第30話 「でこぼこなパーティー《Unevenness Party》」

 ニアとの約束の朝。


「おーい、ヒロ! 相変わらず目立つ奴だな、お前は」


 待ち合わせ場所に向かっていると聞き慣れた声。


「ん……? アッシュか。偶然だな」


「ほんとだぜ。つーか、お前もギリギリに来たんだな」


「間に合えばいいだろ」


「そりゃそうだ。……で、今日組む奴がどんな奴なのかまだ聞いてねえんだが、これは会うまでのお楽しみってことでいいのか?」


「よくわかってるじゃねえか。まあ、見た方が早い」


「ふーん。どうせなら女の子がいいんだがなぁ」


 遠からず、近からず、だ。


 そうこう話しているうちに職業広場ギルドサークルに到着。オレだけが知っている「彼」の姿を探す。等間隔に並んでいる柱の影に、妙に親近感を覚える背負い剣をした、怪しげなフード姿を見つけた(明るい場所で客観視してみてようやく、「お前、目立ってる自覚がねえだろ」というアッシュの言葉の意味が、少しわかった気がした)。


「よう」


 と、なるべく自然な形で横に並び立つ。


「ん……?」不機嫌そうな声を漏らした少年は、睨むような視線を向けてきたが、「アンタか。ったく、遅い。待ち合わせ場所には五分前に来るのが常識だろう」


「そういうあんたこそ」少し遅れてきたアッシュの軽い声。「人と話す時くらいはフードを取るのは常識なんじゃないの?」


「誰だ、アンタ。……例のアッシュって奴か」


「そう、そのアッシュです。どうぞよろしく」


 貼り付けた笑みで手を差し出すアッシュ。


「……ああ、そうだな。一応パーティーメンバーだからな」


 ニアは、パッとフードを取っ払って、差し出された握手に応えようとしたところで…………アッシュの貼り付けただけの笑顔が急転した。


「え、レインちゃん⁉︎ ……だけど、あれ、なんか髪切った? 靴変えた? それにあのゴージャスな胸が消えてるだと……?」


「…………」


 アッシュが驚くのも、それはそのはず。絶級冒険者ランク5とパーティーを組むことになったとは説明したが、ニアの容姿については一切触れていなかったからだ。

 だって一度別モンだと認識したら……なあ。いちいち考えねえじゃん…………というのは嘘で、どんな反応をするか見てみたいという悪戯心があったけれど。


「あ! 無理なダイエットによる突然変異とか? いやいや大丈夫、レインちゃんは全然まだまだ細いから——」


 ピキッという音がどこかで聞こえた気がした。


「お・れ・は・お・と・こ・だ‼︎ なんでアンタらは、人を見かけでしか判断できないんだよ……!」


「ぐえっ!」


 瞬間的に繰り出された強烈な下段蹴りに、アッシュは悶絶する。


「類は友を呼ぶって言うけれども、アンタの知り合いはどいつもこいつも見る目なさすぎだ」


「悪いな。見る目関係なくアッシュはこういう奴だ。気にしないでくれ」


「教えとけば済む話だろ! アンタも同罪だ、この色ボケ男!」


 オレは言葉と同時に回避したため、ニアの蹴りは空を切る。

 ……素直に、ちょっと悪かったかなと思う。同じく勘違いされることが日常な者同士、仲良くせねば損だ。


「痛てて……。何も本気で蹴ることねえじゃんよ」


 アッシュがひょこひょこ足を引き攣らせながら、ようやく立ち上がる。


「初対面でふざけた口を叩いた奴が何を言う! 斬られてないだけマシだと思え!」


「へいへい。俺が悪うござんした。……なるほどなぁ、君が噂の『戦姫ヴァルキリー』か」


「っ……おい、やめろ。おれをその名前で呼ぶな」


「……戦姫ヴァルキリー?」


 呼ばれて本気で嫌そうな顔をするニアだったが、オレには聞き覚えのない名前だった。


「ん? おいおい、ヒロ。お前曲がりにも冒険者の割にはなんも知らねえのな。この国、この街で、ロングコートの美少年冒険者といえば、絶級冒険者ランク5序列第七位——戦姫ヴァルキリー・ニアしかありえねーんだよ。……っても、俺も顔は初めて見たから、普通に驚いたけどな」


「お前、そんな大層な通称があったんだな」


 語られる壮大さに驚いたが、それはそうとニアは不満気味だった。


「なあ、アンタの仲間とやらは刻んでも悲しむ奴はいないか?」


「さすがにいるからやめてくれ。……どっちにしろ、オレはお前が何モンだろうと関係ねえよ。そもそも誘ってきたのはそっちだからな」


「……そうか」


「それよりも依頼クエストはもう受注してんだろうな?」


「当たり前だ」


 ニアの手にグルグルにして握りしめられていた羊皮紙が、オレとアッシュの前に突き出される。


「なになに……山の生態系を壊すことで有名なストレンジ・ホースが暴れているから討伐してほしい。必要最低ランクは…………超級⁉︎」


「いきなり超級って、飛ばしすぎだろ」


「あん? 何を驚いてる。アンタたちのランクがいくつだろうが、絶級冒険者ランク5のおれがリーダーなんだから、超級の討伐依頼キルクエストくらい、簡単に承認してくれるに決まってるでしょうが」


 むしろこっちが驚いたと言わんばかりに、ニアは言う。


「(……なあヒロよ。これ、俺たちはかなり勝ち馬に乗ったんじゃないか?)」


「(かも、しれねえな)」


 超級ランク4クラスのクエストとなると、それこそ二級ランク2クラス報酬の二倍どころでは済まない。


「何をこそこそと話してる?」


「いやいや。よろしく頼みますよ、ニアくん」


 アッシュがガシッとニアの肩に手をやる。同性だとわかれば、こんなものだろう。ニアは本当に胡散臭そうにその手を数秒見つめていたが、ああ、と言って。


「……ついてくるからにはしっかり働いてもらうから。足だけは引っ張るなよ」


「りょーかい」


 そんなこんなで、でこぼこなパーティーが完成したのだった。



 円形の城壁都市の四方には、人や乗り物を受け入れる巨大な門がある。冒険者たちが昼夜問わず都市外へ繰り出している都合上、いちいち通行許可に手間取ったりはしないのだが、それはそれとして監視の目はある。

 都市の警察組織である守護者アテネポリスの厳粛な視線の横を通り過ぎて、新生パーティーは依頼クエストに乗り出した。


 ちょうど仕事始めと言った時間帯なので、雑踏と呼んでもいいくらいには、門付近はごたついている。

 今回は超級討伐依頼キルクエストなので、大多数を占める初級冒険者ランク1が近寄りもしない場所に行く。つまりちょっと遠出だ。

 目的地はメルバ山と呼ばれる都市アドベントに一番近い山岳地帯。ここいらは、中級冒険者ランク2あたりが採取依頼コレクトクエストによく訪れるのだが、その麓に例のストレンジ・ホースが出現したため、依頼クエスト遂行に支障をきたしているらしい。


 超級の異形ヴァリアともなってくると、アドベントとしても下手に関わっては死傷者が出かねないので、実害がなければ積極的な討伐には乗り出さない。

 しかし今回は明らかに実害が出ているので、高位の冒険者にお鉢が回ってきたというわけだ。


 山道に続く草道を踏み締め小気味良い音を立てていたニアが、唐突に、思い出したかのように、ぽつりと告げた。


「にしても、アンタ。前にも思ったけど珍妙な格好が好きみたいだな?」


「そりゃオレのことか?」


 オレの方を向いて喋りかけてきたので、まず間違いなくオレに話しかけているのだが、つい減らず口が飛び出す。


「ああ。そっちの赤髪はまだ理解できる範疇だからな」


「おいおい! これでも俺ぁ、オシャレには気を使ってんだぜ?」


 アッシュが心外だとばかりに割り込んでいたが、知るか、少なくともおれの趣味じゃない、とざっくり否定されている。


「つっても、そんなに変か?」


 実際、本気で疑問に感じるので、自分の体を見下ろす。


 肌に吸い付くような薄黒いインナー、限りなく軽量化が施されている白い戦闘用ウェア(上下)、そして同色のグローブとブーツ。まあ白黒だし、ファッションセンスが良いとは言えないだろうが、戦闘行動を取るにおいて合理的ではあるように思っている。

「おれが見てきた冒険者という存在は大体、おれを含めてゴテゴテした服装を好むからな。そういった意味ではアンタは特殊だな」


「こちとら素早さが命なんでね」


「その点だけは同意する。ただ、身体のラインが出過ぎるのが問題なんだ」


 なるほど。そういえばこいつは自身の肉体にコンプレックスを持っているのだった。通りでゴツいロングマントを着ているわけか。

 ただ……。


「言っとくが、少なくともこの服はオレの趣味じゃねえぞ。なんせ、アッシュからもらったやつだからな」


「おいちょっと待て! なんかその言葉には、俺に失礼な意味が含まれてるような気がするぞ」アッシュの鋭い声。「いいか? これにはな。レインちゃんからの寵愛を受ける親友のためを思って動いたという涙ぐましいエピソードが……」


「知ってる。オレは嫌いじゃないし、一応、感謝もしてる。ただ、レインですら趣味が悪いって言ってたぜ」


「聞きたくなかったね、そんな裏話!」


 軽い絶叫をするアッシュ。


「最初から軽薄な男だとは思っていたが……思ったよりも『いい趣味』をお持ちなのは茶髪の方だったようだな」


「なっ、相変わらず冷たい奴だなぁ。ヒロと初めて会った時を思い出すぜ」


 グリグリと肩を小突くアッシュは、触るな、と手を弾かれているが、ニアが鬱陶しがる気持ちもよくわかる。良い意味でも悪い意味でも、奴は距離感が近すぎるのだ。


「今度触ったら刻むぞ」


「いいじゃねえか、男同士なんだからよ」


「うるさいカマホモ野郎。次言ったら、刻んで擦り下ろす」


「その発言、たぶん流れ弾飛んでるぜ?」


 お前の追い討ちで被弾したんだがな……。

 文句はあるが、あえて聞き流す。


「……待て」


 ——と、ニアが急に立ち止まった。

 今現在、山岳地帯に入ってすぐの獣道を進んでいるのだが、メルバ山岳も狭いというわけでもないため、目的のストレンジ・ホースが短期的に見つかるとも考えていない。


 だが。

 絶級冒険者ランク5

 それだけで警戒に値する。


「ついて来い」


 仲間の顔つきが変わったのを確認して、顎で合図するニア。無言で頷き、オレとアッシュも後に続いた。

 逸れた獣道から草木をかき分け進む……。


だ」


 彼は、臭いがわかると言っていた。時折ピクついている鼻が、何かを嗅ぎ取っていることを案に示している。……実際にヒロも、なんとも言えない邪気を感じ取っていた。


 二ヶ月ながら冒険者をやってきたが、超級ランク4クラスの異形ヴァリアと遭遇するのは初めてである(というか一級異形ランク3ヴァリアを通り越して、だ)。手から自然と汗が滴った。


 ふと、木々に囲まれた視界が開ける——。


「……っ」


 そこには。巨大な、角。

 依頼書に描かれていた一角獣そのままの姿が、川のほとりに佇んでいた。


 決して大柄なわけでもなく、せいぜい野生のクマほどの体躯。ただしどうしても目に入る禍々しい角は、あらゆるものを貫き通しそうな威厳がある。


 彼我の距離はそこそこあった。

 幸いにも、自然の山水を啜るのに夢中のようで、奴がオレたちに気づいた様子はない。

 すわどうするかとニアの方を見やると……、


「おれは、連携というものが初めてだ」


 と言った。

 だから? と短く問うと。


「今回は主にアンタたちがやれ。それで実力を見る」


 ニアは言うが否や、素早く翻って『何か』を投擲する——。


 投擲物はありえないくらいの速さで風を切り裂いていき、ストレンジ・ホースの横っ面に突き刺さった。それが投げナイフだったと認識した次の瞬間——。


「ヒィイイイイイイイィン‼︎」


 歪なる獣は鼻面を上げてけたたましい雄叫びをあげる。

 ぐりっと顔面を傾けてヒロたちを捕捉すると、バチバチィッと(比喩表現抜きで電気を迸らせて)、怒気を纏わせながら突っ込んできた。


「「んなっ!/うわっ!」」


 ヒロとアッシュが悲鳴を上げて後ずさる中、すでに抜剣しているニアは、驚くことに奴の真横に回り込んでいた。


「最悪おれが仕留めてやる! アンタたちは奴をできるだけ削れ!」


 風に乗って刹那の指示が届くが……。

 あの野郎、いろいろとコミュニケーションが足りねえんだよ‼︎

 それはそうと、心の中で思いっきり絶叫した。


 しかしまったく。

 狼狽えても、嘆いても、

 どこまでも現実は待ってくれなくて。


「かわせ!」


 愚直な突貫を敢行したストレンジ・ホースは、左右に同時に飛び退いたオレとアッシュの間を勢いよく突き抜ける。攻撃を外したことを把握し、地面を削り取りながらブレーキをかけた奴の背後から、閃光が如き速度で駆けるニアの一撃が、分厚い毛並みに覆われた背中を裂いた。


 その摩擦によって反応しあった電気によって、視界がスパークする。

 余波を避けるべく一瞬で身を翻したニアを、今度はとばかりに横凪に鋭い角が襲う。

 が、


「遅い」


 明らかに当たったんじゃないかという位置にいるニアだが、身体を捻ることで避けている。……あれは、間違いなく距離感を瞬間で把握していた。

 体勢を転じて、ニアは角を弾き飛ばす。

 再び激しいスパーク。


「さっさとしろ! おれはあくまで援護だぞ!」


 オレたちの位置と入れ替える形で身を引いたニアの、イラつくような声にハッとする。

 ほんのわずかな目配せをアッシュにして、衝撃に顔を振る雷馬の懐へ二人揃って飛び込み——顎をかち上げているストレンジ・ホースの肩端あたりを、縫うように一閃した。


 ……っ。

 思ったより硬い。

 振り返って見る奴の体勢は、オレの側に傾いている。アッシュの方は重量で持っていったらしく、ダメージが大きそうだ。


「なんだ、茶髪の方が使えそうじゃないか!」


「うる、せえ! 次はちゃんとやる!」


 再度の入れ替わり際に放たれるニアの軽口だが、大して言葉を返す余裕はない。手に、若干の痺れが発生していたからだ。

 触れるだけでも一苦労とは、超級異形ランク4ヴァリアの力を身をもって実感させてくれる。


 ニアの立ち回りは明らかに余力を残しているが(というより、ちょっとした攻撃で敵の気を引いているといったいった感じ)、オレとアッシュは致命打を喰らわないことに意識を集中させることに手一杯で。

 ジリジリと体力だけが削られていく……。


 一方のストレンジ・ホースも、度重なる攻撃によって幾度となく傷を負っているはずなのだが、まだまだ暴れ足りないと言った様子。……おそらく、迸る電撃がダメージを抑えているのだろう。


「キリがねえ」


 連携ということを主眼に置いていたので、ワンマンプレーになりがちな強化魔法は控えていたが、どうもそうは言っていられない。


「アッシュ、一瞬だけオレ一人で行かせてくれ」


「了解」


 幸い、何度か似たような状況を経験したことがある。瞬時に意図を察したアッシュは、大振りの一撃で奴の角を弾いてくれた。



抗えリバース!」



 大胆な一撃によって、ちょっと手痛い反撃を喰らっているらしいアッシュにはご愛嬌。生じた隙を存分に利用し、秘剣「爆炎」を発動。瞬間的に見切った敵の「傷口」に強烈な一撃を叩き込む。

 ——今度こそクリティカルヒットした感触があった。


「ブルゥゥゥッ‼︎」


 傷口をえぐられたストレンジ・ホースは、目に見えて激昂して地団駄する。


「うおっ!」


 怒りとともに放たれた雷撃が、そこら中で地面を削った。

 接近していたので回避できる距離ではない。ギリギリでカタナを割り込ませ弾くも、尻餅をついてしまう。さすがにまずいとすぐに立ち上がったものの……奴は手がつけられない状況になっていた。


「ちょ、ニアさーん! なんかやべえんですけど!」アッシュが慌てた声で援護を求めている。


 オレの単騎攻撃に合わせて、一歩引いて見守っていたニアは、


「しょうがないな……」


 聞こえないため息をついて、動いた。

 荒れ狂う雷撃の合間を的確に縫って——急速に雷馬に接近。再三にわたって、傷を負った箇所を叩く。


「グルゥ! フゥ‼︎」


 ようやく学習したのか、生まれてしまった弱点を庇うように電磁バリアを貼る愚直な馬に——。



「——星斬りステラ



 刹那。

 瞬く速さで連撃が打ち込まれる。

 上段から下段、下段から中段——まるで五芒星を描くかの如く流麗な剣技。


 いよいよもって、その身を深くえぐられたストレンジ・ホースは……、


「ブルゥッ、ヒィィン……」


 と、嘘みたいに弱々しい鳴き声をあげ、崩れ落ちる——。

 ニアの攻撃が、奴の底なしに思えた生命力を削り切ったのだ。


「…………すげえ」


 アッシュが、ぽつりと言う。

 そしてヒロも、明らかにレベルの違う戦い方に慄いていた。戦いが終わったという安堵感も強いのかもしれないが、どうにも力が抜けた。


「これが、絶級冒険者ランク5……」


 最強の冒険者の一角は、そんなヒロたちの視線を受けて、


「まぁ、こんなものか」


 なんでもなさそうに、死骸を見つめていた……。


「さすがだな、ニア」


 素直に褒めるのも癪だったが、あまりにも凄すぎるとそういう感情も抑え込めるというものだ。


「ったくよぉ、あの戦い方じゃそりゃ、『戦姫ヴァルキリー』なんつーあだ名がつくってもんだぜ」


「おい、その名前で呼ぶなと言っただろう」


 スチャ、と深緑が鈍く輝く長剣を背中の鞘に納め、振り返ってアッシュを睨みつけるも。


「悪い悪い」


 と、全く悪びれずに返されている。


 ……ともあれ、多少の焦げ付く臭いが身体からすれど、大した傷を受けることもなく戦闘を終えることができた。


 ついこの前に中級冒険者ランク2に上がったばかりの冒険者が超級依頼ランク4クエストに挑むなんて、割りかし初めての出来事なのではないだろうか。


 ニアは、スカした態度のアッシュへの文句もそこそこに、いい加減に霧散したストレンジ・ホースの死骸に改めて向きあう。続けてオレたちも、近寄った。


 超級の異形ヴァリアともなると遭遇機会自体が少ないため、戦利品ルートも入手できる機会が限られる。その代わり、雑に倒してしまったとしても、頑丈ゆえに特徴的な部位は残りやすいのだとか(道中、ニアのレクチャーより)。だからこそ倒したという裏付けも取りやすく(どれだけチープな討伐依頼キルクエストでも、ギルドを「嘘」でたばかることはできないそうだが。どこで情報を仕入れているのか、まったく恐ろしいことに)、ランクアップへの更なる早道だとも、言われているらしい。


 さて。

 ストレンジ・ホースが遺したものは…………やっぱり馬鹿でかい角だった。

 まだ電気帯びてねえだろうな……。


「……そういや、分配はどうするんだ?」


「たしかに。俺らの時は基本武器とか揃ってたから戦利品ルートは全部売ってたけどよ。それって明らかにレアもんだろ」


 と、二人して口を出す。


 そう、戦利品ルートは売るだけではない。貴重で有用な「素材」(特に今回のストレンジ・ホースのような付加効果がありそうなもの)は、パーティーでは意外に扱いに困るのだ。

 こういう時、大抵は一番活躍した人物のものになるというのが通例らしいので、立役者のニアにお伺いをする形になるのだが……。


「ああ、当然この角はおれがもらう」傲岸不遜にニアは言い放つが、「代わりに、報奨金は全てくれてやる」


「ま、妥当な振り分けだとは思うが」アッシュは言いつつ、「そっちは、なんかその角にこだわりがあるみたいだな」


「そうだ。ちょうど雷属性の付加効果がある素材を探していたんだ」思い出したようにニアは、「……これからもこのパーティーを組むなら、そういう方式で行くのは理解しておけ」


「決めちゃうんだな……」


「当たり前だ。戦闘でいろいろ試したい時の補助役としてパーティーを組んだんだぞ。ほとんどおれが倒したようなものだし、これでも十分な譲歩だと思うが?」


「あーいや、文句はねえっすよ? 実際に俺らが欲しいのは金だけだしな?」


「ああ」


 アッシュに尋ねられるままに頷く、も。


「ま、よかったじゃねえか、ヒロ。これで借金も大幅に減るだろ」


「言うんじゃねえよ」


 顔的に絶対わざとだ!


「……アンタ、借金持ちなのか。キャラ付けがむちゃくちゃだな。賭け事狂いか?」


「違え。家のローンがほぼ丸ごと残ってんだよ」


 入院費用は特割だとか言って安くしてもらったので、ようやく返済し終えたところだった。


「世間の評判なんて気にしちゃいないが、厄介ごとだけは持ち込むなよ。アンタらはおれの奴隷なんだからな」


「……奴隷ってなんスか?」


 と、聞いてないんですがという顔をするアッシュ。


「さっきも言ったぞ。おれの手足となって働く存在だ」


 ストレンジ・ホースの角をこっちに放り渡しながらニアは言う。

 宙を舞う、貴重だと言っていたはずのものを慌ててキャッチしてから、


「それこそ気にすんな。なんか素直じゃねえんだよこいつ」


「ほーん、難しいねえ。やっぱ、女っぽい奴は繊細なのかもなぁ」


「「あ゛?」」


 奇しくも、オレとニアの声が重なった。


「いや、なんもないっス」


 ただ、反応する時点で自覚あるようなもんだぜ? と言うアッシュを捨て置いて、


「で、どうすんだ、ニア。目的はあっさり果たせたけど、探索に時間がかかるかもしれないからって、ここまでの戦闘は避けて来ただろ? まだ帰るのには少し早いと思うんだが」


「そうだな……。言った通り、おれは一人ソロだったから連携した経験もない。二人だったら適当に合わせるだけで済むと踏んでたが、三人ともなるとな。動きを合わせる練習をしておいた方がいいかもしれないな」


 なんというか。

 案外真剣に三人でのパーティー連携を考えているニアを見て、やっぱり素直じゃないなと思う。

 こういう態度が良い意味で透けて見えるからこそ、ある意味で信用ができるというものだ。きっと聡いアッシュなら、今日だけの会話でも十分把握しているだろう。

 新しい仲間も悪くねえな。


「よし、そうするか」一人で頷いたニアは、「……角をよこせ。運んでもらうつもりだったが、そんな馬鹿でかいものを持ってたら、まともに動けないだろ」


「……ああ」オレは呆気に取られつつ、戦利品ルート回収用の皮袋ごと渡す。


 受け取って、慣れた手つきで皮袋を背中にくくりつけたニアは、「中腹あたりまで行く。今度もおれが合わせに行くから、アンタたちは好きに戦え」


 言うだけ言って、元来た獣道へ向かっていった……。


 ふと、横にいたアッシュと視線が合う。彼は、ニアの背中に人差し指をピッと刺して、続けてグッとサムスアップした。

 アッシュ的な、合格、といった合図だ。


 早くしろー、というちょっと高めの声を受けて、慌て……るわけではなかったが、オレたちは後を追った。



 その後。

 ——普段の数十倍過酷な行程であったとだけ、伝えておこう。

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