ユリウスの肖像
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(* 以降の記述に性表現が含まれます。)
ドレスと外出着をあつらえるために、カティアに伴われて、評判の女性服の工房を訪れた。カティアや家政婦、料理人の誰かといっしょで、顔が知られないように路上では黒いベールをかぶり、警備を一人以上つけるという条件で、ユリウスは外出が許された。そこで、さっそくカティアが、なじみの工房に連れて行ってくれたのだ。
カティアと女性の仕立て屋は、嬉々としてユリウスにさまざまな生地やレースをあてている。ユリウスがカティアと初めて会ったときに使った生地見本は、この工房のものだという。
「美しく装うのも女性の仕事のひとつですよ」
工房の女性が、カティアとほぼ同じことを口にした。カティアは、美しくあることは女性の義務だと言う。そうかもしれない。ユリウスもまた、着飾った女性たちに見とれたものだったし、彼女たちがいると、その場が華やぐのを感じ取っていた。特にむさくるしい男子校では、美しく装った女性が一人いるだけで、空間が明るくなったものだ。
デザインの打ち合わせから始まり、仮縫いを経て、数週間後にできあがった外出着は、シルクグログランのジャケットとスカートで、控えめな紺色でありながらも、すばらしい質感の贅沢な品だった。おそろいの帽子と、レースを首元にふんだんにあしらったシルクジョーゼットのブラウスとセットだ。
イブニングドレスのほうは、肩と背中が大きく開き、胸元も限界までくくられている。大胆に女性性を強調したドレスに、ちょっとした羞恥心を覚えながらも、一段と大人の女性になったようで、ユリウスはドキドキした。素直に感想を述べたユリウスに、仕立て屋は満面の笑みを浮かべて言った。
「少しの間、目を瞑ってくださいませんか」
ふわり、と肩に何かが掛けられた。目を瞑ると触感が鋭くなる。なんという肌ざわりだろう。ウールはもちろん、カシミアとも違う、軽くて、柔らかくて、肌に吸い付くような感じ。こんな生地は初めてだ。ユリウスから驚きと称賛の声があがった。
「すばらしいでしょう?ビキューナという生地なんですよ。たいへん希少で、珍しく入荷したところを、カティアにおさえられてしまったの」
あつらえたドレスやショールが、どれも贅を尽くした品であることはユリウスにもわかった。こんな贅沢ができるのなら、侯爵のベッドにもぐり込みたいという女性が後を絶たないのもうなずける。
しかし、これが彼とベッドをともにした報酬だと考えたくはなかった。それは、娼婦のすることだ。彼だけを相手にする娼婦ということになる。
娼婦の子。婚外子のユリウスが、子どものころ、いじめられ、投げつけられた言葉だ。結局、妾の子は妾になるものなのだろうか。
ドレス一式が館に届けられ、部屋で試着しているところに、レオニードが訪れた。ブランシュは、もうすでに彼の後ろで、嬉しそうにしっぽを振っている。侯爵に付き添っていたロストフスキー中尉が、敬礼をして去るのが見えた。いっしょにいたカティアは、そっと辞した。
肩がむきだしになったまま、階段をおりていくと、レオニードの視線を直接素肌に受けているようで、ぞくぞくする。
彼の視線に耐えきれなくなって、うつむくと、下に何かが転がっているのが見えた。光に反射して、きらきらしている。それが何であるかがわかると、ユリウスは思わず叫んでしまった。
「わたしの室内履き!」
カティアに教えてもらいながら、ユリウスが自分の手で、苦心して装飾を施した室内履きだった。ブランシュはユリウスの履物が大好きだ。つい先日も、靴をかじって叱られたところだったが、懲りていないらしい。
ユリウスがかかんで、階段に転がっている履物を取り上げたときに、胸の谷間がレオニードの目に入った。やや大きくなったように見える。ユリウスのほうは、肩と胸の開いたドレスで、男の視線を浴びていることなど忘れたかのように、階段をかけおりた。
「また、こんなにしてしまって。ブランシュ、どうして、わたしのものをかじるの?わたしは、おまえのものをかじったりしないでしょう?」
ユリウスは、ビーズの取れかかった履物を振り上げて、いたずらっ子を叩くふりをした。ブランシュは、ユリウスを怒らせたことが分からないのか、きょとんとしている。レオニードはというと、笑いを押し殺しているのか、肩が震えている。
「ユリウス、おまえがブランシュのものをかじったら、へんだろう?」
*
レオニードがユリウスを鏡台の前に立たせて、目を閉じるように言った。
命じられるままに目を閉じると、耳元や首元にレオニードの息遣いを感じる。ぞくぞくしているうちに、ずっしりしたものが、首のうえにのせられた。真珠と何かのネックレス。
許可が出て、そっと目を開けると、ユリウスの瞳が驚きで輝いた。真っ赤に輝くルビー。ユリウスは感嘆の声をあげた。こんなに混じりけのない鮮やかな赤は初めてだ。首にかかっている真珠も、ほんのりとした虹色を浮かべていて美しい。思わず、それが幻ではないことを確かめるように、ユリウスの手が首元にのびた。
「気に入ったか」
耳元に吹きかかるレオニードの息に、ぞくっとしたユリウスの体がしなった。そのユリウスの姿を、鏡ごしに見るレオニードの瞳が深くなる。
きゃ、とユリウスが小さな悲鳴をあげた。レオニードの手が、ユリウスの開いた胸元に入りこんだのだ。ユリウスの口から可愛い声がもれ、体がのけぞった。ドレスが床に落ちる音がして、いまやネックレスをまとっただけの姿が鏡に映っている。とっさにユリウスが目をそらすと、レオニードは彼女の顔を持ち上げ、自分の姿を見るようにと言う。
「きれいだ」
彼が首筋に唇を押し付けると、ユリウスの体に電流が走った。ユリウスの胸を優しく撫でていたレオニードの大きな手の動きが少しずつ激しくなり、そして、下へ下へと移動しユリウスの敏感なところをとらえた。ユリウスがバランスを崩すと、レオニードの手が即座に腰をつかんで支えた。ユリウスは鏡台に手をついている。ユリウスの準備ができると、レオニードの攻撃が後ろから始まった。
「あ、いや、レオニード、ま、待って!」
レオニードの動きは止まらない。
「いやか?」
いやじゃない。それどころか、本能はそれを求めている。しかし、心のどこかにいびつに残っていた倫理観が訴えていた。
「動物のように、したら、いけないって、教会で」
絶え絶えにユリウスは言ったが、なおも追撃の手は緩められない。
「ユリウス、自分を抑圧するな。解放しろ」
与えられ続けるうちに、ユリウスは抗いきれなくなった。喘ぎ声がもれ始め、しだいに声が大きくなる。初めてのときに比べれば、ずいぶん慣れてきた。とはいえ、ユリウスはまだ青い果実だった。まだ達したことはない。
「もう帰ってしまうの?」
レオニードは、一、二週間に一度、昼下がりにやって来ては、ことが終わると、ともに食事をしたりすることもなく帰っていく。この数週間で、滞在時間は長くなったが、それは、回数が一回から二回に増えたからだ。夜は、家族、といっても弟妹だが、との夕食での語らいを大切にしているし、夕食後も、書斎にこもっているらしい。彼が多忙なのはわかっている。自分を大切に扱ってくれているのも感じている。だが、どこからともなく鬱屈とした気持ちがわき起こる。
――娼婦
ユリウスは胸元のルビーを見た。