第4話 「兵站拠点設営任務《Second mission》」

 ——夢を見ていた


 ああ……これか。

 最近よく、夢を見る。

 小高い丘の上の広場で、女の子と、話をする夢。


「私に、何か用?」


 首を傾げる女の子は、とても大人っぽい。


「用ってわけじゃ……。こんなところで何してるのかなって」


「うーん、何してるんだろ。かくれんぼ、ってとこ?」


「誰と?」


「お父さん。正確にはお父さんの友達とかだけどね」


「…………? 家出ってこと?」


「……あー、バレちゃった? まぁ、そーゆうこと」


 いたずらっぽく笑う女の子の顔は、たしかに笑っているのだけど、なんだか哀しい。


「ねえ、あんた時間ある? よかったら私に付き合ってよ」


「つきあう……?」


「一緒に遊ぼうってこと!」


 グイッと手を引っ張られる。

 そして。


「…………またか」


 半端に起き上がったベッドの上、天井にぶつけた額をさすりながら、オレはぼやいた。



アイトスフィア歴六三三年一二ノ月八日



 ここ最近は、帝国と王国の国境線付近で小規模ながら戦いが活発化し、日々戦闘が繰り返されている。近く大規模な攻勢があるという噂が軍の中で流れていて、兵士たちはあまり心休まる時がなかった。

 予断を許さない状況が続く中、練兵場での訓練を終えて更衣室で着替えていると、アッシュに問いただすように尋ねられる。


「おい、ヒロ。この頃、朝早くからずいぶんと忙しそうじゃねぇか。こそこそとどこに出かけてるんだ?」


「……剣の鍛錬をしてるだけだ」


 内心ドギマギしながら、なんでもなさそうに答える。


「本当か? その割には兵舎裏じゃなくて、街の方に出ていってるみたいだが」 


「あー、ちょうどいい練習場所を見つけたんだよ。そこが一番集中できる」


「女でもできたのか?」


「違う。そんなんじゃねえよ」 


 特に隠す必要はないのだが、なんとなく知られるのは嫌だ。

 ……もっとも剣を振っているのは間違いない。ただそれが、孤独な鍛錬ではなくなっただけだ。

 そう、別に嘘をついてるってわけじゃねえ。


「おいおい隠すなよ。男がいきなり明るく変わることなんて女以外にあるわけねえんだから。あれだ、前にお前が言ってた例の女傭兵! その娘となんかあったろ?」


「だからレインは関係ないって——あっ」


「へー」アッシュは意地悪く笑って、「すんなり名前が出てくるってことは、ひょっとしてそのレインがお前を変えた女か。無事に再会できたみたいで何より何より」


 クソっ、墓穴を掘った。三ヶ月も前のことだし、酒で忘れていると思ってたのに……。


「考えすぎだ」


 オレのたどたどしい回答に対して追い討ちをかけるように、


「さすがにごまかせねえぞ。やっぱり朝から出かけてるのは、その女に会いに行ってるからなんだな?」


「だから違うって言ってんだろ。たまたま王都に出かけてる時に出くわしたのは、まあ事実だ。それからは……たまに会ったら話すぐらいの、ただの友達だっての」


 多少の表現の違いはあれど……概ね間違ってはいないはずだ。もっとも、レインとの出会いがオレの心境に大きな影響を与えたのは事実ではあるのだが。

 自覚はなかったが、同じ隊の連中からも、お前、最近顔が明るくなったよな、などと言われた。当然、恋人ができたというわけじゃないが(そんなことを言えばレインになんと言われるか)、女が理由で変わったのはあながち間違ってるとは言えない……。 

 なおしつこく食いついてくるアッシュを適当にあしらっていると……更衣室の扉が開かれ、一人の男が入ってきた。

 緊張が走り、その場にいた全員が、手のひらを胸にかざした敬礼の姿勢を取る。軍で一番初めに習う行動は、すっかり習慣として染みついていた。

 相手は、オレたちが新しく配属された部隊の隊長、ヤムハ・グレイスだ。

 彼は、隊の中でも二人しかいない王国騎士だが、あまり隊員から評判は悪く、ついたあだ名は、「嫌味な上官ナンバーワン」。さらに噂ではあるものの、性格が災いしてこのような新兵が多く所属する部隊を任されたのでは、ということがまことしやかに囁かれていた。

 ……が、腐っても王国騎士なのだろう。時折見せる冴え冴えとした戦意は、確かな実力を感じさせた。


「楽にしていい。……全員、揃ってるな」ヤムハは室内を見渡すと低い声で、「詳しい説明は後に行うが、我々グレイス隊の出撃が決まった」


 場の空気が、一瞬にして鋭く変わった——。オレの心臓も一気に高鳴った。……嫌な噂ほどよく当たるってやつかよ。


「明日の朝には出発する。各自それに向けて備えておけ。以上だ」 


 相変わらず無愛想に連絡事項だけ伝えると、ヤムハはその場を後にした。

 彼の姿が見えなくなった途端、緊張が抜けたように皆が息を吐き出す。他の兵士たちも初陣を乗り越えたばかりの新兵が多い。当たり前だが、次の戦場と聞いて喜ぶ者はいないだろう。


「前はボロボロだったからなぁ。今度こそ、目立った戦果を上げてやるぜ」


 ——そんなことはなかった。目に闘志を燃やすアッシュは、一切恐れているようには見えない。

 以前の隊は、先の戦いで全滅こそしなかったものの壊滅と呼べる損害が出ている。ヒロが気を失って倒れていた間にも、いろいろと苦い思いをしたということは本人から聞いていた。決して、大変だったの一言で片付けられる戦いじゃなかったはずだ。

 こいつはやっぱり大物だな……。オレなんかより、よっぽど「英雄」の器だ。

 周りの兵士たちが動揺を隠せない中、戦う覚悟を決めているアッシュを見て、素直に羨ましく思った。彼ならば次の戦場でも、すくむことなく得物を振るえるだろう。


 ——いや、オレだって力量では負けてないはずだ……。


 ふと、紅い少女の顔が浮かぶ。今の自分を変えると決めたはずだ。そして、それを証明しなきゃならない。

 誰に? 自分自身にだ。

 オレは、怯える心を無理やり奮い立たせた。



アイトスフィア歴六三三年一二ノ月九日



 早朝。

 練兵場の前の広場に、五〇名ほどの兵士が集まっていた。


「今回、我々の部隊に下された任務は、先の戦いで勝利した地であるジュラート荒野で、廃村を利用した兵站拠点の設営を行うというものだ」


 兵士たちの前で、隊長であるヤムハが本日の作戦の説明をしている。


「本作戦には我々グレイス隊とダグラス隊の二個小隊で臨む。こいつが隊長のダグラスだ」


 ヤムハが、隣に佇む二〇代後半であろう男を一瞥する。中肉中背で柔和な顔立ちから優男という印象を受ける。胸の紋章を見る限り、彼も王国騎士の一人のようだ。ここに集まった当初、見慣れない顔立ちが多かった理由はそういうことだった。


「ヤムハ殿の部隊の方々は初めまして。ご紹介に預かりました、マルコ・ダグラスです。あなたたちの健闘を期待しております」


 ヤムハの言葉に慇懃な態度で応じる男性、マルコ。王国騎士にも当然ながら序列はあるらしく、立場はヤムハの方が上のようだ。年齢的にも妥当ではある。

 ヤムハは彼の自己紹介を退屈げに見届けると。


「重々承知してると思うが、迫る次の戦いに布石を打つための作戦だ。失敗は当然許されない。各自、気を引き締めて任務に臨め」


「『了解‼︎』」


 皆の一斉の返事後、各自で馬車に乗り込むよう指示が出る。

 オレは正直言って少しホッとしていた。ジュラート荒野は苦い苦い初陣とはいえ王国軍が勝利した場所だ。噂とは違い、そこまで大規模な作戦ではなかった。当然油断は禁物だが、戦闘を行う可能性は少ない。周りの同僚たちの表情を見ても、皆少なからず安堵の表情を浮かべていた。

 ……ふと、一台の馬車の前で上官同士が話し込んでいるのに気づき、耳を傾ける。


「カルロ、作戦時はお前が新兵たちの指揮をとれ」


「わかりました。任せといてください」


 ヤムハは、隣に立つ金髪を短く刈り込んだ男、カルロ・ホーキンス副隊長に話しかけている。

 彼はヤムハの昔からの部下で、ヤムハが唯一と言っていいほど信頼を置いている人物だ。もっともヤムハの部下とはいえ、彼とは真逆の性格をしており、部下からの信頼も厚い。まさに頼れる先輩といったところで、この隊が成り立っているのも彼の影響が大きい。


「……それで、右手の怪我、大丈夫ですか?」


 と、そんな副隊長が突然切り出す。


「ああ、そんなにひどくはない」


 ヤムハは右手を掲げ憎々しげに見やっていた。作戦を説明していた時は位置関係のおかげで気づかなかったが、よく見れば右拳に包帯を巻いている。


「まったく……無茶する人だ。ほとぼりが覚めるまでは大人しくしていてくださいよ」


「わかっている。周りに部下もいるんだぞ。その話はよせ。……私はもう行くぞ」


 それだけ言いおくと、ヤムハはさっさと自分の馬車の方へ向かっていく。


「あと一応、今回は戦闘があっても控えといてくださいね。俺がなんとかしますから」


 背中にかけられた声に、ヤムハは手振りだけで、ああ、と答えると馬車に乗り込んだ。そんな無愛想な態度を見て軽く息をついたカルロさんも、すぐに別の馬車に乗り込んでいった。


「おーい、ヒロ。さっさと準備しろよー」


「ああ、今行く!」


 すでに馬上にいるアッシュの呼ぶ声に返事をして、オレも足早に自分の馬の元へ向かった。



 現在世界中で使用されている馬は前世代と違い、大きく改良されているらしい。

 長時間の行動を可能とする体力を持ち、個体差はあるが基本的には従順で穏やかな気性だ。最高速度も通常種からは頭一つ抜けているので、現代の長距離の移動において改良種の馬は欠かせない存在となっている。どんな国でも馬については余念がない。

 そんな馬二頭が引く馬車一台には、約一〇人ほど乗り込める。でも、今回の目的は兵員ではなく物資の輸送だ。御者と数人の上官を除いた他の兵士たちは、全員が騎兵だった。積荷の関係もあり、巡航速度ほどの速さで駆ける馬車を護衛するような布陣で、目的地を目指していた。

 ……ちょうど太陽が天辺に昇った、昼時といった頃合い。

 二台の馬車と騎兵たちは、目的地であるジュラート荒野につつがなく到着する。


「いやー、疲れたぜ。やっぱ遠すぎだ。もうちょっと早く移動できないもんかね」


 馬を降りて村の外れの小屋に馬をつなぎとめた後、ジュラート荒野で全体と合流し整列している中で、アッシュは顔をしかめながらぼやく。


「仕方ないだろ。身ひとつならともかく物資があるんだから、全速前進ってわけにもいかねえよ」


 移動時間に対して文句を垂れ流す友人をなだめていると——、


「全員、姿勢を正せ。これより作戦を開始する」


 少しばかりのゆったりとした旅で緩んでいた気が、ヤムハの鋭い声に引き締められた。皆が背筋を正したのを確認したヤムハは、隣のマルコに話しかけた。


「これより先は二手に分かれて行動する。グレイス隊だけで、輸送用馬車で廃村の中央まで移動後、拠点設営を行う。ダグラス隊は我々の安全を確保できるよう動いてくれ」


「承知しました」


「物資の量は多い。ある程度の時間がかかるだろうが、それまでは頼む」


「ええ。ヤムハ殿もお気をつけて」


 そんな言葉を残し、ダグラス隊はものの一分もしないうちに班分けを完了させると、方々に散っていった。


 ダグラス隊の離散を見届けると、ヤムハとカルロさんは再び二台の馬車に乗り込み、ゆったりとした速度で馬を出発させた。残りの兵士たちが徒歩で馬車を囲みながら、その後に続く……。


「やっぱり、気が重くなるよな」 


「……否定はできねえ。もう割り切ったつもりではいるんだけどな」


 ……と、自分の手が少し震えてることに気づいた。悟られないよう慌てて隠す。

 今から向かう場所は仲間たちが死んだ場所だ。その死に哀悼の意を示すと言えば聞こえはいいが、死ななくてよかった、なんて思っている自分もいたりする。

 くだらねえ考えだよ、クソ。


「お前が言ってた、例の女傭兵はどうなのかね」いきなりアッシュはそんな話題を持ち出した。


「女傭兵って……レインのことか? どういう意味だ?」


「だって、レインは傭兵なんだろ? くぐった死線の数も数しれないだろうし、死体の山なんかたくさん見てきたはずだ」


 ……実際、オレも考えたことがある。彼女は一体どんな経験をしてきたのだろう、と。


「聞いた話じゃ、まだ若いんだよな」


「オレと同い年だ」


「一五歳かよ。想像以上に低かったぜ。…………なるほどなぁ。その娘……もう、いろいろぶっ壊れちまってんのかもしんねえな」


「壊れてる……か」


 死への慣れ。歴戦の傭兵ならば……いや、戦闘職を生業とする人間であれば、誰もが修めているものだ。

 それを「壊れる」と表現するのは、どうなのだろうか。合っているような気もしたし、間違っているような気もした。


「とりあえず、レインちゃんには気を遣ってやれってこったな」


 暗い話題を雰囲気を払拭するよう、砕けた口調でアッシュは言う。


「なんだよ……その、レインって」


「なんだとはなんだ。女の子なんだろ? こっちの方が可愛らしくていいじゃねえか」


 ちゃん付けとか、ぞっとしねえな……。

 呼んでみたらどうなるだろうか。冷めた声の罵倒とともに武器なんかを投げつけてきそうだ。想像してみるが、まったく違和感はなかった。


「また会った時は呼んでみてやるよ」


「ぜひ、そうしてくれ」


 アッシュもオレが嘘をついていることは丸わかりみたいだが、それでも自分の嘘を貫き通すことにした。気が重くなることが、一つ増えたな。


「さて、と……死んじまった奴らの命を無意味にしないためにも頑張ろうぜ」


「……ああ」 


 気持ちを切り替えるように言うアッシュの激励の言葉に、そんな高尚な気持ちなどなかったが、もっともらしく頷いておいた。

 と——、


「おい、お前ら。もうすぐ目的地に着くが……敵がいつ現れてもおかしくない場所だからな。気を抜くなよ」


 カルロさんが御者から身を乗り出し、グレイス隊の新参者であるオレたちに向かって声をかける。……こういう面倒見のいいところも彼の美徳なのだろう。他の隊士から聞いた話でも、彼への厚い信頼が伝わってくることが多かった。


「わかっています。油断はしてません」


「緊張のしすぎも良くないぜ、ヒロ。いきなり敵と出くわしても漏らすなよ?」


「ああ、そりゃこっちの台詞だ」


 そんな不毛なやりとりにカルロさんは、「そんな軽口が叩けるようなら心配はなさそうだな」と言って笑うが、すぐに少し神妙な面持ちになり……どこか迷ったそぶりを見せるものの言葉を繰り出した。


「……なあ、突然で悪いが、お前たちは隊長のことをどう思ってる?」


 唐突な質問に対し戸惑うも、当たり障りのない内容を考える。


「どうって言われても……少し神経質な性格だな、とは思いますけど」


「うーん。俺もぶっちゃけると、そんないい印象は持ってませんよ、隊長には。なーんか、上から目線でものを言ってくるというか……無愛想だし」


 と、各々で意見を述べる。

 そんな新兵二人の感想を聞いて、


「はは、だよなぁ……。とはいえ、アッシュは正直な奴だな。俺から聞いといてなんだが、上官の悪口は上官に聞かれない方がいいぜ」


「……ごもっともで」


 苦笑いするカルロさんと、少しふてくされるアッシュ。


「ただな。別にヤムハさんも悪人ってわけじゃあないんだ。王国騎士の中じゃ珍しいことに、貴族だの平民だので差別するような、くだらない思想も持っちゃいないしな。出世にも特に興味はないらしい」


「はあ。意外な一面もあるんスね」


 ヤムハはてっきり、したたかに上の地位を狙おうとするタイプの男だと勝手に認識していたので、素直に驚いた。


「俺とあの人は結構古くからの付き合いでな。それこそ、先代の王が存命だった時代の軍に配属された時からだ」カルロさんは懐かしむように語る。「たしかに今は嫌な上司像筆頭! みたいな感じで言われてるが、昔はあれで結構熱い人だったんだぜ?」


 副官は意外と部下の間で流れる噂にはお詳しいらしい。現に似たようなことを愚痴っていたアッシュは、やばい……という焦った顔をしている。


「なんか、想像ができないです……」


「無理もないがな。王が変わり、環境も変わり、あの人自身も変わっちまった。——でも、変わらないものもある。お前ら、ヤムハさんの怪我には気づいてたか?」


「怪我って、右手のことですか?」出立前に見た光景を思い出しながらオレは尋ねる


「そう、それだ。昨日、ちょっとした揉め事があってな。俺たちの誇り高き同僚が、ちょいと官給品の横流しなんかをやってたわけよ」


「誇り高き同僚って……王国騎士がですか?」


 兵士の規範であるべき者たちがそのような不正に手を染めているなんて、正直思いたくない。幼い頃に誰もが憧れた騎士となれば、なおさらだ。


「おいおい、せっかく濁したのにはっきり言いやがる。まあ、詮無いことだがな……」カルロさんも、やるせない口調で言葉を紡いでいく。「王国騎士なんて言っても『貴族』なんだ。高潔な奴もいりゃあ、驕り高ぶってたり意地汚なかったりと、ロクでもない野郎もいる。ありふれた話さ。……ま、俺も貧乏とはいえ、一応は正統な貴族の出だから、あまり大きな声では言えないけどな」


「そんな暗い部分なんか聞いてると、俺たち下っ端はすーぐ切り捨てられそうな気がするなぁ……」


 話が逸れたことをこれ幸いにと、アッシュも自分の意見を述べていた。 


「でもな、そんな汚ない連中は許せないって人もいるんだよ、これが」


「……それは、カルロさんみたいな?」


 この人ならばきっと、という考えがたしかにあった。


「嬉しいことを言ってくれるねえ……。もちろん、俺もそんな奴ら気に入らないけどよ。ここに、さっきのヤムハさんの怪我が繋がってくる」ここでカルロさんは話を軌道に戻すと、想像だにしなかった答えを語る。「結論から言うとな。そいつをぶん殴っちまったんだ」


「殴った……?」


「ああ。俺も聞いてて胸糞悪かったが、そのクズは、恐喝は勘弁してくれよ〜、とかほざいて口止め料を渡してきやがった。そこからはもう大変。ぶち切れたヤムハさんを止めるのに苦労したよ」


「うわぁ……。それから、どうなったんスか?」


「幸い相手に大きな怪我はなくて、ヤムハさんも拳を痛めたぐらいで済んだ。同等の爵位だったし、横領の件は先に手を出した件と相殺ってことで、その場は決着になった」


 あとで報告はしといたけどな、と補足するように彼は言う。どのみちその手の輩はまたやりかねないので、正しい判断だろう。 


「なんか、俺の中でヤムハ隊長のイメージが凄まじい勢いで移り変わっていくんだが……」


 アッシュの驚嘆にオレも同感だ。


「見た目だけでは判断できないくらい、人にはいろいろあるってことさ。——誰がなんと言おうと、あの人は俺の憧れの男だ」


 と、彼は、話をそう締めくくった。


 ……そんな濃い会話を経て廃村に到着し、再び馬車が停止する。

 周囲には特に異常はないが、先の戦場には戦闘の跡が色濃く残っていた。廃村の中でも石でできた建物は形を留めていたが、木材で作られた家は原型虚しく焼け焦げている。


「よし、物資を荷台から降ろせ。損傷の少ない建物に運ぶ。何事も迅速に行動しろ」


 ヤムハの号令により、兵士たちがそれぞれ動き始めた。



 全ての積荷を廃村の各建物に運び込むこんだグレイス隊の兵士たちは、王都への帰還に向けて小休止を取っているところだった。

 と、疲れを取るように伸びをしていたアッシュが話しかけてくる。


「なあ、ヒロよ。たかだか兵站物資の輸送に部隊二つは過剰な戦力なんじゃねえか?」


「たしかにそうかもな。多少の時間はかかるだろうけど、どちらか片方の隊だけでも問題ないとはオレも思うが、命令なんだよ。どうしようもねえ」


「やれやれ、お偉方の考えてることはわからねえ」


 でも、上層部が必要と判断したことだ。それほど両国の間では緊張状態にあるということだろう。いつ戦闘が起こっても、おかしくないということか。

 ……と、そんな話をしている矢先。一人の兵士が息を切らして、随分と焦った様子で走ってきた。ダグラス隊の兵士だ。まだ若く、オレとそう変わらないくらいの年齢だろう。周りの兵士たちもどよめき始める。


「——敵襲です……!」


 彼のその一言で、背中に戦慄が走った。

 それは、つまり、すぐ近くで味方が敵と交戦しているということになる。隊の間でも、不安とざわめきがさざ波のように広がっていく。


 ——本当に、嫌な予感というものは、よく当たる。


「上官殿を……呼んでくれ! ……早く!」


「あ、ああ。わかった」


 グレイス隊の一人が答え、ヤムハがいる建物に向かった。

 その背中に、急いでくれ、本当にまずいんだ、と悲壮な声が追いかける。


「おいおい、マジかよ……」


 アッシュも頭に手をやりながら、ダグラス隊の兵士が来た方角を見やっている。

 落ち着け……冷静になれ。オレは戦える。戦えるんだ。

 速くなる心臓の鼓動を抑えるため、心の中で自己暗示する。早くも上層部の判断が正しかったことが証明されつつあった。震えるな、落ち着けって。

 すぐに、物資の書類を整理していたヤムハと、その補佐をしていたカルロさんが駆けつけてきた。ヤムハは焦った顔でダグラス隊の兵士に尋ねる。


「説明しろ。何があった?」


「ここより南西で、敵軍と遭遇! 我がダグラス隊は総員で応戦中であります!」


「敵の規模は?」


「目測で四〇人ほどかと。なんとか持ちこたえていますが、このままでは全滅は必至です……! 至急、援護を!」 


 ダグラス隊の兵士も息が整ったようで、状況を簡単に報告する。

 ……数的にも少し不利だ。おそらく戦場は、相当に厳しいものになっているのだろう。

 報告を聞いたヤムハはほんのわずかに考え込み……すぐに顔を上げた。


「ダグラスは死んだのか?」


「隊長殿は運悪く、いの一番に敵の銃撃を受け……戦死されました」


 若い兵士の悲痛な報告に、ヤムハはチッと大きく舌打ちすると全体に指示を出す。


「今、ここを落とされては話にならん。総員、援護に向かうぞ! ——敵を殲滅する!」



 グレイス隊がその戦場にたどり着いた時には、ダグラス隊は壊滅的な被害を被っていた。今や確認できる限り、立っている者は一〇人もいなかった。


「巻き返すぞ! 総員、かかれ!」


 ヤムハの号令を機に、カルロを筆頭にしたグレイス隊の面々は一斉に敵に向かっていく。ちらと見ると、隊長であるヤムハは例の負傷のせいか、後方での指揮に徹するらしい。カルロさんをも凌ぐほどの実力を有していると聞くが、今回はそれに頼ることはできそうにない……。


「おい、俺たちも行くぞ!」


「……わかってる」


 アッシュは、とっさに動けないオレの肩を強く揺すると、グレイス隊の後を追った。

 クソ。気合い入れろ、オレ! 

 ワンテンポ遅れるが、慌ててその後に続く。

 突如として現れた援軍に、やや帝国軍の統率が乱れ始めた。単純な数としての戦力が相手を少し上回り、流れがこちらに傾いているのがわかる。

 周りではグレイス隊の勇士たちが、連携して敵を撃破していた……。


 ……だけどオレは、的確な剣捌きで敵の攻撃を弾いてはいるものの、未だ「攻撃」を仕掛けられないでいた。


「くそっ! しぶとい奴だ。いい加減にしやがれ!」


 痺れを切らした帝国軍の兵士が、強力な大振りの一撃を仕掛けてきた。それを剣で受けずにかろうじてかわす。絶対的な好機が訪れた。いま「攻撃」すれば、確実に殺せる。

 ——ッ! オレは……。

 あと一歩、踏み出せない。


「ヒロ、しっかりしろ!」


 と、人影が割り込む——。

 人影は生じた隙を逃さずに剣で斬り払い、致命傷を受けた敵兵は倒れた。


「カルロさん……」


 割り込んできた男の名が、自分でも意図せずこぼれる。


「訓練のときの剣撃はどうした? お前の実力はその程度じゃないだろう」


「……すみません」


「ヒロには期待してるんだぜ。俺の首元に刃を突きつけることができたのは、ヤムハさんを除けば、隊の中でもお前だけだ。自信を持てよ。その剣で、みんなを救ってやってくれ」


 カルロさんはオレの肩をぽんと叩くと、戦場に舞い戻っていった。


 ——直後、一際大きな悲鳴が聞こえた。


 その方を見やると、二人の味方の兵士がまとめて斬り殺されたところだった。

 スッ、と殺気を感じる。

 あれは、やばい……。

 相当の手練れだ。精悍な顔立ちの帝国兵は、その多くの血を吸った剣を再び近くの味方に向ける。


「誰か、助けてくれ!」


 矛先を向けられた兵士が、助けを求める。そこに振り下ろされる一撃。

 あ、終わった。

 彼の死は避けられないと悟った次の瞬間——横合いからカルロさんが割り入る。


「——ケニー、下がっていろ!」


 息を呑むケニーの前で敵を押し返すカルロさん。ケニーは彼に気圧されたのか尻餅をついていた。


「おいこら、ボサッとしてんじゃねえ!」


 近くにいたアッシュに背中を蹴り飛ばされる形で、あたふたと立ち上がっていたが。

 その間に敵を斬り伏せていたカルロさんは、それを傍目で見届けて次の敵へと向かってゆく。体躯に見合わず、恐ろしく素早い身のこなしだった。戦場を駆け回り、苦戦していた兵士を助けて回っていたみたいだ。

 ……あの人は、やっぱりすごいな。クソかっこいい。

 訓練の時から凄まじい実力で他を圧倒していたが、彼はそれにとどまらず、実戦でさらに本領を発揮するタイプの人だった。

 味方を助け、鼓舞し、戦う。アッシュもそうだが、彼も自分の目指した生き方そのものだ。

 でも、それでも。決して自分の剣は、カルロさんに一方的に劣ってはいないはず。模擬戦では一度だけ、たった一度うまく噛み合っただけとはいえ、勝利したこともある。

 期待は、してもらったんだった。あと必要なものは……なんだ?

 臆病なオレには、あと、なにが……。

 …………そうだ。臆病な兵士は、優秀な兵士になりうるんだったか。


 ふと、漆黒の髪を思う。


 ——オレは、今のままでいいのか?

 

自分自身に問いかける。


 ——戦わなくていいのか?


 心臓が一段と高鳴る。剣の柄を握りしめる。


 ——そんなわけ、ねえだろ!


 足を前に踏み出す。敵を見据える。



 オレは初めて——自ら戦うことを選択した。



 敵兵の手練れとカルロさんが、激戦を繰り広げている。敵兵は咆哮をあげることもなく黙々と戦う寡黙な戦士だ。両者の技量は拮抗していて、すぐに決着がつかない。

 と、そこへ……。

 カルロさんの背後を奇襲しようとする輩が現れた。彼も敵の存在に気づいてはいるものの、手一杯だ。対応しきれそうにない。


 だから、今度はオレが割り込む——。


 剣を振りかぶる敵兵の両腕を切断。血飛沫が舞う。すぐさま刃を返し、胴を薙いだ。


「……がぁっ‼︎」


 あっさりと敵兵が崩れ落ちる——。

 は……これが、人を斬った手ごたえかよ……。


 初めて鋼で人の肉を断つ感触。思ったよりも「殺した」という実感はなかった。


 しかしオレは、この瞬間兵士となった。

 ああ、クソ。ついに、超えちまったのか。


「——オレも、戦います!」


 やっと並び立つことができた「仲間」に向けて、そう宣言する。


「よく言った、ヒロ! それでこそ男だ!」


 あえてその声に背を向けて。

 彼の背後を守るように陣取った。これが一番だと思ったのだ。


「この戦い、勝つぞ!」


「はい!」


 打ちつける鋼の快音を背に、兵士となった自分は吠える。

 再び、敵兵が襲いかかってきた。

 落ち着け、焦るな。

 敵の叩きつけるような攻撃を受け流し、反撃する。敵兵はオレの斬撃を防ぎきれず、あっさりと地に伏す。


 勝てるぞ……! だいぶと押し返せた! あとは、敵の核である奴を倒せば——。

 カルロさんの援護をするため、振り向く。

 振り向いて、



 ……不運なことが起きていた。



 おい、なんで、カルロさんが



 誰のものかもわからない、戦場に落ちていた剣に。

 彼は足を取られ、バランスを崩していた。


「あっ」


 近くにいたオレには、そんな間抜けな声を出しているのがかすかに聞こえた。


「やべぇ、ミスった」


「カルロさ——」


 刹那。生暖かい鮮血がオレの頬を濡らした。


「があッ……‼︎」


 目の前で……カルロさんが腹を斬られたのだ。

 深い、一撃だった。


「ちく、しょう……! ヒロ……あと、頼む」


 今までに聞いたことのないような弱々しい掠れた声は。……きっと、オレにしか聞こえていない。


 そして———、



「——カルロ……っ‼︎」



 ヤムハの絶叫が迸った。


「カルロさん!」


「副隊長ぉ……!」


 グレイス隊の面々も、悲痛の声を上げる。

 それを乾いた頭で認識するとともに、オレの中でかつてない激情がせり上がったが、すぐに収束していく。目の前で味方が殺されたのに。なぜか。……わかるわけがない。

 ただ、静かな怒りだけが宿り始める。きっとこの極限状態でどこかの神経が麻痺しているのだろう。

 ——じゃないと……説明がつかねえよ。


「……やってくれたな……ッ‼︎」


「…………」


 無言でオレを見据える帝国兵。負けじと睨み返す。

 お前、よくも。

 驚異に立ち向かうため、自然に肉体が最適の行動をとった。例の呪文を唱えるでもなく、強化魔法を発動させる。急速に感覚が研ぎ澄まされていく。

 剣の柄を改めて握り込んだ瞬間——敵は無駄のない動きで踏み込んだ。

 速い! ……けど、見える!

 その第一歩目がスローモーションのように捉えられた。

 同時に、土を跳ね上げたヒロが迎え撃とうとした、その時——。


 敵の動きに急激なブレーキがかかった。


 …………息も絶え絶えのカルロさんが、帝国兵の足首をがっちりと掴んでいた。


「……いま、だ。ヒロ……!」


 今は動かないでください、とか。瀕死の怪我人にかける言葉など、思いつきはすれど口にはしなかった。


 ——カルロさんが命がけで作った隙……絶対に無駄にしねえ!


 動けない敵に、横薙ぎ一閃——。

 敵兵は悲鳴をあげるでもなく、ゆっくりと仰向けに倒れ伏す。


 ジュラート荒野、二度目の戦いは——ここに決した。

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