川 ゚ -゚)子守旅のようです 8:人間好きと人間嫌い
- 2015/07/05
- 14:14
2937年 5月22日
今日は私の誕生日です!
今日も組織のみんなは訓練やお勉強で忙しいので、お誕生日パーティーとかはないです。
でも、中央でお仕事してるお姉ちゃんからお祝いのカードが届いたので満足!
お姉ちゃんの雇い主さんは中央の首長さん。すごい人。私もいつかすごい人に雇われるのかな?
ちなみに15歳になりました。
私が生まれた国では、15歳って一つの大きな区切りになるそうです。(お姉ちゃんから聞きました)
なので、何か区切りらしいことをやりたいなあと思って、
とりあえず日記をつけることから始めてみます。
長続きするといいなあ。
とか書いてたら寝る時間。
お姉ちゃんのメッセージカードを枕元に飾ろうっと。きっといい夢見られます。
「デレへ お誕生日おめでとう」って、とってもシンプルだけど、とっても嬉しい。
幸せな気分で眠れそう。おやすみなさい!
世界中の人が、こんな風に幸せになれたらいいなあ。
あっ、そういえばニュッさんに「また一歩、寿命に近付いたな」ってヤなこと言われたから
ニュッさんは明日ちょっとだけ罰が当たりますように!
2937年 5月23日
昨日は私の誕生日でした!
お誕生日パーティーって憧れます。やってみたいなあ。
祝われるより、誰かを祝う側がいい。喜ぶ姿を見たいです!
とりあえず、なおるよ君を祝ってみました。
お誕生日ではないので「計算テスト満点おめでとう!」って、お菓子をあげたんです。
「頭打ったの?」って変なものを見る目をされました……。
私はめげません! 次はデミタスさんに「戦闘訓練5連勝おめでとう!」
……「新手の嫌がらせか」と一蹴されました。
たしかに6戦目でクックルさんに完敗してましたけど、決してそんなつもりは……。
5人勝ち抜いただけでも凄いのに。私なんか全然駄目でしたし。
周りのみんなも、変な顔してこっちを見てました。
うう、お祝いって難しいですね……。
2937年 5月24日
一昨日は私の誕生日で……もういいか。
さっき、ニュッさんが先生に怒られてました。訓練サボってたって。
それに対して、「うるせージジイ」とか「死ね」とか……相変わらず口が悪いです。
先生にあんな口のききかたする人、なかなかいません。げんこつされてました。横堀さんからも一発。痛そう。
寝る前に、たんこぶ冷やすものをニュッさんのところに持っていこうっと。
#
#
#
2940年 5月22日
今日は私の誕生日です! 18歳!
なんだかんだ、この日記も3年続けてきたんだなあ。
机の引き出しには歴代の日記帳が何冊も。
そして今年もお姉ちゃんからお手紙が届きました!
新政府がどうのこうのって通達から、何ヵ月くらい経ったっけ。お姉ちゃん、とても忙しいらしいです。
でも充実してるって。嬉しいな。
そして今年もニュッさんからは嫌味を一言もらいました。ひどい!
おやすみなさい、世界中に幸せを。
ニュッさんは明日だけ、ちょっと嫌なこと起きちゃえ。
2940年 5月23日
私が昨日、日記にあんなこと書いたせいかなあ。
ニュッさんがとても困ってます。ごめんなさい。
今日、先生に呼び出されたんです。ニュッさんと一緒に。
お客様の希望する条件に、私とニュッさんがぴったりだったんだそうで。
「どんな人間でも愛せる人」と、「他人が嫌いな人」。できれば女性1人と男性1人。
前者はともかく、なぜ後者のような人間を?
お客様は若い女の人と、小さな女の子の姉妹でした。
アスキー国出身の流石姉者さんと妹者さん。
それで、えーと、私もニュッさんも契約することになったわけですけど。
一番最初の主人命令。ちょっと、というかかなり驚きました。
#
l从・∀・ノ!リ人「姉者はのう、男の人が苦手なのじゃ。
だから、ニュッさんは姉者をあんまり恐がらせないようにしてほしいのじゃ」
( ^ν^)「は?」
書類一枚と札束一つで雇い主となった少女は、ロビーの片隅で、あっけらかんと言い放った。
ニュッは眉間に皺を寄せ、流石妹者の言葉を反芻し、ようやく飲み込んだ。
これから用心棒として身辺を守れと契約を交わした途端に、そんなことを言われても。
合点がいった、とばかりに、ニュッの隣に座っているデレが
ふわふわした声ときらきらした笑顔で「なるほど!」と答えた。
ζ(゚ー゚*ζ「道理で姉者さん、ずーっとニュッさんから目を逸らしてたわけですねー」
( ^ν^)「……」
∬;´_ゝ`)" ビクッ
そうなのだ。
対面してからこっち、一向にニュッを見ようとしていなかった。
デレの発言に流石姉者がようやく顔を向けてきたものの、ニュッと目が合うなり俯いた。
ニュッの方も人付き合いは得意でないので、特にフォローはせずに妹者へ視線を戻す。
ζ(゚、゚*ζ「でも避けられちゃうと護衛は難しいですよー」
l从・∀・ノ!リ人「基本的には、ニュッさんは妹者と一緒に行動してほしいのじゃ。
で、そっちの……デレさんじゃったか、デレさんは姉者と」
ζ(´ー`*ζ「かしこまりました、そういうことなら! あ、私のことはどうぞ呼び捨てで。
ニュッさん、これから頑張ろうねっ」
( ^ν^)「あー……」
∬;´_ゝ`)「ぎえっ」
ニュッが唸り声ひとつあげただけで、姉者の口から小さな悲鳴が漏れた。
その反応にニュッは妹者を睨む。
姉者を睨みたくとも、恐がらせるなと命じられた手前、妹の方に向けざるを得ない。
( ^ν^)「……喋ることも許されねえのか……」
∬;´_ゝ`)「あっ、だ、大丈夫! 大丈夫! 慣れた! もう慣れたわ!」
l从・∀・ノ!リ人「嘘っぽいのう……」
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさん恐くないですよ!
ちょっと意地と口が悪いですけど、悪い人じゃないです」
l从・∀・ノ!リ人「意地と口が悪かったらもう7割がた悪い人では?」
ζ(゚ー゚*ζ「そうですかね?
……うーん、せっかく一緒に旅するんですから、みんな仲良くしたいところですが」
何か考えるような仕草をしたかと思うと、とつぜん満面の笑み。
「握手しましょう!」。続けて放たれた提案に、姉者が背を震わせる。
その反応に気付いているのかいないのか、
立ち上がったデレは揚々とニュッの右手と姉者の右手を掴んだ。ぐいぐい引っ張られる。
∬;´_ゝ`)「ええっ」
( ^ν^)「いや何でだよ」
ζ(゚ー゚*ζ「人間同士、体が触れ合えば心が通じ合うこともあります!
さあ姉者さんもこちらへ!」
( ^ν^)「今お前と触れ合ってるのに何も通じ合えてる気がしねえんだが」
∬;´_ゝ`)「や、待っ、い、妹者っ」
l从・∀・;ノ!リ人「デレ、それはちょっと……」
ζ(゚ー゚*ζ「まあまあ、ほらほら」
この少女は、よくよく思いつきで妙なことを言う。
華奢な、女らしい手指が自分に近付けられるのを見て、
ニュッの指も怖じ気づくように曲げられた。
言っては何だが、ニュッは人間を全般的にゴミか何かだと思っている。
握手などで認識が変わることは決してないし、積極的に仲良くしようとも思わない。
しかし、時間の無駄でしかないこの状況を打破するためには、
とっとと握手するしかないというのも理解している。
姉者も早くこの話題を終わらせたかったのか、覚悟を決めるのが存外に早かった。
∬;´_ゝ`)「ど、どんな反応しても許してね?」
( ^ν^)「……分かったから、早く」
顔を逸らす。デレが満足げに頷いて2人から一歩離れた。
反対に、深呼吸をした姉者が恐々とニュッに一歩近付く。
そうして、そっと彼の手を軽く握り──
数秒と経たずして。
手を振り払った姉者が駆け出し、屑籠に嘔吐して、
それを見たニュッが実に不愉快な顔をしながら自身の右手を拭うようにズボンに擦り付けるという、
端から見ても当人達からしても最悪極まりない結末が訪れたのだった。
#
初日から、とんでもないことになってしまいました。
私が握手しようなんて言ったのが悪いんですけど……。
ああ、男嫌いと人嫌いが一緒に旅をするなんて、先が思いやられます!
姉者さんもニュッさんも、仲良くなれたらいいんだけどなあ……。
人間の本質は簡単に変えられるもんじゃないって、色んな本で見かけます。先生も言ってました。
でも、そんなことないと思います。
日々成長し、変わっていけるのが人間の素晴らしいところですもの。
たしかにニュッさんの方は最早どうしようもないかもしれないけれど(先生にすらあんな態度をとる人ですから)、
姉者さんはどうでしょう?
もしも彼女の男嫌いが緩和できたなら、きっとニュッさんと仲良くなれるはずですよね!
さて、ニュッさんが起きたので、今度は私が仮眠をとる番。二人体制だとこういう分担が出来て便利。
おやすみなさい、素敵な旅になりますように!
8:人間好きと人間嫌い
2940年 5月24日
今日は朝一番で寝台列車に乗りました。
姉者さんと妹者さんの旅の目的は、天災でばらばらに避難した家族を探すこと。
お母様がなかなか目立つ方らしく、お母様を見たという情報を得る度、
それを頼りにあちこち巡っていたそうです。
ただ、まだまだ若い姉妹の二人旅。心細いので護衛くらいはと思い立ち、私達を雇うに至ったわけです。
でも、何故わざわざ姉者さんの苦手な男性まで雇おうとしたんでしょう?
気になって、お夕飯のときに訊いてみました。
#
l从・∀・ノ!リ人「やっぱり男手もあった方が良かろう、と姉者が死にそうな顔で言うから」
食堂車。隅のテーブル。
パンを真っ二つに割りながら、妹者が答えた。
片方がニュッに手渡される。大振りなパンだったので、妹者には半分で丁度いいのだろう。
妹者の隣にニュッ、2人の向かいに姉者とデレが座っている。
回答を得られたデレは得心したように微笑み、続けて質問した。
ζ(゚ー゚*ζ「どうして人間好きと人間嫌いだなんて、正反対な要望を?」
∬´_ゝ`)「あの、まず、人が好き……というか、どんな相手でも受け入れてくれるような人が1人欲しかった。
私がこんなんだし、あと妹者もいるから、子供嫌いな人は避けたくて」
その問いには姉者が答える。
テーブルについたばかりのときは必死にニュッから目を逸らしていたが、
いざ食事が始まればそちらに意識を向けられるためか、些か落ち着いていた。
∬´_ゝ`)「もう1人は、えっと、……それと反対の人。
バランスとるために」
ζ(゚、゚*ζ「バランス?」
∬´_ゝ`)「複数人を部下にするなら、そういう……バランスが大事だと母が言ってたから。
一方だけに偏りすぎないようにって」
( ^ν^)「ふうん」
ニュッの生返事に、姉者が無意味に頷いた。
さすがに、声だけで怯える段階はとうに過ぎている。
l从・∀・*ノ!リ人「デレみたいに明るくて優しそうな人が来てくれて嬉しいのじゃ」
ζ(´ー`*ζ「そんな風に言ってもらえるなんて、私の方が嬉しいですー」
( ^ν^)「もう1人が根暗でキツそうな奴で悪かったな」
∬;´_ゝ`)" ビクンッ
l从・∀・ノ!リ人「……ちょっとニュッさんはアレじゃな、
よりによって姉者と相性最悪なタイプっぽいのう」
ζ(゚ー゚*ζ「でも、意地と口は悪くても、
姉者さんをいきなり刺そうとするほど危険な人ではないので安心してください!」
l从・∀・ノ!リ人「そりゃそんな輩だったら今すぐクビにする案件じゃろう」
主にデレと姉者と妹者の女3人が会話し、
たまにニュッがアクションを起こして姉者がびくつくという食事風景が繰り広げられ。
それも済むと、4人は明日の予定(といっても列車の中で過ごすだけだが)を決め、
食堂車を出て席へと戻った。
寝台付きの席は、基本的に2人で一つの個室。
だが彼らは4人で一室を共有している。その方が、部屋分の料金を節約できるからだ。
姉妹の持つ金は、一般人のそれよりは確かに多いが、無闇に散財出来るほどの余裕は無い。
備え付けの寝台は二つ。
片方を姉者と妹者が使い、もう片方はニュッとデレが交代で使うことにした。
一応2人とも護衛なので、一人が寝台で寝ている間、もう一人は床に座って見張りを務める。
∬;´_ゝ`)「あの……」
そろそろ車両の灯りを落とすと案内があり、それでは寝るかという折。
ここにきて初めて、姉者の方からニュッに声をかけてきた。
ニュッもやや動揺しつつ、何だと返す。
男嫌いというより、恐怖症と言った方が相応しいであろう彼女から関わってくるとは思わなかった。
∬;´_ゝ`)「妹者に変なことしないでね?」
( ^ν^)「しねえわ」
このように残念な内容だったが。
#
まだ2日目なので、姉者さんもニュッさんを信用しきれないんでしょうか。
ニュッさん、あんな注意をされたのがちょっとショックみたい。
そんな人じゃないって私は分かってるよニュッさん!
たしかにニュッさんは子供相手の方が、少しはオープンな態度になります。
でもそれは特殊な性嗜好というわけではありません!
自分より確実に弱い相手だから強く出られるだけです!
実際ニュッさんは内気な方なので分かりづらいですが、
慣れてくれさえすれば、相手が子供だろうと大人だろうと大変失礼な態度をとるように、
ってこれアレですね、もしかして内弁慶ってやつで
後ろから覗き込んできたニュッさんにチョップされました。
人の日記を見るなんて失礼だと思います。
早く寝ろ
↑これニュッさんです。口で言って!
まあ、ランプの灯りが小さくて、文字を書いてると目が疲れてきちゃうし。寝ます。今日はこの辺で。
明日こそは姉者さんとニュッさんが仲良くなれますように!
2940年 5月25日
列車で数日移動するだけなので、正直ひまです。やることないです。
ということで、姉者さん達とたくさんお話をしました。
年齢とか、家族のこととか。
こうやってお互いのことを知って仲良くなっていきましょう。
姉者さんは22歳。妹者さんは10歳。
私が18歳で、ニュッさんは姉者さんと同じ22歳。
みんな若いのです。
姉者さんと妹者さんのお母様は、アスキー国で軍の幹部をやっていらしたとか。
女性でその位置にいたとは、すごいお方だったのでしょう。
お父様は政府のお役人。そして2人いる弟さん(妹者さんにとってはお兄様)達も
どちらかというとお父様似で頭脳労働の方が得意だったので、
いい学校に通って、行く行くはお役人を目指そうという、とても優秀なご家族だったそうです。
#
∬´_ゝ`)「弟と違って、私は平凡だった。
あのまま何もなければ、普通に育って普通にお嫁に行ってたんじゃないかしら」
窓の外を眺めながら姉者は言う。
景色を見たいわけでもなく、単にニュッを視界に入れないためだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「弟さんがいらっしゃるんですねえ」
∬´_ゝ`)「ええ、馬鹿だけど頭がいいっていうか……
勉強は出来るんだけど、くだらないことばっかしてて」
くすくす笑いながら姉者は思い出を語った。
弟2人が試験でトップをとって褒められた翌日に、学長室を遊び場にしてしこたま叱られただとか。
姉者を引っ掛けようとして弟が掘った落とし穴に父親が嵌まって、母親が激怒しただとか。
話す姉者も聞いているデレも楽しそうだ。
ニュッは一人、どうでもよさそうな顔をして(実際どうでもよかった)、
妹者にねだられた林檎の皮を剥いていた。
( ^ν^)「弟や父親と一緒にいるのは平気なのか、男でも」
何気なく呟く。単純な疑問。
姉者は答えづらそうに口ごもり、浅く頷いた。
l从・∀・ノ!リ人「姉者が男嫌いになったのは、みんなと離れ離れになった後からじゃ」
ζ(゚、゚*ζ「あら、そうなんですか……」
l从・∀・ノ!リ人「デレは、きょうだいって居るのじゃ?」
ニュッを急かすように足をぱたぱた揺らしつつ、妹者が話題をデレへ移した。
齢10にして、異様に空気を読む。
ζ(゚ー゚*ζ「はい! お姉ちゃんが一人。
頭が良くて優しくて、自慢のお姉ちゃんです。
5年前に中央へ行っちゃったんで、長いこと会ってないんですけどね」
∬´_ゝ`)「デレちゃん18歳だっけ……じゃあ、5年前は13歳か。寂しくなかった?」
ζ(´ー`*ζ「組織のみんながいたから寂しくないですよ。
それに今は、姉者さんがお姉ちゃんみたいなものですね。失礼かもしれませんけど」
∬´_ゝ`)「あ、そういうの弱いわ私……いいのよ、是非お姉ちゃんだと思ってちょうだい。
若いのに立派なもんねえ……」
( ^ν^)「お姉ちゃんっつかババアみたいな台詞だな。いや実際ババアか」
完全に普段の癖で言っていた。口が滑った。
あ、と口を押さえる。妹者がこちらを睨み、デレがおろおろと視線を彷徨わせ、
──予想に反し、姉者はむっと拗ねたような表情を見せた。
∬´_ゝ`)「私とニュッさんって歳一緒でしょう。私がババアならニュッさんはジジイじゃない……」
( ^ν^)「死ねばいいのに」
∬;´_ゝ`)「ひょえっ」ビクンッ
ζ(゚、゚;ζ「あーっ、ニュッさん! その口癖、直しなさいって先生に言われてたでしょ!」
l从・∀・ノ!リ人「それ口癖ってヤバいじゃろ。というか雇い主に対してすっげえこと言うのう……」
( ^ν^)「みんな死ねばいいのに」
l从・∀・ノ!リ人「無差別」
ζ(゚ー゚;ζ「ああっ、あのっ、ごめんなさい、ニュッさんはちょっと色々あって、
それでこんな感じで! 謀反とかは起こしませんからご安心をっ」
∬;´_ゝ`)「う、うん……大丈夫……」
癖なのだから仕方ない。
とはいえ今の暴言は流石に駄目だったらしく、姉者は怯えきった顔をすっかり俯けてしまった。
剥き終えた林檎を八等分して皿に盛り、妹者に差し出す。
それを受け取りつつ、妹者は「デレに頼めば良かったかのう」と呟いた。
それだけ聞けば大変失礼な言い草だが、要するに、ニュッが剥いたものでは姉者が食べられないと気付いただけだ。
ζ(゚ー゚;ζ「もーっ、ニュッさんも謝って!」
∬;´_ゝ`)「いやっ、いいっ、いらないっ」
l从・∀・ノ!リ人「でも姉者、最初は言い返せてたのじゃ!」
彼女なりに場をまとめようとしたのか、いま思いついたと言わんばかりの表情で妹者が励ました。
その言葉に、はたと姉者が目を丸くする。
たしかに強くはなかったが、嫌味で返してはいた。
∬´_ゝ`)「あ……そうね。何か、むかっとしたから……つい」
ふふ、と笑って、姉者が窓へ瞳を向けた。戸惑いと、僅かな安堵が混じっている。
存外、ぎこちない空気はそれだけで終了した。
しばらくして、あ、と姉者が声を上げた。
∬´_ゝ`)「煙……」
ζ(゚ー゚*ζ「あ、本当ですね。何でしょう、火事とかではなさそうですけど」
遠目に、黒煙が上っているのが見える。
煙の大きさからして、それなりの規模だ。
妹者は窓を一瞥しただけで、何も言わずに林檎をかじった。
姉の方は窓から視線を外さない。
∬´_ゝ`)「きっと死体を焼いてるんだわ」
ζ(゚、゚*ζ「死体を?」
∬´_ゝ`)「事故や流行病や争いで人がたくさん死んだときに、集めて焼いてしまうのよ……
色んな町を渡ってるときに、何度か見たわ」
∬´_ゝ`)「……特に天災の直後は、どこからも煙が上がってたっけ」
暗い話をしている割に、姉者の目には力があって。
夕食をどうするか、と乗務員が確認のためにやって来るまで、じっと煙を見つめていた。
#
2940年 5月26日
お昼頃、小さな駅で列車が停まったので、
少ししか時間はありませんでしたが外に出ました。
ずっと列車の中にいても退屈ですしね。
妹者さんはニュッさんを引っ張って、近くのお菓子屋さんに走っていきました。
私は姉者さんと一緒に、列車から離れない位置で駅の中を見物。
乗り遅れたら大変ですから!
どこの町の駅にも掲示板や伝言板はありますが、
こんな時代ですので、そういった連絡手段には人が殺到します。
どこそこの町で誰それを待つとか、そういうのが主なメッセージ。
掲示板に入りきらなかった分も周りの壁に貼りつけられているほど。
念のため見てみましたが、姉者さん宛ての伝言らしきものはありませんでした。
ああいうのを利用しないんですか、と姉者さんに訊いてみましたが、
姉者さんは困ったように笑うだけでした。
まあ、メッセージを見て悪戯する人もいるらしいので、難しいところですね。時には勝手に剥がす人までいるとか。
みんな大事な人と会いたくて必死なのに、どうしてそんな酷いことをする人がいるのでしょうか。
子供らしき字体でお母さんを求める手紙を見付けて、悲しくなりました。
ここにメッセージを残した人々が、望む相手と再会できますように。
2940年 5月27日
妹者さんとニュッさんが手遊びで暇を潰していました。
指を折り曲げたり立てたりしながら勝敗を競うもの、歌に合わせて手を組み替えていくもの、色々。
ニュッさんが手加減しないので妹者さんの勝率は低かったです。
途中で、仇をとってくれと妹者さんに言われたので、私がニュッさんに挑みました。惨敗でした。
そしたら、なんと姉者さんがニュッさんと戦うと言い出したんです!
手を触れ合わせなきゃいけないゲームでは触れるか触れないかという際どさでしたが、
ともあれ、姉者さんの方からニュッさんにゲームを持ち掛けるなんて!
少なくとも姉者さんには、ニュッさんとの距離を縮めようという気持ちがあるみたいで安心しました。
ちなみに結果はニュッさんの圧勝でした。
2940年 5月28日
夜明け頃、寝ぼけまなこでトイレに行った妹者さんが、部屋へ戻ってくるなり
ニュッさんが寝ているベッドに入っていきました。
寝ぼけて間違ったんでしょうね。
ニュッさんはすぐに目覚めて追い出そうとしてましたが、妹者さんに抱きつかれて黙りました。
仲良しだなあと私はほのぼのしてたんですけど、
小一時間後に起床した姉者さんが、愛用のバックパックでニュッさんを殴ってました。全力でした。濡れ衣です。
2940年 5月29日
本日、目的の町に着きました!
が、結果から言うと、お母様は見付かりませんでした……。
いることにはいたらしいのですが、だいぶ前にこの町を離れてしまったそうで……。
町の人はお母様を褒めていらっしゃいました。
体の大きな方で、力仕事や怪我人の介抱など、たくさんのことをしてから町を出ていったそうです。
それらを聞いて、姉者さんは「たしかに私達の母で間違いないわ」と苦笑していました。
とっても素敵な方なんですね。
お話を聞き終えた後は、カフェで冷たいお茶を一杯。
その後、別行動をとっている妹者さんとニュッさんのところに戻ろうとしたんですが、
姉者さんは私を引き留め、ある内緒話をしてくださいました。
#
l从・∀・*ノ!リ人「けーん、けーん、ぱっ」
市場の外れで、数人の子供達と遊びに興じる妹者を
ブロックに座り込んだニュッがぼけっと眺めている。
──母親については、姉者とデレが情報を集めに行った。
妹者には待機を言い渡し、そのお守りをニュッに任せて。
何故4人で行動しないのかは分からないが、
こうして勝手に遊んでいてくれるので、楽ではある。
l从・∀・*ノ!リ人「けーん、けーん、ぱっ!」
ルールはよく知らないものの、妹者が勝ったらしいことは分かった。
似たような遊びがニュッの故郷にもあった。名称や細かい箇所に違いはあるが。
ただ、ニュッはその遊びをしたことがない。同年代の友達などいなかった。
不意に、妹者がこちらに向かって右手をぶんぶん振った。
l从・∀・*ノ!リ人「ニュッさーん! ニュッさんもやろ!」
( ^ν^)「は?」
l从・∀・*ノ!リ人「ね、やろっ」
( ^ν^)「嫌だ」
l从・∀・ノ!リ人「怪しい面構えの男が黙って子供をじろじろ眺めてる姿は危険すぎるのじゃ」
ニュッさんが捕まれば妹者達の方が困る──そう言う少女にニュッはとびきりの顰めっ面で応え、
渋々といった風を隠しもせず児戯に参加した。
そんな大人が混じってきても楽しそうに遊ぶ子供達に、少し戸惑う。もっと警戒すればいいものを。
あるいは、不慣れな大人にルールを教えてやれるのが、彼らには物珍しいのかもしれない。
ζ(゚ー゚*ζ「妹者さーん、ニュッさーん! あれ、ニュッさん珍しいね」
──しばらくしてデレが姉者と共に戻ってきた。
視線だけで返事をして、シャツの袖を捲る。
暖かい地域なので、体を動かすと少々暑い。
肘の内側にある傷痕に眉を顰め、それが隠れる程度に袖を少し戻した。
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさん、みんなと遊んでたの? いいなあ」
l从・∀・ノ!リ人「ルールを覚えた途端に本気出してきて、誰も勝てなくなってしまったんじゃがな……。
他のゲームにしても全力で勝ちに来るし……」
ζ(゚ー゚;ζ「手加減しようよニュッさん、大人げないよ」
( ^ν^)「何で俺がンなことしなきゃいけねえの」
話している間に、悔しがる子供数人がぽかぽか叩いてきたので頭を引っ叩いてみせた。やや本気で。
こら、とデレが叱るような声を出すと、彼女を味方だと判断したのか
子供達がデレの周りに逃げた。自然、その内の少年が、デレの隣にいた姉者とも近付く。
∬;´_ゝ`)「ひあ、」
小声の悲鳴。子供でも男である限りは駄目らしい。
妹者は彼らに笑顔で「帰るから」と告げ、姉者と手を繋いで歩き出した。
姉者が背負っているバックパックが目に入る。
昨朝、起き抜けにそれで殴られたのを思い出して眉根を寄せた。
殴られた箇所を無意識に押さえながら、姉妹の背中を追う。
明日リベンジするぞと言う少年に、明日もこの町にいるかは分からないと正直に返すと、
寂しそうな顔をして駆け寄ってきて、膝裏を蹴られた。もう一度引っ叩いておいた。
l从・∀・ノ!リ人「母者は?」
軽い足取りで進みながら、妹者が姉者に問う。
いなかった、と姉者。
∬´_ゝ`)「でも、北の方に行ったらしいわ。
今日は宿に一泊して、明日になったら必要なものを買い揃えて出発しましょうか」
l从・∀・ノ!リ人「北に行ったら、母者に会える?」
∬´_ゝ`)「……そうね、きっと」
妹者は微笑み、姉者の手を強く握り直した。
#
2940年 5月30日
今日は、私と姉者さんで日用品などの買い出しに行きました。
妹者さんとニュッさんは昨日と同じように別行動です。
市場を歩いているときに、男の人たちに声をかけられました。
ちょっと恐い人たちで、私と姉者さんの腕を掴んでどこかに連れ込もうとしたので本当にびっくりしました!
でも私だって護衛ですからね! 一応、組織で教わった通りの対応はしました……と言っても、
一人を倒した後、隙をついて逃げただけなんですが……。他のみんななら、全員倒せちゃうんだろうけど。
あの暴漢さん、大丈夫かな。手を出してきたのは向こうだけど、でもやっぱり心配です。
逃げた後は、まっすぐ宿に戻りました。
姉者さんが真っ青になって震えていて、買い物どころじゃなくなってしまったので。
「あの人たち追ってきてない?」って、とても怯えた様子で私に何度も訊く姿の、痛ましいこと。
泣いて、吐いて、少し落ち着いた後はシャワーを浴びて。
彼らに掴まれた腕を特に念入りに洗ったのか、少し赤くなってしまってました。
しばらくして、妹者さんとニュッさんが帰館。
昨日の少年達のリベンジは失敗に終わったそうです。ニュッさん大人げない。
妹者さんは姉者さんの尋常じゃない様子に驚いて、
私から話を聞くと、ぎゅうっと姉者さんを抱き締めてあげていました。
町を出発するのは明日に延期。今の調子では姉者さんが動けません。
買い出しは、ニュッさんが代わりに行ってくれました。
姉者さんはお夕飯も食べられない様子で、ずっとベッドの上で横になって、そのまま眠りました。
顔はまだ青いし、少し魘されていますが、眠れる程度に落ち着いたのは幸いです。
ひどく疲れてしまっただけなのかもしれませんが。
今夜は姉者さんと妹者さんにはベッドを別々に使ってもらって、
私とニュッさんは床で寝ることにします。
今日のところはこれでおしまい……と言いたいところですが、そうではありません。
さっき、姉者さんが寝たのを確認した妹者さんが
私とニュッさんを部屋の隅っこに集めて、小さな声で話してくれました。
姉者さんが男性を恐がるようになった理由。
#
l从・∀・ノ!リ人「天災のとき、家族がばらばらに避難したっていうのは、前に話したのう。
姉者と妹者は2人で同じところに逃げたのじゃ」
ζ(゚、゚*ζ「それ、少し気になってたんですけど。
お母様もお父様も、とても偉い方達だったんですよね? それも軍や政府の……。
なら、一家そろって避難することも出来たのでは?」
l从・∀・ノ!リ人「妹者は子供だから、大人の事情は分からん。
でも、母者達が焦ってたのは覚えてるのじゃ。時間がないって」
( ^ν^)「アスキー国は天災の到達が比較的早かったから」
ζ(゚、゚*ζ「あ、満足に手が回せなかったのか……」
( ^ν^)「それとアスキー国および周辺は海や川が多いが、反対に森は少ない。
他にも色々と、自然災害に弱い条件が多すぎる。
安全な避難先なんてあそこら辺には無いな」
l从・∀・ノ!リ人「……あー……」
そっか、と妹者は納得したように呟き、両手を摩った。
l从・∀・ノ!リ人「たしかに妹者と姉者の避難したところは、アスキー国から少し離れた国じゃったの」
ζ(゚、゚*ζ「よその国に頼らなきゃいけなかったんですね……」
他の国だって手一杯だった筈だ。まして戦争の最中。
姉妹2人だけとはいえ、よそ者を受け入れること自体、そう出来ることではない。
彼女らの両親は、大金かそれに値するものか、ともかく何かしらを他国に渡して
2人を安全な場所へ逃がした。
それで精一杯だったのだろう。家族全員での避難は無理だった。
ζ(゚ー゚*ζ「家族みんなを守るためには、ばらばらに避難するしかなかった──
お2人のこと、とても大事にしてくださってたんですね」
デレがフォローするように言う。それが事実でもあったろう。
だが、妹者は前向きな表情を見せなかった。
l从・∀・ノ!リ人「きっと母者も父者も、良かれと思ってやったんじゃろうが……場所が悪かったのう……」
ζ(゚、゚*ζ「?」
l从・∀・ノ!リ人「その避難所は男の人がとても多くての、若い女の人は姉者と、他には1人2人くらいで。
避難所から出られない日が続いてしばらく経って……
姉者達、いっぱい嫌なことされるようになったのじゃ」
l从・∀・ノ!リ人「妹者のことは、姉者と、少しだけいた優しい人達が守ってくれたけど……」
同じ避難所にいたのなら、当時わずか5歳であった彼女でも
自分の姉がどんなことをされていたか、いやでも理解するだろう。
少なくとも「嫌なこと」と認識するくらいには。
ニュッは壁に凭れ掛かり、姉者を一瞥した。
どれだけ凄惨だったかは知らないが、あれだけ恐怖を覚えるほどなのだから、さぞかし。
彼女らが持っている幾許かの金は恐らく、そういった事態──でなくても何かしらの問題──を避けるために
両親が持たせたもの。しかし予想外に天災の規模が大きく、また、長すぎた。
世界が破壊されゆく中、金に価値を見る者などいなくなってしまったわけだ。そして倫理まで壊された。
l从・∀・ノ!リ人「……そういうわけだから、ニュッさん、姉者に優しくしてあげてね。
デレも、姉者と2人になるときは、恐そうな男の人には近付かせないようにしてほしいのじゃ。
……お願いね」
懇願するように妹者が言う。初めて彼女が年相応に弱々しく見えた。
デレは痛ましげな顔で頷く。ニュッは返事をしない。
ζ(゚、゚*ζ「そのお話、勝手に聞いても良かったんですか?」
l从・∀・ノ!リ人「話した方がいいと思ったら話してって、姉者が言ってたから」
今が話すべき時機だと思ったわけだ。
たしかに、どういった点が特に苦手なのかを知っていた方が対処しやすい。
妹者はもう一度「お願い」と繰り返し、部屋の灯りを消すと、寝台に潜り込んだ。
少しして、デレがサイドテーブルからスタンドライトを床へ下ろした。
淡い灯りの下で日記をつけ始める。
かりかりと紙を擦るペンの音が響いていく内に、妹者の寝息も混じるようになった。
日記が閉じられる。
先に寝るねと元気のない声で言って、彼女はニュッの隣で膝を抱えた。
ζ(゚、゚*ζ「……」
闇に目が慣れると、間近にあるデレの顔もそれなりに窺えた。
眠ると言っておきながら、その目は開かれている。
何を考えているのだろう。
彼女は基本的に、物事を深く考えない。
へらへら笑って都合のいいことばかり口にする。
町なかで悪漢に絡まれ、さらに姉者の過去を聞かされておいて、
この期に及んでまだ「人間って素晴らしい」だの「みんな幸せになれますように」だのと言うのだろうか。
──言うのだろうな。ニュッは嘆息した。デレがゆるりと肩を動かす。
馬鹿みたいだ。──思うだけに留まらず、聞こえよがしに呟くと、
デレに手の甲を抓られた。
#
2940年 5月31日
昨日、日記を書いた後、何故かニュッさんに馬鹿にされました。
ニュッさんって本当に意地の悪いことを言う。
そして姉者さんにまで意地悪言ってました。
姉者さんが宿泊代の支払いでちょっともたつけば「のろま」とか。
昨日のことで疲れた顔をしている姉者さんに「ぶす」とか。
あのひと昨夜の妹者さんの言葉聞いてなかったのかな……。
妹者さんはその度にニュッさんの足を踏んだりお尻を殴ったりしていました。
毎回やり返されてましたけど。雇い主なんだけど、ニュッさん分かってるのかな。
ていうかニュッさんも妹者さんもそんなことしちゃいけません。
あ、でも、姉者さんもニュッさんにやり返してたなあ。
やっぱり怯えてはいたけれど、たまに、ニュッさんに文句を言い返してました。
そのおかげか夕方頃には姉者さんも結構持ち直してましたし。
……もしかしてニュッさんなりのショック療法?
ニュッさんも姉者さんのこと気遣ってたのかな?
いや、やっぱり、いつも通りに行動してるだけですかね、あれは……。
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2940年 6月15日
駅のある町に着いたら、姉者さんと私、妹者さんとニュッさんで
それぞれ別行動をとるのがお決まりになってきました。
いつものように伝言板をチェック。特に収穫なし。
妹者さん、この町の子供達と遊んでました。(例のごとくニュッさんも一緒に)
すごいなあ、妹者さん。誰とでもすぐに仲良くなれる。
いいことです。
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2940年 7月7日
姉者さんが、ニュッさんの作ったオムレツを食べました。作らせたのは妹者さんですが。
今まで、男性が調理したものだと判明した時点で食事できなくなっていた姉者さんが!
(誰が作ったか分からないものなら、『女性が作ったもの』と思い込むことで何とか食べていました)
でも二度と食べたくないそうです。
仕方ないです、ニュッさん、お料理は苦手なので……。
ナイフの扱いは得意でも、味付けと焼き加減がちょっと。
ふてくされるニュッさんに、姉者さんがオムレツを作ってみせました。
とっても美味しい! ニュッさんも気に入ったみたいです。
お母様から教わったレシピなんですって。
弟さん達も気に入っていて、ご両親が忙しい時期には、姉者さんがよく作ってあげていたそうです。
姉者さんから聞く家族の話は、仲の良さが伝わってきてすごく好き。
そういえば私のお姉ちゃん、お料理が上手だったなあ。
お姉ちゃんと一緒に雇われていったドクオさんも。
2人とも元気かな?
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2940年 8月24日
突然ですが姉者さんはとてもスタイルがいいです。
だから変な目で見る男の人がたまにいて、そのせいで姉者さんが具合を悪くして……
長所が彼女を悩ませているということが、気の毒でなりません。
女性的なお洒落にだってもちろん興味はあるけれど、
自分を飾ることに少し不安があるから、装飾品になかなか手を出せないんですって。
髪飾りの一つくらい付けたって、平気だと思うんですけれど……。
ニュッさんは「太れば」と手っ取り早い(?)解決法(?)を提案していました。
それを受け入れるか本気で悩む姉者さんを、妹者さんが何を言っていいか分からない顔で見ていました。
たぶん私も同じ顔をしていたと思います。
というか、よくよく考えたら、やっぱり解決法じゃありません。それ。
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2940年 9月19日
今日は私が妹者さんと、そして姉者さんがニュッさんと一緒に行動してみました。
提案者は姉者さん。喜ばしいことに。
といっても、一時間ほど別々に市場を巡っただけなんですけどね。
妹者さんは何にでも興味を持って駆け回るので、一緒にいる私まではしゃいでしまいました。
うっかり衝動買いしてしまいそうになるのが危ないところですが。
合流地点に着くと姉者さんの目が死んでいました。
それから「デレちゃんと一緒がいい」って。
どうやらニュッさんとずっと口喧嘩してたみたいです。
裏を返せば、男の人とずっと会話できていたということで……それはさすがに前向きすぎますかね?
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2940年 10月23日
旅を始めてから、もう5ヵ月。早いものです。
同時に、未だ姉者さん達のご家族と出会えていないということでもありますけど。
一体いくつの町を回ってきたでしょう……でも結構楽しいです。
列車に何日も乗っていたときは、退屈な瞬間がそれなりにありましたけどね。
思えば姉者さんの変化が感慨深いです。
最近はニュッさんとも普通に会話をするし、それどころか軽口を叩き合えるようにまで!
嬉しい限りです。
ニュッさんの態度が悪いおかげで、
姉者さんも気安く憎まれ口を叩くようになった感じですかね。
たまに怯えはしますけど、以前よりは少ないですし。
ただ、だからといって、男の人への恐怖心が薄まったわけでもないようで……。
っと、この話をする前に、まず書かなきゃいけないことがありました。
今日、とある町に入ったんです。
鉱山が近くにあって、そのおかげで発展している大きな町。
そこで、クーさんと会いました!
実に半年以上ぶりです!
#
ζ(゚、゚*ζ「わあ、すごい人……ちょうど列車が来たとこなんだね」
( ^ν^)「あーそう……」
列車に乗り降りする人々で賑わう駅。
息苦しさにニュッが辟易していると、デレが辺りを見渡し、「さて」と呟いた。
ζ(゚ー゚*ζ「それでは姉者さんと私は用事を済ませてきます。
妹者さんは、ニュッさんと一緒に美味しいものでも食べて待っていてくださいな」
l从・∀・ノ!リ人「はーい!」
∬´_ゝ`)「ニュッさん、迷子にならないでね」
( ^ν^)「俺に言うなよ」
列車に乗るためにここへ来たわけではない。
姉者が駅に用があるらしいので、分かりやすい場所で一時別れるために来た。
母親探しやら何やらは、いつも姉者とデレのみでやっている。
ニュッと妹者は大抵が別行動。なぜ妹者にも手伝わせないのかは分からない。
万が一、悪い情報──たとえば家族の死など──があった場合を考えてのことだろうか。
4人が2組に分かれようとした、そのとき、
川 ゚ -゚)「おお、デレにニュッさん。久しぶりだな」
馴染みのある声がかかった。
今のように普通に喋るときは凛としているが、歌い始めると途端に繊細に震える声。
荷物を背負ったクールが、薄く微笑んで近付いてくる。
方向からして列車から降りてきたらしい。
クールの隣には彼女の雇い主であろう男がいたのだが、
顔を真っ赤にさせ足取りはふらふらと──要は泥酔しているようだった。
ζ(゚ー゚*ζ「クーさん! 久しぶり!」
l从・∀・ノ!リ人「知り合いなのじゃ?」
ζ(゚ー゚*ζ「組織のお仲間です」
しばし待つように沈黙してから、クールは「相変わらず愛想がないな」と
ニュッの胸元を手の甲で軽く打った。愛想に関しては人のことを言えないだろうに。
デレが姉妹にクールを、クールに姉妹を紹介する。
クールも隣の酔っ払いを簡単に紹介した。ロマネスクというらしい。
列車でしこたま酒を飲んだのだという。
(*ФωФ)" ヒック
( ^ν^)(酒くせえ)
川 ゚ -゚)「これから列車に乗るのか?」
ζ(゚ー゚*ζ「ううん、さっきこの町に入ったの。ちょっと用があって駅に来ただけ」
川 ゚ -゚)「そうか、私達は列車で来たところなんだ。
もう少し先の町まで行くつもりだったが、
明日は天候が荒れるらしくてな。不安だから降りた」
口を半開きにしたアホ面で辺りを見渡していたロマネスクが、
ふと、視線を一点に定めた。その先には姉者がいる。
(*ФωФ)「女である。よい年頃だ」
∬;´_ゝ`)「っえ、……え、え?」
己に興味を持たれていると悟った姉者が、さっと青ざめた。
クールはロマネスクに対して呆れ顔。またか、とでも言いたげな。
とろりとアルコールに溶けつつも、しっかり値踏みするような視線。
姉者が初対面の男から向けられるものとしては、特に苦手とする部類の目色だ。
顔よりも体の方ばかり見つめている辺り、意図は分かりやすい。
ロマネスクの瞳に欲が滲む。
彼が一歩距離を詰めると、姉者がその倍は後退り、代わりにデレがロマネスクの前に立った。
(*ФωФ)「お前の雇い主は、今夜空いているであるか?」ヒック
ζ(゚、゚;ζ「あ、空いてません!」
川 ゚ -゚)「ロマネスク、さっさと部屋をとりに行くぞ。水飲んで寝ろ」
生憎クールの両手は荷物でふさがっていた。
どちらかが空いていれば、ロマネスクの腕でも首根っこでも引っ張っていってくれただろうに。
そこまでは望めなくとも、このとき口の一つでも塞いでくれていれば、
それだけで結果は違っていた筈だ。
(*ФωФ)「そろそろ商売女には飽きたところである。
護衛を雇うからには、それなりに身元のしっかりした娘であろう?
小遣い稼ぎとでも思って、一晩くらい我輩に付き合え」
口説き文句ですらない。
よりによって、姉者が一番恐怖を煽られる、最悪のパターン。
もしかしたら冗談のつもりだったのかもしれないが、
そういう目で見ていることには変わりがないわけで。
∬; _ゝ )「……!」
l从・∀・;ノ!リ人「姉者っ!」
姉者が逃げるように駆け出したのは、当然の流れだ。
こんな場所で走ったら男とぶつかる可能性も高いのに。
いち早くデレが後を追い、庇うように姉者の肩を抱いて、
人気の少ない方向へと誘導していった。
面食らっていたクールが、はっと我に返ってロマネスクをきつく睨む。
川 ゚ -゚)「ロマネスク、お前な……」
(*ФωФ)「……何であるか、あれは」
川;゚ -゚)「ああもう……ニュッさん、妹者さん、申し訳ない。うちの馬鹿が」
(#ФωФ)「あ!?」
( ^ν^)「面倒くせえことしやがって」
l从・∀・#ノ!リ人「もー! 姉者は男のひと苦手なの! 何じゃこのオッサンは!」
怒る妹者へクールが改めて謝罪する。
彼女が謝っても妹者は納得しないだろう。無体を働いた主人の方でなければ。
が、当人は悪びれる素振りもなく。
ふん、と鼻を鳴らすと、微妙に呂律の回っていない口を動かした。
(*ФωФ)「はあー、たかがあんなもので逃げるとはなあ……
ウブというものを通り越しているであるな」
川 ゚ -゚)「お前の下卑た言動はそりゃお前にとっては平常通りだろうが、
彼女にとっては大きな問題なんだ。端で聞いてる私だって不愉快だった」
クールのささやかな嫌味に気付いていないのか──というより別のことを考えていたから流しただけだろう、
ロマネスクはぴんときた様子で、事も無げに言った。
(*ФωФ)「男に好き勝手陵辱されたクチか」
川#゚ -゚)「ロマネスク!」
クールが本気で怒鳴る。酔っ払いの肩が跳ねた。
口振りは堂々としているが、小心者。彼の気質は、会って間もないニュッにも正確に見て取れた。
説教を始める前にこちらへ頭を下げたクールは、左手の荷物をむりやり右手にまとめると
ようやく空いた手でロマネスクの腕を掴み、踵を返した。右手が辛そうだ。
川 ゚ -゚)「……そういうこと言うな」
(*ФωФ)「ガキに遠慮しろと」
川 ゚ -゚)「全ての人に遠慮するべき発言だ」
言い合う声が遠ざかる。
妹者は目を丸くして立ち尽くしていたが、
「陵辱」の意味は分からずとも、姉の最も慰撫すべき領域に踏み込まれたことは理解したらしく、
怒りの形相を浮かべて地面を何度も踏みつけた。
l从・д・#ノ!リ人「……何じゃあいつは!!
ニュッさん! あのオッサンと同じ町にいたくないのじゃ! 早く出よ!」
( ^ν^)「まだお前の親さがしてねえだろ」
l从・∀・#ノ!リ人「探して早く出る!!」
ぷりぷり(と可愛らしい表現では済まないが)怒りながら歩き出す妹者。その後を追う。
姉者とデレはどこだろう。
ζ(゚、゚*ζ「妹者さん、ニュッさん」
あまり探す手間もかからなかった。斜め後ろから声をかけられたので。
振り向けば、ベンチに座って項垂れる姉者と、その背を撫でるデレがいた。
l从・∀・ノ!リ人「姉者! ……大丈夫なのじゃ?」
∬;´_ゝ`)「うん……」
大丈夫そうには見えない。
姉者は青ざめた顔を顰めさせ、ふるふると首を振った。
∬;´_ゝ`)「……だめね、私……あれくらいのことで……」
ζ(゚、゚*ζ「『あれくらい』なんかじゃありません。
いいんです姉者さん、辛いことは我慢しないでください」
宿をとりに行きましょうとデレが提案した。
こんな人混みより、宿なり何なりで休ませた方がいいに決まっている。
姉者が頷きかけたところへ、妹者が「あ」と声をあげた。
l从・∀・ノ!リ人「でも姉者、用があって駅に来たんじゃろう?
どんなご用事だったのか教えてほしいのじゃ、妹者とニュッさんで済ませてくるから」
∬;´_ゝ`)「え」
返ってきた反応は、あからさまに困ったものだった。
説明しようとしては何度かつっかえ、それから、妹者にだけ耳打ち。
l从・∀・ノ!リ人「おー……うん、買ってくるのじゃ。出来る出来る。
サイズとかも分かるから大丈夫」
∬;´_ゝ`)「よ、よろしくね」
話はまとまった。
それでは、と、デレが姉者に背を向ける形でしゃがみ込む。
姉者が戸惑い首を傾げた。
ζ(゚ー゚*ζ「おぶっていきます! 巧みに男性を避けて歩いてみせましょう」
∬;´_ゝ`)「え、でも、鞄とかあるし」
ζ(゚ー゚*ζ「姉者さんを背負いながら荷物を運ぶことも可能ですが、まあニュッさんに持ってもらいましょうか」
( ^ν^)「勝手に決めんな」
ζ(゚、゚*ζ「お願いニュッさん」
l从・∀・*ノ!リ人「お願い!」
デレと妹者が同時に小首を傾げた。ねだるように。
ニュッは舌打ちを返して、着替えや日用品の入った鞄を抱えた。
これぐらいは持て、と姉者のバックパックを妹者に背負わせる。
姉者が不安げにこちらを見てきた。手を伸ばそうともしていたが、
先の名残でニュッと関わるのも億劫らしく、手を引っ込めた。
∬;´_ゝ`)「あの、妹者、せめて……それは私が……」
l从・∀・ノ!リ人「だいじょーぶ!」
ζ(゚ー゚*ζ「妹者さんが持ってるなら大丈夫ですよ、姉者さん」
デレの一言に姉者は思案するように沈黙し、「そうね」と小さく呟き同意した。
そうしてようやく、デレの背中に身をあずける。
ζ(゚ー゚*ζ「途中にあった、青い看板の宿に行ってみます。
空きが無ければ別の宿に行きますね。そこも駄目だったら……」
l从・∀・ノ!リ人「まあ宿を回ってみれば、いずれは合流できるじゃろ」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ、その通り。じゃあ行ってきます」
l从・∀・ノ!リ人「姉者、また後でね」
∬´_ゝ`)「うん……」
( ^ν^)「重いからって途中で落とされんなよ」
∬´_ゝ`)「ニュッさんうるさいわ」
ζ(゚ー゚*ζ「姉者さんその調子ですよ、ニュッさんが余計なこと言ったらどんどん言い返してください。
あ、別に重くないですし落としませんから安心してください」
ふふ、と微笑みを残してデレは歩き出した。
宣言通り、上手いこと男に近付きすぎないように移動している。
l从・∀・ノ!リ人「じゃ、妹者達は任務を果たしに行こうかの」
( ^ν^)「なに頼まれたの」
l从・∀・ノ!リ人「下着」
( ^ν^)「ああ」
「なるほど」。それ以外に返事のしようがなかった。
長旅をする者の行き来が増えたためか、どこの町も、服屋を駅に近い場所に置く。
大きな駅ならば構内にある場合も。
まさしく衣料販店は駅の中にあった。
店内に入ると、ニュッはそれなりに距離を置いて妹者の買い物を見届けた。
薄い水色。何がとは、言わないけれど。
l从・∀・ノ!リ人「じゃ、宿に行こうかの」
とっとと済ませた妹者が、やや急ぎ足で駅の出口へ向かう。姉者が心配なのだろう。
が、トイレの前に差し掛かったところで、ニュッの服を掴んで立ち止まった。
l从・∀・ノ!リ人「えっと、ニュッさん」
( ^ν^)「あ?」
l从・∀・ノ!リ人「んーっと、」
( ^ν^)「小でも大でもいいから、早く行ってこいよ」
l从・∀・ノ!リ人「嫌いじゃな! ニュッさんのそういうとこ嫌いじゃな!」
勿論ニュッまで入るわけにはいかない。
一旦荷物を全て預かり、入口の脇で妹者を待った。
一人でただ待つだけというのも退屈だ。
どうでもいいことを考えようとすると、手近な記憶の反芻が始まる。
そうすると、一度は流しかけたような、細かいところに着目してしまう。
( ^ν^)(……何でわざわざ駅に……)
服屋はここにしかないわけではない。
こんな人の往来が多い──必然的に男と接触する確率が高くなる──場所へ、わざわざ来る意味は?
それともう一点。
妹者がバックパックを背負ったとき、姉者はそれをやめさせようとした。
そのときにデレが──
ζ(゚ー゚*ζ『妹者さんが持ってるなら大丈夫ですよ、姉者さん』
こう言った。
妹者なら大丈夫。
では、ニュッが持っていれば──駄目なのか。
妹者とニュッで何が違う?
妹者ならば無くさないがニュッなら無くすかもしれない? そんなことはない。
どちらかといえば、そういうことにはニュッの方が神経質だ。姉者も分かっているだろう。
では何だ。
このバックパックは普段、姉者かデレが持っていた。妹者は使っていない。
そういえばこれが開かれるところを、ニュッは見たことがない。
中身は何だ。この中には──
中。ああ。そうか。
中身を見られたくないのか。
妹者が使っていない以上、これは姉者の私物。
ならば妹者は勝手に開けたりしない。そういう性格だから。
妹者が持つなら大丈夫、とデレは言った。言外に、ニュッが持つのは駄目だとも。
デレはよく知っている。付き合いが長いので。ニュッなら平気で開けるだろうと知っている。
正味、気になることは早めに解消したい主義だ。
なのでやはりニュッは、妹者から預かったバックパックを躊躇いなく開けた。
別に、姉者からも妹者からも開けるなと命令されていないのだから、遠慮しなかった。
l从・∀・ノ!リ人「──ただいまー」
ハンカチで手を拭いながら妹者が戻ってきた。
元通りに閉められたバックパックを背負い、服屋の袋を大事そうに抱える。
l从・∀・ノ!リ人「ニュッさん、行こ」
( ^ν^)「おう」
l从・∀・ノ!リ人「何か甘いものが食べたいのう……姉者に買っていったら、食べるかの?」
( ^ν^)「さあ」
l从・∀・ノ!リ人「……ニュッさんは会話を続けないことに関してはピカイチじゃの」
( ^ν^)「妹者。ちょっと、あっちに寄ってこう」
l从・∀・ノ!リ人「とうとう返事も無しか。……何じゃ、あっちに何があるのじゃ?」
#
宿で部屋をとってから(いつも通り二人部屋です)、姉者さんはずっと俯いていました。
症状としては軽い方。
酷いときだと、泣いたり吐いたり、身体的にもお辛そうですから。
それから一時間も経たない頃に、妹者さんとニュッさんが宿へ到着しました。
アイスクリームを買ってきてくれたのが嬉しかったです。
冷たくて甘くて口にしやすいから、姉者さんの気分をだいぶ落ち着かせてくれます。
とはいえ私も姉者さんも、妹者さんの様子が気になって仕方なかったんですけどね。
だって、何度も姉者さんを見ては、うふうふ笑ってそわそわして、明らかに変です。
姉者さんがアイスクリームを食べ終わったのを見計らって、妹者さんが急かすようにニュッさんの背中を叩きました。
するとニュッさんが、ポケットから一枚の紙を。
駅の掲示板でこんなものを見付けた、って。
「父者母者と合流。中央へ向かう。弟者も一緒。姉者と妹者の無事を願う。 兄者」
姉者さんの弟であり、妹者さんの兄でもある方からのメッセージでした。
ああ、疲れてきたので、今日の日記はここまでです。
おやすみなさい、また明日。
……何やら騒がしいので今廊下を見てみましたが、
酔っ払った様子のロマネスクさんと、彼を運ぶクーさんの姿が。(あれからまた飲んだのでしょうか……)
彼らもこの宿にしたようです。姉者さん達と鉢合わせたらまた大変かもしれません。
2940年 10月24日
クーさんが言ってた通り、天気が大荒れ。
外に出られないので、お部屋の中で話したり遊んだりしてました。
話題はもっぱら、ニュッさんが持ってきたメッセージのこと。
お2人のご家族は全員無事、どころかご両親とご兄弟は合流済み。
それが分かって、妹者さんはとても喜んでいらっしゃいました。
何だか私まで嬉しくなっちゃうような喜びよう。
早く中央に行こう、と妹者さんは朝からにこにこ。いえ、昨日からですね。
この町からなら、中央へはそう遠くありません。
列車の行き来も、他の地域よりは多いそうですから、
何日かここに滞在して、次に来た列車に乗れば数日程度で中央に着く筈です。
次の列車で中央に行きましょうと姉者さんは言っていました。
持っているお金の残高からしても、それが妥当だそうで。
妹者さんのはしゃぎようといったら!
でも、夕食時に食堂でロマネスクさんと会ってから機嫌が急降下。
どうやら昨日、姉者さんと私が離脱した後に、腹の立つようなことを言われてしまったようです。
クーさん達も天気が落ち着いたら馬車でこの町を出るとか。
それなら、私達の方が先に中央に着きますね。
中央と言えば、お姉ちゃんに会えるかな? 5年ぶり。きっと驚くだろうなあ。
2940年 10月25日
今日は特に何もなく。
姉者さんも妹者さんも元気です。
私とニュッさんも。
今日も外は雨と風がすごいです。
あ。妹者さんが、宿に泊まっていた同年代の女の子と仲良くなったらしく、
ニュッさんを巻き込んで遊んでらっしゃいました。
妹者さんの社交性すごいです。
2940年 10月26日
ああ、何てこと。
ニュースを聞いてから、さっぱり落ち着きません。
ここのところ続いた悪天候の影響か、朝方に町の鉱山で土砂崩れがあったそうです。
それが線路に直撃したとか。
とはいえ、それ自体は大した規模じゃなかったので
お昼に復旧作業が行われたんですが……。
その作業の最中、再び土砂崩れが起こってしまったらしいんです。
それも、一度目よりも激しく。
大騒ぎです。落ち着きかけた天気もまた荒れてきましたし、もう、どうしましょう……。
怪我人は運ばれて一命を取り留めましたが、まだ、埋まってしまって出てこられない方が何人も。
どうか全員助かりますように!
2940年 10月27日
天気がまだ回復しません。
下手に現場へ近付けないそうで、救助作業も進まず。
姉者さんがずっと窓を眺めていました。
天災のときのことを思い出してしまうのではと心配でしたが、
「避難所の中じゃ外の様子なんか見えなかったし」と苦笑い。ほっとしました。
妹者さんは例の女の子と遊んだり、従業員さんのお手伝いをしたり。
ニュッさんはいつも通りです。事故の件に関しては「何人死んだかな」の一言。誰も死にません!
食堂で、またクーさん達に会いました。
ロマネスクさんは町を出られないことに苛々、クーさんは事故や天気にはらはら。
ロマネスクさんがまた姉者さんに話し掛けて、妹者さんに怒られてました。
でも姉者さんも頑張ってロマネスクさんの言葉に答えてたんですよ。すごい!
ニュッさん並みに話が続きにくい返答でしたけど……。
あ、何だか、昨日よりは雨が弱まってきている気がします。
このまま止んでくれればいいんですけど。
2940年 10月28日
昨夜遅くに雨が止み、風も落ち着いてきたので
朝から本格的に救助作業が再開されました。
日が暮れた頃、事故に巻き込まれた方々が全員見付かったそうです。
2人生還。7人の方が亡くなりました。
2940年 10月29日
線路の復旧作業が始まります。
こちらは救助作業より時間が掛かるそう。
しばらく列車は通れません。
列車が来ないなら、と町を出る人(旅人さんや、中央を目指す方達)がたくさん。
馬車はみんな借りられていきました。
クーさんとロマネスクさんは馬車の手配に間に合わなかったみたいです。
クーさんが文句を言われている姿を食堂で見ました。クーさんも言い返してましたけど。
私達の方はどうなるんでしょう?
近くの町まで歩こう、と妹者さんは言いましたが、姉者さんが乗り気じゃない様子。
2940年 10月30日
この間までの風雨が嘘のように、最近はいい天気が続きます。
今日は事故で亡くなった方々のご遺体が、町の広場で荼毘に付されました。
たくさんの人が集まって、彼らの死を悼んでいて。
とても悲しい。
#
──焼けるにおいに、ニュッは僅かに眉間へ皺を寄せた。
∬´_ゝ`)「……」
ζ(゚、゚*ζ「……」
隣を見れば、姉者もデレも、じっと炎を──その中で崩れていく死体を見つめている。
見に行こうと言い出したのは姉者だった。
大勢の人間が集まる、男もたくさんいる、とデレが言っても、姉者の意見は変わらなかった。
そこへ「広場を見下ろせる場所がある」と発言したのは妹者。
ここ数日、宿で知り合った少女とあちこちで遊んでいたので
町の地形には些か詳しくなっていたのだ。
宿の近くにちょっとした丘があり、そこから広場はよく見えた。
他にも何人かが丘に来ていたが、まばらに散っていたので姉者の脅威になる程ではない。
l从・∀・ノ!リ人「……あれは、家族かのう……」
しゃがんでいる妹者が、広場で泣き崩れている女と子供を眺めている。
被害者は皆、土砂をどかす作業をしていた者達だった。
全員男だ。7人の男が焼かれている。
むせび泣いているのは、妻子や、両親や、きょうだい。
黒い煙が上がっている。
それが人の焼ける色なのか、それとも燃料の燃える色なのか、ニュッには分からない。
ただ、いつぞや列車の中から見た色と同じだった。
誰もが痛ましい顔つきで、焼かれる死体や立ち上る煙や、慟哭する遺族を見ている。
デレが、耐えきれないとばかりに顔を覆って視界を閉ざした。
それらを眺めているニュッは、ああ、人が死んだのかと実感していた。ぼんやりと働く頭。
どうせなら全員、世界中の全員、死ねばいいなと。
いつも通りの思考。
#
2940年 10月31日
明日、姉者さんと妹者さんの誕生日だそうです。
あんなことがあった直後に言うのも何だけど、と姉者さん。
いいえ、あんなことがあった直後だからこそ、おめでたい話題がありがたいのです。
日付が一緒って、素敵です。二倍おめでたい日ですもの。
そう言ったら、姉者さんがびっくりしたような顔をして、それから笑っていました。
今までは(と言っても5年前まで、ですが)幼い妹者さんの方が中心になりがちだったので、少し寂しかったそうです。
じゃあ、明日は姉者さんも妹者さんも、どちらも丁重にお祝いいたしましょう!
2940年 11月1日
今日は色々ありました。
うーん。
なんだかなあ。
書くの面倒臭いや。
#
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさん、姉者さん達の誕生日パーティーやろう!」
また思い付きで馬鹿を言い出した、と思ったら本気だったらしい。
夕食前に姉者と妹者をクールに任せ(当然クールは戸惑っていた)、
デレはプレゼント、ニュッはケーキを買いに行くこととなった。
費用はそれぞれの給料から。当人達には一応内緒で。
適当に4人で食べられそうなケーキを購入して宿に戻ると、
とっくに帰っていたデレが部屋を飾り付けていた。
従業員から借りたシーツやらタオルやらで。器用だ。
ζ(゚ー゚*ζ「よし! ご飯はお部屋に持ってきてもらうことになってるから、姉者さんたち呼んできて!
どうせならクーさんとロマネスクさんの分も頼めば良かったかなあ」
( ^ν^)「それはやめとけ」
切実に。
クールはともかく何故ロマネスクまで呼ぶという発想が出来るのか、なんて思いつつ、
ニュッはクール達の部屋へ姉妹を迎えに行った。
妹者が姉者の前に立ってロマネスクと睨み合っていた。
やっぱりどうあっても無理だ、これは。
l从・∀・#ノ!リ人「ニュッさん遅い!!」
(#ФωФ)「貴様ら、このガキにどういう教育をしているのである!
人のものに手を出そうとするとは!!」
( ^ν^)「……ええと、何があった」
∬;´_ゝ`)「クーちゃんを雇いたいって妹者が言ったら、ロマネスクさんが怒っちゃって」
川 ゚ -゚)「私としては、そちらの仲間に入る方が魅力的だけどな」
(#ФωФ)「クール!!」
川 ゚ -゚)「……まあ私がいないと、こいつに差し迫った問題が生じるので無理だ」
てっきり、ロマネスクがまた姉者に妙なことを仕出かしたのかと思ったのだが。
クールの取り合いか。何歳児と何歳児の争いだ。
とりあえず早く連れ出さねば、ロマネスクの怒気に、最も無関係な筈の姉者がやられてしまう。
余計なことを言った妹者が悪いということにして、彼女の頭に軽いげんこつを食らわせると、
抗議を無視して小脇に抱えた。
l从・∀・#ノ!リ人「クーさんはいい人だから、こんなオッサンのところにいてはイカンのじゃ!」
(#ФωФ)「やかましい、さっさと去ね!」
川 ゚ -゚)「嬉しい言葉をありがとう。ああ、改めて誕生日おめでとう、2人とも」
l从・ε・#ノ!リ人 ブーブー
( ^ν^)「クールを雇うまでの金はねえぞ、もう」
∬´_ゝ`)「お邪魔しました。歌、ありがとうね」
何か歌ってもらったのか。
それもあって妹者はクールに懐いたのだろう。
ドアが閉まりきるまで妹者とロマネスクは口喧嘩を続けていた。
敢えてもう一度言うが、何歳児と何歳児の争いだ。
ζ(´ー`*ζ「ハッピーバースデー!」
姉者と妹者が入室すると同時に、デレが大きな声で言った。
姉妹の反応はというと、はにかむように微笑むだけだった。
ζ(゚、゚;ζ「あ、あれ、反応が薄い……いわゆるサプライズなのに」
∬´_ゝ`)「ごめんデレちゃん、結構ばればれだったわ」
l从・∀・ノ!リ人「うん……でも嬉しいのじゃ」
なら良かったですとへらへら笑って、デレは2人を中心のテーブルセットへ座らせた。
食堂で見た覚えが。これもわざわざ借りたのか。
2人は室内の飾り付けや卓上の料理に目を輝かせた。
本などで見るようなご馳走、とまでは行かなくとも、
宿の規模に鑑みると、充分に贅沢なメニューだった。大振りの肉にたっぷりのソースなんか、特に。
∬*´_ゝ`)「すごい。高かったんじゃないの?」
ζ(゚ー゚*ζ「お誕生日だって言ったら、サービスしてくれたんです。
……この前の事故のことがあったから、宿の人も、お祝い事に力を入れようとしてくれたのかも」
その発言により空気が少し沈んだが、デレがケーキの箱をテーブルに乗せ、
妹者が喜色を湛えたことで場の雰囲気が持ち直した。
ニュッとデレも席につき、それぞれのグラスにぶどうジュースを注ぐ。
ζ(゚ー゚*ζ「改めまして! 姉者さん、妹者さん、お誕生日おめでとうございます!
かんぱーい」
4人とも、グラスを軽く掲げるだけで済ませた。
乾杯の直後、各々がグラスに口をつける数秒の沈黙。
先にグラスを置いた姉者が、こちらを見た。得意気に。
∬´_ゝ`)「ニュッさんより年上になったわ」
( ^ν^)「また一段と老けたな」
∬;´_ゝ`)「うるさい! おめでとうとか言えないの!?」
ζ(゚ー゚*ζ「もー。ほらニュッさん、お祝いの唄とか歌おうよ。一緒に歌ってあげるから」
( ^ν^)「さっきクールがやったらしいぞ」
ζ(゚ー゚;ζ「ぎゃっ。クーさんの後に歌う勇気はないなあ」
l从・∀・*ノ!リ人「あっ、じゃあ、じゃあ、妹者が歌う!
あのね、クーさんから教えてもらったのじゃ!」
∬´_ゝ`)「教えてもらったっていうか、何回もせがむから覚えただけでしょ」
自分で自分を祝うために歌うというのも、どうなのか。
デレが笑顔で手拍子を始める。ニュッは構わずパンに手を伸ばした。
妹者が披露した祝歌は、短かったが耳に残るような独特のメロディーをしていた。
余韻までたっぷり楽しんでから、姉者とデレが拍手する。
ニュッも数度、手のひらを打っておいた。パン屑を払うために。
ζ(´ー`*ζ「じんわり染みる、素晴らしい歌ですねえ」
l从・∀・*ノ!リ人「そうじゃろう? クーさんの声で聴くと格別じゃ」
∬*´_ゝ`)「知らない曲なんだけど、何となく懐かしい感じがするのよね。
クーちゃんのお国の歌なのかしら」
( ^ν^)「いや、ヴィプ国の歌だろう。クールの出身じゃない」
ヴィプ国の民謡は特徴的だ。組織で学習中、資料として何曲か聴いたことがある。
クールが何故ヴィプ国の祝歌を──ああ、ロマネスクの故郷か。
歌声を理由に雇ったからにはクールに何か歌わせるのが目的だろう。
ヴィプ国の民謡を覚えさせたのは、その業務に関係しているということか。
ニュッが1人納得していると、ふと、やけに静かなことに気付いた。
見れば姉妹が沈黙している。何故。
怪訝な顔をするニュッとデレに、姉者が掠れそうな声で問い掛けた。
∬´_ゝ`)「……どうして、ヴィプ国の歌をクーちゃんが?」
( ^ν^)「ロマネスクの出身なんじゃねえの」
ζ(゚、゚*ζ「あ、そうですね、ロマネスクさんってたしかヴィプ国のお役人さんでしたもの。
クーさんが雇われていったときに、ちらっと聞きました」
∬´_ゝ`)「役人?」
ζ(゚、゚*ζ「はい、えっと、防衛庁の人だったかな?」
「そう」。姉者の返事はそれだけ。
そこからは普通の食事会のようだった。
決して空気が悪かったわけではないし、姉者も妹者もよく笑っていたけれど、
時折、何かを考えるような仕草を見せていた。
──食事を粗方終えた頃、デレが2人にプレゼントを渡した。
揃いの髪飾り。鉱業に突出した町だけあって、銀細工のフチに綺麗な鉱石が嵌め込まれている。
姉者は蜂蜜のような黄金色、妹者は淡いピンク。
ζ(´ー`*ζ「お2人に似合うと思って」
l从・∀・*ノ!リ人「ありがとうデレ、ニュッさん!」
∬*´_ゝ`)「ありがとう、とっても綺麗ね。こういうの貰ったのは久しぶりだわ」
何故だかデレとニュッからのプレゼントということになっていた。
選んだのも買ったのもデレなのに。
とはいえ、ここで水を差すのも無粋だろうと黙っておく。
続けてケーキの箱を開けたデレは、切り分けようとした手を止め、
早く早くとせがむ妹者へ顔を向けた。
ζ(゚ー゚*ζ「あ、そうだ! 妹者さん、仲良くなった女の子いましたよね。
今更ですけど、あの子も呼んできましょうか?
ケーキだけでも一緒に食べましょうよ」
3つ隣の部屋に宿泊している親子。
その娘とたまたま廊下で会った妹者は、そのままよく分からぬ流れで仲良くなった。
他に子供がいなかったようなので、お互い、貴重な同年代の友達を得られて嬉しかったらしい。
毎日のように遊んで──そういえば昨日は遊んでいなかった。一昨日も。
たしか廊下ですれ違いざまに挨拶してはいたが、遊ぼうと言う少女に妹者が「後でね」と断って。
デレの提案に、妹者が顔を曇らせた。
l从・∀・ノ!リ人「ん……あの子は、いいのじゃ」
ζ(゚、゚*ζ「どうしてです?」
l从・∀・ノ!リ人「……あの子は、お母さんいるから……」
何となく賑やかだった空気が、また静まり返った。
デレが首を捻る。
ζ(゚、゚*ζ「えっと……?」
l从・∀・ノ!リ人「あの子と遊んでると、夕ご飯の時間に、お母さんが迎えに来るのじゃ」
だからどうした、とは思わない。
言葉が続かなくとも、言いたいことは充分に伝わる。
羨ましいのだ。
きっと妬ましくて堪らなくて、それであの少女と遊ぶのが億劫になった。
沈黙。
デレが困り顔で答えあぐねている。
そうこうする内に、妹者がゆっくりと姉者の顔を見上げた。
何度も躊躇いを経てから、思い切って訊ねる。
l从・∀・ノ!リ人「……のう姉者、いつ、ここを出るのじゃ?」
∬´_ゝ`)「……」
l从・∀・ノ!リ人「妹者、早く母者たちに会いたいのじゃ」
∬´_ゝ`)「それは、……私だって」
l从・∀・ノ!リ人「なら、何で、まだこの町にいるのじゃ?」
∬;´_ゝ`)「……」
俯き、妹者は所在なさげに髪飾りを弄った。
l从・∀・ノ!リ人「……母者の顔、もう、覚えてないのじゃ……
父者も、おっきい兄者もちっちゃい兄者も」
ほのかに笑いが込められた声。
それは、努めて明るく振る舞おうとして──そして失敗している声だった。
妹者の顔が更に下を向く。
ぽたり。鳴った音は、テーブルに落ちた雫の。
l从;-;ノ!リ人「みんなに、お誕生日おめでとうって、言われたかったのじゃ……」
∬;´_ゝ`)「……デレちゃんとニュッさんが言ってくれたわ。クーちゃんも……」
l从;-;ノ!リ人「は、母者と父者に、ぎゅうって、抱っこしてほしかったのじゃ」
ζ(゚、゚;ζ「妹者さん」
慰めの台詞に悩んでいてもしょうがないと思ったのか、デレが立ち上がった。
妹者へ歩み寄り、小さな体に手を伸ばす。
今は私で我慢してください──彼女の言葉に妹者は首を振り、伸ばされた手を叩き落とした。
l从;д;ノ!リ人「デレじゃ駄目なのじゃ! ニュッさんじゃ駄目なのじゃ!
姉者でもなくて……っ」
悲痛な声と共に顔を上げる。
ぼろぼろと零れる涙がテーブルクロスに染み込んでいく。
言っている本人が、誰より傷付いていた。
それは子供として正当な願いなのだが、
姉を困らせていることにも違いはないのだと理解しているらしく、
そのせいで罪悪感を抱いている。また、それ故に理不尽さも感じているだろう。
椅子を倒す勢いで立ち上がり、まだ11歳になったばかりの少女は叫んだ。
l从;д;ノ!リ人「母者達でなきゃ、駄目なのじゃ!!」
彼女の足はほんの僅かな躊躇を見せた後、結局、駆け出した。
ドアを押し開け、廊下へ飛び出す。
∬;´_ゝ`)「あ、」
ζ(゚、゚;ζ「待って、妹者さん!」
最初に追ったのはデレ。
ちょうど立っていた分、行動が早かった。
姉者も立ち上がる。そうなればニュッも腰を上げざるを得ない。
とりあえず先にケーキを箱にしまい直した辺り、ニュッのマイペースさは相変わらずだ。
その間に廊下に出ていた姉者が、驚いたような声をあげた。
何事かと急ぎ追い掛けてみれば、すぐ近くにロマネスクとクールが立っていた。
川;゚ -゚)「あ、すまんニュッさん、菓子でもあげようかと思ってさっき来たところで……」
( ^ν^)「聞いたのか」
川;゚ -゚)「……そういうつもりでは、なかったんだが」
クールがしょんぼりと目を伏せる。責めているわけではないのに。
一方のロマネスクは、妹者達が去ったのであろう方向を見遣りながら口を開いた。
( ФωФ)「母親が何だというのだ、馬鹿らしい……」
心底苛立つような声色に、普段なら咎めるであろうクールも怪訝な目を向けた。
しかしロマネスクの瞳からはすぐに興味が消え失せた。そのまま踵を返そうとしている。
かと思えば。
突然足を止め、ハハジャ、と呟いた。
何かに思い至ったような声だ。
( ФωФ)「──貴様、もしやアスキー国の出か?
……ああ、イモジャとアネジャ……そうか、そういえばそんな名か」
妹者を追い掛けようとしていた姉者が、勢いよく振り返った。
どうしてという疑問は、その表情には無かった。
どちらかといえば──「やっぱり」といった色。
( ^ν^)(……あー、そうか、ヴィプ国……)
かつての世界地図を思い浮かべ、ニュッは諸々に納得した。
巨大な天災。アスキー国に残るのは危険。ではどこへ避難するか。女2人、内1人は幼児。
なるべく迅速に移動できて、安全な場所。あまり敵対していない国。
距離や情勢、様々な面から言えば、ヴィプ国が最も条件に合う。
かつて姉者達が避難した先は、ロマネスクの故郷だったのだ。
( ФωФ)「では、男ばかりの避難所に放り込まれた娘とは、貴様のことであったか。
なるほど。それで男嫌いに?」
∬;´_ゝ`)「──え、」
川 ゚ -゚)「……何だ、どういう話だ」
これといって特別な話ではない、とロマネスクは事も無げに返した。
( ФωФ)「天災時、他国からの協力要請は山ほどあった。
アスキー国などという小国なぞ相手に出来んほどな」
( ФωФ)「だが、うちの防衛庁にサスガハハジャと懇意にしている者が居って、
その伝手で娘2人だけでも預かることになったそうだ」
どこの避難所へ姉妹を入れるか。
空きは少ない。既に、どこも──限界だった。
無理に押し込んでも、誰かと入れ替えても、必ず不満が出る。
それで揉められたって、問題解決に割く時間はない。
では、押し込む形であったとしても、彼女らを歓迎してくれる場所は?
歓迎とまでは行かなくとも、彼女らに価値を見出してくれる場所は?
そうして辿り着いた答えが、ヴィプ国軍の第一シェルター。
( ФωФ)「どうせ小国の軍人の娘。好きに利用してやろうという話でな。
他の似たような境遇の娘達と一緒に、慰み者として放り込んでやれと」
川 ゚ -゚)「お前が仕向けたのか?」
( ФωФ)「馬鹿な。我輩は関わっておらん。話を聞いただけだ。
我輩は自分のことで手一杯だったのである」
川 ゚ -゚)「……そうだな、知ってる。──でも、止めようともしなかったのか、お前」
( ФωФ)「どうでも良かった。そもそも止めたところで我輩に益はあるか?」
川 ゚ -゚)「……。彼女の母親と懇意にしている者が手配したんじゃなかったのか?
どうしてそんなことに」
( ФωФ)「こちらの国もいっぱいいっぱいだったのである。
命さえ無事なら、義務は果たしたと同義と思ったのであろう。
まあ、勿論、親の方には何も言わずに決めたのだろうが」
──そういうものだったのだ。
あの頃の人々は生きるか死ぬか──本当に、その二択しかなかった。
生きるとしたって、どんな形で生き残るかを自由に選択する余裕など、
一部の者にしか与えられていなかった。
∬;´_ゝ`)「……」
姉者の顔は青白い。
ふらつきながら歩き出す。妹者を追おうという意思は感じられなかった。
その背を見つめ、ロマネスクがこめかみを掻きながら呟いた。
( ФωФ)「誕生日に聞かせる話ではなかったか」
川 ゚ -゚)「……どんな日だろうと、言うべきじゃなかった」
クールが正しい。言うべきでも、聞くべきでもなかった。
元から「そのため」に避難所に放り込まれたなどと。
姉者の全てと、妹者の心と、娘の無事を願う両親の想いを、最悪な形で踏みにじられていたなどと。
姉者はふらふらと歩いていく。
ニュッはその数歩後ろをついていく。
共に無言だ。
別に、慰めるためについていっているわけではない。声をかける気もない。
護衛である以上、そして本来の「担当」であるデレがいない以上、自分が姉者を見ていなければならない。
何なら「ついて来るな」と命令してくれれば楽なのだが。
淡い期待も空しく姉者は黙って歩き続け、
人気のない方へと流れていく内に、駅舎へ入った。
灯りこそついてはいたが、誰もいない。
しばらく列車も来ないのだから当然か。
姉者がベンチに座る。
ニュッも、一人分のスペースを空けて腰を下ろした。
何分も黙りこくっていた姉者が、ふと囁いた。
∬´_ゝ`)「……死んじゃえば、いいのにね……」
誰がとは言わない。──誰、とも決まっていないのだろう。
恐らくは漠然と。彼女が特に苦手とする種類の男達へ向けて。
そしてきっと、彼女自身もどこかに含まれている。
( ^ν^)「殺せって言うなら殺すが」
∬´_ゝ`)「誰を?」
( ^ν^)「誰でも。お前が命令するなら」
∬´_ゝ`)「そういう命令、していいの?」
( ^ν^)「言われればやらなきゃいけねえし」
∬´_ゝ`)「そう……」
組織にいた頃は、雇われてから数ヵ月、あるいは数日で戻ってきた仲間を何人か見た。
むしゃくしゃするからという理由で、そこら辺のチンピラを殺させるような主人を持った者もいた。
同じように姉者が命じれば、ニュッは従う。そういうものだから。
姉者が再び口を閉ざす。
ニュッは首を擡げ、構内の壁をぼんやりと眺めた。
掲示板が目に入る。
ボードから溢れ返るほどのメッセージの数々。
そういえば、と、ある疑問を思い出した。その疑問を初めに抱いたのは10日近く前。
前述の通り、気になることは早めに解消したい主義だ。
10日も我慢したのだから、丁度いい機会でもあるし、ここでぶつけてもいいだろう。
きっとデレは姉者から真実を聞いているのだろうし。
ならば自分にだって知る権利はあるのでは。
( ^ν^)「何で隠してた?」
∬´_ゝ`)「え?」
( ^ν^)「母親と、父親と、弟のメッセージ。
今まで通ってきた町で、いくつか見付けてたくせに。妹者に隠してた」
∬´_ゝ`)「……鞄の中、見たの?」
( ^ν^)「見た」
∬´_ゝ`)「最低」
──あの日、ニュッがバックパックを開けたとき。
中には姉者の私物の他に、数枚の紙の束が入っていた。
日に焼けていたり、比較的新しかったり、紙自体の状態はばらばらだったが
そこに書かれた内容は概ね同じだった。
「○○の町へ行く 流石母者」。
「母者と合流しました。××へ向かいます 父者」。
「△△にて待つ。父者と母者、姉者と妹者の無事を願う。 兄者・弟者」
彼女の家族が残してきたメッセージ。
初めはてんでばらばらな方向に行っていたようだが、徐々に近付いていたので、
彼らも駅の掲示板か、でなければ他者からの証言などで情報を得ていったのだろう。
だが姉者は──
このことを妹者に話していなかった。
誰がどの町に行ったか知っていた上で、寄る必要のない町へ寄りながら時間をかけて移動し、
家族に追いつかないようにしていたのだ。
完全に避けているわけではない。それならばメッセージと逆の方向に行けばいいのだから。
だが姉者はそうせず、じっくりと家族の道筋を追っていた。
その足取りが、ニュッには、迷っているように思えた。
( ^ν^)「何で隠してた」
再度同じ質問をする。
姉者はたっぷりと間を置いて、口を開いた。
∬´_ゝ`)「……家族を探すようになったのは、2年くらい前からね。
それまでは、妹者と一緒に小さな町でひっそり暮らしてた。ヴィプ国から離れて。
そうしてたら、あるとき旅人さんから、母者に会ったっていう話を聞いたの」
∬´_ゝ`)「それからは、普通に……母者のこと追ってたんだけど」
母親はしょっちゅう移動していたらしく、なかなか捕まえられなかったという。
そうする内──初めて、母以外の家族の情報を得られた。
∬´_ゝ`)「ある街の駅で、伝言板に父者の文字を見付けたわ。
そのとき妹者はトイレに行ってたから、私しか見てなかった。
……妹者があの場にいたら、私、あんなことしなかったと思うんだけど……」
∬´_ゝ`)「急いで、父者のメッセージを消したの」
何故とニュッが問えば、「恐くなったから」と簡潔な答え。
∬´_ゝ`)「他の町で弟のメモを見付けたときも、恐くなっちゃった。
妹者に気付かれない内に、鞄にしまって見なかったふりをしたわ」
( ^ν^)「何が恐かったんだよ」
∬´_ゝ`)「……」
流暢に語っていた口が、止まった。
静かだ。
じじ、と電灯が小さく鳴く声の他には、呼吸の音しか聞こえない。
隣から聞こえる呼気がほのかに乱れた。
∬´_ゝ`)「私、男の人の死体が焼かれるのを見るのが、好きだわ」
物騒な言葉。
ニュッの問いへの答えではない──いや、答えなのか。
∬´_ゝ`)「最初に見たのは、『天災』が終わった頃……
やっと外に出られたとき」
∬´_ゝ`)「避難所で死んだ人をね、みんなで焼却したの。
ほら、私達がいたところ、……荒れてたし──ご老人も少しだけ、いたから。
避難生活の間に何人か死んでて。処理しなきゃいけなくて」
外にもたくさんの死体があったろう。
それらとまとめて焼いたのではないか。
葬る、というよりも、処理、の方が実際正しいのかもしれない。
∬´_ゝ`)「私に酷いことしてた男の人がね、火に焼かれて、原形がなくなっていって……
何て言うのかしら。その、ね、私、……」
姉者の右手が、すうっと空中を撫でるように左から右へと振られた。
かつて見た光景を表現しようとしたのだろうが、何を表したかったのかは分からなかった。
火が、広がる様だろうか。
もごもごと口を動かす姉者。
相応しい言葉を探していた彼女は、やがて、ぽつりと言った。
∬´_ゝ`)「嬉しかったのよ」
本人もしっくり来たようで、嬉しかった、と繰り返していた。
∬´_ゝ`)「そりゃ恨んだ相手だからね、死んで焼かれてるのを喜ぶのは、自分でも分かるんだけど」
∬´_ゝ`)「妹者のこと守って、私のことも気にかけてくれてたお爺さんの死体が焼けるのを見ても、
同じような気持ちになったの……
」
じわじわ、彼女の声が震えていった。
そこに滲むのは恐怖だ。
変わらず空中に留まっていた右手が、ぱたりと落ちる。
いつしか震えは彼女の体にまで広がっていた。
「本当に嬉しかった」──確認するように、三度目。
膝の上で両手を合わせる。その手をゆっくりと持ち上げて、口元を覆って。
姉者が眉を寄せた瞬間、ぽろぽろ、涙が零れ落ちた。
∬;_ゝ;)「私たぶん、もう駄目なんだわ。おかしくなってるんだわ」
相手の善悪に関わりなく、「男」であるというだけで、その死を喜んでしまう──
それをおかしいと言う彼女に、ニュッは否定も肯定もしない。
仕方がないのかもしれないとも思うし、たしかにおかしいとも思う。
∬;_ゝ;)「父や弟のメッセージを見て──
みんな生きてるって知って、私、恐くなった。
──家族にまで『消えてほしい』って思うようになってたらどうしようって」
∬;_ゝ;)「生きてたのは嬉しいのよ。本当に嬉しいの。
だけど、いざ会ったら、家族だろうと嫌になってしまうかもしれない。
それを確認するのが恐いの……恐いのよ……」
ニュッが男でなかったら、肩の一つでも抱いて優しい言葉をかけてやるべきところだ。
いや、女だったとしても、そのようなことをする性格なぞしていないが。
( ^ν^)「俺を雇ったのも、そこら辺に関係あんのか」
そんなことよりは、質疑応答の方を優先させる人間である。
姉者は頭を小さく縦に振った。
∬;_ゝ;)「どうあっても男を受け入れられないのか、試してみようと思ったの。
私のことを大事にしてくれる優しい男の人と旅をしてみて、
それでも駄目だったら……」
( ^ν^)「駄目だったら?」
∬;_ゝ;)「……妹者のことを任せて、私は一人で遠いところに行こうと思ってた……」
ざ、と冷たい風が吹く。
2人の距離は、風が通るには充分すぎる空間を作っていて、ひどく体が冷えた。
「結果は」。
ニュッの問いに姉者が自嘲めいた笑みを浮かべ、今度は首を横に振る。
∬;_ゝ;)「やっぱり駄目だった……。
私ね、ニュッさんにも、死んでほしいって思うときがあるの。
ニュッさんが炎に焼かれて骨だけになるのを想像してしまうの」
笑い声のなり損ないのような吐息が、姉者の唇から漏れた。
今度は自嘲ではなく、可笑しさから笑ったようだった。
∬;_ゝ;)「ニュッさん、私に酷いこと言うから、もしかしたらそのせいかもしれないけど」
たしかに。本来姉者が計画していた実験からは、ピントが外れてしまっていただろう。
要は「家族のように親しい相手でも受け入れられないかどうか」を試したかったわけだから、
その前提条件を丸きり無視するようなニュッの態度では、実験結果に意味など無い。
すんすんと鼻を啜り、姉者が小首を傾げた。
∬;_ゝ;)「本当は組織の人に、
『人間好きな男性』と『人間嫌いな女性』を雇いたいってお願いしたのよ」
∬;_ゝ;)「こっちが女2人でしょう。同行者が男の人だけじゃお互い不安だろうし、
かといって優しい女の人が来たら、その人に甘えちゃって実験出来なくなるだろうと思って。
……でも上手く伝えられてなかったみたいで、逆の人達が来ちゃったわね」
ほんの数秒、考え込む素振りを見せて、こちらへ目を向ける。
∬;_ゝ;)「……まさかニュッさん、女の人だったりしないわよね?」
( ^ν^)「男」
∬;_ゝ;)「そうよね、ふふ、やだ、想像しちゃった……おかしい」
笑えない。
逆に考えればデレが男ということにもなる。本当に笑えない、というか気味が悪い。
だが姉者のツボには嵌まったらしい。
初めはくつくつと忍び笑いをする程度だったのが、
だんだん上半身を折り曲げて堪えなければならないほどにまで。
「──我らが先生は、何も間違っていませんよ?」
そこに、ふんわりとした声が飛んできた。
驚いた姉者が弾かれたように頭を起こす。
ニュッはこっそりと溜め息。いつ話に混ざってくるのかと思っていたが、ここでか。
∬;´_ゝ`)「デレちゃん」
ζ(゚ー゚*ζ「はい、デレですよ」
姉者が涙を拭いながら声の主の名を呼べば、柱の陰から、妹者を背負ったデレが現れた。
別に気配を消してもいなかったので、ニュッには早い内から彼女の存在を感じ取れていたのだが。
ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさい、盗み聞きしちゃって……あ、でも私の方が先に来てましたからね?
妹者さんをあやすために歩いてて、人がいなさそうだったのでここに来たんです」
l从-∀-ノ!リ人 スー、スー
泣き疲れたのか、妹者はデレの背で寝息をたてていた。
目元が赤く、腫れぼったい。
先程までの会話を妹者にも聞かれていたのか、と姉者が訊ねる。
デレは首を振って否定した。姉者が来る直前に眠っていたと。
静かにこちらへ歩み寄り、妹者を姉者に抱かせると、デレがニュッと姉者の間に座った。
いくらか潜めた声で言う。
ζ(゚ー゚*ζ「話の続きをしましょうか。
先生の人選は、いつだって正しいんですよ。姉者さん」
いつも通り、ふわふわして、妙にきらきらした笑顔。
姉者はきょとんとした様子で彼女の笑顔を見つめている。
ζ(゚ー゚*ζ「私だろうと、組織の人だろうと、先生だろうと雇い主だろうと知らない人だろうと、
ニュッさんはいつでも誰に対しても舐め腐った態度をとります。
こんなに平等な人、他に知りません」
ζ(´ー`*ζ「何でこんなに平等かっていったら、そりゃあね。
誰のことでも愛してるからですよ」
丁寧にも右手でニュッを示しながらの説明であったが、
聞かされた姉者は、デレの言葉が誰を指しているのか、すぐには読めなかったようだ。
たっぷり黙りこくって、ようやく「ニュッさんが?」と一言。デレが頷く。
∬;´_ゝ`)「みんな死ねとか、いつも言ってるじゃない」
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさんはこの世に生きる全ての命が大好きなので。
誰かが死んだとき、それを悲しむ人々のことを思うと可哀想で堪らないのです。
それならみんな一緒に死んだ方が楽だというわけですね。馬鹿みたいな理屈です」
ζ(゚ー゚*ζ「ね、ニュッさん?」
( ^ν^)「人のことをべらべら喋んな」
認めるのも何となく癪だったので、文句だけ返した。
「喋りますよう」、とデレが甘ったるく囁く。
「姉者さんは聞くべきなんです」とも付け足して。
続けて姉者に向き直り、デレは自身の膝を軽く打った。
ζ(゚ー゚*ζ「言っちゃいましょう。
ニュッさんはね、姉者さんと同じような目に遭いました。
彼の場合は、被害者と加害者の性別が逆転するわけですけど」
∬;´_ゝ`)「え、」
さらりと言い放たれて、また姉者の理解が遅れる。
それが追いつくのも待たずに、嬉々とした表情、声音で彼女は続けた。
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさんはとある国の、とある娼館で働くとある娼婦さんから生まれました」
無遠慮に語ろうとするデレをニュッは止めもしない。
姉者に聞かせるべきらしいし、知られて困ることでもないし。
そもそもニュッ自身が昔、詳らかにデレへ話したのだし。今さら隠すほどでも。
ζ(゚ー゚*ζ「雇っている娼婦が妊娠したとなれば中絶か解雇かってところですが、
そのお店は特に下劣極まりなかったので、出産ショーという需要がね。ふふっ。
生まれたときから見世物だなんて、可哀想なニュッさん」
化けの皮が剥がれてきているぞ、と心の中でだけ指摘しておいた。
デレはこういう話が好きだ。ニュッの生い立ちなど特にお気に入りらしく、何度も語らされた。
彼女の姉の方は真人間だったので、いい顔をしなかったけれど。
( ^ν^)「俺はマシな方だから。出産ショーより先に堕胎ショーになる場合もあるし」
ζ(´ー`*ζ「やだあ。ほんと人間ってクソだね。うふふ。
──で、そこでニュッさんは虐待されながら育ったんだよねえ?」
娼館には娼婦達の生活スペースが設けられていた。
要は従業員を店に縛り付けていたわけだ。
3歳頃まではニュッもおとなしく育てられていた(たまに行為を『見る』役目はあった)が、
それを過ぎると、雑用やら何やらを押し付けられた。
売りに出されなかったのは幸い──もはや何が良くて何が悪いのかも分からないけれど。
とはいえ実際のところ、彼の主な役目は、娼婦達のおもちゃになることだった。
客や支配人に好き勝手されることへの鬱憤をニュッで晴らそうとしたのか、
はたまた、単なる興味や嗜虐心や暇潰しによるものか。
大半の理由は後者だろう。
痛みが多かった気がする。楽しいと思ったことはなかった。
12歳の頃、自分の上に跨がる女が腰を振りながら、火のついた煙管を腕に押しつけてきたことがある。
「萎えて」しまえばもっと酷いことをするぞとニュッを脅しながら笑っていた。
結局仕置きを喰らう羽目になったので、一晩で8箇所に火傷、5箇所に裂傷を負った。
そんなことばかりだ。毎日。毎晩。毎朝。
15歳になって組織に拾われるまで、ずっと。
──この世界には、ゴミしか落ちていないのだろう。
ニュッの目に映る光景はことごとく汚かった。男も女も、大人も子供も全て。
みな同じだ。等しく醜い。自他共に。
そう思うと愛しくて堪らないのだ。
誰も彼も自分と同じ。つまり自分も皆と同一。
ゴミ溜めに生まれた時点で、皆ゴミである。少しばかり汚れ具合に違いがあるだけの。
可愛い可愛いゴミだ。
∬;´_ゝ`)「……」
姉者が絶句している。
姉者さんとニュッさん、どっちが辛かったのかな? デレが首を捻る。
どちらがより、と考えるだけ無駄だろう。比べるものでもない。
ζ(゚ー゚*ζ「……うん、まあ、ともかく。そういうことですのでね。
安心してください姉者さん。姉者さんはたしかに少しおかしくなっていますが、
ニュッさんよりは、普通の感性してると思いますから」
全てを愛するよりも、何か嫌いなものがある方が普通なんですとデレは繋げた。
姉者はニュッとデレを交互に見て、困惑することしきりだ。
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、そうだ。ねえ姉者さん、もし誰かを殺したくなったら、
ニュッさんじゃなくて私に命令してくださいね?
ニュッさんにそんなことさせるの可哀想でしょう?」
その言葉で、ようやく姉者はニュッからデレへ思考を切り替えられたらしい。
彼女の要望通り、ニュッは「人間好きな男」。であるならば、
∬;´_ゝ`)「……デレちゃんは……」
ζ(゚ー゚*ζ「はい、私は自分以外の人間がすこぶる嫌いです。たとえ家族でも。
あ、ニュッさんや姉者さんのように、悲しーい過去があるわけじゃないんですけど」
馬鹿にするような言い方。
なんだか懐かしい。久しぶりに彼女の、このような喋り方を聞いた。
ζ(゚ー゚*ζ「私はもう、そういう性質なんです。
別に、酷いことしたくなるわけじゃありません。寧ろ優しくしたいくらい。
でも嫌いなんですよね。吐き気がします」
∬;´_ゝ`)「……私のことも、妹者のことも?」
明言を避けて微笑むだけに留めたのは、護衛としての自制心からか。
とはいえそれこそ明確な答えであったので、姉者は少しショックを受けた顔をして、
膝の上で眠る妹者を優しく抱え直した。
ζ(゚ー゚*ζ「……好きになろうとは、努力してるんですけどね」
( ^ν^)「嘘つけ」
ζ(゚ー゚*ζ「本当だよ?
でも、やっぱり、本質って簡単に変えられないものなのかなあ……」
ほんしつ。姉者の口が、単語をなぞる。
ζ(゚ー゚*ζ「人間の本質は変えられないって、よく言うじゃないですか。
何か癪なんで、その言葉を否定したくて頑張ってるんですけど、なかなかどうにも」
その発言に、はっと姉者が目を丸くした。
何かに気付いたような顔をして、それから、また自嘲。
目を伏せ妹者の頭を撫でた。
∬´_ゝ`)「……そう、ね。……そうよね。
……私の男嫌いも、きっと変わらないのよね、もう……」
ζ(゚、゚*ζ「やだなあ、そう解釈するんですか?
私、姉者さんの本質はそこじゃないと思いますけど?」
( ^ν^)「そうだな」
デレがどんな方向へ話を収束させようとしているのかを悟り、ニュッも手伝うことにした。
風が冷たい。寒い。早く宿に帰りたい。
( ^ν^)「お前の男嫌いなんて、たかだか5年前に降って湧いたようなもんだろ」
∬;´_ゝ`)「な、何その言い方。すごく腹立つ……」
ζ(゚、゚*ζ「だからあ。
男嫌い云々以前に、姉者さん、ご家族のこと大好きだったんでしょう?」
∬;´_ゝ`)「──、」
姉者が息を呑んだ。
口を噤み、ゆっくりと妹者を見下ろした。
ζ(゚、゚*ζ「楽しそうに、お父様や弟さんのこと話してくれたじゃないですか。
あれ、本心でしたよね?」
∬;´_ゝ`)「でも、私……」
ζ(゚、゚*ζ「ニュッさんなんか実験台にしてもしょうがないですよ。意味ないです。
──会ってみればいいじゃないですか、お父様と弟さんに。
会わなきゃ分かりませんよ」
ζ(゚、゚*ζ「会ってみて、それでも駄目だったら、逃げればいいです。
そのときには私とニュッさんが付いていきますよ。妹者さんは家族に預ければいいし。
私達に何が出来るか分かりませんけども、いないよりはいいでしょう」
∬;´_ゝ`)「……でも!」
( ^ν^)「せめて中央に着くまでは妹者の傍にいなきゃ駄目だろ」
尚も食い下がろうとする姉者に、ニュッが真っ直ぐ声をぶつけた。
( ^ν^)「途中でお前がいなくなろうもんなら、
妹者は親に会えないこと以上に悲しむんじゃねえの」
親を求めているといっても、姉が不要なわけではない。
幼い内に姉と2人きりになってしまった妹者からすれば、
既に記憶の薄い他の家族よりも、姉者の方が身近で馴染み深いのだから。
妹を抱く腕が、微かに震える。
──小さな手が、姉者の腕に触れていた。
l从・∀・ノ!リ人「……」
∬;´_ゝ`)「……い、もじゃ……」
ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさい、寝たふりするようにお願いしてました」
( ^ν^)「狸寝入り下手すぎだろ」
l从・∀・ノ!リ人「うっさいのじゃ。姉者は気付いてなかったじゃろう」
口を尖らせながら、妹者は姉者の膝の上で体勢を整えた。
呆然とする姉の目を覗き込む。
赤い目元と赤い鼻先が正面から向かい合った。
l从・∀・ノ!リ人「……さっきはごめんね、姉者。妹者が我侭言って、困っちゃったじゃろう」
∬;´_ゝ`)「わ──我侭なんかじゃないわ。……私の方が勝手に妹者を振り回して……」
l从・∀・ノ!リ人「いいのじゃ。姉者が不安だっていうなら、妹者は我慢できるのじゃ。
姉者が一緒じゃないなら、母者達に会ったって、楽しくないし」
強がりが多分に含まれているのは、ニュッにも感じられる。
姉である彼女には一層強く伝わっているだろう。
けれども、一言一句、本心であることも確かだ。
l从・∀・ノ!リ人「まあ、どーうしても我慢できなくなったら、姉者を置いて妹者ひとりで中央に向かうがのう!」
それも本当。
けらけらと笑い飛ばす妹者の声に、重たい空気が消えていく。
姉者が口元を歪める。笑うように。
しかし乾きかけていた目からは、大粒の涙が溢れ出た。
うん、うん、と姉者が何度も頷き、その頭を妹者が撫でる。
そんな姉妹の光景に、デレがうっとりと目を細めた。
ζ(゚ー゚*ζ「……ああ、人間って素晴らしいね、ニュッさん!」
( ^ν^)「心にもねえことを」
ζ(゚ー゚*ζ「うん」
#
2940年 11月2日
お昼頃、町を出ました。
姉者さんが決めたことです。
宿を出る前、妹者さんが例の女の子に、ちゃんとお別れの挨拶をしていました。
また遊ぼうねって笑顔で約束。約束はきっと果たされるでしょう。
それとクーさんからお菓子をもらいました!
姉者さんと妹者さんへのプレゼントですって。
お金を出したのはロマネスクさんだとか。自ら進んで、ってわけでもなさそうだけれど。
昨日ロマネスクさんが姉者さんに話したという内容は、ニュッさんから聞きました。
戦争や天災って、とても悲しいことですね。人々から正気や優しさを奪ってしまうんですもの……。
なんだか涙が出てきてしまいます。
町を出発した後は徒歩で移動。
日が暮れかけた頃、ようやく次の町に着きました!
私達のように前の町から移動してきた人で宿が一杯になっていたので、今夜は町の外れで野営です。
今までにも何度か経験済みですから、テントを張るのも慣れたもの。
朝になったらまた歩いて、多分お昼には更に次の町に着く筈です。
そしたら馬車なり列車なり、何かしらの手段で中央へ行きます!
姉者さんと妹者さん、お2人がご家族に会うために!
きっと素敵な再会になるでしょう。
どうか、お2人と、そのご家族が幸せになれますように。
そうだ、姉者さんと妹者さんが、私の贈った髪飾りを付けてくれたんですよ!
とっても似合ってて嬉しいです!
ああ、2人とも大好き!
#
ζ(゚、゚*ζ フゥ
ペンの音が止まる。
デレは日記を閉じて、ペンとひとまとめにすると自分の鞄にしまった。
それを横目に見ながら、水筒から水を一口飲んだニュッが
空いているスペースを指差す。
( ^ν^)「お前から寝ろ」
ζ(゚ー゚*ζ「うん、じゃあ、お先に」
∬ -_ゝ-)l从-∀-ノ!リ人 グー
抱き合うように眠る姉者と妹者の隣に、デレが横たわった。
狭いテントの中、ランプの灯りがゆらゆら揺れる。
毛布をかぶったデレが上目にニュッを見て、いたずらっぽく微笑んだ。
ζ(゚ー゚*ζ「おやすみニュッさん。今日も大嫌いだった」
( ^ν^)「おやすみデレ。今日も愛してたぞ」
うげえ、と舌を出すデレ。
彼女の「大嫌い」はニュッだけに向けられるものではないし、
彼の「愛している」もデレだけに向けられるものではない。無意味なやり取り。
どうも昨夜の調子が後を引いているらしく、
今日のデレはちょくちょく「人嫌い」の面が現れていた。
姉者と妹者は一日掛けて慣れたようだから、隠す必要もないだろうが。
( ^ν^)(……って、こいつは別に、本性を隠すために
ああいう振る舞いをしてるわけじゃねえんだったか)
昔のデレはとても我侭で、自分勝手な言動ばかりする少女だった。
他人との関わりはほとんど持ちたがらない。そのくせ人の不幸話には興味津々。
嫌いだから話し掛けないでと言った数分後には、嫌な思い出を聞かせてと笑顔で言い出すような。
しかも無差別ではなく、ちゃんと相手を選んでいた辺り、嫌らしい子供であった。
彼女には姉も先生も手を焼いていた。
姉が中央の首長に雇われていってからは、ますますねちっこくなる始末。
状況が変わったのは3年前。
誕生日を迎え、彼女はこんなことを言い出した。
ζ(゚ー゚*ζ『あのね、今日で15歳だから、色々変わってみようと思うんだー』
彼女の故郷では、15歳というのは大きな節目に当たるという。
何か儀式があるわけでもないが、一つの区切りを意識しなければならない歳。
そこで彼女は分かりやすい「成長」の証として、態度を改めることにしたというわけだ。
そういえば日記をつけるようになったのもあの日からか。
偽善者にすらなりきれない不自然さに、ニュッは馬鹿らしいとしか思えなかった。
その馬鹿らしさもニュッには可愛く見えたが。そもそも人間がやることなら大抵可愛く思える。
ζ(゚、゚*ζ「ニュッさんが気持ち悪いこと言うから目が冴えた……」
もぞもぞと身じろぎして、デレがニュッに背を向ける。
その背中を眺めつつ、やおら口を開いた。
( ^ν^)「珍しいよな」
ζ(゚、゚*ζ「何が……」
( ^ν^)「昨日のお前が。本性出してまで、随分と親身になってたじゃねえか」
ζ(゚、゚*ζ「んー?」
分かりやすく言ってよと、怠そうな声で文句をつけられる。
( ^ν^)「普段の猫被り状態なら、上滑りな励ましだけで済ませてただろうに」
ζ(゚、゚*ζ「いや、あそこで上滑りしたら姉者さんが旅から離脱してたでしょ……」
( ^ν^)「お前はそれでも構わねえだろ」
ζ(゚、゚*ζ「いやあ、構う構う」
それは問題だよ、と真剣に否定された。
どう考えても、彼女の性格からしたら、
「気を遣う相手が減って楽」なんて言い出してもおかしくないのだけど。
そっと身を起こしたデレが、手を伸ばした。
姉者が寝る前に外して枕元に置いた髪飾り。
デレの手に持ち上げられると、黄金色の石が灯りを反射してきらきら輝いた。
それを勢いよくニュッに突きつけ、彼女はきっぱりと言い捨てた。
ζ(゚ー゚*ζ「折角この私がお情けで買ってあげたのに、
全然使われないまま居なくなられたら癪でしょ!」
( ^ν^)「……ほんと自分勝手だな……」
ζ(゚、゚*ζ「ニュッさんに言われたくないよ」
──やはり本質というものは、そうそう変えられないらしい。
というか、そもそも変える気がないのでは?
ニュッは溜め息とも苦笑ともつかない吐息を漏らし、ランプの灯りを消した。
8:愛しい姉妹 終
今日は私の誕生日です!
今日も組織のみんなは訓練やお勉強で忙しいので、お誕生日パーティーとかはないです。
でも、中央でお仕事してるお姉ちゃんからお祝いのカードが届いたので満足!
お姉ちゃんの雇い主さんは中央の首長さん。すごい人。私もいつかすごい人に雇われるのかな?
ちなみに15歳になりました。
私が生まれた国では、15歳って一つの大きな区切りになるそうです。(お姉ちゃんから聞きました)
なので、何か区切りらしいことをやりたいなあと思って、
とりあえず日記をつけることから始めてみます。
長続きするといいなあ。
とか書いてたら寝る時間。
お姉ちゃんのメッセージカードを枕元に飾ろうっと。きっといい夢見られます。
「デレへ お誕生日おめでとう」って、とってもシンプルだけど、とっても嬉しい。
幸せな気分で眠れそう。おやすみなさい!
世界中の人が、こんな風に幸せになれたらいいなあ。
あっ、そういえばニュッさんに「また一歩、寿命に近付いたな」ってヤなこと言われたから
ニュッさんは明日ちょっとだけ罰が当たりますように!
2937年 5月23日
昨日は私の誕生日でした!
お誕生日パーティーって憧れます。やってみたいなあ。
祝われるより、誰かを祝う側がいい。喜ぶ姿を見たいです!
とりあえず、なおるよ君を祝ってみました。
お誕生日ではないので「計算テスト満点おめでとう!」って、お菓子をあげたんです。
「頭打ったの?」って変なものを見る目をされました……。
私はめげません! 次はデミタスさんに「戦闘訓練5連勝おめでとう!」
……「新手の嫌がらせか」と一蹴されました。
たしかに6戦目でクックルさんに完敗してましたけど、決してそんなつもりは……。
5人勝ち抜いただけでも凄いのに。私なんか全然駄目でしたし。
周りのみんなも、変な顔してこっちを見てました。
うう、お祝いって難しいですね……。
2937年 5月24日
一昨日は私の誕生日で……もういいか。
さっき、ニュッさんが先生に怒られてました。訓練サボってたって。
それに対して、「うるせージジイ」とか「死ね」とか……相変わらず口が悪いです。
先生にあんな口のききかたする人、なかなかいません。げんこつされてました。横堀さんからも一発。痛そう。
寝る前に、たんこぶ冷やすものをニュッさんのところに持っていこうっと。
#
#
#
2940年 5月22日
今日は私の誕生日です! 18歳!
なんだかんだ、この日記も3年続けてきたんだなあ。
机の引き出しには歴代の日記帳が何冊も。
そして今年もお姉ちゃんからお手紙が届きました!
新政府がどうのこうのって通達から、何ヵ月くらい経ったっけ。お姉ちゃん、とても忙しいらしいです。
でも充実してるって。嬉しいな。
そして今年もニュッさんからは嫌味を一言もらいました。ひどい!
おやすみなさい、世界中に幸せを。
ニュッさんは明日だけ、ちょっと嫌なこと起きちゃえ。
2940年 5月23日
私が昨日、日記にあんなこと書いたせいかなあ。
ニュッさんがとても困ってます。ごめんなさい。
今日、先生に呼び出されたんです。ニュッさんと一緒に。
お客様の希望する条件に、私とニュッさんがぴったりだったんだそうで。
「どんな人間でも愛せる人」と、「他人が嫌いな人」。できれば女性1人と男性1人。
前者はともかく、なぜ後者のような人間を?
お客様は若い女の人と、小さな女の子の姉妹でした。
アスキー国出身の流石姉者さんと妹者さん。
それで、えーと、私もニュッさんも契約することになったわけですけど。
一番最初の主人命令。ちょっと、というかかなり驚きました。
#
l从・∀・ノ!リ人「姉者はのう、男の人が苦手なのじゃ。
だから、ニュッさんは姉者をあんまり恐がらせないようにしてほしいのじゃ」
( ^ν^)「は?」
書類一枚と札束一つで雇い主となった少女は、ロビーの片隅で、あっけらかんと言い放った。
ニュッは眉間に皺を寄せ、流石妹者の言葉を反芻し、ようやく飲み込んだ。
これから用心棒として身辺を守れと契約を交わした途端に、そんなことを言われても。
合点がいった、とばかりに、ニュッの隣に座っているデレが
ふわふわした声ときらきらした笑顔で「なるほど!」と答えた。
ζ(゚ー゚*ζ「道理で姉者さん、ずーっとニュッさんから目を逸らしてたわけですねー」
( ^ν^)「……」
∬;´_ゝ`)" ビクッ
そうなのだ。
対面してからこっち、一向にニュッを見ようとしていなかった。
デレの発言に流石姉者がようやく顔を向けてきたものの、ニュッと目が合うなり俯いた。
ニュッの方も人付き合いは得意でないので、特にフォローはせずに妹者へ視線を戻す。
ζ(゚、゚*ζ「でも避けられちゃうと護衛は難しいですよー」
l从・∀・ノ!リ人「基本的には、ニュッさんは妹者と一緒に行動してほしいのじゃ。
で、そっちの……デレさんじゃったか、デレさんは姉者と」
ζ(´ー`*ζ「かしこまりました、そういうことなら! あ、私のことはどうぞ呼び捨てで。
ニュッさん、これから頑張ろうねっ」
( ^ν^)「あー……」
∬;´_ゝ`)「ぎえっ」
ニュッが唸り声ひとつあげただけで、姉者の口から小さな悲鳴が漏れた。
その反応にニュッは妹者を睨む。
姉者を睨みたくとも、恐がらせるなと命じられた手前、妹の方に向けざるを得ない。
( ^ν^)「……喋ることも許されねえのか……」
∬;´_ゝ`)「あっ、だ、大丈夫! 大丈夫! 慣れた! もう慣れたわ!」
l从・∀・ノ!リ人「嘘っぽいのう……」
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさん恐くないですよ!
ちょっと意地と口が悪いですけど、悪い人じゃないです」
l从・∀・ノ!リ人「意地と口が悪かったらもう7割がた悪い人では?」
ζ(゚ー゚*ζ「そうですかね?
……うーん、せっかく一緒に旅するんですから、みんな仲良くしたいところですが」
何か考えるような仕草をしたかと思うと、とつぜん満面の笑み。
「握手しましょう!」。続けて放たれた提案に、姉者が背を震わせる。
その反応に気付いているのかいないのか、
立ち上がったデレは揚々とニュッの右手と姉者の右手を掴んだ。ぐいぐい引っ張られる。
∬;´_ゝ`)「ええっ」
( ^ν^)「いや何でだよ」
ζ(゚ー゚*ζ「人間同士、体が触れ合えば心が通じ合うこともあります!
さあ姉者さんもこちらへ!」
( ^ν^)「今お前と触れ合ってるのに何も通じ合えてる気がしねえんだが」
∬;´_ゝ`)「や、待っ、い、妹者っ」
l从・∀・;ノ!リ人「デレ、それはちょっと……」
ζ(゚ー゚*ζ「まあまあ、ほらほら」
この少女は、よくよく思いつきで妙なことを言う。
華奢な、女らしい手指が自分に近付けられるのを見て、
ニュッの指も怖じ気づくように曲げられた。
言っては何だが、ニュッは人間を全般的にゴミか何かだと思っている。
握手などで認識が変わることは決してないし、積極的に仲良くしようとも思わない。
しかし、時間の無駄でしかないこの状況を打破するためには、
とっとと握手するしかないというのも理解している。
姉者も早くこの話題を終わらせたかったのか、覚悟を決めるのが存外に早かった。
∬;´_ゝ`)「ど、どんな反応しても許してね?」
( ^ν^)「……分かったから、早く」
顔を逸らす。デレが満足げに頷いて2人から一歩離れた。
反対に、深呼吸をした姉者が恐々とニュッに一歩近付く。
そうして、そっと彼の手を軽く握り──
数秒と経たずして。
手を振り払った姉者が駆け出し、屑籠に嘔吐して、
それを見たニュッが実に不愉快な顔をしながら自身の右手を拭うようにズボンに擦り付けるという、
端から見ても当人達からしても最悪極まりない結末が訪れたのだった。
#
初日から、とんでもないことになってしまいました。
私が握手しようなんて言ったのが悪いんですけど……。
ああ、男嫌いと人嫌いが一緒に旅をするなんて、先が思いやられます!
姉者さんもニュッさんも、仲良くなれたらいいんだけどなあ……。
人間の本質は簡単に変えられるもんじゃないって、色んな本で見かけます。先生も言ってました。
でも、そんなことないと思います。
日々成長し、変わっていけるのが人間の素晴らしいところですもの。
たしかにニュッさんの方は最早どうしようもないかもしれないけれど(先生にすらあんな態度をとる人ですから)、
姉者さんはどうでしょう?
もしも彼女の男嫌いが緩和できたなら、きっとニュッさんと仲良くなれるはずですよね!
さて、ニュッさんが起きたので、今度は私が仮眠をとる番。二人体制だとこういう分担が出来て便利。
おやすみなさい、素敵な旅になりますように!
8:人間好きと人間嫌い
2940年 5月24日
今日は朝一番で寝台列車に乗りました。
姉者さんと妹者さんの旅の目的は、天災でばらばらに避難した家族を探すこと。
お母様がなかなか目立つ方らしく、お母様を見たという情報を得る度、
それを頼りにあちこち巡っていたそうです。
ただ、まだまだ若い姉妹の二人旅。心細いので護衛くらいはと思い立ち、私達を雇うに至ったわけです。
でも、何故わざわざ姉者さんの苦手な男性まで雇おうとしたんでしょう?
気になって、お夕飯のときに訊いてみました。
#
l从・∀・ノ!リ人「やっぱり男手もあった方が良かろう、と姉者が死にそうな顔で言うから」
食堂車。隅のテーブル。
パンを真っ二つに割りながら、妹者が答えた。
片方がニュッに手渡される。大振りなパンだったので、妹者には半分で丁度いいのだろう。
妹者の隣にニュッ、2人の向かいに姉者とデレが座っている。
回答を得られたデレは得心したように微笑み、続けて質問した。
ζ(゚ー゚*ζ「どうして人間好きと人間嫌いだなんて、正反対な要望を?」
∬´_ゝ`)「あの、まず、人が好き……というか、どんな相手でも受け入れてくれるような人が1人欲しかった。
私がこんなんだし、あと妹者もいるから、子供嫌いな人は避けたくて」
その問いには姉者が答える。
テーブルについたばかりのときは必死にニュッから目を逸らしていたが、
いざ食事が始まればそちらに意識を向けられるためか、些か落ち着いていた。
∬´_ゝ`)「もう1人は、えっと、……それと反対の人。
バランスとるために」
ζ(゚、゚*ζ「バランス?」
∬´_ゝ`)「複数人を部下にするなら、そういう……バランスが大事だと母が言ってたから。
一方だけに偏りすぎないようにって」
( ^ν^)「ふうん」
ニュッの生返事に、姉者が無意味に頷いた。
さすがに、声だけで怯える段階はとうに過ぎている。
l从・∀・*ノ!リ人「デレみたいに明るくて優しそうな人が来てくれて嬉しいのじゃ」
ζ(´ー`*ζ「そんな風に言ってもらえるなんて、私の方が嬉しいですー」
( ^ν^)「もう1人が根暗でキツそうな奴で悪かったな」
∬;´_ゝ`)" ビクンッ
l从・∀・ノ!リ人「……ちょっとニュッさんはアレじゃな、
よりによって姉者と相性最悪なタイプっぽいのう」
ζ(゚ー゚*ζ「でも、意地と口は悪くても、
姉者さんをいきなり刺そうとするほど危険な人ではないので安心してください!」
l从・∀・ノ!リ人「そりゃそんな輩だったら今すぐクビにする案件じゃろう」
主にデレと姉者と妹者の女3人が会話し、
たまにニュッがアクションを起こして姉者がびくつくという食事風景が繰り広げられ。
それも済むと、4人は明日の予定(といっても列車の中で過ごすだけだが)を決め、
食堂車を出て席へと戻った。
寝台付きの席は、基本的に2人で一つの個室。
だが彼らは4人で一室を共有している。その方が、部屋分の料金を節約できるからだ。
姉妹の持つ金は、一般人のそれよりは確かに多いが、無闇に散財出来るほどの余裕は無い。
備え付けの寝台は二つ。
片方を姉者と妹者が使い、もう片方はニュッとデレが交代で使うことにした。
一応2人とも護衛なので、一人が寝台で寝ている間、もう一人は床に座って見張りを務める。
∬;´_ゝ`)「あの……」
そろそろ車両の灯りを落とすと案内があり、それでは寝るかという折。
ここにきて初めて、姉者の方からニュッに声をかけてきた。
ニュッもやや動揺しつつ、何だと返す。
男嫌いというより、恐怖症と言った方が相応しいであろう彼女から関わってくるとは思わなかった。
∬;´_ゝ`)「妹者に変なことしないでね?」
( ^ν^)「しねえわ」
このように残念な内容だったが。
#
まだ2日目なので、姉者さんもニュッさんを信用しきれないんでしょうか。
ニュッさん、あんな注意をされたのがちょっとショックみたい。
そんな人じゃないって私は分かってるよニュッさん!
たしかにニュッさんは子供相手の方が、少しはオープンな態度になります。
でもそれは特殊な性嗜好というわけではありません!
自分より確実に弱い相手だから強く出られるだけです!
実際ニュッさんは内気な方なので分かりづらいですが、
慣れてくれさえすれば、相手が子供だろうと大人だろうと大変失礼な態度をとるように、
ってこれアレですね、もしかして内弁慶ってやつで
後ろから覗き込んできたニュッさんにチョップされました。
人の日記を見るなんて失礼だと思います。
早く寝ろ
↑これニュッさんです。口で言って!
まあ、ランプの灯りが小さくて、文字を書いてると目が疲れてきちゃうし。寝ます。今日はこの辺で。
明日こそは姉者さんとニュッさんが仲良くなれますように!
2940年 5月25日
列車で数日移動するだけなので、正直ひまです。やることないです。
ということで、姉者さん達とたくさんお話をしました。
年齢とか、家族のこととか。
こうやってお互いのことを知って仲良くなっていきましょう。
姉者さんは22歳。妹者さんは10歳。
私が18歳で、ニュッさんは姉者さんと同じ22歳。
みんな若いのです。
姉者さんと妹者さんのお母様は、アスキー国で軍の幹部をやっていらしたとか。
女性でその位置にいたとは、すごいお方だったのでしょう。
お父様は政府のお役人。そして2人いる弟さん(妹者さんにとってはお兄様)達も
どちらかというとお父様似で頭脳労働の方が得意だったので、
いい学校に通って、行く行くはお役人を目指そうという、とても優秀なご家族だったそうです。
#
∬´_ゝ`)「弟と違って、私は平凡だった。
あのまま何もなければ、普通に育って普通にお嫁に行ってたんじゃないかしら」
窓の外を眺めながら姉者は言う。
景色を見たいわけでもなく、単にニュッを視界に入れないためだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「弟さんがいらっしゃるんですねえ」
∬´_ゝ`)「ええ、馬鹿だけど頭がいいっていうか……
勉強は出来るんだけど、くだらないことばっかしてて」
くすくす笑いながら姉者は思い出を語った。
弟2人が試験でトップをとって褒められた翌日に、学長室を遊び場にしてしこたま叱られただとか。
姉者を引っ掛けようとして弟が掘った落とし穴に父親が嵌まって、母親が激怒しただとか。
話す姉者も聞いているデレも楽しそうだ。
ニュッは一人、どうでもよさそうな顔をして(実際どうでもよかった)、
妹者にねだられた林檎の皮を剥いていた。
( ^ν^)「弟や父親と一緒にいるのは平気なのか、男でも」
何気なく呟く。単純な疑問。
姉者は答えづらそうに口ごもり、浅く頷いた。
l从・∀・ノ!リ人「姉者が男嫌いになったのは、みんなと離れ離れになった後からじゃ」
ζ(゚、゚*ζ「あら、そうなんですか……」
l从・∀・ノ!リ人「デレは、きょうだいって居るのじゃ?」
ニュッを急かすように足をぱたぱた揺らしつつ、妹者が話題をデレへ移した。
齢10にして、異様に空気を読む。
ζ(゚ー゚*ζ「はい! お姉ちゃんが一人。
頭が良くて優しくて、自慢のお姉ちゃんです。
5年前に中央へ行っちゃったんで、長いこと会ってないんですけどね」
∬´_ゝ`)「デレちゃん18歳だっけ……じゃあ、5年前は13歳か。寂しくなかった?」
ζ(´ー`*ζ「組織のみんながいたから寂しくないですよ。
それに今は、姉者さんがお姉ちゃんみたいなものですね。失礼かもしれませんけど」
∬´_ゝ`)「あ、そういうの弱いわ私……いいのよ、是非お姉ちゃんだと思ってちょうだい。
若いのに立派なもんねえ……」
( ^ν^)「お姉ちゃんっつかババアみたいな台詞だな。いや実際ババアか」
完全に普段の癖で言っていた。口が滑った。
あ、と口を押さえる。妹者がこちらを睨み、デレがおろおろと視線を彷徨わせ、
──予想に反し、姉者はむっと拗ねたような表情を見せた。
∬´_ゝ`)「私とニュッさんって歳一緒でしょう。私がババアならニュッさんはジジイじゃない……」
( ^ν^)「死ねばいいのに」
∬;´_ゝ`)「ひょえっ」ビクンッ
ζ(゚、゚;ζ「あーっ、ニュッさん! その口癖、直しなさいって先生に言われてたでしょ!」
l从・∀・ノ!リ人「それ口癖ってヤバいじゃろ。というか雇い主に対してすっげえこと言うのう……」
( ^ν^)「みんな死ねばいいのに」
l从・∀・ノ!リ人「無差別」
ζ(゚ー゚;ζ「ああっ、あのっ、ごめんなさい、ニュッさんはちょっと色々あって、
それでこんな感じで! 謀反とかは起こしませんからご安心をっ」
∬;´_ゝ`)「う、うん……大丈夫……」
癖なのだから仕方ない。
とはいえ今の暴言は流石に駄目だったらしく、姉者は怯えきった顔をすっかり俯けてしまった。
剥き終えた林檎を八等分して皿に盛り、妹者に差し出す。
それを受け取りつつ、妹者は「デレに頼めば良かったかのう」と呟いた。
それだけ聞けば大変失礼な言い草だが、要するに、ニュッが剥いたものでは姉者が食べられないと気付いただけだ。
ζ(゚ー゚;ζ「もーっ、ニュッさんも謝って!」
∬;´_ゝ`)「いやっ、いいっ、いらないっ」
l从・∀・ノ!リ人「でも姉者、最初は言い返せてたのじゃ!」
彼女なりに場をまとめようとしたのか、いま思いついたと言わんばかりの表情で妹者が励ました。
その言葉に、はたと姉者が目を丸くする。
たしかに強くはなかったが、嫌味で返してはいた。
∬´_ゝ`)「あ……そうね。何か、むかっとしたから……つい」
ふふ、と笑って、姉者が窓へ瞳を向けた。戸惑いと、僅かな安堵が混じっている。
存外、ぎこちない空気はそれだけで終了した。
しばらくして、あ、と姉者が声を上げた。
∬´_ゝ`)「煙……」
ζ(゚ー゚*ζ「あ、本当ですね。何でしょう、火事とかではなさそうですけど」
遠目に、黒煙が上っているのが見える。
煙の大きさからして、それなりの規模だ。
妹者は窓を一瞥しただけで、何も言わずに林檎をかじった。
姉の方は窓から視線を外さない。
∬´_ゝ`)「きっと死体を焼いてるんだわ」
ζ(゚、゚*ζ「死体を?」
∬´_ゝ`)「事故や流行病や争いで人がたくさん死んだときに、集めて焼いてしまうのよ……
色んな町を渡ってるときに、何度か見たわ」
∬´_ゝ`)「……特に天災の直後は、どこからも煙が上がってたっけ」
暗い話をしている割に、姉者の目には力があって。
夕食をどうするか、と乗務員が確認のためにやって来るまで、じっと煙を見つめていた。
#
2940年 5月26日
お昼頃、小さな駅で列車が停まったので、
少ししか時間はありませんでしたが外に出ました。
ずっと列車の中にいても退屈ですしね。
妹者さんはニュッさんを引っ張って、近くのお菓子屋さんに走っていきました。
私は姉者さんと一緒に、列車から離れない位置で駅の中を見物。
乗り遅れたら大変ですから!
どこの町の駅にも掲示板や伝言板はありますが、
こんな時代ですので、そういった連絡手段には人が殺到します。
どこそこの町で誰それを待つとか、そういうのが主なメッセージ。
掲示板に入りきらなかった分も周りの壁に貼りつけられているほど。
念のため見てみましたが、姉者さん宛ての伝言らしきものはありませんでした。
ああいうのを利用しないんですか、と姉者さんに訊いてみましたが、
姉者さんは困ったように笑うだけでした。
まあ、メッセージを見て悪戯する人もいるらしいので、難しいところですね。時には勝手に剥がす人までいるとか。
みんな大事な人と会いたくて必死なのに、どうしてそんな酷いことをする人がいるのでしょうか。
子供らしき字体でお母さんを求める手紙を見付けて、悲しくなりました。
ここにメッセージを残した人々が、望む相手と再会できますように。
2940年 5月27日
妹者さんとニュッさんが手遊びで暇を潰していました。
指を折り曲げたり立てたりしながら勝敗を競うもの、歌に合わせて手を組み替えていくもの、色々。
ニュッさんが手加減しないので妹者さんの勝率は低かったです。
途中で、仇をとってくれと妹者さんに言われたので、私がニュッさんに挑みました。惨敗でした。
そしたら、なんと姉者さんがニュッさんと戦うと言い出したんです!
手を触れ合わせなきゃいけないゲームでは触れるか触れないかという際どさでしたが、
ともあれ、姉者さんの方からニュッさんにゲームを持ち掛けるなんて!
少なくとも姉者さんには、ニュッさんとの距離を縮めようという気持ちがあるみたいで安心しました。
ちなみに結果はニュッさんの圧勝でした。
2940年 5月28日
夜明け頃、寝ぼけまなこでトイレに行った妹者さんが、部屋へ戻ってくるなり
ニュッさんが寝ているベッドに入っていきました。
寝ぼけて間違ったんでしょうね。
ニュッさんはすぐに目覚めて追い出そうとしてましたが、妹者さんに抱きつかれて黙りました。
仲良しだなあと私はほのぼのしてたんですけど、
小一時間後に起床した姉者さんが、愛用のバックパックでニュッさんを殴ってました。全力でした。濡れ衣です。
2940年 5月29日
本日、目的の町に着きました!
が、結果から言うと、お母様は見付かりませんでした……。
いることにはいたらしいのですが、だいぶ前にこの町を離れてしまったそうで……。
町の人はお母様を褒めていらっしゃいました。
体の大きな方で、力仕事や怪我人の介抱など、たくさんのことをしてから町を出ていったそうです。
それらを聞いて、姉者さんは「たしかに私達の母で間違いないわ」と苦笑していました。
とっても素敵な方なんですね。
お話を聞き終えた後は、カフェで冷たいお茶を一杯。
その後、別行動をとっている妹者さんとニュッさんのところに戻ろうとしたんですが、
姉者さんは私を引き留め、ある内緒話をしてくださいました。
#
l从・∀・*ノ!リ人「けーん、けーん、ぱっ」
市場の外れで、数人の子供達と遊びに興じる妹者を
ブロックに座り込んだニュッがぼけっと眺めている。
──母親については、姉者とデレが情報を集めに行った。
妹者には待機を言い渡し、そのお守りをニュッに任せて。
何故4人で行動しないのかは分からないが、
こうして勝手に遊んでいてくれるので、楽ではある。
l从・∀・*ノ!リ人「けーん、けーん、ぱっ!」
ルールはよく知らないものの、妹者が勝ったらしいことは分かった。
似たような遊びがニュッの故郷にもあった。名称や細かい箇所に違いはあるが。
ただ、ニュッはその遊びをしたことがない。同年代の友達などいなかった。
不意に、妹者がこちらに向かって右手をぶんぶん振った。
l从・∀・*ノ!リ人「ニュッさーん! ニュッさんもやろ!」
( ^ν^)「は?」
l从・∀・*ノ!リ人「ね、やろっ」
( ^ν^)「嫌だ」
l从・∀・ノ!リ人「怪しい面構えの男が黙って子供をじろじろ眺めてる姿は危険すぎるのじゃ」
ニュッさんが捕まれば妹者達の方が困る──そう言う少女にニュッはとびきりの顰めっ面で応え、
渋々といった風を隠しもせず児戯に参加した。
そんな大人が混じってきても楽しそうに遊ぶ子供達に、少し戸惑う。もっと警戒すればいいものを。
あるいは、不慣れな大人にルールを教えてやれるのが、彼らには物珍しいのかもしれない。
ζ(゚ー゚*ζ「妹者さーん、ニュッさーん! あれ、ニュッさん珍しいね」
──しばらくしてデレが姉者と共に戻ってきた。
視線だけで返事をして、シャツの袖を捲る。
暖かい地域なので、体を動かすと少々暑い。
肘の内側にある傷痕に眉を顰め、それが隠れる程度に袖を少し戻した。
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさん、みんなと遊んでたの? いいなあ」
l从・∀・ノ!リ人「ルールを覚えた途端に本気出してきて、誰も勝てなくなってしまったんじゃがな……。
他のゲームにしても全力で勝ちに来るし……」
ζ(゚ー゚;ζ「手加減しようよニュッさん、大人げないよ」
( ^ν^)「何で俺がンなことしなきゃいけねえの」
話している間に、悔しがる子供数人がぽかぽか叩いてきたので頭を引っ叩いてみせた。やや本気で。
こら、とデレが叱るような声を出すと、彼女を味方だと判断したのか
子供達がデレの周りに逃げた。自然、その内の少年が、デレの隣にいた姉者とも近付く。
∬;´_ゝ`)「ひあ、」
小声の悲鳴。子供でも男である限りは駄目らしい。
妹者は彼らに笑顔で「帰るから」と告げ、姉者と手を繋いで歩き出した。
姉者が背負っているバックパックが目に入る。
昨朝、起き抜けにそれで殴られたのを思い出して眉根を寄せた。
殴られた箇所を無意識に押さえながら、姉妹の背中を追う。
明日リベンジするぞと言う少年に、明日もこの町にいるかは分からないと正直に返すと、
寂しそうな顔をして駆け寄ってきて、膝裏を蹴られた。もう一度引っ叩いておいた。
l从・∀・ノ!リ人「母者は?」
軽い足取りで進みながら、妹者が姉者に問う。
いなかった、と姉者。
∬´_ゝ`)「でも、北の方に行ったらしいわ。
今日は宿に一泊して、明日になったら必要なものを買い揃えて出発しましょうか」
l从・∀・ノ!リ人「北に行ったら、母者に会える?」
∬´_ゝ`)「……そうね、きっと」
妹者は微笑み、姉者の手を強く握り直した。
#
2940年 5月30日
今日は、私と姉者さんで日用品などの買い出しに行きました。
妹者さんとニュッさんは昨日と同じように別行動です。
市場を歩いているときに、男の人たちに声をかけられました。
ちょっと恐い人たちで、私と姉者さんの腕を掴んでどこかに連れ込もうとしたので本当にびっくりしました!
でも私だって護衛ですからね! 一応、組織で教わった通りの対応はしました……と言っても、
一人を倒した後、隙をついて逃げただけなんですが……。他のみんななら、全員倒せちゃうんだろうけど。
あの暴漢さん、大丈夫かな。手を出してきたのは向こうだけど、でもやっぱり心配です。
逃げた後は、まっすぐ宿に戻りました。
姉者さんが真っ青になって震えていて、買い物どころじゃなくなってしまったので。
「あの人たち追ってきてない?」って、とても怯えた様子で私に何度も訊く姿の、痛ましいこと。
泣いて、吐いて、少し落ち着いた後はシャワーを浴びて。
彼らに掴まれた腕を特に念入りに洗ったのか、少し赤くなってしまってました。
しばらくして、妹者さんとニュッさんが帰館。
昨日の少年達のリベンジは失敗に終わったそうです。ニュッさん大人げない。
妹者さんは姉者さんの尋常じゃない様子に驚いて、
私から話を聞くと、ぎゅうっと姉者さんを抱き締めてあげていました。
町を出発するのは明日に延期。今の調子では姉者さんが動けません。
買い出しは、ニュッさんが代わりに行ってくれました。
姉者さんはお夕飯も食べられない様子で、ずっとベッドの上で横になって、そのまま眠りました。
顔はまだ青いし、少し魘されていますが、眠れる程度に落ち着いたのは幸いです。
ひどく疲れてしまっただけなのかもしれませんが。
今夜は姉者さんと妹者さんにはベッドを別々に使ってもらって、
私とニュッさんは床で寝ることにします。
今日のところはこれでおしまい……と言いたいところですが、そうではありません。
さっき、姉者さんが寝たのを確認した妹者さんが
私とニュッさんを部屋の隅っこに集めて、小さな声で話してくれました。
姉者さんが男性を恐がるようになった理由。
#
l从・∀・ノ!リ人「天災のとき、家族がばらばらに避難したっていうのは、前に話したのう。
姉者と妹者は2人で同じところに逃げたのじゃ」
ζ(゚、゚*ζ「それ、少し気になってたんですけど。
お母様もお父様も、とても偉い方達だったんですよね? それも軍や政府の……。
なら、一家そろって避難することも出来たのでは?」
l从・∀・ノ!リ人「妹者は子供だから、大人の事情は分からん。
でも、母者達が焦ってたのは覚えてるのじゃ。時間がないって」
( ^ν^)「アスキー国は天災の到達が比較的早かったから」
ζ(゚、゚*ζ「あ、満足に手が回せなかったのか……」
( ^ν^)「それとアスキー国および周辺は海や川が多いが、反対に森は少ない。
他にも色々と、自然災害に弱い条件が多すぎる。
安全な避難先なんてあそこら辺には無いな」
l从・∀・ノ!リ人「……あー……」
そっか、と妹者は納得したように呟き、両手を摩った。
l从・∀・ノ!リ人「たしかに妹者と姉者の避難したところは、アスキー国から少し離れた国じゃったの」
ζ(゚、゚*ζ「よその国に頼らなきゃいけなかったんですね……」
他の国だって手一杯だった筈だ。まして戦争の最中。
姉妹2人だけとはいえ、よそ者を受け入れること自体、そう出来ることではない。
彼女らの両親は、大金かそれに値するものか、ともかく何かしらを他国に渡して
2人を安全な場所へ逃がした。
それで精一杯だったのだろう。家族全員での避難は無理だった。
ζ(゚ー゚*ζ「家族みんなを守るためには、ばらばらに避難するしかなかった──
お2人のこと、とても大事にしてくださってたんですね」
デレがフォローするように言う。それが事実でもあったろう。
だが、妹者は前向きな表情を見せなかった。
l从・∀・ノ!リ人「きっと母者も父者も、良かれと思ってやったんじゃろうが……場所が悪かったのう……」
ζ(゚、゚*ζ「?」
l从・∀・ノ!リ人「その避難所は男の人がとても多くての、若い女の人は姉者と、他には1人2人くらいで。
避難所から出られない日が続いてしばらく経って……
姉者達、いっぱい嫌なことされるようになったのじゃ」
l从・∀・ノ!リ人「妹者のことは、姉者と、少しだけいた優しい人達が守ってくれたけど……」
同じ避難所にいたのなら、当時わずか5歳であった彼女でも
自分の姉がどんなことをされていたか、いやでも理解するだろう。
少なくとも「嫌なこと」と認識するくらいには。
ニュッは壁に凭れ掛かり、姉者を一瞥した。
どれだけ凄惨だったかは知らないが、あれだけ恐怖を覚えるほどなのだから、さぞかし。
彼女らが持っている幾許かの金は恐らく、そういった事態──でなくても何かしらの問題──を避けるために
両親が持たせたもの。しかし予想外に天災の規模が大きく、また、長すぎた。
世界が破壊されゆく中、金に価値を見る者などいなくなってしまったわけだ。そして倫理まで壊された。
l从・∀・ノ!リ人「……そういうわけだから、ニュッさん、姉者に優しくしてあげてね。
デレも、姉者と2人になるときは、恐そうな男の人には近付かせないようにしてほしいのじゃ。
……お願いね」
懇願するように妹者が言う。初めて彼女が年相応に弱々しく見えた。
デレは痛ましげな顔で頷く。ニュッは返事をしない。
ζ(゚、゚*ζ「そのお話、勝手に聞いても良かったんですか?」
l从・∀・ノ!リ人「話した方がいいと思ったら話してって、姉者が言ってたから」
今が話すべき時機だと思ったわけだ。
たしかに、どういった点が特に苦手なのかを知っていた方が対処しやすい。
妹者はもう一度「お願い」と繰り返し、部屋の灯りを消すと、寝台に潜り込んだ。
少しして、デレがサイドテーブルからスタンドライトを床へ下ろした。
淡い灯りの下で日記をつけ始める。
かりかりと紙を擦るペンの音が響いていく内に、妹者の寝息も混じるようになった。
日記が閉じられる。
先に寝るねと元気のない声で言って、彼女はニュッの隣で膝を抱えた。
ζ(゚、゚*ζ「……」
闇に目が慣れると、間近にあるデレの顔もそれなりに窺えた。
眠ると言っておきながら、その目は開かれている。
何を考えているのだろう。
彼女は基本的に、物事を深く考えない。
へらへら笑って都合のいいことばかり口にする。
町なかで悪漢に絡まれ、さらに姉者の過去を聞かされておいて、
この期に及んでまだ「人間って素晴らしい」だの「みんな幸せになれますように」だのと言うのだろうか。
──言うのだろうな。ニュッは嘆息した。デレがゆるりと肩を動かす。
馬鹿みたいだ。──思うだけに留まらず、聞こえよがしに呟くと、
デレに手の甲を抓られた。
#
2940年 5月31日
昨日、日記を書いた後、何故かニュッさんに馬鹿にされました。
ニュッさんって本当に意地の悪いことを言う。
そして姉者さんにまで意地悪言ってました。
姉者さんが宿泊代の支払いでちょっともたつけば「のろま」とか。
昨日のことで疲れた顔をしている姉者さんに「ぶす」とか。
あのひと昨夜の妹者さんの言葉聞いてなかったのかな……。
妹者さんはその度にニュッさんの足を踏んだりお尻を殴ったりしていました。
毎回やり返されてましたけど。雇い主なんだけど、ニュッさん分かってるのかな。
ていうかニュッさんも妹者さんもそんなことしちゃいけません。
あ、でも、姉者さんもニュッさんにやり返してたなあ。
やっぱり怯えてはいたけれど、たまに、ニュッさんに文句を言い返してました。
そのおかげか夕方頃には姉者さんも結構持ち直してましたし。
……もしかしてニュッさんなりのショック療法?
ニュッさんも姉者さんのこと気遣ってたのかな?
いや、やっぱり、いつも通りに行動してるだけですかね、あれは……。
#
#
#
2940年 6月15日
駅のある町に着いたら、姉者さんと私、妹者さんとニュッさんで
それぞれ別行動をとるのがお決まりになってきました。
いつものように伝言板をチェック。特に収穫なし。
妹者さん、この町の子供達と遊んでました。(例のごとくニュッさんも一緒に)
すごいなあ、妹者さん。誰とでもすぐに仲良くなれる。
いいことです。
#
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2940年 7月7日
姉者さんが、ニュッさんの作ったオムレツを食べました。作らせたのは妹者さんですが。
今まで、男性が調理したものだと判明した時点で食事できなくなっていた姉者さんが!
(誰が作ったか分からないものなら、『女性が作ったもの』と思い込むことで何とか食べていました)
でも二度と食べたくないそうです。
仕方ないです、ニュッさん、お料理は苦手なので……。
ナイフの扱いは得意でも、味付けと焼き加減がちょっと。
ふてくされるニュッさんに、姉者さんがオムレツを作ってみせました。
とっても美味しい! ニュッさんも気に入ったみたいです。
お母様から教わったレシピなんですって。
弟さん達も気に入っていて、ご両親が忙しい時期には、姉者さんがよく作ってあげていたそうです。
姉者さんから聞く家族の話は、仲の良さが伝わってきてすごく好き。
そういえば私のお姉ちゃん、お料理が上手だったなあ。
お姉ちゃんと一緒に雇われていったドクオさんも。
2人とも元気かな?
#
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#
2940年 8月24日
突然ですが姉者さんはとてもスタイルがいいです。
だから変な目で見る男の人がたまにいて、そのせいで姉者さんが具合を悪くして……
長所が彼女を悩ませているということが、気の毒でなりません。
女性的なお洒落にだってもちろん興味はあるけれど、
自分を飾ることに少し不安があるから、装飾品になかなか手を出せないんですって。
髪飾りの一つくらい付けたって、平気だと思うんですけれど……。
ニュッさんは「太れば」と手っ取り早い(?)解決法(?)を提案していました。
それを受け入れるか本気で悩む姉者さんを、妹者さんが何を言っていいか分からない顔で見ていました。
たぶん私も同じ顔をしていたと思います。
というか、よくよく考えたら、やっぱり解決法じゃありません。それ。
#
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2940年 9月19日
今日は私が妹者さんと、そして姉者さんがニュッさんと一緒に行動してみました。
提案者は姉者さん。喜ばしいことに。
といっても、一時間ほど別々に市場を巡っただけなんですけどね。
妹者さんは何にでも興味を持って駆け回るので、一緒にいる私まではしゃいでしまいました。
うっかり衝動買いしてしまいそうになるのが危ないところですが。
合流地点に着くと姉者さんの目が死んでいました。
それから「デレちゃんと一緒がいい」って。
どうやらニュッさんとずっと口喧嘩してたみたいです。
裏を返せば、男の人とずっと会話できていたということで……それはさすがに前向きすぎますかね?
#
#
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2940年 10月23日
旅を始めてから、もう5ヵ月。早いものです。
同時に、未だ姉者さん達のご家族と出会えていないということでもありますけど。
一体いくつの町を回ってきたでしょう……でも結構楽しいです。
列車に何日も乗っていたときは、退屈な瞬間がそれなりにありましたけどね。
思えば姉者さんの変化が感慨深いです。
最近はニュッさんとも普通に会話をするし、それどころか軽口を叩き合えるようにまで!
嬉しい限りです。
ニュッさんの態度が悪いおかげで、
姉者さんも気安く憎まれ口を叩くようになった感じですかね。
たまに怯えはしますけど、以前よりは少ないですし。
ただ、だからといって、男の人への恐怖心が薄まったわけでもないようで……。
っと、この話をする前に、まず書かなきゃいけないことがありました。
今日、とある町に入ったんです。
鉱山が近くにあって、そのおかげで発展している大きな町。
そこで、クーさんと会いました!
実に半年以上ぶりです!
#
ζ(゚、゚*ζ「わあ、すごい人……ちょうど列車が来たとこなんだね」
( ^ν^)「あーそう……」
列車に乗り降りする人々で賑わう駅。
息苦しさにニュッが辟易していると、デレが辺りを見渡し、「さて」と呟いた。
ζ(゚ー゚*ζ「それでは姉者さんと私は用事を済ませてきます。
妹者さんは、ニュッさんと一緒に美味しいものでも食べて待っていてくださいな」
l从・∀・ノ!リ人「はーい!」
∬´_ゝ`)「ニュッさん、迷子にならないでね」
( ^ν^)「俺に言うなよ」
列車に乗るためにここへ来たわけではない。
姉者が駅に用があるらしいので、分かりやすい場所で一時別れるために来た。
母親探しやら何やらは、いつも姉者とデレのみでやっている。
ニュッと妹者は大抵が別行動。なぜ妹者にも手伝わせないのかは分からない。
万が一、悪い情報──たとえば家族の死など──があった場合を考えてのことだろうか。
4人が2組に分かれようとした、そのとき、
川 ゚ -゚)「おお、デレにニュッさん。久しぶりだな」
馴染みのある声がかかった。
今のように普通に喋るときは凛としているが、歌い始めると途端に繊細に震える声。
荷物を背負ったクールが、薄く微笑んで近付いてくる。
方向からして列車から降りてきたらしい。
クールの隣には彼女の雇い主であろう男がいたのだが、
顔を真っ赤にさせ足取りはふらふらと──要は泥酔しているようだった。
ζ(゚ー゚*ζ「クーさん! 久しぶり!」
l从・∀・ノ!リ人「知り合いなのじゃ?」
ζ(゚ー゚*ζ「組織のお仲間です」
しばし待つように沈黙してから、クールは「相変わらず愛想がないな」と
ニュッの胸元を手の甲で軽く打った。愛想に関しては人のことを言えないだろうに。
デレが姉妹にクールを、クールに姉妹を紹介する。
クールも隣の酔っ払いを簡単に紹介した。ロマネスクというらしい。
列車でしこたま酒を飲んだのだという。
(*ФωФ)" ヒック
( ^ν^)(酒くせえ)
川 ゚ -゚)「これから列車に乗るのか?」
ζ(゚ー゚*ζ「ううん、さっきこの町に入ったの。ちょっと用があって駅に来ただけ」
川 ゚ -゚)「そうか、私達は列車で来たところなんだ。
もう少し先の町まで行くつもりだったが、
明日は天候が荒れるらしくてな。不安だから降りた」
口を半開きにしたアホ面で辺りを見渡していたロマネスクが、
ふと、視線を一点に定めた。その先には姉者がいる。
(*ФωФ)「女である。よい年頃だ」
∬;´_ゝ`)「っえ、……え、え?」
己に興味を持たれていると悟った姉者が、さっと青ざめた。
クールはロマネスクに対して呆れ顔。またか、とでも言いたげな。
とろりとアルコールに溶けつつも、しっかり値踏みするような視線。
姉者が初対面の男から向けられるものとしては、特に苦手とする部類の目色だ。
顔よりも体の方ばかり見つめている辺り、意図は分かりやすい。
ロマネスクの瞳に欲が滲む。
彼が一歩距離を詰めると、姉者がその倍は後退り、代わりにデレがロマネスクの前に立った。
(*ФωФ)「お前の雇い主は、今夜空いているであるか?」ヒック
ζ(゚、゚;ζ「あ、空いてません!」
川 ゚ -゚)「ロマネスク、さっさと部屋をとりに行くぞ。水飲んで寝ろ」
生憎クールの両手は荷物でふさがっていた。
どちらかが空いていれば、ロマネスクの腕でも首根っこでも引っ張っていってくれただろうに。
そこまでは望めなくとも、このとき口の一つでも塞いでくれていれば、
それだけで結果は違っていた筈だ。
(*ФωФ)「そろそろ商売女には飽きたところである。
護衛を雇うからには、それなりに身元のしっかりした娘であろう?
小遣い稼ぎとでも思って、一晩くらい我輩に付き合え」
口説き文句ですらない。
よりによって、姉者が一番恐怖を煽られる、最悪のパターン。
もしかしたら冗談のつもりだったのかもしれないが、
そういう目で見ていることには変わりがないわけで。
∬; _ゝ )「……!」
l从・∀・;ノ!リ人「姉者っ!」
姉者が逃げるように駆け出したのは、当然の流れだ。
こんな場所で走ったら男とぶつかる可能性も高いのに。
いち早くデレが後を追い、庇うように姉者の肩を抱いて、
人気の少ない方向へと誘導していった。
面食らっていたクールが、はっと我に返ってロマネスクをきつく睨む。
川 ゚ -゚)「ロマネスク、お前な……」
(*ФωФ)「……何であるか、あれは」
川;゚ -゚)「ああもう……ニュッさん、妹者さん、申し訳ない。うちの馬鹿が」
(#ФωФ)「あ!?」
( ^ν^)「面倒くせえことしやがって」
l从・∀・#ノ!リ人「もー! 姉者は男のひと苦手なの! 何じゃこのオッサンは!」
怒る妹者へクールが改めて謝罪する。
彼女が謝っても妹者は納得しないだろう。無体を働いた主人の方でなければ。
が、当人は悪びれる素振りもなく。
ふん、と鼻を鳴らすと、微妙に呂律の回っていない口を動かした。
(*ФωФ)「はあー、たかがあんなもので逃げるとはなあ……
ウブというものを通り越しているであるな」
川 ゚ -゚)「お前の下卑た言動はそりゃお前にとっては平常通りだろうが、
彼女にとっては大きな問題なんだ。端で聞いてる私だって不愉快だった」
クールのささやかな嫌味に気付いていないのか──というより別のことを考えていたから流しただけだろう、
ロマネスクはぴんときた様子で、事も無げに言った。
(*ФωФ)「男に好き勝手陵辱されたクチか」
川#゚ -゚)「ロマネスク!」
クールが本気で怒鳴る。酔っ払いの肩が跳ねた。
口振りは堂々としているが、小心者。彼の気質は、会って間もないニュッにも正確に見て取れた。
説教を始める前にこちらへ頭を下げたクールは、左手の荷物をむりやり右手にまとめると
ようやく空いた手でロマネスクの腕を掴み、踵を返した。右手が辛そうだ。
川 ゚ -゚)「……そういうこと言うな」
(*ФωФ)「ガキに遠慮しろと」
川 ゚ -゚)「全ての人に遠慮するべき発言だ」
言い合う声が遠ざかる。
妹者は目を丸くして立ち尽くしていたが、
「陵辱」の意味は分からずとも、姉の最も慰撫すべき領域に踏み込まれたことは理解したらしく、
怒りの形相を浮かべて地面を何度も踏みつけた。
l从・д・#ノ!リ人「……何じゃあいつは!!
ニュッさん! あのオッサンと同じ町にいたくないのじゃ! 早く出よ!」
( ^ν^)「まだお前の親さがしてねえだろ」
l从・∀・#ノ!リ人「探して早く出る!!」
ぷりぷり(と可愛らしい表現では済まないが)怒りながら歩き出す妹者。その後を追う。
姉者とデレはどこだろう。
ζ(゚、゚*ζ「妹者さん、ニュッさん」
あまり探す手間もかからなかった。斜め後ろから声をかけられたので。
振り向けば、ベンチに座って項垂れる姉者と、その背を撫でるデレがいた。
l从・∀・ノ!リ人「姉者! ……大丈夫なのじゃ?」
∬;´_ゝ`)「うん……」
大丈夫そうには見えない。
姉者は青ざめた顔を顰めさせ、ふるふると首を振った。
∬;´_ゝ`)「……だめね、私……あれくらいのことで……」
ζ(゚、゚*ζ「『あれくらい』なんかじゃありません。
いいんです姉者さん、辛いことは我慢しないでください」
宿をとりに行きましょうとデレが提案した。
こんな人混みより、宿なり何なりで休ませた方がいいに決まっている。
姉者が頷きかけたところへ、妹者が「あ」と声をあげた。
l从・∀・ノ!リ人「でも姉者、用があって駅に来たんじゃろう?
どんなご用事だったのか教えてほしいのじゃ、妹者とニュッさんで済ませてくるから」
∬;´_ゝ`)「え」
返ってきた反応は、あからさまに困ったものだった。
説明しようとしては何度かつっかえ、それから、妹者にだけ耳打ち。
l从・∀・ノ!リ人「おー……うん、買ってくるのじゃ。出来る出来る。
サイズとかも分かるから大丈夫」
∬;´_ゝ`)「よ、よろしくね」
話はまとまった。
それでは、と、デレが姉者に背を向ける形でしゃがみ込む。
姉者が戸惑い首を傾げた。
ζ(゚ー゚*ζ「おぶっていきます! 巧みに男性を避けて歩いてみせましょう」
∬;´_ゝ`)「え、でも、鞄とかあるし」
ζ(゚ー゚*ζ「姉者さんを背負いながら荷物を運ぶことも可能ですが、まあニュッさんに持ってもらいましょうか」
( ^ν^)「勝手に決めんな」
ζ(゚、゚*ζ「お願いニュッさん」
l从・∀・*ノ!リ人「お願い!」
デレと妹者が同時に小首を傾げた。ねだるように。
ニュッは舌打ちを返して、着替えや日用品の入った鞄を抱えた。
これぐらいは持て、と姉者のバックパックを妹者に背負わせる。
姉者が不安げにこちらを見てきた。手を伸ばそうともしていたが、
先の名残でニュッと関わるのも億劫らしく、手を引っ込めた。
∬;´_ゝ`)「あの、妹者、せめて……それは私が……」
l从・∀・ノ!リ人「だいじょーぶ!」
ζ(゚ー゚*ζ「妹者さんが持ってるなら大丈夫ですよ、姉者さん」
デレの一言に姉者は思案するように沈黙し、「そうね」と小さく呟き同意した。
そうしてようやく、デレの背中に身をあずける。
ζ(゚ー゚*ζ「途中にあった、青い看板の宿に行ってみます。
空きが無ければ別の宿に行きますね。そこも駄目だったら……」
l从・∀・ノ!リ人「まあ宿を回ってみれば、いずれは合流できるじゃろ」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ、その通り。じゃあ行ってきます」
l从・∀・ノ!リ人「姉者、また後でね」
∬´_ゝ`)「うん……」
( ^ν^)「重いからって途中で落とされんなよ」
∬´_ゝ`)「ニュッさんうるさいわ」
ζ(゚ー゚*ζ「姉者さんその調子ですよ、ニュッさんが余計なこと言ったらどんどん言い返してください。
あ、別に重くないですし落としませんから安心してください」
ふふ、と微笑みを残してデレは歩き出した。
宣言通り、上手いこと男に近付きすぎないように移動している。
l从・∀・ノ!リ人「じゃ、妹者達は任務を果たしに行こうかの」
( ^ν^)「なに頼まれたの」
l从・∀・ノ!リ人「下着」
( ^ν^)「ああ」
「なるほど」。それ以外に返事のしようがなかった。
長旅をする者の行き来が増えたためか、どこの町も、服屋を駅に近い場所に置く。
大きな駅ならば構内にある場合も。
まさしく衣料販店は駅の中にあった。
店内に入ると、ニュッはそれなりに距離を置いて妹者の買い物を見届けた。
薄い水色。何がとは、言わないけれど。
l从・∀・ノ!リ人「じゃ、宿に行こうかの」
とっとと済ませた妹者が、やや急ぎ足で駅の出口へ向かう。姉者が心配なのだろう。
が、トイレの前に差し掛かったところで、ニュッの服を掴んで立ち止まった。
l从・∀・ノ!リ人「えっと、ニュッさん」
( ^ν^)「あ?」
l从・∀・ノ!リ人「んーっと、」
( ^ν^)「小でも大でもいいから、早く行ってこいよ」
l从・∀・ノ!リ人「嫌いじゃな! ニュッさんのそういうとこ嫌いじゃな!」
勿論ニュッまで入るわけにはいかない。
一旦荷物を全て預かり、入口の脇で妹者を待った。
一人でただ待つだけというのも退屈だ。
どうでもいいことを考えようとすると、手近な記憶の反芻が始まる。
そうすると、一度は流しかけたような、細かいところに着目してしまう。
( ^ν^)(……何でわざわざ駅に……)
服屋はここにしかないわけではない。
こんな人の往来が多い──必然的に男と接触する確率が高くなる──場所へ、わざわざ来る意味は?
それともう一点。
妹者がバックパックを背負ったとき、姉者はそれをやめさせようとした。
そのときにデレが──
ζ(゚ー゚*ζ『妹者さんが持ってるなら大丈夫ですよ、姉者さん』
こう言った。
妹者なら大丈夫。
では、ニュッが持っていれば──駄目なのか。
妹者とニュッで何が違う?
妹者ならば無くさないがニュッなら無くすかもしれない? そんなことはない。
どちらかといえば、そういうことにはニュッの方が神経質だ。姉者も分かっているだろう。
では何だ。
このバックパックは普段、姉者かデレが持っていた。妹者は使っていない。
そういえばこれが開かれるところを、ニュッは見たことがない。
中身は何だ。この中には──
中。ああ。そうか。
中身を見られたくないのか。
妹者が使っていない以上、これは姉者の私物。
ならば妹者は勝手に開けたりしない。そういう性格だから。
妹者が持つなら大丈夫、とデレは言った。言外に、ニュッが持つのは駄目だとも。
デレはよく知っている。付き合いが長いので。ニュッなら平気で開けるだろうと知っている。
正味、気になることは早めに解消したい主義だ。
なのでやはりニュッは、妹者から預かったバックパックを躊躇いなく開けた。
別に、姉者からも妹者からも開けるなと命令されていないのだから、遠慮しなかった。
l从・∀・ノ!リ人「──ただいまー」
ハンカチで手を拭いながら妹者が戻ってきた。
元通りに閉められたバックパックを背負い、服屋の袋を大事そうに抱える。
l从・∀・ノ!リ人「ニュッさん、行こ」
( ^ν^)「おう」
l从・∀・ノ!リ人「何か甘いものが食べたいのう……姉者に買っていったら、食べるかの?」
( ^ν^)「さあ」
l从・∀・ノ!リ人「……ニュッさんは会話を続けないことに関してはピカイチじゃの」
( ^ν^)「妹者。ちょっと、あっちに寄ってこう」
l从・∀・ノ!リ人「とうとう返事も無しか。……何じゃ、あっちに何があるのじゃ?」
#
宿で部屋をとってから(いつも通り二人部屋です)、姉者さんはずっと俯いていました。
症状としては軽い方。
酷いときだと、泣いたり吐いたり、身体的にもお辛そうですから。
それから一時間も経たない頃に、妹者さんとニュッさんが宿へ到着しました。
アイスクリームを買ってきてくれたのが嬉しかったです。
冷たくて甘くて口にしやすいから、姉者さんの気分をだいぶ落ち着かせてくれます。
とはいえ私も姉者さんも、妹者さんの様子が気になって仕方なかったんですけどね。
だって、何度も姉者さんを見ては、うふうふ笑ってそわそわして、明らかに変です。
姉者さんがアイスクリームを食べ終わったのを見計らって、妹者さんが急かすようにニュッさんの背中を叩きました。
するとニュッさんが、ポケットから一枚の紙を。
駅の掲示板でこんなものを見付けた、って。
「父者母者と合流。中央へ向かう。弟者も一緒。姉者と妹者の無事を願う。 兄者」
姉者さんの弟であり、妹者さんの兄でもある方からのメッセージでした。
ああ、疲れてきたので、今日の日記はここまでです。
おやすみなさい、また明日。
……何やら騒がしいので今廊下を見てみましたが、
酔っ払った様子のロマネスクさんと、彼を運ぶクーさんの姿が。(あれからまた飲んだのでしょうか……)
彼らもこの宿にしたようです。姉者さん達と鉢合わせたらまた大変かもしれません。
2940年 10月24日
クーさんが言ってた通り、天気が大荒れ。
外に出られないので、お部屋の中で話したり遊んだりしてました。
話題はもっぱら、ニュッさんが持ってきたメッセージのこと。
お2人のご家族は全員無事、どころかご両親とご兄弟は合流済み。
それが分かって、妹者さんはとても喜んでいらっしゃいました。
何だか私まで嬉しくなっちゃうような喜びよう。
早く中央に行こう、と妹者さんは朝からにこにこ。いえ、昨日からですね。
この町からなら、中央へはそう遠くありません。
列車の行き来も、他の地域よりは多いそうですから、
何日かここに滞在して、次に来た列車に乗れば数日程度で中央に着く筈です。
次の列車で中央に行きましょうと姉者さんは言っていました。
持っているお金の残高からしても、それが妥当だそうで。
妹者さんのはしゃぎようといったら!
でも、夕食時に食堂でロマネスクさんと会ってから機嫌が急降下。
どうやら昨日、姉者さんと私が離脱した後に、腹の立つようなことを言われてしまったようです。
クーさん達も天気が落ち着いたら馬車でこの町を出るとか。
それなら、私達の方が先に中央に着きますね。
中央と言えば、お姉ちゃんに会えるかな? 5年ぶり。きっと驚くだろうなあ。
2940年 10月25日
今日は特に何もなく。
姉者さんも妹者さんも元気です。
私とニュッさんも。
今日も外は雨と風がすごいです。
あ。妹者さんが、宿に泊まっていた同年代の女の子と仲良くなったらしく、
ニュッさんを巻き込んで遊んでらっしゃいました。
妹者さんの社交性すごいです。
2940年 10月26日
ああ、何てこと。
ニュースを聞いてから、さっぱり落ち着きません。
ここのところ続いた悪天候の影響か、朝方に町の鉱山で土砂崩れがあったそうです。
それが線路に直撃したとか。
とはいえ、それ自体は大した規模じゃなかったので
お昼に復旧作業が行われたんですが……。
その作業の最中、再び土砂崩れが起こってしまったらしいんです。
それも、一度目よりも激しく。
大騒ぎです。落ち着きかけた天気もまた荒れてきましたし、もう、どうしましょう……。
怪我人は運ばれて一命を取り留めましたが、まだ、埋まってしまって出てこられない方が何人も。
どうか全員助かりますように!
2940年 10月27日
天気がまだ回復しません。
下手に現場へ近付けないそうで、救助作業も進まず。
姉者さんがずっと窓を眺めていました。
天災のときのことを思い出してしまうのではと心配でしたが、
「避難所の中じゃ外の様子なんか見えなかったし」と苦笑い。ほっとしました。
妹者さんは例の女の子と遊んだり、従業員さんのお手伝いをしたり。
ニュッさんはいつも通りです。事故の件に関しては「何人死んだかな」の一言。誰も死にません!
食堂で、またクーさん達に会いました。
ロマネスクさんは町を出られないことに苛々、クーさんは事故や天気にはらはら。
ロマネスクさんがまた姉者さんに話し掛けて、妹者さんに怒られてました。
でも姉者さんも頑張ってロマネスクさんの言葉に答えてたんですよ。すごい!
ニュッさん並みに話が続きにくい返答でしたけど……。
あ、何だか、昨日よりは雨が弱まってきている気がします。
このまま止んでくれればいいんですけど。
2940年 10月28日
昨夜遅くに雨が止み、風も落ち着いてきたので
朝から本格的に救助作業が再開されました。
日が暮れた頃、事故に巻き込まれた方々が全員見付かったそうです。
2人生還。7人の方が亡くなりました。
2940年 10月29日
線路の復旧作業が始まります。
こちらは救助作業より時間が掛かるそう。
しばらく列車は通れません。
列車が来ないなら、と町を出る人(旅人さんや、中央を目指す方達)がたくさん。
馬車はみんな借りられていきました。
クーさんとロマネスクさんは馬車の手配に間に合わなかったみたいです。
クーさんが文句を言われている姿を食堂で見ました。クーさんも言い返してましたけど。
私達の方はどうなるんでしょう?
近くの町まで歩こう、と妹者さんは言いましたが、姉者さんが乗り気じゃない様子。
2940年 10月30日
この間までの風雨が嘘のように、最近はいい天気が続きます。
今日は事故で亡くなった方々のご遺体が、町の広場で荼毘に付されました。
たくさんの人が集まって、彼らの死を悼んでいて。
とても悲しい。
#
──焼けるにおいに、ニュッは僅かに眉間へ皺を寄せた。
∬´_ゝ`)「……」
ζ(゚、゚*ζ「……」
隣を見れば、姉者もデレも、じっと炎を──その中で崩れていく死体を見つめている。
見に行こうと言い出したのは姉者だった。
大勢の人間が集まる、男もたくさんいる、とデレが言っても、姉者の意見は変わらなかった。
そこへ「広場を見下ろせる場所がある」と発言したのは妹者。
ここ数日、宿で知り合った少女とあちこちで遊んでいたので
町の地形には些か詳しくなっていたのだ。
宿の近くにちょっとした丘があり、そこから広場はよく見えた。
他にも何人かが丘に来ていたが、まばらに散っていたので姉者の脅威になる程ではない。
l从・∀・ノ!リ人「……あれは、家族かのう……」
しゃがんでいる妹者が、広場で泣き崩れている女と子供を眺めている。
被害者は皆、土砂をどかす作業をしていた者達だった。
全員男だ。7人の男が焼かれている。
むせび泣いているのは、妻子や、両親や、きょうだい。
黒い煙が上がっている。
それが人の焼ける色なのか、それとも燃料の燃える色なのか、ニュッには分からない。
ただ、いつぞや列車の中から見た色と同じだった。
誰もが痛ましい顔つきで、焼かれる死体や立ち上る煙や、慟哭する遺族を見ている。
デレが、耐えきれないとばかりに顔を覆って視界を閉ざした。
それらを眺めているニュッは、ああ、人が死んだのかと実感していた。ぼんやりと働く頭。
どうせなら全員、世界中の全員、死ねばいいなと。
いつも通りの思考。
#
2940年 10月31日
明日、姉者さんと妹者さんの誕生日だそうです。
あんなことがあった直後に言うのも何だけど、と姉者さん。
いいえ、あんなことがあった直後だからこそ、おめでたい話題がありがたいのです。
日付が一緒って、素敵です。二倍おめでたい日ですもの。
そう言ったら、姉者さんがびっくりしたような顔をして、それから笑っていました。
今までは(と言っても5年前まで、ですが)幼い妹者さんの方が中心になりがちだったので、少し寂しかったそうです。
じゃあ、明日は姉者さんも妹者さんも、どちらも丁重にお祝いいたしましょう!
2940年 11月1日
今日は色々ありました。
うーん。
なんだかなあ。
書くの面倒臭いや。
#
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさん、姉者さん達の誕生日パーティーやろう!」
また思い付きで馬鹿を言い出した、と思ったら本気だったらしい。
夕食前に姉者と妹者をクールに任せ(当然クールは戸惑っていた)、
デレはプレゼント、ニュッはケーキを買いに行くこととなった。
費用はそれぞれの給料から。当人達には一応内緒で。
適当に4人で食べられそうなケーキを購入して宿に戻ると、
とっくに帰っていたデレが部屋を飾り付けていた。
従業員から借りたシーツやらタオルやらで。器用だ。
ζ(゚ー゚*ζ「よし! ご飯はお部屋に持ってきてもらうことになってるから、姉者さんたち呼んできて!
どうせならクーさんとロマネスクさんの分も頼めば良かったかなあ」
( ^ν^)「それはやめとけ」
切実に。
クールはともかく何故ロマネスクまで呼ぶという発想が出来るのか、なんて思いつつ、
ニュッはクール達の部屋へ姉妹を迎えに行った。
妹者が姉者の前に立ってロマネスクと睨み合っていた。
やっぱりどうあっても無理だ、これは。
l从・∀・#ノ!リ人「ニュッさん遅い!!」
(#ФωФ)「貴様ら、このガキにどういう教育をしているのである!
人のものに手を出そうとするとは!!」
( ^ν^)「……ええと、何があった」
∬;´_ゝ`)「クーちゃんを雇いたいって妹者が言ったら、ロマネスクさんが怒っちゃって」
川 ゚ -゚)「私としては、そちらの仲間に入る方が魅力的だけどな」
(#ФωФ)「クール!!」
川 ゚ -゚)「……まあ私がいないと、こいつに差し迫った問題が生じるので無理だ」
てっきり、ロマネスクがまた姉者に妙なことを仕出かしたのかと思ったのだが。
クールの取り合いか。何歳児と何歳児の争いだ。
とりあえず早く連れ出さねば、ロマネスクの怒気に、最も無関係な筈の姉者がやられてしまう。
余計なことを言った妹者が悪いということにして、彼女の頭に軽いげんこつを食らわせると、
抗議を無視して小脇に抱えた。
l从・∀・#ノ!リ人「クーさんはいい人だから、こんなオッサンのところにいてはイカンのじゃ!」
(#ФωФ)「やかましい、さっさと去ね!」
川 ゚ -゚)「嬉しい言葉をありがとう。ああ、改めて誕生日おめでとう、2人とも」
l从・ε・#ノ!リ人 ブーブー
( ^ν^)「クールを雇うまでの金はねえぞ、もう」
∬´_ゝ`)「お邪魔しました。歌、ありがとうね」
何か歌ってもらったのか。
それもあって妹者はクールに懐いたのだろう。
ドアが閉まりきるまで妹者とロマネスクは口喧嘩を続けていた。
敢えてもう一度言うが、何歳児と何歳児の争いだ。
ζ(´ー`*ζ「ハッピーバースデー!」
姉者と妹者が入室すると同時に、デレが大きな声で言った。
姉妹の反応はというと、はにかむように微笑むだけだった。
ζ(゚、゚;ζ「あ、あれ、反応が薄い……いわゆるサプライズなのに」
∬´_ゝ`)「ごめんデレちゃん、結構ばればれだったわ」
l从・∀・ノ!リ人「うん……でも嬉しいのじゃ」
なら良かったですとへらへら笑って、デレは2人を中心のテーブルセットへ座らせた。
食堂で見た覚えが。これもわざわざ借りたのか。
2人は室内の飾り付けや卓上の料理に目を輝かせた。
本などで見るようなご馳走、とまでは行かなくとも、
宿の規模に鑑みると、充分に贅沢なメニューだった。大振りの肉にたっぷりのソースなんか、特に。
∬*´_ゝ`)「すごい。高かったんじゃないの?」
ζ(゚ー゚*ζ「お誕生日だって言ったら、サービスしてくれたんです。
……この前の事故のことがあったから、宿の人も、お祝い事に力を入れようとしてくれたのかも」
その発言により空気が少し沈んだが、デレがケーキの箱をテーブルに乗せ、
妹者が喜色を湛えたことで場の雰囲気が持ち直した。
ニュッとデレも席につき、それぞれのグラスにぶどうジュースを注ぐ。
ζ(゚ー゚*ζ「改めまして! 姉者さん、妹者さん、お誕生日おめでとうございます!
かんぱーい」
4人とも、グラスを軽く掲げるだけで済ませた。
乾杯の直後、各々がグラスに口をつける数秒の沈黙。
先にグラスを置いた姉者が、こちらを見た。得意気に。
∬´_ゝ`)「ニュッさんより年上になったわ」
( ^ν^)「また一段と老けたな」
∬;´_ゝ`)「うるさい! おめでとうとか言えないの!?」
ζ(゚ー゚*ζ「もー。ほらニュッさん、お祝いの唄とか歌おうよ。一緒に歌ってあげるから」
( ^ν^)「さっきクールがやったらしいぞ」
ζ(゚ー゚;ζ「ぎゃっ。クーさんの後に歌う勇気はないなあ」
l从・∀・*ノ!リ人「あっ、じゃあ、じゃあ、妹者が歌う!
あのね、クーさんから教えてもらったのじゃ!」
∬´_ゝ`)「教えてもらったっていうか、何回もせがむから覚えただけでしょ」
自分で自分を祝うために歌うというのも、どうなのか。
デレが笑顔で手拍子を始める。ニュッは構わずパンに手を伸ばした。
妹者が披露した祝歌は、短かったが耳に残るような独特のメロディーをしていた。
余韻までたっぷり楽しんでから、姉者とデレが拍手する。
ニュッも数度、手のひらを打っておいた。パン屑を払うために。
ζ(´ー`*ζ「じんわり染みる、素晴らしい歌ですねえ」
l从・∀・*ノ!リ人「そうじゃろう? クーさんの声で聴くと格別じゃ」
∬*´_ゝ`)「知らない曲なんだけど、何となく懐かしい感じがするのよね。
クーちゃんのお国の歌なのかしら」
( ^ν^)「いや、ヴィプ国の歌だろう。クールの出身じゃない」
ヴィプ国の民謡は特徴的だ。組織で学習中、資料として何曲か聴いたことがある。
クールが何故ヴィプ国の祝歌を──ああ、ロマネスクの故郷か。
歌声を理由に雇ったからにはクールに何か歌わせるのが目的だろう。
ヴィプ国の民謡を覚えさせたのは、その業務に関係しているということか。
ニュッが1人納得していると、ふと、やけに静かなことに気付いた。
見れば姉妹が沈黙している。何故。
怪訝な顔をするニュッとデレに、姉者が掠れそうな声で問い掛けた。
∬´_ゝ`)「……どうして、ヴィプ国の歌をクーちゃんが?」
( ^ν^)「ロマネスクの出身なんじゃねえの」
ζ(゚、゚*ζ「あ、そうですね、ロマネスクさんってたしかヴィプ国のお役人さんでしたもの。
クーさんが雇われていったときに、ちらっと聞きました」
∬´_ゝ`)「役人?」
ζ(゚、゚*ζ「はい、えっと、防衛庁の人だったかな?」
「そう」。姉者の返事はそれだけ。
そこからは普通の食事会のようだった。
決して空気が悪かったわけではないし、姉者も妹者もよく笑っていたけれど、
時折、何かを考えるような仕草を見せていた。
──食事を粗方終えた頃、デレが2人にプレゼントを渡した。
揃いの髪飾り。鉱業に突出した町だけあって、銀細工のフチに綺麗な鉱石が嵌め込まれている。
姉者は蜂蜜のような黄金色、妹者は淡いピンク。
ζ(´ー`*ζ「お2人に似合うと思って」
l从・∀・*ノ!リ人「ありがとうデレ、ニュッさん!」
∬*´_ゝ`)「ありがとう、とっても綺麗ね。こういうの貰ったのは久しぶりだわ」
何故だかデレとニュッからのプレゼントということになっていた。
選んだのも買ったのもデレなのに。
とはいえ、ここで水を差すのも無粋だろうと黙っておく。
続けてケーキの箱を開けたデレは、切り分けようとした手を止め、
早く早くとせがむ妹者へ顔を向けた。
ζ(゚ー゚*ζ「あ、そうだ! 妹者さん、仲良くなった女の子いましたよね。
今更ですけど、あの子も呼んできましょうか?
ケーキだけでも一緒に食べましょうよ」
3つ隣の部屋に宿泊している親子。
その娘とたまたま廊下で会った妹者は、そのままよく分からぬ流れで仲良くなった。
他に子供がいなかったようなので、お互い、貴重な同年代の友達を得られて嬉しかったらしい。
毎日のように遊んで──そういえば昨日は遊んでいなかった。一昨日も。
たしか廊下ですれ違いざまに挨拶してはいたが、遊ぼうと言う少女に妹者が「後でね」と断って。
デレの提案に、妹者が顔を曇らせた。
l从・∀・ノ!リ人「ん……あの子は、いいのじゃ」
ζ(゚、゚*ζ「どうしてです?」
l从・∀・ノ!リ人「……あの子は、お母さんいるから……」
何となく賑やかだった空気が、また静まり返った。
デレが首を捻る。
ζ(゚、゚*ζ「えっと……?」
l从・∀・ノ!リ人「あの子と遊んでると、夕ご飯の時間に、お母さんが迎えに来るのじゃ」
だからどうした、とは思わない。
言葉が続かなくとも、言いたいことは充分に伝わる。
羨ましいのだ。
きっと妬ましくて堪らなくて、それであの少女と遊ぶのが億劫になった。
沈黙。
デレが困り顔で答えあぐねている。
そうこうする内に、妹者がゆっくりと姉者の顔を見上げた。
何度も躊躇いを経てから、思い切って訊ねる。
l从・∀・ノ!リ人「……のう姉者、いつ、ここを出るのじゃ?」
∬´_ゝ`)「……」
l从・∀・ノ!リ人「妹者、早く母者たちに会いたいのじゃ」
∬´_ゝ`)「それは、……私だって」
l从・∀・ノ!リ人「なら、何で、まだこの町にいるのじゃ?」
∬;´_ゝ`)「……」
俯き、妹者は所在なさげに髪飾りを弄った。
l从・∀・ノ!リ人「……母者の顔、もう、覚えてないのじゃ……
父者も、おっきい兄者もちっちゃい兄者も」
ほのかに笑いが込められた声。
それは、努めて明るく振る舞おうとして──そして失敗している声だった。
妹者の顔が更に下を向く。
ぽたり。鳴った音は、テーブルに落ちた雫の。
l从;-;ノ!リ人「みんなに、お誕生日おめでとうって、言われたかったのじゃ……」
∬;´_ゝ`)「……デレちゃんとニュッさんが言ってくれたわ。クーちゃんも……」
l从;-;ノ!リ人「は、母者と父者に、ぎゅうって、抱っこしてほしかったのじゃ」
ζ(゚、゚;ζ「妹者さん」
慰めの台詞に悩んでいてもしょうがないと思ったのか、デレが立ち上がった。
妹者へ歩み寄り、小さな体に手を伸ばす。
今は私で我慢してください──彼女の言葉に妹者は首を振り、伸ばされた手を叩き落とした。
l从;д;ノ!リ人「デレじゃ駄目なのじゃ! ニュッさんじゃ駄目なのじゃ!
姉者でもなくて……っ」
悲痛な声と共に顔を上げる。
ぼろぼろと零れる涙がテーブルクロスに染み込んでいく。
言っている本人が、誰より傷付いていた。
それは子供として正当な願いなのだが、
姉を困らせていることにも違いはないのだと理解しているらしく、
そのせいで罪悪感を抱いている。また、それ故に理不尽さも感じているだろう。
椅子を倒す勢いで立ち上がり、まだ11歳になったばかりの少女は叫んだ。
l从;д;ノ!リ人「母者達でなきゃ、駄目なのじゃ!!」
彼女の足はほんの僅かな躊躇を見せた後、結局、駆け出した。
ドアを押し開け、廊下へ飛び出す。
∬;´_ゝ`)「あ、」
ζ(゚、゚;ζ「待って、妹者さん!」
最初に追ったのはデレ。
ちょうど立っていた分、行動が早かった。
姉者も立ち上がる。そうなればニュッも腰を上げざるを得ない。
とりあえず先にケーキを箱にしまい直した辺り、ニュッのマイペースさは相変わらずだ。
その間に廊下に出ていた姉者が、驚いたような声をあげた。
何事かと急ぎ追い掛けてみれば、すぐ近くにロマネスクとクールが立っていた。
川;゚ -゚)「あ、すまんニュッさん、菓子でもあげようかと思ってさっき来たところで……」
( ^ν^)「聞いたのか」
川;゚ -゚)「……そういうつもりでは、なかったんだが」
クールがしょんぼりと目を伏せる。責めているわけではないのに。
一方のロマネスクは、妹者達が去ったのであろう方向を見遣りながら口を開いた。
( ФωФ)「母親が何だというのだ、馬鹿らしい……」
心底苛立つような声色に、普段なら咎めるであろうクールも怪訝な目を向けた。
しかしロマネスクの瞳からはすぐに興味が消え失せた。そのまま踵を返そうとしている。
かと思えば。
突然足を止め、ハハジャ、と呟いた。
何かに思い至ったような声だ。
( ФωФ)「──貴様、もしやアスキー国の出か?
……ああ、イモジャとアネジャ……そうか、そういえばそんな名か」
妹者を追い掛けようとしていた姉者が、勢いよく振り返った。
どうしてという疑問は、その表情には無かった。
どちらかといえば──「やっぱり」といった色。
( ^ν^)(……あー、そうか、ヴィプ国……)
かつての世界地図を思い浮かべ、ニュッは諸々に納得した。
巨大な天災。アスキー国に残るのは危険。ではどこへ避難するか。女2人、内1人は幼児。
なるべく迅速に移動できて、安全な場所。あまり敵対していない国。
距離や情勢、様々な面から言えば、ヴィプ国が最も条件に合う。
かつて姉者達が避難した先は、ロマネスクの故郷だったのだ。
( ФωФ)「では、男ばかりの避難所に放り込まれた娘とは、貴様のことであったか。
なるほど。それで男嫌いに?」
∬;´_ゝ`)「──え、」
川 ゚ -゚)「……何だ、どういう話だ」
これといって特別な話ではない、とロマネスクは事も無げに返した。
( ФωФ)「天災時、他国からの協力要請は山ほどあった。
アスキー国などという小国なぞ相手に出来んほどな」
( ФωФ)「だが、うちの防衛庁にサスガハハジャと懇意にしている者が居って、
その伝手で娘2人だけでも預かることになったそうだ」
どこの避難所へ姉妹を入れるか。
空きは少ない。既に、どこも──限界だった。
無理に押し込んでも、誰かと入れ替えても、必ず不満が出る。
それで揉められたって、問題解決に割く時間はない。
では、押し込む形であったとしても、彼女らを歓迎してくれる場所は?
歓迎とまでは行かなくとも、彼女らに価値を見出してくれる場所は?
そうして辿り着いた答えが、ヴィプ国軍の第一シェルター。
( ФωФ)「どうせ小国の軍人の娘。好きに利用してやろうという話でな。
他の似たような境遇の娘達と一緒に、慰み者として放り込んでやれと」
川 ゚ -゚)「お前が仕向けたのか?」
( ФωФ)「馬鹿な。我輩は関わっておらん。話を聞いただけだ。
我輩は自分のことで手一杯だったのである」
川 ゚ -゚)「……そうだな、知ってる。──でも、止めようともしなかったのか、お前」
( ФωФ)「どうでも良かった。そもそも止めたところで我輩に益はあるか?」
川 ゚ -゚)「……。彼女の母親と懇意にしている者が手配したんじゃなかったのか?
どうしてそんなことに」
( ФωФ)「こちらの国もいっぱいいっぱいだったのである。
命さえ無事なら、義務は果たしたと同義と思ったのであろう。
まあ、勿論、親の方には何も言わずに決めたのだろうが」
──そういうものだったのだ。
あの頃の人々は生きるか死ぬか──本当に、その二択しかなかった。
生きるとしたって、どんな形で生き残るかを自由に選択する余裕など、
一部の者にしか与えられていなかった。
∬;´_ゝ`)「……」
姉者の顔は青白い。
ふらつきながら歩き出す。妹者を追おうという意思は感じられなかった。
その背を見つめ、ロマネスクがこめかみを掻きながら呟いた。
( ФωФ)「誕生日に聞かせる話ではなかったか」
川 ゚ -゚)「……どんな日だろうと、言うべきじゃなかった」
クールが正しい。言うべきでも、聞くべきでもなかった。
元から「そのため」に避難所に放り込まれたなどと。
姉者の全てと、妹者の心と、娘の無事を願う両親の想いを、最悪な形で踏みにじられていたなどと。
姉者はふらふらと歩いていく。
ニュッはその数歩後ろをついていく。
共に無言だ。
別に、慰めるためについていっているわけではない。声をかける気もない。
護衛である以上、そして本来の「担当」であるデレがいない以上、自分が姉者を見ていなければならない。
何なら「ついて来るな」と命令してくれれば楽なのだが。
淡い期待も空しく姉者は黙って歩き続け、
人気のない方へと流れていく内に、駅舎へ入った。
灯りこそついてはいたが、誰もいない。
しばらく列車も来ないのだから当然か。
姉者がベンチに座る。
ニュッも、一人分のスペースを空けて腰を下ろした。
何分も黙りこくっていた姉者が、ふと囁いた。
∬´_ゝ`)「……死んじゃえば、いいのにね……」
誰がとは言わない。──誰、とも決まっていないのだろう。
恐らくは漠然と。彼女が特に苦手とする種類の男達へ向けて。
そしてきっと、彼女自身もどこかに含まれている。
( ^ν^)「殺せって言うなら殺すが」
∬´_ゝ`)「誰を?」
( ^ν^)「誰でも。お前が命令するなら」
∬´_ゝ`)「そういう命令、していいの?」
( ^ν^)「言われればやらなきゃいけねえし」
∬´_ゝ`)「そう……」
組織にいた頃は、雇われてから数ヵ月、あるいは数日で戻ってきた仲間を何人か見た。
むしゃくしゃするからという理由で、そこら辺のチンピラを殺させるような主人を持った者もいた。
同じように姉者が命じれば、ニュッは従う。そういうものだから。
姉者が再び口を閉ざす。
ニュッは首を擡げ、構内の壁をぼんやりと眺めた。
掲示板が目に入る。
ボードから溢れ返るほどのメッセージの数々。
そういえば、と、ある疑問を思い出した。その疑問を初めに抱いたのは10日近く前。
前述の通り、気になることは早めに解消したい主義だ。
10日も我慢したのだから、丁度いい機会でもあるし、ここでぶつけてもいいだろう。
きっとデレは姉者から真実を聞いているのだろうし。
ならば自分にだって知る権利はあるのでは。
( ^ν^)「何で隠してた?」
∬´_ゝ`)「え?」
( ^ν^)「母親と、父親と、弟のメッセージ。
今まで通ってきた町で、いくつか見付けてたくせに。妹者に隠してた」
∬´_ゝ`)「……鞄の中、見たの?」
( ^ν^)「見た」
∬´_ゝ`)「最低」
──あの日、ニュッがバックパックを開けたとき。
中には姉者の私物の他に、数枚の紙の束が入っていた。
日に焼けていたり、比較的新しかったり、紙自体の状態はばらばらだったが
そこに書かれた内容は概ね同じだった。
「○○の町へ行く 流石母者」。
「母者と合流しました。××へ向かいます 父者」。
「△△にて待つ。父者と母者、姉者と妹者の無事を願う。 兄者・弟者」
彼女の家族が残してきたメッセージ。
初めはてんでばらばらな方向に行っていたようだが、徐々に近付いていたので、
彼らも駅の掲示板か、でなければ他者からの証言などで情報を得ていったのだろう。
だが姉者は──
このことを妹者に話していなかった。
誰がどの町に行ったか知っていた上で、寄る必要のない町へ寄りながら時間をかけて移動し、
家族に追いつかないようにしていたのだ。
完全に避けているわけではない。それならばメッセージと逆の方向に行けばいいのだから。
だが姉者はそうせず、じっくりと家族の道筋を追っていた。
その足取りが、ニュッには、迷っているように思えた。
( ^ν^)「何で隠してた」
再度同じ質問をする。
姉者はたっぷりと間を置いて、口を開いた。
∬´_ゝ`)「……家族を探すようになったのは、2年くらい前からね。
それまでは、妹者と一緒に小さな町でひっそり暮らしてた。ヴィプ国から離れて。
そうしてたら、あるとき旅人さんから、母者に会ったっていう話を聞いたの」
∬´_ゝ`)「それからは、普通に……母者のこと追ってたんだけど」
母親はしょっちゅう移動していたらしく、なかなか捕まえられなかったという。
そうする内──初めて、母以外の家族の情報を得られた。
∬´_ゝ`)「ある街の駅で、伝言板に父者の文字を見付けたわ。
そのとき妹者はトイレに行ってたから、私しか見てなかった。
……妹者があの場にいたら、私、あんなことしなかったと思うんだけど……」
∬´_ゝ`)「急いで、父者のメッセージを消したの」
何故とニュッが問えば、「恐くなったから」と簡潔な答え。
∬´_ゝ`)「他の町で弟のメモを見付けたときも、恐くなっちゃった。
妹者に気付かれない内に、鞄にしまって見なかったふりをしたわ」
( ^ν^)「何が恐かったんだよ」
∬´_ゝ`)「……」
流暢に語っていた口が、止まった。
静かだ。
じじ、と電灯が小さく鳴く声の他には、呼吸の音しか聞こえない。
隣から聞こえる呼気がほのかに乱れた。
∬´_ゝ`)「私、男の人の死体が焼かれるのを見るのが、好きだわ」
物騒な言葉。
ニュッの問いへの答えではない──いや、答えなのか。
∬´_ゝ`)「最初に見たのは、『天災』が終わった頃……
やっと外に出られたとき」
∬´_ゝ`)「避難所で死んだ人をね、みんなで焼却したの。
ほら、私達がいたところ、……荒れてたし──ご老人も少しだけ、いたから。
避難生活の間に何人か死んでて。処理しなきゃいけなくて」
外にもたくさんの死体があったろう。
それらとまとめて焼いたのではないか。
葬る、というよりも、処理、の方が実際正しいのかもしれない。
∬´_ゝ`)「私に酷いことしてた男の人がね、火に焼かれて、原形がなくなっていって……
何て言うのかしら。その、ね、私、……」
姉者の右手が、すうっと空中を撫でるように左から右へと振られた。
かつて見た光景を表現しようとしたのだろうが、何を表したかったのかは分からなかった。
火が、広がる様だろうか。
もごもごと口を動かす姉者。
相応しい言葉を探していた彼女は、やがて、ぽつりと言った。
∬´_ゝ`)「嬉しかったのよ」
本人もしっくり来たようで、嬉しかった、と繰り返していた。
∬´_ゝ`)「そりゃ恨んだ相手だからね、死んで焼かれてるのを喜ぶのは、自分でも分かるんだけど」
∬´_ゝ`)「妹者のこと守って、私のことも気にかけてくれてたお爺さんの死体が焼けるのを見ても、
同じような気持ちになったの……
」
じわじわ、彼女の声が震えていった。
そこに滲むのは恐怖だ。
変わらず空中に留まっていた右手が、ぱたりと落ちる。
いつしか震えは彼女の体にまで広がっていた。
「本当に嬉しかった」──確認するように、三度目。
膝の上で両手を合わせる。その手をゆっくりと持ち上げて、口元を覆って。
姉者が眉を寄せた瞬間、ぽろぽろ、涙が零れ落ちた。
∬;_ゝ;)「私たぶん、もう駄目なんだわ。おかしくなってるんだわ」
相手の善悪に関わりなく、「男」であるというだけで、その死を喜んでしまう──
それをおかしいと言う彼女に、ニュッは否定も肯定もしない。
仕方がないのかもしれないとも思うし、たしかにおかしいとも思う。
∬;_ゝ;)「父や弟のメッセージを見て──
みんな生きてるって知って、私、恐くなった。
──家族にまで『消えてほしい』って思うようになってたらどうしようって」
∬;_ゝ;)「生きてたのは嬉しいのよ。本当に嬉しいの。
だけど、いざ会ったら、家族だろうと嫌になってしまうかもしれない。
それを確認するのが恐いの……恐いのよ……」
ニュッが男でなかったら、肩の一つでも抱いて優しい言葉をかけてやるべきところだ。
いや、女だったとしても、そのようなことをする性格なぞしていないが。
( ^ν^)「俺を雇ったのも、そこら辺に関係あんのか」
そんなことよりは、質疑応答の方を優先させる人間である。
姉者は頭を小さく縦に振った。
∬;_ゝ;)「どうあっても男を受け入れられないのか、試してみようと思ったの。
私のことを大事にしてくれる優しい男の人と旅をしてみて、
それでも駄目だったら……」
( ^ν^)「駄目だったら?」
∬;_ゝ;)「……妹者のことを任せて、私は一人で遠いところに行こうと思ってた……」
ざ、と冷たい風が吹く。
2人の距離は、風が通るには充分すぎる空間を作っていて、ひどく体が冷えた。
「結果は」。
ニュッの問いに姉者が自嘲めいた笑みを浮かべ、今度は首を横に振る。
∬;_ゝ;)「やっぱり駄目だった……。
私ね、ニュッさんにも、死んでほしいって思うときがあるの。
ニュッさんが炎に焼かれて骨だけになるのを想像してしまうの」
笑い声のなり損ないのような吐息が、姉者の唇から漏れた。
今度は自嘲ではなく、可笑しさから笑ったようだった。
∬;_ゝ;)「ニュッさん、私に酷いこと言うから、もしかしたらそのせいかもしれないけど」
たしかに。本来姉者が計画していた実験からは、ピントが外れてしまっていただろう。
要は「家族のように親しい相手でも受け入れられないかどうか」を試したかったわけだから、
その前提条件を丸きり無視するようなニュッの態度では、実験結果に意味など無い。
すんすんと鼻を啜り、姉者が小首を傾げた。
∬;_ゝ;)「本当は組織の人に、
『人間好きな男性』と『人間嫌いな女性』を雇いたいってお願いしたのよ」
∬;_ゝ;)「こっちが女2人でしょう。同行者が男の人だけじゃお互い不安だろうし、
かといって優しい女の人が来たら、その人に甘えちゃって実験出来なくなるだろうと思って。
……でも上手く伝えられてなかったみたいで、逆の人達が来ちゃったわね」
ほんの数秒、考え込む素振りを見せて、こちらへ目を向ける。
∬;_ゝ;)「……まさかニュッさん、女の人だったりしないわよね?」
( ^ν^)「男」
∬;_ゝ;)「そうよね、ふふ、やだ、想像しちゃった……おかしい」
笑えない。
逆に考えればデレが男ということにもなる。本当に笑えない、というか気味が悪い。
だが姉者のツボには嵌まったらしい。
初めはくつくつと忍び笑いをする程度だったのが、
だんだん上半身を折り曲げて堪えなければならないほどにまで。
「──我らが先生は、何も間違っていませんよ?」
そこに、ふんわりとした声が飛んできた。
驚いた姉者が弾かれたように頭を起こす。
ニュッはこっそりと溜め息。いつ話に混ざってくるのかと思っていたが、ここでか。
∬;´_ゝ`)「デレちゃん」
ζ(゚ー゚*ζ「はい、デレですよ」
姉者が涙を拭いながら声の主の名を呼べば、柱の陰から、妹者を背負ったデレが現れた。
別に気配を消してもいなかったので、ニュッには早い内から彼女の存在を感じ取れていたのだが。
ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさい、盗み聞きしちゃって……あ、でも私の方が先に来てましたからね?
妹者さんをあやすために歩いてて、人がいなさそうだったのでここに来たんです」
l从-∀-ノ!リ人 スー、スー
泣き疲れたのか、妹者はデレの背で寝息をたてていた。
目元が赤く、腫れぼったい。
先程までの会話を妹者にも聞かれていたのか、と姉者が訊ねる。
デレは首を振って否定した。姉者が来る直前に眠っていたと。
静かにこちらへ歩み寄り、妹者を姉者に抱かせると、デレがニュッと姉者の間に座った。
いくらか潜めた声で言う。
ζ(゚ー゚*ζ「話の続きをしましょうか。
先生の人選は、いつだって正しいんですよ。姉者さん」
いつも通り、ふわふわして、妙にきらきらした笑顔。
姉者はきょとんとした様子で彼女の笑顔を見つめている。
ζ(゚ー゚*ζ「私だろうと、組織の人だろうと、先生だろうと雇い主だろうと知らない人だろうと、
ニュッさんはいつでも誰に対しても舐め腐った態度をとります。
こんなに平等な人、他に知りません」
ζ(´ー`*ζ「何でこんなに平等かっていったら、そりゃあね。
誰のことでも愛してるからですよ」
丁寧にも右手でニュッを示しながらの説明であったが、
聞かされた姉者は、デレの言葉が誰を指しているのか、すぐには読めなかったようだ。
たっぷり黙りこくって、ようやく「ニュッさんが?」と一言。デレが頷く。
∬;´_ゝ`)「みんな死ねとか、いつも言ってるじゃない」
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさんはこの世に生きる全ての命が大好きなので。
誰かが死んだとき、それを悲しむ人々のことを思うと可哀想で堪らないのです。
それならみんな一緒に死んだ方が楽だというわけですね。馬鹿みたいな理屈です」
ζ(゚ー゚*ζ「ね、ニュッさん?」
( ^ν^)「人のことをべらべら喋んな」
認めるのも何となく癪だったので、文句だけ返した。
「喋りますよう」、とデレが甘ったるく囁く。
「姉者さんは聞くべきなんです」とも付け足して。
続けて姉者に向き直り、デレは自身の膝を軽く打った。
ζ(゚ー゚*ζ「言っちゃいましょう。
ニュッさんはね、姉者さんと同じような目に遭いました。
彼の場合は、被害者と加害者の性別が逆転するわけですけど」
∬;´_ゝ`)「え、」
さらりと言い放たれて、また姉者の理解が遅れる。
それが追いつくのも待たずに、嬉々とした表情、声音で彼女は続けた。
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさんはとある国の、とある娼館で働くとある娼婦さんから生まれました」
無遠慮に語ろうとするデレをニュッは止めもしない。
姉者に聞かせるべきらしいし、知られて困ることでもないし。
そもそもニュッ自身が昔、詳らかにデレへ話したのだし。今さら隠すほどでも。
ζ(゚ー゚*ζ「雇っている娼婦が妊娠したとなれば中絶か解雇かってところですが、
そのお店は特に下劣極まりなかったので、出産ショーという需要がね。ふふっ。
生まれたときから見世物だなんて、可哀想なニュッさん」
化けの皮が剥がれてきているぞ、と心の中でだけ指摘しておいた。
デレはこういう話が好きだ。ニュッの生い立ちなど特にお気に入りらしく、何度も語らされた。
彼女の姉の方は真人間だったので、いい顔をしなかったけれど。
( ^ν^)「俺はマシな方だから。出産ショーより先に堕胎ショーになる場合もあるし」
ζ(´ー`*ζ「やだあ。ほんと人間ってクソだね。うふふ。
──で、そこでニュッさんは虐待されながら育ったんだよねえ?」
娼館には娼婦達の生活スペースが設けられていた。
要は従業員を店に縛り付けていたわけだ。
3歳頃まではニュッもおとなしく育てられていた(たまに行為を『見る』役目はあった)が、
それを過ぎると、雑用やら何やらを押し付けられた。
売りに出されなかったのは幸い──もはや何が良くて何が悪いのかも分からないけれど。
とはいえ実際のところ、彼の主な役目は、娼婦達のおもちゃになることだった。
客や支配人に好き勝手されることへの鬱憤をニュッで晴らそうとしたのか、
はたまた、単なる興味や嗜虐心や暇潰しによるものか。
大半の理由は後者だろう。
痛みが多かった気がする。楽しいと思ったことはなかった。
12歳の頃、自分の上に跨がる女が腰を振りながら、火のついた煙管を腕に押しつけてきたことがある。
「萎えて」しまえばもっと酷いことをするぞとニュッを脅しながら笑っていた。
結局仕置きを喰らう羽目になったので、一晩で8箇所に火傷、5箇所に裂傷を負った。
そんなことばかりだ。毎日。毎晩。毎朝。
15歳になって組織に拾われるまで、ずっと。
──この世界には、ゴミしか落ちていないのだろう。
ニュッの目に映る光景はことごとく汚かった。男も女も、大人も子供も全て。
みな同じだ。等しく醜い。自他共に。
そう思うと愛しくて堪らないのだ。
誰も彼も自分と同じ。つまり自分も皆と同一。
ゴミ溜めに生まれた時点で、皆ゴミである。少しばかり汚れ具合に違いがあるだけの。
可愛い可愛いゴミだ。
∬;´_ゝ`)「……」
姉者が絶句している。
姉者さんとニュッさん、どっちが辛かったのかな? デレが首を捻る。
どちらがより、と考えるだけ無駄だろう。比べるものでもない。
ζ(゚ー゚*ζ「……うん、まあ、ともかく。そういうことですのでね。
安心してください姉者さん。姉者さんはたしかに少しおかしくなっていますが、
ニュッさんよりは、普通の感性してると思いますから」
全てを愛するよりも、何か嫌いなものがある方が普通なんですとデレは繋げた。
姉者はニュッとデレを交互に見て、困惑することしきりだ。
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、そうだ。ねえ姉者さん、もし誰かを殺したくなったら、
ニュッさんじゃなくて私に命令してくださいね?
ニュッさんにそんなことさせるの可哀想でしょう?」
その言葉で、ようやく姉者はニュッからデレへ思考を切り替えられたらしい。
彼女の要望通り、ニュッは「人間好きな男」。であるならば、
∬;´_ゝ`)「……デレちゃんは……」
ζ(゚ー゚*ζ「はい、私は自分以外の人間がすこぶる嫌いです。たとえ家族でも。
あ、ニュッさんや姉者さんのように、悲しーい過去があるわけじゃないんですけど」
馬鹿にするような言い方。
なんだか懐かしい。久しぶりに彼女の、このような喋り方を聞いた。
ζ(゚ー゚*ζ「私はもう、そういう性質なんです。
別に、酷いことしたくなるわけじゃありません。寧ろ優しくしたいくらい。
でも嫌いなんですよね。吐き気がします」
∬;´_ゝ`)「……私のことも、妹者のことも?」
明言を避けて微笑むだけに留めたのは、護衛としての自制心からか。
とはいえそれこそ明確な答えであったので、姉者は少しショックを受けた顔をして、
膝の上で眠る妹者を優しく抱え直した。
ζ(゚ー゚*ζ「……好きになろうとは、努力してるんですけどね」
( ^ν^)「嘘つけ」
ζ(゚ー゚*ζ「本当だよ?
でも、やっぱり、本質って簡単に変えられないものなのかなあ……」
ほんしつ。姉者の口が、単語をなぞる。
ζ(゚ー゚*ζ「人間の本質は変えられないって、よく言うじゃないですか。
何か癪なんで、その言葉を否定したくて頑張ってるんですけど、なかなかどうにも」
その発言に、はっと姉者が目を丸くした。
何かに気付いたような顔をして、それから、また自嘲。
目を伏せ妹者の頭を撫でた。
∬´_ゝ`)「……そう、ね。……そうよね。
……私の男嫌いも、きっと変わらないのよね、もう……」
ζ(゚、゚*ζ「やだなあ、そう解釈するんですか?
私、姉者さんの本質はそこじゃないと思いますけど?」
( ^ν^)「そうだな」
デレがどんな方向へ話を収束させようとしているのかを悟り、ニュッも手伝うことにした。
風が冷たい。寒い。早く宿に帰りたい。
( ^ν^)「お前の男嫌いなんて、たかだか5年前に降って湧いたようなもんだろ」
∬;´_ゝ`)「な、何その言い方。すごく腹立つ……」
ζ(゚、゚*ζ「だからあ。
男嫌い云々以前に、姉者さん、ご家族のこと大好きだったんでしょう?」
∬;´_ゝ`)「──、」
姉者が息を呑んだ。
口を噤み、ゆっくりと妹者を見下ろした。
ζ(゚、゚*ζ「楽しそうに、お父様や弟さんのこと話してくれたじゃないですか。
あれ、本心でしたよね?」
∬;´_ゝ`)「でも、私……」
ζ(゚、゚*ζ「ニュッさんなんか実験台にしてもしょうがないですよ。意味ないです。
──会ってみればいいじゃないですか、お父様と弟さんに。
会わなきゃ分かりませんよ」
ζ(゚、゚*ζ「会ってみて、それでも駄目だったら、逃げればいいです。
そのときには私とニュッさんが付いていきますよ。妹者さんは家族に預ければいいし。
私達に何が出来るか分かりませんけども、いないよりはいいでしょう」
∬;´_ゝ`)「……でも!」
( ^ν^)「せめて中央に着くまでは妹者の傍にいなきゃ駄目だろ」
尚も食い下がろうとする姉者に、ニュッが真っ直ぐ声をぶつけた。
( ^ν^)「途中でお前がいなくなろうもんなら、
妹者は親に会えないこと以上に悲しむんじゃねえの」
親を求めているといっても、姉が不要なわけではない。
幼い内に姉と2人きりになってしまった妹者からすれば、
既に記憶の薄い他の家族よりも、姉者の方が身近で馴染み深いのだから。
妹を抱く腕が、微かに震える。
──小さな手が、姉者の腕に触れていた。
l从・∀・ノ!リ人「……」
∬;´_ゝ`)「……い、もじゃ……」
ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさい、寝たふりするようにお願いしてました」
( ^ν^)「狸寝入り下手すぎだろ」
l从・∀・ノ!リ人「うっさいのじゃ。姉者は気付いてなかったじゃろう」
口を尖らせながら、妹者は姉者の膝の上で体勢を整えた。
呆然とする姉の目を覗き込む。
赤い目元と赤い鼻先が正面から向かい合った。
l从・∀・ノ!リ人「……さっきはごめんね、姉者。妹者が我侭言って、困っちゃったじゃろう」
∬;´_ゝ`)「わ──我侭なんかじゃないわ。……私の方が勝手に妹者を振り回して……」
l从・∀・ノ!リ人「いいのじゃ。姉者が不安だっていうなら、妹者は我慢できるのじゃ。
姉者が一緒じゃないなら、母者達に会ったって、楽しくないし」
強がりが多分に含まれているのは、ニュッにも感じられる。
姉である彼女には一層強く伝わっているだろう。
けれども、一言一句、本心であることも確かだ。
l从・∀・ノ!リ人「まあ、どーうしても我慢できなくなったら、姉者を置いて妹者ひとりで中央に向かうがのう!」
それも本当。
けらけらと笑い飛ばす妹者の声に、重たい空気が消えていく。
姉者が口元を歪める。笑うように。
しかし乾きかけていた目からは、大粒の涙が溢れ出た。
うん、うん、と姉者が何度も頷き、その頭を妹者が撫でる。
そんな姉妹の光景に、デレがうっとりと目を細めた。
ζ(゚ー゚*ζ「……ああ、人間って素晴らしいね、ニュッさん!」
( ^ν^)「心にもねえことを」
ζ(゚ー゚*ζ「うん」
#
2940年 11月2日
お昼頃、町を出ました。
姉者さんが決めたことです。
宿を出る前、妹者さんが例の女の子に、ちゃんとお別れの挨拶をしていました。
また遊ぼうねって笑顔で約束。約束はきっと果たされるでしょう。
それとクーさんからお菓子をもらいました!
姉者さんと妹者さんへのプレゼントですって。
お金を出したのはロマネスクさんだとか。自ら進んで、ってわけでもなさそうだけれど。
昨日ロマネスクさんが姉者さんに話したという内容は、ニュッさんから聞きました。
戦争や天災って、とても悲しいことですね。人々から正気や優しさを奪ってしまうんですもの……。
なんだか涙が出てきてしまいます。
町を出発した後は徒歩で移動。
日が暮れかけた頃、ようやく次の町に着きました!
私達のように前の町から移動してきた人で宿が一杯になっていたので、今夜は町の外れで野営です。
今までにも何度か経験済みですから、テントを張るのも慣れたもの。
朝になったらまた歩いて、多分お昼には更に次の町に着く筈です。
そしたら馬車なり列車なり、何かしらの手段で中央へ行きます!
姉者さんと妹者さん、お2人がご家族に会うために!
きっと素敵な再会になるでしょう。
どうか、お2人と、そのご家族が幸せになれますように。
そうだ、姉者さんと妹者さんが、私の贈った髪飾りを付けてくれたんですよ!
とっても似合ってて嬉しいです!
ああ、2人とも大好き!
#
ζ(゚、゚*ζ フゥ
ペンの音が止まる。
デレは日記を閉じて、ペンとひとまとめにすると自分の鞄にしまった。
それを横目に見ながら、水筒から水を一口飲んだニュッが
空いているスペースを指差す。
( ^ν^)「お前から寝ろ」
ζ(゚ー゚*ζ「うん、じゃあ、お先に」
∬ -_ゝ-)l从-∀-ノ!リ人 グー
抱き合うように眠る姉者と妹者の隣に、デレが横たわった。
狭いテントの中、ランプの灯りがゆらゆら揺れる。
毛布をかぶったデレが上目にニュッを見て、いたずらっぽく微笑んだ。
ζ(゚ー゚*ζ「おやすみニュッさん。今日も大嫌いだった」
( ^ν^)「おやすみデレ。今日も愛してたぞ」
うげえ、と舌を出すデレ。
彼女の「大嫌い」はニュッだけに向けられるものではないし、
彼の「愛している」もデレだけに向けられるものではない。無意味なやり取り。
どうも昨夜の調子が後を引いているらしく、
今日のデレはちょくちょく「人嫌い」の面が現れていた。
姉者と妹者は一日掛けて慣れたようだから、隠す必要もないだろうが。
( ^ν^)(……って、こいつは別に、本性を隠すために
ああいう振る舞いをしてるわけじゃねえんだったか)
昔のデレはとても我侭で、自分勝手な言動ばかりする少女だった。
他人との関わりはほとんど持ちたがらない。そのくせ人の不幸話には興味津々。
嫌いだから話し掛けないでと言った数分後には、嫌な思い出を聞かせてと笑顔で言い出すような。
しかも無差別ではなく、ちゃんと相手を選んでいた辺り、嫌らしい子供であった。
彼女には姉も先生も手を焼いていた。
姉が中央の首長に雇われていってからは、ますますねちっこくなる始末。
状況が変わったのは3年前。
誕生日を迎え、彼女はこんなことを言い出した。
ζ(゚ー゚*ζ『あのね、今日で15歳だから、色々変わってみようと思うんだー』
彼女の故郷では、15歳というのは大きな節目に当たるという。
何か儀式があるわけでもないが、一つの区切りを意識しなければならない歳。
そこで彼女は分かりやすい「成長」の証として、態度を改めることにしたというわけだ。
そういえば日記をつけるようになったのもあの日からか。
偽善者にすらなりきれない不自然さに、ニュッは馬鹿らしいとしか思えなかった。
その馬鹿らしさもニュッには可愛く見えたが。そもそも人間がやることなら大抵可愛く思える。
ζ(゚、゚*ζ「ニュッさんが気持ち悪いこと言うから目が冴えた……」
もぞもぞと身じろぎして、デレがニュッに背を向ける。
その背中を眺めつつ、やおら口を開いた。
( ^ν^)「珍しいよな」
ζ(゚、゚*ζ「何が……」
( ^ν^)「昨日のお前が。本性出してまで、随分と親身になってたじゃねえか」
ζ(゚、゚*ζ「んー?」
分かりやすく言ってよと、怠そうな声で文句をつけられる。
( ^ν^)「普段の猫被り状態なら、上滑りな励ましだけで済ませてただろうに」
ζ(゚、゚*ζ「いや、あそこで上滑りしたら姉者さんが旅から離脱してたでしょ……」
( ^ν^)「お前はそれでも構わねえだろ」
ζ(゚、゚*ζ「いやあ、構う構う」
それは問題だよ、と真剣に否定された。
どう考えても、彼女の性格からしたら、
「気を遣う相手が減って楽」なんて言い出してもおかしくないのだけど。
そっと身を起こしたデレが、手を伸ばした。
姉者が寝る前に外して枕元に置いた髪飾り。
デレの手に持ち上げられると、黄金色の石が灯りを反射してきらきら輝いた。
それを勢いよくニュッに突きつけ、彼女はきっぱりと言い捨てた。
ζ(゚ー゚*ζ「折角この私がお情けで買ってあげたのに、
全然使われないまま居なくなられたら癪でしょ!」
( ^ν^)「……ほんと自分勝手だな……」
ζ(゚、゚*ζ「ニュッさんに言われたくないよ」
──やはり本質というものは、そうそう変えられないらしい。
というか、そもそも変える気がないのでは?
ニュッは溜め息とも苦笑ともつかない吐息を漏らし、ランプの灯りを消した。
8:愛しい姉妹 終
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