第49話 「ようこそ、人類統合軍へ《Welcome, Human Joint Force》」


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第49話 「ようこそ、人類統合軍へWelcome, Human Joint Force




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 まるでそれが最善だと言わんばかりに、ロリ女の顔は自信に満ちていた。

 ……主にレインの方へと視線は注がれているが、とにかく


「要するに仲間になれってことよ」姐さんが横から補足した。


「いやそれはわかるけど。けど……こんな謎の組織にいきなり加われって言われても」


「謎じゃない。立派な組織だ。それとも未だに我々が何者かわかっていないのか? だとすればそんな無能はいらんが」


 挑発するような笑いの含んだ声。試してる、ってほど大げさなものじゃないのかもしれないけど、なんか苦手だ。

 ついレインの方を見てしまうが、こくんと頷かれただけだった。


「……巷を騒がせている——人類統合軍とやらでしょう?」


「安心した。概ねはその通りだ。正確にはその中で枝分かれした『統合機士団』、ではあるがな」


 人類統合軍。

 オレの中でまだ記憶に新しい、「犯罪者」たちだ。

 直接関わりなど持とうはずもないが(……矛盾だな)、アドベントに仇をなす反逆者であるという情報は持っている。逆に言えばそれくらいしかない。

 ただ残るのは、痛ましく殺されていく捕虜の末期の声。


 あんな最期は嫌だな——そう密かに思ったことも追加しておこうか。


「これ……最初に聞いておかなきゃだと思うんですが、断ったら殺されたりしません?」


「ふぅむ、そうだな。アジトを暴かれたからには生かしておけんな。殺す」


 特上の笑顔で首を刎ねる動作をする女。

 あー、やっぱそういう感じですか。今更ながら己の状況のやばさを認識する。変な汗まで流れてきた。

 ニコニコしながら、いや、こうか?と拳銃を撃つ構えをしたりしてる彼女は、見た目あれだから微笑ましい光景なのだけど、目が笑っていない。やばい。


「……話にならないな」


 が、それよりも笑えない殺気を放っている奴がいた。

 もちろんレインだ。


「からかうのが目的ならば素直にそう言えばいい。自分がいくらでも付き合ってやる」


「好きだ。いや……冗談だ。怖い顔をするな、美人が映える……じゃなかった台無しだぞ?」女はまあまあと手のひらを向けてから、「キサラギ、少し頭を回してみろ。なんのためにお前たち閉じ込めていたと思っている? ために決まっているだろう」


「あ……」


 言われてみればそうだった。この司令室まで来るにも無機質な通路を連れ回されただけで「乗り物」であるということしか把握できていない。レインでさえだ。


「司令室は丸見えだったが……なに、あそこまで侵入されたとしたら一緒だからな」


「おーい、話長ぇぞ。テメェも欲に溺れてりゃあ、人のこと言えねぇだろ。さっさと終わらせろよ、帰んぞ」


 と、先ほどの赤髪の女がヤジを飛ばす。……たしかに個人の願望がダダ漏れではあったけども。


 そしてさらに横に座っている眼鏡の女が、「そうね、私たちがいる意味がわからないわ」


「いや、すまない。ヒューズ、フォルスター。今度私が紅茶を淹れてやるからもう少し待ってくれ」


「はんっ、ロッテ姫のお守りは大変だね」


「……姫と言うな、馬鹿者が。団長と呼べ。せめて司令だ」


 鋭く指摘する女——転じてロッテ姫。上司につけるあだ名ではないが、なるほどその形容はとてもふさわしいものであることに間違いはなかった。


「はーい、ロッテ団長」


「あとそのロッテとかいう略称も…………まあいい。本題に戻ろう」くるりと団長様?はこちらへ向き直り、テーブルの上で手を組む。「改めて、レイン、キサラギ。人類統合軍に入る気はないか? お前たちの腕前ならすぐに将校クラスだぞ」


「というか、そもそも待ってください。この軍の敵は……アドベントなんですよね」


「いかにも。我々の最終目的はアドベント政府を打ち倒すことだ」


「……それが、わからないんです。話の流れ的にどこかの国家の内部組織ってわけでもなさそうですし、なんでそこまであの国を敵視するのかわかりません。対異形ヴァリアの最前線……なんですよ? 変に崩して内陸部に侵攻されたりしたら、どうするんです?」


「…………いっぺんに語るには難しすぎる話題だ。しかし……彼の国が腐っているということは、お前もよくわかってるんじゃないか?」


 心を探るような瞳で問われる。

 ……もちろん知ってるさ。国が、幼い子供たちを使った非道な実験を黙認していたことも。そればかりきおそらくは、支援していたことも。信じたくないけれど、さすがにわかる。

 でも、でもだ。


「だけどアドベントも、。国を、世界を救うために戦ってる。たしかに後ろ暗いことしてるかもしれないけど、たぶん、全部戦うためなんだ」


 ニアから詳しく聞いたわけではなくとも。

 ブーストマン計画。強化人間を作るという計画。

 なんのために人間を強化する? 敵と戦うために決まってる。

 今、彼の国が戦っているのは「ひと」ではなく、「異形ばけもの」なのだ。


「だからって力無い人を犠牲にしていい理由なんてない。それはわかってる。そんな奴らを叩きのめすってんなら、いくらでも応援するし協力しますよ。でも国そのものを相手にするってのは……結局、を狙ってるんじゃないんですか?」


 単純な話。

 種族、人種問わず数多の人間が集うアドベントには、いろんな奴がいる。

 良い奴もいれば、悪い奴もいて、強者の裏には多くの弱者がいる。

 そして強者とは……「力」を欲するものだ。

 それは権力だったり物欲だったり色欲だったりするけれど。


「敵は……オレたちの敵にするべきは——異形ヴァリアです」


 言いたいことは不思議とすらすら出てくる。

 常日頃思ってたこと? どちらかといえば最近だろうか。

 無知なオレがクソ最悪な世界を知って、今何をすべきか。

 馬鹿なオレが考えたなりの結論。

 敵を駆逐しろと。本来の敵を見失うなと。


「ふぅむ。若いのに偉いな、お前。ちゃんと現状を理解しているじゃないか。——そう、敵を見誤ってはいけない」

 感心したというように指を立てた団長は、


「レイン。お前も同じ考えか?」


 静観を決め込んでいたレインに問いを投じる。

 並々ならぬ鬼気を放っていたレインではあるが、会話に参加することは少ない。話が逸れた時に一度割り込んできたものの……なんというか、場を見定めているような——。


「……概ねは。ただ、敵は異形ヴァリアやアドベントだけではない」


「と言うと?」


「おまえたちが自分の敵になるかもしれない」


 瞬間——。

 場に稲妻が落ちたような殺意の波動が吹き荒れる。

 ガタガタッと、長テーブルに着席していた幹部たち(推測だが)が一斉に警戒態勢を取った。彼らの視線が集まる先、「左手」を姉さん——へと向けていたからだ。


「おいっ、レイン。何を、」


「これではっきりした。おまえが自分たちを連れてきたのは、このためだったのだな」レインはオレの静止の声を気にもとめず、「そんなに自分たちを戦わせたいのか」


 詰問する彼女の声はあくまでフラットだ。……しかし、その表情は鬼——否、死神の如く殺気に包まれている。


「…………ごめんなさい」


 姐さんはそれだけ言った。


「自分は謝罪が欲しいわけじゃない。ただ、責任を取ってほしいだけだ」


 左手は、指は、まっすぐと彼女の心臓に。


「あたしに死ねと?」


「そうではない。何度も何度も助けてくれたことには感謝している。そして思い出もある。……-…自分は今でもシーナのことを仲間だと思っている……」


 それは、感情を滅多にさらけ出さないレインの、血の吐くような言葉だった。

 そうなのだ。レインは、別に姉さんのことを憎んでなんかないはず。だって、頭が上がらないなんて幾度となく言ってた、から。



「だから頼む。——もうヒロを戦いに巻き込まないで」



 ————え?


「オレ?」


 突然出てきた自分の名前に戸惑う。いや、レインがオレを優先してくれるのはいつものことだけど、でも、


「待てよ、レイン。オレはまだ入るなんて一言も……」


「違う! 違うのだ、ヒロ。おまえはおまえ自身のことを何もわかってない……」


 もどかしいと言わんばかりに歯を強く噛むレインに、続ける言葉を失ってしまう。

 オレは、たとえ何を言われようともオレだ。

 自分のことなんて自分が一番よくわかってる、だろ?


「今、あたしが何を言ったところでなのかもしれないけど、ヒロを戦いに巻き込むつもりはなかった。本当よ」


「心身共に深い傷を負ったヒロが、再び剣を手に取ることはない。そう思った、と」


「ええ」


 毅然と答える姐さん。「死」を突きつけられてなお、どこまでも静かな表情で。


「自分は……ヒロを安心して預けられる治癒術師がアドベントにしかいないというおまえの言葉を信じた。ヒロの状態を思えばその選択は正しかったと今でも思う。だが……あの後すぐ、アドベントを発つべきだった」


 ヒロが冒険者なる前に、とレインはかすかな声で呟いた。


 その言葉を聞いた瞬間、かつて彼女と交わした言葉がフラッシュバックする。



『オレ、動けるようになったら冒険者をやろうと思ってる』


『…………また、あなたは剣を取るの?』


『オレはレインみたいにウェイトレスとかできそうにねえからさ。劇団員の募集もないみたいだし、あのチャラいイケメンの……アッシュと一緒に頑張ってみるよ』


『……そう』


『あー……、やっぱり普通に働いた方がいいか? 結構危ねえ仕事ではあるし』


『いや、ヒロが決めたことなのだから、いい。私にはあなたを縛る権利はない。……ただ、いくつか約束してほしいことがある——』



 オレが冒険者になるにあたって、レインとはいくつかの約束事を決めた。

 その最たるものが最低でも一人の仲間と共に行動し、決して一人で戦わないこと。

 …………思えば、いつも淡々としているレインはあの時、どこか言葉に詰まっていた。

 本当は、オレが剣を取ることが嫌だった?


「……自分はこうなることを密かに恐れていた。ヒロと関わり、ヒロを知っていくにつれて、その本質をわずかばかりだが理解できていたから」レインは横目でオレを見据えてから、姐さんへと視線を戻す。「シーナ。おまえは違うのか? ヒロを大切な弟だと宣っておいて、一片でも予測できなかったと?」


「…………」


 姐さんは答えない。

 オレが口を挟めたことではないけれど、それ自体が何よりの答えなのかもしれないと思った。


「——あー……、話を戻していいか?」


 と、団長が手を上げて割り込む。


「お前たちも全員座れ。そうだ、グランツ。その馬鹿でかい剣をこんな狭いところで振り回してくれるな」


 ギョッとして振り向いた先、とてつもなく「良い」体格の長髪の女が、静かに大剣を下ろしていた。背、高っ。

 それに呼応するように、不服そうな表情を浮かべつつも幹部たちが席へと座る。


「よしよし。そしてキサラギ、お前の当初の質問に答えよう」団長は不敵に笑ってから、「レインの言う通り、真の敵は異形ヴァリアじゃない」


 言った。



「——アドベント王家そのものだ」



「…………どういう、意味ですか?」


 ……この一瞬だとしても、考えつかないわけじゃなかったけれど。ただ、ただそれだとしたらあまりにも——、


「少なくとも王家は、異形ヴァリア出現の秘密を握っている。人類の宿敵の情報をなぜ世界へと開示しないのか? 答えは限られてくるだろう」


「戦ってる側、ですよ?」


 ようやくだ。最近になってようやく掴めてきた。

 アドベントという都市の「外」で、どれだけの人間が散っていったのかを。

 オレには幸い、「外」で戦えるだけの力があったから、その背中を預けられるだけの仲間がいたから、生きている。個人差というものを、オレは最初から理解しておくべきだった。


「マッチポンプ、とでもいうのか。当然、詳細を掴んでいるわけではないが……」団長は小さなため息を吐いて、「ただ、彼らが真に人類の友だというのなら我々はだ。彼らが知りうる全てを、余ることなく」


 グッと彼女は拳を握る。

 その目は揺るぎない、覚悟を決めた者の目だった。


「故に、統合機士団の機士は武器を取っているのだ」


「…………一つ聞くが、なぜおまえがそんな秘密がことを知っている?」


「あ……」


 オレはレインの当たり前の指摘に、思わず声を漏らす。

 その通り。異形の秘密を王家が隠し立てしているというのが本当の話だとするなら、その情報をそう易々と「敵」に漏らすわけがない。

 そして実際、「王家が隠している」という情報をこちらも開示しないのであれば、それこそ向こうとやっていることが同じのような。


「先に言ったが詳しくは知らない。ただその思考に至るまでの判断材料を手に入れられる立場であっただけ。

 ——私はアドベント王家の第一王女だからな」


「「……っ⁉︎/……!」」


 当たり前みたいにねじ込まれたとんでも発言に、思考が一時停滞する。


「王女様?」


「ああ」


「マジモンのですか?」


「マジの本物だ。そこらに歩いてるアドベント人に聞けば大抵わかる」


「……なんでこんな怪しげな組織やってるんです?」


「さっき伝えた通りだ。あと機士団は怪しくない、立派な組織だ」気をつけろ、と団長——シャーロット王女は釘を刺してから、「……もっとも、世間的に『故人』である私にもう権力はない。元、王女だな。経緯の説明は長くなるから省くが……そうだな。存在を消される気持ちは、レインもよく知ってるんじゃないか」


「……まあ、一応は」


 レインが思うところあるように答える。

 しかしこうも飄々と答えられては、どうして?と確かめることもヤボなように思えるし、正直キリがないのもわかる。


「話を聞くに先日お前たちを第一位が襲撃した理由は、レインが目的だったらしいな?」


「そのようだ。自分の何を求めているかは不明瞭だったが」


 クソ、そういやそうだった。いろいろ情報詰め込みすぎて、頭から飛んじまってた。こんなわけわからん状況になった根本があのヤバい女に襲われたことだったな。


「……確か、あのエリアルという女、性をアドベントというらしいな。お前が元王女だというのなら、何か関わりがなかったのか?」


「そこだ、わからないのは」シャーロットが困ったという顔で、「私が『現役』の頃、エリアルなんて身内は存在しなかった。表向きは王族の遠縁なんて言われているらしいが……何にせよ知らない。……ただおそらく、お前の『死を司る力』を欲しているのは現アドベント国王——リア・アドベントだ」


「根拠は?」


「お前含め、この場で開示できる判断材料ではない故、言えない。しかしまあ、王族の身内という時点で最低限の繋がりは猿でも予想できる。どうする、レイン? お前の敵はすでにアドベントになってしまったぞ?」


 ……っ。こいつ、大人しく話をしてたかと思ったらすぐ燃料を投下してきやがる! 「嘘を見抜く力」とやらがなくても気持ち悪い。


「——シャーロット団長」


 と、不意に。

 新たな声が聞こえてきた。……シャーロットの斜め後ろに緑髪の女性が控えていた。空気に溶け込みすぎていて今まで気づかなかったが、気づいてしまえば体が震えるような凍てつく覇気を放っている。


「時間が差し迫っております。戯れは程々にされた方が良いかと」


「相変わらず小言が多いな、ローザは。それじゃあ私の嫁というより姑になってしまうぞ」


「私は貴方の妻になった覚えはありません」ローザと呼ばれた女は無表情でピシャリと冗談をはたき落としてから、「キサラギ様、レイン様。団長が懇切丁寧に時間を浪費して説明した通り、我々には貴方たちを歓迎する用意があります。ですが迷い考えていただく時間はありません。今いま、決めていただかないと」


 それこそ懇切丁寧に、側近らしき女は要点だけを伝えてくる。

 いよいよ、選ばなくてはならないのか。

 レインとの未来を取るのか、……全員と過ごす未来を取るのか。


「シャーロット、と言ったな。だが最後に一つ、聞きたい。人類統合軍の立ち位置は何だ。正義か? それとも悪か?」


「どちらでもない、悪の敵だ」


 即刻に、そう語るシャーロット。

 その目には並々ならぬ決意が込められているような気がして。

 ……いや、決意なんて当たり前だ。でなければこんな大規模な組織を率いてまで反乱を起こすわけがねえ。

だけど、なんだ? 何かが引っ掛かかる。団長の目の真意をオレは知っているはずだ。もちろんそれは、失った記憶のどこかにあるはずで——。


「……そうか。ならいい」短く、レインは答えた。「問いに問いを返して悪かった」


「別にいい。疑問を抱くのは人として最も愚かで大切な部分だからな」


 シャーロットは薄く目を閉じてから、再三尋ねよう、と言った。


「元より隠すつもりもないので正直に言うが、この人類統合軍——特に我々、統合機士団の死亡率は低いとはいえない。常に最前線での任務だからな」


 団長は、オレとレインを交互に見据えながら、語調を強める。


「だからこそ我々は、常に力を欲している。生半可な奴では足りない。強者だ。一騎当千の強者が多ければ多いほど、他の者の士気も上がり、生存率も上昇する。——お前たちには、を救う力がある」


 語りが熱くなったのか、団長は立ち上がり手をテーブルに叩きつけていた。


「こちらとしても切れるカードは全て切った。私はお前たちが喉から手が出るほどほしい。——今、ここが、境界線だ。

 我々と奴らの戦い、そしていつか来たる『都市決戦』に巻き込まれたくなければ、国外へ逃げるのが確実だろう。希望を抱かせてもらったせめてもの褒美に、逃避行の力添えくらいはしよう。

 ——さあ、選べ」


 いっぺんに重ねられた熱い言葉。

 オレは正直迷っていた。圧倒的な脅威を前に、

 良心……いや、違う。

 飾れない男の情景、「英雄願望」と。自分が「守ったもの」とを天秤にかけて。


「……オレは、」


「私としては——」


 が、レインが先に口を開いた。任せて、とその横顔が言っているような。


「——ニアみたいに普通を生きている人間が突如全てを奪われることが、嫌だ。

 これ以上は、ダメなんだ。…………私も言われるがままに、罪のない善良な心を持つ人をも殺したことが、きっとあるから。到底償いきれるものではない。けれども、何かしてはいけないという理由にもならない」


 今度は人のために戦いたい、と。


「……だけど今、私の命は私だけのものではない。その半分はヒロに預けている。私の意志がどうあれ、ヒロが戦うというなら私も戦う。もし戦いたくないというのなら、私も戦わない」


 それに、と。


「ヒロだって私のことを大切に思ってくれているから、帰るのが少し遅くなるだけで心配するくらいだし、おまえの代わりに剣を振るとも言ってくれた。どちらを選ぶにせよ、私と共に生きることを望んでいるはず」


 ……………………さらっととんでもなく恥ずかしいことを言ってのけるレインに、空気が少しだけ弛緩する。

 ……おい、みんなクスクス笑ってんじゃねえか。つーか姉さんは今に始まったことじゃないのに、すげえ生暖かい目で見てくるし……。


「えらく愛されているらしいな、キサラギ。どうやらレインの行く末はお前に左右されるらしい。お前はどうする?」


 団長も顔を綻ばせてはいるが、口調は至って真剣だ。

 ここまで来て、なあなあの回答で許されるはずがない。


「…………オレには正直、苦しめられる民のために命をかけて戦うってことに、理解はできても、いざやるとなったら実感がないです。でも、目の前で何の罪もない人が殺されようとしているのを見たら、オレはきっと考えなしに助けるとも思います」


 その背景や後先を考えていなくとも、偽善かもしれなくても、絶対にオレはそうするだろう。そもそも、オレはそういう性格タチなのだ。


「……その行動は誰にでもできることではない。誇っていいものだ」


「この組織にいる人たちには、それぞれ戦う理由と覚悟があるんでしょう。きっと、生きてきた中で感じ得た大事なものを糧に頑張ってるんだって、いちいち聞かなくても感じます。……でも、少なくともオレにはそれができない。詳しいことは省きますけど、オレ、記憶喪失なんです」


 オレの発言に周囲の雰囲気が変わったことは容易に感じ取れる。特に、横に立つレインが目を丸くしているのも目の端に映る。


「新しい人生からまだ半年すら経ってないし、貴族の屋敷に侵入とかいう無茶をやらかしたりしたけど、本来なら自分のことでさえ精一杯な奴なんですよ」


「なるほどな。それは、わかった」


 うんうんと頷く調子だったが……シャーロットはオレを鋭く見据えた。

 その眼力に、それだけでただ一歩引いてしまったオレは、


「——で、、戦うのか戦わないのか、どっちなんだ?」


「……っ」


 呼吸が、止まる。

 彼女は、人類の希望を率いる人間は、本質を問うてきた。

 どうするんだ、と。細かい事情や想いなんか知ったことではない、と。

 これは……即答できなきゃ————。



「戦います」



 言った。


「オレも、戦います。この狂った世界と」


 はっきりと、言う。

 団長がオレの「言い訳」に割り込んできた理由はそういうことだ。どうやら、慎重になるあまり言葉を選びすぎていたらしい。

 ——戦うと、答えられたことが全てだ。


「オレは知ってしまったんです。物騒なこともあるけど、この国での生活はなんだかんだで楽しいんだって。ようやく掴んだ日常なんだって」


 オレは、この街で過ごしていて時たま見るレインの心からの笑顔が、とてつもなく大切だと感じていた。きっと、「前の自分」はこの笑顔を手に入れるために頑張ったんだと直感した。


「だから、そんな日常を失わないために戦いたい。『戦う理由』としては浅いですか?」


 自分なりの思いを、オレは言い切った。

 そして、その結果は——。


「戦う理由などそれぞれだ。私の人を見る目は間違いないから、この団に中途半端な輩は存在しない。……そして私が思うに、キサラギ。

 ——お前のそれは決して中途半端ではない」


 シャーロットは、オレの目を見て断言した。


「私も嫌いじゃないぜ、その考え方」


 割り込んできた声の方を見ると、例の赤髪の女がパチパチと軽く手を叩いていた。

 腹をさらけ出したタンクトップに、ショートパンツとタイツを合わせるという、だいぶとラフな格好をした彼女は、片目を閉じて笑いかける。


「ナヨナヨしてる顔のくせに言うこと言うじゃねえか。気に入った」


「……どうも」


 一応、認めてくれたってことで、いいんだよな?


「決めたの、ヒロ」


 会話の趨勢を見守っていたレインがようやく話しかけてくる。


「大丈夫だ。ちゃんとオレの意思で選んだ答えだから。ニアや『冒険者の墓場』の人たちとかも、簡単に捨て置くとかできねえしな。さっき言ったが、あの街で平和に暮らしたい。——そのために戦うんなら……


「そう」


 最後の一言で察したのだろう。レインは、ただそれだけを呟いた。

 そこで一瞬、言おうとしていた言葉を伝えるかどうか迷ったが、今ここで言っておくべきだと判断し、伝えることにする。


「でも正直……、今更これを言ったらレインは怒るかもしれないけど、やっぱりお前に戦って欲しくないっていう気持ちはある」


「心配してくれるのは嬉しい」


 やっぱり、と言った感じで軽く息を漏らしたレインは、「でも」とオレを見据えて言った。


「ヒロはかつて私に、剣は握らせないと言ってくれたのは、それは私が無理やり戦わされていたから。けど今度は——私自身が剣を振りたいと、本当に思っている」


 レインは、今まで溜めていた言葉をぶつけるように、


「私も、この街で平和に暮らしたいという気持ちは一緒。もちろん、なんて『くだらない』ことは言わない。ただ、私たちの日常を守り抜く。

 だから、私は絶対にヒロを守る。——だから、ヒロも私を守ってほしい」


「——わかった。そうやって、戦おう」


 強く、オレは答えた。

 もう、これ以上、言葉を重ねるのは無粋だと思った。


「話はまとまったようだな」


 黙ってオレたちのやりとりを見ていたシャーロットがようやく口を開くと。

 割り込むように、やっぱり、と。


「あんたは、こっちを選んだのね。本当に、今ならまだ、」


 巻き込んでしまったという負い目が強いだろう。姐さんは珍しく堅い面持ちで言葉を紡ごうとするが、


「やるよ、オレは」


 サッと彼女の言葉を遮り、レインもうなずく。

 自分の言っていることの無駄さは初めからわかっていたのか、彼女もそれ以上は何も言わなかった。


「シルヴァレン。これ以上、『部下』の前で無様を晒してくれるな。気持ちはわかるが、彼らはもう子供じゃないんだぞ」


「知ってるわよ。確認よ、確認」


 仏頂面の姐さんに「だといいが」と言い、シャーロットは改めてオレたちに向き直る。



「歓迎しよう。ヒロ、レイン。——ようこそ、人類統合軍・統合機士団へ」



 右の掌を胸に当て、統合機士団団長シャーロットは、不敵に告げた。



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