閉じた大扉、その奥から。

 哀哭が、聞こえた。

 殉死した彼女の伴侶だろうか。それとも家族? 親友?

 男かも女かもわからない絶叫。聞くものが耳を塞ぎたくなるような、枯れる声。——これから、延々と聞くことになるであろう、「音」。

 ……これも、また一から始めなきゃなんねえんだよな。

 姐さんを見る限り、慣れるというものでもないのだろうけれど。

 簡単にくたばってたまるか。オレは切に思った。



   ***



 燃えゆく敵地を背後に、二人の刺客はひた走る。

 表情が変わることのない黄金色のマスクはその者の感情を隠しているが、実際の想いはといえば。

 僥倖。僥倖だった。アドベントにとって最大の敵である人類統合軍、その第一の矛である空中戦艦。難攻不落の空の要塞として「ウラ」ではあまりにも有名であったが——その伝説は崩れ落ちた。

 彼らが成し得たことは、ただ甲板に足をつけたのみ。

 であるが、それだけで十分。

 通説では、あの舟の周囲には常に、強靭な斥力波が展開されているとのこと。招かれざる存在が触れるや否や、人も物も形を失う。

 恐るべき魔法仕掛けだ。おそらく腕のいい魔法使が何十人と力を合わせて創り上げたものだろう。

 そう、魔法。

 魔法とは、限りなく便利な力であるが、万能ではない。

 今回の襲撃で判明したノアの弱点。それは高度だ。よく考えれば当たり前の話で、近づくもの全てを蹴散らす破壊を纏ったまま、小休止できるわけがない。

 ただ、それがわかったとしてどう確かめるか。

 物理的なステルス機能まで備えているであろうかの「兵器」を——それを扱う敵等を——どう

 結局、答えは魔法に終始するのだが。

 運良く敵の補給地点を補足したことから作戦は始まった。工作員による潜入・破壊工作なども限りなく上手くいったようで、精鋭である彼らの下準備は戦闘力に欠ける補給人員を狩っていくだけの容易い仕事だった。

 大詰めは幻影魔法である。戦力分析も当然、済んでいたゆえ本格的な戦闘要員は彼ら三名のみで、残りはウラに身を置く木端の魔法使たち。

 最小のコストで、を作り出すことに成功。

 そして、知りたいことは知れた。

 まあもっとも連れてきた魔法使は全滅してしまい、黄色いマスクも一人、欠けてしまったが……。


「…………十分な価値のある作戦だった。そうだろ?」


 木々の枝を身軽に移動する最中、前を跳んでいる仲間に大柄な刺客が沈黙を破るように問いかける。


「もちろんだよ。でないとさあ、ほら、サラが救われないじゃない」


「……おい、任務中に名前を出すのは……」


「僕は正気だよ、。でもさあ、故人を偲ぶくらいいいだろう?」


「……ダメか」


「ダメ、だろうなぁ」


 二つの影が、夜の森を駆けていく。その無駄のない足取りに一切の迷いはない。後悔もない。彼らの手は赤く黒く、さまざまな血によって染まっている故に。

 ただ、彼らも人間であったと言うだけのお話。



「——やっと追いついたぞ、テメェら」



 ふと、上を見る。

 姿で平行に追随してくる男がいた。短く刈り込んだ金髪とドスの効いた声には明らかな威圧感があるのに、思いのほか小柄な体躯には、人によっては拍子抜けしてしまうだろう。

 が……、

 黄色いマスクの内で巡る思考に、そんな余裕は思い浮かばない。

 烈風の魔女ブラスト・ウィッチや二丁機関銃使いと似たオーラ。間違いなく敵幹部。


「女の子を放っていくたぁ、どーいうことだ? あぁん?」


 その辺のチンピラみたいな恫喝に今度こそ気勢を削がれたような気もする刺客だったが……、


「アルファ3はまだ生きてるのか?」


「多分な。顎が吹っ飛んだくらいでは死なねーだろうさ。てかアルファ3っていうの、あの子。変な名前だな」


(——そうか、そういうことか。しくじったな、サラ)


 敵方はどうやら、刺客者の考えることくらいお見通しというわけらしい。

 大したことは知らないとはいえ情報を抜かれるかもしれないという状況。捕虜になってしまうという最大のタブーを犯した仲間を想って、刺客——ロニー・サックスは静かに笑った。


「で、一応聞くけど僕たちになんの用?」


「あん? ——ぶん殴りに来たに決まってんだろーが」

 

 ズドドドドドドッ‼︎

 

 静けさを取り戻しつつあった森が、再び戦場となる。

 決着は速やかに着いた。確かに今宵の刺客たちは精鋭ではあったが、それでも所詮、暗殺者まがいの存在だ。「本物の強者」には劣る。

 統合機士団準最強の力を持つ男——ジークヴァルト・クラウス。

 彼は、バラバラになった死体の影を見て、ふと呆れた声を漏らした。


「なにニヤついてやがんだ、こいつ。気持ちわりーな」



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