ユリウスの肖像
14
ユリウスは、ほうっと息をついた。
夜更けに男一人の部屋に、女のほうから薄い夜着でおしかけたうえに、抱きついてしまったことは恥ずべき行為だ。侯爵に、「次の相手を探しているのか」と侮辱されても言い訳できない。
もし侯爵が途中でやめなかったら、そして、そのことが世間に知られたら、ユリウスに「娼婦」のレッテルがはられ、まともな男たちは近寄らなくなるだろう。そういう種類の女を求めてくる男たちの間で、評判になるだけだ。
だが、ユリウスには、あのときの感覚が忘れられなかった。葉巻の香り、侯爵の熱いまなざし、執拗なまでの深いキス、体がとろけるような彼の手の感触、それらすべてが、いまだにユリウスの体にまとわりついているようだ。もっと先に進みたいとさえ思った。それが決して尊敬されない振る舞いだとしても。
――侯爵が途中でやめたのは、わたしに女としての魅力がないから?
男のふりをすることに命をかけてきたユリウスには、自分の女性らしさに自信がない。同世代のロシア女性たちを見ると、見劣りするように感じる。ヴェーラも、ヴェーラの友人のアナスタシアも、先日結婚したアンナも、目鼻顔立ちが整っていて、透きとおった肌をしている。なかでも侯爵夫人は群を抜いて美しく、高貴なオーラを発している。
さらに、殺人を犯した罪人であることが、ユリウスの自己評価を下げていた。だから、ユリウスが侯爵にとって魅力に欠けるとしても、当然であろうと思うのだった。
ユリウスは、やるせない気持ちを追い払おうと、深呼吸をした。
カティアは縫物をしながら、隣でため息ばかりついているユリウスの様子を見守っていたが、とうとうユリウスの手が止まったのを機に声をかけた。ユリウスは、少し躊躇してから小声で答えた。
「ドレスを着るようになってから少しは女性らしくなったと、自分では思うのですが、まだまだ女性としての魅力に欠けているように思えるんです」
「まあ、ユリウス、あなたに魅力がないなんて、とんでもない。どうか、そんなことを考えないで。自分が他人にどう見えるかを気にし過ぎているのではなくて?さては、気になる男性がいるのかしら?」
鋭いところをつかれて、ユリウスは言葉につまった。だが、カティアは何事もなかったように微笑んで、ユリウスを鏡の前に立たせた。
「ほら、この輝く青い瞳を見てごらんなさい。とても美しいわ」
続けて、光に透けて光る金髪、なめらかな肌、形のよい唇、高すぎない身長などなど、さまざまな比喩を用いながらほめていった。カティアはほめ上手だ。
「何よりも、表情の豊かさが最大の魅力だと思いますよ。それから笑顔がすてきなこと。特にブランシュと遊んでいるときの、あなたの笑顔は最高ですよ。瞳がキラキラしているの」
「それでは、まるで子どものように聞こえます。それが、わたしの年齢にふさわしい魅力なんでしょうか」
そして、小声でぼそりと付け加えた。
「胸だって、小さいほうだと思います」
女性として生きる決意をしてからは、抑えつけられていた女性性が解放されたように主張し始め、胸も大きくなったが、まだ人並みとは思えない。男と偽っているときは、胸はぺったんこのほうが都合がよかったのだが、ドレスを着るようになると話が違ってくる。それに、男子校にいたときの同級生や先輩たちの間では、女性の胸の大きさが話題になることも少なくなく、男にとって大きな関心事であるはずだ。
はにかむユリウスがかわいらしくて、カティアは再びにっこりした。
「確かに、女性らしい体型と胸の大きさの関係は否定しませんが、それよりも大切なことがあるのではなくて?それに胸もまだ大きくなりますよ。恋をすれば、さらにね」