おい、バトルしろよR   作:ししゃも丸

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VSイーブイ

 

 

 

 タマムシシティ──ヤマブキシティに次ぐカントー地方第2の都市である。ここは商業や娯楽の中心地でもありデパートやゲームセンター、旅館、食堂など他の街に比べて様々な施設が充実している。

 ニビシティ、ハナダシティ、クチバシティとマサラタウンより近代化している街を見てきたレッドであるが、タマムシシティを見ればそれらと比較にならないほど発展しているのがよくわかる。カントー地方第1の都市であるヤマブキシティにはまだ行けてはいないが、目はいい方なので少し離れた場所からでも中央高いビルが見えるぐらいなので、恐らくタマムシシティより発展しているのだろうとレッドは心を躍らせていた。

 

 本来は武者修行みたいな節があったこの旅も、気づけばそれに付け加えてジム巡りなんていう一端のトレーナーらしいことをしている。なので今回もここのタマムシジムに挑戦すべくまずはポケモンセンターで一休みと思ったのだが。

 

「あら? 少年くんじゃない。もうとっくにここを通り過ぎていると思っていたけど、意外とゆっくりなのね」

「あ、どうも」

 

 なんと受付にはオツキミ山、ハナダシティのポケモンセンターで会ったお姉さんがいた。これには思わずレッドも首を傾げる。こんなにもポケモンセンターをあちこち異動するのものかと。それを尋ねれば彼女は普通に答えた。

 

「今度はここにまわされちゃってね。ほんと、私って優秀だから困っちゃうわよ」

「へぇ」

 

 大人の事情について特に興味もないレッドは適当に相槌をうつ。ただ遠目で見ただけではあるが、実際にこの人はテキパキと働いているように見えたし、何より愛想もいいので利用者からの印象もいいのだと思う。

 

 まあ他の受付の人を知らないからなんとも言えないのだが。

 

「少年くんはやっぱりジム戦かしら。会うたびにポケモンも増えているし、見た目が強い子ばかりだからきっとすごいんだろうね」

「まだまだ弱いけどね」

「またまた~謙遜しちゃって。あ、そうそう。これは噂なんだけど、ここ最近ガラの悪い人がうろついているって話だから、あんまり路地裏とかには行かないほうがいいよ。ま、少年くんなら平気だろうけど一応、ね」

「ありがとう、お姉さん」

「ふふっ。では、またのご利用お待ちしております」

 

 会うたびに有力な情報を教えてくれるこのお姉さんにはほんと助かる。そう思いながら彼女に頭を下げてポケモンセンターを後にした。

 

 

 

 

 

 タマムシシティはカントー第2の都市と言われているだけあってやはり人通りが多い。子供から大人、家族連れまで多くの人が歩いている。中にはポケモンを連れて歩いている人もいるのが見える。

 

 早速ジム戦に挑もうとは思いつつも、田舎にはないデパートやゲームセンターに入ってみたい。別に後者は逃げないのだから先にジム戦でもいいのだが、やはりというか年相応にそちらが気になって仕方がないのである。

 

「あれ、レッドやないか。どうしたんやこんなところで」

 

 道の真ん中で悩んでいると、ハナダシティで出会ったマサキに声をかけらえた。彼を見れば何やら手にアンテナみたいなものを持って、背中にはそれを動かすためのバッテリーのようなものを背負っていた。

 

「ジムに行くかゲーセンに行くかで迷ってたところ」

「そういう所は年相応やな、お前さん」

「マサキこそなんでここにいるんだ?」

「ここ最近ポケモンに襲われる被害が出てるらしくてな。ただ人によっては火を噴いたり電気が出たりと情報が錯綜しているらしいんや。そこで調査を兼ねてワイがタマムシ大学の要請を受けてきたっちゅうわけや」

「ふーん。ついでだから俺も手伝うよ。マサキじゃそのポケモンを見つける前に襲われそうだし」

「間違ってないから反論できへんわ。でも、こっちとしてもレッドがいれば百人力やからな。ぜひ頼むで」

「合点承知の助」

 

 ということでジム戦や施設巡りを後回しにしてマサキの調査を手伝うことになった。

 道中マサキは、手に持っていたアンテナを路地裏やポケモンが隠れていそうなところを向けながら探索する。見ていてもそれがわからないので素直に聞くとマサキは普通に答えてくれた。

 

「これはポケモンから発せられている……まあ電波みたいなのを拾うねん。で、このモニターにそのポケモンのタイプが表示されるっちゅうわけや。試しにピカチュウ出してみ」

「ほい」

 

 言われてピカチュウを出しマサキがアンテナを向けると、確かに持っていたモニターの映像がでんきタイプの映像になった。

 

「こんな感じや。元々は新しく発見されたポケモンを調査するためのもんやけど、今回は前情報だとでんき、みず、ほのおの3つのタイプらしいからそれように調整してある」

「科学の力ってすげー」

「褒めてるのかバカにしているのかよくわからん顔やなぁ。にしても反応がない。情報だとここら一帯に出没するっていう話やったんだが……」

「ん~あっちになんかポケモンいる」

「なんでわかるねん。まあ試しに行ってみるか」

 

 科学の力で作られた装置よりも、天然物で制度抜群のレッドレーダーここに来て科学に勝った瞬間であった。マサキも半信半疑でレッドが示した方へ歩いていく。

 

 そこで誰よりも速く気づいたのはたままた出していたピカチュウであった。

 

『レッド、この先にポケモンがいるよ。でも、すごく変』

「ほんとか? ……確かに変だな。街中でこんな威嚇してくるポケモンなんて……」

 

 ピカチュウに遅れてレッドもその存在に気づいた。場所は街の中心部から離れた場所で、位置的にはすぐ郊外になるので野生ポケモンが紛れていてもおかしくはない。ただいくら野生ポケモンといえど、こんな街に近い場所で今にも攻撃してくるなんてことがあるのだろうか。

 

「レッド、お前さん誰と喋って……ん? レーダーが捕らえたで! これはでんきタイプか?」

「……! マサキ、俺の後ろから出るなよ!」

 

 ──サンダースのミサイルばり! 

 

 物陰から突如飛び出して現れたのはかみなりポケモンのサンダースであった。サンダースは自身の尖った毛から無数のミサイルばりを容赦なく発射する。レッドはすぐにマサキの前へ出て、ミサイルばりを自慢の拳で打ち払う。同じくピカチュウも尻尾で迎撃しており、その攻撃がマサキに届くことなかった。

 

「なんでこんなところにサンダースがおるねん!」

「俺が知るかよっ」

「ん、今度はほのおタイプ⁉ 二匹おるんか!」

「いや、違う! ピカチュウ!」

 

 ──ブースターのかえんほうしゃ! 

 ──ピカチュウのでんきショック! 

 

 その場にいたのはサンダースではなくほのおポケモンのブースターだった。ブースターは口からかえんほうしゃを放つが、ピカチュウのでんきショックによる相殺される。でんきショックの方が威力は低い。しかし、鍛えられたレッドのピカチュウのでんきショックは、他のピカチュウやでんきタイプのポケモンが繰り出すでんきショックの比ではない。

 

「見たかレッド! あ、あいつサンダースからブースターになったで!」

「ああっ。ピカチュウ!」

『手加減は苦手なんだけ、ど!』

 

 ──ピカチュウのでんこうせっか! 

 ──シャワーズのとける! ピカチュウの攻撃を避けた! 

 

 ブースターはシャワーズに変身し、自身の体をまるで水のように溶かしてピカチュウの攻撃を間一髪で避けた。

 

「次はシャワーズ⁉ どうなっとるねん!」

「俺が知るわけないだろっ。スピアーも頼む、二人ともあいつを逃がすなよ。あとは俺がなんとかする!」

 

「なんとかって、何をどうするって言うんや!」

「こうするんだよ!」

 

 レッドがその場から駆け出す間にもピカチュウとスピアーはなんとかシャワーズ──今はブースターを抑え込んでいた。幸いだったのは目の前のポケモンは逃げられないと悟ったのか、ただピカチュウとスピアーを突き放そうと何度も姿を変えては翻弄していた。

 

 しかし、その様子はおかしい。怒りの表情から一転し今は焦りがあるように見えるし、呼吸も荒くとても辛そうに見える。何度も動き回っているからと体力を消耗したのだろうか。姿を変えて辺りを飛び跳ねて、地面に着地。だが、そこで動きが一瞬止まった。その隙を逃すほど甘くはない。

 

 ほのおポケモンであるブースターは、戦いが始まる直前には体温が900度まであがると言われている。そんな灼熱地獄という言葉では生ぬるいほどの超高温であるブースターの体をレッドは両手でがっしりと掴んだ。

 

 ただ体力が消耗しているのだろうか。900度というわりにはレッドの手はジューっといい感じに焼けているぐらいの温度しかないようだ。

 

「ち、力づくやな……。にしても自分、熱くないんか?」

「ちょーあちぃ」

「信じられへんわ。ん、イーブイに戻ったな。本当にどうなっとんねん」

 

 気を失ったのかブースターは、レッドの手の中で三匹の進化元であるイーブイへと戻った。本来は進化の石で進化するポケモンであるが、自由自在に進化できるなんて話は聞いたことがない。あるとすれば過去の論文で大昔にはいたかもしれない程度。

 

「とりあえずポケモンセンターか? ん、どうしたスピアー」

『……』

 

 するとスピアーが槍でイーブイの左耳を指し示した。一見普通の柔らかそうな耳であるが、よく見ると毛に隠れて何かがあるようだった。それを掴んで取ってみれば、大きさは親指ぐらの大きさの何かの装置だった。自分が見ても理解できないレッドは、そのままマサキに渡した。

 

「なんやこれ発信機か? にしてはもっと複雑な構造を……いや、待てよ。レッド、もしかしたらコイツがこのイーブイの秘密かもしれへん」

「例えば……進化を自由自在にできるとか」

「ああ。けど、それだけやない。きっとこのイーブイにも何か秘密があるかもな」

 

 気を失ったイーブイを今は大事に腕の中に抱えているレッドは、彼の頭を優しく撫でる。不思議と撫でられると先程まで苦しんでいた表情はなく、優しい笑みを浮かべながら眠っている。

 

 マサキが言うイーブイ自身に何かあるという言葉に当てはまるのは一つしか思い浮かばなかった。

 ロケット団──先のオツキミ山でサイホーンが注射一つでサイドンに進化したように、このイーブイにも何かしらの投薬あるいは別の何かが施されている可能性がある。

 となると、イーブイはこのタマムシシティのどこかにあるロケット団の実験施設から逃げ出した可能性も浮かび上がってくる。ポケモンセンターのお姉さんが言うガラの悪い人間が増えているのも、ここにロケット団の施設があることを裏付けているかもしれない。

 

 だが、色々考えてはみてもまずはこのイーブイの状態を確認することが先だ。

 

「とりあえずポケモンセンターよりはオーキド博士に診てもらった方が……」

「レッド、どないしたんや」

 

 すべてを言い切る前にレッドは戦闘態勢に切り替わっていた。それはピカチュウとスピアーも同様で、二人の前にピカチュウ達も構えている。

 

「隠れてないで出て来いよ」

 

 自分達がやってきた方に声をかけると、それに答えるように数人の人間が現れた。特に一番先頭に立つ着物を着た女性は、他の人間と比べ纏う覇気が違うことにレッドはすぐに見抜いた。

 何者だ──と、問う前にその答えをマサキが口に出した。

 

「あ、あんたはエリカはんやないか!」

「知ってるのか、マサキ」

「知ってるも何も、カントー一の美女と名高いお人で、お前が挑もうとしているタマムシジムのジムリーダーや!」 

「あらあら自己紹介が省けましたね」

「……ジムリーダーのエリカ、ね」

 

 着物の袖で口元隠しながら微笑むエリカを見て、レッドは眉をひそめる。彼女は、マサキの言うように美人だ。今まで出会い知り合った女性を思い返しても、エリカという女は確かに大和撫子という言葉が似合うほどの美人だろう。

 

 しかし胡散臭い。この場にいることや現れたタイミングもそうだが、なにより自慢の直感が告げていた。

 

 そしてそれは当たっていたようで、エリカは笑顔を崩さないまま要求してきた。

 

「そちらのイーブイは、実は私のポケモンなのです。なので保護してくださってありがとうございます。ですから返していただいてもよろしいでしょうか」

「私のって。そもそもエリカはん、あんたはくさ専門の──」

 

 マサキが何かを言いかけたところをレッドが右手を挙げて止めさせ、代わりに返答した。

 

「断る」

 

 たった一言。それもかなり力強く拒絶している。それに真っ先に反応したのがエリカの背後にいた手下らしき大人達だった。今にも何かを言いそうな所を、これまたエリカが手をあげるだけで抑え込んでいた。

 

「それは何故でしょうか」

「匂いだ」

「におい、ですか?」

「あんたからは花の匂いがする。それも色んな花の匂いだ。けど、こいつからは花の匂いなんて一切しない」

 

 常に自然の中で鍛錬していたからだろうか。いつしか野生ポケモンを音や匂いで探すことができるようになったためか、人一倍耳と鼻が鍛えられた。エリカとは10メートルも離れていないが、それでもそのぐらいの距離でも彼女の匂いに気づいた。

 

「……ふむ。どうしても返してはいただけませんか?」

「しつこい女はキライだよ」

 

 一触即発。エリカはゆっくりと右腕をあげた。トレーナー特有の腕の構えだ。現によく見れば、袖の中にはすでにボールを持っている。それは背後にいる手下も同じで、レッドはイーブイを抱きかかえながらピカチュウとスピアーと共に臨戦態勢。そんな中、レッドの後ろで「えらいこっちゃえらいこっちゃ!」と、マサキは一人慌てている。

 

 レッド達はただエリカが仕掛けてくるのを待つ受け身の構え。ピカチュウはともかくスピアーは速く仕掛けてこいと言わんばかりに張り切っている。

 

『……』

 

 睨み合って1分にも満たない時間。先に腕を下ろしたのは誰でもないエリカだった。それを見て警戒が解けるレッド達。

 

「ふふ、タケシとカスミの報告通りですね。それにリーフの言っていたように強い人ですね、マサラタウンのレッド」

 

 笑顔は変わっていない。だが、確かに一枚仮面が剝げたかのように先程と違って暖かい笑顔をしているなとレッドは思った。

 

「リーフ? どうしてそこであいつの名前が出るんだよ」

「あーなんとなくわかるで」

 

 マサキはリーフの惚気話を直に聞いているので、エリカの口から彼女の名前が出てきたことに違和感はなかったが、レッドは知らないのでただ首をかげるだけだ。

 

「試すような真似をして申し訳ありませんでした。ですが、私達やリーフもお二人と同様にその子を保護するために動いていたのです」

「ロケット団より先に、か?」

 

 ロケット団の名前が出たことにエリカは目を大きく開いて驚いていた。

 

「まさかロケット団のことまでご存じでしたか」

「まあ、ちょっと色々あって」

「なら話は早いですね。ロケット団に潜入させていた密偵からそのイーブイが脱走したと報告があり、ここ数日親衛隊を総動員して捜索していたのです」

「それにリーフも加わったのか」

「ええ。彼女もロケット団と何度か遭遇していたそうで。まあ、実際は私達が彼女のイーブイを脱走したイーブイだと勘違いしたから、というのもありますが」

 

 それは災難だなとレッドはあえて口に出して言うと、エリカは困った顔をしながら素直に肯定した。

 

「それで、これで解決ってわけじゃないんだろ」

「……実は、あなたにお願いがあるのです」

 

 それは自分とマサキだけは見えた。困ったような、藁にも縋るような、そんな表情をジムリーダーであるエリカはしていた。

 

 

 

 

 

 


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