第33話 「選ぶ《choose》」

「…………つっても、何から始めればいいんだか」


 決意のままに走り出したはいいものの、角を曲がり切った時点ですぐに冷静になってしまった。

 はっきり言ってオレは、剣を振ることしか能がない。それ以外に得意なことなんて何も覚えてないし、実際に聞かされた己の評判も「剣の虫」の一言に尽きる。

 つまり情報を集めるにしたって、それらしき「窓口」さえ知らないのだ。


「アッシュなら、こういうの得意なんだろうけど……」


 彼の所在は、さっぱりわからない。

 正確には一度聞いたのだが、安宿を点々としてるとのことだった。理由は「企業秘密」であるらしい。

 ……オレに話さないってことは、隠したいからだろうしな。

 彼が水面化でいろいろと動いているのは、一友人としてさすがに勘づくところはある。が、打ち明けてくれないというのは、そういうことなのだろう。

 アッシュに頼れるのは、少なくとも明日の朝以降というわけだ。


「じゃあせめて、予想から裏付けしていくか」


 状況証拠から類推できたのは、ニアが絶級冒険者ランク5と衝突したということ。幸いというべきか、この街で七人しか勝ち得ることのできない称号だ。特定はそう難しくない。


「あとはどこで聞くかだが……ギルドって、さすがに閉まってるよなぁ」


 各冒険者の資格ライセンス情報は、ギルドが把握している。当然、当人との無関係者が特定個人の情報を開示しろと言ったところで教えてくれるはずもない。しかし、階級ランクだけは別だ。これだけは公に開示されている。国の代表者としての広報、依頼クエスト発注の指標、数字というわかりやすいデータは隠す必要性が薄いのだ。たぶん、職員に聞けばスラスラと答えてくれるだろう。

 ……が、これも早期的解決は望めそうにない。


「クソ、動けねえ。やっぱりすぐに追いかけるべきだったぜ……」


 それを防ぐための「送ってくれ」だったのだろうが、あの時、もう少し頭を回すべきだった。合流手段が事前連絡による連携しか持たないヒロでは、つながりは遠く絶たれてしまっている。


「つながり……つながり……ねえな……。あいつ交友薄すぎだろ」今回ばかりは、ヒロも自分のことを棚にあげて、唸る。「早く見つけないとやべえってのに」


 おそらく時は、一刻を争う。

 この街は夢とロマンに溢れているが、その輝きの裏には莫大な「闇」が潜んでいるから。そもそもがおかしい話だった。このアドベントは「最先端の技術」がより集まってできている。オレは「生まれた時から」アドベントの記憶しかないが、それでも「異常さ」は目に余る(要するに、感覚的な未知との遭遇である)。

 アッシュは、「いわば各国の技術の展覧会だな。特化された技術じゃなく、万能であることが武器だぜ、この街は」と、そう言った。


 つまり、

 


「黙認、してんだろうな……」


 考えたくはなかったが、ようやく回り出した頭は冷酷に残酷に、事実のみを告げていた。

 「上」の意向で、


 ……もっとも現状を再認識したとて現実が改変されるわけもない。

 今のうちにやれることをやろう。

 そう決めて、一度オレは深呼吸する。

 荒事にのは確実。自分にできることは剣を振ること。ならば、ニアへの力添えしか選択肢がない。

 とはいえ、身震いするものはある。


「はは……絶級冒険者ランク5、か。ニアで『一番下』、なんだろ? 正直勝てる気しねえんだが……」


 それこそ自分は中級冒険者ランク2の成り立て。殺されるかもしれない。

 けれど、殺す覚悟もない。

 いくら過去、人を斬っていたとして、それは失われた過去のお話。

 度胸も覚悟も足りない。

 そもそもその絶級冒険者ランク5を倒したら全てが終わるのか、わからない。

 オレが彼にできる力添えは、……彼の蛮行を押しとどめる、ただそれだけでしかなかった。

 しかし……あのわがままで奔放で繊細で……心優しき少年の、大事な「家族」を、そんな生ぬるい考えで闇からすくうことができるのかも。

 わからない。

 どのみち、「選ぶ」覚悟はいるのかもしれない——。

 ともかくとして、「ニアを止めるための装備」を調達しようとおあつらえ向きの武器でも考えようとしていたところで、

 武器……武器屋? ——そうか、武器屋だ!

 あったのだ。

 つながり。たった一つのつながり。

 仲間いない発言で、あの家族以外につながりなんてないものだと思い込んでいた。が、彼には「仲間」がいなかっただけで、「知人」がいないわけではない。思う存分暴れられる場所として紹介された武器屋——その店主とは、明らかに既知の関係における気軽さがあった。

 それに、「武器屋」、なのだ。「これから誰かをぶっ殺そう」なんて思う人間が訪れるにふさわしい場所である。


「まさか着の身着のままで戦いに行くほど馬鹿じゃねーだろな、ニア」


 一日かけて身体に刻み込んだ、まだ記憶新しい武器屋に、オレは目的地を決めた。


 

 はっきり言ってその武器屋は、まともな営業をする気があるのだろうかという店だ。

 わざわざ大通り沿いに店を構えているくせに(そもそもが住宅区で武器屋を開いてるという時点でもうおかしいのだが)、装飾らしきものは皆無。ただぽつんと店名を描いた看板だけが貼り付けられている。あげく入口は、裏路地に入る店の側面にあるときた。

 外観にさほど気を遣っていないのにもかかわらず、妙に重厚な造りをしている扉を開けて、オレは店内に入る。ニアと一緒に訪れた際には他の客はいなかったが、さて、今回も人の気配がなかった。

 否、常に一人の気配はある。奥にひっそりと設置されたカウンター、そこには、顔をしわくちゃにした老婆がいた(いや本人によるとそんな年齢ではないらしいが)。


「なんだ、また来たのかい。今日は客がよく来るねえ」


 客への対応としてはいかがなものだが、現実、オレも客ではない。


「ニアが来ませんでしたか?」


「そうだねえ。あの子がここに来たのは、三九回だね」


「今日、さっき、ニアが来ませんでしたか?」


 こういった遠回しな表現が好きな彼女だが、今ばかりは付き合っていられないと詰め寄る。


「来たよ、来た来た。おっかない表情してねえ。『例のもの』はできてるかってさ、私は魔工技師マギアクラフターじゃないんだけどねえ」


「やっぱり来たんですね? どこに行ったかわかりますか⁉︎」


「……あんた、『例のもの』がなんなのか気にならないのかい?」


 不思議でしょうがないといった様子で、店主は言うが。


「そんなことどうでもいいですよ! あいつ今、結構やばいことに巻き込まれてて、放っとくと何するんかわからないんです」


「詰め寄られても、私、知らないよ。興味もないしね。あの子なら、『もの』を受け取ったらとっとと出てたったよ。……けど、なんだろうね。あれは、『殺し』に行く顔だったねえ」


「絶対そのつもりですよ。どうせその『例のもの』も特注の武器かなんかでしょう?」


 たしか、この店に並んでいる武器の数々は、全て彼女が裏の工房で作り上げたものだと聞いている(超級より上の異形ヴァリアから入手した戦利品ドロップアイテムは、魔工技師マギアクラフター資格ライセンスがないと扱えないのだが……要するに彼女も「ヤブ」なのだろう)。


「そうさね。ストレンジ・ホースの戦利品ドロップアイテムを素材にした小型電磁投射砲ミニ・レールガン——それが、あの子からの製作依頼だったね」


「みに・れーるがん……?」


 耳覚えのない武器だが、明らかに物々しい武器だということだけはわかる語感だった。


「簡単に言っちまえば電磁式対物ライフルだねえ」


 簡単に言われてもわからなかった。


「対物……てことは、何かの破壊に使う武器なんですか」


 わかるのはこのくらい。


「そうとも。少なくとも人間にぶっ放すようの武器じゃないよ。あの子、城壁でも落としに行くのかい?」


「それは知らないですけど、城を落とせるくらいの火力がいるってことですよ、たぶん。いや……間違いなく」


 敵は、もはやそういう度合いなのだ。


「おっかないねえ。……で、あんたはどうすんのさ」


「……? どうするって?」


「だって、あの子助けに行くんだろう?」店主はギラリと、睨め付けるような目で、「武器がいると思うけどねえ」


「……っ」


 こ、このババア! ここぞとばかりに売り込んできやがった。


「……いま、金持ってないですよ」


「顔、覚えたからね。支払いなんてどうとでもなるよ。——で、何が欲しいのさ、あんたは」


「…………情報と、不殺の道具です」


 慎重に、答えた。オレにはこの老婆が、単純な売り込み話を吹っかける人物とは思えない。


「ふむ……なら前者から売ろうか。何が聞きたいんだい」


 動じることなく会話に臨む彼女を見据え、額に雫を浮かべながら、


絶級冒険者ランク5の名前とその特徴を、できる限り詳しく」


 時間と金を交換しに挑む。


「なんだ、そんなことかい」拍子抜けだと言わんばかりの声を上げた店主は、でもね、と、「世俗に疎い私でも知ってる情報だよ。よかったねえ」


 欠けた歯をのぞかせて、不気味に笑った。


「教えてもらえますか」


 負けじと、間髪入れずに、言い放つ。


「……いいよ。まずは、序列第七位、『戦姫ヴァルキリー』ニア。これはひとまずいいね」


 オレはこくりと頷いた。


「次に、序列第六位、『怪物ギガント』ラルク・アーノルド。こいつぁ、馬鹿でかい男さね。力が全てって感じの巨人ジャイアントさ。昔、冒険者といえば、『勇者ゆうしゃ』と『魔姫プリンセス』、そしてこの男だったよ」


 最近、名前は聞かないけどね、と彼女は捕捉した。

 考えるが……、その男ではない気がする。そんな脳筋が回りくどい誘拐の実行犯だとは思えない。


「続いて、序列第五位、空間の支配者エリアルーラークローディア・エヴァレット。魔人デーモンの女だよ。魔人族は滅ぼされたからねえ。亡国の姫なんて呼び名もあるが、空間転移魔法の第一人者という方が、今は通じるのかもねえ」


 プライドの高い女だと聞くよ、と彼女は吐き出した。

 これも……、違う気がする。転移魔法による攻撃がどのようなものかは知らないが、ニアの傷は明らかに銃火器によるものだった。


「お次は、序列第四位、『幻想投影クリエイター』フェイリス・アーロン。大層、顔のいい狼人ワーウルフさ。夜の街で小娘どもを弄んでそうな奴だよ。それでもって、何もないところからポンポンと武器を創り出す、武器屋顔負けの魔法使ウィザードさ。自分のことをだなんて嘯いてるのが有名だね」


 獣の耳を削がれた一匹狼ってのも有名な話かねえ、と、そこまで聞いたところで。

 ……奇術師?

 不意に、ピンとくるものがあった。



『クソ奇術師様をぶっ潰しに行くんだよ!』



 咄嗟に放たれたであろう怨嗟の声は、強く耳に残っている。


「そいつだ……。奇術師……間違いない、ニアはそいつをぶっ殺しに行くって言ってました」


「そうかいそうかい、なるほどねえ。下克上だね」


 何がおかしいのか、店主はケラケラと笑っている。


「他に、その第四位の情報ってありますか?」


「さてね。さっきも言ったけど、武器の創成が奴さんの魔法さね。剣だの斧だのが砲弾並みの速度で無数に飛んでくると思えば、わかりやすいかねえ」


「……っ、めちゃくちゃ強えじゃねえか」


 いちいち想像イメージしなくとも、容易にわかる脅威度だ。


「強いよ。だからこそ特別な七人の一人なのさ。どのみち、私が知ってるのもそれくらいさね」


「……とりあえず、ありがとうございます」


「どうも」かけらも思ってなさそうに店主は言いながら、「で、もう一つは『不殺の道具』だったかい?」


「はい」


「用途は……聞くまでもないね。あんたからは、『死臭』が出てるからね。てっきり慣れてるもんだと思ってたが……わからないものだねえ」


「いろいろあるんですよ」


 説明するには、それこそ時間が惜しい。


「そうかい」店主はもう一度、興味なさそうに言って、「その背負ってるの、見せな」


「え、……いいですけど」


 オレが携えるカタナを指差して言う彼女に、とりあえずは従う。

 手渡すと、店主はギラギラと「武器屋」の眼光で、刀身などを舐め回すように見ていたが……、


「おや、……これは、ほう……。武器だねえ」


「懐かしい?」


「そりゃあねえ。だって、私が作った武器だからね」


「え、これを? あなたが⁉︎」


 さらっと飛び出た事実に、さすがに食いつく。


「間違いないよ」うんうんと店主は頷きつつ、「それは私が『勇者ゆうしゃ』カイトのために作ったものだよ。……これを持ってるってことは、あんた、カイトの関係者かい?」


「その勇者とやらがキサラギ・カイトのことを指すのであれば、それはオレの父……のはずです」


 繋がる偶然に、どこか運命的なものを感じた。


「おや。おやおやおやおや! 種類の異なる双剣……その可愛らしい顔……そうかいそうかい」


 そして、その時、彼女の浮かべた表情は、オレが見た中で一番、笑顔と呼べるものだった。


「いろいろと話したいことはあるがね」店主は目を伏せて、「時間がないみたいだからね。——ちょっと待ってな」


 いきなり言い放ち、渡したカタナを押し返す……と、店主はひょこひょこと奥に引っ込んでいく。唐突に態度が変わったことに呆然としつつも、何かしら意味があるのだろうと大人しく待つことにした。

 と——、ガンッ! ガンッ! 金属を叩く音が響き渡る。次いで、ズリズリと削る音。鋼が奏でる音色はかわるがわる続いて、……鳴り止んだと思えば、店主が再びひょこひょこと出てきた。一労働終えたと言わんばかりにだくだくと汗を流している。


「はいよ。不殺の道具、二丁上がりさね」店主は言い、一対の剣を押し付けるように渡してくると、「お姫様を救いに行くなら、やはり西洋剣じゃないとねえ」


「西洋剣?」


「何でもないよ。いいから抜いてみな、触ってみな」


 言われるままに柄を持ち、鞘から引き抜くと……、


「これ、は……刃が潰れてる」


「そういうことさね」


 妖しく光る刃部分は、形を失わない程度にごく薄く、しかし確実に、斬撃ではなく打撃となるレベルまで削り取られていた。……二本の刃引きをこんな短時間でやってのけるなんて、とんでもない技術だ。


「これで、あんたの望みは叶えてやった。あとはお代についてなんだがね……」


「…………」


 別に自分の発言に後悔など微塵もないが——それはそれとして、借金が増えるのは気が重い。


「別にいいよ」


「へ?」


「お代はいいって言ってんのさ」


 しつこいよ、と睨まれる。


「それって、オレの父と関係あったりします?」


「この状況でない方がおかしいねえ。わかりきったこと聞いてないでとっとと行きな。急いでたんじゃないのかい」


「……っ、そうですね。本当に助かりました。またお礼に来ます」


「あいよ」


 得るべきものは得た。受け取った武器を引っ提げると、軽く会釈をして店外へ向かう。


「わかってると思うがね」


 扉を開けて喧騒の世界へ踏み出す直前、背後から声。オレは歩みだけ止める。


「最近、きな臭くなってるよ。せいぜい気をつけな」


「……はい」


 振り返らずに言って、オレは店を出た。

 夜は、まだ明けない。

 心なしか、闇がいっそう更けた気がする。

 オレは走り出した。

 この世界の深部に誘われるように。


 ——偽りの平和は、叙の誤りとともに終わる。

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