第47話 「焔凍《Inferno》」


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第47話 「焔凍Inferno




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 降臨。

 そう言って差し支えないほどに、その女は存在感があった。

 彼女が動くだけで気象・環境に変化が起こる、そんな。


「おまえ……?」


 レインは、問う。鎧の女の比ではない圧倒的な殺気。これほどの感覚を覚えたことはなく——否、一人知っている。

 この体の奥から湧き上がる「震え」。それを持つのは、シーナ。

 今ならわかる。恐怖を感じなかったのは、彼女が味方だったからだ。


「なんだ、と聞かれりゃ人間だとしか言えねェな。って話なら——『人類最強』だ」


 そう、ごく平然と言ってのける女に、


「お前が……絶級冒険者ランク5第一位が、なんでここにいる……?」


 エリアル・アドベント、と。

 

 ヒロが、掠れた声で彼女の存在を明かす。

 この国で、あるいはこの世界で、一番の強者であると。


「フゥン。俺様の顔を知ッてるッてことは同業者か。人類を守るために命を投げ打つ、勇気ある戦士様だ。でもまァ……弱ェから要らねェわ。

 ————死ね」


 炎。


「——⁉︎」


 瞬間的に作り出される巨大な炎球が、ヒロヘ放たれる。ログハウスをも覆い尽くすほどの業火へと、レインは必死に手を伸ばした。

 魔法であれば防ぐことは容易い……はずなのだが。


 ……なんという威力だ……!

 たしかに間違いなく、炎は掻き消えつつある。ただ消えると同時に後から後から再燃するのだ。


「弾けろ」


 ボン! と。

 火薬倉 庫にマッチを放り込んだような音が響く。

 発生した爆風をも当然、レインは受け止めるのだがいかんせん広範囲すぎる。直撃こそしなかったものの風は背後を強く吹き抜け——ヒロが、浮く。


 軽々と宙を舞ったヒロは、半壊したログハウスの屋根へと叩きつけられた。


「——ヒロ!」


 とっさにレインは駆け寄ろうとして、


「戦闘中に余所見はダメだろ、なァ」


「ッ⁉︎」


 瞬きした間に、敵との距離が零になっていた。

 覆いかぶさるように抱きつかれ、レインは体の芯から震える。

 パキパキパキ。

 奴が触れた手から文字通り身が凍るような冷気が噴き出した。


「なっ……」


「残念。さッそくゲームオーバーだ」


 背中から体が凍っていくのをレインは肌で感じていた。まだ全身が固まっているわけではないが……それでも動けないのだ。一見添えられているだけの敵の腕は、レインの体を万力のように締め上げている。


 ……おかしい。

 ただ、心の臓まで冷えていく感触を味わっている最中、レインは頭を回す。


 奴は先ほど強大な炎を操る魔法を使った。火炎フレイム系魔法の基本的戦闘法は、瞬間火力によるゴリ押しだ。何度も魔術師ウィザードと戦ってきたからわかる。搦手といってもせいぜい目眩しや幻惑程度であろう。

 だからこそ近接されたとてレインの力をもってすれば脅威には至らない、はずだった。

 掻き消してしまえばいいのだから。


 だけどなぜか、敵は氷魔法フローズンをも繰り出した。奴がどうして二系統の魔法を使えるのか、まさか自分と同じく魔法特性二個持ちなのか、今それは重要ではない。

 正直言って、先ほどの炎球を防いだ際に見て取れる通り、持続ある攻撃を掻き消すのは少々厄介なのだ。

 並の術者ならまだしも、絶級冒険者ランク5ともなれば——。


 数秒後。炎と氷の女が抱擁を解いた先には、博物館に飾れるほど見目麗しい氷の彫像が鎮座していた。恐怖感を感じさせない静的な顔の造りは、まさに芸術品。


「ッハハハ。にしても綺麗に固まったなァ……。部屋に飾ってみるかァ? 一週間くらいは」


 コンコンと女は氷漬けのレインをノックして、心底楽しそうに嘲る。

 と……、


「さすがはエリアル様。一瞬で方が着きましたね」


 彼女の背後には全身を鎧で固めた女がかしづいていた。



『それでは、来ます』



 また、とは。

 別に時間を置くという意味ではないのだ。


「貴様はこいつを連れて行け。オレ様はしばらくここにいる」エリアルは後ろを見ずに言う。


「承知致しました」エレナと呼ばれた鎧の女は慣れているとばかりに地面とレインをつなぐ氷を切断して、担ぐ。「……差し支えなければ教えていただきたいのですが,エリアル様はどうなさるので?」


「おいエレナァ、前に教えただろうが。英霊たちはきちんと弔わなきゃならねェ」女は人差し指に火種を灯して、「。——何もかもなかったことにしてくれる炎は、便利だよなァ」


 ぴんっ、と放たれた幾つもの火の種は、斬り刻まれたれた死体、倒壊しかけの家屋に伝染し、メラメラと紅く夜闇を照らす。


「わかりきったことを失礼しました。証拠隠滅は『掃除屋』の仕事だと思い込んでおりましたので」


「固ェ、固ェよ。ただまァ、貴様のクソ真面目な性格、めんどくせェが嫌いじゃあないぜ」


「もったいないお言葉、深く感謝いたします」


「あァ」


 適当そうに言って、女は燃ゆる大地を歩く。普通なら耐えられない熱気の空間だが、自分が生み出した炎であるが故か眉一つ動かさない彼女は、まるでこの世の支配者の如く。


「なァ、貴様。——つがいが奪われる気分はどうだ?」


 業火の中に向かって、語りかける女は。

 その内より現れし、一斬を歓迎する——。

 硬い金属が削れる音が、女の手のひらで鳴る。全身を煤だらけにしたヒロが、斬りかかったのだ。


 …………だが、渾身の一撃は相殺することすら叶わずに儚く砕け散る。


「遅えなァ、遅すぎる。一〇〇万年遅ェよ。そんなんじゃ俺様には一生届かねえ」


「ちっ、くしょ……クソ野郎が……!」


 折れた剣身から冷気が這い寄っていく。手を離すという判断に至る頃には、ヒロの腕は剣とともに固定されていた。


「離せ……!」


 残った左腕で凶悪な笑みを浮かべる女を払い除けようとヒロは足掻くが、ピクリとも体制を崩さない。弾力性のある壁を殴るみたいにわずかにめり込むだけで。


 ……やがて、次第に、動きが緩慢になって。


「レ……イン…………」


 二体目の彫像が完成した。

 その表情はレインのものと違って鬼気に満ち満ちている。


「はんッ、いいねェ。その許さねェぞッて表情、すごく激る。凍らせただけなんだから、すぐに死にゃしねェよ。せっかくだ、貴様もつがいと一緒に三日くらいは飾ッてやッても…………いやァ、ダメか。やっぱり形が悪ィわ」


 なんというか貴様、廻りが悪かッたな、と。


 見定めるような目を一瞬で空にして、エリアルは細長い手剣を構える。確実に人体を打ち砕く超速の魔手は……無骨な義手によって食い止められた。


「……思ッたより早かッたな」


「これだけ暖ければ、氷も溶けやすい!」


 言い終わらないうちに腕を引いたレインは、エリアルのこめかみに上段蹴りを叩き込む。

 クリーンヒットした感触があったが、それは氷が砕け散る小気味いい味わいだ。


 肌を青白く凍らせたエリアルは再び冷気を放つが、さすがに同じ手を食うレインではない。即座に引いて体制を立て直し、二の矢を放とうとするが。


 拳。


「——ぶっ」


 鼻筋を捉えた殴打をギリギリで流してダメージを抑えるが、それでも体は宙を舞う。数メートルは吹っ飛び転がるも、勢いそのままに起き上がる。

 滴る鼻血を拭って、レインも拳を構え直す。

 剣は氷から脱出する時に取り落とした。格闘戦も不得手ではないが、敵の運動能力は常人のそれを超えている。互角。正直、まだまだ計り知れない。

 使うしか、ないのか。

 己の本領。「死神しにがみ」の権能とも呼べる魔術。

 即死の雨霰を放つことは容易いが、その代償はすでにひどく体を蝕んでいるため、これ以上の負担をかけるのは、まずい。

 もし仕留めきれなければ、義体が剥がれるほどに手足が腐ってしまうだろう。

 手足を失えば、いよいよ最期だ。


 そして何より——敵は一人だけじゃない。


「不意をついて突き落とすとは……やってくれましたね、お前」


 林道から鎧の女が姿を表す。

 白銀の鎧が土まみれになっているのは、脱出で生じた彼女の隙を見て、急斜面に蹴り飛ばしてきたからだ。

 屋根の上にいるヒロを連れる一瞬の時間さえ稼げればいいと考えていたが、どうやら事はより悪化しているらしい。


「だからァ、いつも油断するなと言ッてんだろうが、エレナ?」


「エリアル様の魔法が破られるとは思わず……」


「味方を『信頼するな』ッて話だ。もういいから貴様はそこで跪いて見てろ」


 レインは傍目でエレナが地に膝をつけるのを見た。構っている暇はないのだが、命令に忠実な僕の姿を見て、頭の片隅でずきりと何かが疼く。


「悪ィな。余所見するなッて言ったが訂正、俺様は例外だ」


 エリアルは手のひらで氷の造花を作って弄んでいた。彼女にとってレインとの戦闘は片手間で十分であるという余裕の現れなのか。

 その割には攻撃の一つ一つが、必殺とは行かないまでも意識を刈り取る力を秘めている。


「……おまえたちは、なぜそうまでして自分を連れて行きたがる。目的は自分ジブンの魔術なのか」


 あの欲深き父と同じく、この呪われた力が欲しいということかと。


「さあ、知るかよ」


「は……?」


 鬱陶しいなといった感じの声でエリアルは、


「貴様の魔術などに微塵の興味もねェ。厄介ではあるが、だとしても俺様の脅威にはなり得ねェんだよ。——それよりも貴様、『リミッター』外せるだろ?」


「リミッター……だと」


「ああ。自らの肉体の枷をだ。身一つでオレ様の動きについてこれる人間、つまり、そういうことだろう。己の動きに理解できないところがあるか、貴様よ——レイン」


「……ない、が」


 彼女の言う通り、自分は完璧に己の体を制御できる。どこをどう動かせば最適な一撃になり得るかを、物心ついた時から知っている。


「結構だ」


 エリアルは大仰に両手を広げた。

 燻る焔に照らされるその表情は、恍惚に満ちていて、



「——本格的に貴様に惚れた」



 突然の宣言を行う。


「どういう意味だ」


「ん? 男がいるんだから、色恋を知らぬというわけじゃねェんだろう? それとも女同士は気が乗らないッて話か?」


「違う、そうではない。なぜ、おまえが急に自分ジブンを……その、好きになる。自分たちは敵であり、いまにも殺し合っている最中だ」


「だから殺すつもりはないッての。貴様がどうかは知らねェけどよ、俺様は強い女が好みでね。男は要らん、汚いからな。貴様は強い女、イコール、俺様のタイプ。ガキでもわかる単純な理屈だ」


「…………付き合って、られない」


 確定だ。この女は確実にイカれてる。

 行動がどうこうじゃなく、もはや発する雰囲気だけでわかる「興味」の趣向。

 例えば味方の死をぞんざいに扱う者などいくらでもいるが、兵士おもちゃ」にできる者はそういない。


 例えば、火だるまの人形をそこいらで踊らせて見たり。


「なんだ、そんなに炎人形ファイアーマンが気に入ッたんなら、くれてやッてもいいが……すぐに朽ちてしまうからな。プレゼントとしては氷人形アイスマンの方を薦めよう」


「死者を、愚弄するな」


「……言ッとくが、貴様が殺した奴らだぞ?」


「その程は関係ない。ただ、彼らも人の子であることには変わりなく、死してなお尊厳を奪われることなどあってはならないのだ」


 それ以上やってしまえば人ではなくなる。


「堅物だな。嫌いじゃない……が、俺様色に染めるには時間がかかりそうだ。……時に、レイン。死んだ奴らの親兄弟を真に想うんなら、貴様もを受けるべきなんじゃねェのか?」


「寄せ、お前、」


 レインの走り出しに、


「——俺様の方が早いぞ! 貴様の男を粉々にするのに瞬きほどもいらねェ」


 エリアルの後方、いつのまにか作り出されていた氷柱の切っ先は、ヒロの凍てついた体を性格に照準している。


「さァ。俺様の気が変わらないうちに選べ。やっぱり飽きる。一五秒以内だ」


 秒速で言動を翻したエリアルは唇の形だけで制限時間を知らせてくる。

 頭をフラットにしろ、自分。

 氷柱の速度を銃弾並みだとして自分が間に入る。ヒロとの距離は約四メートル。不意をつければ可能な間合いだ。

 しかし不意などつけるか? 他の誰でもない、この異常すぎる第一位とやらに。間違いなく今まで出会ってきた中で最強の存在に。

 まず、仮に防げたとして、ヒロを守りながら勝てるのか?

 …………無理だ。どう考えても。

 あと七秒。

 どうして私は奪われる。私が何か悪いことをしたか。いや、たくさん殺したけれども。

 たとえロクな生まれ変わりができなくとも、

 平穏を望むことが罪深いのか。

 あと二秒。


 ……レインは膝をついた。


「剣を、収めてくれ」


賢いクール。いい娘だ。後ろに手を回せ」


 大人しくレインは後ろ手に回して、目を伏せる。それでもやはり、ヒロの方を見てしまう。

 手首を再び凍りつく感触が襲う。そして今度は重い。鉄の枷のように固く、全身を覆った先ほどの拘束と比べて、簡単に抜け出せそうになかった。

 すまない、ヒロ。だが今はこれしか方法が——、

 レインが己の至らなさを深く呪った、

 その時。


 ヴーーーーーー。と。

 けたたましいサイレンが夜をつんざいた。



絶級ランク5警報——!」


 気配を消して跪いていたエレナが、ばっと顔を上げる。


「チッ、こんな時にかよ、まッたく! これだから『人類最強』はめんどくせェ!」


 艶のあるプラチナブロンドの髪をガシガシと引っ掻いて、サイレンとともに赤い光で染まった城壁外を望む。

 巨大種の出現か、大量発生か、いずれにせよあの下に超級以上の異形ヴァリアが現れたのだ。

 警報音と赤いサイレン、これらを確認した時、絶級冒険者ランク5は即時集結するようギルドで定められていると、ニアから聞いたことがある。


「クソが、魔力感知さえなければ無視できるッてのに……」


「エリアル様、この場所に留まり続けるのはまずいです。ギルドに気づかれます」


「わかッてる。ほんと食えねェ、リアの奴。なんであんな無能共を自由にのさばらせてやがるんだ……! ……ついでにブンブンブンブン、蠅どもも近づいてるしよォ……」


 怒りに任せた声を発したエリアルは直後、大きく手を振った。パチパチと火の粉を散らしていた炎人形ファイアーマンとやらは次々と崩れ落ちていく。


「レインよ、身拾いしたな。今回ばかりは重なりすぎたから、打ち止めだ」


 膝をつくレインを一瞥して、妙に蠱惑的な流し目を一つ。今気づいたが、乱暴な口調の彼女はそういった顔をすれば相当に妖艶な美女の部類だ。


「エレナ。いつまで座り込んでやがる。異形ヴァリアどもを皆殺しだ」


 エリアルはどういう理屈か宙を軽やかに移動していく。


「はい」エレナはすくっと立って、レインを睨みつけた。「……これで助かったと思わないことですね。《また》、来ます」


 鎧の女は、またしてもレインでさえ身震いするような殺気を残して、もうとっくに彼方へと消えてしまった第一位を追い去っていった。


「助かった……のか」


 へたり込んでしまいそうになるところをグッと堪えて、かちこちに凍りついているヒロの元へ。

 自分で体験してわかったが、そこまで強固な固まり方ではない。それこそ高めの温度の風呂につけたら自然に解凍できるだろう。

 とはいえ……、


「家がこうなってしまっては、どうにもならない……」


 すでにログハウスは全焼しており、わずかな残り火が燻っているのみ。暖を取ることくらいはできるだろうが、冷凍人間を溶かすには少々心許ない。

 ここは大人しく……。


「ヒロ————!」


 専門の人たち(?)に任せるとしよう。

 聞き覚えのある甘ったるい声をさんざんに引き伸ばしたシーナが、突風を散らして地に着地した。とっくに前から何らかの「集団」が近づいてくるのを察知していたが、いささか人数が多い。


「ちょっとこれどうなってんのよ。なんでヒロが氷漬けに————まさか……あの女が」


「シーナ、来てくれて助かった……のだけど……」


 レインは、彼女にそれ以上の言葉をかけられなかった。

 まさかまさかまさまさかまさかまさか。

 同じ言葉を呪詛のように吐き出し続けるシーナに、さしものレインも身を引く。代わりに、やってきたもう一人の顔見知りに声をかけた。


「アッシュ。救援を感謝する。自分ではヒロを守り切ることができなかった」


「いいってことよ。それより、そっちこそ怪我はねえの?」


「自分は問題ない。それよりも早くヒロを治療しないと……!」


「ジェーンさんのとこへ連れてく……と言いたいところだが、ちょっと立て込んでいてな」アッシュはうーんと首を傾げてヒロの方を見やる。「かといって、あの状況のヒロをギルドに任せるのも不味いんだろ?」


「多分。少なくとも自分の敵は、『国』、なのだろう」


 エリアルの言葉を推察するに、「上」からの命令である可能性が高い。彼女の「上」といえば、もはやギルド——ひいてはアドベント政府だ。


「なんとなく、おまえたちの立ち位置は把握している。把握したからこそ関わらないつもりだったが……今は頼らざるを得ない」


「自分のわがままでアドベントに連れてきた責任がある、ってシーナさんは言ってた。レインちゃんが気にすることはねぇ」


 クイッとアッシュが指し示す先、シーナさんが珍妙でゴツゴツとした格好の男女に、甲高く支持を飛ばしている。


「彼らとはどういう関係だ?」


 格好はまだしも、アッシュたちの周りで全くの見覚えがない連中なのである。


「……俺たちの仲間だ。今は、それ以外言えねえ」


「すまない。詮索がすぎた。少なくともおまえに聞くべきではなかった」


 口の軽そうなアッシュが生真面目な顔をしているのが、なによりも状況を物語っている。


「気にしなくていいよ。……で、言いにくいんだけどさ……」


「わかっている。着いてこいというのだろう」


「そーいうこと。悪いね」


 どのみち、ヒロの安否が気になって仕方がないレインに、任せっぱなしという選択肢はない。


「——キラーズ2、負傷者の搬出が完了した。すぐに移動するぞ」


「了解です!」アッシュはパッと手のひらを額に当ててから、「あー、そうそうレインちゃん。いや、Rちゃん。今はあんまし本名で呼ばないでね?」


「……了解した」


 これは「作戦行動」。やはり彼らは本来、この場にいてはいけない者たちなのだ。

 すでにヒロは救命袋らしきものに巻かれて、いる。シーナではない。シーナは、頭を抱えてへたり込んでいるから。

 彼らは機動服からエネルギーか何かを射出して、空中を素早く移動していた。変にガジェットが付随しているあの装備には、そんな意義があったわけだ。


「シーナさんは……ご乱心か。けどチンタラ留まってもいられねえからなぁ……。ちょっと待っててくれ」


 アッシュはシーナの元に駆け寄り、何か呼びかけた。すぐに顔を上げた彼女に、いつもの余裕の表情はなかったが、それからは迅速だった。彼女も駆けてくる。


「さっきぶりね、レイン」


「……その、大丈夫だろうか。随分と昂っていたようだけど」


「ええ。全く問題ないわ気にしないで。ちょっと武者震ってだけだから。行きましょうか」


 レインはもちろん、アッシュにも空を飛べるような能力も装備もない。シーナの力を借りる必要があるのだ。


「家、残念だったわね」


「……せっかく協力してくれたというのに、申し訳が立たない」


「とりあえずあんたたちが無事ならいいわ。犯人もことだしね。——いつか私が取り返すわ」


 最後に小さく、確かに言って。シーナはレインとアッシュを両脇に抱える。

 月明かり漏れる夜の空へ、レインたちは高く飛翔した。



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