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川 ゚ -゚)子守旅のようです 4:決断力のある人

(//‰ ゚)「話を聞いていただけますか」

 顔の半分を面に覆われた女──見た目に性別を窺いづらいが、女である──は、
 両手を膝の上で組み、十指を擦り合わせた。
 滑らかに動くその手は、左右どちらも作り物。

川 ゚ -゚)「話したいなら聞く」

 頷き、クールは視線を滑らせた。

 ──教会である。
 かつての災害によりあちこち崩れているが、前面のステンドグラスは
 最上部を除いて、「ほぼ」無事だった。

 結果として首のない聖女がそこにいる。

 そのステンドグラスを一瞥し、クールの隣に座る女は口を開いた。

(//‰ ゚)「ここには、あなた以外に話を聞いてくださる方もいないようですし」

川 ゚ -゚)「そうみたいだな」

 ──いびきが、2人の間に響いた。

( +ω+) グオー

川 ゚ -゚)「……ちょっとうるさいのがいるが、それで良ければ」

(//‰ ゚)「構いません」

 2人が座る長椅子の、通路を挟んだ隣の長椅子でロマネスクが眠りこけている。

 こんなところで寝られるかと数分前まで喚いていたが、子守唄を歌ってやればこれだ。

 仕方がない。
 てっきり宿があるかと思ってこの町で列車を降りたのは、たしかにクールのミスだ。

 だが、ここのリーダーがロマネスクに恨みを持つヴィプ国人で、
 町中の民家、店舗に「ロマネスクを泊めるな」と令を出したのは──
 それはロマネスクの行いが悪かったのだと思う。

 (#ФωФ)『馬車を呼べ! 隣の町に行く!』

   川 ゚ -゚)『馬車はないらしい。あっても使わせてもらえないだろうが。
        隣の町へは……しばらく歩かないと駄目みたいだな』

   (#ФωФ)『ふざけるな! 我輩は眠いのだ、歩いてなどいられるか!』


 先まで乗っていた列車が寝台付きではない上に乗客が満員状態だったので、
 常に座りっぱなし・落ち着かない・クールが子守唄を歌えないといった諸々の理由で(主に最後の理由が大部分で)
 2日程ろくに寝られなかったらしい。

 真昼だというのに、ロマネスクの眠気は限界に達していたようだ。

 というわけで、ひとまずこの廃墟と化した教会で一眠りすることになったのである。

 当然ながらクールは一睡も出来ない。
 ここのリーダーがロマネスクに敵意を持っているからには、警戒しないわけにもいかないのだから。

 そうしてロマネスクが2日ぶりの睡眠を手にした頃──
 この女が、やって来た。

(//‰ ゚)「少し、長くなると思います」

川 ゚ -゚)「聞くよ。お前は元来、無口なたちだから。
     それでも話したいってことは、大事な話なんだろう」

 クールは。
 旧知のごとく言って、女を見た。

川 ゚ -゚)「なあ、横堀」





4:決断力のある人


/ ,' 3「そうだなあ……どんな人にしようかの……」

J( 'ー`)し「やっぱり──喧嘩に強い人、かしら」

/ ,' 3「いやいや、皆さん訓練を積んでいるのだから、大概強かろうて」

J( 'ー`)し「ああ、そうねえ。じゃあどうしたものかしら……」

 ──仲介人によれば、お二方は、そのような会話をしばらく続けたそうです。
 実にあの2人らしい。

 仲介人が痺れを切らしかけたところでようやく、こう仰いました。

/ ,' 3「じゃあ、こうしよう。
    決断力のある人をお願いします。
    私らは見ての通り、優柔不断ですから」


 こうして、私はあの老夫婦の護衛となりました。
 アラマキ財閥の当主と名乗った旦那様と、その奥様です。

──少し私の話をします。
 クールさんには聞かせたことがありませんでしたが、
 私は今年で30歳近くになるそうです。(細かい年齢は正直なところ曖昧です)

 幼い頃に両親が病で死んでからは、クールさんも存じている「先生」のもとで暮らしていました。
 ええ、先生がこの事業を考えつく以前から世話になっていた古株なのですよ。

 そして──15歳前後のときだったでしょうか、私は顔と体に大怪我を負いました。
 思春期ですから。家出していたんです。馬鹿ですね。
 それで地雷源にうっかり踏み入って。ええ。馬鹿です。

 普通なら死んでもおかしくなかったのですが、しぶとく生存しました。
 しかしやっぱり、両手と両足は使い物にならなかったようで。

 当時先生と住んでいた国は科学や医療の技術がとても進んでいまして、
 義肢や顔の整形も、金さえ出せば不自由なく暮らしていけるレベルのものが提供されるほどでした。

 けれどもその頃の先生には、それほどのお金はありませんでした。
 そもそも拾い子に手術費用を出してくださること自体、ありがたいことなのですけれど。

 正直なところ女らしさの薄い顔ではありますが、それでも女ですし──まあ男でも同じでしょうが──
 先生としては、もちろん顔の復元を最優先に考えていたようです。

 けれども顔の手術は大層お金がかかるようでしてね。
 成長に合わせて調整もしなければなりません。
 つまりは手術費に加えて維持費もかかるわけです。

 手足の方は、もちろん定期的なメンテナンスこそ必要ですが、
 顔のそれに比べると手間も費用もよっぽど楽でした。

 ですので顔の治療は最低限にして、義肢の方を優先することになりました。
 おかげで見た目も機能も本物と大差ない一級品を頂けて。
 顔の方は、お面で隠せば事足りました。隠すのは半分だけですしね。

 ともかくその一件で、私はいたく反省しました。
 幼稚な己のせいで自分の人生はもちろん、先生にまで多大な損害を与えたのですから。

 感情的にならないようにしよう。
 とにもかくにも合理的に行動しよう。
 そう決めました。

 以降はその通りに過ごしまして、自分で言うのも何ですが、結構優秀に育ったと思います。
 顔と手足のことと絡めて「サイボーグみたいだ」とからかう人もいましたけれど。
 それでも良かった。私はそれで良かったんです。

 私のそういったたちを、「決断力がある」と評したのでしょうね。
 私がアラマキ夫妻の護衛に選ばれたのは、それが理由でした。

/ ,' 3「よろしく、横堀さん」

J( 'ー`)し「よろしくお願いしますね。──わあ、すごい、本当の手足と変わりないのね」

 私の顔や義肢については、先に説明がなされておりました。

 旦那様も奥様も、純粋な好奇心を隠すことはありませんでした。
 どのような仕組みなのか、どう手入れをするのか、不便はあるのか──と
 気になったときに気になったことを、はっきりとお訊ねになるほどです。

 これまで関わってきた人々の多くは、奇異の目で見るか、気を遣って無関心を装うか、本当に無関心かのいずれかでしたが
 アラマキ夫妻はそれらの枠には当てはまりませんでした。

 何と言いましょうか。きっぷがいい──というか。

 さっぱりとしていて、ともすれば無遠慮に踏み込みかねないところを上手く躱していて。
 こちらに何の負い目も感じさせないのです。

 簡単に言ってしまえば、気持ちのいい方々でした。

(//‰ ゚)「護衛の他に、何か仕事はありますか」

/ ,' 3「すまんね横堀さん。私らは別に、命を狙われてるというわけではないんだ。
    ただ、ちょっと遠出することになるもんで」

(//‰ ゚)「ご旅行ですか?」

/ ,' 3「いいや。──西に、私達の故郷がある。
    そこで生存者が暮らしとるらしいんだが」

J( 'ー`)し「島国なんです……。
      それも、うんと遠くの」

 ──お2人から聞いた国名は、たしかに、この大陸から遠く離れた小さな島国のものでした。

/ ,' 3「一応、定期的に船で物資は送られとるが、何しろ遠かろ。
    それで復興が遅れとるらしいんだな」

 2人の望みは分かりました。

 故郷へ送るための物資の調達。
 定期便が出る港町まで、物資の運搬と2人の護衛。
 また、故郷へ寄りたいでしょうから、それにも随行──

 少々手間のかかる任務でしたが、難しいものではありません。

(//‰ ゚)「あの国には生存者がいなかったと聞いていましたが」

/ ,' 3「うん、私らのように海を越えて避難した者以外は皆、死んでしもうたと思っとった」

J( 'ー`)し「でもね、少ないけれど、たしかに生き残った人がいるって話を聞いたの。
      さっき言った理由で物資が不足してるって話も……」

/ ,' 3「だから手助けがしたい。
    ──故郷を捨てて逃げた身だ。罪滅ぼしもある」

 そう言った旦那様の目には、真実、申し訳なさそうな色があって。
 ああ、責任感の強いお方なのだと──人間として深く信頼できるお方なのだと思いました。



 これが、「中央」からお達しが出るより一年ほど前のことでございます。






(//‰ ゚)「まずは中央まで行きましょう。
     あそこなら物資の調達もしやすいですし、大きな港もあります」

 私の提案に、お2人は賛同いたしました。

 物資をいっぺんに送ってしまわず、それなりの量を定期的に送る方を優先させるため
 まず中央に定住し、そこから故郷へ物資を送り──
 頃合いを見て、お2人も故郷に戻るため船に乗る。

 スパンの長い計画ですが、私の方には特に問題ありませんでした。
 私は望まれる限り傍にいます。

 選択権はアラマキ夫妻にあるのです。
 物資、発送、私の雇用等々にかかる費用は彼らが負担するわけですから。

/ ,' 3「それがいい。いや、故郷へ支援したいという気持ちばかりが早まって、
    細かいところをまだ決めかねていたから。
    横堀さんがしっかりしてくれていて、本当に助かる」

 旦那様はご自身の額をぴしゃりと叩いて、笑っていました。




 当時運行を始めたばかりだった寝台列車に乗り、中央へ向かいました。
 戦前に比べるとゆっくりとした進行だから仕方ないとはいえ、三月近くも乗りっぱなしで、
 私はともかく、やはりご老体のお2人には厳しかったことと思います。

J( 'ー`)し「狭いシェルターにぎゅうぎゅう詰めで眠ってた頃よりマシだわ。
      大勢のいびきも聞こえないし、寝相で踏んづけられることもないし」

/ ,' 3「あれを経験すると、大抵の場所は天国に思える」

 本人は、このように仰っていましたけれど。

 ところで同じ車両に、幼い男の子とその母親の2人組がおりました。
 男の子は小さいながらにとてもおとなしく、
 列車の長旅でも、そこらの大人より静かにしていられるいい子でした。

 けれどもやはり、決して快適だったわけではなかったのでしょう。
 一月ほど経ったある日の夜、男の子が癇癪を起こしてしまいました。

 金切り声で、様々な不満を喚き散らして泣いて暴れて──
 母親もひどく参った様子でした。

 早く泣き疲れて眠ってくれと、多くの乗客が思ったことでしょう。
 しかし男の子は一層激しく泣くばかりで、とうとう1人の男性客が怒鳴り始めました。

「いい加減にしろ! 黙るまで貨物車両にでも篭っとけ!」

 季節は冬でした。また、通過中の地域の気候もあって、ひどく冷える夜でした。
 客を乗せた車両は、やや弱いとはいえ暖房がありましたが
 貨物車両になどもちろん暖房はありません。


 けれど母親は周りの雰囲気に耐えきれなくなったのか、
 騒ぎを聞きつけた車掌に、貨物車両へ入れてくれるよう頼み始めました。
 そこへ、怒っていた男性が更に言ったのです。

「だからガキは嫌なんだ! 朝に停まる駅で降りてくれよ、迷惑だ」

 そのとき、旦那様が小声で私に訊ねました。

/ ,' 3「……私が口出ししてもいいもんだろうか」

(//‰ ゚)「騒ぎを鎮められる自信がおありならば。
     そうでなければ静観しておいた方が賢明です」

/ ,' 3「うむ……」

 ほんの5秒ほど黙って、結局旦那様と奥様は通路へ出ました。
 私も出ないわけにはいきません。
 また文句を言われると思ったのでしょう、母親は泣きそうな顔で頭を下げました。

/ ,' 3「これ。小さな子を寒いところへ放り出しちゃいかんよ。
    我慢出来ないなら、あんたが貨物車両へ移りなされ。私の毛布も貸してやるから。
    あんたなら、毛布重ねときゃ風邪も引くまい」

/ ,' 3「この子は今日までの一ヶ月、ずっと静かにしとったじゃないか。
    明日も明後日も騒ぐ保証もないのに、この一件で降りろというのも酷な話だ。
    大人達のいびきの方が毎晩うるさいってのに」

 旦那様は決して声を荒らげず、男性を宥めておりました。
 そして奥様が未だ泣き止まぬ男の子を抱え上げて、

J( 'ー`)し「ちょっと場所を変えてみましょうか、毎日毎日同じ場所で嫌になったのかもねえ」

 母親に許可を得てから、男の子を旦那様たちの席へ連れていったのです。

 旦那様が祖国の民話などを語ってやると、男の子はすっかり静かになって、
 自分の席に戻る間もなく眠っていました。


 それから男の子はお2人に懐いたようで、時折こちらの席で眠るようになり、
 中央に着くまでの残り2ヵ月を平穏に過ごしたものでした。



/ ,' 3「──息子と孫がいた」

 ある夜でした。
 件の男の子と奥様が寝入った後、旦那様は、独り言のように呟きました。

/ ,' 3「4年前に顔を見たきりだ」

 4年前。天災により戦争が終わった時期と同じです。
 天災か、はたまた戦争か、どちらかの理由で亡くしたのでしょう。

(//‰ ゚)「そうですか」

 私は何も訊きませんでした。
 私は何も聞きませんでした。
 私がその情報を得る必要が、どこにもなかったので。

 素っ気ない反応だと思ったのでしょうか、旦那様は苦笑して、ご自身も眠りにつきました。






 ──中央は聞きしに勝る隆盛ぶりでした。

 戦後の得も言われぬ暗澹さと、同時に生じる活気とが混ざり合い、
 どちらも常に肥大し続けるような──闇も光も騒がしい、そんな場所でございました。


 貴賤問わず人々が殺到していたため、入るにもいくらか規制があったのですが、
 財閥の主人であったことを話して大金を見せると
 優先的に仮設住宅へ住まわせてもらえたのが今でも印象に残っています。


J( 'ー`)し「畑、見ました? すっごく大きいの。あんなのがたくさんあるんですってよ」

/ ,' 3「コンクリートばかりかと思っとったが、周りは海と山だ。
    こりゃ人が集まる筈だの」

 人工的な景色と自然の景色が入り交じる、不思議な街でした。
 戦前は然ほど目立った国ではなかったのも頷けます。

 つまりは半端だったのですね。
 でも今は、その半端さが人々を救っているのです。

/ ,' 3「ここなら物資を集められる」

 旦那様と奥様は、顔をくしゃくしゃにして喜んでおられました。



 が、誤算もありました。

 中央付近の港では、2人の故郷への定期便を出していなかったのです。


「──ああ、あの島へは行ってないな。
 北の、ガイドラインとかいう港町が定期便を出してるって話は聞いたけどよ」

 地図(戦前のものなので現在の地形とはだいぶ違うでしょうが)で確認してみたところ、
 ガイドラインという町は、私達が出発した地と中央のちょうど真ん中あたりにありました。

/;,' 3「あああ、すまん横堀さん、とんだ無駄足を……」

J(;'ー`)し「ごめんなさい、3ヵ月もかけてここまで来たのに」

(//‰ ゚)「いいえ、確認しなかった私が悪いのです。
     ──しかし決して無駄足ではないと思います。
     物資の確保はここでするべきでしょうから」

 一月半かけて戻る必要はありません。

 中央で購入した物資を列車なり船なりでガイドラインまで運んでもらい、
 そしてガイドラインからお2人の故郷へ届けてもらえばいいのです。

 とにかく、故郷へ向かう定期便が確かに存在している、という事実が判明したことが、
 任務開始から一番の収穫でした。
 お2人も大層安堵していらっしゃいましたし。


 一度目に送ったのは、食料と衣料、水、木材と工具、それとお手紙でございました。

/ ,' 3「横堀さん、手紙はどんな文面にしたらいいかね。
    私の身分を明かした方がいいだろうか……」

 「故郷を捨てて逃げた」というのが負い目になっていたのでしょう、
 旦那様はとても悩んでおりました。

/ ,' 3「もしも私らを恨んでいるなら……名乗ってしまえば、支援を受けてくれんかもしれん」

(//‰ ゚)「たとえ名乗らなくとも、今後も物資を送り続けるならば
     いずれ向こうは、送り主が同郷の資産家であることに気付きます」

(//‰ ゚)「最初に名乗っておいた方が、余計な禍根はありません。
     もしも向こうが困窮しているのなら誰からの支援であっても受けるでしょうし、
     逆に送り主を理由に支援を断るのであれば、それほど切羽詰まってはいないということです」

/ ,' 3「おお──そうか、そうだな、うん。ありがとう横堀さん」

J( 'ー`)し「頼りになるわ」

 お2人はよく私を頼ってくださいました。
 私が応える度に、褒めてくださいました。
 それがとても擽ったかった。


 しばらくして、ガイドライン港と中央を行き来する船から、
 夫妻宛ての手紙が届きました。
 物資に添えた手紙への返事──要するに、故郷からのものでした。

/;,' 3「ど、どんな内容だろか……うう、恐い、横堀さんが先に読んどくれ」

J(;'ー`)し「ああもう情けない人」

 ──旦那様の心配を他所に、手紙の中身はシンプルなものでした。

 ありがたく頂戴する、本当に心から感謝している。生きていてくれて嬉しい。
 厚かましいとは承知の上だが、赤ん坊のミルクや衣類が不足している、何とかならないだろうか。

 そんな内容の。

/;,' 3「それだけか? 他に何か書いとらんか? 差出人の名前は──」

(//‰ ゚)「いえ……」

/ ,' 3「……そうか」

 旦那様は、がっくりと肩を落としました。奥様も同様。
 救援が叶ったのだから、喜びこそすれ、がっかりする謂れが
 どこにあるのでしょうと不思議に思ったものです。

 けれども、手紙を何度も読み返し、旦那様は微笑みました。

/ ,' 3「……赤ん坊か。新しい命が、きちんと生まれとるんだな」

J( 'ー`)し「ええ、そうですねえ。私達の国はちゃんと、生きているのね」

 事前に用意しておいた物資に乳児用品を追加し、
 ガイドライン港への定期便へ積んでもらって。
 お2人は、私へ礼を言いました。私など何もしていないのに。


 ──それからは気兼ねなく(というのも変ですが)物資を送ることになりました。


J( 'ー`)し「横堀さん、今日は何を食べようかしら」

(//‰ ゚)「先日、3区でキャベツが多く採れたと聞きました。
     あの地区が豊作になるのは極めて珍しいそうです」

J( 'ー`)し「あら、じゃあ、キャベツ料理にしましょうか」

 お2人(と私)は細々とした内職で賃金をもらい、
 その中から最低限の生活費を捻出して、余った分をまた援助に回していました。
 本来なら、彼らの持っている財産さえあれば余生を豪勢に過ごしても充分足りるほどなのに。

/ ,' 3「私がもっと若ければ、肉体労働も辞さないんだがなあ。
    外で体を動かした方が、賃金も高いらしい」

 賃金が増えても、きっとこの方々は自身へかかる費用を削って
 支援活動に力を入れるのでしょう。

/ ,' 3「……恥ずかしい話、金のために熱心に働くのは、これがほとんど初めてだ。
    いつも部屋の中で書類に判を押したり面倒な来客と話したり……。それさえしていれば良かった。
    私は今まで一体何をしていたんだろうな」

J( 'ー`)し「私なんか本当に何もしてこなかったんですよ。
      歳だからって復興作業も参加できなかったのは悔しかったわ」

/ ,' 3「お前はシェルターで子供や怪我人の世話をしてたろう」

(//‰ ゚)「お2人は、そのときそのとき、ご自身のなすべきことをしていたのですね。立派なことです」

 差し出がましくもそう言うと、お2人は少しの間をあけて、はにかむように笑いました。
 ただ──どこか、寂しそうな瞳をしていたのです。


J( 'ー`)し「──大きいキャベツねえ」

 3区の市場で購入したキャベツを抱え、奥様はにこにこ笑っていました。
 野菜一つでこんなに嬉しくなるなんて、ここに来るまで知らなかったと仰って。
 こう言うのは無礼でしょうが、可愛らしい振る舞いでした。

J( 'ー`)し「戦争の最中も、天災の最中も──これで世界は元に戻れるものかと不安だったけど。
      人って強いのね」

(//‰ ゚)「ええ」

 市場前の広場は騒がしく、奥様は雑踏に疲れ気味のようでした。
 ちょっと休憩、と奥様がベンチに腰掛けたので、私も隣に座ります。
 旦那様を家に残してきたので、護衛としては、早く帰りたかったのですが。

J( 'ー`)し「ごめんなさい横堀さん、毎日質素な食事ばかりで」

(//‰ ゚)「私は満足しています」

 奥様の言葉も私の返答も、事実でした。
 食事は慎ましやかでしたが、奥様の作る料理は美味しかったのです。

 奥様は広場を駆け回る子供達を眺めて、それから腰を上げました。続いて私も。
 広場の端に、箱を持った少女が立っていました。
 募金の呼び掛け。少女の故郷への復興資金を募るものでした。

J( 'ー`)し「はい。少しでごめんなさいね」

 奥様がいくらか入れると、少女はありがとうございますと元気な声で言って、頭を下げました。
 他にも募金を求める人がいたので、奥様はそれらへ応えていって。

 さて広場を出ようかという折──

「景気いいな、婆さん」

 明らかな害意を持って、男が3人ほど奥様を囲みました。

 彼らがどのような意図をもってどのような行動をしたか、私がどのような対処をしたかは
 言わずとも分かるでしょうから、割愛いたしますね。
 護衛として、奥様に一切の危害を加えさせなかったのは勿論のことでございます。

 あ、殺してはおりませんよ。
 あくまでも、相手が逃げ出せる程度に。

J(;'ー`)し「あ、ありがとう横堀さん、ああ、びっくりした……
      こんなに人がいるところで、あんなことする方がいるだなんて」

(//‰ ゚)「人混みの中の方が狙いやすいこともあるのです」

 私達の周囲はすっかり萎縮していました。

 応戦した際に私の持っていた紙袋に穴があいてしまったのでしょう、トマトが一つ落ちました。
 ころころと転がって、先程の少女の足元で止まります。
 私がそちらへ一歩踏み出すと、少女が怯えた目をして後退しました。

 トマトを拾おうとして──これは本当に迂闊だったのですが、
 右手が地面へ落ちてしまいました。
 悪漢が持っていたナイフの切っ先が、「継ぎ目」の辺りを抉っていたようなのです。

 群衆から悲鳴があがりましたが、断面から義手であるのが分かったのかすぐに静まりました。
 そうして今度は、人混みの中から子供達の声がしたのです。


「サイボーグだ、戦争でいっぱい人殺したんだろ!」

「気味悪い顔……」

「──こわい」


 戦時中、人型のロボット類がいくつかの国から投入されたのは事実です。
 それらはサイボーグとは違うのですが、子供に違いを求めても仕方ありませんね。

 ともかく彼らの言葉は特段、大したものではありません。
 昔からたくさん言われて、慣れていたもので。

 けれど。
 奥様は家路を辿りながら、トマトと共に拾ってくださった右手を撫でて、

J( 'ー`)し「こんなに優しい手なのにね」

 と、呟かれました。

J( 'ー`)し「手も、お顔も、何にも恐いことないのに」

 それは奥様の主観であって。
 やはり他者から見れば、この顔も、外れた手も、異質でしかないのです。

 それでも私は奥様の言葉が嬉しかった。






 奥様がご病気で寝込むようになったのは、それから何ヵ月も経たない頃でした。

J( 'ー`)し「ごめんなさい……余計な出費を……」

/ ,' 3「いい、いい、ちゃんと薬を飲んで寝ていなさい」

 戦争や天災による怪我、病気であれば何かしら補償を受けられますが、
 奥様の場合は元々の体質によるものでしたので、そのぶん治療費もかかりました。

 夜気のような些細な事象が体に障り、すぐに熱を出してしまうため
 私が付きっきりになったことで、内職による稼ぎががっくりと減っていきます。

あるとき、奥様を病院に連れていった折、旦那様は廊下で私にこう仰いました。

/ ,' 3「決して確率は高くないんだが、手術をすれば治る可能性も──僅かながら、あるらしい。
    だが費用がかかるし、上手くいかなければ、薬代も今より増える。
    もし手術をしないのならば、あとは寿命まで現状維持だ」

/ ,' 3「手術が成功する可能性に賭けるとしたら……もう、故郷への支援は、やめなけりゃならん。
    どうしたらいいと思う、横堀さん」

(//‰ ゚)「旦那様がお決めになることです」

 旦那様は、困った顔をなさいました。

 ──彼らが私を雇った理由は「自分達が優柔不断だから」というものでしたし、
 たしかに彼らの行動を私の言葉が決めることは、多々ありました。
 それらの経験から、私の決定なら間違いないと、そう思っていたのでしょう。

(//‰ ゚)「……あくまで私の考えです。感情ではなく、計算によるものです。命を軽んじるものではありません。
     ──故郷では新しい命が生まれています。
     旦那様と奥様は、それをお喜びになったでしょう」

 老い先短い身内1人と、故郷を立て直す未来を天秤にかけろ──などと
 あけすけな言い方は、もちろん出来ません。

 そしてこれは本当に、あくまでも私なりの「合理的」な一つの案であって、
 どちらを選ぶべきか、どちらを選んでほしいか、などとは思っていませんでした。
 私はただ雇い主の意思に従うのみです。

/ ,' 3「……うん、そうだな」

 旦那様は何度も「うん」と唸り、目を閉じました。


 ──手術はしないことになりました。
 奥様とも相談した結果、奥様もやはり、故郷を優先してほしいと仰ったようです。
 奥様は絶対にそう答えるだろうと分かっていたから、旦那様は先に私へ訊いたのでしょうけれども。






 ある日のことです。

( ^ω^)『──世界再興のためには、各地域が一丸とならなければいけませんお』

 市場や駅など各所に設置されていたモニター(主に業務連絡等に使われていました)に、
 中央のまとめ役──通称「首長」の姿が映りました。

( ^ω^)『今、世界を正式に管理しているものは何もありません。
       この「中央」とて、結局は他より人が多く、他より資材が多いから目立つだけ。
       他の地域に対して政治的処置が出来るわけではありませんお』

( ^ω^)『おかげで著しく復興が遅れている町、独裁的に支配されている町、
       たちの悪いものでは、周囲を騙して利益を貪るところまでありますお。
       そういった場所を取り締まり、管理しなければ、世界は進めない』

( ^ω^)『人と金が要るお。
       ここ「中央」を、名実共に──世界の中心としたい』


 新しい政府を作るのだと、彼は言っていました。
 演説の一部始終は、映像あるいは文書で各地に広められたので
 知らない人はそうそういないでしょう。

 こうして、世界中から権力者(大抵は書面上の権力など消えていましたけれど)が
 中央を目指してやって来ることになったわけです。が。

/ ,' 3「ちゃんとしたのが集まってくれるといいなあ」

 旦那様はいつもの調子でした。

 自分には関係ないといった風情で、
 いつものように働き、いつものように奥様の看護をし、いつものように物資を送る準備をしていました。
 彼らの財産はだいぶ減っていましたし、政治活動にも興味がなかったのだと思います。

 その2日後。
 ガイドライン港とを結ぶ定期便が到着し、いつものように停泊するというので、
 私と旦那様は集めておいた物資を港へ運びました。

「手紙だよ」

 故郷からの礼状は毎回旦那様に届けられていました。

 手紙の中身は、物資を受け取った旨と篤い感謝の言葉、
 それと差し当たって必要なものがあればその要望──という、最低限でシンプルな内容です。

 ただ、その日の手紙には追伸と称して、たった一文が付け加えられていました。


 ──「その方は、探しても見付からなかった。」と。


 恐らく前回の物資に添えた手紙で、旦那様は何か人探しとなるような質問をしたのでしょう。

 故郷からの手紙は私もチェックするように言われていましたが、
 旦那様が送る手紙は、書いた本人である旦那様しか内容を知らないので
 彼が探したい人物の名も私には分かりませんでした。


 ──私は、

(//‰ ゚)「どなたをお探しですか」

 帰り道、しょんぼりした様子の旦那様に訊ねました。

 間もなく旦那様の目が驚いたように丸くなったのを見て、
 私も自身の異常を感じました。

 旦那様と奥様に命じられたことを黙って聞き、問われたことには正しく答え、
 お2人に危険が及べば直ちにそれらを排除する──
 そうやってさえいれば、余計な手間も迷惑もかけずに済むのに。

 仕事に不要な疑問など抱いてはいけないし、
 抱いたとしても、口にしてはいけない──と思っていた──のに。


 私は、気落ちする旦那様を見ていられなくなったのです。
 私で何とか出来るのならば、何とかしたいと思ったのです。

(//‰ ゚)「……申し訳ありません、出過ぎた真似を」

/ ,' 3「いや──いや、いいんだ。……いいんだ、そうだな、聞いてくれると助かる。
    人に話せば楽になることもあるものだし」

 旦那様は普段からゆっくりとしている歩みを更に遅くして、語り始めました。

/ ,' 3「息子と孫がいた」

 いつぞや、列車の中で聞いた呟きと同じ言葉、同じ声。
 違いがあるとすれば、今回は続きがあるという点。

/ ,' 3「一人息子でな、よく出来た奴で……優しい嫁さんをもらって、
    2人に似た子供も生まれて……幸せそうだった。
    大戦の中、国のために仕事をよく頑張っていたよ」

/ ,' 3「だが、天災が起きた」

 亡くなったのか、と思いましたが、それとはまた事情が違うようでした。

/ ,' 3「初めに被害が出たのは、北の方だったな。
    そこから徐々に私らの国へ近付いてきていたもんだから、
    船に乗り、こちらの大陸に逃げねばならんと思うた」


 旦那様が強引に船の手配をしたといいます。
 奥様と息子家族、それと何人かの使用人を連れて船に乗って。
 そのときには「天災」は彼らの国に到達しかけていたそうです。

 間一髪、助かった。
 そう思ったのも束の間、ご子息が──


/ ,' 3「……出航の直前、降りると言い出した。
    『国を見捨ててはいけない。民を置いて逃げてはいけない』と。
    息子の嫁も、まだ幼かった孫も、息子に賛同してな……」


 残ったところで何も出来やしないと旦那様は説得しました。
 しかしご子息は、それならそれで、自分は皆と共にこの国で死ぬと。
 それが国のためだと仰ったといいます。

/ ,' 3「……私は、確実に自分が生き残ることこそが大事だと思っていた。
    国に残って死んでも無駄死にだ。国民が死に絶えれば、それこそ『国』は無くなる。
    それよりも、よその地へ逃げ、生き残ることこそ──『国』という存在を守ることになるだろうと」

/ ,' 3「息子は違ったんだな。
    自分が地に残り、最後まで抗い、民と命運を共にすることが、国を守ることだと考えていたんだろう」

 ──旦那様の言い様に、私は違和感を抱き始めていました。
 彼の口振りは、まるで、まるで──

 私の顔を見て察したのでしょう。
 旦那様は目を伏せ、頷きました。

/ ,' 3「……かつて私は、国王と呼ばれていたことがあった。
    ──とうにその名は息子へ譲って、隠居しておったが」

 「アラマキ」は、偽名でした。
 彼の名はスカルチノフ。
 かの小さな島国の、王家に継がれる名前です。

/ ,' 3「息子の意志は固かった。
    私と妻は、使用人を連れて大陸へ逃げた。
    ──その直後に天災は国を呑み、然ほど間を置かずにこの大陸も襲った」

/ ,' 3「そのうえ使用人はみんな病気や事故で死んでしもうた。
    ……あいつと2人きりになってから、ずっと同じことを考えている。
    私のやったことは正しかったのかとね」

/ ,' 3「残ったのが老い先短い私と妻の2人だけでは、結局、私の考える『国』はすぐに死んでしまう。
    それならいっそ、息子達と残って、民と共に死ねば良かったのではないか──
    ……私の決断は全くの無駄で、民への裏切りでしかなかったのではないか……」

 声は徐々に小さくなり、ぽつり、呟かれました。

/ ,' 3「……あれ以来、何かを『決める』というのが、ひどく恐い」

(//‰ ゚)「……」

/ ,' 3「だからこそ、生存者がいると聞いたときは嬉しくて堪らなかった。
    『国』はまだ死んでいない。死なない。これからも生きるだろう。
    国を生かし続けるためにも援助をしようと、それだけは、すぐに決められた」

/ ,' 3「もしや息子達も生き残ってくれているのではないかと思っとったが──そこまで甘くはなかったな。
    まあ、もしも生きていたならば、私が初めに物資を送った段階で
    息子から手紙の一つもあっただろうしな、……だから分かっていたことだが。
    改めて『いない』と言われると、やはり、辛いものだ」

 旦那様の足が、止まりました。
 それはたった3秒ほどのことで、再び歩き出した頃には、旦那様はいつもの様子に戻っておられました。

 私は何も言えませんでした。
 けれど、私に話したことで、旦那様の胸の内はいくらかでも楽になったのでしょうか。
 そうであれば、嬉しいのですが。






 ──クールさん、中央で暴動が起こったのを知っていますか。

 中央は、かつて東スレッド国、レスポンス国と呼ばれていた二国が合併して出来た地です。
 首長は元々、東スレッド国の人間でした。

 ただ首長とは名ばかりで、実際は、元レスポンス国のお役人だった方々がほとんどの仕事をしていたそうで。
 そのためレスポンス国出身の住民には、首長として表に立つ彼の姿が
 あまり良いものには見えていなかったのだと思います。

 そこへ首長からのお触れがあって、ますます不満が募ったのでしょうね。
 主権を東スレッド国の人間が握っているだけでなく、
 彼を支えていたお役人方を切って、他所から人員を集めるだなんて、と。

 それで、ちょうど私が旦那様のお話を聞いた直後くらいから、暴動が起こるようになりました。
 元レスポンス国民による過激派と、首長の意向に納得のいかない方々が街中で暴れたわけです。

J( 'ー`)し「最近、外が騒がしいわねえ」

/ ,' 3「早く治まるといいんだがなあ」

 お2人は不安げに、毎日そのようなことを仰っていました。


 暴動が始まってから4日ほど経った日のことです。
 家にあった食料が尽きたので、買い出しに行かねばならなくなりました。

 危険な街を旦那様に歩かせるわけにはいきません。
 私1人で行こうと決めました。


(//‰ ゚)「行ってまいります。何かあれば、すぐにお逃げください」

/ ,' 3「横堀さん、大丈夫かね。
    喧嘩に強いとは聞いとるが、それでも1人じゃあ……」

(//‰ ゚)「平気です」

J( 'ー`)し「気を付けてね。無茶は駄目よ」

──いつもならば、走って往復すれば、然ほど時間もかからない筈なのですが。

 やはり暴動の影響は大きかった。
 営業している店を探すのにも一苦労で、やっと見付けたかと思えば碌な品がなかったり、
 高値で極々僅かしか買わせてもらえなかったりと散々な有り様でした。

 それに移動するにも、あちこち騒ぎがあるので厄介で仕方なくて。
 必要なものを必要な分だけ買って帰るのに、結構な時間が掛かってしまったのでした。



(//‰ ゚)「──戻りました。遅れてしまって申し訳ございません」

J(;'ー`)し「おかえりなさい、あの、横堀さん……」

 返事が1人分だけ。戸惑う奥様。
 その時点で、嫌な予感はしていました。

(//‰ ゚)「旦那様は?」

J(;'ー`)し「それがね、さっき、首長さんの部下だっていう人が来て……」

(//‰ ゚)「首長?」

J(;'ー`)し「『新政府』の件で話がある、って」

 そこまで話したところで、奥様は深く咳き込み始めました。
 暴動が起こってからというもの、心労のためか体調が悪化していたのです。
 それでも何とか合間合間に、成り行きを教えてくださいました。


 ──首長の部下を名乗った男は、旦那様の本名がスカルチノフだと看破したそうです。
 その上で、「首長が新政府について相談したいと言っている」と話し、
 旦那様を連れ出したということでした。


J(;'ー`)し「『横堀さんの帰りを待ってから』って、あの人、ちゃんと言ったのよ。
      でも、その男の人がほとんど無理矢理連れていって……」

(//‰ ゚)「……無理矢理ですか」

J(;'ー`)し「何か変だと思うの、横堀さん……」

(//‰ ゚)「私もそう思います」

 どこへ連れていかれたか分からない、と奥様は言いました。
 こちらとしても皆目見当がつきませんが、とにかく動かないわけにもいきません。

(//‰ ゚)「奥様。また誰かが来たとしても、出ないようにしてください。
     私は旦那様を探してきます」

J(;'ー`)し「よろしくね。何もなければ、いい、けど」

 ──奥様の様子がおかしくなりました。

 呼吸の調子が乱れ、ひゅうひゅうと掠れた音がし始めて。
 いっそう咳を激しくさせた奥様が、胸を押さえ布団に顔を沈めました。

 いつもよりも酷い発作でした。

(//‰ ゚)「奥様」

J(;'ー`)し「お、お薬、飲めば、大丈夫、……だから……」

 私が薬を飲ませると、ゆっくりと発作は収まりました。──軽くなった、と言うべきですね。
 依然として呼吸は苦しそうでしたが、幾分か楽になったようでした。

J(;'ー`)し「私は寝ていれば大丈夫だから、横堀さん、あの人を……」

(//‰ ゚)「分かりました」

 置いていくのも心苦しかったのですが、旦那様を探しに行かなければなりません。
 私は急いで家を出ました。



 ──しばらく辺りを走り回りましたが、旦那様はいませんでした。

 本当に首長に呼び出されたという可能性に賭けて、
 首長の住まいがある1区へ行ってみようかと考えていたところで。


 とある広場が、一際騒がしいことに気付きました。


 そこかしこで起こっている衝突や抗議活動とは、毛色が違うのです。
 誰か1人が拡声器で語り、群衆が声を張り上げる──
 演説の類に聞こえました。

 あまりにも騒がしくて上手く聞き取れないほどです。
 広場へ近付いてみると、


彡#l v lミ『──この男は! 暴君が支配する街に資金を提供している悪魔である!!』


 広場の小高い中心に立つ男が、拡声器で叫んでいました。
 その脇に複数の男女がいて、それらの前に──


 縛られた旦那様が、座らされていたのです。
 旦那様の顔中に痣があって、額や口の端からは血が流れていました。

彡#l v lミ『この男の助力を得て暴君は付け上がり、人々を苦しめ、俺の弟を死に追いやった!
       全ては金と権力が引き起こしたものだ!
       ──「新政府」とは、それを一処に集める計画に他ならない!
       そんなことがあっていい筈がない!』

彡#l v lミ『これは見せしめである!! 打ち据えろ! 石を投げろ!
       我々は、新政府計画に断固反対する!!』

 歓声。
 男女が棒切れで旦那様を殴り、群衆が石を投げ。

 周りには自警団もいましたが、男の仲間と思われる集団に阻まれ、まともに機能していません。

(;//‰ ゚)(あの男は何を言っている?)

 ささやかな疑問をすぐに捨て去りました。
 今は、向こうの言い分を理解するだけの時間が惜しい。

(;//‰ ゚)「旦那様!!」

 私は人垣を掻き分け、中心に躍り出ました。

 そうすれば当然、私が旦那様を守ろうとしているのに気付いた暴徒が一斉に殴りかかってきます。
 もちろん一旦は返り討ちにしたのですが、数が多すぎました。


 ……悪いタイミングというものは、どうして重なるのでしょう。

 私の腕は不完全でした。

 以前、市場の前で奥様をお守りした際に壊れた右手。
 あれを、完全に修復できていなかったのです。

 言い訳をするならば、私の義手に使われている素材が中央では一般的ではなかったために
 中央で修復を依頼するとなると、多大なお金と時間が必要になるものであって。
 ですから──いえ、いいえ。やはり、そんなこと、言い訳にもなりません。

 そもそも腕を壊されたのは私の不注意。
 あんなことがなければ。全ての四肢が万全であったなら。
 きっと私は、あの場にいた敵対者を行動不能にして、旦那様を助けることが出来た筈なのです。

 私の右手が叩き壊され。
 屈強な男達によって私は旦那様の横に転がされ、押さえつけられました。

 右手が使えないとはいえ、振りほどくことは簡単です。
 その後に全員を倒せるかどうかは置いておくにしても。

 しかし旦那様が私にお声をかけてきたことで、私の抵抗が緩みました。

/  3「横、堀さん……」

 口元を砕かれたのか、発音は不明瞭でした。
 お声も小さかったけれど、暴徒や群衆の怒声と叫びはどこか遠く、
 私の耳は旦那様の言葉を拾い続けました。

 喋るのも辛いのでしょう。旦那様の言葉は、とても短いものでした。

/  3「あいつを……頼む……横堀さんが守ってくれ……」

 奥様のことだと、すぐに分かりました。

/  3「私のことは放ってくれていいから……頼む……あいつだけは……」

 ──旦那様の怪我は酷いものでしたが、今すぐに病院へ連れていけば
 きっと助かるように見えました。

 けれどもそれが叶う状態でもありません。
 私が旦那様を助けようとすれば、向こうも全力で阻んでくるでしょうから。

(;//‰ ゚)(病院……)

 ふと、先程の奥様の姿が思い浮かびました。
 あの発作は、今まで見た中でも特に酷かった。


 「彼女を守れ」と旦那様は仰いました。
 ならば、私がするべきことは一つ。



 ──男達を振り払い、私は1人、広場から逃げ出しました。
 自分1人で逃げるくらいならば、右手がなくても充分だったのです。


 家に戻ると、奥様が布団の上で震えておりました。

 お顔が真っ青で、か細い息を懸命に吐き出し、布団の端を握りながらがたがたと震えていて。

(;//‰ ゚)「奥様……!」

 薬を再度飲ませようとしましたが、とうとうそれすらも不可能なほどに衰弱していました。
 一刻も早く病院へ連れていかなければなりません。

 朦朧とした様子の奥様を、左手と半端に残っている右腕の残骸で抱え上げた、そのときでした。

J(;'ー`)し「……ち……」

 奥様がほのかに目を見開きました。瞳に明確な意識を宿して。

 彼女は、私の手足や服に散る返り血を凝視していました。

J(;'ー`)し「横堀さん……あの人は……?」

(//‰ ゚)「……見付けました」

J(;'ー`)し「どこ……? 無事なの……?」

 嘘をついてでも安心させるべきでした。
 けれども私は、この方達に嘘をつけなかった。

 答えられずにいると、奥様の手が弱々しく私の服を握り締めました。

J(;'-`)し「……生きて、いるの?」

(//‰ ゚)「……生きては、います」

 その答えで、何が起きているかは分からずとも、旦那様がどのような状況にあるか悟ったのでしょう。
 奥様の手に力が篭りました。

J(;'-`)し「なら、あの人を助けて! ……私なんか、どうでもいいから……!」

(//‰ ゚)「あなたを守れと旦那様に言われました」

J(;'-`)し「私だって──私だってあなたの主人なのよ……!
      私の言うこと聞いて、聞いて……お願いだから……」

 息も絶え絶えに。
 奥様は私に縋り、ぽろぽろ、涙をこぼして。

J( ; -;)し「あの人を助けて、横堀さん……お願い、お願い横堀さん……お願い……ねえ……」

 悲痛な声で、私に命令しました。


 旦那様は奥様を守れと仰った。
 奥様は旦那様を守れと仰った。

 病院はやや遠い。奥様を病院へお連れするのには、時間がかかる。
 その間に旦那様が殺されてしまう。

 広場も決して近くない。何とか旦那様を連れ出せたとしても、
 暴徒を相手にし、旦那様とここへ戻ってくるのには、奥様を病院へ連れていく以上の時間がかかる。


 2人揃って救うことは出来ない。
 どちらかを見捨てなければならない。

 いま目の前にいらっしゃる奥様を優先すべき。
 しかし奥様がそれを望まない。
 けれど旦那様とて同じこと。

 私は。



 私は。











(//‰ ゚)

 広場へ戻ると、援軍が来たのか自警団の方が攻勢に回っていました。
 暴徒は既に取り押さえられ、群衆も逃げていき。

 旦那様が担架に乗せられていたので、急いで駆け寄りました。


/  3


 旦那様は全身に打撲の痕を残し、事切れておりました。

 あのとき私が少しの間でも旦那様を庇っていれば、あとは自警団により助け出されていたでしょう。


 ふらつきながら家に戻りました。


J( - )し


 奥様の呼吸も心臓も、止まっていました。
 つい今しがた亡くなったばかりなのか、体はまだ少しだけ温かくて、そして急速に冷えていきました。

 あのとき私が迷わず病院へ連れていれば、一命は取り止めていたかもしれません。


 それから何日もしない内に、暴動は収束に向かいました。
 拍子抜けするほど、街はまた、闇と光を孕む平穏な都市へと戻りました。


 その間、私は壊れた右手を粗雑に付け直し、旦那様と奥様を弔い、荷物をまとめました。

 お2人の故郷へ手紙を書かねば。
 ぼんやりとした頭でそう考えたとき、ふと、気付きました。


 確かめなければならないことがある。






 一月半ほど列車に揺られ、ガイドライン港へ到着しました。

 それなりの大きさの港町ではありましたが、
 規模の割にはやたらと栄えている町でした。

 町並みや一部の住人が、どうにも華美というか。
 港町とはいえ──資材や金が「有り余っている」ように見えました。


 華やかな町並みの裏では、搾取され、あるいは見捨てられた人々の姿がありました。
 中央よりも、格差が激しかったように思います。

 資材に富んでいるという印象通り、私の右手も
 そこそこの費用と時間でほとんど完璧に直してもらえたことだけは、幸いでした。


 私の右手が直された翌日、ちょうど中央との定期便が停泊しました。

 旅のために別の船を待っている、数日だけでいいから労働させてもらえないかと
 港の責任者に言うと、人手は多い方がいいからと承諾していただけました。

 作業している間、様々な人と話す機会がありました。
 私が街と関係ない人間だと分かると、存外、皆さんの口が緩くなったものです。

 この街を管理している夫婦が独裁的かつ差別主義者で、一部の住民以外は苦労していること。
 最近、「資金源」が増えて街が恩恵を受けていること──


(//‰ ゚)「資金源って、何ですか?」

 私が問うと、相手は少し躊躇いつつも、周りを見渡してからこっそりと答えました。


「──嘘の情報をな、流すのよ。
 海を挟んだ向こうには、だあれもいなくなっちまった国がいくつかあるだろ?
 そういう国で生存者が暮らしてる、って噂を流す」

「すると、こっちの大陸に避難していた本当の生き残りの耳に噂が入る。
 愛国心なり良心なりがある奴は、金や物資を故郷に送ろうとする。
 わざわざ海を渡って避難した奴ってのは大抵金持ち連中だからな」

「で、うちの港で定期便を出してますよ、って噂も一緒に流すんだ。
 当然、金や物資がここに集まるだろ。
 でも届け先の国は実際には無くなっちまってるんだから──
 この街でありがたく使わせてもらえるってわけだ」


 そしてその人は、こうも続けました。

「最近でけえ魚が釣れたらしい。
 スカルチノフって知ってるか。とある島国の王様だったってよ。
 そいつが引っ掛かってな、毎度たくさん物資を送ってくるから、
 それを横流ししてかなり儲けてるんだと」




 たとえ被害者に気付かれたとしても、被害者がどこからか「出どころ不明の噂」を聞いて
 勝手に物資を送りつけてきただけであって、ガイドライン港に責任はない。
 どこかへ告発しようにも、公的に取り締まる機関がないから告発する先がない。そんな仕組み。

 真実を知るのは港で働く者と町の責任者のみで。
 住民のほとんどは、「スカルチノフ」が善意でガイドライン港へ支援を送っていると思っているようでした。


   彡#l v lミ『──この男は! 暴君が支配する街に資金を提供している悪魔である!!』


 あの暴徒も、きっと。




 その後、私は港町を出て、どこを目指すでもなくふらふらと歩き続けました。
 旦那様と奥様が遺したお金は全て、実在する土地への募金に回しました。
 何もかも手放し、何日も何週間も歩き続けました。

 その間どんな町を巡って、どんなものを食べて、どんな場所で眠ってきたのか、
 全く思い出せません。

 ただ、日々、お2人のことを考えていました。


 そして立ち寄った町で教会を見付け、何とはなしに中へ入り──

 あなたを見付けました。






(//‰ ゚)「私は一番大事なことを決められなかった。
     旦那様と奥様、どちらの命令を聞けばいいのか分からず
     思考を停止し、ただ言われるままに動いて、結局どちらも死なせてしまった」

(//‰ ゚)「もしもあのとき、状況が変わらないままだったら
     私はのこのことお2人の間を往復し続けていたでしょう」

(//‰ ゚)「旦那様と奥様は、しっかりと決意なさっていたのに。
     私は──最後の最後に、何も決められなかった……」

 何のために雇われたのか──と、横堀は俯き、額を押さえた。
 無感情な声だったが、ひどく重たい。

 クールが何か言おうとする前に、「いや」と彼女は顔を上げた。

(//‰ ゚)「中央に住み着いたとき、私だけでお2人の世話をしようとするのではなく、
     周囲の人を信用して、いざという時に頼れるようにするべきでした。
     それなら奥様を病院へ連れていってもらえることくらいは……」

(//‰ ゚)「ああ、いいえ、いいえ、違う、違います、そもそも私は最初の段階から間違っていました。
     噂の真偽を確かめるべきだった。
     中央でガイドライン港のことを知ったときに、一月半かかるとしてもガイドライン港へ行くべきだった」

(//‰ ゚)「……彼らの全てを、私は無駄にした」

川 ゚ -゚)「でも」

 口を開く。しかし続きは出てこなかった。

 「でも」──「でも」、何だ?
 横堀の言葉の何を否定しようとした?
 否定するだけの論拠があるか?

 クールも横堀も、教育された護衛だ。
 雇い主のための行動を義務づけられている。
 その点で横堀は失敗した。誤った。

 沈黙。静まり返る。
 ふと気付いた。ロマネスクのいびきが聞こえない。

(//‰ ゚)「──……聞いていただき、ありがとうございました」

 横堀が呟く。
 隣の長椅子の上で、ロマネスクが身を起こした。

( ФωФ)「クール、ここは椅子が固くて碌に眠れん」

川 ゚ -゚)「……隣町まで歩こう」

 露骨に嫌な顔をしつつもロマネスクは椅子から下りた。
 クールも荷物を背負い、腰を上げる。
 横堀は動かない。

川 ゚ -゚)「これからどうするんだ」

(//‰ ゚)「どうしましょうか」

 ぽんと返された声は、先よりも軽かった。

(//‰ ゚)「何も決められないんです。
     ただ歩いて、空腹に気付けば適当に食べて、眠くなれば寝て、……それしか出来ない」

(//‰ ゚)「人に話せば楽になることもあると旦那様は仰った。
     だから誰かに話せば何か分かるかと思ったけれど。
     ますます分からなくなりました」

 横堀が、クールを見上げる。
 人工の瞳も、生のままの瞳も、どちらも同じ色。

(//‰ ゚)「クールさん、私はどうしたらいいですか」

 その問いは。
 ──クールには、荷が重すぎた。

川 ゚ -゚)「……決断力はたしかに、私よりお前の方が遥かにあった。昔から。
     そんなお前が分からないことなら、私にはもっと分からないよ」

(//‰ ゚)「……そうですか……」

 横堀が視線を落とす。
 クールはしばらく傍らに立っていたが、問いが繰り返されることがなかったので
 苛立つロマネスクの呼び声を切っ掛けに、彼女へ背を向けた。

 教会を後にする。
 何歩か進み、クールは振り返った。



川 ゚ -゚)

 立つことすら決められずに、ずっとあの場に座り続けるのではないか。
 そんな風に思いながら、前へ向き直る。
 誰かが代わりに決めてくれるまで、彼女はきっと何も出来ない。




機械に心があるとするならば、きっと今の彼女のようなのだろう。



4:優柔不断な夫婦   終






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