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川 ゚ -゚)子守旅のようです 1:歌が上手い奴

 困ったことに世界は急激に縮小された。


 都市の大半が潰れた。もちろん人間もたくさん死んだ。


 それでも尚、世界は存在し続けている。


.


( ^ω^)「──というわけで、新しい政府を作るお。
       かつて政治に関わっていた人や、それなりに資産を持っていた人々にお願いです。
       協力してもいいと思えたのなら、これより一年の間に、『中央』へ集まってくださいお」


( ^ω^)「……あ、道中のことは自己責任で」



1:歌が上手い奴


酒場。
 昼でも賑やかな店の一角で、数人の女を侍らせた中年の男が
 下品に笑いながら酒を呷っていた。

(*ФωФ)「──おおい! 酒の追加である! 早くせんか!」

 その喧しさと見苦しさに、客は一人また一人と店を後にする。
 だが男の金払いがいいのは事実で、故に店員もへらへらと男に愛想を振り撒いていた。


(・∀ ・)「……」

 バーカウンターでジュースを飲んでいた少年が、それを横目で眺めている。
 多くの客が男に不快な目を向けるのに対し、少年の目付きは、それらとは些か異なっていた。
 もっと寒々しく、刺々しい──敵意のような。

 それが一層研ぎ澄まされた瞬間、真横から声がした。

川 ゚ -゚)「うるさいなあ」

(・∀ ・)「え」

川 ゚ -゚)「あの客。アルコール中毒で死なないかな。なあ」

(・∀ ・)「え、いや、え、あ、え」

 少年より10歳ほど上──およそ20歳くらいの女が、露骨に顔を顰めて件の男を睨みつけている。
 彼女の持つグラスの中で、からんと氷が鳴いた。

 一瞬、店内が静かになった。
 女の声は割合と大きく、その雑言もはっきりと当人の耳に入ったのだ。

( ФωФ)「──貴様、いま何と言った」

川 ゚ -゚)「ん、聞こえたのか。耳が遠いせいで大きな声で話してるのだと思ったんだが……。
     まあ痴呆の入った老人も悪口には耳聡いものだというしな」

(#ФωФ)「なんだと!!」

 男と女が同時に立ち上がる。

 しかし今にも掴みかからんとする男とは反対に、
 女は自分のグラスと少年のグラスをくっつけると、
 カウンターの向こうの店主にひらひら手を振り、悠然と店を出ていった。

(;・∀ ・)「え、えっ」

 少年を連れて。






(;・∀ ・)「ま──待てよ、俺ジュース代払ってない! ってか、あんたも!」

川 ゚ -゚)「私は払わなくていいんだ。お前の分も私の勘定に含んでもらった」

 店から充分離れた頃、女は少年の手を離した。

 埃っぽい町並みのあちこちに残った瓦礫が、みすぼらしさを掻き立てている。
 これでも「5年前」に比べれば片付いた方だが、10年前のごとき華やかさには程遠い。
 10年前の町並みなど、少年は知るよしもないが。

川 ゚ -゚)「お前、いくつだ?」

(・∀ ・)「……11」

川 ゚ -゚)「なんだ、それより2つは下かと思った。
     まあ何にせよ子供だな。命知らずな真似はよせ」

(・∀ ・)「俺が何したってんだよ」

川 ゚ -゚)「さっきの店で、あの男を殺そうとしたろ」

(・∀ ・)「……」

川 ゚ -゚)「ああいう手合いは護衛か何かが付いている可能性が高い。
     下手なことすりゃお前が殺されて終わる」

 女は、膝の高さ程度に積み上がっている瓦礫に腰掛けた。
 それから手招き。少年は少し迷って、彼女の隣に座った。

(・∀ ・)「あんた何なの」

川 ゚ -゚)「名前か? クール」

(・∀ ・)「そうじゃなくて。──軍人か何か?」

川 ゚ -゚)「いいや。歌うのが仕事だ。昔から歌が得意だったから雇われた」

 クールというらしい女は、退屈そうな顔で言った。

 酒場なんて場所に行ったのは今日が初めてだったが、
 歌が得意だったり、見た目の良かったりする女を置いておくというのは聞いたことがある。
 だからこそ彼女は酒代を払わなくていいのだろう。

(・∀ ・)「何で俺があいつを殺そうとしたって分かったの」

川 ゚ -゚)「そういう顔だった。あとナイフでも持ってるだろう、不釣り合いにデカいやつ。
     ぶかぶかでもないのにズボンがずり下がるのを押さえる姿は、あからさまに怪しい」

 ただの歌手にそこまで言われてしまうと、
 あの店内のほとんどの者にバレていたのではないかと思えてくる。
 少年はやや不貞腐れた顔つきで、内側に括りつけていたナイフを抜き取った。

 数ヵ月前に拾ったものだったが、手入れをすれば充分に使えた。
 一人仕留めるくらいなら何の問題もない。

 少年がナイフを傾けている隣で、クールは目を丸くさせた。

川 ゚ -゚)「そりゃまた立派な……買ったのか?」

(・∀ ・)「拾った」

川 ゚ -゚)「そうか。柄の部分の石、それ外して売れば結構な金になるぞ」

 言われて、今まで大して注目していなかった赤い石を見遣る。
 日の光に当たると綺麗だ、としか思ったことがなかった。

 クールが手を伸ばしてくる。
 はっとして、少年は身をよじり彼女の手からナイフを守った。

川 ゚ -゚)「そんなもの売ってしまえ。
     あの男から金を奪うよりはマシだ」

(#・∀ ・)「俺は金が欲しいんじゃない!!」

 喉が痺れた。

 ほとんど反射によるものであったが、大きな声を出すのは久しぶりだった。
 その感触で、にわかに我へ返る。しかし突発的な怒りは収まらない。

 己の中に満ちる敵意を、殺意を、小遣い欲しさと思われるのは
 ひどく屈辱的だった。

 クールは一向に動じない。
 「そうだろうな」と、至極冷静な答え。
 そこでようやく少年は落ち着いた。クールの瞳が、悲しげだったので。

川 ゚ -゚)「お前、何ていうんだ」

(・∀ ・)「……またんき」

 居住まいを直した少年にクールが問う。
 またんき。少年の名前。

 そうか、と関心があるのだかないのだか、よく分からぬ返事をしてクールは黙った。
 またんきも黙る。

 どれほど経っただろう。
 クールが沈黙を破った。

川 ゚ -゚)「──『戦争』の最中に生まれた子だな、お前は」

(・∀ ・)「……うん」

川 ゚ -゚)「まあ私もだけどな」

 何故そんなことを訊くのだろう。またんきは首を捻った。


 ──かつて、20年近くにも及ぶ巨大な戦争があった。

 世界を巻き込んだ争いは年々規模を増し、このままでは勝ちも負けもなく
 この世の全てが叩き潰されるまで終わらない、とさえ言われていたが。
 終戦の時は、存外にあっさりと訪れた。


 切っ掛けはどの国のどの兵器でも、もちろん人でもなく──「天の怒り」であった。


 世界各地で異常気象が起こり、ひどい災害が発生し、人も兵器も国土も打ち壊したのだ。

 残ったのは10分の1以下の人間と、3分の2以下の陸地だった。


 生き残った人々は国籍など関係なく身を寄せあい、まだマシな土地へそれぞれ集まり、
 その地その地で自分達が暮らしていけるだけの復興をした。

 戦の続きをするような愚か者はいなかった。
 残された者達の、傷の舐め合いのごとき共同生活は、5年続いて現在に至る。


 そして今より3ヵ月ほど前。

 各地へ、「中央」からお達しがあった。


川 ゚ -゚)「『中央』のことは分かるか?」

(・∀ ・)「それぐらい知ってる。──いちばん凄い町だ」

 またんきの幼稚な返答に、クールは笑った。
 まあ間違っていないな、と。

川 ゚ -゚)「あの町はな、元々は2つの小さな国だったんだぞ」


 その2国は他の地域に比べると被害が然程ではなく──もちろん「比較的」ではあるが──、
 避難者の数も多かったため、国が手を取り合い、どこよりも早く復興したのである。

 結果、その2つの国が併合されて世界の中心となり、「中央」と呼ばれるようになった。

 そして「中央」のまとめ役──片一方の国の、元大統領の息子だそうだ──が
 世界中へ通達を出した。


(・∀ ・)「通達って、各国の元権力者と金持ちは中央へ集まってくれ──ってやつだろ。
      みんな大騒ぎしてたから、俺でも知ってる」

川 ゚ -゚)「ああ。思いきったことするよな。……そうするしかなかった、ってのもあるだろうが」


 世界は未だ混迷の中にある。
 表面上の落ち着きは見せていても、中身はがたがただ。

 今一度、世界を一つにまとめるためには
 政の知識を持つ者が集まる必要があった。何より金も。

 ──これだけ世界が壊されても尚、金は力を持っている。
 元々ほとんどの国で通貨が統一されていた。
 復興に合わせて中央では新たな通貨が作られたようだが、
 旧来のものとの価値に大きな差をつけていないため、混乱はそれほど多くない──らしい。

川 ゚ -゚)「期限は一年。それまでに集まった者の中から、相応しい人間を選ぶというが……
     既に中央には結構な数の元政治家どもが集まってるだろうな」

 該当者からすれば、これは非常に魅力的な話である。
 新たな世界の統率者、その一員になるということは
 5年前に失った権力を取り戻す(どころか更なる地位を得る)のと同義なのだから。

 またんきはクールの言葉に頷きつつ、ある男の姿を思い浮かべた。
 クールもまた、その人物の名を口にする。

川 ゚ -゚)「きっとあのロマネスクという男も、中央を目指す一人だ」

 ロマネスク──先ほど酒場で騒いでいた男。

川 ゚ -゚)「数日前にこの町にやって来たらしい。
     ここには列車が停まるから、それに乗るつもりなんだろう」

(・∀ ・)「知ってるよ」

 知ってる、とまたんきはもう一度呟く。

 そうだ、あの男は「中央」を目指している。
 それは──それは決して、許されることではない。

 彼女が何も語らなくなったので今度は自分の番だろう、とまたんきは口を開いた。
 奴への殺意を知られてしまった以上、その理由を聞かせることに抵抗はない。

(・∀ ・)「……ロマネスクのせいで俺の母さんが死んだんだ」

 クールが片眉を上げた。
 幾許かの興味の表れであるのは分かったので、話を続けた。

(・∀ ・)「5年前、あいつはヴィプ国の防衛庁の人間だった。
      ──災害が起こり始めたとき、あちこちで避難騒ぎがあった」

(・∀ ・)「あいつは俺達が住んでた地域の責任者だった」

川 ゚ -゚)「ヴィプ国は対応が早かったおかげで、比較的生存者が多かったと聞いているが」

(・∀ ・)「俺らの地域は違った。まずロマネスクが、金集めに走った」

川 ゚ -゚)「……ふむ」

(・∀ ・)「大金を積んだ奴から優先的に避難させるって……」

川 ゚ -゚)「どこでもあったことだ。ふざけた話だが」

(・∀ ・)「まあ、そうだけど。
      ……俺の母さんは何とかお金を集められた。ロマネスクは金を受け取って、
      俺達を第九避難組に入れた」

川 ゚ -゚)「第九?」

(・∀ ・)「いっぺんに避難させるのは無茶だから、何度かに分けて避難者を移動させたんだ。
      俺らは九番目の組……充分早い方だった」

 結果がどうなったか、既に見当がついているのだろう。
 クールは眉根を寄せ、黙った。

(・∀ ・)「……でもあいつは、第三までの人間を避難させたら、ばっくれた」


 ロマネスクの逃亡はすぐには発覚しなかった。
 想定外に手間取っている、間もなく次の迎えが来る──下っ端にそう説明させて時間を稼ぎ、
 自身は第三避難組と一緒に安全な場所へ逃げていたのだ。

 全てが発覚したときには、既に手遅れと言える状況にあった。

(・∀ ・)「みんな別の地域の避難所へ駆け込んだよ。
      でもクールが言ったように、あっちこっちで同じことが起こってたせいで
      どこもめちゃくちゃだった」

(・∀ ・)「俺と母さんが行ったところは少しはマシだったけど──」


 子供を優先させる、と言われた。

 中はもう子供と一部の大人でいっぱいで、その言葉に従ってしまえば
 母が中へ入れてもらえないことは、幼いまたんきにも分かった。
 彼らの後ろにもまだまだ子供が並んでいた。

 またんきは別のところに行こうと母へ頼んだが、災害の手はすぐ近くまで迫っていて。

(・∀ ・)「母さんは」



 ──ああ。
 良かった。
 ここを選んで、良かった。


 何度もそう言って、涙を流しながら心の底から嬉しそうに笑って、
 またんきを軍人へと預けた。

 またんきの叫びも、伸ばした手も、続く避難者に遮られて、母には届かなかった。

川 ゚ -゚)「……」

 語る言葉は嗚咽でぐしゃぐしゃに潰れていて、クールに最後まで話せたか分からない。

 この5年、何度も夢に見た。何度も後悔した。
 災害が落ち着き、外に出て、この町に流れ、大人に混じって外で働かされている間も母を探した。
 見付かるわけがなくて、夜には母を呼びながら泣いた。

(;∀ ;)「お、俺っ、俺っ、こんな、苦しいなら、寂しいなら、か、母さんと一緒に、死にたかったよ」

 何度同じことを叫んだだろう。
 誰かに聞かれる度に、皆、そんなことを言うものじゃないと叱った。

 けれど、クールはそれを聞いても何も言わなかった。
 またんきを抱き寄せ、かつて母がそうしてくれたように、頭を撫でて額に唇を落としてくれる。

(;∀ ;)「……去年、大人が話してるの、聞いたんだ……。
      あのときロマネスクが第四以降の人間を見捨てたんだって……」

 そのときに、またんきはようやく、なぜ自分達が本来の避難場所へ運ばれなかったのかを理解した。
 それまでは何かの手違いだったとしか思っていなかったのだ。

 ロマネスクの卑劣さを知ると、悲しさも虚しさも全て怒りに変わった。
 母を恋しがる泣き声は、ロマネスクへの呪詛へと。


 そうして3ヵ月前の通達があり──

 中央へ向かうロマネスクがこの町に立ち寄ったのを知った。

川 ゚ -゚)「復讐のために殺すのか」

(;∀ ;)「殺す。殺してやる。たとえ護衛がいたって……俺が殺されたっていい。それでも絶対にあいつを殺す」

川 ゚ -゚)「無茶だ。──私は復讐が悪いことだとは思わない。
     でもお前が死んでしまっては、何のための復讐か分からないじゃないか」

(;∀ ;)「あいつを中央に行かせちゃ駄目だ!!」

 その叫びだけは、声の震えも消えていた。
 瓦礫と半壊した建物に反響し、自身の体にも染み込んでいく。

(;∀ ;)「もしもあいつが新しい政府に選ばれたら!?
      そんな世界で生きてて誰が幸せになれる!
      俺の母さんがどうやって救われる!?」

 もう限界だった。
 言葉が出てこなくなって、ひたすらに、わんわん泣いた。

 クールが何度もまたんきの頭を撫でる。
 どうしようもなく優しかった。
 けれども涙は止まらない。


 やがて、空気をやわらかく震わす声が降りてきた。

川 - -)

 クールの歌声だった。

 かつて、ヴィプ国で広く親しまれていた子守唄。
 またんきの母もよく歌ってくれた。

 母の顔が頭に浮かぶ。
 子守唄を聴かせて、またんきが眠りに落ちる間際に見た微笑み。
 またんきの避難場所を確保できたと喜んでいた泣き笑い。

 それらがぐるぐると巡る。
 いつも母の笑顔を回想しては、その都度ロマネスクを呪っていた。
 ずっと、氷が胸に詰め込まれたような心持ちだった。

 なのに今は、ただただ暖かい。

(;∀ ;)「……」

 未だ顎が震え、しゃくりあげるように肩も跳ねていたが、涙は引っ込んでいった。

 三番まで歌った辺りで、クールの声が止む。

(・∀ ・)「……クールも、ヴィプ国の人なの?」

川 ゚ -゚)「いや。でも仕事柄、覚えなくちゃいけなくてな」

(・∀ ・)「上手かった。すごく。──綺麗だった」

 クールはしばらく目を瞬かせ、それから、照れ臭そうに笑った。
 いつの間にか日が暮れかけていて、夕焼けに照らされた彼女の笑みは
 この11年間で見てきた汚いものを、全て洗い流してくれるようにも思えた。

川 ゚ -゚)「──さて、そろそろ仕事に戻らないと。お前ももう、お帰り」

(・∀ ・)「……うん……」

川 ゚ -゚)「おやすみ、またんき」

(・∀ ・)「おやすみ……」

 ナイフをズボンに括りつけ、またんきは瓦礫から下りた。
 彼の動向を探るように、クールはその場でまたんきをじっと見つめている。

 監視されなくとも、ロマネスクへの殺意は静まっていた。
 きっと今夜、彼女の歌声を胸にしまったまま眠りにつけば、
 傷は癒えなくても、この世界でしっかりと生きていく覚悟が出来そうな気がしていた。


川 ゚ -゚)「──なあ」

 呼び止められ、振り返る。
 夕焼けが、ひどく赤い。

川 ゚ -゚)「……もし、あの男が中央に着いたとして……
     政府に選ばれるかどうかは、まだ分からないだろう?
     お前が知っているくらいだから、あいつの所業は中央に伝わってるかもしれないし……」

川 ゚ -゚)「だから──……未来を決めつけないで、その可能性に賭けよう。
     自棄にならずに。あいつが政府に入らないよう、祈って生きた方が、ずっといい」

(・∀ ・)「……」

(・∀ ・)「……うん」

 頷き、また歩き出す。

 ナイフの重みが増した。




(・∀ ・)(なんだ)



 このとき、またんきは。少年は。

 失望した。

 クールの口から出た言葉が、既に数日前、自身の中に浮かんですぐに打ち捨てた戯れ言だったので。

 所詮彼女も綺麗事に縋って生きていける程度の人物なのだと判断した。
 自分のことを理解してくれたわけではないのだ。

 急激に、冷めていく。


(・∀ ・)(……明日の昼に、列車がこの町に来る。
      それを逃せば次に来るのはしばらく先だから、ロマネスクは確実に明日の列車に乗る。
      チャンスは明日の昼まで……)


 子守唄など、もう思い出さなかった。







 早朝、ロマネスクが宿泊しているという宿を見に行った。

 すると宿の前に人集りが出来ていた。
 大人たちを掻き分けて最前列に出る。

 自警団が宿の前と中を行き来していた。

「──中央へ向かってる元役人を狙って、強盗が入ったんですって……」

 隣で、中年の女達が声を潜めて話し合っている。

「じゃあその役人、殺されたの?」

「いいえ。もちろん腕利きの護衛を何人も雇ってるもの、返り討ちよ」

「馬鹿なことしたもんだねえ」

(・∀ ・)「……」

 踵を返す。
 ロマネスクはもう宿にはいないだろう。
 参った、どこへ行ったものか。


 宿の入口に広がる血溜まりを見ても、恐怖は一切湧かなかった。







 ──良かった。

 ──ここに来て、良かった。

 ──またんき、元気でね。

 ──兵隊さんの言うこと、ちゃんと聞くんだよ。

 ──良かった……またんきが助かって、本当に良かった。

 ──母さんもきっと、別の場所を見付けられるから。

 ──全部終わったら、きっと会えるから。泣かないで。

 ──ここで、ゆっくりお休み。

 ──またんき……。

 ──ばいばい。



(・∀ ・)"

 我に返った。
 昨夜ろくに眠れなかったので、気を抜いた瞬間に意識を飛ばしてしまったらしい。
 慌てて周囲を見渡す。

(*ФωФ)

 幸い、眠ったのはほんの数秒だったようだ。
 標的は、同じ席で同じ女を相手に酒を飲んでいた。


 ──昨日とは違う酒場である。

 小一時間前に、列車の駅近くで時間を潰していたロマネスクを見付けた。

 そこでまたんきは、昨夜の内にナイフの柄から外しておいた宝石で
 手頃な美女を「雇った」のだ。

 昨日見た限りでも、ロマネスクが相当な酒好きと女好きであるのは分かった。
 美女に声をかけさせれば呆気なく騙されて、駅から外れた酒場へ付いてきた。

 彼が雇っているという護衛達は見当たらない。
 早朝の件で警戒を強めてはいないのだろうか?
 それとも逆に、早朝の件でロマネスクと離れなければならない用が出来たのか。

 まあ離れているのであれば御の字だが、ただ隠れているだけだとしても、別にいい。
 ほんの僅か隙を作れるならば。

(・∀ ・)(11時……)

 ──約束の時間だ。
 ロマネスクの「餌」、女が立ち上がる。

「アラ、もうこんな時間! 列車に乗るんでしたっけ?
 今日は列車の到着時間が早まるって話だよ」

(;ФωФ)「何だと!? それはいかん、我輩は今日の内に列車に乗らねばならんのだ!」

「おいで、近道を知ってる」

 ロマネスクは余分とも思える金をカウンターに叩きつけ、
 女の案内に従い店を飛び出した。

 しばらく待って、またんきもジュース代を払って酒場を後にする。
 あらかじめ女と相談して決めていた道を駆けていくと、すぐに追いついた。


(;ФωФ)「待て、我輩はあまり速く走れん!」

「遅れちまいますよう、ほら急いで!」

 細く、複雑な道。
 そこをちょろちょろと走り回る女に付いていくのでやっとといった様子のロマネスクは、
 周囲に構う暇もないようだった。

 高い建造物に囲まれた路地。
 たとえ護衛が隠れて付いていたのだとしても、こんな場所をすばしっこく移動されては
 姿を現さずに追うことは不可能だろう。複数人いるというのであれば、尚更。

 それらしい影はない。
 となれば、やはり、護衛は今ロマネスクの傍を離れているのだ。

 好都合。
 見知った道ゆえに手際よく2人の後をつけながら、またんきはほくそ笑む。


「こっちこっち──」

 女が角を曲がる。
 数歩遅れてロマネスクも同じ角を曲がり、

(;ФωФ)「──む!?」

 姿を消した女に、戸惑いの声をあげた。

(;ФωФ)「おおい、どこであるか!?」

 袋小路である。

 いや、正確に言うと、決して行き止まりではない。
 左の建物に裏口となる細いドアが付いている。

 ロマネスクもそれに気付いたか、ドアに駆け寄りノブを捻った。
 しかしがちゃがちゃと硬い音がするのみで、開く気配はない。

『ごめんなさいねえ、お願いされたもんだから』

 ドアの向こうから女の声がして、すぐにぱたぱたと足音が遠ざかっていった。
 数秒ほど呆然としていたロマネスクが再度ドアを押したり引いたりしたが、やはり開かない。
 あのドアは内鍵だ。


(;ФωФ)「……」

 この状況の異様さに、ロマネスクの顔が強張っている。

 またんきがわざと足音を立てると、ロマネスクはびくりと身を竦ませ振り返った。
 ──が。

 姿を現したのが子供だと分かるや否や、あからさまに安堵してみせる。

( ФωФ)「貴様の悪戯であるか? 子供の遊びに構っている暇はないのである」

(・∀ ・)「……」

 何も言わず、足早に近寄る。
 余計な話はしない。殺せればそれでいい。
 自分が何故殺されたのか、分からなくたって構わない。死にさえすればいい。

 またんきの右手でナイフがきらめく。
 ロマネスクの顔が、また強張った。


( ФωФ)「──小僧。貴様、何を」

(・∀ ・)

(;ФωФ)「な──ふ、ふざけるなガキが! 小遣いならいくらでもくれてやる!! 来るな!!」

 後ずさり、壁に背がぶつかるとロマネスクは右へ逃げた。
 けれどもすぐさま瓦礫に躓いて、みっともなく転がった。

 腰が抜けたのだろうか。そのまま立ち上がることも出来ずに、
 ロマネスクは罵倒と懇願を繰り返す。
 滑稽だった。笑えなかった。

 ロマネスクの顔と、母の笑顔が交互に視界を満たす。明滅する。自身の鼓動が聴覚を侵す。

 勝手に口が開いていた。
 何も言うまいと思っていたのに、勝手に声が出ていた。


(#・∀ ・)「母さんを返せ!!」


 ひどく陳腐な叫びと共に、ナイフを両手で握り締める。
 ロマネスクが情けない悲鳴をあげ、自身を庇うように顔の前で手を交差させた。無駄なことを。

 ロマネスクとの距離を一気に詰めるために足を開く、と──






 またんきの腹から何かが飛び出していた。

 彼が持つものよりも一回りは大きなナイフだった。





(・∀ ・)「、え、」

 腹がやけに熱く感じられ、視界がぶれる。
 両手を固く握っていた。先程よりも、一層強く。
 しかしすぐに力が抜けた。ナイフが落ちた筈だが、そんな些細な音など既に耳には入らなかった。

 腹から飛び出ている方のナイフが、視界の中でぐるりと回った。
 肉を抉られたのか、勢いよく血が吹き出る。
 幾度か内部を削ってから、その薄い質量は体内から消えた。ナイフが抜かれたのだ。


 熱い。腹が熱い。
 寒い。背中が寒い。
 血液が足元に溜まるごとに、寒さが増していく。自分の知らない場所が痙攣する。

 膝をつき。地面に倒れ。
 そうしてようやく、またんきは己を刺した相手を見た。



川 ゚ -゚)「……やめろと言ったのに」



 黒髪の女が、悲しそうな顔をして立っていた。

(#ФωФ)「クール! 貴様どこで油を売っていた!」

 ロマネスクが怒鳴る。
 クールは途端に表情を消してロマネスクへ目をやった。

川 ゚ -゚)「お前があんな見え見えの罠に引っ掛かって
     こんな面倒な道をうろちょろするから、一度見失った」

(#ФωФ)「だとしても、我輩の危機には一瞬で駆けつけんか!!
       何のための護衛だ、まったく──」

 それ以降は、もう、またんきの耳には届かなかった。
 頭がぼやけてくる。
 クールが再びまたんきを見下ろした。




川 ゚ -゚)「    」

 口を動かしている。聞き取れない。

 ただ、ひたすらに、悲しい顔。





 頭の奥で彼女の子守唄が流れ、やがて、またんきの意識と共にぷつりと切れた。










川 ゚ -゚)「お前といると胸糞悪いことばかり起きる」

 定刻通りに到着した列車に乗り込み、クールは両手の匂いを嗅いだ。
 まだ血の香りが残っている気がしてならない。

 ロマネスクは「はあん」と気の抜けきった笑いを鼻から漏らした。

( ФωФ)「人殺しにも、感傷に浸れる感性があるのか。
       立派なものである。黙って仕事だけしていればいいのにな」

川 ゚ -゚)「……」

( ФωФ)「それにしても今日は午前中だけで何人殺した?
       強盗5人……おっと、さっきのガキを加えて6人であるな。
       いやあ強い強い、おかげで我輩は屈強な男を何人も雇っていると勘違いされたのである」

川 ゚ -゚)「……そうか」

( ФωФ)「貴様は仕事だけはよくこなしてくれる。
       どうでもいいことをうじうじ考える割に、細かい雑事には気が回らんのが難点だがな」

 後尾の車両、寝台付きの席に荷物を運ぶ。
 まだ昼過ぎだというのにロマネスクは寝台に横たわり、
 じろじろとクールを眺め回した。

 ロマネスクから顔を背け、目を伏せる。
 しかし布団を叩く音が彼女の視線を呼び戻した。

( ФωФ)「ま、そういうわけだ、早速『仕事』の時間である」

川 ゚ -゚)「……まだ明るい。少ししたら車掌も来るし」

( ФωФ)「構うものか」

 また布団を叩く。
 ここに来い、という意味だろう。
 クールは唇を噛んだ。


 ──こんな男の護衛など、さっさと辞めてしまいたい。
 けれども出来ない。これは個人間での契約ではない。

 クールの所属する「組織」とロマネスクとの契約によるものだ。
 彼女の意思など入り込む余地はない。


 護衛といっても、ただ彼の命を守りさえすればいいというわけでもなかった。
 雑務をこなし、身の回りの世話もしなければならない。
 つまりは彼が望むことは概ね聞かねばならぬのだ。

 護衛より、召使に近い。

 クールはうんざりした様子で寝台に膝を乗せた。
 殊更ゆっくりと敷布に尻を落ち着けるクールを、ロマネスクがじっと見つめている。
 目が合うと、彼は満足げに頷いた。

( ФωФ)「護衛だけなら誰でも出来る。
       貴様の一番大事な仕事は『これ』であろうよ」

 寧ろ、これにしかお前の価値はないだろうが、と嫌味に笑う。
 返事はせずに睨むだけに留めるも、それすら一笑で済まされた。

 そうしてロマネスクは、目を閉じて。

 仰向けになり、腹の上で手を組んだ。
 「毛布」と単語で命令。



( +ω+)「──さあ、我輩のために、さっさと子守唄を歌うのである」

川 ゚ -゚)「……」

 溜め息。
 目の前の男の首を絞めてやる空想をしながら、
 クールは彼に毛布をかけつつ口を薄く開いた。


 ──歌が一番上手い奴を貸せ。

 それが、ロマネスクから組織に出された唯一の条件であった。

 護衛の他にも「仕事」をさせる場合は多々あるので、
 料理の上手い者、見目のいい者、頭がいい者、反対に頭が悪い者、処女──といった条件の提示はよく聞く。
 (もちろん最も多いのは『強い者』なのだが、みな訓練を受けているので条件としては無意味だ)

 が、歌唱力を指定してきたのは彼が初めてだった。
 歌さえ上手ければ年齢も性別も問わない、なんて。
 何かの間違いではないかとすら思えた。

 ともかくその条件に当てはまったのがクール。
 専門的な訓練を受けた経験はないが、
 人前で披露できる──そして賞賛される──程度には上手かった。


 歌が得意であることがどう役立つのかとひたすら疑問だったが、蓋を開けてみれば何のことはない。

 「毎晩子守唄を歌え」と。
 そうしなければ眠れないのだと、ロマネスクは言った。



( +ω+) グオー

川 ゚ -゚)「……いびきがうるさいな」

 今日は朝早くから襲撃があった上、先程の事件も重なり
 疲れてしまったのだろう。
 三番まで歌う前にロマネスクは眠りに落ちた。

 健やかな寝顔。
 対するクールの心は、沈みきっている。



 ──迷子のお守りをしながら家へ連れていくのだと思えば、少しは気も楽だろう。


 この任務を受けて出発する前、組織の者にそう言われた。
 たしかにこの男は、ひどく幼稚だ。
 わがままな子供のごとき振る舞いをする。

 けれどもやはり、どうしたって大人なのだ。
 かつては権力まで持っていた。

 子供の残酷さと、大人の残酷さを併せ持つ。
 そんな人間のお守りは、心が擦り切れる。

川 ゚ -゚)「……」

 発車のベルがけたたましく鳴り響いた。
 にもかかわらずロマネスクは眠りこけている。

 自分の席に座り直し、クールは窓を開けた。
 何の気なしに、駅に溢れる人間を観察する。

 先ほど列車から降りたばかりなのだろう、小さな荷物を抱えた女が紙を片手に、
 そこらの人々へ声をかけては肩を落としている。
 道を訊いているのだろうか。出来れば力になってやりたかったが、もう出発してしまう。


 そうして、彼女が窓から視線を外すと同時に列車は動き出した。










「息子を知りませんか、この町にいると聞いたんです、またんきという名前です──」

 女の声は既に遠ざかり、クールに届くことはなかった。



1:わがままな元役人   終

46 :同志名無しさん:2015/05/15(金) 21:57:04 ID:hEr11PzQ0

《高等学校教科用図書 歴史》(3054年刊行 シタラバ社)

(中略)
2916年 大戦勃発

2935年 〈天災〉により各国に甚大な被害 それに伴う終戦

    東スレッド国とレスポンス国が合併し〈中央〉を名乗る(現「ニチャン国」)
    ナイトー・ホライゾンが〈中央〉の首長となる

2940年 〈中央〉が〈新政府案〉を発表

2941年 新政府樹立 〈中央〉を〈ニチャン国〉に改名



(巻末付録・世界年表 より一部抜粋)
──────────────────────────────────────

47 :同志名無しさん:2015/05/15(金) 21:57:55 ID:hEr11PzQ0
(中略)……これにより新政府が誕生する。

大統領 ナイトー・ホライゾン

国防長官 サスガ・ハハジャ
補佐 シブサワ・オジ

外務長官 ウツ・ドクオ
補佐 ハチマユ・ショボン

財務長官 カネモチ・マニー
補佐 コチ・ミルナ

教育長官 ワタナベ・アヤカ
補佐 イトー・ペニサス ……(後略)


(p117・世界の発展 より一部抜粋)

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