第3話 決闘:VS黒瀬・一瀬

 決闘は立会人のもと、学園の指定時間内に行われる決まりになっている。

 嶺慈達は午前中のカリキュラムを落ち着いてこなし、午後の自由になる時間帯に決闘場所となる第二小グラウンドに来ていた。


 学園のグラウンドはいずれも戦闘訓練にも用いられるため、演習場としての役割もある。決闘の舞台としては申し分ない。

 入学早々の決闘というだけありギャラリーは多く、嶺慈は悪くないと思っていた。


 彼とて血気盛んな十七歳。己の力を示すことができれば自尊心や自己肯定感が高められて気分がいいし、なにより退魔局の役員を目指すわけではないにしろ、妖術師として食っていくことを考えている身だ。

 学園で名を挙げ人脈・妖脈を作るというのは、決して無駄な投資ではない。


 嶺慈と水奈萌がやってくるとギャラリーがモーセのように別れていき、中央のフィールドに招き入れる。

 すでに黒瀬孝志はそこにいて、隣には同じく決闘に参加するものと思しき一尾の化け猫の妖怪が彼に寄り添っていた。学園の制服を着込んでいる。多分式神ではない。


「逃げなかったみたいだな」


 黒瀬は挑発するように笑う。嶺慈はふん、と鼻を鳴らすだけだった。

 そのスカした態度が気に食わないのか、黒瀬はあからさまに不機嫌そうにこめかみに青筋を浮かべる。


「薄ら笑いを浮かべてられるのも今のうちだぞ」

「黒瀬様、油断なさらぬよう」

「黙れ一瀬。口出しするな」


 どうやらあの化け猫は一瀬というらしい。関係からして仕えてくれている術師だろう。

 名のある術師の家系に専属の術師が、その技術を学ぶために仕えたり過去の出来事で感銘を受けたとかで忠義を尽くすことはままある話だ。

 八雲家にも専属の術師が何名かおり、嶺慈はそういった連中から妖術の基礎を学んでいたのだから知識としても実感としても知っていた。


 油断なく距離を縮め、立会人の教員に同意書を渡した。学園流の手袋を投げ渡す行為であり、騎士が脱ぎ去るマントのようなものだ。

 場が一気に盛り上がった。歓声が上がり、ヤジが飛ぶ。

 嶺慈は肩を回し、水奈萌はこういうときにテンションを上げる子供っぽい嶺慈にやや冷ややかな目を送り、呼吸を整えた。


「それぞれ名乗りを」


 立会人に言われ、黒瀬は名乗った。


「二年、黒瀬孝志」

「二年、一瀬時継」

「一年、八雲嶺慈」

「式神、潤巳水奈萌」


 決闘に参加するメンバーが名乗りをあげると、ギャラリーが退いた。彼らの中に紛れていた術師が結界を張り、締め出したのである。


「では、はじめ」


 先手必勝。嶺慈は瞬時に式符を抜いて投擲。それは火の玉に形を変えて真っ直ぐに飛翔した。

 黒瀬は素早く結界を張って防御すると腰から木槌のような小ぶりなハンマーを抜き放ち、それに妖力を込める。炎を吸い取るように防ぎ、青白いオーラが纏うそれを振り上げて、嶺慈は即座に腕を掲げて頭を守った。

 木槌が強化術を施した嶺慈の上腕にぶち当たり、骨身がミシッと音を立てて軋んだ。皮膚が波打ち、裂けて血が舞う。

 思わぬ衝撃にのけ反り、脇腹へ蹴りが飛んできて嶺慈は姿勢を崩した。すぐに転がって体制を立て直し、左リードの構えを取る。


「嶺慈さんっ!」

「構うな! そっちの黒猫を叩け!」


 黒猫——一瀬は短刀を逆手に手負の嶺慈を狙い、低姿勢で疾駆。すぐさま水奈萌が柏手を打った。術式発動の予備動作である。


「〈水漣天瀑すいれんてんばくしん〉!」


 ばしゃぁっと水が溢れ、あたりが水浸しになった。足を取られた一瀬が嶺慈に蹴り飛ばされ、黒瀬が木槌で応戦。

 水奈萌は完全な分断を作るべくもう一度手を打つ。


「〈水漣天瀑・穿せん〉!」


 今度は水流が渦を巻いて水奈萌の掌の間で圧縮され、指向性をもって一気に放たれた。狙いは一瀬。

 黒猫はすかさず短刀に妖力を込めてガードするが、あまりの勢いに持ち手から刃がへし折られ、舌打ちする。

 過度かつ急激な妖力の流し込みと水奈萌の術が祟り、短刀は限界を迎えたのだ。


「龍族……蛟龍でしょうか」

「その仲間です」


 一瀬の問いに水奈萌は端的に応じ、水流を生む。柏手、圧縮。それをビームのように放ち、嶺慈から彼を分断した。


 木槌が迫る。嶺慈は余計な術をオミットし、強化術に妖力を回した。

 守りに回るか——いや、攻める。徹底的に叩き潰す。因縁をふっかけてくるような根性曲がりは、一度ぶん殴らなきゃわかりゃしない。

 脚力を底上げして一旦攻撃の回避に専念し、隙をついてカウンター。しかし、嶺慈の拳打が木槌で防がれ、倍の力で押し返される。


(あれは……倍返しの術式か。どこの銀行員だよ。どっちかっつーと弁護士——厄介だ)


 術師が個人的に持ち、血筋によって遺伝していく術式——先天術式。おそらくはその一つ。

 黒瀬孝志の術式は、おそらくはあの木槌が受けた攻撃を倍にして出力するものだ。


(受け止める攻撃をストックできるとしたら、弱い打撃を連続で出して畳み掛けるのは悪手だ。かといって中途半端な火力じゃ一網打尽……デカい一撃を叩き込んでキメるしかない)


 嶺慈は一旦距離を置き、オミットしたはずの別の術を発動。式符を二枚取り出し、それを鎖に変える。

 逃げ? 守り? いいや、何度でも言う。攻めだ。


(術式に気づいたか? 鎖でこちらを縛り上げてカウンター封じでも——)


 黒瀬は冷徹なまでに分析。しかし、嶺慈の行動は予想を超えていた。

 鎖がじゃらじゃらと妖力で編み込まれていき、巨大なネットになる。蜘蛛の巣のように張り巡らされたそれを、嶺慈が縦横無尽に駆け回り始めたのだ。


「ギャベルで防がせない気か!」


 嶺慈の速射砲めいた速度の動きに、さらに鎖をバネ代わりに加速。


「くそっ」


 だが甘い。

 黒瀬は妖力を外眼筋に集中させて動体視力を底上げすると、嶺慈の動きをトレースして木槌——ギャベルを構える。

 あれだけの威力。倍返しすれば、一撃退場ワンパンだ。


(——来る! 倍返しだ!)


 ドシュッと嶺慈が射出されるように飛び出し、突っ込んできた。この直情径行な攻撃なんぞ、今まで何度も防いで——、


「っ——ぐぅぁあっ!?」


 背後から、衝撃。


 意想外の攻撃は水鉄砲である。拳大の水玉が黒瀬の背中を強打していた。微かに見えたのは一瀬のカバーをすり抜ける軌道で指を向ける水奈萌とかいう女。


「トカゲ女ァ!」

「——黒瀬様ッ!」


 そこへ、嶺慈が突っ込んだ。

 強烈な頭突き。人間砲弾と化した嶺慈が黒瀬の腹にぶち当たり、もんどりうってグラウンドを転がる。


 嶺慈は途中で鎖に絡め取られて減速し、黒瀬は一瀬が抱き止めて停止させる。

 ごふっ、と血液まじりの胃液を吐いて、黒瀬は脇腹を抑えた。


 嶺慈はふらつく体を水面に支えられながら立ち上がり、


「人体が壊れないレベルの加減はした。それにお前も術師なら身を守れるだろ」

「くそ……原始人みたいな、戦い方しやがって。殺す気か!」

「何のための同意書だよ。第一喧嘩売ったのはお前だろ。続けるってんなら、とどめを刺すが」


 立会人が頷き、口を開く。


「この決闘の勝者は八雲嶺慈・潤巳水奈萌とする。負傷者はすぐに医務室へ向かうように。必要なら救護班を呼ぶが」

「っ、必要ないっ! 行くぞ一瀬!」

「ご無理はなさらずに、黒瀬様」


 結界が解除され、黒瀬は一瀬を伴ってギャラリーをかき分け、去っていった。

 嶺慈はコキコキと首周りを回し、鼻を鳴らす。


「腕、大丈夫ですか?」

「ああ……龍の鱗粉でもまぶしておけば治る」


 聞くものがいたら仰天していただろう。

 龍の生体素材は滅多に流通しないレアもので、鱗や角には強力な薬効効果がある。鱗を粉末にした鱗粉はまぶすだけでなくした腕が生えてくるだなんて眉唾物の言い伝えが吹聴されるくらいには、絶大な効果を持っていた。

 もちろん、実際にはなくなった腕が生えてくることはないのだが。


 嶺慈はポーチから包帯を取り出すと、水奈萌の水で腕を洗い流した後で乱雑に巻きつけて縛った。とりあえずは血が止まればそれでいい。

 痛みに耐える訓練はしている。それでも痛いものは痛いが、妖術師を続ける以上痛みと無縁でいることは困難だ。


 午後の日差しを見上げ、嶺慈はひとまず今日の山場を乗り切ったことに安堵するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百鬼之学園譚 — 拝啓、忌まわしくも麗しいこの世界へ、歪んだ鳥籠より — 夢咲ラヰカ @RaikaRRRR89

作家にギフトを贈る

 のんびり活動します。  メンタルが弱いので優しくしてもらえると助かります。
カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画