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第一部:Tamer's Mythology
第七話:大型のうさぎだった

 ナイトメア……それは俗にいう夢魔の一種である。

 夢魔という名の通り、その存在は夢を見せたり、幻を見せたりなど、精神に作用する能力に特化しており、夢を見る機能がある多くの有機生命種(ヴィータ)に取っては脅威ではあるが、それ以外にとってはそれほど強くない。

 特に、下級のマキーナは精神と呼べる程に成熟した意識を持っていないため『恐怖』などが効かない他、独自の探知機構を保持しているため、幻を見せる力も対して役にたたない、天敵と言える。ましてや夢など、概念すら存在してないはずだ。

 ヴィータの魔物が多かった王国近辺では性能を発揮できたはずのその力も、機械種の多いこの地では大して役に立ちそうになかった。


「待たせたな、坊主」


「あ、ありがとうございます」


 ギルドの買い取りカウンターで待つこと三十分、売却しようとした指輪を一目見て裏に引っ込んでしまった鑑定屋のおじさん……ステさんがようやく裏から戻ってきた。

 だいぶ型番の古い二足動体の機械種だ。ヴォイスも人間の壮年の男性の声、そのものだった。

 どうも、南では感情機構を仕込んだ機械種が多いらしい、その声は興奮したものだった。


「間違いない、純度98%の闇属性の魔力水晶……極度に純度の高い闇の魔力の結晶体だ。信じられん……これは、そうそうこの辺りで取れる類のものじゃない……これをどこで手に入れた?」


 青い指輪……僕がSSS級探求者認定された時に褒賞品としてもらったそれを手の平に乗せて観察する。

 やはりそれなりの品か……


 『冥王の冠』


 王国ギルドの至宝とか言ってたからな……

 僕の読みは正しかったらしい。


「北側のギルドの褒賞品で。それで……いくらで売れますか?」


「ふぅむ? 聞いたことがないが、境界の外ではこんな代物が褒賞でもらえるのか……こことは大違いだな。値段は需要によって上下するが、ここまで高い純度の結晶だと……ギルドで売却するなら一億だな。供給がまずないから、上位のエレメンタルやレイスと直接交渉すればその二倍、三倍はいってもおかしくないが……」


「売却でお願いします」


 即答する。何しろ僕には金がない。そしてそれ以上に時間がない。

 思い出のある品を売り払うのは心苦しいが、背に腹は代えられない。たとえ一つ目の依頼を達成できたとしても……魔物使いには金がかかるのだ。

 ギルドならば相場を謀られている可能性もないだろう。


「……本当にいいんだな? 二度と手に入らないクラスの品だ。俺ももう二十年鑑定士をやっているが、今まで見たことがない程の品だぞ?」


「はい、お金がないので……」


「……何か事情がありそうだが……分かった。本人の意志がそうであるならこちらとしては何もいわん。金は振込でいいか?」


 ギルドには金銭の預かりのサービスもあり、大金の場合はそこに振り込んでもらうのが一般的だ。カードがあればいつでもどこのギルドでも引き出す事ができる他、特定の店ならば、金銭を持つことなく、ギルドカードで買い物をすることさえできる。

 逆に言えばカードがなければどうにもならなくなってしまうのだが……


「はい、それでいいです。……そうだ、ちょっとお聞きしたいんですが……北への船のチケットってどれくらいかかるか知ってます?」


「北……? 北って、境界外の事か?」


「はい。その『境界外』の北です」


「ううむ……」


 おじさんが、腕を組んで唸る。


「坊主、北に行きたいのか……」


「はい。ちょっと事情があって」


「そんな事聞かれたのは初めてだが……確か、チケットの相場は三十億か何かだったはずだ」


「三十!?」


 思わず大声が出た。

 気が遠くなる程の額だった。高額とは聞いていたが、まさしく額の桁が違う。

 まずまともに働いても手に入らない金額だ。もしSSSランクだった頃のカードを持っていたとしても、そうそう出せる金額じゃない。

 相当うまくやらないと、戻るまで年単位で掛かりそうだ……


 幸いなことに僕には養うべき家族はいない。親族はみんな成人している立派な大人だし、まだ未婚だ。

 だから、心残りは向こうに置いてきたスレイブや友人たちくらいなのだが……


「三十億か……何年かかるんだろう……」


「まぁ、諦めるんだな……あ、客としてではなく、探求者として護衛依頼を受けて入船するって手もあるが……」


「……それって何ランクの依頼ですか?」


「SSSランクだな。前提で試験もあるらしい。何をやっているか知らんが……」


「なるほど……わかりました。ありがとうございます」


「おうよ。まぁ、死なない程度にがんばれよ。何かあったら俺の所にこい。色々教えてやろう。久しぶりに良い物見せてもらったしな」


「ありがとうございます」


 振り込んでもらったカードを受け取ると、ステさんにお礼を言って鑑定所を後にした。

 三十億かSSSランク、どちらにせよ、並大抵な事ではない。

 北と南の境界の海域はやばい。それは王国の高位探求者の間でももっぱらの評判だったが、ただの噂ではなかったらしい。

 一筋縄ではいかなさそうだった。


 続いて、ギルドに併設されているギルドショップに向かう。

 ギルドショップとは、探求に必要な基本的な道具や、探求者が買い取りカウンターで売却したアイテムを販売している店だ。

 相場より高くもなく安くもないので、行きつけの商店がまだない探求者に支持されている他、たまにとんでもなく珍しいアイテムを入荷していたりすることがあるため、探求者は頻繁に通うことになる。

 店内は探求者の姿で雑多に混み合っていた。

 品物を眺めると、やはり探求者層に合わせているのか、機械種向けのチューンナップパーツが多い。


 回復薬は持っているし、基本的な探求者のアイテムは既にアムが持っているのでそれを使えばいい。

 店内を見回し、棚に商品を並べている職員を捕まえた。

 フォーマルなタイプのガイノイド……FN系の機械種だ。特徴があまりないので詳しいタイプはわからない。

 サバイバル用のナイフを品出ししている所を、後ろから声をかけた。


「すいません、ちょっとお尋ねしたいんですが……ナイトメアについての教本とかないですか? 育成方法とか書いてあるといいんですが……」


「ナイトメアですか……レイスだったらあるんですが、ナイトメアという特定の種についてとなるとちょっと……」


 機械種の記憶力は他種族の比ではない。

 職員さんは、数秒ほど考えたが、すぐに首を横に振った。

 レイスについてのフォーマルな育成方法や注意事項は、アリスをスレイブにした時に勉強したし、全て頭に入っているので、今更必要ない。


 しかしそうか……やはりないか。


 何しろ種類が膨大なので、特定の種については専門の書店でもなければ手に入らない事が多いのだ。また、魔物使いという職は付く人がそもそもあまりいないので、育成方法についての書がないことも多い。

 アリスの時も結局見つからず、自分でメモを取りながら育てなくてはならなかったのだ。


「書物の類はこちらのコーナーにあります。機械種の人口が多いので、機械種に関する書物がほとんどですね」


「ありがとうございます」


 案内された書物のコーナーはギルドショップにしては蔵書数があったが、職員さんが言うとおり、ほとんどが機械種についての本だった。

 機械系の武器のカタログや基本的なメンテナンス方法、貴重な部品の選別方法、分解方法、機械魔術師(メカニック)のクラスを得るための教本、機械種の歴史や図鑑などなど。

 レイス種についての書物は両手の指で数える程度しかない。それも、レイスの生態やレイスに関する歴史など、基本中の基本だった。今更参考になりそうもない。


 仕方ない……また自分で作るか……できれば戦闘に入る前にナイトメアの特性を知っておきたかったが、アムに直接聞いて参考にするしかなさそうだ。


 魔術師が研究に使う白紙の魔術書とペンを購入する事にする。


「後は相手が機械種だから……万能タイプの分解ペンかな……一応構築ペンも買っておくか……」


 合わせて、工具のコーナーで最下級の分解ペンと構築ペンを取る。分解ペンとは魔導式機械機構分解装置と呼ばれる機械種をばらすために使用するアイテムだ。ペンのような外見のため、度々分解ペンと略されるこれは、討伐した機械種を貴重な部品とそうでない部品にバラすのに主に使用する。構築ペンはその名の通り分解ペンの逆で構築するために使用するものであり、機械種のスレイブがいた場合にメンテナンスなどに使用するものだった。


 どちらも下手な武器よりよほど高価なものだが、かさばるものでもないし、機械種を主に相手にする以上持っていて損はないだろう。


 他にも、魔物使い特有の器具や用具で、持ち歩きできるものを買い込むと、ギルドの外に待たせていたアムの元に急いだ。

 自動ドアをくぐりギルドの外に出ると、すぐ隣にある、探求者が街の外に出るために使う乗り物ーーランナーの貸出所に向かう。

 アムは、一体の銀色のランナーの隣にいた。不安げに入り口の方を伺っていたが、僕の姿が目に入った瞬間笑顔になる。本来なら契約したてのスレイブからは目を離さないのが定石なのだが、お仕置きの意味も込めて今回は放っておくという手をとったのだ。


「フィルさん、遅いです!」


「ごめんごめん。ちょっと準備があってね……なるほど……レイブンシティのランナーは機械種なのか……」


 アムの隣にふてぶてしく座る銀色の蜥蜴のような機械種を見上げる。

 爬虫類特有のくっきりした眼には知的な光が灯っており、この機械種に明確な意志があることがはっきりわかる。

 構築ペンを買っておいて正解だったな……


 ランナーとはギルドで貸出される遠出用の乗り物を指す言葉であり、特定の種族を指す言葉ではない。そのため、街によってはランナーでも種類が異なる。例えば僕が昔いたグラエル王国のランナーはスリップラビットと呼ばれる大型のうさぎだった。毛が長く、すわり心地が抜群で、冬などにはそのためだけに遠出した事まであった。


「小夜さんの紹介で、一番足の早い個体を借りられました。……これって贔屓ですよね。本来なら大まかな速度だけで個体なんて選べないのに……」


「そうか……後でお礼を言っておかないとね。それで、そのランナーの名前は?」 


 アムが僕の言葉を受けて慌てて貸出票を検める。

 名前も知らないのにランナーを借りるなんて、とんでもない。話しかける時なんて呼べばいいんだよ。


「……名前? ちょっと待って下さい……えっと、サファリと言うらしいです」


「わかった」


 サファリの全長は大体二メートル。高さだけでも僕の視線に合わせられるくらいの大きさだった。

 背中をそっと触る。生体銀でできているのであろう身体は金属質でありながら温かく、確かに機械種の心臓である、コアを持った者である事がわかる。小夜さんや、僕が王国で契約していた機械種……ガーディアンとは違い、人工皮膚が全身を覆っていないので、なかなか新鮮だ。


 じっとこちらを品定めするかのような視線に視線をしっかり合わせながら、背中を撫でてやる。

 ぐるる、と喉の奥で唸り声をあげた。


「フィルさん、サファリがどうかしましたか?」


「いや、このタイプは初めて見たから、ちょっとね……」


 嫌がっていない事を確認しながら、喉元に手の平で触れる。

 ギョロリと睨みつけるような視線を躱し、首筋を二度軽く叩いてやった。

 サファリは、頭を軽く揺らしてこちらを伺っている。こちらの情報を探ろうとしているのだ。スリップラビットならば耳を動かすし、プライマリーヒューマンなら耳を澄ませるような行動……

 どうやら、サファリは見た目通りの位置、頭部に感覚機関ーー視覚機関や聴覚機関があるらしい。


 二、三度、咳払いをして喉の調子を整える。

 僕は意を決して、サファリに話しかけた。


「サファリさん、今日はよろしくお願いします」


「!?」


 サファリの頭部がぴくりと動く。

 アムが、眼を見開いていきなり敬語を使い出した僕を見た。


 サファリの視線がしっかりこちらを見ている事を確認して、頭を下げる。


 機械種(マキーナ)はヴィータ程、物理法則に影響を受けない。

 彼らの骨格は金属であり、コアは機械工学の集大成であり、そして脳はたった四方数センチのチップである。見た目などあてにならないのだ。それはマキーナと友誼を結ぶクラスに取っては常識だった。故に、ヴィータの爬虫類型が人程の知能を持っていなくても、同じ形をしているマキーナの彼らがそうだとは限らない。


 視線をしっかり合わせながら、ゆっくりと話しかける。

 声の調子をやや低めに抑え、ささやくような声で話しかけるのがこの手の機械種と話す時のコツだ。


「僕は、ちょっとした事情で今日中にD703六脚動体モデルアントの十五体の討伐を達成し、討伐証明箇所であるアンテナを十五セット入手する必要があります。力を貸していただけませんか? 僕達をクローク平原のD703アントのモデルアントの活動域まで運んで頂きたいのです。往復で」


「!? フィルさん……それは……」


「アム、黙ってろ」


 アムが何かを言いかけるのを制止する。僕は今サファリと話しているのだ。

 サファリは僕の言葉を吟味するように目をつぶって考えていたが、やがてゆっくりと目を開いた。


「……どのくらい時間がかかる?」


「ランナーが喋った!?」


 アムが口をぱくぱくさせて、信じられないものでも見るかのような眼でサファリを見た。

 そりゃ喋るだろう。ヴィータやレイスなどと違って、マキーナにはそれ用のパーツをつけるだけで喋られるようになるのだ。

 逆に会話をできないと思う方がおかしい。


「そうですね……クローク平原までの移動時間、往復で余裕を見て二時間、討伐する時間を入れて合計五時間程頂きたいのですが」


「話にならんな。まず、クローク平原はここから二百キロは離れている。片道で二時間半はかかる」


「なるほど……」


 アムから貸出票を受け取り、基本スペックを見る。確かに、時速八十キロと記載されていた。


 片道二時間半ということは、往復五時間。討伐の時間も合わせたら八時間ということになる。とっくにギルドの受付は閉まっているだろう。それじゃダメだ。


 僕は、サファリの全身を観察した。

 鈍色の金属で作られた四脚の足はより早く走るためのもの、銀色の鉤爪は足場の悪い大地を掴むためのもの。頭から首、尻尾にかけて描かれる流体的な線に、全身を覆う鱗のような模様。四脚のかかとには小さな噴射口が開いており、頭の先から尻尾の先に至るまで、走るためだけに設計されている。


「サファリさん、貴方、機龍ルクスの系譜ですよね?」


「!? ……何の話だ……」


 サファリの眼が確かな驚きに見開かれた。


 機械種には二種類ある。

 一つが、製造者の手で作られたもの、もう一つが一部の機械種が持つ機種保全プログラムによって人の手を介さず作られたものだ。小夜さんは前者で、サファリの設計構造はどう見ても後者だった。そういった存在は度々、上位個体の系譜と表現される。


「機龍ルクス・ドラグラー。この世に現存する五種のL級のマキーナのうちの一人で、世界中に散らばる機龍種三十二種の祖となる太古より存在する機械種。その中でも貴方は速度に特化している機龍だ。違いますか?」


「……だとしたらどうした?」


「だとしたら、貴方のスペックは時速八十キロなどというレベルではないはずです。ルクス・ドラグラーの系譜の基本スペックは最も鈍重な亀竜種でも三百二十五キロです。速度に特化した貴方がそれに劣るワケがない。いや、四脚の後ろに設計された穴は加速機構の噴射口ですよね? 補助パーツや経年劣化にもよりますが、亀竜種の五倍……いや、それ以上出ていてもおかしくないはずです。そうですよね?」


 僕の言葉に、しばらくサファリは値踏みするように僕の顔を見ていたが、やがて大きく頷いた。


「ふむ……フィルとやら、貴様、メカニックか。よく勉強しているようだ。……確かに貴様の言うとおり、私はルクス・ドラグラー系譜の奔竜であり、基本スペックは鈍重な亀竜のおよそ八倍ーー時速二千キロを超えている。だが、貴様には一つ忘れている事があるな」


「何ですか?」


 サファリが、初めてニヤリと口を歪めて笑うような表情を作った。


「私が単体ではなく貴様とその女を背に乗せなくてはならないという点だ」


 なるほど……確かにその一点は想定外だった。

 僕も釣られて笑顔で答える。


「ああ、確かに忘れてましたね……人を乗せた場合はどの程度の速度が出ますか? 往復で一時間半とか?」


「……フィル、貴様、先ほど確かに言ったな。『このタイプは初めて見る』、と。よかろう、フィル。貴様に誇り高きルクスの系譜、奔竜のスペックを見せてやろう……。そうだな、十五分程度いただこうか」


 さっき二時間半って言っていたのに……と、ぶつぶつ呟いているアムの肩を叩いて黙らせ、サファリさんに念のため追加の依頼をした。


「安全運転でお願いします。速度を出すのは街から出た後で……」


「……了解した」

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嘆きの亡霊は引退したい。

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