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川 ゚ -゚)子守旅のようです 9:なんとなく、この人 1/2

( "ゞ)『私も、その「護衛」の教育とやらを受けることは可能でしょうか』

( ´∀`)『は?』

 主人──モナーに、従僕のデルタは恐る恐る訊ねてみた。

 モナーは札束を数える手を止め、しげしげとデルタを眺める。
 直後、口を開きかけたモナーの胸ぐらを1人の男が掴み上げた。

( ;∀;)『くっそ! ……返せよな! 後で金返せよ!
      お前を信じて貸すんだからな、絶対に返せよ!!』

( ´∀`)『はいはい。おい鼻垂らすんじゃないモナ、モララー。汚い』

 40歳近い中年男が同年齢の男に縋りつき、泣きながら金の話をする姿はなかなか厳しいものがある。
 どちらも貴族であるというのだから、ますます虚しい光景だ。

( ;∀;)『ほんとにもう……護衛を育てる機関とかさあ!
      そんな本当に必要なのかも分かんないような、
      あやふやな計画にわざわざ俺の金使うんだから絶対成功させろよ! そんで金返せよ!!』

( ´∀`)『分かってる、分かってるから。だから鼻水近付けんな馬鹿』

 泣き喚く男の名はモララー。モナーの数十年来の友人。
 モナーの前に積まれた大金は、このモララーから借りたものである。

 溜め息をついたモナーは、モララーの肩を押さえて窘めた。

( ´∀`)『……いいモナか、モララー。
       僕らの国が戦争に参加すると決まった今、
       他にも多数の国々が参戦せざるを得なくなったモナ。
       このままじゃ、いずれ世界が壊れてしまう』

 真剣な顔を向けられ、モララーも涙を拭って神妙な表情を浮かべた。

( ・∀・)『……だろうな』

( ´∀`)『大事なのは、その後モナ。
       少しでも生き残りが居れば、その人達が協力し合って世界を立て直してくれる。
       ──同時に、そういった人間の邪魔になるような輩もいる筈』

( ´∀`)『ならば少しでも、世界再興の芽が守られる可能性を上げておくべきだと思わないモナ?』

( ・∀・)『……そのために護衛が必要だってんだろ、昨日も聞いた。
      そりゃ理屈は分かるよ。分かるけど色々不確定すぎるよ』

( ´∀`)『一度は納得して金貸してくれたんだから、もう黙っててほしい……』

(#・∀・)『納得してないから文句言ってんの、俺は!
      お前が一方的に賭け事じみたゲーム仕掛けてきたんだろ!』

( ´∀`)『説明聞いた上でゲームを引き受けたのはお前モナ』

(;・∀・)『うっ』

( ´∀`)『……で? デルタ、何だって?』

 一段落ついたか、モナーがデルタへ振り返る。
 会話の邪魔にならぬようにと一歩下がって見守っていたデルタは、
 礼をしてから数分前の言葉を繰り返した。ただ、先程より率直な言い回しで。

( "ゞ)『私も護衛になりたいです』

( ´∀`)『……お前、何歳だったモナ?』

( "ゞ)『モナー様の2つ上ですので、今年で丁度40歳になります』

( ・∀・)『……無理でしょーデルタ君。今から訓練受けてもさあ』

( ´∀`)『そうモナ、無茶すんな。
       別に護衛じゃなくても、お前は僕の秘書として連れていくつもりで……』

( "ゞ)『世界のために生かすべき人を護る役目だというのなら、
     私はモナー様の護衛になりたい』

 そうしてデルタが微笑んでみせると、モナーは面喰らったように口を噤んだ。
 それから顎に手をやり、何か考え込む。

( ´∀`)『……好きにすればいいモナ』

 しばらくしてそう返したモナーに、デルタは笑みを深めた。
 子供の頃から世話をしているのだ、照れているらしいことくらいは分かる。

.


 ──単なる従僕でなく、モナーを守る護衛になりたかった。

 それは間違いなく本心であり、心からの願いであった。
 だから厳しい訓練にも耐えられた。新しい知識も増やした。

 そうして彼は見事に、いち召使から優秀な護衛へ転換してみせた。


 のに。


.



从*゚∀从「出来たぞじっちゃん!」

( "ゞ)「それは何です?」

从*゚∀从「録音機」

( "ゞ)「……はあ」



 あの日から20年以上経った今。
 何故かデルタは、モナーではなく奇妙な人間の護衛をやっている。





9:なんとなく、この人 1/2



从*゚∀从「ほらほら。見てよ、じっちゃん」

 日が傾きだした頃にようやく顔を上げた彼──いや、彼女──それともやはり彼──いや──「その人」は、
 小石のような塊を掲げてみせた。

 じっちゃんと呼ばれたデルタは、原稿用紙の束から視線を上げ、
 老眼鏡を外してそれを見る。

( "ゞ)「ははあ……録音機ですか」

 ──小一時間前、突然「あっ!」と声をあげて地面に座り込み、
 ちまちまと細かい作業を始めたので、何かと思えば。

 これが録音機だという。この、黒い小石のようなものが。
 大きさはせいぜい指先から第一関節までくらいだろうか。

 「その人」──ハインリッヒから受け取った塊を四方から眺めたデルタは、
 一応機械であるらしいそれをハインリッヒの手に戻した。
 ついでに原稿用紙を鞄にしまう。いくつか誤字があったので、後で直させよう。

从*゚∀从「あのな、あのな、本体が小さいからな、こっそり仕掛けてもバレにくいんだ!
     持続時間はまだはっきりしないけど、これなら結構──」

( "ゞ)「ハイン様、それは盗聴器と言うんですよ」

 デルタがやんわり訂正すると、ハインリッヒはきょとんとして全身の動きを停止した。

 それから3秒ほど後、ぽんと手を打ち、再び目や口を忙しなく動かし始める。

从 ゚∀从「本当だ! これ盗聴器だなー……便利だと思ったのに……」


 どうも、「小さい録音機を作れないかな」という思い付きを発端に、
 「小さいと見付かりにくいな」「じゃあ偵察に使えるな」という縦軸の思考を経たようだが、
 それが正に盗聴としての利用方法であるという横軸にまでは目が行かなかったらしい。

 ハインリッヒはあくまで、極小の録音機を作りたかっただけなのだろう。

 本人の名誉のために言っておくと、集中するあまりに時々視野が狭まるだけであって、
 少し間を置けば自発的に見落としに気付ける程度の冷静さは持っている。

从´゚∀从「ちぇっ」

 愛用の白いロングコートを着込みながら、ハインリッヒが口を尖らせた。
 立ち上がり、溜め息をつきつつ録音機をコートのポケットにしまう。

( "ゞ)「……でも、それを一から作ったのは凄いことです」

从*゚∀从 パァッ

 褒めてみせれば、途端にハインリッヒは顔を輝かせた。
 にまにま笑って小躍りを始める。ご機嫌だ。

 そのままリズミカルに前進しだしたので、休憩は終了したのだろうと判断する。
 デルタは鞄を背後の荷車に乗せると、その把っ手を掴んだ。

 ごろごろがたがた、車輪が山道を転がる。

从 ゚∀从「早く町に着かないと、日が暮れちまうなー」

( "ゞ)「もうほとんど目の前だから、すぐ着きますよ」

 緩やかに山道を下りながら左へ目をやれば、そこそこ大きな街を見下ろせる。
 清潔でありながら乱雑、というか賑々しい。

从 ゚∀从「じっちゃん、あれかな?」

( "ゞ)「恐らく」

 一際大きな建物を指差してハインリッヒが振り向いたので、頷いて返す。
 歓声と共に一回転。それに合わせてコートの裾が舞う。

 妙にはしゃいでいるが、早朝に前の町を出てから山を越えてきたので、
 ハインリッヒの顔には疲労が見えた。

( "ゞ)「まずは宿を探さないと」

从*゚∀从「煙突ある宿がいいな! 格好いいから!」

( "ゞ)「はいはい……おっ、と」

 足元への注意が薄まっていた。石に躓き、がたんと荷車が揺れる。

从 ゚∀从「大丈夫か?」

( "ゞ)「荷物に乱れはありません」

从 ゚∀从「じっちゃんの心配してんだよー」

( "ゞ)「大丈夫ですよ。ハイン様はお優しい」

从*゚∀从「そりゃ良かった。良かったー良かったなーあー♪」

 前へ向き直り、適当に作った歌を口ずさむハインリッヒは、
 街やら山の木々やら、あちこちへ目をやりながら軽快に歩いていく。
 その度、白いコートがひらりと揺れた。裾には土汚れ。洗わなければ。

从*゚∀从 ~♪

 街を見るときは冒険心に溢れる精悍な男のような顔をし、
 樹を撫でるときは愛情深い母性を抱いた女のような顔をする。

 やや調子の外れた歌声はハスキーで、粗野に響いたかと思えば、反対に艷めく瞬間がある。

 年齢はその時々によって、20代に見えることがあれば、30代くらいに見えることもあったし、
 時には大人びた10代程度にも見えた。まあいずれにしろデルタよりは何十も若い。

( "ゞ)(不思議な人だなあ)

 後方を歩くデルタは、既に60歳を超えている。

 その年数分には人生経験を積んできたつもりだけれども、
 ハインリッヒに関してはさっぱり分からないことばかりで、いつも新鮮な心持ちだ。

 そもそも性別も年齢も知らない。
 知らなくとも今のところは問題ないので訊く気もないが。
 それにしたって、こんなに近くで見ていながら全く推測できないというのもおかしな話である。

 大樹の幹をぺちぺち叩いたハインリッヒが、大きな口を開けて欠伸した。

从 -∀从「んー、眠いな……」

( "ゞ)「背負っていきましょうか」

从 ゚∀从「じっちゃんの腰曲がっちゃうよお」

( "ゞ)「じっちゃんはそんじょそこらの爺ちゃんとは違いますから」

 ハインリッヒはデルタより背が高いが、全体的に細いというか薄い体つきをしているので、
 背負うことは難しくない。目的地も近いし。

从 ゚∀从「無理すんなよじっちゃん」

( "ゞ)「だから無理ではありませんのに」

 ──デルタを「じっちゃん」と呼ぶが、別にハインリッヒは彼の孫ではない。

 初めて会ったときから何故だかそう呼ばれている。
 特に理由はなく、爺さんだからじっちゃんと呼ぶ、それだけのことだ。

 じっちゃんじっちゃんと呼ばれていると、デルタも何となく祖父のような気分になって、
 老齢ゆえの緩やかさが更に加速してしまう。
 端からは、ハインリッヒもデルタも随分のんびりしているように見えるだろう。

 ちなみにデルタの妻子と孫はちゃんと別にいる。
 10ヵ月ほど前にハインリッヒと旅を始めてからは、会えていないが。







从 ゚∀从『──中央に行きたいんだけど、万一にも死んだら嫌だから守ってくれ』


 10ヵ月前。
 組織にやって来たハインリッヒの顔には、命の心配をしているような──
 不安や怯えなどは欠片も無さそうだった。

 ちょうど受付係と一緒にいたデルタが応対したところ、
 懐いたのか何なのか、そのまま彼を雇うと言い出した。
 そのときも、老人を雇うことへ一切の憂慮は無いように見えた。


( "ゞ)『私は既に主人がいますから……』

( ´∀`)『いいんじゃない?』

( "ゞ)『あ、そういう感じですか?』


 先述の通り、デルタも護衛としての教育は受けた。
 とうが立っているとはいえ、成績は良好。

 故に常々モナーが言っていた。「お前も外に雇われていけば稼げるのでは」と。
 そこへハインリッヒの登場だ。モナーは非常に軽い調子でデルタを貸した。

 デルタはデルタで、モナーがそう言うならそれでいいか、なんて具合。
 そもそも彼が厳しい訓練に食らい付けていたのは、ひとえにモナーへの忠誠心のためだ。
 主人の意向にはいくらでも従う。

 それに、自分がいなくともモナーの身を護ってくれそうな者は、既にたくさん育っていたので。
 主人の安全が確保されているのなら、自分など、どう使われても良かった。







从´゚∀从「腹減ったよう」

 日が暮れる前に、街に着いた。
 適当に煙突のある宿を選んで部屋をとる。

 真っ先に寝台へ転がるなり、ハインリッヒは天井を見上げながら腹を摩った。

( "ゞ)「宿の食堂はまだ準備中のようですから、今すぐ何か召し上がりたいのなら外に行くか缶詰か……」

从 ゚∀从「缶詰食べよ」

( "ゞ)「はいはい」

 2人がけの小さなテーブルセットに向かい合って座り、
 デルタは行儀よく待っているハインリッヒの前に幾つかの缶詰を並べた。
 前の町で買ったものだ。

( "ゞ)「どれにします?」

从 ゚∀从「じっちゃんは何食べたい?」

( "ゞ)「これですかね」

从*゚∀从「じゃあそれ食べる」

( "ゞ)「ああ……そうですか」

 まさかの無慈悲に奪われていくシステム。あまりに唐突すぎて戸惑いを隠せないまま、
 デルタは密かに朝から狙っていた缶詰をハインリッヒに差し出した。
 まあ、そこまで執着もしていない。



从 ゚∀从「……あっ、私がこれ食べたらじっちゃんが食えないな!?」

 半分ほど食した辺りで、ハインリッヒがようやく気付いたように声をあげた。
 本当に不思議な人だなと、改めて思った。







川д川「おはようございますう……」

( "ゞ)

 朝。
 デルタが部屋のドアを開けた瞬間、隙間から女の頭がぬらりと入り込んできた。

 顔まで隠すほどの長い黒髪、合間から覗く肌は異様に青白い。
 手首や手の甲には絆創膏がべたべたと。

川д川「……どうしました?」

( "ゞ)「いや、何でも」

 思わず固まったデルタに、女が首を傾げた。
 そうして髪が横に流れれば、地味な顔立ちが露わになって、
 ようやく普通の生きた人間だと認識できた。

 歳を重ねても、幽霊やら怪物やらは怖いのだ。

川д川「食堂での朝餉は10時までとなっております……。
    ナガオカが昨日説明し忘れていたというので、代わりに参りました……」

( "ゞ)「ながおか」

川д川「昨日、受付をした従業員でございます……」

( "ゞ)「ああ──うん」

 この女も従業員らしい。
 髪や絆創膏にばかり注目していて気付かなかったが、
 たしかに女中のようなエプロンドレスというか、お仕着せを纏っている。

川д川「お部屋で召し上がるのならばお運びしますが、
    その場合も、10時までにご注文くださいませ……」

从 ゚∀从「ん? 誰?」

 そこへ、真横のシャワールームからハインリッヒが出てきた。
 癖の強い髪をタオルで乱暴に拭いている。

川д川「従業員のヤマムラでございます……」

 語尾に妙な余韻を残しつつ、女中は自己紹介と共に一礼した。
 胸に名札がついている。ヤマムラ・サダコ。

 サダコが食事の時間を再び説明すると、ハインリッヒは不思議そうな顔をした。

从 ゚∀从「なんで? 11時は駄目?」

川д川「10時から12時までは、厨房の方は仕込みや休憩の時間となっております……。
    昼食の提供は12時から15時まで。
    夕餉は18時から22時まででございます……」

川д川「うちの食堂は宿泊客以外にも開放しているので、仕込みに手間がかかるんですよ……」

 壁の時計を見る。8時を回ったところ。
 ハインリッヒが「分かった」と答えてみせれば、サダコはもう一度礼をして去っていった。

( "ゞ)「朝食はどうしましょうか」

从 ゚∀从「まだ缶詰あるから、それでいいや」

 言って、ハインリッヒは壁に取り付けられた机へ向かった。

从 ゚∀从「原稿直すとこあった?」

( "ゞ)「誤字と誤用が少々。それと、こちらは2章の末尾と3章の冒頭を入れ替えた方が自然かと……」

从 ゚∀从「おー、ありがとじっちゃん!」

 机上に原稿用紙とペンを乗せ、いくつか指摘すると、
 ハインリッヒは言われた箇所をのんびり直し始めた。

 それを見て、何故ドアを開けたのか思い出したデルタは
 ハインリッヒに一声かけてから廊下へ出た。


 サダコはもう別の場所へ行ってしまったようだ。
 従業員を探して歩いていると、庭へ続くガラス戸の前に差し掛かった。
 そこで雑草を刈っていた青年とデルタの目が合う。

 青年は人懐っこい笑顔を浮かべ、こちらへ近付いてきた。
  _
( ゚∀゚)「おう、爺さん! サダコから飯の時間は聞いたか?」

( "ゞ)「うん、さっき聞いたよ」
  _
( ゚∀゚)「わりいな、昨日は晩飯の説明しかしてなくて。
     いやあ、荷物運ぶのでいっぱいいっぱいだったからな!」

( "ゞ)「それは申し訳なかったね」
  _
( ゚∀゚)「いやいや、俺の手落ちだ」

 青年の胸元を見る。名札。ナガオカ・ジョルジュ。

 昨夜、部屋をとる際に受付として対応してくれたのは彼だった。
 大量の荷物を部屋へ運ぶ際、見兼ねて手伝ってくれた。印象通り、気のいい男だ。

 デルタは穏やかな笑みで昨夜の礼をしてから、「ところで」と話題を変えた。

( "ゞ)「この街は印刷業が盛んだと聞いたのだけれど」
  _
( ゚∀゚)「ん? おお、そうだぞ! 海の近くに、この街で一番でかい建物があるだろ。
     あれが印刷工場。製紙工場も一緒にある」

 山から見た建物を思い返しながらデルタは頷いた。
 ジョルジュが自慢気に説明を続ける。

  _
( ゚∀゚)「天災に負けなかった、自慢の工場だ。
     さすがに5年前までのクオリティとは言わないが、
     今となっちゃ、この世界で一番の製紙・印刷工場だろうよ」

( "ゞ)「ほほう」
  _
( ゚∀゚)「中央からの注文だってたくさんあるんだぜ。
     最近は特に多いな。ほら、新政府の件で色々と」

( "ゞ)「もうそろそろだからねえ」

 新政府の人員募集期限まで、残り一月ほど。

 ハインリッヒには政府の一員になろうというつもりはないけれど、
 新政府とやらへの「用」がある。

 それまでは、この街で時間を潰そうか。
 中央はもう目前だし、あちらは人で溢れ返っているだろうから、
 現時点での住まいの確保は難しかろう。

( "ゞ)「本なんかの出版も多いのかな」
  _
( ゚∀゚)「そりゃ勿論。出版社は中央の方にいくつかあるだけなんだけどな。
     いっぺんに刷れる量ならうちの街の方が多い」

( "ゞ)「そうか。それなら良かった」

 再び礼を言って、デルタは踵を返そうとした。
 が、ジョルジュに呼び止められる。
  _
( ゚∀゚)「爺さんも新政府狙いか?」

( "ゞ)「いや──いや、うん」

 否定と肯定が混ざったような、おかしな返事になってしまった。
 政府に入りたいわけではないが、用があるという意味では確かに狙っているのだし──という葛藤だった。
 ジョルジュは肯定の方を受け取ったらしい。

  _
( ゚∀゚)「気を付けてな。ここは中央に近いから、新政府目的の奴が大勢滞在してる。
     だから互いに牽制し合ってるし、何より──」

( "ゞ)「彼らを狙った強盗事件が多い?」

 ジョルジュは精悍な眉を持ち上げ、ニヒルに笑ってみせた。
 芝居がかった表情に、どうやら言いたいことは別にあるようだと察する。
  _
( ゚∀゚)「そうさ。だから気を付けろよ?」

( "ゞ)「何にだい?」
  _
( ゚∀゚)「おかげで、うちの街は犯罪行為にゃ厳しいんだ。
     強盗なんかするなよな! 優秀な自警団にとっ捕まっちまうから」

 豪快な笑い声をあげるジョルジュ。
 デルタは苦笑を返して、頭を振った。

( "ゞ)「肝に銘じておくよ」






 10時を過ぎた頃、デルタとハインリッヒは部屋を出た。

 箱を2つほど抱えて階段を下りる。
 一歩進むごとに、足元がぎしぎしと軋んだ。


( "ゞ)「──街の地図はあるかね」

 一階、ロビー。
 帳場で宿の主人に訊ねると、彼は新聞から目を上げた。
 主人の服にも名札がついている。ハニャン・フサ。40代といったところ。

ミ,,゚Д゚彡「どういう地図?」

( "ゞ)「施設や商店の場所が分かるようなものがいいかな。案内図というか」

ミ,,゚Д゚彡「ありますともありますとも。そこのラックに。
      ご自由にどうぞ」

 帳場の脇に置かれたラック。
 新聞や薄い冊子と一緒に、パンフレットのようなものが並んでいた。
 手の塞がっていないハインリッヒが案内図を一つ取る。

 数十枚の真新しいパンフレットの横に色褪せた小冊子が置かれてあった。
 そちらは持ち出せないよう、ボードに固定されている。

从 ゚∀从「この古いのは?」

ミ,,゚Д゚彡「戦前のパンフレットです。
      今とは地形も町並みも違っているから、見比べるのも楽しいでしょう」

从*゚∀从「分かってるなあ、君は! へえええ、昔から残ってる店も結構あるんだなあ……。
     ──お、この宿が取り上げられてるじゃないか」

 昔のパンフレットを熱心に読み込むハインリッヒに釣られ、
 デルタも横から覗き込んでみる。
 とあるページで、歴史ある宿屋としてここが紹介されていた。

ミ,,゚Д゚彡「はは、実は、それを自慢するために飾ってるところもありまして……。
      かなり昔から経営していたんですよ、ここ」

( "ゞ)「なるほど」

 納得する。
 全体的に古めかしい印象があったのだ。
 ぎしぎしうるさい階段も、その年月を表している。

从*゚∀从「君が後を継いだのか?」

ミ,,゚Д゚彡「ええ。私は元々、ただの従業員でしたけども。
      天災の折、避難先でオーナーと御家族が亡くなられてしまったので、
      僭越ながら私が後を継ぎましてね。まだまだ至りませんが」

 この宿を無くすわけにはいかないのだと、フサが目を細める。
 その目に何かが灯ったように見えたが、デルタが疑問を持つ前に、ハインリッヒの声に意識を引っ張られた。

从*゚∀从「後でまた見よーっと。んじゃ、じっちゃん、行こっか」

( "ゞ)「はい」

 ほうと息をついたハインリッヒが、コートを翻して出入口へ向かう。

 宿の外へ出たデルタは、入口の脇に置かせてもらった荷車(さすがに宿の中までは持っていけなかった)に
 抱えていた箱を乗せた。

 三つ折りのパンフレットを開き、ハインリッヒが興味津々といった目付きで案内図を眺める。

从*゚∀从「本屋いっぱいだなあ」

( "ゞ)「まずは印刷所の方に行かないと」

从*゚∀从「分かってるよー」

 行こう、と先のように促され、デルタは雇い主と共に歩き出した。







(;-_-)「──すごい」

 印刷所の責任者は顔を上げ、呆然と呟いた。

 紙とインクの匂いが満ちる工場内。その片隅。
 責任者と相対するハインリッヒの前には、何百──何千枚もの原稿用紙が積まれている。

(;-_-)「これ全部、……あなたが1人で書いたんですか?」

从 ゚∀从「うん。何か駄目だったか?」

(;-_-)「いえ、そんなことは!」

 原稿は、いくつかの束に分けてまとめてあった。
 それらを改めて見下ろし、責任者──ヒッキーという名前らしい──が仕分けしていく。

(;-_-)「……論文、絵本、小説……歴史書」

 小説の原稿が2束、絵本が3束、科学や歴史等の学術書が5束。

 計10冊分の原稿を前にしたヒッキーは、その内の一つを持ち上げた。
 要旨を把握できる程度に、ぱらぱらとページをめくる。
 これで大体──3度目か。

( "ゞ)(まあ、気持ちは分かるよ)

 デルタもハインリッヒと出会ったばかりの頃、
 荷物を見せてもらったときに似たような反応をしたものだ。

(-_-)「……ここを任されてる以上、僕も本はたくさん見ますし……
    歴史や科学については結構詳しいつもりです」

从 ゚∀从「おっ、ほんとか?」

(-_-)「そういう僕から見ても──この原稿はどれも、一定のレベルを超えている」

( "ゞ)「それは何より」

 これまで黙って成り行きを見守っていたデルタは、ほっと息をついた。

 まずは原稿の価値を認めさせねば話が始まらない。
 その点はクリアした。

(-_-)「それぞれを本にすればいいんですね?」

从*゚∀从「そうそう! 出来る?」

(-_-)「ええ、勿論。出版社には見せました? 中央に行けばありますが」

从 ゚∀从「あ、別に、そういうのはいらない。
     あのさ、ここって出版取次もやってるって聞いたんだけど本当?」

(-_-)「はい、まあ一応……
    出版側と小売り店との、中継ぎのようなことはしてますけど」

从 ゚∀从「じゃあ充分だなー。
     出版費用は私が出すから、製本できたら、適当にその辺の本屋に卸しといてよ」

(;-_-)「費用ったって、安くありませんよ?」

 ハインリッヒがにっこり笑ったので、デルタは背負っていた鞄を床に下ろした。
 どしん、といかにも重たそうな音。

 デルタが恭しく鞄を開け、そこに詰まっている札束を見せると、
 ヒッキーの瞳から現実感が失せた。

(;-_-)「……」

从 ゚∀从「これだけあれば、結構できる?」

(;-_-)「……勿論です……」

 満足げに頷いたハインリッヒは、続けて札束の下からファイルを取り出した。

从 ゚∀从「まあ、そっちの原稿は小遣い稼ぎのために書いたやつでさー」

 コヅカイカセギ、と鸚鵡返しにするヒッキー。
 完全に理解の範疇を超えてしまったらしい。
 いきなりやって来て、いきなり大量の原稿と大金を寄越して、この発言。無理もない。

从 ゚∀从「本命はこっちな!」

 納得いかぬ顔で原稿と札束を見つめるヒッキーを無視し、
 ファイルを彼の手に押しつけた。
 文字や図がびっしり書き込まれた紙が、数枚の写真と一緒に綴じられている。

从 ゚∀从「こっちも論文みたいなやつ。
     これをな、綺麗にまとめて中央に持っていきたいんだ」

(;-_-)「はあ……『エネルギーの効率化』?」

 見出しの文字を指でなぞりながら読み上げ、
 やや胡乱な顔付きでファイルの中身へ目を通していく。

 ──直後に見せた、彼の表情ときたら。
 デルタが少し愉快に思うほど、分かりやすい「驚愕」だった。

(;-_-)「これは……!」

 声をあげ、彼は慌てて自分の口を押さえると辺りに視線を配った。

 工場は稼働中で、作業員も大勢いたが、こちらの声が届く距離には誰もいない。
 それでも声をひそめて彼はハインリッヒの顔を窺うように見上げた。

(;-_-)「……これは、戦前からも研究されていたテーマです……。
     どの研究所も惜しいところまでは行くけれど、そこ止まりでした。
     まさか、この時代に研究を完成させるなんて」

从 ゚∀从「この時代だからこそ、だなあ。天変地異の結果みたいなもんだよ」


 ──現在。着実に復興が進んでいく世界ではあるが、
 もう少し進むためには、どうしても足りないものがある。
 発電量だ。

 一度は発展した世界である。天災によりほとんど破壊されたとはいえ、
 機械も技術も知識も、あちこちに転がってはいるのだ。
 それらを活かせられれば、多大な恩恵を受けられる。しかしそのための電気が足りない。

 中央ですら、稼働している発電所は戦前の半分以下だし、供給先も限られていると聞く。
 施設や一般家屋は家庭用の小型発電機でやりくりしているのが多数。
 場所によってはそれすら無い。


 発電というのは、必ず無駄が出る。
 使われた資源の100%が電力に変換されるわけではなく、必ず何割かは損失となる。
 また、供給された電気も全てがきっちりと消費されることはない。

 限られた資源とそこから漏れる無駄を鑑みて、
 現状、大規模な運用が出来なくなっているのだ。

 そこでハインリッヒは考えた、らしい。
 発電量を増やせないか。
 そして供給された電力を効率良く使用できないかと。

 様々な文献を調べた。
 手に入れられる分は全て読んだ。良書と呼ばれたものも、そうでないものも。


 そうして、ある論文を見付ける。
 何十年も前に発表された、電力の効率化に関するものだった。
 が、実際に運用してみれば結果が思わしくなかったらしく、あっという間に埋もれてしまったそうだ。

 ハインリッヒは首を捻った。
 理論としては、そう外れていない。
 たしかに間違っている部分はあるようだが、何かが惜しい。

 気に掛かりながらも他の文献にも目を通していく内に、
 ──突然ひらめいた。

 例の論文と、現代(といっても最先端と言えるのは5年前だが)の資料を比べる。
 数十年もの隔たりがある文献同士が、ハインリッヒの頭の中で解け、組み合わされて──

 確信した。
 論文で語られていたシステムは、当時よりも進んだ技術の補助にしてこそ、多大な効果を齎すのだと。

 もちろん数十年前の人々にそんなことが分かるわけはなかったし、
 現在だって、碌な光を当てられず消えていった過去の研究を気に留める者などいなかった。

 こうして過去と現在の玉石を無差別に見比べたハインリッヒが居なければ、
 この発見はあと何年、下手をすれば何十年かは遅れていたかもしれない。

 それからのハインリッヒの行動は早い。
 更に他の論文へ手をつけ、より良い改善案を探し、論文としてまとめた。


 ──その結果が、このファイルの中身だ。
 話を聞いたときも、実際にファイルを見せられたときも、
 デルタはただただ呆気にとられていたものである。

从 ゚∀从「文明が世界的に後退したからこそ、過去と今の組み合わせを思いつけたんだ」

(;-_-)「……なるほど」

( "ゞ)「あなたも、こういう研究を?」

 デルタはヒッキーに問うた。
 彼の先程の発言、あれは実際に首を突っ込んだ者の意見だろう。
 しかしヒッキーは否定する。

(;-_-)「いや、僕は少し齧った程度です。
     親戚に、そういった研究に従事した者がいたので」

从*゚∀从「それでも話を分かってもらえるのは嬉しいな!
     これは、まあ5部くらい刷ってくれればいいや。
     そっちの小説とかは、渡した金で刷れるだけ刷って」

(;-_-)「はあ……すぐ始めますか?」

 会話しつつも、ヒッキーはどこか上の空といった風情。すっかり論文を読み耽っている。
 彼からファイルを返してもらってから、ハインリッヒは首を振った。

从 ゚∀从「本命は後でいいよ、見直したいとこあるし。
     まずは、先に渡した方の出来が見たいな。
     あ、レイアウトの指示はちゃんと書いてあるから!」

(;-_-)「わ、分かりました」

 ──それから諸々の書類を交わし、ひとまず契約が為された。

 一区切りついたとばかりに解放感に満ちたハインリッヒが、
 うきうきと辺りを見渡し始める。

从*゚∀从「すっごいな、すっごいな! こんなに大きな機械がいっぱい動いてんの、久しぶりに見たよ!」

( "ゞ)「じっちゃんも5年ぶりに見ましたなあ」

从*゚∀从「コンピュータもあるぞ!」

 彼らが話している間も、工場内では印刷や裁断や装丁の作業が常に行われていた。
 たしかに機械に工程を任せている部分もそれなりにあるが、
 基本的には人間の手作業で回っている部分が多かった。

(-_-)「あの論文が通れば、ぐっと楽になる。……この印刷所も、昔に近付けます」

从*゚∀从「だろぉ?」

 ヒッキーが嬉しそうに笑う。
 ふと、壁際にずらりと並んだ巨大なタンクにハインリッヒの目が留まった。

从 ゚∀从「あれ何?」

(-_-)「インクですよ。この地でしか作られない、結構特殊なインクです。
    戦前は一般にも流通してたんですけど、今じゃ、この工場でしか……」

从*゚∀从「見たい! 触りたいな、いい?」

(-_-)「服や肌に付いたらなかなか落ちませんよ」

 たしかに、ヒッキーの手や顔、服には黒い汚れがあった。
 ハインリッヒの白いコートを一瞥して、デルタは小さく手を振る。

( "ゞ)「そういうことを聞くと、実際に肌や服に付けて確かめたくなる人で」

(;-_-)「……変な人だなあ……」

 しかも自分のみならず、デルタの服でも試しかねない。
 そうなる前にと、デルタはハインリッヒの好奇心をやんわり引き留めた。

( "ゞ)「ハイン様。もうお昼だし、ご飯を食べに行きませんか」

从 ゚∀从「おお、そういえば腹減った」

( "ゞ)「どこか、いい料理屋はあるかな」

 問い掛けはヒッキーに。
 彼は思案するように視線を斜めに遣って、そうですね、と呟いた。

(-_-)「ここから南に行った先の、3つ目の四つ辻を右に曲がったところに宿屋があるんですけど。
    あそこの食堂のご飯、美味しいですよ。僕もよく行きます」

( "ゞ)「ああ──私達が泊まってるところだよ」

 宿泊客以外にも食堂を開放している、とサダコが言っていた。
 味がいいのなら、食べてみたい。

( "ゞ)「行ってみましょうね、ハイン様」

从*゚∀从「うん! じゃ、よろしくな!」

(-_-)「はい。誠心誠意、頑張らせていただきます」






 宿に戻るため、煉瓦敷きの道を歩く。

 街並みを眺めていると、張り紙のみならず、
 紙細工の飾りがそこかしこにあることが分かる。

从*゚∀从「綺麗だなー」

( "ゞ)「そうですねえ」

 身なりがいい者の行き来が多い。
 新政府を目的とした滞在者たちだろう。

 用心棒を連れた人間もそれなりにいて、組織から派遣された護衛を何人か見掛けた。
 いずれも順調に任務をこなしているようだ。

 時折、緑の腕章をつけた、厳めしい男が睨みを利かせながら通り過ぎていく。
 ジョルジュの言っていた自警団の者であろう。あれなら、そうそう悪さは出来まい。

从 ゚∀从「お?」

 物珍しげに辺りを見渡していたハインリッヒが、不意に足を止めた。
 小さな店の前に置かれた椅子に、少女が退屈そうに座っていた。

从 ゚∀从「店番かー?」

 ハインリッヒが呑気な声をかけつつ近付いていく。

 紙製品を売る店のようだ。
 シンプルなノートから、ファンシーなレターセット、包装紙等々、服屋のごとき華やかさ。

从 ゚∀从「これちょーだい」

 花柄の包装紙を指差し、ハインリッヒが言った。

 衝動買いはよくある。
 何に使うかも決めぬまま、なんとなく気に入ったという理由で物を買う。
 デルタを雇ったときも同じような具合だろう。

 が、今回はちゃんと目的があったらしい。

 覚束ない手付きで会計に応じた少女に礼を言って、
 ハインリッヒはそのまま店先にしゃがみ込むと、包装紙を手頃な大きさに切り取った。
 適当に切ったように見えたのに、ほぼ正確な正方形になっていたのには、もはや驚きもしない。

从 ゚∀从「まず半分に折ってー。で、もう一回半分」

 何か始まった。

 少女が首を傾げつつ、ハインリッヒの手元を見つめる。
 折られる度に形を変えていく花柄。デルタは手順を記憶していった。
 近くにいた通行人達が、何だ何だと覗き込んでくる。

从 ゚∀从「斜めに折ってー、それから……」

 最終的に、縦長の六角形としか言えないような形状になった。
 何だこれは。

 戸惑う皆を横目に見て、ハインリッヒが紙の尖端を軽くくわえる。

从 ゚∀从「下のとこに、小っちゃい穴があるだろ? ここから息を吹き込むとー……」

 わあ、と少女が目を輝かせた。
 紙が膨れ上がり、ころころと可愛らしい玉になったのだ。

从*゚∀从「風船だぞー」

 もう一回作ってと飛び跳ねている少女の頭を撫で、
 ハインリッヒは包装紙を再び正方形に切り分けた。
 今度は、少女とデルタ、寄ってきた子供達の分も。

从*゚∀从「一緒に折ってみような」

 にこやかに言うハインリッヒを眺め、デルタも口角を緩ませた。







 くどいようだが、ハインリッヒという人間は何とも不可思議である。



( "ゞ)『ハイン様は、どこか良家の出で?』

 旅を始めて間もない頃、そう訊ねたことがある。

 ハインリッヒは尋常でない量の大金を持っていた。
 それに対し頓着する様子がないので、どこかで盗んだというわけではなさそうだ。
 ならば、元から持っていた金なのだろう──と。

 だが、返されたのは否定であった。

从 ゚∀从『んーん。普通か、それよりちょっと下ってくらいだったと思うよ』

( "ゞ)『じゃあ、このお金は……』

从 ゚∀从『ここ5年で頑張って稼いだ』

 事も無げに答え、ハインリッヒがくるくる回る。

 デルタは、しばし言葉を失った。
 ──稼いだ? 5年で?

 戦中や戦前であれば、数年で一財産を築いても──たしかに感心はするが──
 不可能でなかろうと納得できる。

 しかし戦後の5年間でこれほど稼ぐとなると、
 機能を失った銀行や他者などから奪ったか、どこぞの地区のまとめ役となり搾取したか──
 何にせよ方法は限られてくる。

( "ゞ)『どのようにお稼ぎに?』

 いかなる手段で得た金だろうと、組織が受け取る分には問題ないし、関係ない。
 ほんの少しの好奇心からデルタが訊ねてみると、
 ハインリッヒは待ってましたとでも言いたげな顔をして、あのな、と口を開いた。

从*゚∀从『色んなことした! 私が住んでたとこは結構大きかったから、
     商売しようと思えば何でも出来たんだ』

( "ゞ)『……はあ』

从*゚∀从『えっとな、小説とか絵本とか書いたりー。
     地質や植物や鉱石の調査したりー、あ、肥料の開発もした!
     ほら、大戦と天災で、環境変わっちゃったからさ。調べれば調べるほど新しい発見があってな!』

 指折り数えて功績を語っていくハインリッヒ。
 その内容に、デルタは唖然とするより外なかった。

从*゚∀从『まーでも、一番手っ取り早く儲かったのはやっぱ機械系かな!
     農作業の効率化とか、だいぶ重宝されるんだぞー』

从*゚∀从『昔の機械って無傷で残ってたとしても、今じゃ燃料の確保が難しいからな。
     そこら辺を現代に合わせて改善するだけで随分違うんだ。
     ま、ほとんど既存の技術を応用するだけだから、私だけの手柄でもないんだけど……』

 そこまで言って、ハインリッヒの眉尻が下がった。
 沈黙するデルタに不安を抱いたのだろうか。

从 ゚∀从『じっちゃん、こういう話嫌い?』

( "ゞ)『いえ……それら全部、ハイン様が一人で?』

从 ゚∀从『手伝ってもらうことはあるけど、基本的に1人だったよ』

( "ゞ)『……あまりに凄いことで、言葉が出ませんな』

从*゚∀从『すごい?』

 ぱっとハインリッヒの顔色が明るくなる。
 立て続けに褒めそやすと、へらへら笑って満足そうに頬を染めた。
 この人は褒められるのが好きだ。嫌がる人間もあまりいないだろうけど。

( "ゞ)『天災以前からも、そういった活動を?』

从 ゚∀从『ううん、天災の後から。
     物を作ったり弄ったりするのは昔から好きだったけどさ』

 たった5年で、それほどまで。
 デルタは驚きっぱなしだ。そうして、思わず呟く。

( "ゞ)『……どうして、そこまで頑張れたんです』

 問い掛けつつも、答えは既に分かっていた。
 ハインリッヒは両手を広げ、先よりも軽やかな足取りで、くるりと回る。

从 ゚∀从『だってさ──』







 この10ヵ月、ハインリッヒは行く先々で発明品や知識を与えて回った。
 それは娯楽であったり、生活の手助けになるような技術だったり、様々。

 礼として食糧に衣類、金などを得ていたので、手持ちの財は増えていくばかり。
 この時代に、こうして真っ当に大金を稼げる人間は稀だ。

 凄い人だと思うし、やっぱり変な人だなとも、時々思う。


.


从*゚∀从「美味い!」

 ──突然の大声に、周囲の人間がぎょっとしてこちらを見る。
 ハインリッヒは素知らぬ顔で、右手に持った料理に再び齧り付いた。

从*゚∀从「美味いな! これ美味いぞ、じっちゃん!」

( "ゞ)「ええ、こんなにこってりした料理は本当に久しぶりだ」

 ──宿の食堂。
 料理を絶賛するハインリッヒに、デルタも舌鼓を打ちつつ頷いた。

 小麦で出来た薄い生地に、たっぷりのチーズとトマトソースを乗せてこんがり焼いた料理。
 それ自体はシンプルなのだが、これほど濃厚なソースやチーズは今では珍しい。
 歳をとってからすっかり薄味志向になっていたデルタでも、思わず感動してしまう。

 追加で注文したハーブティーをハインリッヒの前に差し出しながら、
 給仕をしていたサダコが首を斜めに傾けた。

川д川「喜んでいただけて、何よりです……。
    身を削ってお作りした甲斐がありましたわ……」

( "ゞ)「……あなた、絆創膏が増えているね」

 サダコの右手に新しい絆創膏が貼られているのに気付き、デルタはトマトソースを見下ろした。
 いや、まさか。

川д川「私ったらドジで……切り傷とか火傷とか、たまにあるんです……。
    お料理には影響ないのでご安心を……」

( "ゞ)「うん……気を付けて」

从*゚∀从「このチーズがいいな! とろとろのもちもちで、甘みも塩加減も丁度いい!
     こういうのは熱々が一番だ。ねえ君、これはあの暖炉で焼いてんの?」

 びろんと伸びるチーズに満面の笑みを浮かべたハインリッヒが、背後を振り返った。

 食堂の奥に暖炉があり、近くの棚には鉄板や蓋のような道具がしまわれてある。
 先程その鉄板を使い、パンか何かを焼いているのを見た。

川д川「ええ、その通りでございます……専用のお皿に乗せて蓋をして、
    一気に焼き上げることで風味が……」

( "ゞ)「暖房としても調理場としても使えるわけだ」

从*゚∀从「立派な暖炉だなー」

 煙突を理由に宿を決めただけあって、たしかに、暖炉は堂々とした佇まいでそこにあった。

从*゚∀从「機械とかも好きだけど、こういうのも好きだ。
     いい料理作るなあ」

( "ゞ)「このカブのスープが特に美味しい」

从*゚∀从「なー! こんなに美味しいカブ、天災前にも食ったことないよ」

 いずれの料理も水準は高かったが、
 ぶつ切りの野菜がごろごろ入ったスープは格別だった。
 特にカブの甘みが強く、それだけで腹一杯食べられそうなくらいだ。

川д川「それは良かった……デザートに、カライモもいかがです……?」

( "ゞ)「カライモ?」

川д川「甘いお芋です。これも暖炉で焼くんですが、
    焼いたカライモの皮を剥けば黄金色でほくほくの身が……」

从 ゚∀从「甘藷のことだよ、じいちゃん」

( "ゞ)「ああ」

川д川「最近、中央から届くお野菜の質が良くなっていましてね……
    去年に比べると、甘みが段違いで……──まあ5年前ほどじゃあないようですけど……」

( "ゞ)「それでも着実に改善されていってるというのは嬉しい話だね」

从*゚∀从「食い物が美味くなるのはいいことだ。人間、食わんことには始まらない! それちょうだい!」

川д川「かしこまりました……」

 それでは準備をしてまいります、と頭を下げるサダコ。
 彼女が立ち去ろうとするのを、ハインリッヒが引き留めた。

从 ゚∀从「あ、君、待って!」

川д川「はい……?」

从 ゚∀从「これあげる! 美味い料理のお礼な」

 言ってハインリッヒが取り出したのは、
 淡黄色の薄い布を幾重にも重ね、花のようにして留め具でまとめたブローチだった。

 ハインリッヒはたまに、こういったアクセサリーも作る。
 こちらは小説などと同様に暇潰しや小金稼ぎを目的としているため、
 適当な町に着けば雑貨屋に卸したり、あるいは自分で手売りしたりするのだ。

川д川「あらあ、ありがとうございます……可愛いブローチ……」

从*゚∀从「ここに付けるといいな……おー、似合う似合う!
     君は地味だから、こういうので飾るといい」

 ハインリッヒが手ずから名札を飾る位置にブローチをつけてやると、
 名札自体がそういうデザインであるかのような見映えになった。
 サダコ本人の不気味な印象も少しだけ和らぐ。

 女性の胸元に軽々しく触れるものではない、と注意すべきかデルタは迷った。
 もし異性間の触れ合いであるならば指摘するべきだが、
 同性同士なら、サダコが嫌がっていない限りデルタが口を出す必要はない。

( "ゞ)「ハイン様、後半の言葉は失礼ですよ」

 なので、とりあえずそちらを注意しておいた。

 サダコもまた、男と女、どちらからの贈り物として
 アクセサリーと発言を受け止めればいいのか、迷っているようだったので。







 翌日は街の中を巡った。

 ハインリッヒの作ったアクセサリーを雑貨屋に卸したり、
 ちょっとした機械を売ったりしていると、あっという間に日が暮れる。

 手持ちの金がまた増えた。
 ほくほく顔のハインリッヒが隣のデルタを見る。

从*゚∀从「いい街だなあ。明日は本屋行ってみような!」

( "ゞ)「ええ、ハイン様のお好きなように」

 食事は、いずれも適当な料理屋で済ませたが、そこでの料理も美味かった。
 ハインリッヒはこの街を大層気に入ったようだ。

ミ,,゚Д゚彡「──……あ、おかえりなさいませ」
  _
( ゚∀゚)「おかえりー」

ミ,,゚Д゚彡「こら、そんな無礼な言い方……」

 宿に戻ると、出入口の脇にフサとジョルジュが居た。
 フサの目が戸惑うように揺れたが、すぐに鋭くなってジョルジュを睨む。

 2人の前には一脚の椅子が寝かせてあった。

( "ゞ)「いや、構わないよ。……ここで一体何を?」
  _
( -∀-)「ロビーの椅子が一つ、壊れちまってさあ」

 見ると、たしかに椅子の脚が一本折れてしまっていた。
 折れ口を見るに木材自体が悪くなっていたらしい。

从 ゚∀从「あー、ここに使われた素材が良くなかったんだなー。
     他の脚は大丈夫そうだから、たまたま悪い部分が混ざっちまったんだ」

 無事な脚を摩ったり指の節で打ったりしながらハインリッヒが言う。
 大工か何かなのか、と問うジョルジュを無視して椅子をじろじろ眺め回している。

( "ゞ)「なら、新しい脚を付け直せば使えるかな」
  _
( ゚∀゚)「そりゃ良かった。
     他の椅子やテーブルとセットになってるから、
     これだけ新しいやつに買い替えると統一感が消えちまうって、オーナーがうるさくて」

ミ,,゚Д゚彡「お前が無粋なんだ」

 安堵するジョルジュを、フサが再び睨む。
 彼はまだ納得しかねているようだった。

ミ,,゚Д゚彡「……しかしなあ……」

( "ゞ)「何かね」

ミ,,゚Д゚彡「脚を新しくすれば、その部分だけ他の脚と色味が変わってしまうでしょう。
      それが気になりますな」

( "ゞ)「この街には家具職人もいるのでは?
     修理を頼めば、ちゃんと色の調整も……」
 _
(;゚∀゚)「……いや、それは……」

( "ゞ)「?」

从 ゚∀从「あ、じゃあ私が直してやろうか?」

ミ,,゚Д゚彡「え?」

从 ゚∀从「ここじゃ邪魔だし、中庭でやろう」

 ハインリッヒが目で指図してきたので、デルタは宿泊している部屋へ急ぎ、
 恐らく必要になるであろう道具諸々が入っている鞄を抱えて中庭へ向かった。


 既に木材と工具はフサ達が用意してくれたようで、
 コートを脱いだハインリッヒが腕捲りをしてノコギリを掲げている。

 屋内からの灯りとランプの光で、作業場所は明るい。

从 ゚∀从「始めっぞー」

 いくつかある木材を見比べて、ハインリッヒが一つを選んだ。
 椅子と同じ材質だという。

从 ゚∀从「じっちゃん、切り出しといて。サイズは測ったから」

( "ゞ)「はあ」

ミ,;゚Д゚彡「ああ、お客様にそんなこと。おいジョルジュ!」
  _
( ゚∀゚)「へいへい」

 別に無理ではないが、やってくれるというのなら楽だ。
 お言葉に甘えて切り出しはジョルジュに任せた。

从 ゚∀从「オーナーさんは、この塗料を混ぜてくれ」

ミ,;゚Д゚彡「あ、わ、分かりました」

 ややあって、ジョルジュが木材を切り終えた。
 程よい長さになったそれをハインリッヒに渡す。
 ハインリッヒは他の脚と見比べながら木材を削り、形を整えていった。

 脚は単なる直方体ではなく括れや丸みがあるデザインなのだが、
 それを忠実に再現する手付きに、ジョルジュが見惚れている。
  _
( ゚∀゚)「すげー……」

从 ゚∀从「こういう感じでいいかな」

 成形は完了したらしい。
 他の脚と比べると、やはり色味が違う。これは経年による違いだ。

 フサから塗料を受け取ったハインリッヒが、木材に色をつける。
 合間合間にムラを作ることで、単調になってしまうのを避けた。

ミ,,゚Д゚彡「……他の脚と、微妙に色が違うようですが」

从 ゚∀从「少し時間を置いて馴染ませれば、ちゃんと近付くから。だいじょーぶ」

 次に、ナイフや別の塗料を使って、細かい木目や傷を付けていく。
 そうして出来上がった部品をデルタが取り付け、あっという間に作業は終了した。

  _
( *゚∀゚)「おお! ほとんど元通りじゃねえか!」

从*゚∀从「わっはっはー。一晩置けば、もう完璧だ!
     細かーく観察しちまうとアレだけど、ぱっと見は問題ないよ」
  _
( *゚∀゚)「すげえな兄ちゃん! ……ん? 姉ちゃん? ん?」

ミ,;゚Д゚彡「これは……いやはや、すごいな……。あの、費用の方は……」

从*゚∀从「明日の朝食でサービスしてくれりゃいいよ」

ミ,;゚Д゚彡「そんな、それだけでは礼をし足りません」

从*゚∀从「いーって」

ミ,,゚Д゚彡「……では、いずれ、何かお困りになったときには手伝わせていただけますか」

从*゚∀从「そりゃ頼もしいや。
     ……どうだー、じいちゃん。すごいだろ!」

( "ゞ)「まことに、ハイン様には敵いません」

从*゚∀从「ふははー。もっと褒めろー」

 本当に器用なことだ。

 何度も礼を言うフサにひらひら手を振り、ハインリッヒはさっさと中庭を出ていってしまう。
 褒められたり喜ばれたりするのは好きだが、感謝されるのは照れ臭いのだ。
 それを微笑ましく思いながら、デルタも後に続いた。







 ──3日ほど経った。

 朝食をとるべくデルタとハインリッヒがロビーへ下りると、
 ほぼ同時に男が宿を出ていった。
 郵便配達人だろう、ここらで一般化している郵便マークが鞄に付いている。

ミ,,゚Д゚彡「……」

 帳場に座るフサが、いま届いたばかりであろう手紙を見下ろしていた。

 緑の封筒を眺めて溜め息。
 封筒は、赤い蝋によって封がされている。

 封蝋など、戦前からほとんど見なくなっていた。
 使うのは──趣味人を別とすれば──精々が古風を重んじる貴族や政府だ。
 今の時代には貴族も政府もない。

 ただ、あの赤い封蝋を、デルタは最近見たことがある。公的な場面で。
 組織に届けられた手紙に付いていた。
 差出人は組織の一番最初の「お客様」。ということは、あれは──

从 ゚∀从「今日のおすすめメニューは何だ?」

ミ,;゚Д゚彡「わあっ!」

 ハインリッヒが声をかけると、今やっと存在に気付いたのかフサが飛び上がった。
 慌てた様子で手紙をポケットへしまう。

ミ,;゚Д゚彡「……ああ、お客様。おはようございます。ええと、カブのステーキが一押しですよ」

从*゚∀从「じゃあそれにしよ」

 ハインリッヒが無意味にコートの裾をぱたぱたさせる。
 フサはポケットを確かめるように手で押さえると、呼びつけた従業員に帳場を任せて
 自身はどこかへと去っていった。



 ロビーから食堂へ続く扉は開放されている。営業中の証だ。
 デルタとハインリッヒが食堂へ足を踏み入れ、手近な席に着いた──直後。

(#ФωФ)「どうしてくれるのだ!!」

 あるテーブルの男が、サダコの頬を張った。

 怒声は強く響いて周りの客を沈黙させる。
 サダコがよろけ、床に倒れ込んだ。

 張り手を喰らわせた男は、戸惑うようにサダコを見た。
 何やら見覚えのある男だなとデルタが考えた直後、その理由に思い至る。

川 ゚ -゚)「おい、ロマネスク」

(;ФωФ)「いや、我輩それほど強く叩いたつもりは──」

( "ゞ)(クールの雇い主か)

 男の連れである女が、男──スギウラ・ロマネスクへ非難の目を向ける。
 女の方はクール。組織で育てた護衛の1人だ。
 こちらには気付いていない。

川д川「……申し訳ございません……」
 _
(;゚∀゚)「あ、あの! サダコが何か?」

 料理を運んでいる最中だったらしいジョルジュが駆け寄る。
 彼もデルタも、ロマネスクの服と、足元の皿を見て状況を察した。

 ロマネスクの服にべったりとソースが付いていたのだ。
 いかにも高そうなスーツ。あれではなかなか汚れも落ちないだろう。

 何やら困惑していたロマネスクもまた、怒りを思い出したようだった。

(#ФωФ)「この女が我輩の服を汚したのである!」

川д川「私がよろけてしまって……」
 _
(;゚∀゚)「それは申し訳ありません! ……べ、弁償します」

(#ФωФ)「当たり前である!
       これはなかなか手に入らぬものなのだ、慰謝料も払ってもらうぞ!」

川 ゚ -゚)「ロマネスク」

 頭痛を堪えるように頭を押さえ、クールが些か強い声で名を呼んだ。
 護衛としては随分と不躾な態度だ。
 雇われていったときは割合おとなしかったのに。一年近く経って、遠慮も無くなったか。

 彼女に咎められてもロマネスクの怒りは収まらぬようで、怒声は更に続いた。

(#ФωФ)「何なのだ、この宿は!
       由緒ある宿だという触れ込みだが、ただ古いだけではないか!
       サービスが悪いし飯は安っぽい、従業員の教育もなっとらん!!」

 サダコへの憤りは、そのまま宿そのものへと移ったらしい。
 やれ汚らしいだの、やれ野暮ったいだの。
 これは良くないなとデルタが内心呟くと、
  _
(#゚∀゚)「……おい、あんたこそ何なんだ」

 案の定。
 怒鳴り声の合間に、ジョルジュの低い声が入り込んだ。

  _
(#゚∀゚)「服汚しちまったのは、たしかにこっちが悪いけどよ。
     そこまで言うのは酷いんじゃねえか?」

(;ФωФ)「な──何であるか、貴様、じゅ、従業員の分際で……」

 途端にロマネスクが怯む。
 一方でクールは気まずげにな目を、そしてサダコは咎めるような目をジョルジュにやった。

川д川「ナガオカ、お客様に何てこと……」
  _
(#゚∀゚)「客なら何でも受け入れてやるわけじゃねえんだぞ!!
     そんなに文句あるなら出ていきやがれ!!」

( "ゞ)(……危ないなあ……)

 他の客が眉を顰めている。

 食事をしに来ただけの客はともかく、
 宿泊客の心情は、ロマネスクへ寄っている部分もあろう。

 何せロマネスクの発言ときたら、ほとんど事実なのだから。
 食事が安っぽいというのには同意できないが、
 宿の古さとサービスの至らなさは、たしかにある。

 もちろん最低限は満たされている。
 しかしロマネスクのように元々の生活水準が高かった人間からすれば、不足が目につく筈だ。
 そして悪いことに、以前ジョルジュが話した通り、この地はロマネスクのような人間が多い。

 実際、身なりのいい客がちらほら居る。
 彼らも宿への不満を大なり小なり抱いているだろう。
 そこに従業員であるジョルジュが怒りを返してしまえば、ますます印象が下がる。

( "ゞ)(彼がスギウラ氏へ手を出せば最悪の展開になってしまう)

 評判が地に落ちる、だけでなく。
 今はロマネスクを諫めているクールが、ジョルジュへ行動を起こさなければならなくなる。

 それは非常に良くない。

从 ゚∀从「……」

( "ゞ)「ハイン様?」

 とはいえ自分が首を突っ込む場面ではなかろうと見守っていると、突然ハインリッヒが腰を上げた。
 そのままロマネスク達の元へ向かうので、デルタも追い掛ける。
 彼が自粛していても、この主人は気が向けば平気であちこちに首を突っ込むのだ。

 こちらに気付いたロマネスクとジョルジュ、サダコが顔を向けてくる。
 クールは真っ先にデルタを見て、驚いたような顔をしてから、ぺこりと頭を下げた。

(;ФωФ)「だ、誰であるか、貴様」

从 ゚∀从「何か、やだなあって思ったから」
 _
(;゚∀゚)「へ?」

 軽く頬を膨らませ、ハインリッヒは続けた。

从 ゚∀从「ぼろくてもさ、煙突かっこいいから、いいじゃん。
     みんなだって一生懸命頑張ってるし。怠けてるよりはマシだよ」

(;ФωФ)「……」

 何を言っているのか、という顔──要するに呆れ返った顔で、
 ロマネスクがハインリッヒを凝視する。

 そんな彼へ、ハインリッヒはコートのポケットをごそごそ探ってから右手を差し出した。

(;ФωФ)「は」

 ──その手には札束があった。

 全員がぽかんとする。
 原因であるハインリッヒもまた、きょとんとした顔で首を傾げた。

从 ゚∀从「? お金欲しいんでしょ? あげるよ」

 たちの悪いことに、本人に嫌味のつもりはなかった。
 本心からの声であると誰もが分かるほど、あっけらかんとしていた。
 せめて、こう、言い方くらい何とかならなかったものか。

 ロマネスクの顔が、かっと赤らんだ。
 ひくつく口は反論したげであったが、何も出てこなかったらしく。
 せめてもとテーブルを強く叩いた彼は、自棄気味にクールの腕を掴んだ。

(#ФωФ)「──気分が悪い!!」

川 ゚ -゚)「……大変申し訳なかった」

 引っ張られながらクールが謝罪する。
 サダコとジョルジュ、そして他の客へ。

( "ゞ)(……苦労してそうだなあ)

 ロビーへと消えていく彼女の背を見つめ、そんな風に思った。
 他人事のような、そうでないような。

 事態は収束したものの全くもって円満解決ではなかったので、空気が若干重い。
 気まずそうではありながらも、周りが食事を再開させる。

 動き出した気配のど真ん中で、ハインリッヒは傾げていた首を戻し、
 未だ床に座り込んでいるサダコを助け起こした。

 反対に、すっかり毒気を抜かれたジョルジュは一緒に力も抜けてしまったのか、
 ロマネスクの席にどっかりと腰を落とした。
 _
(;゚∀゚)「……助かった。あんたが来なけりゃ、あの客を殴ってたかもしんねえ」

从 ゚3从「喧嘩は駄目だなー」

川д川「あんた、そんなだから『教育がなってない』って言われるのよ……。
    最終的に迷惑がかかるの、オーナーなんだからね……。
    ……ほら、立って。皆様に謝らないと……スギウラ様のお部屋にも謝りに行かなきゃいけないし……」

 ジョルジュをせっつくサダコだったが、
 唐突にハインリッヒが顔を覗き込んだので、思わずといった様子で口を閉じた。

从 ゚∀从「君、寝不足だろ。前髪と化粧で多少は誤魔化してるけど、隈が酷いぞ」

川д川「……これは、元々ですわ……」

从 ゚∀从「嘘だあ。ちゃんと寝なきゃ駄目だよ。
     だからミスしちゃうし、強く叩かれてもないのに倒れちゃうんだ」

川д川「……」

( "ゞ)「怪我も増えてしまうしね」

 サダコの手に貼られた絆創膏を見ながらデルタが言えば、
 サダコはジョルジュと視線を交わし、苦笑するように口を歪めた。

川д川「……ええ、ご厚情、痛み入ります」

 休憩した方がいいとハインリッヒが言っても、彼女は曖昧に笑うだけだった。






 朝食後は街を回り、夕方に印刷工場へ赴いた。

 数冊の本を抱えて出迎えるヒッキーに、
 自分の本だと察したハインリッヒが目を輝かせた。

(-_-)「一通り、製本は済みました」

从*゚∀从「おー! いいないいな、ばっちりだ!」

(-_-)「刷れた分はひとまず倉庫に。少ししたら流通に回しますが──」

从*゚∀从「じっちゃん見て見て! じっちゃんが推敲してくれたからな、私とじっちゃんの本だ!」

( "ゞ)「なんだか感動しますなあ」

(;-_-)「あの、すみません、話聞いてください」

 思った以上の出来映えに、デルタもハインリッヒと共にきゃっきゃとはしゃいでしまった。
 ヒッキーから強めに呼び掛けられ、2人は同時に顔を上げる。

从*゚∀从「うん? 何?」

(;-_-)「……この本は、数日で小売店に卸しますけど……。
     例の方は新政府の件が済んでからでよろしいんですね?」

 例の、とは、エネルギー効率に関する論文だろう。
 本へ視線を戻してハインリッヒが頷く。

从 ゚∀从「ん、そういう感じで!
     ぎりぎりまで秘密にしときたいんだ。
     ──っと、そうだ。あのファイルのこと、誰にも言っちゃ駄目だかんな?」

( "ゞ)「ハイン様、そういう注意は最初に言わないと……」

从;゚∀从「あ。あー、もしかして誰かに喋っちゃった?」

(-_-)「え……いえ。軽々しく言いふらすべきではないと分かっていたので。
    ……では引き続き、黙っておきます」

从*゚∀从「良かったー! ありがとな、今後ともよろしく」

(;-_-)「痛たたた」

 デルタに本を押しつけ、空いた手で掴んだヒッキーの両手をぶんぶん振るハインリッヒ。
 肩が外れそうだったので、程々のところでデルタが止めておいた。







 さて。
 翌日、昼。

 雑貨屋に卸したアクセサリーの売上金を何割か受け取った後、
 2人は近くにあったレストランで食事をとった。

 食後の茶を楽しみながら本(昨日ヒッキーからもらったもの)を眺めるハインリッヒに、
 デルタは薄く微笑む。

( "ゞ)「ハイン様は、ここに住んでしまえばいいんじゃないかな」

从 ゚∀从「私はもっと色んなとこ行きたいよ。
     今回のことが諸々終わったら、また旅したい。
     小さな町はまだまだ不便で困ってるだろうし」

 レストランの窓は開いており、そこから入った風に髪を揺らされて、
 ハインリッヒは擽ったそうな顔をした。
 目を細めたまま、こちらを見る。

从 ゚∀从「全部終わったら、じっちゃん、帰っちゃうの?」

( "ゞ)「ハイン様が雇い続ける限りは護衛を続けますよ」

 答えながら、昨日見たクールを思い浮かべた。

 ハインリッヒは、やりたいことも行きたい場所もたくさんある。
 しかしロマネスクの目的は中央に行くことだ。
 それが済んだら、クールとロマネスクの契約は終了するのだろうか。

从 ゚∀从「じゃ、頑張って稼がなきゃなあ。
     ──お、船だ」

 遠目だが、港に船が着くのが見えた。
 中央の船だ。ちょくちょく来るので覚えた。
 食材等の運搬が主な役目。

 積み荷を買うためか、大きな台車や籠を引きずって、人々が港へ向かう。
 手ぶらの子供達がそれに続いた。船を見たいのだろう。

 デルタが空のカップを置くと、ハインリッヒが早々に立ち上がった。
 好奇心に顔を輝かせる子供を見る内、ハインリッヒにも伝染ったらしい。


.


 ──港に近付くにつれ、異様な騒がしさに気付いた。
 前述の通り、船など何度も来ている。今さら騒ぐようなことはない。

( "ゞ)(何かあったのかな)

 ハインリッヒに気を配りながら足早に進む。
 厄介事に近寄りたくはないが、ますます興味をそそられたハインリッヒがずんずん歩いていくので、
 それを止めることも出来なければ、いわんや引き返すことも出来ない。


「──誰か殺されたらしいぞ!」


 前方から走ってきた男が知人らしき女にそう言った。
 その声は辺りに届き、騒ぎが増して、さらに後方へと話が伝わっていく。

从 ゚∀从「……殺されたって」

 ハインリッヒがデルタに振り返る。不安げな目。
 引き返そうと言ってくれるのを期待したが、その目に新たな好奇が宿るのを見て、諦めた。

 あちこちの台車やら荷物やらにぶつかりつつ、
 強引に前へ前へと進むハインリッヒ。その都度デルタが周囲へ謝罪する。

 そうしてようやく最前列へと出られた。

 そこは路地のようだった。4、5人ほどが並べる程度の幅。
 野次馬を入れないためか、緑の腕章をつけた男──自警団の者──2人が目の前で腕を広げている。

 身を乗り出すハインリッヒを、デルタと自警団員が同時に抑えた、


 ──瞬間、目の前に屈強な男が落ちてきた。


 その体躯は団員2人を下敷きにする形で着地する。着地というか、倒れ込む。
 ハインリッヒはデルタが腕を引いて後退させたので、何とか巻き込まれずに済んだ。

从;゚∀从「わっ! 何?」

 立ち上がれずに呻く男にも腕章があった。彼もまた自警団の一員。

 貴様、と怒鳴る声が前方から響いた。
 その先──路地の中央には、更に2人ほど腕章をつけた男がいた。
 彼らの先に何者かが居るらしいが、よく見えない。

 乱闘が起きているようだ。
 ハイン様、とデルタが呼んでも、ハインリッヒは野次馬の先頭から動かない。

 腕章をつけた男が右側の壁へ飛びかかり、即座に撃退された。
 どこぞで起きた殺人事件、そして何者かが自警団に攻めかかられているという事実からして、
 そこに居るのは下手人だろう。

 ちらりと見えた「下手人」の顔に、デルタは少しばかり目を丸くした。


川 ゚ -゚)


( "ゞ)(……クールじゃないか)

 クールが犯人?
 いや、彼女と壁の間に誰かが蹲っている。クールはその人を守っているのだ。

 なら、「下手人」の正体は見ずとも分かる。

「お前に用があるんじゃない、その男をこちらに渡せと言っている!」

 やはり。
 団員の叫びにデルタは得心する。
 その男、とやらも負けじと叫んだ。

(;ФωФ)「クール!! さっさと全員蹴散らせ!!」

川 ゚ -゚)「……おとなしく事情を話すべきじゃないのか」

(;ФωФ)「話を聞くような奴らに見えるか!?」

川 ゚ -゚)「私が手を出さなきゃ、多少は話を聞いてくれたと思うが……」

(;ФωФ)「我輩を殴ったのだぞ、奴らは言葉の通じぬ野蛮な猿だ!」

 クールは困ったような顔でナイフを構えているが、
 実際にはナイフを持っていない手や足を使って男達を退けている。

 故に、鍛えているであろう彼らに大きなダメージを与えることも出来ず、
 一度吹っ飛ばされてもすぐに復活してくる団員達に辟易しているようだ。

 どうも下手人とされているのは彼女の主人、ロマネスクの方らしい。

 動転しているのか何なのか、ロマネスクが「殺せ」と命令していないのは幸いか。
 ここでクールが自警団員を殺してしまえば、もう言い逃れのしようはない。
 かといって、このままでは逃げることも出来ないだろう。
 見事に進退窮まっている。



「──何をしているんです!」



 この膠着状態がいつまで続くかとデルタが思案したところへ、若い女の声が入り込んだ。
 懐かしい声だった。


ξ゚⊿゚)ξ「これは何の騒ぎですか」


 港の方角から、きっと睨むような目付きをした女が歩いてくる。
 野次馬が下がり、路地の入口が開けた。

 ──ツン。
 彼女もまた、組織の人間だ。

 群衆に紛れたデルタには気付かなかったらしく、そのまま路地へと入っていく。
 それが済むと、また野次馬の波が前へ出ようと動いた。先程よりは幾分か遠巻きだが。

( "ゞ)「おっと」

(  ω )「あ、すみませんお……」

 フード付きのマントを羽織った男が人混みを掻き分け前へ出て、デルタにぶつかる。
 彼は謝罪し、そのまま野次馬と共に路地を眺め始めた。

 深く被ったフードで顔は見えないが、その独特な口調にもまた覚えがあった。

ξ゚⊿゚)ξ「……クー?」

川 ゚ -゚)「ツンか」

 ツンが団員へ手を向けると、彼らは動きを止めた。
 それに伴い、クールもナイフを下ろす。

 ツンはクールとロマネスクを見てから、団員へ振り返った。

ξ゚⊿゚)ξ「殺人があったと聞きました。彼らが容疑者ですか?」

「被害者の隣で、その男が凶器を持って立っていました。
 犯人と見て間違いないかと」

(;ФωФ)「違う! 我輩は何が何やら分からんのである!」

ξ゚⊿゚)ξ「……それで、この状況は?」

「は、連行しようとしたところ、突然ぎゃあぎゃあ騒いで抵抗を始め、
 そこにその女が来まして……」

(#ФωФ)「貴様らが我輩の話も聞かず、どこぞへと乱暴に連れていこうとしたのではないか!
       抵抗して当たり前であろう!」

川 ゚ -゚)「……騒がしいので見に来てみれば、そこの──自警団の人が、
     ロマネスクを殴っていた。護衛である以上、こっちも行動するしかなかった」

 見に来てみれば、ということは、
 ロマネスクとクールは別行動をとっていたのだろうか。

 主人の傍を離れ、その間に主人が厄介事に巻き込まれた──あるいは引き起こした──というのは、
 護衛として大変な落ち度である。これが組織内でのシミュレーション訓練だったなら、
 デルタやモナーがたっぷり叱るところだ。

 3名の言い分を聞き終えたツンは、ロマネスクへ歩み寄りながら自警団を睨んだ。

ξ゚⊿゚)ξ「……手荒な真似は好ましくありません。
      改めて、丁重に連行して──」

(;ФωФ)「……クール!」

 ロマネスクのその声は、名を呼ぶだけのものだったが、明確に命令の意思があった。

 それに対し、反射だろうか、クールが動いた。
 ロマネスクへ伸ばされたツンの手を振り払い、そのまま腕を掴んで捻り上げる。

ξ;゚⊿゚)ξ「いっ──」

 顔を顰めたツンは、すぐに眼光を鋭くさせると、
 振り上げた足でクールの肘を内側へと強く蹴りつけた。

 咄嗟にクールが手を離す。あと少し遅ければ、追撃により、
 折れはせずとも骨にヒビが入っていただろう。

 組織にいた頃よりツンの動きがいい。実経験でいくらか鍛えられたか。
 とはいえ戦闘訓練の成績は昔からクールの方が高かった。
 やはりクールは反応が速い。蹴られたのとは逆の手でツンの首を掴み、壁に押しつけた。

(; ω )「わっ」

 マントの男が声をあげる。
 飛び出そうとした彼を、デルタが抑えとどめた。

( "ゞ)「今ここで出ていけば、あなたが怪我をする恐れが」

(; ω )「……あれ、すみません、どちら様で。何となく見覚えが」

( "ゞ)「組織の者です」

(; ω )「あ」

从;゚∀从「?」

 ──瞬間的な彼女らの応酬に反応できずにいた団員達が、ようやく我に返った。
 しかしそれでは遅い。クールは既に、あることを思いついたらしい。

 片手でツンを壁に押さえつけた彼女は、もう片方の手で、一度しまった筈のナイフを握った。

ξ;゚⊿-)ξ「ぐう……っ!」

川 ゚ -゚)「……すまない。私達は怪しい者じゃないので見逃してほしい」

 その説得力の無い発言は、団員達へ向けられたものだ。

 要するに脅し。
 これ以上手出しをするならば、ツンを刺すぞという。

 行動の遅れた自警団員は、結局、そのまま動けなくなってしまった。

 ツンが彼らの指揮をとっているのだろうか?
 ということは、ここらの地域にいる自警団は中央が管理しているのか。
 自警、というより最早、普通の警察に近いかもしれない。

(; ω )「あわわ……ツンが……」

从;゚∀从「……じっちゃん、これってどうなんの? なんかどっちも危なくないか?」

( "ゞ)「うーん」

 このままクール達が逃げるとすれば、ツンを連れたままでなければ無理だろう。
 しかしツンとてそう大人しくしている女ではない。
 自分に構わず捕まえろと彼女が指示を出せば、団員達はロマネスクに襲いかかる。

 そうなれば、ツンか団員か、少なくともどちらかをクールは手にかける。

从;゚∀从「目の前で人が死ぬのは嫌だな……じっちゃん何とかしてよお」

( "ゞ)「何とかと言われましても」

 路地では睨み合いが続いている。
 クールは、幾許か悲しげな目をしてみせた。

川 ゚ -゚)「……いや、本当に、ロマネスクは何もしてない、筈だ。
     こいつは小心者だから人様を殺すような真似は……」

( "ゞ)(あ)

 クールの意識が、僅かにツンから逸れた。

 彼女の良くないところは、こういう、話したがりな点だ。
 一か八かでも、さっさと逃げていれば助かったかもしれないのに。
 人がいいものだから、そうやってなるべく自分の考えを伝えようとする。

 だから時おり集中力が途切れるのだ。
 その癖は直せと言ったのに。

ξ;゚⊿-)ξ「……だったら」

 生じた隙をツンが逃すわけがない。
 首を掴む手、ナイフを持つ手、それぞれを握り、

ξ#゚⊿゚)ξ「抵抗しないでおとなしく取り調べ受けなさいっての!!」

 それを支えにするように自らの体を持ち上げ、クールの首に足を叩き込んだ。

川;゚ -゚)「……ちっ!」

 クールの頭が揺れる。手から力が抜ける。
 ツンがナイフを奪う。2人同時に膝をつく。
 立ち上がらぬままに2人の手が互いに向かう。


 その手をデルタが押さえた。

( "ゞ)「そこまでにしよう」

川;゚ -゚)「あっ」

ξ;゚⊿゚)ξ「……デルタさん!?」

 2人は咄嗟に身を引こうとしたようだったが、デルタが掴んでいるのだ、当然びくともしない。
 2人の手首を片手でまとめて、空いた手でツンからナイフを取り上げた。
 一連の動作は一瞬で、逃す隙を与えない。

 ほんの僅かな間。
 我に返った1人の団員が、ロマネスクを取り押さえた。

(;ФωФ)「ぐええっ!」

川;゚ -゚)「!」

 クールが慌てて振り返る。デルタは尚も手を離さない。
 クールのベルトにナイフをしまってやりながら、デルタは努めて穏やかにツンを見た。

 意図を察したツンが口を開く。

ξ;゚⊿゚)ξ「あまり乱暴にしては駄目! ──恐らく彼個人は、そう強くはありません」

(;ФωФ)「ぐっ、……やかましい!!」

 言われた通り、団員は力を緩めた。ロマネスクは先程より屈辱的に思ったようだが。
 続けてデルタの目と声は、クールへ。

( "ゞ)「クール。スギウラ様は、新政府を目指しているのだったね」

川;゚ -゚)「……はい」

( "ゞ)「それならスギウラ様もお前も、下手に騒がない方がいいよ」

 クールもツンも戦意は失せているので、今さら止めるような発言をしても無意味だろう。
 しかし、これを言っておかねば場が締まらない。
 この状況では「彼」も少々、自分で名乗り出るには辛かろうし。

( "ゞ)「彼が見ている」

 いつの間にか群衆は口を閉じていた。

 突然割り込んだ老人、デルタに、呆気にとられたのかもしれない。
 おかげでデルタの言葉は、ロマネスクや野次馬にも届いた。

 そこへマントの男がおずおずと一歩前に出る。
 フードを下ろす彼を見て、誰かが呟いた。

「──首長だ」

 途端にざわめく群衆。
 ロマネスクが顔面に驚愕を表し、押さえつけられながらも無理に野次馬へ視線をやった。

(;ФωФ)「何ッ!?」

( ^ω^)「……色々言いたいけど、まず、自警団の人が殴ったというのが良くないおね、これは」

 首長。ナイトー・ホライゾン。
 ブーンというあだ名の方が好きだと、ツン達を雇う際に言っていた。

 辺りにいた団員達が姿勢を正す。申し訳ありません、と厳粛な声。

( ^ω^)「あと、あなた達も。抵抗するにしても、やりすぎじゃないかお」

川;゚ -゚)「……勿論それは重々承知しているが……」

(;ФωФ)「……し、しかし、この街の自警団は問答無用で私刑を行うという噂を聞いたのである!
       我輩は本当に身に覚えがないのだ、それなのに私刑にかけられるなど冗談ではない!」

( ^ω^)「噂の真偽は分からないけど……とりあえず今回は僕も話を聞きますから、
       どうか今はおとなしくしてくださいお」

(;ФωФ)「……っ」

( ^ω^)「で、ツン。お前もちょっと迂闊だったおね」

ξ;゚⊿゚)ξ「……はい。申し訳ございません、ブーン様」

 一通り言い終えて、ブーンは息をつく。
 最後にデルタへ一礼。

(;^ω^)「えーっと、デルタさん、でしたっけ? 止めてくれてありがとうございますお」

( "ゞ)「いえ、主人命令だったので」

 ツン達を雇っていったときに比べて、随分としっかりしたものだ。
 人目があるのも一因だろうけど。

 感心していると、ハインリッヒが自警団員の脇をすり抜けて駆け寄ってきた。

从;゚∀从「じっちゃーん、大丈夫か?」

( "ゞ)「何ともありませんよ」

 しゅじん、とツンが小さく呟く。
 てっきりモナーがいると思っていたのだろう。
 手短に「現主人」を紹介してやると彼女は納得し、それから顔を顰めた。

ξ;゚⊿゚)ξ「……あの、腕、離してくださいな。痛いです……」

( "ゞ)「もう暴れてはいけないよ」

ξ;゚⊿゚)ξ「いたたたたっ、暴れません暴れませんからっ」

川;゚ -゚)「折れる折れる折れる」

 デルタが力を緩めれば、2人は急いで手を引き抜いて手首を摩った。
 ──組織での訓練において、2人がデルタに勝ったことはない。
 まあ彼女らに限った話ではなく、大半のメンバーがそうなのだけど。

川 ゚ -゚)「……それで、私はどうすればいい」

 クールは自警団員に訊ね、促されるままに大人しく立ち上がった。
 ロマネスクも。彼の場合、促されるというよりは、ほとんど引っ張られる形だが。

ξ゚⊿゚)ξ「……どこで話を聞きましょうか」

 ツンが辺りを見渡す。
 それへ応えるように群衆の中から声が上がった。
 台車をがらがらと引きながら、男が1人現れる。
 _
(;゚∀゚)「あの、その人、うちの宿の客なんだ。
     うちなら空き部屋もあるし、色々都合がいいんじゃねえか」

从 ゚∀从「あ。君、いたのか」

 ジョルジュだ。
 港へ買い出しに行くところだったのだと彼は言う。

( "ゞ)「どうせ素性や荷物を調べるんだろう。
     なら、彼の言うように、泊まっている宿を使わせてもらうのが手っ取り早いと思うよ」

ξ゚⊿゚)ξ「……そうですね、そうさせていただきます」
 _
(;゚∀゚)「オーナーに話してくる! 宿の場所は自警団の奴らに訊いてくれ!」

 ジョルジュは踵を返し、台車を押しながら走り去っていった。
 違和感。

( "ゞ)(……妙なタイミングで現れたもんだなあ……)

 とは思いつつ、この場にいる誰に言ったところで意味は無いので黙っておく。

 1人の自警団員が案内を申し出た。
 彼の後ろで2人の団員がロマネスクとクールを左右から挟み、
 更にその後ろにブーンとツンが並ぶ。

 収束に合わせて野次馬が少しずつ散っていく。
 その波へ戻りかけたハインリッヒが、とつぜん踵を返した。
 デルタの制止は間に合わない。

( "ゞ)「ハイン様……」

从 ゚∀从「なあ! 本当に、君は殺してないのか?」

 宿へ向かう列に並び、ハインリッヒは自警団員越しにロマネスクへ問い掛けた。
 追い返そうとする団員をツンが止める。

 問われたロマネスクはハインリッヒに憤怒の目を向けてから、ぷいとそっぽを向いた。
 昨朝のことを思い出したようだ。

(#ФωФ)「やっとらん」

从 ゚∀从「そっかあ」

 ハインリッヒが足を止める。列が遠ざかる。
 しつこく話し掛けなかったことに安堵しつつ、デルタは腕時計を確認した。

( "ゞ)「どうしましょうか、ハイン様」

从 ゚∀从「うーん」

 この様子では、宿もいくらか騒がしくなるだろう。
 夜になるまで街をぶらついた方がいいかもしれない。

ξ゚⊿゚)ξ「──被害者の遺体は?」

 遠くなっていく声。ツンの問い掛け。ロマネスクの隣の男に対するものだ。
 彼は腕章の位置を直し、答えた。

「この路地を進んで、左に曲がったところにあります。今は他の者が調べております」

( ^ω^)「殺されたのはこの街の住人かお?」

「ええ。──ヒッキーという男で、印刷工場の責任者でした」

 その声を残して、彼らは大通り方面へ抜けていった。

 デルタは横目にハインリッヒを見る。
 ハインリッヒも同様にこちらへ視線を寄越した。

 その瞳によろしくない光が宿るのを確認し、内心で溜め息。

从 ゚∀从「私も調べたい」

 そら来た。

( "ゞ)「自警団の方々が調べますよ」

从 ゚∀从「私が個人的に調べたいんだよ」

 ハインリッヒの顔には場違いな笑み。好奇心に満ち溢れている。
 不謹慎極まりないが、本人にだってどうしようもないのだろう。
 ならばデルタにだってどうしようもない。

( "ゞ)「無茶はなさらないでくださいよ」

从 ゚∀从「何が無茶なのかは、やるまで分かんないって」

 無駄なのは分かり切っていても一応釘を刺しておく。
 そんな釘、この人にとってはマチ針ほどの意味もない。

 身を翻すなり駆け出して、拳を突き上げたハインリッヒは叫んだ。



从 ゚∀从「私がいち早く真実を見付けてやる! じっちゃんの名にかけて!」



 かけられても。



9:続く
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