雨名残(愛媛県四国中央市)
今年は咲いているかな?
初夏の四国を撮りたいと雨の高速道路を走行中、ふと「前に聞いた紫陽花の名所って、この近くだっけ?」と思い出した。
前年の遠征中に、ここ、新宮の紫陽花園の話題を耳にしたのだが、情報がどうもあやふやで、ある人が「坂を上るのが大変でもう行かない」といえば、ある人は「車で上まで行けて、車の横で撮れた」と返したり。
いずれにせよ、紫陽花の旬は過ぎていたので、私もそれ以上は調べずじまいだったが、なんかこの辺だったような気がして、慌ててサービスエリアに入り、降車インターチェンジを調べた。
どうやら少し行き過ぎてしまったようだ。
わざわざ戻るほどなのか迷い、ネットで画像検索してみたものの、いまいちピンと来ず、開花情報も「咲き始め」で止まっている。見頃じゃなかったら、行っても仕方ないしなあ。困った私は、観光協会に電話することにした。
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仕事柄、全国津々浦々の観光協会に問い合わせをするが、一周回ってたどりついた結論は、「相手の話を鵜呑みにしない」こと。桜でも紅葉でも、観光協会の「見頃」は、一歩引いて判断する必要がある、というのが私の個人的な見解だ。見頃のはずが終わっていた……なんてのはザラにあるし、きれいですか? と聞いたら、まあ99パーセント「きれいです」と返ってくる。
「みなさん、ぜひともウェルカム!」の観光協会VS悪条件なら行きたくない私。真実を聞き出すにはキツネとタヌキの化かし合い……いや、ちょっとした駆け引きが必要なのだ。
さあ、ここの観光協会は、どう出てくるか……。
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いざ勝負! と臨戦体制で電話して咲き具合を聞くと、
「あー、ちょうどいい頃じゃないですかねー」と、いともあっさりした答えが返ってきた。「何分咲きですか?」とか、「発色はどうですか?」とか、本当は詳細に聞きたかったけど、絡みようのない空気に飲み込まれてあえなく撤退。
通話終了したスマホを見つめながら、ここでちまちま調べていると、日が暮れてしまうと気付いた私は、ダメ元で行ってみることにした。
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下調べなしのまま、現地入口にたどり着く。斜面に咲く紫陽花を眺めながら、遊歩道をずっと登っていくのが定番コースらしいが、ぐずぐずしていたせいで、日没まであまり時間がない。時間があっても、歩いて登るのは好きじゃないから、車で坂道を上り始めた。
観光協会の言葉通り、紫陽花は見頃を迎えていたが、道路が狭すぎて、ゆっくり眺めることも停車することもできず、そのまま上の駐車場に着いてしまった。
雨のせいか、拍子抜けするほど空いている。「来た証拠」に、チャチャッと撮って移動しよう。と撮るうちに雨は上がり霧が湧いてきた。
さあ、こうなるともう、やめられない。薄暗くなり、麓の集落の灯りが霧ににじんで、この上なく美しい。
「これは、一晩コースだな」
車のすぐ前に三脚とカメラを設置し、カメラが自動で撮り続けているのを車内から見守る。まさかここで夜を過ごすとは思ってなかったので、夕食は買っていない。車の中をひっくり返して、常備しているお菓子や非常食をつまみながら、飢えを満たす。
ああ、今度は眠くなってきた。
誰もいない駐車場で一人睡魔と戦いながら、寝落ちした時の用心に、一番古いカメラだけを稼働させたまま、あとは車内に片づけて、寝ているような起きているような一夜を過ごす。
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朝が近付くと、カメラマンらしき車が一台二台と集まり、夜明け頃には三脚がずらりと並んだ。こんなに混みあうと思わず、迂闊にも結界を確保し損ねた広角レンズの近くにまで、隣のおじさんの手が迫る。
紫陽花の背景に雨上がりの雲海が踊り、曇り空から青空に移りゆくドラマを、私はヤキモキしながら撮り続けた。
あとで撮影画像を確認すると、案の定、何枚かにおじさんの手がしっかり写り込んでいたが、それだけでなく他にも老若男女、色んな人の手や体が侵入していた。次回があったら、広角レンズのカメラの横に標準レンズのカメラを置いて守りを固めないとなあ。グーっと空腹を訴える胃袋をなだめながら、リベンジを誓った。
タイムラプス動画にBGMをつけるため、ストック音楽を年間契約した。今まで撮りっぱなしだった動画も、音楽やセリフで世界観が広がるのが楽しくて、寝食を忘れるほど。でもお菓子をつまみながら作業するので、ちょっと太ったかな。
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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2023年5-6月号