〈社説〉長男秘書官更迭 身内びいきが高める不信
岸田文雄首相が、長男で政務担当秘書官の翔太郎氏(32)の更迭を決めた。6月1日付で辞職する。
翔太郎氏が昨年末、首相公邸に親族ら10人ほどを集め、会見に使う演説台や赤じゅうたんの階段で興じる様子が週刊誌に報じられていた。
首相秘書官には現在、政務担当2人と省庁出身の事務担当6人がいる。身分は特別職の国家公務員に当たる。
政務担当には首相と関係が深く信頼の厚い人物が選ばれる。与党や省庁との調整役を担い、機密情報も共有するため、政界への強い影響力を握るとされる。
岸田首相が、自身の公設秘書を務めた長男を政務担当に任用したのは昨年10月だった。複数の閣僚が旧統一教会との関係や政治とカネの問題で追及される時期と重なり、与党からも唐突な起用を疑問視する声が上がっていた。
まず問題となったのは、今年1月の首相の欧米訪問時だ。翔太郎氏が滞在先で公用車を使って観光した、と週刊誌が報じた。
官邸はこの時、利用目的は国際機関への訪問や、対外発信用の風景の撮影、首相の土産購入だったとする苦しい「点検結果」を示して釈明した。首相も、全閣僚への土産の購入は「公務だと思う」とかばっていた。
今回は、親族らと公邸ではしゃぐ姿で、首相も食事の場に顔を出していたという。
これを受け、首相は当初「厳しく注意した」と述べ、更迭は否定した。判断を変えたのは、世論調査で内閣支持率が伸び悩んだためとみられている。
菅義偉前首相の長男が勤める会社が、総務省幹部を違法接待した疑惑はうやむやにされている。森友・加計問題も、安倍晋三・昭恵夫妻に近しい人物への便宜供与が強く疑われたままだ。
翔太郎氏は「素行不良」が批判されており、同列には論じられない。が、権力者による“身内びいき”が繰り返される事態は、政治不信を一層募らせていく。
岸田首相は国会で、長男の秘書官起用について「肉親であるのでほっとする瞬間もある」と語ったことがあった。腹を割って話せる効用もあるのだろう。その分、公私の峻別(しゅんべつ)が求められるのは言うまでもない。
翔太郎氏は岸田事務所に戻る予定という。議員の世襲にはかねて「庶民感覚の希薄さ」が指摘されてきた。身辺に家族や親族を起用する議員はいずれも、襟を正してもらいたい。