「ポケモンが行方不明?」
「そうなんじゃよ。わしのケーシィちゃんも突然いなくなってしまったんじゃ」
クチバシティにあるポケモンだいすきクラブ。そこでレッドはここの会長である老人から話を聞いていた。
レッドは他のトレーナーらと違ってポケモンをモンスターボールに日頃から入れていない。これは無意識なところからきているものと、常にバトルを行う癖もあるためか、普段からポケモンをボールに入れていない。といっても街に入れば流石に自粛はするので、あまり驚かれないピカチュウだけは肩に乗せて歩いてたのだが、そこを普段から可愛いポケモンを見ては勧誘活動をしている会長に声をかけられていまに至るというわけだ。
「で、それが何日も続いていて、自分だけではなく街中のポケモンもいなくなってるってこと?」
「うむ。警察には捜索願を出してはおるんじゃがいまだに進展がないんじゃ」
「そこで俺に調査を頼みたいと。頼られるのは悪い気はしないけど、なんで俺なのさ」
「いやぁレッドくんは他のトレーナー違って、なんていうのかのう……こう凄みがあるんじゃ。わしの目に狂いはない!」
妙な理由から物凄い自信たっぷり語る会長であるが、こうして人に頼られることに慣れていないレッドは少し浮かれていた。一応困っている人は助けてあげたいという気持ちはもちろんあるのだが、やはりそういう経験が著しいので仕方がなかった。
「とりあえず一から探すにも何か情報がないと。ポケモンがいなくなる前日とか、普段と何か違ったこととかなかった?」
「そうじゃの……ご飯も普通に食べていたしこれと言って……あ、そうじゃ! サントアンヌ号じゃ。サントアンヌ号が停泊してからポケモンがいなくなった気がするのう。でも、それはあんまり関係あるかどうか……」
サントアンヌ号。街に入いる前からも見えたあの大きな船のことだろうか。話を聞けば豪華客船で世界中を旅する船だとか。
「うーん。とりあえずはそこを調べてみる、か」
レッドはあまり関係がないだろうと思いながらも唯一の手がかりでもあるので、まずはサントアンヌ号を調べることにし、ポケモンだいすきクラブをあとにした。
「にしても予定がだいぶ狂っちゃったな」
港に向かいながらレッドは一人不満を漏らす。元々の予定ではジムに挑んでそのままハナダシティへ戻り、イワヤマトンネルを目指す予定だった。それがまさかポケモン探しになるとは思いもよらぬハプニング。
そんなレッドの肩に乗っていたピカチュウが宥めるように言った。
「仕方がないよ。それにジムだって休業中だったんだから。まあ気分転換にはいいんじゃない?」
そうなのだ。先程ちょっとだけジムの方へ足を運んだのだが、どうやらジムリーダーが不在のため本日は休業という貼り紙が張ってあったのだ。なのでどちらにしろ今日はジムに挑めないので結局は日を跨ぐことに。
「そうなればいいけどさ……こうして近くで見るとやっぱりデカいな」
「だね」
港に着くとサントアンヌ号が停泊していた。豪華客船だけあって近くで見るとかなり大きい。今は乗組員達がゴーリキー共に積み込み作業を行っていた。大きさの違う木箱が続々と運ばれているが、それに何故かレッドは違和感を感じ取った。
「……妙だな」
「あ、レッドも感じた?」
「ああ。てっきり近くに野生ポケモンかと思ったけど、それにしてはここ一帯にはポケモンが多い気がするんだ」
流石のレッドもモンスターボールに入ったポケモンまでは察知することはできないのだが、それにしてはここには多くのポケモンがいることがその気配でわかる。目に見える範囲では積み込みをしているゴーリキーや街の人達の手持ちポケモンぐらいしか見えない。それでも目に見えない場所に多くのポケモンの気配がする。それもこの目の前にあるサントアンヌ号から。
「で、どうする?」
「そうだな……よし、アレでいこう」
レッドはピカチュウをボールに戻すとジャケットを脱いで腰に巻く。そこには10歳の少年とは思えないほどの引き締まった体があった。そのまま集積場に行くと、船乗りやゴーリキー達に混じって積み荷を担いで船へと紛れ込むことに。
タラップを登ってそのまま先頭のゴーリキーに付いていき、積み荷を下ろしたら持ち前のスピードで列からはずれ、船内を警戒しながら歩くレッド。
船内は恐ろしいぐらいに静かだった。豪華客船という割には中はとても質素で華やかさがない。失礼とは思いながらも近くにあった一室を開ける。部屋にはベッドはおろか家具など何一つなかった。あるのは先程下ろした積み荷があるだけだった。レッドは恐る恐る木箱の蓋を開けた。そこには檻に閉じ込められたプリンが入っていた。
「まさかこれって……」
「おやおや。ママと逸れちまったのかなボーイ。いや、ガキがそんな目つきするはずねえよな!」
──??? の奇襲! レッドはなんとか躱した!
突然の背後からの奇襲にレッドは横に飛びことでなんとかそれを躱した。そのまま体制を変えて部屋の入り口を前に構えると、そこには髪は金髪にまるで軍人のような衣服を纏った男が立っていた。
「お前、ロケット団だな」
レッドは男を睨みながら冷静に言った。ロケット団と断定するには十分すぎる現場証拠ばかりであったが、こういう違法なことをするのはあの組織しかない。
「そういうお前は噂のマサラタウンのレッドだな。キョウが仕留め損なったって聞いたときは驚いたが、まさか本当にガキだとはな」
キョウとはもしかしてオツキミ山で出会ったあの男のことだろうか。自信かそれとも傲慢からくる余裕なのだろうか。やけに目の前の男は口が軽い。ならばとレッドは試しにやってみることにした。
「そっちも名乗ったらどうだ。俺に負ける相手の名前を知らないのはちょっと困る」
「HAHAHA。言うじゃねえか。オレはマチス! ロケット団幹部にして、お前をここで殺す男の名前だ!」
「!」
──エレブーのかみなりパンチ!
マチスの背後からでんげきポケモンのエレブーが拳に雷を纏って突撃してきた。レッドは跳躍してそのまま天井をぶち破って避け──逃げた。それを見たマチスは落胆するどころか、むしろ感心していた。
「報告通り尋常離れした身体能力だぜ。それにセンスもある。殺すには惜しい人材だが、ここのことを知られたからには死んでもらうしかねえ」
マチスは余裕の笑みを浮かべながらレッドを追いかけるために甲板へと向かい始めた。
一方天井を破って甲板に出たレッドは、船乗りに扮していたロケット団員相手に暴れまわっていた。
「オラオラオラオラ!」
「……!」
「ピカピカピカァ!」
その場にはレッドだけではなくスピアーとピカチュウも出て暴れている。リザードンを出していないのは、技の威力が高くて万が一にも船を沈めかねないからだ。まだこの船には盗まれた多くのポケモン達がいる。それも檻に入れられているので、彼らを救出するためにも船を沈めるわけにはいかない。
この下っ端達のポケモンには似たような傾向があった。今まで戦ってきた戦闘員よりもやけにでんきポケモンの数が多い。主にコイルやビリリダマなどが目立つが、先のマチスもエレブーを使っていた所を見ると、どうやらリーダーの手持ちポケモンに部下のポケモンも左右されるようだ。
「いけ、エレブー!」
戦いは荒々しくも頭は冷静に状況を分析していると、そのマチスが追いついてきた。どうやらエレブーがエースモンスターなのか、マチスは他にポケモンを繰り出そうとしない。そして幹部ということもあってそのレベルは高いのがわかる。
「レッド!」
「俺に任せろ」
エレブーが真っ先にレッドめがけて距離を詰めてくるのを見てピカチュウが声を上げるが、レッドは慌てず冷静に応えながら降りかかってきたエレブーの拳を止めた。さらに空いている左手をレッドに向けるエレブーだが、それも簡単に受け止められてしまう。
余裕なレッドに対して焦りが見えるエレブー。
当然だ。ポケモンと力比べをして勝てる人間などそうそういるものではないからだ。
このエレブーのレベルは確かに高い。そこら辺にいるトレーナーでは歯が立たないほどだ。レッドからすればそうではないが勝てない相手ではない。しかし、そこに余裕の笑みはない。慢心はせずむしろ常に警戒をしている。
それは相手がロケット団のそれも幹部というのもある。オツキミ山でのキョウのようにどんな手を使って仕掛けてくるのかわからないからだ。
そんな冷静に対処しているレッドに対し、マチスは逆に笑みを浮かべていた。
「エレブー十万ボルトだ!」
──エレブーの十万ボルト!
「ぐぅうう!」
──レッドは耐えている!
「おいおい。十万ボルトまで耐えるのかよ」
「ォオオオ!!」
──レッドの背負い投げ! エレブーは気を失った!
レッドは十万ボルトに耐えながら体勢を変えて柔道の技の一つである背負い投げをエレブーに叩きつけた。
しかし、レッドと言えど10万ボルトは
「本当に惜しいな。どうだレッド、いまからでも遅くねえロケット団に入れ。お前ならすぐに幹部にしてもらえるぜ」
「断る。お前らのようなクソ野郎共の仲間に誰が入るもんか。それにあの積み荷の中身はこのクチバの住民から盗んだポケモンだろ。それを停泊した街で何度も繰り返しているんだろ!」
「中々いいところに目をつけるな。そうだとも。このサントアンヌ号は豪華客船だが、その中身はポケモンを輸送するための輸送船さ。お前の言ったように停泊をする街についてはポケモンを盗み、そして売りさばく」
「ポケモンは道具なんかじゃない!」
「道具さ。それにポケモンっていうのは金持ち相手に高く売れるんだぜ。世の中には色んな
「自分達の行為を正当化したいのか」
「そうじゃねえさ。いいかレッド。この世はな、綺麗ごとばかりじゃねえってことさ。そして……戦場で油断は命取りだぜ、レッド」
マチスの視線が自分の足元に向けられているのを見て、自然と目をそちらに向けた。そこには小さくなった数個のモンスターボールがこちらに転がって来ており、それが目の前で開いた。現れたのは大きなモンスターボール……いや、ちが──
「しま──」
「Boon」
無意識に腕を交差して防御の構えを取る──しかし、目の前の景色を激しい閃光がすべてを包み込んだ。
カチッとカセットテープが再生されるような音が頭の中に聞こえてきた。ここに肉体という概念はない、そんな気がする。でも、例えるなら映画館の座席に座っているような……でも違うかもしれない。そもそも肉体というものが存在しているのだろうか。わからない。けど、意識はある。それを己自身だと証明する手立てはないが、間違いなく俺なのだということは断言できる。
いや、どうだろう。目の前で見せられている光景を、俺は知らない。
『ねえ、バトルで大事なのってやっぱりパワーとかスピードなのかな』
小さい女の子が俺を見上げて言う。
『別にそんなこと考えたことないな~』
俺は言ってないのに、俺が興味なさそうに応えた。
『うっそだぁ。どうせレッドなんて、シュッってやってバーンって感じなスタイルなくせに』
『そうかな』
『そうだよ』
『じゃあそうかも』
『もぉ! 適当なんだから』
女の子と俺は、なんだかとても仲のいい感じだ。でも、こんな子マサラタウンにはいなかったし、会ったこともない。
あれ。でも、どこか面影あるような気がする。いつだっけ。どこかでこの子に似たような女性を俺は見たことが……。
『まあでも、結局一番大事なのはアレよアレ』
『なによそれ』
俺はふふんと鼻を鳴らし胸を張りながら自慢気に言った。
『気合いと根性』
──ビリリダマ達のじばく!
レッドが話に夢中になっている間にマチスは甲板にビリリダマが入ったモンスターボールを転がしていた。
ボールポケモンと呼ばれているのがこのビリリダマだ。このポケモンは野生においてはとてもデリケートなポケモンで、少しの刺激だけで爆発してしまうとても危険なポケモンである。モンスターボールに似ていることから間違って触ってしまうトレーナーが多くその被害も少なくはない。
「……!」
「レッド!」
スピアーとピカチュウが叫ぶ。しかし、その言葉を理解できるのは同じポケモンのみ。マチスからすれば、ただ鳴いているだけにしか聞こえない。
「これで残るはピカチュウとスピアーか。こいつの手持ちだけあって中々レベルが高そう……ほう。トレーナーを失ってもそんな目をするとはな。ますます倒し甲斐があるってもんだ」
仇を取るかのようにスピアーとピカチュウはマチスに向けて敵意をむき出しにしていた。トレーナーがいなくても戦えるのが彼らの強味でもあり弱みであった。レッドがいないいま、彼らにできるのはただ戦うことしか選択肢がないからだ。
──マチスはレアコイル、ライチュウ、マルマインを出した!
マチスは倒れたエレブーの代わりに三体のポケモンを出した。レアコイル、ライチュウ、マルマイン。どれもでんきタイプのポケモンばかり。しかし、本当に手持ちポケモンがこれだけとは限らない。それはピカチュウ達も理解している。数は自分たちが圧倒的に不利なこともだ。せめてリザードンが居てくれたらまた違う戦況になっていただろう。
だが、リザードンはいない。モンスターボールに入ったポケモンは、開閉スイッチを押さない限り出ることはできない。なによりも先程の爆発でモンスターボールが故障してしまった可能性もある。
それでも二人には逃げるという選択肢はなかった。
「……ピカァ⁉」
「あん?」
するとピカチュウの耳が大きく動いた。彼はそれを聞いてレッドが居たであろう場所に顔を向けた。それに思わずマチスもそこに目を向ける。
あるのはじばくによってできた黒煙のみ。それがいまになっただんだんと薄れて消え始めていく……そこには、黒焦げになっても尚立ち続けている五体満足のレッドが立っていた。
「ピカァ!」
「……!」
ピカチュウには聞こえたのだ。レッドの心臓の音が。それは、最初は微かな鼓動だったが、まるでエンジンを吹かした時のようなサウンドを突然響かせたのだ。
レッドが生きていることに喜ぶピカチュウとスピアー。対してマチスは酷く動揺している。それも当然だ。〈じばく〉は確かに〈だいばくはつ〉よりも劣る技だ。だがそれでも生身の人間がそれを食らえば、それも零距離と呼べる超至近距離で食らえば肉片すら残らないはずだからだ。
「あ、ありえない。て、テメェ本当に人間か⁉」
「俺の体はなあ、丈夫にできているんだよ──歯ぁ食いしばりやがれぇえええ!」
「くっそたれぇえええ!!」
甲板の板を抉るほどのパワーで飛び出したレッドは、マチスの前にいた三体のポケモンなど目もくれず、ただマチスだけに狙いを定めていた。マチスは最後の抵抗と言わんばかりにスタンロッドを抜いて振り下ろそうとする。だがレッドの方が明らかに速い。
──レッドのきあいパンチ! マチスは海の向こうに吹き飛ばされた!
人は空を飛べる、それも上にではなく真っすぐに。しかし、それを肉眼で見えた者は誰一人いないだろう。ドンっとレッドの拳がマチスに当たった瞬間に、もうマチスは海のどこかへ吹き飛ばされていたのだから。
「……お前らはまだ、ヤるか?」
──レッドのにらみつける! マチスのポケモン達は逃げ出した!
それは、人が見てもあまりの迫力と威圧感で倒れていてもおかしくはなかった。黒焦げになった肌によって余計にハッキリと見えるレッドの赤い目は、あまりにも力強く恐ろしかった。
マチスは海に消え、そのポケモン達も逃げ出したいまこのサントアンヌ号で彼らに襲い掛かる戦力はもういない。残っていた下っ端達もマチスがやられた時点ですでに逃げ出していたからだ。
それを肌で感じ取ったピカチュウは先程まで纏っていた戦いの空気を脱ぎ捨て、いつものようにレッドの足元にやってきては小突いていた。それはスピアーも同様で、表情が分かりにくいながらもどこか嬉しそうにしているのがわかる。
「心配させがやってこのこの!」
「……」
「ちょ、痛いって……」
生きているからと言って無傷ではない。ただ小突いただけで痛みが奔るし、今の体はとても敏感だ。
「あ、ごめん。ところでなんで生きてるんだよ。流石にアレは死んだと思ったよ」
「……」
うんうんとスピアーもピカチュウの言葉に頷く。
「それはズバリ、アレよ」
「アレ?」
「気合と根性」
満面の笑みでレッドは二人にブイサインを向けた。
それからは慌ただしかった。良くも悪くもビリリダマのじばくが人目について、さらにサントアンヌ号で戦闘が行われていると通報があって、すべて終わったあとに警察がまるで自分達の手柄だと言わんばかりに現場を仕切っていた。
重要参考人であるレッドは当然警察の事情聴取を受けた──が、彼らはその話を半分ぐらいしか信じなかった。サントアンヌ号は豪華客船というのは仮の姿で、本当は盗んだポケモンを運ぶための輸送船だということ。首謀者はロケット団でその幹部はマチスという男。そのマチスを自分が倒したということ。
「ロケット団なんて知らないなぁ。お前知ってるか?」
「いや知らないな」
聴取をしていた男が隣にいた男に尋ねる。彼は知らないと首を横に振った。
「それにマチスだって? マチスさんはこの街のジムリーダーだよ。彼がそんなテロリストまがいなことをしてるはずがないじゃないか」
それは初耳だった。それでもレッドは反論した。彼は間違いなくそのジムリーダーのマチスだったと。けど彼らはそれを信じようとはしなかった。結局信じたのはサントアンヌ号と盗まれていたポケモン達のことぐらいだった。
警察からすればレッドはそのロケット団というテロリストを倒したのだろう。現状証拠である盗まれたポケモン達のリスト、それはここ最近多くの住民から捜索願いが出されていたポケモン達と一致しているからだ。
しかし、自分達の街のジムリーダーがテロリストに加担しているなんて話を信じる者は早々いない。いや、信じようとしないのだとレッドは気づいた。同時に警察にもロケット団が紛れ込んでいるのでは──そう思えば警察が中々動かないのも無理のない話だ。
レッドはこれ以上何を言っても無駄だと思い、事情聴取が終わったあと元々の目的であったポケモンだいすきクラブ会長のケーシィを探すべくリストを見せてもらったのだが……。
「いやあまさかこんな大事になるとは。キミを選んだわしの目に狂いはなかった! ところで、なんでそんな黒焦げなんじゃ?」
「いやまあ……色々ありまして。これその……会長のケーシィ、だったフーディンです」
「おぉわしのケーシィちゃ……って、なんでじゃぁあああ!」
何らかの形でケーシィからユンゲラーに進化していまい、人から人へと移ったのが原因でフーディンに進化してしまったのだろう。そうレッドは想像はしてはみたが、ポケモンの進化はまだまだ奥が深い──と、泣き叫ぶ会長を横にフーディンを見て笑うのであった。
クチバシティから少し離れた海岸。そこにずぶ濡れで砂浜の上に仰向けで倒れている男──ロケット団の幹部であるマチスがいた。
レッドの一撃によって意識を失ったマチスであったが、これまた幸運かそれとも不幸というべきか、海に落ちた衝撃で意識が戻り、そこから何とか陸地に向けて今まで泳いでいた。
そんな無様な姿を晒しているマチスの頭上に突如一人の女が急に音もなく現れた。しかもその場に浮いている。
「な、ナツメ⁉」
ナツメ。そう呼ばれた女は冷たい視線をマチスに向けながら淡々と告げた。
「無様だなマチス。キョウに続いて三幹部の一人であるお前も醜態を晒すとは。幹部を辞めたらどうだ」
「お前はアイツを直接見てないからそう言えるんだよ! ビリリダマのじばくだぞ、普通の人間だったら即死だ。それをアイツは4体のじばくを耐えたんだぞ⁉ あんなの人間じゃねえ。アイツもお前と同じばけ──」
マチスがその先の言葉を口にすることは許されなかった。ナツメと呼ばれている女は宙に浮きながら右手をまるでマチスの首を絞めるような体勢をしていた。マチスは本当に首を絞められているのか、息ができずに藻掻いている。
「言葉に気をつけろ。お前を殺すことなど私にとっては簡単なことなんだからな」
警告するように吐き捨てると、マチスは解放されたのか必死に息を吸っていた。
「はぁはぁ……ところで、どうしてここがわかった」
マチスはただナツメの警告に肯定も謝罪もせずに話を変えた。
「予知夢だ。お前が負ける光景が見えたんでな」
「フン。わざわざそれを言うためだけに来たのか? ご苦労なこって」
「それはついでだ。ボスからの伝言を預かっている……今回のことは人目に付きすぎた。警察内部でも一部動きが見られる。なのでしばらくは大人しくしていろ──とのことだ。命令通りジムリーダーとして振舞っていろ」
「へいへい。了解」
マチスはそのままナツメに背中を向けながら手を振ってクチバシティへと歩き出した。
「マサラタウンのレッド、か」
ナツメは沈みかけている赤い夕日を眺めながら、またしても音もなくその場から消えた。
ワンポイントレジギガス
「あれれ。死んでないね、おかしいね」