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川 ゚ -゚)子守旅のようです 2:首輪の似合う男

('、`*川「デミタス」

(´・_ゝ・`)「はい」

('、`*川「よそ見しちゃ駄目よ」

(´・_ゝ・`)「申し訳ありません、お嬢様」

 正面から目を逸らしていたら、俺の斜め前を歩く女性に窘められた。
 すかさず謝罪し、顔を前へ向け直す。

 ちゃりちゃり、金属の擦れ合う音が鳴る。



('、`*川「デミタス」

(´・_ゝ・`)「はい」

('、`*川「あなたは少し注意力が散漫なところがあると思うの」

(´・_ゝ・`)「申し訳ありません、お嬢様」

 心を無にしていたら、俺の斜め前を歩く女性に窘められた。
 すかさず謝罪し、意識を身の回りへ集中させる。

 ちゃりちゃり、金属の擦れ合う音が鳴る。


('、`*川「デミタス」

(´・_ゝ・`)「はい」

('、`*川「殺しちゃ駄目って、言ったのに」

 突然襲いかかってきた輩を仕留めたら、俺の斜め後ろに隠した女性に窘められた。
 色々と言いたいことがあったが、

(´・_ゝ・`)「申し訳ありません、お嬢様」



 「だったら首輪外せや俺はペットじゃねえんだぞクソアマいい加減にしろ殺すぞ」。
 その言葉を飲み込み、すかさず謝罪した。


 ちゃりちゃり、首輪に繋がれた鎖の擦れ合う音が鳴る。






2:首輪の似合う男

(´・_ゝ・`)「てめえが首輪繋ぐから周囲の視線が気になるしくすくす笑ってる奴らを睨みたくもなるし何も考えたくなくなるんじゃねえか。
        てめえのせいだろ全部。全部。クソアマ。クソアマ」

川 ゚ -゚)「本人に聞かれたらどうする」

(´・_ゝ・`)「クビになれたら万々歳」

川 ゚ -゚)「だったら面と向かって言えばいいものを」

 カフェテリア。
 ひたすらテーブルに額をぶつけて愚痴る俺に、向かいに座るクールが呆れた声で言った。

 先に座っていたのは俺だ。
 クールはつい先程この店に来て、俺に気付くと向かいの席に腰を下ろしたのだ。

 俺もクールも、任務を受けて組織を離れたのは同時期だったが
 数日前にも隣の町で顔を合わせたので、久しぶりという感じはしない。
 どうやらお互い、随分とのんびり移動しているらしい。

 適当な町から列車に乗って三月も揺られていれば、いずれ「中央」に到着するだろうに
 こちらも向こうも、主人が観光好きなものでうんざりしている。

川 ゚ -゚)「いい主人じゃないか。『殺しちゃ駄目』なんて。
     うちのアホなんて、ちょっと気に入らない相手がいたら殺せ殺せと喚くんだぞ」

(´・_ゝ・`)「分かりやすく馬鹿な命令する主人の方が扱いやすいだろう。
        交換しよう。お前も主人の愚痴ばっかじゃないか」

川 ゚ -゚)「首輪はちょっとなあ」

 クールは俺の首元をしげしげと眺めた。
 敢えて確認はしていないが、どうせ周囲の客もこっちを見ているんだろう。

 視線から隠すように、俺は首を摩った。
 そこに巻かれた革の感触。舌打ち。

 ファッションとして首輪を着ける人間は戦前からも居たが、
 そこに無骨な鎖までぶら下げている馬鹿はそうそう見ない。
 しかもこの鎖、そこそこ長いので邪魔だ。土や錆以外のよく分からない汚れもあって不快だし。

(´・_ゝ・`)「なぁああにが『殺しちゃ駄目よぅー』だ。
        これのせいで動きづらいから思ったように攻撃できないんだろうが。
        つか自分を殺しに来てる奴らの命は尊重するくせに俺の人権は尊重しねえのかよ」

川 ゚ -゚)「キレてるなあ」

(´・_ゝ・`)「ストレスで胃が痛い」

川 ゚ -゚)「お前はどっちかというと、他人に首輪着けて喜ぶタイプだもんな……」

(´・_ゝ・`)「ああ……あのアマに首輪着けて引きずり回して泣かせられたら俺もう悔いはないわ」

 と、そこでクールが視線を上げた。
 足音が近付いてくる。
 顔を顰めなかったので、彼女の主人ではなかろう。なので俺の方が顔を顰めた。一瞬。一瞬だけ。

 振り返れば、案の定。

('、`*川「デミタス」

 俺の主人──ペニサスが立っていた。
 ペニサスは俺の名を呼び、「あっ」と声を上げ、屈み込んで鎖の端を持ち上げた。
 鎖を揺らし、引っ張る。

('、`*川「デミタス」

 そうしてもう一度呼んだ。
 ざけんな。

 犬じゃねえんだよっつうか犬だって普通に名前呼ばれれば分かるわ。
 と言ってやりたいが勿論言えるわけがないので、にっこり微笑む。

(´・_ゝ・`)「はい、お嬢様」

('、`*川「お洋服、買いたいの」

 買えよ勝手に。

 いや、荷物を持たせるから来いと言いたいのは重々承知しているが、
 「下着も選ぶから恥ずかしいの」とカフェテリアで待機させたくせに、結局こうやって呼ぶのは何なんだ。
 どうせ選ぶだけ選んで、精算はまだなんだろう。結局袋詰めされるときに見る羽目になる。

 この女は些かぼんやりしている──というか頭が悪い。馬鹿だ。
 護衛だっつってるのに、俺を外に置いてのこのこ一人で服屋に入るし。
 俺のことを本気で飼い犬と思っているのかもしれない。

(´・_ゝ・`)「分かりました」

 頷き、腰を上げる。
 そこへ下品な声が飛んできた。今度こそクールが顰めっ面をする。

(#ФωФ)「おいクール! 何をゆっくりしているのである、誰が休んでいいと言った!」

 クールの主人だ。
 山盛りの料理が乗った皿を、テーブルに叩きつけるように置く。

川 ゚ -゚)「お前が『ここで待っていろ』と言ったんだろう」

(#ФωФ)「まったく、我輩が料理を取りに行く間に飲み物を持ってくるくらいの気も遣えんのか。役立たずが」

川 ゚ -゚)「おい、私の分のご飯は?」

( ФωФ)「は? 知るか。欲しいなら自分で取りに行け。
       あ、それよりまず飲み物を持ってくるである! 早くしろ!」

川 ゚ -゚)「……。何飲むんだ」

( ФωФ)「何でもいいから早く持ってこい!」

 ああ、やっぱり、こっちが主人でも嫌だな、俺。

 何でもいいとか言うくせに、持ってきたものが気に入らないと平気で文句を言って
 また別のもの持ってこさせるんだろうな。

( ФωФ)「まったく気の利かない……」

('、`*川「スギウラ様、こんにちは」

( ФωФ)「ああ、イトーの。今日もペットとの仲は良好か」

(´・_ゝ・`)「……」

川 ゚ -゚)「おい、下手なことはしないでくれよ」

(´・_ゝ・`)「わかってるよ」

 俺がこのオッサンをどうこうしようとすれば、クールが俺をどうこうしようとするわけで。
 お互い、殺したい奴を簡単に殺せるくらいの実力はあるのに、難儀なもんだ。

 服屋へ向かうため歩き出す。
 俺の背へ、クールの声が飛んできた。

川 ゚ -゚)「この町はあまり治安が良くない。女性1人で歩かせない方がいいぞ」

 この御時世、治安のいい町の方が稀だ。
 俺は右手を挙げるだけの返事をした。



 その後、服屋からカフェテリアの様子を眺めていたが
 クールは5回ほど飲み物を選び直させられて、結局、水に落ち着いていた。







   ('、`*川『これが似合う男性を一人、くださいな』

 八百屋かっていうノリで、この女は我らが「組織」の仲介人に依頼した。

 こいつが持ってきたのは、赤い、革の首輪だった。

 他に指定してきた「しっかりした人」という大雑把な条件に当てはまる面々が集められ、
 横一列に並ばされたかと思うと、順番に首輪を着けさせられた。
 そうして一番似合ったのが俺だった、らしい。正直誰が着けても変わらない気がした。

 まあ首輪ぐらいなら。ファッションとして考えればいい。
 女も顔は地味だが(人のことは言えないけれど)、体つきはなかなかそそるものがあったので、
 むさ苦しいオッサンに仕えるよりは良かろう。

 ──という俺の下心は、首輪に鎖を繋がれた瞬間に消えた。

 「お前は大抵のことをそつなくこなせる割に、目立とうとはしない。そこがいいのだけれど、
 プライドが高すぎるのが玉に瑕だね」。

 昔から、度々そう言われてきた。

 目立とうとしない──自己顕示はしないが、なまじ実力がある分、自信は過剰と言えるほどに溢れているので
 しっかりと評価され尊重されないと機嫌が悪くなる。
 しかもそれを自分からアピールしないので、勝手に気分を害して勝手にむくれているようにしか見えない。

 要するに、常にヨイショされていたいクソ面倒くせえ野郎だと認識されていたわけだが、
 それは確かにその通りだった。

 なので、首輪と鎖のコラボレーションは物凄い勢いで俺の自尊心を傷付けた。

 そして俺はこの女が嫌いになった。


('、`*川「デミタス、こんな服を買ったんだけれど」

(´・_ゝ・`)「よくお似合いです、お嬢様」

 とはいえ仕事は仕事なので、いい顔しなければならない。
 宿屋の部屋にて一頻り地味女の地味なファッションショーを見せられて、
 俺はその度に同じ言葉を繰り返した。

('ー`*川

 そしてその度に、こいつは満足気にちょっと微笑むのだ。
 本心だと思っているのか。馬鹿なんだろう。






('、`*川

 ──ヴィプ国のイトー家。
 ペニサスはそこの末娘だった。

 イトー家は先々代が様々な事業に手を出して成り上がった家柄で、
 残念なことに、先々代が死んでからは無能な息子達が金を使い込んでいく一方だったのだが
 それでもなかなか資産が減らないくらいには、先々代の功績が凄まじかった。
 無能が頭を張っても充分な金が入ってくるなんて、本当に夢のような話だ。

 そんな夢のような家に生まれて、無能の血をしっかり引いたのが、このペニサスである。
 ろくに頭使う生活してこなかったんだろうな。言動からよく分かる。
 きっと召し使いの男達にも首輪をつけて飼っていたのだ。


 それで先の大戦で、イトー家はこいつだけが生き残ってしまった。
 なんたる悲劇。
 こいつが「中央」に辿り着いたところで、役立たずと見なされて追い出されるだけだろう。

 つまり俺の今の任務は、ただひたすらに時間の無駄でしかない。


('、`*川「デミタス」

(´・_ゝ・`)「はい、お嬢様」

 お嬢様と呼べ、とこいつは最初に言った。
 俺がお嬢様と呼ぶとペニサスはたまににやにやする。

 もう20歳になるくせに、お嬢様と呼ばれることの何が嬉しいのか。
 世が世ならさっさと適当な金持ちの家へ嫁に出されて奥様と呼ばれている年齢だ。

('、`*川「今日は疲れたから、もう寝ようと思うの」

(´・_ゝ・`)「はい。おやすみなさいませ」

 永遠にお休みしてくださっても結構です。







( ´∀`)『──デミタス。お前はいずれ、人に使われる立場になるのだから。
       プライドを捨てろとは言わないけれど、それを傷付けられても平気でいられるようになるモナ』

(´・_ゝ・`)『分かってます。出来ます』

( ´∀`)『分かってない。表面上は「気にしないふり」をしているだけモナ。
       そんなんじゃ、鬱憤が溜まる一方モナ』

(´・_ゝ・`)『……分かってます、先生』

( ´∀`)『そら、今、拗ねた。
       自分は何でも出来るんだから、いちいち言われなくてもいいと──
       それが駄目だと言ってるモナ、デミタス』

(´・_ゝ・`)『……』

 「ならば何故、自分をこんな組織に入れたのか」──と。
 苛立っていた辺り、やはり俺は、傲慢で馬鹿なクズだった。

 大戦の最中、「先生」は孤児や、はたまた天涯孤独の大人を集めて組織を作り、護衛となるための教育を施した。
 それは敵国と戦うためでも、自国を守るためでもなく。

 戦争が終わったときに残された人々──世界を再興させてくれる人々を守るためだと、いつぞや言っていた。

 具体的にどんな形で必要となるかは分からないまでも、
 少なくとも、守るべき人々は存在するだろうと先生は予想していたのだ。

 その日のために人手を集めた。

 教育は厳しかったけれど、しかし、逃げ出そうと思えば可能だった。
 実際逃げた子供も幾人かはいた。
 ただ、外に出たところで、どうせまともに生きてはいけなかっただろうが。


 つまるところ、外で野垂れ死ぬしかなかった俺を先生は拾ってくれて、
 やがて誰かから必要とされる人間に育て上げてくれたわけだ。

 まずはそれを第一に感謝すべきだったのに、当時ガキだった俺は
 そこまで文句言うなら拾わなきゃ良かっただろ、と糞に小便引っ掛けたような理屈で不満を抱いていたのである。

 あのとき、「分かってます」ではなく「分かりました」とでも言えていたら
 俺はもっと素直な人間になれていただろう。

 先生は教育上は相手の意思を尊重する人だったので、あれ以降、
 傲慢さを直せと言ってくれることはなかった。
 もっとしつこく言い聞かせてほしかった。いや、そうされたところで、やはり俺は聞かなかったのかもしれないけれど。


(-、-*川 スー、スー

(´・_ゝ・`)(……先生の仰る通りです……鬱憤溜まりすぎて胃に穴があきそうです……)

 最近、心身共に疲労が溜まっている。
 夜は短時間睡眠を繰り返して体を休めるようにと教わってきたのに、
 ここ最近、どうにもサイクルが崩れがちだ。

 寝て起きて、寝て起きてを繰り返さなければならないのが、
 気付けば睡眠時間の方ばかり延びてきている。

 たかが3ヵ月程度ストレスに晒されただけでこの乱れよう、
 俺は実はこの仕事に向いていないのかもしれない。
 はたまた、こいつとの相性がすこぶる悪いのか。


   ( ´∀`)『……お前のプライドが守られるようであれば、
          きっとお前はこれ以上なく頼もしい護衛になる筈だけど』──


 先生はそうも言っていた。
 やはり相性の問題か。いや待て、首輪の問題だ。首輪の。



 ──30分経った。
 時間を確認し、俺は眠る態勢に入った。
 眠るのも、目覚めるのも、すっと一瞬で済ませる術を覚え込まされた。それは便利だ。




(´-_ゝ-`)

 きし。

 小さな物音に目を覚ます。何かが軋むような。

('、`*川

 ベッドの上、ペニサスが身を起こしていた。

 ぼんやりと壁を眺め、俺に振り返る。薄目で観察していたおかげか、
 俺がまだ眠っているものだと判断したらしい。
 一丁前に気を遣って、そろそろとベッドから下りている。

('、`*川「おトイレどこかしら……」

 小声の囁き。
 安物の宿なので、部屋にトイレが付いていない。

 そっとドアを開け、ペニサスは部屋を出ていった。

 トイレは、廊下へ出てすぐ右だ。
 小用ならすぐに戻るだろう。
 とはいえ奴が帰ってくるまでは起きていなければ。

 せめて、と目を閉じる。疲れていた。




(´・_ゝ・`)

 何か切っ掛けがあったわけでもないが、深くまで沈んでいた意識が覚醒した。
 その感覚が久しぶりで、ずいぶん寝入っていたことに気付く。

 はっとして室内を見渡すと、ペニサスが戻っていなかった。

 時計を見る。奴が部屋を出てから、3時間近くも経過していた。
 いくら寝入ったといっても、入室すれば気配で目覚める。
 ペニサスは、あれから部屋に戻ってきていないのだ。ベッドのシーツも、彼女が出たときと寸分違わない。

(´・_ゝ・`)(何が……)

 ほんの一秒、狼狽した。

 自分のミスにショックを受ける。
 彼女が部屋を出る瞬間、俺は起きていた。
 声をかけるべきだった。一緒に出るべきだった。そうでなくても、ドアの傍で廊下の気配を窺うべきだった。

 ドアを開ける。
 廊下の明かりは絞られていて、薄暗い。

 まずトイレへ行ってみたが、誰もいなかった。

(´・_ゝ・`)(……ちょっと散歩に行ってるだけなら、それでいい)

 あいつは方向音痴のケがある。
 迷子になって、帰れなくなっているだけかもしれない──

(´・_ゝ・`)(──何を馬鹿な)

 希望的観測を振り払う。
 浮かぶ可能性は全て拾って想定しろ。いい方にも悪い方にも偏りすぎてはいけない。
 全ての可能性を並べて比べて、最も効率のいい対処を考えろ。

 ──廊下の先を見る。こっちは宿の南側の最奥。
 それとは正反対、北側の奥。
 その部屋のドアから、ほんの僅かに明かりが漏れている。

 一歩。二歩。むろん足音は立てない。鎖もまとめて左手に。

 進みながら耳に意識を集中させた。
 どの部屋からも、いびきなり寝息なり男女の睦言なりが聞こえる。
 さすが安宿、プライバシーの欠片もない。

 北側最端の部屋の前に立つ。
 その部屋からは複数の男の笑い声と、下卑た猥言と、
 ペニサスの呻き声がした。

 ドアを蹴破る。
 衣服の乱れた男、5人。

(##)、;*川

 ベッドの上で男達に囲まれている裸のペニサスが目に入る。
 泣いているし、顔が腫れているし、和姦ということもなかろう。

 まず一番近いところにいた男の顔を殴った。
 鎖を巻き付けた拳で殴ったので、ごりごりと骨を擦る感触や音が肌に伝わった。

 そいつが倒れる間に、2人目3人目をベッドから蹴落とす。
 ひとまず顎を砕いておいた。

 残る2人(ちょうどペニサスに突っ込んでいるところだったので対応が遅れたのだろう)が
 ようやく武器を手にして向かってきた。

 最初に殴った男の首根っこを掴んで引き上げると、4人目の持ったナイフがそいつの脇腹に刺さる。
 叫び声がうるさいので口元を殴り、怯む4人目の顔にも拳を叩き込む。鼻を潰した。

 5人目。見たところ一番若い。
 こういう場は初めてのようで、鉄製の棒切れを取り落とし、足を震わせている。
 他の4人の弱さから想像はついていたが、こいつら、ろくに喧嘩もしたことないチンピラだ。

(##)、;*川「でみ、たす」

 咳き込みながら──その度に白く濁った液体が口から出ていた──ペニサスが、
 俺の名を呼び、這い寄ってきた。

 男の呻きと精液の臭いと肌の色。
 吐き気を催す光景の中で、ペニサスはまた、ゲロみたいなことを言った。



(##)、;*川「ころしちゃ、だめよ」





 ドアを蹴破ったときから今に至るまで、俺の中に、忠義心からの怒りはなかった。
 アホ面ぶら下げて眠りこけていた己への失望と苛立ちはあったが、
 男達への暴力は、護衛という立場上の義務感によるものだ。

 ペニサスに対しての見解はといえば、「ざまみろ」などという、
 何だかんだ言って一番愚かで下衆で幼稚でゲロみたいな感想であったので。

 そんな自分に、また一層苛立った。







(#)、`*川

 非常時にと持たされていた避妊薬を飲ませ、
 ペニサスと荷物を抱えて宿を出た。(料金は先払いだった)
 それから然程遠くない高級宿に飛び込み、オーナーを叩き起こして部屋を取った。

 浴室にペニサスを放り込み、体を洗ってやりながら怪我を確認する。
 爪で引っ掻かれた跡や強く掴まれた跡はあちこちにあったが、
 あからさまな暴力の名残はというと、顔の他には、腹に殴られた痣が一発分あるだけだった。

 ペニサスは何も言わない。
 あれからすぐに泣き止んで、顔の腫れもやや収まっていた。

(´・_ゝ・`)「……申し訳ありませんでした」

 自分が眠っていたせいで気付けなかったという点には罪悪感と後悔を抱いている。

 俺がこんなミスをするなんて。
 クビになるだろう。それ自体はいい。
 しかし先生に幻滅されるかもしれない。クールや他の仲間にも馬鹿にされる。それが嫌だ。
 ああ、またクズの思考。

 体内からも可能な限り精液を取り除いて、シャワーを止めた。
 が、髪にもこびりついているのを見付けたので、再びシャワーのコックを捻る。

(´・_ゝ・`)「朝になったら、すぐに病院へ行きましょう」

 頬に触れたペニサスは痛みに眉を顰め、そしてようやく口を開いた。

(#)、`*川「抵抗しなければ殴られないものだと思っていたけれど……
      そんなの関係なく殴る人も、いるのね……」

(´・_ゝ・`)「……」

(#)、`*川「お父様と勝手が違うから、ちょっと……びっくりして、泣いてしまったわ……」

 シャワーを繰る手が止まる。
 ──俺は何を聞かされている。

(´・_ゝ・`)「『お父様』?」

 よせばいいのに、訝る声で鸚鵡返しをしてしまった。
 眼前の頭が頷くように揺れる。口からは、薄汚い話がぽんぽん飛び出してきた。

(#)、`*川「お布団の上では、男の人を悦ばせておけば可愛がってもらえるものだってお父様は言ってたの。
      私みたいな卑しい女は、お床でしか必要とされないのだから、
      せめてそれだけは頑張りなさいと……」

(#)、`*川「私は口淫が上手いから、それさえあれば男を満足させられる──って、言われてたけど……
      実際は、それほど上手くはなかったのかしら……ただお父様の好みに合っただけで……
      だからさっきの人達、全然離してくれなかったのかしら……」

(´・_ゝ・`)「……何の話です」

 ペニサスは、きょとんとした顔で俺を見た。
 質問の意味が分かっていないらしい。

 髪を洗う手の動きを再開させつつ、「お父上とどのような関係だったのですか」と訊くと、
 「親子だけれど」と戸惑い気味に返ってきた。
 が、今度は質問の意図を正しく理解したようで、間を置かずに次の答えを発した。

(#)、`*川「私は、末の娘だから……それに本妻の子ではなくて。妾が卑しくも子供を欲しがって出来た子で。
      だからイトーの子としては扱えないの。恥ずかしい子だから。
      そんなの外に出せないし、お嫁さんの貰い手もないでしょう」

(#)、`*川「かといって家の中にいても、雑用なんかは召使さん達がやるし──
      だから、せいぜいお父様の『お相手』をするしか、私には役目がなかったの」

 「そういうものなんでしょう」とペニサスは付け足す。

 そんな馬鹿な話があるか。
 金持ちなら庶子などいてもおかしくはないし、
 庶子も嫡子も一緒くたにする家はざらにある。

 ペニサスは体よく性処理の道具として使われただけではないか。

(;´・_ゝ・`)(それに『お父様』が生きてたのは5年以上前──
        それより昔から仕込まれてたんなら、そのときこいつはまだ子供だろう)

 年端もいかぬ実子を屋敷に閉じ込めて。

 正気の沙汰ではない。

 湯に当てるため、髪を掬い上げる。
 顕になった首筋。
 その儚げに白く細いうなじに、赤い革が巻きつく幻が一瞬見えた。

(´・_ゝ・`)「……お嬢様、私につけている首輪は……」

(#)、`*川「元は、私がつけていたの。
      所有者に首輪をつけてもらうのは、とてもとても喜ばしいことなんだとお父様から教わっていたのだけれど」

 俺の顔を見上げ、ペニサスはようやく不安げに表情を歪めた。

(#)、`*川「……やっぱり、違うのかしら。
      お外に出てから私、首輪をつけた人を見かけないから不思議に思っていたの」

(´・_ゝ・`)「犬のような扱いを受けて喜ぶ人間は、そうそういません」

(#)、`*川「そう……ごめんなさいデミタス、嫌な思いをさせてたのね。
      犬扱いしているつもりは、なかったのだけれど。
      これは、獣のような扱いなのね……」

 ペニサスは、俺の首から赤い革ベルトを外した。
 ずっと湯に当たっていたのにペニサスの指は冷たく、そして微かに震えていた。

 そうして、その首輪を俺に手渡すと、自身の顔をゆるく持ち上げる。
 白い首。俺は逡巡の末、首輪をペニサスにつけた。
 鎖が胸元に触れ、金属の冷ややかさに彼女はぴくりと体を揺らした。

(#)、`*川「やっぱり私がつけていた方が、お似合いかしら」

 自嘲じみた微笑み。

 立場としては、「そんなことありません」と答えるべきだったかもしれない。
 しかし言えなかった。

 似合っていた。

 昼に買った、どの服よりも。

 真っ赤な首輪をつけ、鎖を引かれ、人間以下の扱いを受け、何もかも汚されていく彼女の姿を想像すると、
 どうしようもなく興奮した。

 そのために生まれたのだと言われても笑えないくらい、彼女に似合っていた。

(#)、`*川「……デミタスはさっきお薬を飲ませてくれたけれど、
      あんなの、必要ないの」

(#)、`*川「お父様が言うには、手術で……赤ちゃん、できないようにしていただいてるらしいから……」

 「していただいてる」、「らしい」。
 馬鹿な表現をする。
 「正常な判断能力が無い内から強制的に去勢された」の間違いだろう。

 しかし幼い内に去勢させれば、二次性徴が起こらなくなると聞くが。
 ペニサスの体つきは立派に大人らしい。
 そこら辺を上手くやる技術もたしかに戦前はあったようだが、相当な金がかかる筈だった。

 実の父親の性欲を満たすためだけに大金かけて体を造り変えられて。

 哀れな哀れな「お嬢様」。

 ああ、令嬢としての扱いを受けてこなかった彼女は、
 きっとお嬢様と呼ばれることに憧れていたのだろう。

 腰に熱が集まる。
 なんて惨めなお嬢様。
 腫れた頬が大層醜い。

(#)、`*川「……成人したばかりで、教養がなくて、子供も作れない女が、
      どうして中央を目指すのかと不思議に思っているでしょう」

 思っていない。
 どうでもいい。そんなこと。

(#)、`*川「……そもそも私は長生きする気もないの。
      天災のとき、お父様やお姉様たちは私を置いてシェルターに避難しようとして……」


 ──「お父様」方は前述したように無能で、また人格も最底辺だったので散々やらかしてきたらしい。
 そのため、彼らに恨みを持つ人々(かなりの数がいた)から暴行を受けシェルターを奪われたそうだ。
 天罰であろう。

 そして一般の粗悪な避難所に紛れ込んだペニサスだけが生き残った。

(#)、`*川「私が生きていたって、何か残せるわけでなし。
      それならせめて、イトー家の遺産を中央の新政府にお譲りしたいの。
      天災が終わった直後に何とか掻き集めたから、量だけはあるのよ。どうせ私には使いきれないくらいの」

(´・_ゝ・`)「遺産を……」

(#)、`*川「だから、デミタス。
      ……犬のお使いに、もうしばらく、付き合ってもらえないかしら」

 鎖の先を持ち、ペニサスは、俺の手に鎖を握らせた。

(´・_ゝ・`)「……お嬢様」

(#)、`*川「もう、お嬢様って、呼ばなくていいわ」

(#)、`*川「馬鹿みたいね。お嬢様なんて呼ばせて、似合いもしない可愛いお洋服なんか買って……
      人間みたいに振る舞って……。
      結局わたしは、お床でお相手をするのが似合いの──ペットなのに」

 何が。
 何が、犬のお使いか。
 犬以下の分際で。

 糞っ垂れの汚い欲望を受け入れるだけの道具だった分際で。


 だが。

(´・_ゝ・`)「お嬢様」

(#)、`*川「だからデミタス、もう、」

(´・_ゝ・`)「あなたを中央までお届けしましょう。
        新政府の一員となるよう尽力しましょう」

(#)、`*川「……でも」

(´・_ゝ・`)「あなたにも出来ることがあるかもしれない。
        ──残せるものがあるかもしれない」



 彼女の汚れを知っているのは、俺だけでいい。

 首輪を外し、真っ白な首を指先で撫でた。

(#)、`*川「……デミタス」

(´・_ゝ・`)「ゆっくり行きましょう。好きなものを食べながら。好きな服を買いながら」

(#)、`*川「……私なんかがそんなことをしても、いいのかしら」

(´・_ゝ・`)「いいんです。
        ──あなたはこの世でただ1人の、イトー家の娘なんですから」

 シャワーの湯が、ペニサスの顔を流れていく。
 ──ありがとうという囁きも、湯と共に落ちていく。




 ひどく久しぶりに、心が緩んだ。






川 ゚ -゚)「もう行くのか」

(´・_ゝ・`)「まずは馬車に乗って、南に向かって2つ先の町へ行く。
        飯が美味いと聞いている」

川 ゚ -゚)「ああ、奇遇だな。私達も明日か明後日にはそこへ行く予定だった。
     あそこは家畜の育ちがいいらしい」

(´・_ゝ・`)「そうか」

 耳元で、ううん、とほのかに呻く声。
 俺は口を止め、姿勢を整えた。

 両手に荷物、背中にはペニサス。
 これらを一遍に運ぶのはなかなか骨が折れる。
 だが、苦ではない。

川 ゚ -゚)「彼女、どうしたんだ。寝てるのか」

(´・_ゝ・`)「疲れてるようだ。昨夜はあまり寝られなかったから、眠いんだろう」

川 ゚ -゚)「ならそんなに急がなくても、宿で眠ってから出発してもいいんじゃないのか?
     それじゃあ大変だろ、お前も」

(´・_ゝ・`)「さっさとこの町を出たい」

川 ゚ -゚)「……何かあったのか? そういえば昨日までと様子が違うが」

 答えず、口元だけで笑って、俺はクールに一礼した。
 顔を上げ、クールの背後からこちらへ向かってくる男を見付けてまた一礼。

( ФωФ)「クール! 昼飯にするである!」

川 ゚ -゚)「でかい声を出すな。寝てる人がいる」

( ФωФ)「ん──おお、イトーの。その荷物、出発するのか」

(´・_ゝ・`)「はい。それでは失礼します。いずれ、またどこかで」

( ФωФ)「クール、貴様もこの礼儀正しさを見習え。
       ──む? 首が寂しそうだな」

 ロマネスクは自身の首を指差しながら、つまらなそうに言った。
 首輪をつけずに外を歩くのも、実に3ヵ月ぶりだ。

 それにもまた笑顔のみを返し、彼らに背を向け歩き出した。


 朝一番にペニサスを病院へ連れていった俺は、医者に彼女を任せている間に
 職員に金を握らせ、この町にいる闇医者の居場所を聞き出した。

 得た情報を元にして闇医者を訪れてみれば、
 やはりペニサスを嬲り者にした男達がそこにいた。
 なので、全員殺しておいた。

 ペニサスを中央まで届け新政府に選ばれたとしたとき、
 あいつらの存在と所業が障害となる可能性も、ないことはなかった。

 俺以外の人間が、惨めなペニサスを知っていてはいけない。


 事を済ませた後は、最早この世では俺しか知らないペニサスの生い立ちを思い浮かべて自慰をして、
 それから彼女を迎えに行き──先のように道端で会ったクールへ挨拶して、今に至る。



(´・_ゝ・`)「よっ、と」

 馬車に乗り込む。
 ペニサスを座らせ、俺も隣に腰を下ろした。

 カーテンに遮られた向こうで、「行きますよ」と御者の声がする。
 少しして、馬車が走り出した。

(´・_ゝ・`)「……」

 かたかたと揺られながら、隣で眠るペニサスを見る。
 向こう側へ傾けた顔。髪も同様の方向に滑り落ち、晒された首が青白い。

 俺は鞄の一つから首輪を取り出し、そっとペニサスの首へ宛てがった。
 喉が渇き、息が上がる。
 金具の冷たさにペニサスが瞼を震わせた。

('、`*川「……デミタス……?」

(´・_ゝ・`)「起こしてしまい申し訳ございません、お嬢様」

 ペニサスは俺が握る首輪を確かめ、怪訝そうに目を見つめてきた。
 俺はといえば、何事もなかったように微笑み、首輪をしまう。
 そうするとペニサスは合わせるように緩く微笑んで、俺の肩へ顔を凭れさせた。
 眠気のためか、元来の性分か、どちらにせよ何も考えていないのだろう。


 ──俺よりもずっと、ずっとずっと浅ましくて汚らわしくて低劣なお嬢様。

 あなたほど俺の自尊心を満たしてくれるものは、きっと他にない。



2:首輪の似合う女   終
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