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第一部:Tamer's Mythology
第二話:じゃあ僕がつけてあげましょう

 それは、レイブンシティの中心部、小さな歯車亭から十数分歩いた位置にあった。

 酷く目立つ、白色の金属で作られた巨大な直方体の建物だ。看板に記載されているギルドの文字と、長剣と杖と盾が交わったギルドのマークだけが、それを冒険者ギルドだと知らしめるものだった。

 数メートルのヒュージ・ヒューマンサイズの自動ドアが行き交う人々に合わせて頻繁に開閉している様子を見て、実感する。

 やはり王都とは違う。

 種族の分布の違いが文化の違いとなり、それが建築様式の違いとなっているのだ。

 元々無機生命種の割合が多い南方の地の話は噂に聞いていて、いつか訪れたいと考えていたが、まさかこんな形で叶うとは皮肉な話だった。


 三メートルを超える巨大な機械種の横を歩いて、自動ドアに入る。

 中も外見と同様、僕のイメージを遥かに超えていた。

 整然とした白い床に壁、王都のように掲示板に張られた依頼書などはなく、代わりに巨大なディスプレイと電光掲示板に絶え間なく依頼が流れている。

 マキーナ・テクノロジーと言うやつだ。機械種の割合が少ない王都ではこうはいかない。僕が無機生命種にもある程度の造詣がある魔物使いではなく、戦士だったならこの光景に唖然としていただろう。


 五つある受付カウンターに座るのも、全員が無機生命種の機械人形(マシンドール)だ。二脚動体で、ぱっと見では機械種とはわからない程度には人間に似ている。頭に生えた二本のアンテナだけが差異を示していた。

 やたら高価な感情機構エモーショナル・ドライブを組み込んでいるのだろう。よく見る四脚動体などとは違い、少なくとも表情などにはプライマリーヒューマンとの差異など殆ど無い。


 受付が無機生命種か……ラッキーだ。

 心の中で舌なめずりをする。かなり不安だったが、機械種の分布が多い街に来たのだから、こういった状況も想定してしかるべきだった。

 無機生命種は種族の相性として有機生命種に弱い。


 僕はその中でも、一番僕の好みにあった黒髪の女性型の機械人形の前に並んだ。


「こんにちは、本日はどのようなご用件でしょうか?」


 線の細い相貌をした、僕より数歳程年下に見える女性形の機械人形がこちらをまっすぐに見つめる。

 僕は、その光学センサーを内蔵しているであろう真紅の瞳に自分の瞳を合わせた。

 人も機械種も、初対面の印象が大切なのだ。


「初めまして、僕はフィル・ガーデンといいます。とりあえず貴方の名前を教えてくださいませんか?」


 頭のアンテナが微かに揺れる。瞼がゆっくりと開閉する。思考している証拠だ。

 やがて、ゆっくりと唇が開く。機械音声には聞こえない女性の声で答える。


「はい、フィル様。初めまして、私の型番はテスラGN60346074B型です」


「僕は型番ではなく、名前を知りたいんですが……大体、貴方がテスラGNの6000番代なのはその頭の思考補助装置でわかります」


 アンテナを指さす。

 僕も魔物使いの端くれなので、決して機械魔術師(メカニック)程詳しくはないが、無機生命種の事もある程度は把握している。

 テスラはテスラ・エンセスターと呼ばれる機械工学博士のライセンス製品である事を指し、GNはガイノイド……女性形機械人形であることを指している。そして、頭に感情機構を補助する思考補助装置が付与されているGN型はテスラ・エンセスターの独占技術であり、6000番代だけ付与されている。そんなのはこの業界では……常識だ。

 補足で言うと、その後ろの四桁の6074が製造年代、後ろのBがBattle型……戦闘用である事を示していたりする。


 テスラGN60346074B型さんは、僕の言葉に困ったような表情をした。


「申し訳ございません、フィル様。そういう意味でいいますと、私には名前がございません」


 予想外の返答だった。

 まさか名前もつけてもらっていないとは可哀想に……

 こういうのを見ると、魔物使いとしての血が騒ぐ。


「なるほど……じゃあ僕がつけてあげましょう」


 僕の言葉にアンテナがくるりくるりとゆっくりと回り始める。

 テスラGN60346074B型さんの眉がぴくりと動いた。こういった所も感情機構の優秀な所だ。

 ちょっと考える。無機生命種だからなあ……まぁ適当につけてあげればいいだろう。


「そうだな……小夜なんてどうでしょう?」


 僕の言葉に、アンテナの回転が微かに早くなった。

 頬もどこか少し紅潮している。感情の発露だ。

 表情を読むまでもなく、テスラGN60346074B型さんの感情がわかる。興味を抱いているのだ。


「小夜……フィル様、その名にはどのような意味があるのでしょう?」


 理屈。理論。機械種がまず求めるものだった。当然考えてある。こじつけだが。


「千年王国という東方の国の言葉で『夜』の事です。テスラGN60346074B型さんの髪の色がーー」


 夜の闇のように黒く美しかったので、と言いかけてそこで僕は言葉を止めた。

 これじゃ口説いているかのようだ……まぁある意味で口説いているのだが……

 無機生命種の感情機構は完璧ではない。やりすぎると制御が効かなくなる。


 無機生命種の協力を得るには基本的にライセンス料というもの……金銭がかかる。力を借りるには一定の金額を払わなければならないのだ。

 テスラGN6000番代のライセンス料は高額だし、この辺でやめておいたほうがいいだろう。

 金がない。


 アンテナの回転速度が頬の紅潮に比例して上がっていくのを眺めながら、咳払いをしてうち切った。


「ごほん、まあ……気に入らないんなら、別に無理はいいませんが……もしかしたら自分で考えたほうが後悔しないかもしれないし……」


「……フィル様……私を、名を呼んでいただけますか?」


「小夜さん」


「……」


 頭のアンテナが凄い勢いで回転している。どうやら気に入ったようだ。よかったよかった。

 アンテナが風を切る音が聞こえてくるかのようで、周りの受付の機械人形や、受付に並んでいた他の探求者の人々が何があったのかとこちらを覗きこんでいる。


 やむを得ず、僕は頭のアンテナを捕まえた。

 僕に高速で動いているものを捕まえるほどの動体視力はないが、テスラのアンテナは物にぶつかりそうになるとセンサーで止まるようになっている。


「……!!」


「小夜さん、落ち着いて」


「は、はい。取り乱してしまって申し訳ございません。フィル様」


 こほん、と一度咳払いをすると、背筋を伸ばしてこちらの目を見た。

 機械種はよく人の目を見て話す。

 調子を取り戻したようで、アンテナの回転速度は非常にゆっくりとなっていた。


「お名前、ありがたく頂戴致します。これからは私の事は小夜とお呼びください」


「それはよかった……。小夜さん、今日はギルドカードの再発行をお願いしにきたんですが……」


 ようやく、用件に辿り着いた。

 小夜さんも先ほどのに応対を始める。


「はい、ギルドカードの再発行ですね。当ギルドかあるいはセントスラムかリュクオシティのギルドを一度でもご利用になられたことはございますか?」


「ないです。グラエル王国から来たので……境界の南側では一切ギルドを利用したことはありません」


 小夜さんの顔が微かにしかめられる。

 ゆっくりと瞼が何度か開閉する。思考しているのだろう。


「申し訳ございません、フィル様。一度でも南側のギルドでギルドカードのご利用経験があった場合は即時に再発行できるのですが、ご利用経験がないとなると……」


「やはりそうなるか……何か方法はないですか?」


「北側のギルドからの証明書を持っているならば再発行は可能ですが……」


 無理だ。グラエル王国のギルドに行けば発行してもらえるだろうが、それができないから困っているのだ。

 ちょっと考える。そうだ、カードは無いが……


 ふとある事を思い出し、右手の人差し指にはめていた青い指輪を外し、カウンターに置く。


「ギルドのランクアップの際にもらえる褒賞品の指輪なんですが、これが証明になりませんか?」


 小夜さんが、その指輪を手にとってしげしげと観察する。

 ギルドのカードにはランクがあり、ある一定数の依頼をこなすとどんどん地位が上がっていく。これをランクアップと呼ぶ。

 ランクアップ褒賞品は、ギルドのランクが上がるごとにギルドからもらえる品だ。ランクによって決まっているようなので、証明になるかもしれない。

 しかし、僕の期待とは裏腹に、小夜さんはすぐにカウンターに指輪を置くと、悲しげに首を横に振った。


「申し訳ございません、こちらでもランクアップの際には褒賞品を授与されるのですが、どうやら北側とは品目が異なるようです」


「そうですか……まぁ、しょうがないですね……ギルドカードをおいてきてしまった僕が悪いんだし……」


 まあ仕方ない。再発行が無理だろうというのは大体予想できたことだ。指輪を再度はめる。

 面倒だが、新規登録するか……


「なら、新規登録をお願いできますか?」


「はい、かしこまりました」


 小夜さんがようやく、にっこり笑って頷いた。

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嘆きの亡霊は引退したい。

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