第29話 「そっくりさんとの邂逅《Look-Alike》」

 ——図らずとも訪れた、邂逅。


「な……アンタ」


「……おまえは……」


 レインとニアの視線が交錯し、固まる。


 ……そりゃあ、そうだ。

 髪色や体格は違えど、同じ顔の造りをした者が鉢合わせたのだから。


「どういうこと? なんでアンタは、おれと同じ顔をしてるんだ?」


「それは、こっちの台詞」


 さすがのレインも、明らかに動揺の色が見て取れる。


「あれー! おんなじ顔が二人? でもこっちは、でっかいおっぱいがあるー! なんでなんで?」


「コラ、大きい声でそんなこと言うな」


「あいたっ!」


 コツンと叩かれて頭を抱えるアイネ。ちょっと可愛い。


 ニアがアイネに「せめて乳と呼べ」などと謎にズレた躾をしている隙に、レインの疑問がオレにぶつかる。


「ヒロ。こいつは誰? どういう関係? 事の次第によっては撫で斬る必要がある」


「怖えこと言うな。どう説明すればいいのかわかんねえが、知り合いってとこだな。……つーか、怒ってる?」


 なんだろう。いつも以上に声が凍えてる気がするのだが。

 ……と、先ほど己が叩いた幼女の頭を撫でながら、ニアが割り込んできた。


「そいつの言う通り、別に大した関係でもない。今のおれに必要な奴ではあるが」


「……! じゃあ、おまえはヒロと、その……友達なの?」


「こいつと友達? いやいやそれこそないだろ……ていうか馬鹿乳女、アンタこそ誰だよ。こいつのなんだ?」


 ひどい言いようだったが、レインは心ここに在らずといった様子で考え込むと、


「…………自分はヒロの……家族、みたいなものだ」


 ちょっと迷いつつも、ようやくそれだけを彼女は口にした。


「……姉弟には見えないが?」


「姉弟ではない。でも……家族だ」


 断言する、レイン。


「ああ、おれもそう思う。反応を見るに、恋人、ってとこだろ?」


 思いっきり指を刺してくるニアに、レインはその瞬間だけは迷うそぶりもなく、それは違う、と答える。

 ——少し、オレの中で何かが疼いた。


「……? よく、わからないけど……まぁいい。顔が似てるのも、この際偶然でいいだろう。アンタに頼むことは一つだ。——そこの女顔をしばらく借りたい」


「——ダメだ、断る」


「なっ……」その即答に、ニアは顔を引き攣らせて、「別にずっとじゃないぞ? 心配しなくても昼間だけだ」


「それでもダメだ。ヒロは自分の家族……ではないけど、大切な人だから。いくら自分と似ていたとしても、おまえには渡さない」


「あーもう、なんなんだアンタ。そいつを溺愛するのは勝手だが、多少の融通きいてくれたっていいだろ?」


「承知できない」


「うぐぐ……」


 なんだろうか。

 なんていうか、会話がズレている気がする。


「おい待てレイン。お前なんか勘違いしてねえか?」


「何を」


「ニアはただ、パーティーの勧誘をしてるだけだぞ」


「…………え?」


 やはり明らかに困惑するレイン。ああ。やっぱり勘違いしてたな。


「自分はてっきり……ヒロが告白されてるんだと」


「はあ⁉︎」先に声を上げたのはニアだった。「どこをどう見ればそんな頭お花畑みたいな思考になる!」


「だってヒロと親しげに話していたし、ヒロが必要だと言ったから……」


「なんだその理論……。というか、おれは、男、だ」


 強く、ニアが言う。


「……そう、なの?」


「みたいだぞ」


「そんな……。自分にはもう、性別がわからない……」


 レインは、本気で困っている様子。

 ……オレだって自分で言うのもなんだが、たしかにもう性別がなんなのかよくわかってない。


「とにかくだ。おい、えーと、アンタが相方にちゃんと説明してくれ」


「説明……なぁ。どう言えばいいのかわかんねえけど……」


 ニアの呆れた口調には若干同調しつつ、先日の彼との出会いを簡潔にレインに説明する……。


「……なるほど、事情は大体わかった。まあ、別にいいと思う。正直アッシュだけにヒロを任せておくのは心配だったから、仲間が増えるのはいいこと」


「アッシュって誰だ?」と、ニアが口を挟む。


「オレといつも組んでる奴だよ」


「……アンタ、ソロじゃなかったんだな。で、そいつは強いのか?」


「少なくとも弱くはない。なんでもできる器用な奴だよ」


「ふーん。まぁ、足を引っ張らなければそれでいいけど」ニアは大して興味もなさそうに言って、「相方も納得してくれたみたいだし、アンタも腹くくったか?」


「くくりすぎて腹が痛え」


「ならよし。さっそくだが明日の九時にギルド本部の前に来い。遅れたらアッシュとやらと一緒に刻むからそのつもりで」尊大な態度で告げると、「——待たせたな。アイネ、ライネ。さっさと帰ろうか」


 うん! と幼女二人が頷く。


「じゃ、おれたちはもう帰るから。せいぜい仲良くやってろ」


「またねー!」


「あり、がと」


 そう言い残して彼らは広い通りを歩いていき。やがて角を曲がって見えなくなる。

 怒涛の展開に思わず立ちすくんでいたオレだったが……、


「とりあえず、リンゴはどう?」


 と、差し出された赤い果実を食んで、酸っぱいな、とだけ呟いた。



 図書館に到着し、入館。

 装飾が華美な二階建ての建物の中は、中央が吹き抜けになっていた。


「ここが、ものがたり図書館……」


「娯楽系の本が多いんだとよ」


 もっと大きな図書館が第二都区にあるらしいが、向こうは歴史・文化系の本が多く、研究者御用達といった感じだそうなので、ここで問題ないだろう。


「なんだか涼しい」


「ああ、寒いくらいじゃねえか?」


 冷んやりとした空気が体中に染み渡る。おそらく魔氷石まひょうせきによって空調設定が管理されているのだ。


「それで……子供の作り方を書いてある本はどこにあるのだろう」


「どうだろうな。『教育』のコーナーあたりかもな。あと、あんまり外で子供の作り方とか言うな」


「……? まあ、これからは気をつける。ではとりあえず、探しに行こう」


「あー、オレは適当に他のところ見てるから、レイン一人で行ってこいよ」


「……わかった。後で、貸し出しカウンターの前に集合しよう」


 言うが否や、よほど気になるのか早足で探索に行くレイン。

 作り方を知って、どういう反応すんだろ。気まずいなぁ……。


 ともあれ、先のことは後で考えるとして。

 個人的に気になっていた「生物」のコーナーに向かう。

 ……お、あったあった。

 『冒険者必携! 異形モンスター大図鑑』。

 異形モンスターを生物扱いしていいのかは知らないが、冒険者登録の際に持っておいて損はないとギルド職員からオススメされたのだ。

 その後、書店を見に行ったら思っていた三倍の値段だったので(一冊一万二〇〇〇ヴェン。現在五巻まで発売中)、泣く泣く諦めたけれど。

 ピーター・マウスのような悲劇をちょっとでも回避するためには、やはり知識を身につけておくことが重要だ。

 ……もっとも、いざ『子供の作り方』という本を持ってきたとして、それを一冊だけ彼女に貸し出し申請に行かせるのは避けたかったという意味合いの方が強いかもしれないが。

 とりあえず一巻だけを手に持ち、カウンター前でレインを待つ。

 ……一〇分は経っただろうか。二冊の本を持って、レインが帰ってきた。


「目当てのもんはあったか」


「うん、これ。『実録 赤ちゃんの作り方』だって」


「実録⁉︎ お前、もう中読んだのか⁉︎」


 なんだその危ねえタイトル!


「いや、まだ見ていない。立ち読みはマナー違反だから」


「そ、そうか。で、もう一冊はなんだ?」


 これ以上は触れないようにして、もう片方の本が何かを尋ねる。


「これは英雄譚——自分が昔好きだった『仮面の騎士かめんのきし』という作品だ。懐かしかったので、つい手に取ってしまった」


「へえ。タイトルを聞くに、騎士様の物語か。女の子はそういうの好きそうだよな」


「男でもハマる面白さだと思う。人気作だし、すでに一冊借りられていたから危なかった」


「そりゃたしかに人気作だ。まあ、英雄譚は好きだし、レインが読み終わったらオレも読んでいいか?」


「もちろん。むしろ読んでほしい。物語をまた一緒に語り合いたい」


 嬉しそうに勧めてくるレイン。

 ……。

 また、と彼女は言った。

 そういえば、過去のオレも英雄譚が好きだったってアッシュが言ってたな……。


「……っ、すまない。ヒロが困ることを言った」


 物憂げな顔が出てしまったのだろうか。何か察した彼女は謝ってくる。


「いいって、そんなこと。借りるの決まったんなら、とっとと借りてこようぜ」


「そう、しよう。ヒロの本も貸して。私が一緒に借りてくる」


「おう。頼む」


 なんだかなー、と思いつつ。

 ちょっと焦ったような彼女の背中を見送った。



 陽は、頂点に登りきっていない。つまり、昼食にはまだ早い時間帯ということである。

 ようやく慣れてきた涼しい空間から抜け出たオレとレインは、喫茶店に赴き、そのテラスで紅茶を飲みながらくつろいでいた(レインが同僚から割引券をもらったとのこと)。

 特に他の用事があるわけでもないので、すぐに帰ってもよかったのだが、どうせここまで出てきたんなら昼食も食べていこうと相成ったわけだ。

 その昼食までの時間潰しとして、借りてきた本を読んでいるわけだが……。

 正直言って。異形ヴァリアの習性なんてものは、欠片も頭に入ってきやしなかった。

 それもそのはず。レインが「例の本」を堂々と目をかっぽじって読んでいるからだ。

 そっちは帰ってからにしようぜというオレの意見は、「気になって仕方がない」というキラッキラに輝かしいレインの瞳に封殺された。


「なるほど……そういう、こと」


 深い口調でレインは言った。


「知りたいことは、わかったか?」


 恐る恐る、尋ねる。


「ああ。まさか性行為によって子供ができるだなんて……少し、ショック」


「お、おう。まあ、人体は複雑だからな。……って、お前そのせ……は知ってたのか?」


「あまりばかにしないで。それぐらいは知っている」


 なんだと……。知識の振れ幅がわからん。

 …………それはそれとして、気になることが、ひとつ。


「じゃあ、その、経験があったりするのか?」


「…………」少し、彼女の口は開いたが、音は発せられない。「……」


「レイン……?」


 無言に、かなり気まずくなる。明らかに余計なこと聞いたな……と後悔していると——。

 くふふっ、とレインは笑った。


「まったく、女の子にそんなことを聞くなんて、ヒロは最低だ」


「……すまん」


「いいよ。教えてあげふ。性行為等の訓練は特別受けてないから、自分に経験はない」


「そう、かよ」


「だいたい自分を見てれば、わかるだろう。……こう見えて恥ずかしいという感情も、ある」


 かすかに目線を逸らすその様には、たしかに恥じらいというものがこもっていて。


「安心した?」


 聞かれ、


「違えよ。ただ……世間知らずのお前が変な男に騙されてなかったか気になっただけだ」


「世間知らずに関しては、あなたに言われたくない」


「うっ……」


 今のオレには、ぐうの音も出ない正論だった。

 どうしようもなくなって、仕方なく手持ち無沙汰に紅茶をすすっていると……、



「——レインちゃん。子供が欲しいの?」



 底抜けに、明るい声。視界に入るは、キューティクルなメイド服。

 件の男の娘森人エルフ——レンが、興味津々といった感じでレインの手元を覗き込んでいた……。


「……レンがどうしてここに?」


 大した驚いた様子もなく、レインは尋ねる。


「じゃーん! これだよ、これ! リン姉ちゃんからもらったでしょ?」


 さて、それは喫茶店の割引券だった。


「もらった」と、レイン。


「休みの日だし、僕もお姉ちゃんと一杯飲みに来たんだよ。いや〜、みんな考えることは同じなんだねえ、うん」


「……仲良い姉弟だよな」


 思わず、心の声を漏らしてしまうと、


「そりゃあ、『双子』だからね。! そ・れ・よ・り・も、君とレインちゃんの仲の方が気になるんだけど⁉︎」


「落ち着け落ち着け」


 相変わらずテンション高えな、こいつ……。

 オレは彼の鼻息が荒さに少し引いてしまう。


 と、レインがちょいちょいっと、


「ねえ。彼女たちとヒロはいつ知り合った?」


「あー、前にちょっとな」


「前? それはいつだ?」


「いつ? えーと、いつだったっけ……って、どうでもいいだろそんなこと」


「どうでもよくない」


「はあ?」


「あ、そうだ! レインちゃん。一回だけでいいからヒロくんを女装させてみていい? 絶対に似合うとかじゃなくて、もう女の子になれると思うからさ!」


「その話は後。で、どうなの? ヒロ」


「お願い、ヒロくん! 一回だけでいいからちょっとその髪を弄らせて——」


 限界が来た。


「だーっ! お前ら、いっぺんに喋るんじゃねえ! オレがそんな器用な人間に見えんのか!」


「「うわっ、びっくりした……/……っ」」


 大袈裟なリアクションのレンと、目をパチクリとさせるレイン。

 まずどっちを対処するか瞬間的に思考に入った直後——、


「コラ‼︎ レン、何をしてるんです!」


 聞き覚えがあるけれど、聞き慣れない声が。

 案の定、リンが「姉」の顔をしてズカズカと近づいてきた(プライベートであるはずなのに、彼女もやはりメイド服姿だった)。


「どうして……どうしてあなたは空気を読むということができないんですか?」


「あ、あれ〜? リン姉ちゃん、なんで怒ってるのさ」


「なんでも何もありません! 男女の仲睦まじい空間に第三者が入るなんて言語道断です!」


「別に邪魔したわけじゃ……」


「言い訳無用!」


「う……はい」

 

 ショボンとするレン。悔しいがとてもいじらしい。


「ごめんなさい、レイン。うちの弟が………………本当に、大事なお話をしているときに邪魔してしまって」


 ……なぜか、リンの目線がレインの手元の本を見た途端固まった気がするが、気にしたらダメだ。


「それは構わない。だが、リンはヒロといつ知り合ったのだ?」


「ええと、確か三週間ほど前に、キサラギさんがお店に挨拶に来てくれたんですよ。その時は直接お話ししてはないんですが……そうですよね、キサラギさん?」


「ああ、そうだった。間違いねえ」


 助け舟に迷わず首肯する。


「わざわざ律儀ですよね。だから、レイン。心配しなくてもお店の女の子とは何もありませんから大丈夫だと思いますよ?」


「そう、……教えてくれて助かった」


「いえいえ」営業スマイルだかなんだかわからないような微笑を浮かべているリンは、「……あ、キサラギさん! アッシュさんによろしく伝えておいてくださいね。いつでも待ってます、って」


「伝えとくよ」


「ありがとうございます! それでは、失礼しますね。ほら、レン。行きましょう」


「わかったよ〜。じゃあ、またね、お二人さん。お幸せに〜!」


 と……、半ば強引に、森人エルフの姉弟は去っていった。


「ほんと、変わった姉弟だぜ……」


 アクの強い知り合いがいると、ほとほと気疲れする。

 一方で、おまえの周りには、女が多いのだな……、とレインは呟いていた。

 知らん。少なくともオレのせいじゃねえ。

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