おい、バトルしろよR   作:ししゃも丸

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ブルー

 

 

 ポケモンバトルに勝つために必要なことは、ポケモンを強く育てることが一般的である。そんな事は多くのトレーナーがポケモンを育てるために日夜苦労しているわけで、そう簡単に強くできるなら誰だってしたいところだろう。

 

 しかしだ。今はポケモンを一時的に強くするアイテムやサポートアイテムが多く売りだされている。強くすると言っても永続ではなく、あくまで一時的なブーストアイテムと言った方が正しい。噂では本当にポケモンを強くするふしぎなアメやタウリンと言ったような疑わしいアイテムがあるらしいが、私は実物を見たことはない。

 

 これらのアイテムは買おうと思うと高額で、一介のトレーナーでは中々手が届かないアイテムばかりだ。だからこそ知識が疎い新人トレーナーに売りつけるには絶好の相手となる。見た目は本物そっくり。けど、それはただの張りぼてだったり中身がただの砂糖水に入れ替わっているものばかり。

 

 こんな詐欺まがいな商売が通じるかと言われれば、現にそれなりの利益を得ている。先も言ったようにターゲットは新人トレーナーのような駆け出しを狙う。見るからにベテラントレーナーには絶対に声をかけない。まあ男だったら誘惑すればワンチャンいけなくもないんだけど、それはあまりにも女慣れしてなさそうな男がいた場合だ。

 

 先日も駆け出しトレーナー相手に売ったばかりだ。しかしこれが奇妙なトレーナーで、女トレーナーだったんけどまるで鏡を見ているかのように私に似ていた。ポケモンもフシギソウを連れていたんだけど、多分アレが噂のマサラタウンのトレーナーなんだと思う。

 

 まあでも、私にいくら似ているからと言っても所詮は田舎のお嬢さん。最初は疑いもしたけど真摯に営業トークしたら最終的には買ってくれたわ。それでも偽物だからすぐにバレれてしまうので、賢い私は数日は違う場所で売り込みをするか雲隠れしているのだ。

 

 ただ被害報告が警察に届けられているんだろうか。最近はガーディを連れてパトロールしている警察官が目立つ。なのでそろそろ潮時だろうと思った。今日を最後の日に決めて騙されそうなトレーナーを探す。

 

「ふむ……あら。いかにもバカっぽいトレーナーはっけーん。ん、ンン。ちょっとそこのお兄さ~ん!」

 

 赤い帽子に同じく赤いジャケット羽織ったトレーナーに色っぽい声をかける。多分歳は私とそこまで変わらない年頃だろう。なら思春期真っ盛りの少年だ。女には弱いはず。

 

「……ン。お兄さんって俺のことか?」

「そうそう。いかにも強そうなピカチュウを連れたあなたよ」

「……」

「な、なによ。人の顔をマジマジと見て」

 

 目の前の男は何故か目を細めて私の顔をジッと見つめてくる。一瞬見抜かれたと焦ったけど、見るからにそんな雰囲気ではないことはわかった。男に見られるのはキライではないけど、これはあまり嬉しくはない。男は満足したのか伸ばしていた顔を戻すと、首を傾げながら言ってきた。

 

「リーフ、じゃないよなあ。黒い服なんて着ないし。なによりも胸がデカいから違うよな、うん」

「いきなりセクハラなんていい度胸じゃない。それに私にはブルーっていうちゃんとした名前があるの。とりあえず何か買っていきなさいよ」

 

 いい具合に相手が隙を見せたくれた。うまく流れを作って商品をその場に並べる。見た目だけは本物なので最初は誰もが食いつくのだが、何故か目の前の男には通用しない。むしろ全く興味がないように見える。

 男は並べた商品を指しながら言った。

 

「なにこれ」

「な、なにってポケモンを強くするアイテムよ。えーと、これはプラスパワーといって、ポケモンの攻撃力をあげるの」

「へぇー」

 

 バカみたいに大きく口を開けるだけで反応が薄い。それがまるでバカにされているような感じがして、私は少しムキになったのか口調がだんだん荒くなってきてしまった。

 

「じゃあこれは! きあいのタスキよ、これをつけたポケモンは体力が満タンの時はどんな攻撃を食らっても絶対にひん死にはならないわ!」

「ようは食いしばりだろ? なら全員できるからいらないかな」

「く、食いしばり?」

「あーなんていうか死なない一歩手前を耐える感じ。……意外と通じないんだな」

 

 頭を掻きながら困ったような雰囲気を醸し出している。困っているのはこっちだ。知らない単語を口にして、如何にも知っていて当たり前のような反応をしてくる──ああ、つまりは先程までの私か。となると、こいつは本当にこれらのアイテムに関する知識がない、ということ。

 

 いや、でもそんなことありえるのかしら。先日の田舎娘でさえも知っていたというのに、この男は一体どんな秘境からやってきたっていうのよ。

 

 しかしだ。この男のピカチュウは見るからに強そうなのだ。可愛いくて女の子にも大人気なこのポケモンは、世間一般のトレーナーだとやはり強くするためにライチュウにすることが多い。まあライチュウも愛嬌があるからあまり引けを取っていないとは思うんだけど。なのでピカチュウのままでこれ程の強さを持ったトレーナーを私は今のところ見たことがない。

 

 なので当然好奇心が芽生えてしまい、つい私は聞いてみてしまった。

 

「ねえ、あなた一体どんなトレーディングをしているのよ。実物を見たことないっていうならまあわかるけど、一つも知らないんてちょっとトレーナーとしてどうなのかしら」

「どうって……普通に強そうなポケモンに喧嘩売ったり買ったりしていたら普通にこうなるけど」

「……けんか?」

「あとは……ポケモンの住処にカチコミしたりとか」

 

 この男は一体なにを言っているんだろうか。ああ成程。野生ポケモンとバトルすることを遠回しに言っているのね。でも、住処にカチコミってなにかしら。そうそうポケモンの住処なんてわかるはずないのに。

 

 いけないわ。こいつと話しているとどんどん話が逸れるしペースが乱れてくる。ここは短期決戦……速攻あるのみよ。

 

「だったらこのふしぎなアメはどう? 食べるだけでポケモンのレベルがあがるすごいアイテムよ」

「……」

 

 わざとらしく男の左腕に抱きつく。それも胸をぎゅっと押し付けて。男は一瞬にして表情が消えた。言うなれば無、心ここにあらずというやつだろうか。やはりなんだかんだ言って男という生き物は色仕掛けに弱いと決まっている。それはこいつも例外じゃない。それにしてもコレってアレ、かしら。買ってくれないなら財布でも盗んでやろうと思ったけど、どうやら財布以上に価値のあるものを持っているようだ。

 

 私は男がいい具合に油断しているところにそっと手を懐に忍び込ませ──それを盗った。

 

「いまなら10個セットをお手頃価格で売ってあげるわよ~」

 

 元々フレンドリィショップの倉庫から盗んだものだ。といってもこれは本物ではなく、ふしぎなアメを模したただのアメである。なので他の商品と違って中々売れなかったのだ。

 

「……ま、まあ、アメぐらいなら……」

 

 試しに吹っ掛けた値段を提示したけど、まさかその金額をすんなり出すあたりを見るに、やはりトレーナーとして相当の実力者。ならバレる前にとっと逃げるのが吉よね。

 

「買ってくれてありがとう! じゃ、またどこかで会いましょ~」

「あ、ああ……また」

 

 まだ惚けているのはとても好都合。私は遠慮することなくその場から逃げるように走り出す。それにしても今日はツイてる。お金だけじゃなくて、まさかジムバッジなんていうレアなアイテムが手に入るなんて。

 

 にしてもバカぽい感じがしたけど、意外と可愛い顔してたのよね……。あの子とは違った意味でだけど。ちょっと悪かったかな……ま、盗まれる方が悪いんだし、それにいい想いしたんだからお相子よね。

 

 

 

 

 

 

 発電所からシオンタウンに直行してそのままタマムシシティを目指していた道中に、恐らく歳はそう変わらない女からよく知らない商品を買ったレッドは、まだ先程の女の温もりが抜けきらないのかまだ手を振っていた。

 

「……はぁ。ピカ!」

 

 ──ピカチュウのはたく! レッドは目が覚めた! 

 

 それを見たピカチュウがため息をついてジャンプするとレッドの頬を叩いた。

 

「痛っ! まあ痛くはないんだけど……」

「なにデレデレしてんだよ」

「いや、胸ってあんなに柔らかいんだなって」

「思春期か! いや、そういう年頃だったピカ……」

 

 ピカチュウが呆れながら頭を抱えているでも、レッドはあの感触を確かめるように左腕を摩っている。

 

 ……アレ? ふと思い出してしまった。そういえば別にこれは初めてのことではないと。マサラに居た時はナナミさんがよく手当してくれた時とか、時より体が触れ合う時があったような。そう、確かにあった。そしてそれは、先程の女の子──確かブルーと言ったか、彼女よりも大きく柔らかかったと思う。

 ナナミさんとブルー。どちらがいいか……。

 

「うん、前者だな」

「なにが?」

「いや、何も。ところでこれを食うだけで強くなれるんかな……とりあえずみんなを出してっと」

 

 ボールを投げてスピアー、リザードン、カビゴン、サンダーを出す。サンダーなんて目立つようなポケモンを出すのはどうかと思ったが、辺りにはポケモンも人の気配もないので大丈夫だとレッドは判断した。

 

 カビゴンは大きいから5つに残りは一つずつ渡して味見をさせてみるレッド。アメを口に入れて中でころころと味わうように食べるポケモン達。ただ一匹、カビゴンだけはゴリゴリと音を立てながら食べていたが。

 

 そんなカビゴンなど気にしてないかのようにレッドは訊いた。

 

「で、どうよ。強くなった気するか?」

「ん~しない」

「ただ甘いだけ、だよなあ……」

 

 首を傾げながらピカチュウとリザードンが言う。

 

「スピアーとサンダーはどうだ」

「……」

「あまくてうめぇ!」

 

 コクリと頷くスピアーに人間界の食べ物を初めて食べたサンダーは、その美味しさに感動している。

 

「で、カビゴンは……いいや。見るからに強くなってそうに見えないし」

「ひどくない? まあおいらも強くなった気はしないけど」

「やっぱ偽物か……」

「胸なんかにかどわかされるからだよ」

 

 ピカチュウの言う通りだと言わんばかりにレッドは肩を大きく落とした。やはり強くなるには地道にやっていくしかないのだと改めて思い知らされた。じゃあ偽物なら自分も食べていいか、そんなことを思ったレッドはふしぎなアメを口に入れた。

 

「……あ、ミルク味だ」

 

 ──ピロリン。レッドのレベルが1上がった。

 

「いま変な音ならなかったゴン?」

「いいや。レッドは聞こえた?」

「ふぇんふぇん……よし、タマムシに行くか」

 

 何事もなかったようにレッドはポケモン達を戻して歩き出す。まさか偽物のなかに一つだけ本物が紛れていたなど誰が思うだろう。

 

 そしてレッドは盗まれたジムバッジにまだ気づかないのであった。

 

 

 

 

 


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