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第一部:Tamer's Mythology
第六話:まぁ全体的に衰弱する

 やっと僕が起き上がれるようになったのは、契約してからたっぷり一時間くらいたった後だった。


「もう大丈夫なんですか?」


「ああ、大丈夫だよ」


 ただの魔力欠乏だし、今までも何度もなったことがある。

 心配そうに立ち上がりかけるアムに、手を向けて大丈夫だと制止する。

 全て使いきったわけではないので心配いらなかった。おしぼりで口を拭いて、ようやく一息つく。


「そういえば、これからどうする予定なんですか?」


「そうだな……適当に依頼を受ける予定だよ。今日中に一つ達成しないとギルドカードが失効するらしいから……まぁ、今後の事はそれを終えたら話し合おうか……」


「ああ……今日再登録したって言ってましたね……でも、そんな状態で戦えるんですか?」


 アムが心配そうな表情で聞く。

 確かに僕はもうふらふらだが大丈夫、戦うのは僕ではない。


「まずはアムの腕を見せてもらおうかな……ところでアムは剣を持ってるってことは、クラスは剣士? ギルドランクはいくつだったの?」


「クラスはありません。ギルドランクはFランクでした」


「なるほど……ギルドに登録したのはどのくらい前?」


「三ヶ月前です」


 クラスがないのは特に珍しい事ではない。それぞれ、剣士や魔物使いなどの専門職につくのにはそれなりに勉強して試験を受けなければいけないからだ。試験を受けずに依頼を優先した場合はクラスなし……俗にいう『探求者』ということになる。


 三ヶ月前か……三ヶ月でGランクからFランクに昇格できたというのは、種族ランクが高いとは言え、なかなか優秀だ。

 GランクからFランクの昇格には確か、討伐系依頼と探索系の依頼で合計30以上の受領か、合計100以上のギルドポイントを貯める必要があったはずだ。そしてそれは、F系の機械種を討伐できるだけの力があるということを示している。


 ……本当に銅の剣で機械種を切り裂けるのだろうか? ナイトメアの能力は僕の記憶では物理向けじゃないはずなのだが……


「じゃー……とりあえず肩慣らしに適当な討伐系を……」


 F系の機械種討伐の依頼でも受けて、カードの有効期限をのばそうか。

 そう言おうとした時、遠くから僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「フィル様。ああ、酒場に居たのですね……」


「あ、小夜さん……」


 小夜さんがカウンターの裏から出て、こちらに小走りで向かってきた。

 僕の眼の前まで来ると、ちらりと一度アムに視線を向けたが、すぐにこちらに向き直る。


「フィル様。先ほどのスレイブをお探しの件なのですが……」


「……ああ……すいません、その件はもう大丈夫です」


 すっかり忘れていた。小夜さんに条件に会ったスレイブを探してもらっていたんだった。

 アムがその言葉を聞いて状況を察したのか、僕と小夜さんの間に入ってくる。


「もう必要ないです。私がフィルさんと契約したので!」


 今まで聞いたアムの声の中で、一番大きな声だった。


「え……本当ですか? フィル様」


「ええ……まぁ……」


 酒場の隅とは言え、衆人環境の中であまり叫ぶと注目が集まる。

 しかし、これもまた仕方のない事だ。契約したてのスレイブには度々このような傾向が見られる。特にある程度の好意を向けられている場合はその可能性が高い。マスターに対するスレイブの独占欲は大なり小なりどこにでもあるものだ。


 僕は心配いらないという意志を伝えるために、アムの手を握ってやる。

 小夜さんはその様子を、釈然としない表情で見ていた。アンテナが少し揺れている。


「しかしフィル様。アムさんは……フィル様が要望された元素精霊種(エレメンタル)でも善性霊体種(スピリット)でもない……『悪性霊体種(レイス)』ですよ? 本当にいいのですか?」


 心なしか、『レイス』という単語が強調されている。


「いえ、そこも納得ずくで話し合ったので……小夜さんには申し訳ないですが、もう探さなくて大丈夫です」


「え……っと、先ほどのライト・ウィスパーの登録者と連絡をとってみた結果、面談してみて結果によっては契約してもいいという話がきているのですが……」


 小夜さん……そこまでしてくれたのか。

 南はサービスがいいのかな、まさかわざわざ交渉までしてくれるとは……王国ではとてもここまでやってくれない。

 連絡までとってくれたのに、このまま会いもせずに断ってしまうのは心苦しいが……


 アムの様子をちらりと伺う。

 平然としようとしているが、握っている手が小刻みに揺れている。

 元々アムは僕がエレメンタルかスピリットを探しているのを知っているし、途中までは契約に乗り気じゃなかったのも知っている。そもそもレイスはスピリットと相性が悪い。


 小夜さんの方に向き直る。


「小夜さん、ありがとうございます。連絡まで取って頂いて……感謝の言葉もありません」


「いえ、これも私の仕事ですから……。それで、面談の方はいかが致しましょう?」


 そんなの、言うまでもない。


「こちらから言い出しておいて申し訳ありませんが、なかったことにしていただけませんか?」


「え……?」


 小夜さんの瞳孔が見開かれる。

 アムにとっても予想外の言葉だったのか、驚いた表情でこちらを見ていた。

 やれやれ、この程度の信頼度で死令を許すなど、よく言えたものだ。正気の沙汰じゃない。


 魔物使いの心得その7

 釣った魚に餌を欠かしてはいけません。

 二人以上のスレイブと契約を交わす場合は、出来る限り間を空けましょう。

 スレイブも種族は多種多様ですが、生き物です。

 契約を交わすことができたら、集中的にスキンシップを取って強固なラポールを築きましょう。

 十分なラポールが築かれていない状態で新たなスレイブを作ると、嫉妬したり寂しくて拗ねたりして、スレイブの実力次第では契約をぶった切って逃げられる可能性があります。


「……本当によろしいのですか? フィル様。失礼ながら、レイスのアム様よりもスピリットのセーラ様の方が種族的に相性も良いかと存じますが」


 どうやら、小夜さんとアムは顔見知りらしい。

 そして、さすがギルド職員、種族間の相性のこともよく勉強している。レイスはヴィータに強く、スピリットに弱い。故に、ヴィータがレイスをスレイブとするパターンは多くなく、するとしてもマスター側の格がスレイブ側よりも遥かに高い場合が多い。

 だがしかし、それは一般論でしかない。

 アムが余計な事言うな、みたいな眼で小夜さんをジト目で見ている。

 忠告はありがたいが、もう契約してしまったものを今更どうこう言われても困る。

 小夜さんの眼と眼をしっかりあわせ、説得する。


「それは一般論です。そもそも僕ははぐれるまではレイスのスレイブがいたんで、レイスとの契約にも、恐怖の特性にも抵抗はないので大丈夫です。そもそも、もうアムとは契約が完了していているので……それとも、僕のアムに文句でもあるんですか?」


「い、いえ……そのような事は……フィル様はスピリットとエレメンタルにこだわっているように見えたので……まさかレイスとは……」


「まぁ……確かに、永続契約するなら、まだ契約していないスピリットかエレメンタルなんですが、今回は短期契約なので……」


「なるほど……」


 相槌を打つと同時に、小夜さんの赤い瞳の中で、小さな光の輪が回転する。

 マキーナの持つ固有スキルーー『メンタルスキャン』

 他者の精神異常を感知するスキルだ。

 十秒程して、小夜さんが肩をおろした。


「確かに……『憑依』による精神汚染を受けているわけでもなさそうですね……失礼しました。フィル様の意志で契約したのなら、一ギルド職員としてはこれ以上意見はありません」


「そ、そんなことしません!」


 アムがテーブルに手を叩きつけた。いわれ無き中傷のせいか、ふるふると耐えかねるように身体が震えている。

 握った手を引いて落ち着かせる。


 『メンタルスキャン』がマキーナの固有スキルなら、『憑依』は『ライフドレイン』と『恐怖』に並ぶレイスの固有スキルだ。その能力はーー絆の強化。被憑依者の魂に自分の存在を割りこませる事で、自分の精神の波長によって他者の精神に影響を齎すことができる精神操作系のスキルだ。

 単純に言うと、見知らぬレイスに取りつかれた場合、被憑依者は常に自分以外の存在を感じ、精神が疲弊して衰弱したりするし、直接魂に『恐怖』のスキルを割りこませられて衰弱したり、無意識のうちに身体を勝手に操られて衰弱したりする。まぁ全体的に衰弱する。


 逆にうまく使えば高揚状態となり、自身のパフォーマンス以上の性能を出せたりするが、そっちはどちらかというと、スピリットの持つ『憑依』のスキルの影響の場合が多い。レイスの持っている憑依は負の側面がとにかく強いので、周囲から嫌われる傾向にある。


「心配してくれてありがとうございます。僕は大丈夫です。アムの事はまぁまだ知り合ったばかりですが、それなりに信頼していますし、レイスの特性も知り尽くしていますので……」


 何より憑依や恐怖が怖くてレイスと契約などできない。まー……ライフドレインは怖いけど。


「わかりました……もし契約が満了になった場合は、再度お声がけください。スピリットやエレメンタルは無理でも、機械種ならば色々ご紹介できますので……」


「わかりました。ありがとうございます」


 小夜さんは、明らかに契約を切った時の事を指していた。いや、もしかしたらそんな意図はないのかもしれないが、とにかくアムが不安がるのであまりこの話題を続けるべきじゃない。

 話を変えるように、手の平を一度音を立てて打つ。


「そうだ、新しく契約したアムの腕試しをしたいんですが、何か手頃な討伐依頼はないですか? 契約で魔力使いすぎてしまったので、出来る限り近い所で……」


「一番簡単なのは先ほどもお話しました、F系のモデルドッグですね……街からの距離もそれほど離れていません。速度六十オーバーのランナーを借りて一時間、歩いて三時間ってとこですね」


 ランナーで一時間か。まぁ、手頃な所だろう。一時間なら往復でも日が暮れる前に帰ってこれる。

 アムの表情を横目で確認する。


「では、その依頼で……」


「ちょっと待ってください。フィルさん」


「ん?」


 予想通り、アムが口を挟んできた。不満そうな表情していたからなあ。

 何を言いたいかなんとなく読めるが、気づかない振りをして話を続ける。


「何か?」


「F系のモデルドッグでは、相手にもならないです。腕試しですし、後二段階上の依頼……Dランクの討伐系依頼がいいと思うんですが……」


「僕はF系のモデルドッグも一人で倒せそうになくて途方にくれてたんだけど……」


「……私がいれば……もっと上の依頼を受けられます」


 諭すように言うが、アムは頑なに首を横に振る。

 小夜さんの方を伺う。視線でコンタクトを取ると、小夜さんは軽く首を横に振った。

 ため息が出る。この子は種族ランクも高いし、話している分では悪い子ではないが……馬鹿だ。確信した。Dランクの討伐依頼は高ランクレイスとは言え、元Fランクの探求者が受けるような依頼ではない。

 念のために小夜さんに確認する。


「小夜さん、アムが今まで受けた依頼で最も難しいランクはいくつですか?」


「個人情報なので本来なら教えてはいけないのですが……マスターなら問題ないですね。アム様が受けた最大の依頼はEランクの依頼です。討伐対象は……D023浮遊動体モデルバタフライ、3体の討伐……」


「それ、ソロですか?」


「いえ、ペアですね」


 機械種の魔物は、ランクと数字で明確に実力がわかるように名前が付けられている。

 DがランクがDであること、その後の三桁の数字が大体の強さを示しており、大きければ大きい程強いが、一桁台の場合はその一個下の魔物と同じくらいの強さだと言われている。大体、ギルドの依頼ランクと討伐対象の魔物のランクは一致しているが、Eランクの依頼なのに討伐対象がDランクなのも、その能力がEランクの討伐対象と同等程度なのが理由だろう。


 ペアでDを倒しただけの者が……Dランクの依頼が適切だと? しかも、僕は使い物にならないから実質ソロでやらないといけないのに?

 呆れ果ててものも言えない。


 アムにじっと数秒眼を合わせる。いたたまれなくなったのか、すぐに逸らしてきた。

 大きくため息をつき、力を込めて小さくなっているスレイブに尋ねる。


「アム、もう一度聞くよ? 二段階上のランクがいいんだね? 受けたことはないみたいだけど」


 アムが先ほどよりも幾分か小さな声で答える。


「……はい。以前受けた依頼は確かにEランクでしたが、D級の機械種でも十分手応えがありました。Dランク依頼でも十分戦えます」


「前回はペアだったみたいじゃん? でも今回はソロだ。僕は丸腰だとF系相手に時間稼ぎしかできない程度の実力しかない。アムが万が一討伐に失敗してやられたら、僕も間違いなく死ぬだろう。それでもDランクの依頼を受けたい?」


「……」


「アム、もう一度聞くよ? 今回はただの腕試しだ。僕はまだアムと知り合ってまだたった二時間しか経っていないし、アムの実力を全く知らない。だから、一度戦っている所が見てみたい。ただそれだけだ。僕はアムが強くても弱くても……即座に契約を解除したりするつもりはない。それでもDランクの依頼を受けたい? Dランクの敵と戦っている所を見てもらいたい?」


 しっかりとした口調で問いかけた。喧嘩か何かと思ったのか、酒場のカウンターの向こうからバーテンダーがこちらを伺っていた。

 じっとアムの答えを待つ。小夜さんも、特に口を挟まずにアムの事を見ている。

  

 アムは俯いたまま一分程黙っていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。

 目の端に涙の珠が浮かんでいた。潤んだ声で答えた。


「……は……い。私は……フィルさんに……戦っている所を見てもらいたい……です。私の力を……知ってほしい。私の……マスターになってよかったと思ってほしい。褒めてほしい。撫でてほしい。抱きしめてほしい。そして……信頼してほしい」


 思わずしかめそうになる表情筋を何とか保つ。

 もう僕には何も言うことはなかった。


「……小夜さん、Dランクで討伐系の依頼って何がありますか? なるべくレイス種と相性のいい相手で……」


「……本気ですか? フィル様。本気でDランクの討伐系の依頼を受ける、と? 僭越ながら忠告させていただきます。先ほどスキャン致しました、フィル様の身体能力では……死にますよ?」


 そんなことはわかっている。というより、僕にはE級以上の討伐系を一人で達成できる自信がない。

 だがしかし、スレイブがマスターに求める時、マスターは責任を持ってそれに答えなければならない。

 命令で黙らせることはできても、それは確実に今後に痼を残すだろう。

 例えそれがどんなに命がけで無謀なものだったとしても……だ。まぁ、そんな方針のせいでシィラなんていう化け物に挑む羽目になったんだが、それでもそれは変えることはできない僕の流儀だ。

 苦笑いで、小夜さんに答えた。


「スレイブが信頼してほしいと言ってるんです。僕は信頼しているという事を全力で示すだけですよ」


 まぁ、生きて帰ったらお仕置きかな。


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嘆きの亡霊は引退したい。

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