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川 ゚ -゚)子守旅のようです 5:勤勉な男女



( ^ω^)「働きたくない」


 ナイトー・ホライゾン。
 通称首長。
 本人は「ブーン」という幼少時代の愛称の方が好きだ。

 今や世界を担う立場となった男は、口癖ともいえる呟きを漏らした。
 これで本日11回目。ちなみに数分前に目覚めたばかりである。


('A`)「……」

ξ゚⊿゚)ξ「……」

 彼と大して年齢の変わらぬ若い男と女が目配せした。
 「また始まった」と。


( ^ω^)「僕もう降りる。ドクオが首長でいいお」

('A`)「良くねえっすよ」

( ^ω^)「じゃあツン」

ξ゚⊿゚)ξ「遠慮いたしますわ」

( ´ω`)「働きたくなあい」

('A`)「はいはい、しゃきっとする。
    今日は畑の拡充についてお知らせ放送があるんすから。
    頼んますよほんと」

( ´ω`)「やあおやあお」

ξ゚⊿゚)ξ「ドクオそっち持って」

('A`)「ツンは脚な」

 ドクオと呼ばれた男が腕を、ツンと呼ばれた女が脚を抱える形で、
 ブーンを寝室から運び出した。

 太り気味のブーンに対し2人は細身なのだが(特にドクオは痩せぎすと言っていい)、
 彼らがブーンを軽々と運ぶ様はまるで子豚を抱えるよう。


ξ゚⊿゚)ξ「はい洗顔」

('A`)「ほい着替え」

ξ゚⊿゚)ξ「はいお食事」

('A`)「ほいスケジュール確認」

ξ゚⊿゚)ξ「はい今朝の新聞」

 ぱぱっと朝の支度を済ませた頃には、ブーンも目が覚めて、
 先程よりかは幾分ましな顔付きになっていた。
 諦めが見える、というべきか。

( ^ω^)「人参の味が落ちてたお。つか人参以外も酷いのがいくつかあったお。
       生ごみでも入れたのかってレベル。まじ無理。どっから拾ってきたの」

ξ゚⊿゚)ξ「ブーン様の『食材を一般流通レベルに落とせ』という言い付け通りですが」

( ^ω^)「ありゃ不味すぎるお……あれはいかんお……土食った方がマシだお……。
       あんなもん食っててよく生きていけるお一般人」

('A`)「散々っすね」

( ^ω^)「やっぱ、あんなのよりもちゃんと美味いやつが食いたい」

 ──背後から咳払いが聞こえた。
 げんなりしつつ、ブーンは振り返る。


(‘_L’)「ご歓談のところ申し訳ないが」

 初老の男が立っていた。
 勝手に家に上がったわけもないだろうから、ドクオかツンが応対したのだろう。
 そして今まで放っておいたと。(ブーンがぐだぐだと起きなかったのが悪いのだが)

( ^ω^)「おー、どうも、フィレさん。どうしましたお」

(‘_L’)「おはよう。……『新政府』とやらの件なんだがね」

ξ゚⊿゚)ξ(しんせーふ?)('A`)

(*^ω^)「ああ、あれ! いい考えですおね?」

(‘_L’)「新しい体制をというのは同意する。
      だが、何だあれは。ふざけているのか」

( ^ω^)「おん?」

 男──フィレンクトの言い分を理解できず、首を傾げる。
 それに苛立ったか、フィレンクトはかっと顔を赤くさせると
 右手に持った封筒をブーンに叩きつけた。


(#‘_L’)「あんなことが許されるか!! どうあっても我々と協力する気はないと言うんだな!」

(;^ω^)「おっ? え?」

 あと一歩で胸ぐらを掴みかねない勢いだった。
 それが果たされなかったのは、フィレンクトが理性的であったからではなく──

ξ゚⊿゚)ξ「お引き取りを」

('A`)「旦那はこれからお知らせ放送しなきゃならねえんで」

 ツンとドクオが2人の間に立ったからだ。
 共に語調は常と変わらなかったが、瞳のみ、険が籠められている。

 フィレンクトはたじろぎ、舌打ちをすると踵を返した。
 ブーンが胸元に手を当てつつ首を捻る。

(;^ω^)「びっくりした……何であんな怒ったのかお」

('A`)「いつものことでござんしょ」

ξ゚⊿゚)ξ「それより、『しんせーふ』って何のことですの?」

( ^ω^)「ああ、ちょっといいこと思いついたから、フィレさんにお手紙で相談したんだお。
       だからまだ具体案ではないんだけど……」

 今しがた叩きつけられた封筒をテーブルに乗せた。
 フィレンクトからの返事のようだが、あの反応からしてお断りの手紙だろう。

( ^ω^)「各地から有力者を募って、新しい政府を作ろうかなーって」

 合わせた指先を膝上でもじもじさせながら、上目にドクオ達を見る。
 乙女ならまだしも、20代後半の男がするべき仕草ではない。

 ドクオとツンは目を見開き、視線を交わした。
 それから、笑顔で頷き合ってブーンの手を左右それぞれ握り締める。

ξ*゚⊿゚)ξ「素晴らしいお考えですわ!」

(*'A`)「旦那が真面目に政治のことを考えるなんて!
    今朝うだうだ言ってたのは冗談なんすね、とうとうやる気になってくれたんだ!」

( ^ω^)「や、あの」

ξ*゚⊿゚)ξ「首長としてのご自覚が身についてきたのですね!
      次代を引っ張る主導者として──」

( ^ω^)「違う違う」

(*'A`)「へ?」

 2人の手の力が緩み、そして、


( ^ω^)「政治は新しい人達に任せて。僕は引退して小市民として暮らしたいんだお」


 その言葉を聞くや否や、ブーンの両手を離した。
 急に離された手は肘置きへとぶつかる。

(;^ω^)「いった!」

('A`)「放送の準備できてっか?」

ξ゚⊿゚)ξ「オッケー。あとは座って話すだけ」

( ^ω^)「ねえねえ、良くない? 新政府。名付けて『他人任せ大作戦』」

('A`)「移動しやしょうねえ旦那」

ξ゚⊿゚)ξ「原稿はカメラの横に貼ってありますので、
      ちゃんと真っ直ぐ前を向いてお話しくださいませね」

( ^ω^)「ねえねえ」


 ──こんなものだよな、と、ドクオもツンも内心呟いた。

 ブーンの怠けぶりは筋金入りだ。
 かれこれ5年も彼の護衛(というより側近)をやっている。散々思い知らされたこと。

 依頼を受けたときはドクオもツンも驚いた。
 最初に派遣される栄えある第一号として、自分達が選ばれたことにも。
 「組織」の最初の依頼人が、あの「中央」の首長だということにも。

 そして何よりその男が、


   ( ^ω^)『働き者をなるべくたくさん……え、大勢は駄目? じゃあ働き者の男女1人ずつ……。
          僕の代わりに働いてくれるくらいがいいお。うん。うん、じゃあそれで』


 こんな条件で依頼してきたことにも。




('A`)「──んじゃ、始めまあすよ。3、2、1──」

 カメラの裏に設置された機材。中継を示すランプが点灯する。

 怠い眠い面倒臭いを繰り返していたブーンは、ようやくここで覚悟を決めたのかしゃっきりと背を伸ばし、
 カメラ脇の原稿をゆっくりと読み上げていった。


( ^ω^)「──おはようございますお。
       先日も伝えた、畑の拡大とそれに伴う雇用増加について──」


.





5:勤勉な男女



('A`)「お疲れしゃーす」

(;^ω^)「ふうー。毎度のことながら緊張するお」

ξ゚⊿゚)ξ「お茶を淹れてきましたわ」

(*^ω^)「ありがとうお! ツンの淹れるお茶が一番美味しい。
       やっぱ人間、美味いもん飲み食いしないと人生楽しめんおね。
       下々の者共よ哀れ」

 カメラやらモニターやら、様々な機材が設置された一室。
 ブーンがツンから茶を受け取る前に、ドクオはブーンごと椅子を後ろへ引っ張った。機材に茶を零してはいけない。
 これほどの機器は、今や大変貴重な過去の遺産だ。

( ^ω^)「あー……首長辞めたい」

 一つ仕事を済ませれば、すぐにこれ。
 首を振り、ドクオは溜め息をついた。


('A`)「旦那、カメラの前で迂闊なこと言わねえでくだせえよ。
    もしもスイッチ入ってたらどうするんで。
    中央一帯に中継されちまうんすよ」

( ^ω^)「!」

ξ゚⊿゚)ξ「いいこと思いついた、みたいなお顔をなさらないで。
      わざと失言して失脚しようとでも考えたんでしょう」

( ´ω`)



 ──もうお分かりであろうが、この男、好きで首長になったわけではない。

 言ってしまえば、そういう「流れ」だったのだ。



 かつてこの地には、東スレッド国とレスポンス国という小さな国が並んでいた。

 両国は先の大戦では消極的で、また領土としても世界的な立場としても特に目立つ国ではなかったので
 他の国に比べると、それほど激しい争いには巻き込まれなかった。

 それ故に「天災」の被害が少なかったのだ、と言う者もいる。
 怒れる神に見逃されたのだと。

 偶然にしろ、たしかに天災は両国を完膚なきまでに痛めつけることはなかった。
 あくまで他の国に比べればの話であって、壊された都市はいくつもあるし、死者も多く出たものの。


 何にせよ、東スレッド国とレスポンス国の国境を中心とする形で
 それぞれ領土の半分ほどが、ほぼそのまま無事に残った。

 一気に両国の領土が半分になった。
 そして自国の無事な土地と隣国の無事な土地が、上手いことくっつくように残っている。
 自国のみでの復興は厳しいものがある──
 となれば、国境を取っ払い、一つの土地にしよう、ということになる。

 武力で一方を支配するような元気など、とうに無かった。


 さて暫定的にトップを決めておかねば纏まるものも纏まるまい、という段になり。

 やはり実際にトップだったものが務めるべきだろうという結論が先に出る。
 そしてその結論には問題点も付随した。

 東スレッドの大統領とレスポンスの国王は、天災で死んでしまっていたのだ。

 そうなると今度は、血筋という因子が重要視された。
 (ここは両国のお国柄によるものである)


 ( ^ω^)
 大統領の息子、ブーン。

 (‘_L’)
 国王の息子、フィレンクト。

 候補はこの2人。


 ブーンは20代。トップとしては若すぎる。
 対するフィレンクトは40代。次期国王だった立場から、知識も経験もある。
 これはもう満場一致でフィレンクトに決まる──筈、だった。


 フィレンクトが、災害時に自分だけ逃げようとしたという事実さえ暴かれなければ。

.


 ただ逃げようとしたならまだしも、国民を出し抜いてまで助かろうとしたというのだから、信用はがた落ち。
 非常時だから已む無しとはいっても、やはり、これはどうにも。

 逃亡にこそ失敗したとはいえ彼が生き残り、
 一方で、国を守ろうと行動した国王が亡くなったというのも駄目押しだった。
 善き王の死を悲しんだ分、息子への怒りも倍増。


 対してブーンは大統領と共に残留していた点が評価された。
 無論、彼は逃げようと考えるのすら面倒だったから残っただけなのだが、国民が知るよしもなく。

 あれよあれよという間に、気付けばブーンは首長と呼ばれるようになった。

 しかも何だか「辞めます」とも言えない雰囲気。
 言えばますます面倒なことになろうと察知していたので。


   ( ^ω^)(これはまずい)


 また更に運が悪いのが、かつて父に仕えていた者も軒並み死んでいるか心身に傷を負っているかしたため、
 親身になってサポート(という名の身代わり)をしてくれる者がいなかったこと。


 そのとき、彼のもとに「組織」の話がやって来た。
 情勢を聞きつけた組織が素早く営業しに来た、とも言う。

 お望みの技能・性質を持つ護衛。基本的に忠実で誠実な実力者揃い。
 さあいかがですという売り込みに、ブーンは飛びついた。



 斯くしてドクオとツンが派遣されてから5年。

 どうにかこうにかやってきて、現在、首長様の「辞めたい」欲は日に日に酷くなっていく。

('A`)「……旦那ァ。俺達だってさあ。一応、従順が売りの一つですんで、
    そりゃ代われるなら代わってやりたいんすけどもォ」

 空になったカップをさりげなく取り上げつつ、ドクオは怠けモードのブーンに再び溜め息をついた。
 彼の言葉をツンが継ぐ。

ξ゚⊿゚)ξ「今この世に必要なのは、安定ですわ。
      『中央』の『首長』といえば、今は世界の顔。
      ころっと変わっていいものではありませんの」

('A`)「やっとこさ各地が安定してきてるのに……まあ全部じゃないが……
    ともかく旦那が降りればこの中央が乱れ、そっからあちこちにも響き始めますぜ」

ξ゚⊿゚)ξ「はっきり言わせていただきます。
      たしかに、首長がブーン様でなければならなかった、というわけではございません」

( ^ω^) オゥ

ξ゚⊿゚)ξ「けれどあなたは首長になってしまったんですもの。なった以上は、
      せめて世界が今以上に落ち着くまでは首長で居続けるべきですわ。
      その『責任』が、あなたにあるんです」

('A`)人" パチパチ

( ^ω^)「責任……一番嫌いな言葉だお……」

ξ-⊿-)ξ=3

 毎日のように説教しても、効かない聞かない。

 口を閉じてブーンの意向にただただ添うのが、ツンにとってもドクオにとっても一番楽だろう。
 しかし彼らはそうしない。

 「勤勉な者を」という要望通り、2人は至極まじめで働き者で、主人想いでもある。
 故に彼らは、ブーンを首長に据え続ける必要性、
 それにおいては政務に積極性を持たせる必要があることを理解している。

 5年。
 5年も付き合ってやっている辛抱強さも、大したものだ。


('A`)「ともかく旦那、この後はフィレンクト氏のとこ行かねえと」

( ^ω^)「さっき怒らせたから行きたくないお」

ξ゚⊿゚)ξ「行かなければますます怒られますわ、きっと。はいドクオ腕持って」

( ´ω`)「やあおやあお」





 2国が合併し協力して──とは言うものの。

 やはり「元」東スレッドと「元」レスポンスの間には、それなりの確執もある。


 現状、リーダーはブーンである。
 しかし彼の後ろで活動するのは、フィレンクトを始めとするレスポンス国の元政治家ばかりだ。


 前述の通り、東スレッドの大統領配下の者は大半が死ぬか病むかしている。
 僅かに残った者は、ブーンのように若かったり政に疎かったりするので役に立たない。

 一方でフィレンクト側は、年齢的にも経験的にも熟した者がそれなりにいる。
 (多くはフィレンクトと一緒に逃げようとした者だろうけれど)

 なので、最終的な決定権はブーンにあっても、
 定期的に開かれる会議において言えば、ブーンの存在感は極端に薄い。


('A`)(首長になってすぐに俺らを雇って良かったよなあ)

ξ゚⊿゚)ξ(私達がいなければ、フィレンクトにすぐさま椅子を奪われてたわよね)

('A`)(旦那が完全に落ちぶれる形でな)

 ──ドクオとツンはブーンの後ろに立ちながら、口をあまり動かさずに小声で言い合った。

 眼前では、広く長いテーブルを囲んで男女が議論している。

「……西のウンエイに線路を敷くべきだ。あそこは最近になって栄えてきている」

「それより北のニューソクに──」

( ^ω^)「……」

 ブーンは沈黙するばかりだ。
 議論する面々も、ブーンに意見を求めることはない。


('A`)(ナメてやがるよなあ。議論するなら、てめえらが首長様のところに来るべきだろうに。
    それを、こうしててめえらが使ってる館に旦那を呼び出しやがって)

 ブーンとフィレンクト(と、それぞれの配下)は、隣り合う建物に住んでいる。
 なので距離自体は大したこともないが、だからといって、
 フィレンクトの縄張りでのみ事を進めるのがドクオは気に食わない。無論口は出さないが。

 一番気に食わないのは、人数が多いからという理由で半ば強引に
 フィレンクト達が大きい方の建物を選び、
 人数が少ないからと小さい方にブーン達を住まわせた点だ。

 別に、住まいの大小が問題なのではない。

('A`)(結局『東スレッド』と『レスポンス』で分けられちまってることが問題なんだ)

 統合して出身関係なく協力するのではなかったか。
 出身関係なく中央の人々を救うのではなかったか。

「──5区に空いている土地がある。大規模な市場を開きましょう」

「ああ、それはいい──」

('A`)(5区はレスポンス国民が一番多く住んでる土地だ。
    商業で利益を出させて優位に立たせるつもりだろう。
    となれば8区も──)

「──そして行く行くは8区にも……」

('A`)(ほらね)

 議論を聞きつつ、ドクオはブーンを一瞥した。
 もしも自分がブーンの立場ならば、ここらで一言かましてやるところだ。
 自分を主人の代替として思考を巡らすなんて、あまりに無礼なことだが。

( ^ω^)「──5区なら」

ξ゚⊿゚)ξ「!」

('A`)(お)

 ドクオとツンのみならず、他の者まで顔を上げたり目を見開いたりした。
 ブーンが自ら声を発したというだけでこの反応。正直、首長としては情けない。

 さあ何を言うのかと皆が注目する中、その空気に怯んだか、やや声を落としてブーンは言った。


( ^ω^)「……土がいいから、市場よりもカブを育てれば、良いのが出来ると思いますお……」

 静寂。

 呆れられている。
 いや、反応に困っているのか。

(‘_L’)「──まあ」

 沈黙を破ったのは、ブーンと向かい合う位置に座るフィレンクトだった。

(‘_L’)「彼は、食に関することだけは、立派なこだわりがあるから」

 皮肉だ。
 あちこちで嘲笑が起こる。
 ブーンは僅かに顔を赤くして俯いた。


「カブなら他の区で充分に作られているでしょう。
 これ以上増やす必要は、現時点では感じられませんな」

「そもそもカブに限らず、畑はもういいのでは?
 拡充を決定したばかりなんだから、しばらくはこのままでよろしいかと」

「そういえば拡充の件も珍しくナイトー様が言い出したことでしたなあ」

(‘_L’)「彼のご先祖は田舎の農民だったから、畑が好きなんだろう」

 また笑い声。
 ツンの目が据わってくるのを横目で確かめてから、ドクオは顔を背けた。
 もしもブーンが「腹立つから殴ってこい」とでも命令すれば、ツンは喜んでそうするかもしれない。闇討ちの形で。

('A`)「……市場ならば3区に立派なものが既にありますから、
    場所が近い5区に市場を開くのは性急だと旦那……ナイトー様は仰りたいんでしょう。
    とにかく生産を優先するべきだと」

 仕方なくドクオが補足した。口を挟んで申し訳ない、と付け足して。
 皆が鼻白む。

(‘_L’)「なるほど。ナイトー様でもそれなりに考えていらっしゃるのですな」

 逐一嫌みたらしい。
 どうせ、ドクオの言葉がブーンの真意ではないと分かっているのだろう。
 あれがフォローになるとは初めから思っていなかったが、ただただ鼻持ちならない。

 苛立ちに刺激されたか、少し、腹が減った。
 朝はブーンの世話とフィレンクトの訪問があって、あまり食べられなかったのを思い出す。
 ドクオはほのかに疼く左足を右足で擦った。

(‘_L’)「そういえば」

 場の空気に区切りが出来たところで、フィレンクトが口を開いた。

 変わらずブーンを見つめていたので、話題は彼に関すること。
 ドクオにもツンにも予想がつく。

(‘_L’)「『新政府』とやらの件だが」

(;^ω^)「お」

 既に周りにも伝えておいたのか、案そのものの説明を求める者はいなかった。

(‘_L’)「ナイトー様は、これほど熱心に世界のことを考える我々を、切り捨てようと考えておられる」

(;^ω^)「い、いや、そういうわけじゃ……」

(#‘_L’)「足並みを揃えねばならぬというときに、何故そのような提案を!!
      はっきり言わせてもらえば、この街、ひいては世界をここまで回復させたのは我々だろう!?
      一体なんのつもりで──」

(;´ω`)、

 そもそもフィレンクトは勘違いをしている。
 彼の頭の中では「ブーンを頭に据えたまま手足を入れ替えようとしている」という図が描かれているようだが、
 実際のところはまず頭から新調するつもりなのである。

 しかしフィレンクトはブーンの「辞めたい病」を知らない。
 もしも知ってしまえば、彼は喜んでブーンを隠居させるだろう。ドクオ達が止める間もなしに。


 そんなわけで、真実を話して弁解させるわけにもいかず。

 ドクオとツンは、説教を垂れるフィレンクトとどんどん肩を落としていくブーンを、
 痛ましい思いで静観していた。







('A`)「お疲れさんした」

ξ#゚⊿゚)ξ「ああん腹が立つ! ブーン様もブーン様です、一つくらい言い返してごらんなさい!」

( ´ω`)「言い返せば話がもっと長くなるお。そもそも言い返す内容も思い浮かばんし」

 ブーン側の東館とフィレンクト側の西館は渡り廊下で繋がれており、
 主な行き来はここが使われている。

 会議はフィレンクトの説教と共に終了し、先程ようやく解放された。
 東館へもどるブーンの足取りは重い。

( ´ω`)「夕方まで空いてるお。街に行きたい」

ξ゚⊿゚)ξ「今日はどちらへ?」

(*^ω^)「久々に4区のギコさんに会うかお」

ξ゚⊿゚)ξ「ではお昼ご飯も外で済ませましょうか」

(*^ω^)「おっおー」

('A`)(『仕事もせずに遊び歩きやがって』って、まあたフィレンクトに文句言われんだろうな)

 怠惰なブーンではあるが、自分の興味があることにはなかなか尻が軽くなる。
 それだけに「遊び呆けている」という印象が強くなるのだろう。
 ただ、その印象も、決して真実から遠いわけでもない。

('A`)(旦那は真面目なのが苦手だ)

 ブーンは政について、碌に発言も行動もしない。
 真剣な空気や深刻な雰囲気が苦手なのだ。
 苦手というか──結局のところは、面倒臭い、という意識。それでますます億劫になる。

('A`)(何とかしねえとなあ)

 では具体的にどうするかと問われても困る。
 ドクオは頭を掻いて、疲れきった顔をゆるゆると左右に振った。
 無意識に、左足を右足で掻く。


.




( ^ω^)「──不味い。少ない」

 腹を摩りつつ、ブーンは料理屋を出るなり小声で言い捨てた。

 口直しに、と近くにあった出店で菓子を大量に買い込む辺り、
 よほど舌も胃も満足できなかったと見える。

ξ゚⊿゚)ξ「ブーン様、物を買うときは私にお申し付けくださいませ」

(;^ω^)「おーん、お菓子も不味い。」ムシャムシャ

ξ゚⊿゚)ξ(聞いてねえや)

 4区の広小路。
 昼時は往来が激しい。不審な者がいないかとツンは目を光らせている。

 ドクオに留守を任せているため、今の護衛はツン1人。
 実のところツンは戦闘の成績があまり良くないので(それでも一般人よりは数段上だが)、
 切った張ったの展開は避けたい。


 とはいえブーンの存在に気付く者がいても、あまり畏まる様子はないし、逆に害意を持つ気配もない。

 第一にブーンの若さ。第二にフィレンクトの存在。
 皆も結局、裏方でフィレンクトが取りまとめていることを知っている。
 だからブーンに対して、それほど強い畏敬を抱いていないのだ。

 醜聞ゆえにフィレンクトを首長として立てたくはないが、
 ブーンの陰でしっかり働くのならそれでいい──という考えが、内心で共通しているのだろう。

ξ゚⊿゚)ξ(なんだかなあ)

 民が安定を望んでいる、と朝に説きはしたが、
 正直、今ならばフィレンクトに代わっても、市井の混乱は長引かないだろうなと思う。


.


(*^ω^)「おー……すっげえお」

 通りをしばらく真っ直ぐ行った場所。

 小さな工場を備えた機械屋の中心で、ブーンが目をきらきらと輝かせている。

(,,゚Д゚)「5年前ほど立派なもんじゃねえがな。
     やっぱ、車をもっと普及させれば利便性も段違いだろ」

 ここの主人である機械工が、ふふんと得意気に笑った。
 彼の隣には2人乗り程度の小振りな自動車がある。

 自動車の使用率は今、世界的に見ればとても低い。
 戦争と天災により数が極端に減ったのは勿論だが、何より燃料という問題が大きいのだ。
 ここ中央ですら、動く自動車を目にする機会は少ない。

 ツンは、つい先ほど機械工が運転してみせた姿を思い返した。
 たしかに天災以前のものと比べれば見劣りするが、
 これを個人個人で所有できるようになれば、様々な方面に多大な益がある。

ξ゚⊿゚)ξ「動力は?」

(,,゚Д゚)「一応は太陽光だな。こまごました補助で効率よくしちゃいるが、それでも燃費があんまり良くない。
     2区でエネルギーの研究してる連中がいるだろ、
     そいつらが、ちょっと試してみてくれねえかと頼んできたんだ」

ξ゚⊿゚)ξ「研究費用の打診があった研究所ですわね」

( ^ω^)「おーん……でも研究費用の援助はほとんど1区の研究所に回されたお」

ξ゚⊿゚)ξ「1区の方は、戦前に活躍した研究者の息子達が立ち上げたものでしたから。
      期待が大きい分、そちらを優先することになりましたでしょう。
      まあ決めたのはほとんどフィレンクト様でしたけど」

(,,゚Д゚)「1区なあ。ありゃ碌な結果出してねえぞ。
     あれよか2区の方がいい。
     定期的に報告書提出させてんだろ、見てねえのか?」

ξ゚⊿゚)ξ「ブーン様へ回す前にフィレンクト様たちが勝手に済ませてしまうので……。
      ……2区に研究費用を出せば燃費を改善できるかもしれませんし、
      後で改めて話してみましょう、ブーン様」

(,,゚Д゚)「っかー……てめえの一存で決められねえのかよ。本当に首長かあ?
     なっさけねえなあ」

 機械工は揶揄するように言って、ブーンの額を指で弾いた。

 彼はブーンの父の学友だそうで、昔からブーンとの交流もあったらしい。
 そのため、他の住民とはまた違った意味でブーンへの敬意が薄い。

(;^ω^)「僕の一存だけで決めたら独裁だお。
       それよかギコさん、また痩せたんじゃないかお」

(,,゚Д゚)「まあな。お前も昔より痩せたか? ま、それでも標準には程遠いみてえだが」

( `ω´)「横っ腹つかむなお!」

(*゚ー゚)「あー、ブーンだ!」

( ^ω^)「おっ、しぃちゃん」

 快活な声と共に、少女が工場へ走り込んできた。
 そのままの勢いでブーンの腹へタックルをかます。
 ブーンは後ろへよろけ、車のボンネットにしたたか腰を打ち付けた。

(;゚ω゚)「お゙あ゙っ!」

(;,゚Д゚)「あーっ! てめえ、車壊したらただじゃおかねえぞ!」

(;゚ω゚)「僕の心配しろお!」

ξ;゚⊿゚)ξ「ブーン様、大丈夫ですか?」

(*゚ー゚)「あはは、ごめんねえ」

(;^ω^)「おー、いいお、いいお。しぃちゃんは相変わらず元気だお」

 少女は機械工の娘である。
 父の振る舞いを見て育ったためか、彼女もブーンにはひどく馴れ馴れしい。

( ^ω^)「ええっと、しぃちゃんは今年で……10歳にはなるかお?」

(,,゚Д゚)「12」

(*゚ー゚)「やったあ若く見えるんだ」

(;,゚Д゚)「阿呆」

 自身の冗談にくすくす笑いながら、少女は手の甲で鼻先を擦った。
 その手は土で汚れている。手だけではなく、顔や服も。

ξ゚⊿゚)ξ「今日も畑で働いてきたの? 偉いのね」

(*゚ー゚)「お父ちゃんだけじゃ稼ぎが足りないからねー。今は休憩中。
     あ、そうだ! あのねブーン、面白い形の人参が採れたよ! 見に来て!」

(*^ω^)「行くお行くお」

 土まみれの小さな手がブーンの手を握る。
 嫌な顔ひとつせず、ブーンは少女に手を引かれるがまま付いていった。

(;,゚Д゚)「ったく。しぃの奴、口だけは一丁前になって」

ξ゚⊿゚)ξ「活気があるのはいいことですわ」

(,,゚Д゚)「……まあなあ」

 ツンはにこりと微笑みを向け、それからブーン達に続いた。








( ^ω^)「──しぃちゃんに飛びつかれたとき、本当は、よろけるほどじゃなかったお」

 日が暮れ始めた頃。
 馬車に揺られながら、ブーンがぽつりと言った。

( ^ω^)「12歳にしちゃ軽すぎるお。背も低い」

ξ゚⊿゚)ξ「今は、大抵あんなものですわ」

 馬車の窓から外を眺めてブーンは頷いた。
 通り過ぎる街並み。行き交う住民達。
 重たそうな荷物を運ぶ子供の横を過ぎたとき、ブーンが再び口を開いた。


( ^ω^)「2区の研究費用の件、帰ったらフィレさんに話してみるかお。
       結果が出てるんだから、きっと分かってくれるお」

ξ゚⊿゚)ξ

( ^ω^)「……駄目かお?」

ξ゚⊿゚)ξ「いえ、全く。……ブーン様が食べ物以外のことでやる気を出すのが珍しくて、驚いてしまいました」

 しょっぱい顔をして、ブーンは窓からツンへ視線を移し、また窓へ戻した。
 ツンまでそう言う、と恨みがましい呟き。
 少しおかしくて、吹き出してしまった。


.



( ゚ω゚)

ξ;゚⊿゚)ξ(白目むいてる……)

('A`)「1区の研究所の責任者は、フィレンクト氏の遠縁ですぜ。
    だから贔屓してんじゃねえですか」

 東館。
 ブーンのやる気は、すっかり鳴りを潜めていた。
 自室の寝台でごろごろ転げ回っている。


 ──先程。帰ってきて早々、宣言通りフィレンクトに研究費用の話を持っていったところ
 さんざん屁理屈を捏ねて有耶無耶にされてしまったのだ。

 そのことをドクオに愚痴った結果が、上記の返答である。

( ^ω^)「僕が働いても無駄なんだお。辞めたい。辞めるわ」

ξ;゚⊿゚)ξ「ブーン様……」

('A`)「旦那のやる気が削がれる原因は、本人の気質以外にも周りが関係してんすよねえ」

ξ#゚⊿゚)ξ「んもう! やり返すくらいの根性がないといけませんわよブーン様!」

( ^ω^)「そんな根性あったら今こうなってないお」

('A`)「ですよねー」

ξ#゚⊿゚)ξ「むむむ」

 夕食の時間まで一眠りするから1人にしてくれ、とブーンが力ない声で言う。

 2人は肩を竦め、言われた通りに部屋を出た。
 ドクオがドアの前に座り込み、ツンは食事の準備をするため廊下を早足で進む。
 知らず知らず、足に力が入った。

ξ#゚⊿゚)ξ(がつんと言っとかないと、いつか本当に椅子を奪われるってのに!)





( ‐ω‐) ムーン

( ‐ω‐)(だから政って嫌いだお)

 うんざりとした心持ちで、そう思った。

 「こうすればいいのではないか」という軽い気持ちが通らない。
 誰かの意地や面子や欲がどこかに絡まり足止めされる。
 それが面倒臭い。

( ^ω^)(……新政府なあ……)

 本当に、自分の代わりに働いてくれる者が現れたらいいのに。
 自分はこの立場にはひどく不釣り合いだ。
 ひっそりと暮らして、食事にだけこだわっているくらいが丁度いい。



 ──ああ、美味い飯が食いたい。






 ブーンの無気力はしばらく続いた。

 自分が何をしても無駄なのだ、という諦念があまりに大きかった。
 ドクオとツンが叱咤しても全く効かない。
 会議など、もはや聞いている姿勢すら見られないほど。

 今のところは街中への連絡放送の必要もないので行っていないが、
 もしもその必要が出たとしても、この調子では放送すらやりたくないと言い出しかねなかった。


(‘_L’)「ナイトー様。ちゃんと聞いているか」

( ^ω^)「おー……」

 会議の最中、しばしばフィレンクトはブーンにそう訊ねた。

 他の面々は露骨に馬鹿にする態度だったが、
 フィレンクトは原因が分かっているためか、いつもの嫌味もない。

(‘_L’)「……」

 薄く溜め息をつき、フィレンクトは思案するように顎へ手をやった。


.


( ^ω^)「お? 何ですって?」

(‘_L’)「考えを改めると言ったのだ」

 ──それから3日ほど過ぎた昼。
 東館と西館の間、渡り廊下の中央でブーンとフィレンクトは向かい合っていた。
 いつもの会議の後、東館へ戻るブーンをフィレンクトが呼び止めたのだ。

 この場に2人しかいないというわけでもなく、ドクオとツンは東館の出入口で待機している。
 「ブーンとだけ話したい」というフィレンクトの意思を踏まえ、こうして距離をとっていた。

( ^ω^)「考えというと……」

(‘_L’)「新政府の件。採用の方向で」

( ^ω^)「ああ、そっちですかお……」

 間をあけて。

(;^ω^)「……ええっ!?」

 ブーンは、頓狂な声をあげた。

 5区のカブ畑か、2区の研究費用、どちらかのことかと期待したのだが。
 最も有り得ない選択肢に、単純に驚いた。あんなに怒っていたではないか。

(‘_L’)「もちろん手放しではない。
      我々も候補に入れてもらいたい」

(;^ω^)「えっと──じゃあ──僕は──あの。
       い、いいんですかお、その、募集しちゃっても」

(‘_L’)「もちろん。早い内に行ったほうがいいかと。
      ぐずぐずしていい問題ではないだろうし」

(;^ω^)「どうして急に」

(‘_L’)「頭ごなしに決めつけすぎていたかなと反省したものでね。
      それに、たしかに今のままでは我々の負担が大きすぎる。
      ……だから、せめて会議に参加する姿勢くらいはよろしく頼むよ」

(;^ω^)「あ……──ごめんなさいお」

 あやされているかのような言い様に(実際そうなのだろうが)、
 ブーンの頬が少し熱くなった。

 が、そこにはもちろん嬉しさもあった。
 ──やっと、首長を辞められる。

(‘_L’)「それでは」

( ^ω^)「あの、何か──書類とか」

(‘_L’)「そちらで進めていただいて結構。
      今まで、こちらの干渉があまりに過ぎたことも、あなたの自主性を欠く原因だったろう」

(*^ω^)「フィレさん」

 深く礼をして、フィレンクトが西館へと踵を返す。

 ブーンもまた身を翻して、小走りに東館へ──というか、入口で待つドクオ達の元へ──向かった。
 今のやり取りを報告する。表現の大小に差はあれど、2人が驚いたことは変わらない。

ξ;゚⊿゚)ξ「あの人が、そんな急に?」

('A`)「はあ……。……あーんまり旦那が腑抜けっちまったから、見るに見かねたんすかねえ」

(;^ω^)「まあ、そういうことだろうけど」

ξ;゚⊿゚)ξ「でも今までの態度が……。怪しくありません?」

('A`)「ま、あれだって人間だ。心変わりくらいするだろう。
    たとえ何かを企んでたとしたって──旦那が望んでる通りの結果ではあるしな」

(*^ω^)「そうだお! 僕はどうなってもいいんだお、別に。
       とにかく穏便に首長辞められるならそれで」

ξ#゚⊿゚)ξ「ブーン様!」

(*^ω^)「ドクオ、お知らせ放送の原稿、一緒に考えてくれお!」

('A`)「うぃーっす」





ξ#゚⊿゚)ξ「ちょっとドクオ!」

 ツンは、食材の買い出しに行こうとしていたドクオを呼び止めた。
 ドクオが返事もなく振り返る。

ξ#゚⊿゚)ξ「あんたもブーン様の辞職は反対してたじゃないのよ!」

('A`)「ありゃ多分もう限界だぜ」

ξ#゚⊿゚)ξ「限界って……」

('A`)「これ以上いまの状態を続けても、旦那が潰れちまうだけだ」

ξ#゚⊿゚)ξ「──、……っ」

 それは。
 ツンも分かっている。

 どうせ今後もフィレンクト達はいいように采配するだろう。

 今回の件は、現在進行形で首長であるブーンに拗ねられるのが厄介だから
 機嫌をとるために了承したに過ぎない。
 だから新政府を結成する折にだって、彼らは存分に口を出す筈だ。

 ツン達が強固に反対して現在の体制を続行させたとしても、
 遅かれ早かれブーンは更にやる気を削がれ、
 操り人形として使い倒された挙げ句に捨てられる。

 だったら、ブーンの望むように新政府案を受け入れ、引退させた方が彼の精神衛生にはいい。
 ドクオもツンも彼の護衛なのだ。
 ここまで切羽詰まってきた以上、最終的には彼の心身を優先せざるを得ない。

('A`)「変化を与えねえといけない時期だ」

ξ゚ -゚)ξ「……」


 ──だが。
 それでも。


ξ゚ -゚)ξ「……それでも私は……ブーン様がここから退くのは間違ってると思う……」

('A`)「……お前の考えは、関係ねえだろ」

 ドクオの言葉は正しい。

 ドクオの声音に違和感。

 ツンはドクオの顔を注視した。
 しかし背を向けられてしまう。

 彼はひらひら手を振って、左足を無意味に揺らしてから、その場を去っていった。







 それから一週間ほどが過ぎ。

ξ゚⊿゚)ξ「ん。こんなとこね」

 中央第11区の宿に、ツンはいた。

 同じ「中央」とはいえ、1区から8区までが中心部に収まっているのに対し、
 9区以降は山を一つ越えた向こうにあるので
 1区に住むブーン達には内情が伝わりづらい。

 そのため、こうして定期的に調査をしに来ているのだ。
 2日前に単身11区入りして、ようやく今回の調査を終えられた。
 中心部より、作物の質がいい。量産する必要がある。

ξ゚⊿゚)ξ(ブーン様がこれを会議で提案したら、また食い物の話かと馬鹿にされるかしら)

 ──いや、そもそも今後、彼が話し合いに参加するかどうかすら怪しいのだったか。
 もう引退するつもりなのだから。

 調査結果をまとめていたツンの手が止まる。

ξ゚ -゚)ξ(……新政府はいいとして、引退の件、もう少し考えるよう話してみなきゃ)

 どうしてもトップが嫌ならば、もう、それでいい。
 ただ、たとえ目立たぬ席に回るとしても、ブーンには政治に関わっていてほしい。

 ここ数日考え続けて、昨晩やっとツンが出した結論だった。

ξ゚⊿゚)ξ「──あ」

 軽やかなサイレンの音が響き渡った。
 お知らせ放送の合図だ。

ξ゚⊿゚)ξ「この間の、市場の件かな」

 鞄から携帯テレビを取り出そうとして、やめた。
 どうせ各所に設置されたスピーカーから声は聞ける。電池はなるべく節約しなければ。


      『──今日はとても大事な話をしますお。
       中央だけではなく、世界全体に関わる話ですお』

 ブーンの声。柔らかいので、ツンは彼の声が結構好きだ。
 だが、今日はいつになく出だしが物々しい。

 それからブーンは明瞭な話しぶりで要旨を告げていった。

ξ゚⊿゚)ξ(え?)

 一言増える度、ツンは動揺した。
 市場の件でも、まして畑の件でもない。

 やがて結論となる言葉が出て、絶句した。



      『──人と金が要るお。
       ここ「中央」を、名実共に──世界の中心としたい』

.


ξ;゚⊿゚)ξ(新政府の──)

 続けて募集する人材についてや期限等が説明されていき、
 同じ内容を繰り返してから放送は終了した。
 ツンは無意味に立ち上がり、そしてまた座った。

 数日前、調査のためにツンが出発した段階では、まだ細かいところまで話が進んでいなかった。
 決定が早すぎる。
 第一、自分に一切の相談もなく決めたというのか。

 いや。
 そんなことは最早どうでもいい。

 それよりも、あれは──

 あの内容は──


ξ;゚⊿゚)ξ(どこにも、ブーン様が引退する旨が無いじゃない!)


 あれではブーンがフィレンクト達を切り捨てて、
 自分好みの政府を作ろうとしているようにしか聞こえない。

 首長が突然辞めると言えば混乱もあるだろうから、それを危惧して削ったのだろうか?
 だとしてもフィレンクト側へのフォローがなければ、ブーンの印象は悪くなる。

 「フィレンクト達も候補に入れる」「新しいトップを立ててから自分は引退する」と言うのが、
 確実に、最も誤解が少なく済む。

 原稿を手伝ったのはドクオだろう。彼なら、その点に気付く筈だ。なのに指摘しなかったのか。
 一体どうしたというのだ。

 ツンは急いで通信機を引っ張り出した。
 傍受される危険を考慮して、普段はドクオとの軽い連絡にしか使っていないのだが、
 今すぐ彼と話さねばならない。

 うっかり見落としたというのであれば、すぐさま訂正させれば済む話。
 そうでなければ──

ξ;゚⊿゚)ξ「……っ何なのよ!」

 いくら呼び掛けても応答がない。

 荷物をまとめ、ツンは宿を飛び出した。

ξ;゚⊿゚)ξ「馬車を出して! 1区まで!」

 馬車の手配に些か手こずった。焦れったくて堪らない。

 休み休み行かねばならぬ上、遠回りになるので1区までは一日かかる。
 道の整備がされていれば話はまた違ったろうが──フィレンクト達が後回しにしていたのだったか。
 あちらは8区までの中心部を優先させているから。ああ、とことん話が合わない連中だ。

ξ;゚⊿゚)ξ(……そのせいで、中心部はフィレンクトを支持する声が年々大きくなってるわけで)

 そこに先程の演説。
 フィレンクト派の反感を煽る可能性は、非常に高い。というより確実だ。

 時おり通信を試みても応答はない。
 ツンは、祈るような思いで窓の外を睨み続けた。


.


 結局、1区に辿り着いたのは翌日の夕方だった。

 街の至るところが騒がしい。
 声高にブーンへの批判を叫ぶ者までいた。

ξ;゚⊿゚)ξ(──どうなってるのよ!)

 駆けるツンの手には、新聞が握られている。


 ──「フィレンクトら、元レスポンス国側は新政府案に反対し続けていた」──

 新聞は、そう報じていた。
 ブーンが強行したのだという論調で。

ξ;゚⊿゚)ξ(フィレンクトが了承したんじゃないの!)

 当然ながら、新聞にはその旨が書かれていない。

 たちが悪いのは、記者の憶測や噂などではなく
 「フィレンクトの声明」として報じられていること。

 ──フィレンクトが嘘をついている。

 しかしその嘘を知るのはツン達だけだ。
 一般人からすれば、新聞が与える印象そのものしか抱きようがない。

 今までブーンの裏でフィレンクトが働いていたことは、ほとんど周知の事実。
 そんなフィレンクトがすんなり舞台を降りるわけがないのだから、
 「新政府案に反対していた」という発言は、多分に説得力を持つだろう。

 そこかしこが荒れ始めている。
 元レスポンス国民や、ブーンに不信感を抱いた者が批判的な態度をとっていて──
 街の空気が、ひどく悪い。

ξ;゚⊿゚)ξ「……何これ……」

 東館の入口前に、抗議の文書や、丸めた新聞が散らばっている。
 抗議活動の名残であろうか。
 ひとまず片付けよりも、ブーンとドクオに会うのを優先させなければ。

 東館に駆け込む。
 少し考え、食堂へ向かった。

(;^ω^)「──ツン!」

ξ;゚⊿゚)ξ「ブーン様!」

 食堂の隅にブーンが座り込んでいた。
 ツンよりも、ブーンの方が先に「無事か」と問い掛けてくる。

ξ;゚⊿゚)ξ「ええ、私は特に何も」

(;^ω^)「そうかお……良かった、さっきまでデモ隊が来てたらしくて」

ξ;゚⊿゚)ξ「……デモ……」

 少し考えてから、誰がスピーチ原稿を書いたのか訊ねた。
 訊くまでもないのだけれど、もしかしたら。万が一。

 しかしツンの期待も虚しく、ドクオが書いたとブーンは答えた。

ξ;゚⊿゚)ξ(やっぱりドクオが……?)

('A`)「──帰ったのか、ツン」

ξ;゚⊿゚)ξ「!」

 厨房からドクオが出てきた。
 ブーンの前にしゃがみ込み、茶の入ったカップを差し出す。

ξ#゚⊿゚)ξ「ドクオ! どうして通信機に答えなかったの? あんた何のつもりなの!?
      あんなスピーチじゃ、こうなって当然──」

(;^ω^)「ツン、ドクオは悪くないお!
       僕がフィレさんに急かされて、焦ってドクオに頼んで……
       時間がなかったんだお。ちゃんと確認しなかった僕が悪い」

(;^ω^)「ドクオはたくさん謝ってくれたお。──ドクオを怒らないでくれお」

ξ#゚⊿゚)ξ「……っ」

 納得はしていない。
 だが、怒るなとブーンに言われてしまえば、そうしなければなるまい。

 それにまずは現状の把握に努めなければ。

ξ゚⊿゚)ξ「……何があったの」

('A`)「お前が出発した翌日に、フィレンクトが新政府の件で旦那をつついたらしい。
    今後の予定が詰まってんだから、今の内にやっとかないと、しばらく機会が無いぞってな。
    それで急いで原稿を書いて、昨日放送した。内容はお前も知ってるみたいだけど」

('A`)「そしたら、さっきデモ隊が来た。
    俺も扱いきれなくて困ってたんだが、フィレンクトが来て説得したら帰ってった」

ξ゚⊿゚)ξ「デモ隊って、まとまって来たの?
      たとえば個人個人で来たのがたまたま同時刻だった、とかじゃなくて……」

('A`)「ちゃんと指揮とってる奴がいたから全員仲間だろう。──ありゃ茶番だな。
    新聞が配られたのが昼だ。それを受けて団体で来たにしちゃ早すぎる。
    フィレンクトの説得に対しても聞き分けが良すぎたし──」

ξ゚⊿゚)ξ「フィレンクトが呼んだってことね」

('A`)「そういうこったろうな。
    だがアレに扇動されれば、反対派の活動がどんどん増えてくると思う」

 ブーンは部屋の角に一層体を押しつけ、茶を啜った。
 顔色が非常に悪い。

ξ゚⊿゚)ξ「……新政府案について、フィレンクトが承諾したっていう証拠はないの?」

('A`)「ねえな、口でのやり取りだけだったから。
    ──反対してたって証拠はあるんだがな」

ξ゚⊿゚)ξ「手紙ね」

 まんまとフィレンクトの罠にかかってしまった。
 いや、罠と言うほどでもないか。まさか手紙を受けた時点でここまで計画したわけもないだろう。

 どちらかというと、こちらが勝手に墓穴を掘っただけなのではないか?

 考えれば考えるほど、腑に落ちない。
 ツンは上目にドクオを睨んだ。

ξ゚⊿゚)ξ「……書類を通さずに決行することがどれだけ危険か、あんたも分かってた筈でしょう?
      どうして──」

( ^ω^)「ツン」

 ブーンに制止され、口を噤んだ。
 声は決して強くなかったが、ドクオを責めるなという意思は聞き取れた。

( ^ω^)「ともかく僕はどうしたら……訂正の放送をするべきかお?」

ξ゚⊿゚)ξ「こうなってしまったからには、残念ながら火に油かと。
      それに、この状況で『首長を辞めるつもりだ』と言ってしまえば、
      では今すぐフィレンクトに代われ、という流れになりかねませんわ。
      そうなればブーン様の処遇が危ぶまれます」

ξ-⊿-)ξ「また、フィレンクト達が嘘をついたのだと告発しても、
      考え得る限り最悪の事態を引き起こすだけでしょう。
      ──とにかく証拠がないのが痛いです」

( ^ω^)「……んむ……」

ξ゚⊿゚)ξ「フィレンクトと話は?」

('A`)「こっちから呼び掛けちゃいるが、応じる気はないらしい。
    しばらくこの状態を続けて、旦那が弱りきった頃に交渉する気だろう。
    や、交渉するならマシな方か」

ξ゚⊿゚)ξ「そうね。一方的に追い出そうとしてくる方が可能性は高そう」

( ^ω^)「……結局、僕はどうすりゃいいんだお」

('A`)「望み薄なんすけど、フィレンクトに対話の要請を出し続けるしかないっすね」

 ブーンの瞳が暗い。

 彼にとって、一番面倒な事態になってしまった。
 いつ自棄になって全てを投げ出すか。非常に危険な状況だ。


ξ゚ -゚)ξ「……」

 ツンは、ドクオへの不信感を腹の底へ押し込めた。
 何があろうと、彼がブーンを裏切るようなことはない。──ない、筈。

 筈、なのだけれど。







 ──暴動が起こった。

 日に日に騒ぎは大きくなり、怪我人も出たと聞いた。


ξ゚⊿゚)ξ「1区と2区、それとレスポンス出身者が多い5区と8区が特に酷いようですわ」

( ^ω^)「……自警団はどうなってるお」

('A`)「そこらの手配は、一応フィレンクト達がやってます。
    間に合ってないみたいですが」

 ブーンはポタージュにつけたスプーンを意味もなく回した。
 さすがの彼も食欲がわかないようで、ここ数日はスープとパンしか口にしていない。

 そのまま掬い上げた一欠片の人参を飲み込んで、
 不味い、と小さく呟いていた。


.



 暴動が起き始めて4日目。

 その日、珍しくドクオが慌てた様子で食堂へ駆け込んできた。



(;'A`)「旦那! 5区の広場で、男が暴徒に殺されました!」

 ツンから受け取りそこねたカップがテーブルに落ちたが、
 それに構う余裕もなく、ブーンが立ち上がる。

 暴動により人が死んだのは、これが初めてだった。

( ^ω^)「殺された?」

(;'A`)「被害者は老人なんすけど……何で殺されたのか、さっぱり分かんねえんすよ。
    見せしめがどうとか言ってたらしいんすけど。
    とにかく状況が異常で」

ξ;゚⊿゚)ξ「犯人は捕まったの?」

(;'A`)「自警団に取り押さえられたんだが、連行中に隙を見て自害したらしい」

( ^ω^)「……殺された人は、僕と何か関係あったのかお」

(;'A`)「いや、恐らく関係はないと思います。
    たしか名前はアラマキって……知ってます?」

( ^ω^)「知らない人だお」

 ブーンは、椅子に腰を落とした。
 開いた右手を顔に当てる。

 ツンが改めて茶を淹れても、まったく手をつけなかった。


.


 人が殺されたことで、さらに騒ぎは激しくなった。

( ^ω^)「後で必ず説明します、だからどうか、関係のない人々を巻き込まないでください──」

 いくら放送をかけても鎮まらない。
 それどころか新たな燃料となってしまう。

 フィレンクト派は全ての元凶をブーンとし、ブーン派はその主張を非難する。
 ついに東館の前でも、それら対立する者同士の争いが起きるようになった。



 日ごとにブーンの目から力がなくなっていく。
 ああ、もう、本当に限界なのだ──ツンは焦燥と絶望に苛まれた。
 あと少しの刺激で、彼は自棄を起こしてしまう。全てを捨ててしまう。

ξ;゚⊿゚)ξ(……こんなことなら)

 こんなことなら、さっさと首長を辞めさせてやれば良かった。
 これほどの騒ぎになるなんて。
 これほど彼が傷付くことになるなんて。

('A`)「──1区と5区、8区の暴動激化によって、よその地区に一時避難する者が増えてます。
    避難先はキャパシティ超えちまって衣食住が間に合ってない。
    このままだと、今度はそれが火種になって更に争いが増えるかと」

 ドクオが冷静な声で報告する。
 ブーンの瞳に感情はない。黙って聞いている。

 しばしの沈黙の後、ドクオは心底苦しそうな顔をして、深々と頭を下げた。

('A`)「……本当に、申し訳ありませんでした」

( ^ω^)「ドクオが悪いんじゃないお」

 ようやくブーンが声を出した。存外に穏やかな。
 それから、腰を上げる。
 そのまま部屋を出ようとするブーンの素振りに、ツンが慌てて声をかけた。

ξ゚⊿゚)ξ「どちらへ」

( ^ω^)「……4区に行くお。ギコさん達が心配だお」

ξ;゚⊿゚)ξ「外に出るのは危険です!」

( ^ω^)「裏口から出るし、隠れながら行けば多分大丈夫だお。
       ……みんな、僕に気付く余裕なんかないお」

('A`)「俺がついていきます」

( ^ω^)「いや、ツンと行くお」

 戦闘に関してはツンよりドクオの方が上だ。
 それはブーンも承知している筈だが、彼はツンを連れていくといって聞かなかった。
 元より街へ出掛けるときにはツンを連れるのが常だったので、今回もそうしただけかもしれない。



ξ゚⊿゚)ξ「帽子、もっと深く」

( ^ω^)「おー……」

ξ゚⊿゚)ξ「俯かないでください。怪しむ人がいるかもしれない」

 避難していない住民もなるべく外出しないようにしているのか、
 昼間だというのに人通りが少ない。
 だが、時おり抗議活動を行っている者は見られた。

 目的地へ向かう前に1区の市場に寄ってみたが、
 ほとんどの店が営業しておらず、地面の上で潰された野菜が腐敗を進めていた。

.


 4区は避難者と元々の住民でごった返している。
 壁などにブーンを批判する文書が貼られているのが散見された。
 いずれ、この地区でも暴動が起こるかもしれない。

 工場へ近付くにつれ人が減っていく。
 それに伴いブーンの足は早くなり、帽子にもあまり構わなくなった。

ξ゚⊿゚)ξ「ブーン様」

 路地に入るため、ツンがブーンの手を引いた。

ξ゚⊿゚)ξ「お2人に交流があったことは多くの人が知っています。
      正面から入るのは避けましょう」

( ^ω^)「分かったお」

 裏道を進む。
 工場と後ろの建物との間、狭い通路に、子供が座っている。

 その子供が顔を上げた。

(*゚ー゚)「ブーン」

 いつもなら大きく呼び掛ける声が、このときはひどく小さかった。

( ^ω^)「……しぃちゃん」

ξ゚⊿゚)ξ「何をしてるの?」

(*゚ー゚)「お父ちゃん、やっと久々に寝たから。邪魔したくなくて」

( ^ω^)「ギコさんは、その、……元気かお?」

(*゚ー゚)「体が丈夫なのが取り柄だからね」

 言って、少女は少しだけ笑った。
 おかしくて笑ったのでも、楽しくて笑ったのでもなく、惰性の笑みだった。

 元から体の小さな子供だが、一層小さく、か細く見える。

(*゚ー゚)「お父ちゃんがね、ブーンと仲良くしてたからって、仲間外れにされてるの」

 笑みを更に薄くして、少女が呟く。
 ブーンの背中が揺れた。

(*゚ー゚)「優しくしてくれる人もいたけどさ、4区に人がいっぱい来てから、
     その人達も余裕なくなっちゃったみたい」

( ^ω^)「……そうかお」

 きゅう、と小動物が喉を鳴らすような音がした。
 少女が腹を押さえて俯く。
 お腹空いた、と呟いて。

( ^ω^)「……ご飯、食べてないのかお?」

(*゚ー゚)「うん。よそから人が来てるから。
     ご飯食べられない人、いっぱいいるんだって。
     それに私、畑にも入れてもらえなくなったから、何も……」

 ここら一帯の畑の責任者は、元レスポンス国民だ。
 だからといって──それは、あまりに酷くはないか。幼稚ではないか。
 ツンが両手を強く握る。

 少女の目に涙が滲む。
 潤む瞳と声を、ブーンへ向けた。

(*゚-゚)「……ブーンが、悪いことしたの?」

 しばらく、間があいた。

 ブーンがゆっくりと頷く。

( ^ω^)「僕がまいた種だお」

 声が低い。冷たい。感情が無い。
 ツンの好きなやわらかさが、消えている。

ξ゚⊿゚)ξ(……ああ……)

 とうとう壊れてしまった。彼は耐えられなくなってしまった。
 これから彼はどんな行動に出るだろう。
 きっと、何もしない可能性の方が高い。何もせず、黙って終わりを待つ可能性が。

 力の抜けていくツンへ、ブーンが振り返る。

 ──その表情に、沈みゆくツンの心が立ち止まった。


( ^ω^)「ツン。フィレさんに話をしに行こう」


 見たことのない顔だった。
 聞いたことのない声だった。

 出発する前に持ち出していたパンと干し肉を少女に与えると、
 彼は謝罪の言葉を口にしてから踵を返した。







( ^ω^)「フィレさん。──フィレンクトさん」

 東館へ戻ったブーンは、真っ先に渡り廊下へ向かった。

 西館に通じる扉を叩く。呼び鈴を何度も鳴らす。
 返事はない。

 何事かと様子を見に来たドクオが、肩を竦めた。

('A`)「旦那。多分まだ出ませんぜ」

( ^ω^)「出るお」

 ドクオはブーンの明確な返答に目を丸くさせた。
 ツンは一歩下がって、黙ってなりゆきを見つめる。

 一体何をするつもりなのかは分からないが、彼に委ねて然るべきだろうという直感があった。

( ^ω^)「フィレンクトさん」

 何度目かの呼び掛けで、扉が動いた。ブーンが数歩下がる。

 ややあって、顰めっ面のフィレンクトが現れた。
 さらに彼の後ろには、配下が何人も。

 多勢に無勢。
 しかし、いつもなら怯むであろうブーンは、真っ直ぐにフィレンクトを見つめていた。

(‘_L’)「──何かな」

( ^ω^)「フィレンクトさんが嘘を認めてくれないと、騒ぎは収まりませんお」

(‘_L’)「……何を馬鹿げた……
      君が辞めれば、それこそ丸く収まるだろう」

( ^ω^)「お願いしますお。フィレンクトさんが真実を話してください。
       新政府案の承認を済ませていたと、みんなに説明してください。
       ──今の惨状はあなたが仕掛けたことだと白状してください」

(‘_L’)「何のことだか」

( ^ω^)「お願いします」

 ブーンが、深く頭を下げる。

 頑なな態度に、フィレンクトは僅かに動揺したようだった。
 今まで一度も、ブーンがこれほど食い下がったことなどなかった。

( ^ω^)「当然フィレンクトさんの立場は悪くなりますお。
       でもそれは、あなた自身の責任であって
       僕が守ってやる義理はないし、そもそも出来ません」

(‘_L’)「……頭を上げたまえ。
      どうも──慇懃無礼な態度で私に濡れ衣を着せようとしているようだな。不愉快だ」

( ^ω^)「僕の全財産を持っていってもいいですお。
       だから、お願いします」

 その提案は、フィレンクトにとっては大した魅力もないだろう。
 彼が首長になって受けられる恩恵とブーンの財産を天秤にかければ、前者の方が遥かに重い。

 事実、フィレンクトは今の発言を聞いて色濃い侮蔑を瞳に込めた。

(‘_L’)「──自身の罪を押しつけて安寧を金で買うのか!
      嘆かわしい、こんな男に5年もこの世界を預けていたとは!
      ……ああ、とはいえ世界を動かし救っていたのはほとんど私達だったかな」

 背後の腹心どもも煽られ、ブーンへの非難を飛ばした。
 ブーンは黙ってそれを受ける。罵声の調子が緩んだ頃に、彼は頭を下げたまま問うた。

( ^ω^)「……僕の話は、どうあっても受け入れてくれませんかお?」

(‘_L’)「愚問だ。こちらは君が辞める以外の結末は認めない」

( ^ω^)「絶対に、ですか」

(‘_L’)「絶対に」

 静寂。

 ブーンが、ゆっくりと顔を上げた。


( ^ω^)「ならば、僕も絶対に折れませんお」


 そのたった一言の意味をフィレンクトが理解するのに、長い時間を要した。

 知らず、ツンは息を呑む。
 いつものらくらしていた彼が、こんなに真正面から対立するなんて。

 ようやく状況を認識したフィレンクトの額に、青筋が浮かんだ。

(#‘_L’)「……いい加減にしろ!!
      若造が今さら何の意地を張っている!!
      このままでは被害が増えるぞ、民を犠牲にしてまで権力が欲しいか!?」

(#^ω^)「あんたにそれを言う資格がどこにある!!」


 ──びりびりと空気が震えるほどの、怒声だった。


 フィレンクトらが怯む。ツンも。

(#^ω^)「元々僕は首長なんかやりたくなかった!
       さっさと誰かに押しつけたくて仕方なかった!
       新政府だって本来はそれが目的だお!!」

(;‘_L’)「っは、な──なんだと!」

 何故それを言わなかった、とフィレンクトが問う。
 ますます激昂したブーンが、分からないのか、と答えた。

(#^ω^)「あんたらに言えるわけないだろうが!
       何でわざわざ新しい人間に委ねようとしたのか本当に分からないのかお!?」

 全員、言葉を失っている。
 ブーンは地団駄を踏むように絨毯を踏みつけ、それでも足りなかったか、渡り廊下の壁を蹴った。

(#^ω^)「あんたらの中に1人でも!
       1人でもまともな奴がいれば、僕はそいつに役目を譲ってやれたんだお!」

(#^ω^)「なのに全員──全員!
       過去の国家と自分の権力のことしか考えてないじゃないかお!
       この騒ぎだって結局それが原因じゃないかお!!」

 5年間、待っていたのだとブーンは言う。
 誰か1人でも、己の利益ではなく民の利益を優先するようにならないかと。

 今までは利己的な政策であっても何とかなっていた。
 ついでではあっても、きちんと復興への筋道が立てられていたのだ。
 だからフィレンクト達に任せていられた。

 だというのに、ここ最近は──

(#^ω^)「5区と8区に大規模な市場? レスポンス国民の多い地区に金を集めたいだけだろうがお!
       その2ヵ所にでかい市場を作れば3区に商品が流れなくなるお!
       3区は土地柄、畑を多く作れないし作物の質が安定しない! あそこの市場が潰れりゃ路頭に迷う人がたくさん出るお!!」

ξ゚⊿゚)ξ(──……ちゃんと、気付いてたんだ……)

 口には出さずとも、ブーンがフィレンクト達を信用していないことは、ツンもドクオも分かっていた。
 だからこそ彼が首長でいるべきだと思っていた。

 だが同時に、ブーンは政治的な物事への発言もほとんどしなかった。
 故に彼がどれほど情勢を理解しているのかが分からず、そこが気掛かりだったのだが──
 そんな心配、全く必要なかったのかもしれない。

(#^ω^)「それよか5区は生産に集中させて、8区は9区へ通じる道を開拓させるべきだお!
       山の往来が難しいから9区以降からの流通が滞るんだお!
       それで市場に並ぶ頃には食料が傷んで、結果9区以降の生産品の需要が減る!!
       本当は、あそこで作られる野菜は質がいいのに!!」

(#^ω^)「……そういうことも知らない奴らに、全権明け渡す馬鹿がどこにいる!!」

 そこまで叫び、軽い酸欠にでもなったか、ブーンがよろけた。
 彼がここまで大きな声で怒鳴るのを初めて見た。
 本人も不慣れなために、消耗が激しいのだろう。

 その間隙。
 フィレンクトの顔が憤怒の色に染められる。

(#‘_L’)「戯言を!! 黙って聞いていれば、貴様……!
      我々がこれまでに、どれほど苦労してきたか!」

(#^ω^)「そりゃ、あんたらの功績だって僕は充分に認めてるお。僕なんかよりよっぽど働いてくれた。
       でもこれから先も任せられるかは別問題だって話をしてんだろうが! 今!」

(#‘_L’)「食い物のことしか考えていない貴様に何が分かる!
      口を開けば、やれ畑がどうの、やれ野菜がどうのと……
      そんなものより優先すべきことが──」

(#^ω^)「国民にまともな飯を食わせられない国に何が出来るんだお!!」


 これまでで、一際激しい声が響き渡った。

 今にも噛みつきそうな顔をしていたフィレンクトが動きを止める。

(#^ω^)「栄養が足りてない! 量も足りない!
       そのうえ不味い飯で、やる気が出るかお!?
       体力がつかないから作業効率が下がるんじゃないかお!」

(#^ω^)「僕に言わせれば──屋内に篭って上質な飯だけ食ってるそっちの方こそ、何が分かるってんだお!!
       逼迫してる問題から一番遠い場所にいるあんたらに!!」

 フィレンクトは握り拳をぶるぶると震わせ、言葉を探っている。
 言いたいことが次から次へと出てくるようで、結果的には何も言えていない。

 荒らげた息を整え、ブーンは怒りの表情を引っ込めた。

( ^ω^)「……あんたらがここを本格的に治めるようになったらどうなるか、予言してやるお。
       レスポンス出身者だけが優遇されて差別が横行する。
       食料が改善されずにごく一部の事業だけが進められて、大多数の住民が苦汁を嘗めさせられるお。
       それでもあんたらは気付かない。気付かないから悪化して──ここは『中央』ではなくなるお」

 ようやく反論らしき声が部下達から飛んできたが、
 単なる反発心からの台詞であって、何の意味もなかった。
 それらを無視してブーンの言葉が続く。

( ^ω^)「だから僕が新しい政府を作る。
       白状するお、僕は最初からあんたらを新政府に入れる気はなかった。使い道のありそうな一部を除いて。
       最後の最後に首長の権限でもって、ほとんど新しいメンツにする気だった。……今もそのつもりだお」

( ^ω^)「もう金目当てでも権力狙いでも構わないから、
       そのついでにでも世界のためになることを出来る奴ならそれでいい。
       僕はそういう連中を集めるお」


 ──後で、落ち着いてからまた話し合いましょう。

 そう締めくくって、ブーンはフィレンクトに背を向けた。
 ツンも続き、ふと、あることに気付いた。

ξ゚⊿゚)ξ(……ドクオは?)

 ドクオがいない。
 どこへ行ったのだろう。

 が、渡り廊下を中程まで進んだところで、フィレンクトの声により思考を遮られた。

(#‘_L’)「──何が予言だ……」

 凄むように低めた声。
 そこに収まりきらない怒りが、気配となって漏れ出ている。

(#‘_L’)「貴様のような食い道楽が、分かったような口を!
      問題から一番遠いだと? 貴様だって、一般に流通している食い物に文句を垂れて遠ざけていたではないか!!
      挙げ句『もっと美味いものを寄越せ』などと……!」

(#‘_L’)「粗悪品にほんの少し触れただけで、分かったような面をして!
      よくもまあ、さも自分だけが民に寄り添っているかのような言い方を出来たものだな!!」

 ブーンからの反論はない。彼の足は止まらない。

 しかしこのまま誤解されるのも癪なので、
 僭越ながらツンが立ち止まり、フィレンクトへ振り返った。

ξ゚⊿゚)ξ「お言葉ですが」

 お前と話すつもりはないとフィレンクトが喚く。
 まるで子供だ。

 お言葉ですが、と先よりも強い声で言うと、向こうの気勢が緩んだ。

ξ゚⊿゚)ξ「ブーン様はずっと、一般流通レベルの食材しか口にしておりませんわ。
      『もっと美味しいものを』というのは、『もっと作物を豊かにしなければ』という意味でございます」

(#‘_L’)「……嘘をつくな!」

ξ゚⊿゚)ξ「出入りの業者にご確認くださいませ。
      ……それと、お訊きしたいのですけれど」

ξ゚⊿゚)ξ「あなた方の内1人でも、どの地区のどの土壌がいいのか、
      その土で何を栽培するのが適しているかお分かりになる方はいらっしゃいますか?
      どの地区のどの工場で、世界に有益な発明がなされているか、お分かりになります?」

 どれだけの実態を把握しているのかと、ツンは問うた。

 明確な答えがある筈もなかった。
 いや、ある種、その沈黙が答えとも言える。

 結構ですと告げ、ツンは早足でブーンに追いつくと、共に東館の扉を開けた。

(#‘_L’)「──引きずり下ろしてやる!! こんなものでは済まさんぞ!
      どのみち貴様らの退路など既に断たれているのだ、
      徹底的に潰してやる!!」

 負け惜しみのような雑言を背に受けても、何も思わなかった。


.


('A`)「お疲れさんです」

 中に入ると、扉のすぐ傍にドクオがいた。
 黒い鞄を右手に提げている。

 ブーンは扉に寄りかかり、そのままずるずると座り込んだ。

(;^ω^)「あうあうあう」

 足が震えている。
 言ってしまった、と情けない声で呟く。

(;^ω^)「勢いで色々言っちまったお……どうしよう……。
       暴動の件も結局ろくに話し合えてないし……」

ξ;゚⊿゚)ξ「しっかりしてください、ともかく早く対策を考えないと」

('A`)「いや、もう大丈夫じゃないすかね」

(;^ω^)「いやいやいや、あれだけ怒らせたらフィレさんが更に何か仕掛けてくる筈だお……やべえ……
       ……お? ドクオ、それ何だお?」

 ブーンの目が、鞄に向けられる。
 ──いや、鞄ではない。持ち手があるのでそう見えたが、表面には様々なスイッチが付いている。
 機械だ。

 機械から伸びているコードが遠くまで伸びていた。
 その先は──

ξ゚⊿゚)ξ(放送部屋?)

 さらにドクオの左手にも小さな機械が握られていた。

 マイク。
 マイクだ。普段はあまり使わない、高性能の。

ξ゚⊿゚)ξ「……えっ?」


 ──まさか。

 恐る恐る、ブーンとツンはドクオの顔を見上げた。
 視線を受けた彼が無表情に言い放つ。



('A`)「おっとっと。『うっかり』生中継しちまってましたわ」



 そうしてツマミを指で弾き、マイクのスイッチを切った。








 暴動は収まっていった。
 あまりの出来事に毒気を抜かれた、の方が近いかもしれない。


 皆の混乱が落ち着いてくると今度はフィレンクト達への非難で荒れ始めたのだが、
 ツンとドクオに自警団の管理を任せたところ、あまり悪化しない内に制圧された。

 一番危なかったのは、元レスポンス国民の立場が弱くなりかけたこと。
 ただ、早い内に手回しをしたおかげで迫害するほどまでには至らなかった。
 不満はあくまでフィレンクト、そして今まで怠けて、碌に活動してこなかったブーンに向けられるべきである。

 しばらく確執は残るだろうが、そもそも一致団結せねば進めない時代だ。
 注意しつつ時間をかければ、改善されていくだろう。

( ^ω^)(マジ忙しい……辞めたい……)

 最近、とみに忙しい。とても疲れる。

 フィレンクト側の配下で「まだマシ」と言えるレベルの人間を引き抜いて部下にしてはいるものの、
 やはり信頼できるわけもないので、やたら神経を使う。

 そもそもマシと言ったって、あまり意思が強くなかったり日和見主義だったりするだけだし。
 そういう連中はツンに教育されれば、やがてはこちらと志を同じくしてくれるだろうが。それまでが長い。

 早く来い新政府候補。
 早く来いまともな人。


 しかし困るのは、ますます首長を辞めづらくなったこと。
 トップはブーンのままに、その周りを変更してくれ──という世論になりつつある。

 もしも優秀な人材が来たとしても、その人に首長の椅子を譲れば、
 今度はまた違った方向で皆から総叩きに遭うだろう。

 もちろんブーンを信用していない者だって一定数いる。
 全てがブーンの計画通りだった、フィレンクトは利用されたのだ、という論調もあるくらいだ。

 けれど、そういう層もいてこそ土台がしっかりするというもの。どちらかにばかり偏れば倒れてしまう。
 だから今が一番バランスがいい。
 ショック療法にも程があると、思わないでもないけれど。


 ──まあ。ブーンもそれを重々承知して、
 気軽に「辞めたい」と口に出さなくなっただけ、充分進歩したものだ。

( ^ω^)「2区の方、例の研究所に資金を回して……
       ついでに1区の研究員達には2区の手伝いをさせるように言ってほしいお。
       一応知識はあるんだから役には立つだろうし」

ξ*゚⊿゚)ξ「はい」

( ^ω^)「あと5区と6区。昔は車関係の事業が盛んだったし技術者もいる筈だから、
       ギコさんとこに打診してみてくれお」

ξ*゚⊿゚)ξ「はい」

( ^ω^)「それとツンが調べてきてくれた11区──まずはここと一番近い7区に道を作るかお。
       このまえ引き抜いた人に、そこらへん詳しい人がいたから相談してみないと」

ξ*゚⊿゚)ξ「はい」

( ^ω^)「んでフィレさん達に関しては……
       立場は弱くした上で、端っこの方にでも置いといてやってくれお。
       何だかんだいって今はあの人達の力でも必要だし、あと今すぐ外しちゃうのは色々恐い」

ξ*゚⊿゚)ξ「はい」

 ここ毎日ツンの機嫌がいい。
 ブーンが真面目に仕事をしているのが大層嬉しいようだ。

 とはいえ、資料と自身の足で得た情報を突き合わせながら日々頭を悩ませているので、ガス欠も早い。
 その度にツンやドクオに一旦任せているため、自分の手柄という感覚は薄い。

(;^ω^)「おー、頭が痛い。ちょっと休んでくるお」

ξ*゚⊿゚)ξ「厨房にドクオがいるので、間食を作ってもらったらいかがでしょう」

(;^ω^)「そうするお」






( ^ω^)「ドークオー」

 厨房に顔を出すと、たしかにドクオがいた。
 食器を洗っている。手を休めずに、こちらを見た。

('A`)「どうしやした、旦那」

( ^ω^)「何か食いたいお」

('A`)「そろそろ来ると思ってレモンパイなんぞ焼いてみたんで、とりあえずそれ食ってくださいよ」

(*^ω^)「おー」

('A`)「ああ待った待った、切りますんで直に食わんでください」

( ^ω^)「はよう」

('A`)「はいはい」

 大きめにカットされたレモンパイが皿に乗せられる。
 戸棚に寄りかかり、ブーンはパイを口に運んだ。

( ^ω^)「うーん、やはり質が悪い。でも充分美味いお。甘酸っぱさが体に染みる」

('A`)「テーブルについて食いなせえよ」

( ^ω^)「どうせすぐ食い終わるから」

('A`)「行儀悪ィの」

 かちゃかちゃ、食器を洗う音。
 ざくざく、パイを噛み切る音。

 ざくざくが止んで、しばらく経った。

( ^ω^)「──わざと原稿に手落ちを作ったのかお」

 かちゃかちゃも、止まった。

('A`)「そうっすね」

( ^ω^)「フィレさんとの間に書類を通さなかったのも、わざとかお」

('A`)「そうっすね。ま、通そうとしたら、それはそれで向こうが別の手を考えたでしょうが。
    でもまあ、はい、指摘しなかったのはわざとっす」

( ^ω^)「何のために」

('A`)「世界のために」

 そう言われてしまうと、ブーンは怒れない。

 ドクオのためとかフィレンクトのためとか、ブーンのためなどと言われれば、気兼ねなく怒れたのに。

('A`)「旦那、分かってたんすか」

( ^ω^)「後になってから、もしかしてとは思ったけど。決めつけることは出来なかったお」

 ドクオがそうした理由が、ブーンには分からない。
 どう話を続けたものか決めあぐねていると、ドクオの方から口を開いた。

('A`)「俺は、どうしても旦那にトップでいてほしかった」

( ^ω^)「……何でだお」

('A`)「戦時中、俺が生まれた国の大統領は碌なもんじゃなかった。
    軍事のために過剰な搾取をしていて。
    俺や俺の家族や……国民が一番苦しめられたのは、飢えでした」

('A`)「何度も栄養失調で死にかけた。
    ……隣に住んでたジジイに足を食われかけたこともある。
    噛み千切られそうになったときの痕、まだありますよ」

 右足の甲で左のふくらはぎを摩り、ドクオは洗い終えた皿を籠に入れた。
 こんな綺麗な食器で物を食べることすら夢のようだった、と呟いて。

('A`)「だから俺には、誰よりも旦那が世界のことを考えてるように見えて仕方なくて、
    ──それで心酔しちまったんすよね。
    なのに旦那はやる気を出してくれない。出したとしてもフィレンクト達に突っぱねられれば、すぐに諦める」

('A`)「本気になってほしかった。
    そのためには、ちょっと無茶するしかねえと思ったんす」

( ^ω^)「僕にやる気を出させるために、街中が荒れるのを承知で……」

('A`)「信じてもらえるか分からねえが、あそこまで悪化するとは思わなかった。
    ……だが、たしかに、多少の犠牲が出るだろうとは覚悟してました」

( ^ω^)「たくさんの人が傷付けられたお。死んだ人もいるお。
       ……僕があのまま諦めてた可能性だって、あったお」

('A`)「許されることじゃねえです。
    クビにしてください。死罪でもいい。
    護るべき旦那を苦悩させた時点で、俺は誰の味方でもなくなってる。みんなの敵だ」

 ブーンは、自身の右手を見下ろした。
 小刻みに震えている。それを抑えるために拳を握ると、その手をドクオへ向けたくなった。
 きっとドクオは甘んじて拳を受ける。何度殴られようとも。何度でも。

('A`)「それに今、この結果になって良かったと思ってる。だから俺は、反省はしても後悔ができない。
    そんでもって旦那は、そういう輩を許せない」

 彼の言葉は微細も違わず正しい。

 彼の行いは間違いなく罪であり、結果は良くとも経過に多大な問題があった。
 それをブーンは許せない。

 しかし、ドクオがその「経過」を必要悪と考えてしまったのは──
 ブーンの態度が原因だ。

 ドクオを殴るのであればブーンは己も殴らねばならない。
 ドクオを追い出すのならブーンも出ていかねばならない。
 ドクオを殺すのならば、ブーンも。

( ^ω^)「……僕は、何ですぐに原稿の違和感に気付けなかったんだろうかお……。
       せめて、あのとき気付けていたなら……」

('A`)「ああいう書き方をすれば、旦那も手落ちに気付きにくいだろうと計算してました」

( ^ω^)「……本当に真面目で優秀な奴だお」

 深く息を吸う。

 経過はとうに終わっている。結果は出てしまっている。
 その結果を大事にしなければ、これまでの経過が──犠牲が無駄になる。

( ^ω^)「……クビにするお」

('A`)「……ええ。今まで本当に、お世話になりました」

( ^ω^)「最後まで聞け馬鹿。ドクオは──お前は。
       一年、僕の部下をやれお」

 ドクオが振り返る。

 ブーンの胸には、やはり怒りと失望がある。
 しかし哀れみと、──信頼と希望もあった。

 ドクオの目指すものはブーンと同じだ。
 そして彼は、ブーンよりも真面目で優秀である。


( ^ω^)「一年間、僕と中央と、世界のために働けお。
       成果が出れば、そのまま置いておく」

( ^ω^)「成果がなかったり──また一般人を犠牲にしたりするようなことがあれば、
       僕は信頼できる人々に新しい政府を任せて、
       皆に石を投げられながら、お前と一緒に中央を出るお」

('A`)「……旦那には何の謂れもないでしょうや」

( ^ω^)「今この場でお前を見逃すことが、僕には最大の責任になるお。
       その責任は取らないと」

('A`)「いいんすか。責任なんて、旦那の一番嫌いな言葉でしょう」

( ^ω^)「今更だお」

('A`)「……まあ、そうっすよね。
    でも旦那、そりゃ甘すぎやしませんか。
    フィレンクトのことは守ってやらねえっつってたくせに」

( ^ω^)「お前とフィレさんじゃ、動機が全然違う。
       騒ぎを悪化させたのも大体はフィレさんの仕業だし。
       ……あとは身贔屓も、あるかもしれんお」

('A`)「身も蓋もねえや」

 水に濡れる両手を拭い、ドクオは正面からブーンに向き直った。
 呆れたような目。心酔していると言った割に、若干馬鹿にしていないか。

('A`)「……駄目だったときにゃ、ツンも一緒に出ていくんすかね、やっぱ」

( ^ω^)「多分、ついてきてくれるだろうお」

('A`)「そうなりゃ俺、ツンに殺されそうだ。
    まあ旦那を道連れにするなんざ、俺自身が困るし……。
    ……死ぬ気で頑張らねえといけなくなったなァ……」

 面倒くせえ、と。
 勤勉な彼にしては珍しい一言を落とし、ドクオは眉を顰めて口角を上げた。
 自嘲の笑み。それから、真剣な顔付きをして。


('A`)「本当に申し訳ありませんでした。
    世界のために、命を懸けます。例えでも何でもなく」


 そう言うと、頭を下げた。

 その謝罪は本来ならば民に向けられるべきもの。
 しかし実際に直接謝らせようものなら、やはり、今の平穏は再び壊れてしまう。
 そうなれば結局、みんなが一番の被害を受けることになる。

 だからブーンとドクオは、この負い目を共有して生きなければならない。
 行動で贖罪をするしかないのだ。


 少しして、ノックの音。
 ブーンが返事をするとドアが開き、ツンが入ってきた。

ξ゚⊿゚)ξ「ね、私も何か食べたいんだけど」

('A`)「レモンパイ食え」

( ^ω^)「なかなか美味いお、これ」

ξ゚⊿゚)ξ「じゃあいただきます」

 薄く切ったレモンパイを、ツンもその場に立ったまま食した。
 いつから厨房の前にいたのだろう。
 どこから話を聞いていたやら。

 咀嚼し飲み込み、ツンはドクオの足を軽く踏んだ。

ξ゚⊿゚)ξ「ドクオ。あんた、ちゃんとしなかったら、本当に殺すからね」

(;^ω^)「そんな物騒な」

ξ゚⊿゚)ξ「ドクオはクビになりましたが私は継続してブーン様の護衛ですので。
      ブーン様の安定を著しく阻害するものは排除いたします」

('A`)「うーむ、さすが任務には忠実」

 新しくパイを切り分ける。3人分。
 一番大きなものをブーン、それ以外をツンとドクオが持ったのを確認してから
 乾杯するようにブーンが掲げると、2人もそれに合わせた。

 この行動に何の意味があるのか、ブーンにも分からない。
 ブーンは決して自分もドクオも許していないし、ドクオとて許されたとは思っていないだろうし、
 ツンに至っては、彼らの「約束」に半ば強制的に巻き込まれただけ。

 それでも一区切りはついた気がする。

('A`)「何か臭ェっすよ」

( ^ω^)「焼き立てでいい匂いだお?」

ξ゚⊿゚)ξ「いかにもわざとらしいという意味でしょう」

(;^ω^)「えー、今の格好良くなかったかお? え?」

ξ゚⊿゚)ξ「別に」('A`)





 さて、一年後、自分達はどうなるだろうか。
 より良い世界になるだろうか。美味い飯が食えるだろうか。
 目下、一番興味深いのはそんなところ。

 ブーンは怠け者だ。
 けれども興味のあることには、どこまでも真面目になれる。



 ひとまずは、自分が怠けていても平和であるような、そんな世界にしよう。



5:怠惰な次期大統領   終
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