オツキミ山──ニビシティとハナダシティの中間に位置する山。まだ交通手段が限られた時代は、ニビシティとハナダシティを行き来するにはオツキミ山を通るのがメインルートであった。それが時代と共に整備、舗装されるにつれてオツキミ山を使って移動する者は少なくなった。
それでもオツキミ山には多くのポケモンが生息するのでトレーナー達のトレーニング場として利用されており、他にも多くの登山家や研究者が運んでいる。
そんな彼らの唯一の宿泊施設と言えるのがオツキミ山の入口前にあるポケモンセンターである。オツキミ山を超える前に一晩過ごすために利用するトレーナー、研究者などが長期にわたって宿泊するためか他のポケモンセンターと比べると施設の規模は大きく、センター内にはフレンドリーショップがあるのも珍しい。
ニビシティからそのままオツキミ山まで強行軍でやってきたレッドもここのオツキミ山で一晩過ごした。到着したのは日も暮れた時間だったが、ポケモンセンターは24時間営業なのでトレーナーにも優しい。
生まれて初めてポケモンセンターを利用したレッド。ポケモン図鑑にある機能の一つであるトレーナーカードを表示すれば、驚くほどに手続きは簡単に進んでしまい簡単に宿泊できてしまった。
「スンスン……いい匂いだ。いい洗剤使ってるのかな」
施設内になるコインランドリー(有料)で洗濯して綺麗になった服を着ると、不思議と気持ちもリフレッシュした気分になる。リフレッシュできたのはレッドだけではなく、生まれて初めて回復装置を利用したピカチュウ達もどこか爽やかである。
朝食をすませ、フレンドリーショップで必要最低限の道具と保存のきく食料を補充したあと、受付でチェックアウトの手続きをしながら目の前にいるジョーイさんにレッドは施設内を見渡しながら訊いた。
「ねえジョーイさん。なんか白衣を着た研究者が多いんだけどなんかあるの?」
「あら知らないの? オツキミ山はポケモン化石が稀に見つかることで有名なんだけどね、最近また新しい発掘エリアが見つかったらしくて、それで人の出入りが多いの」
「へぇー」
興味なさそうな反応をしていると、今度はジョーイさんがレッドに尋ねた。
「キミも洞窟を通ってハナダシティに行くの?」
「うん、そうだよ」
オツキミ山には山を登っていく登山ルートと洞窟を進んでいく二種類のルートがある。トレーナーが主に利用するのは後者で前者はやはり登山家達が多い。
しかし、ジョーイさんも不思議なことを言うものだとレッドは思った。トレーナーカードを提示しているということはトレーナーであるのだから、どう見ても洞窟ルートを通っていくのが普通だと思うはずだ。だがよく彼女の顔を見れば、どこか心配しているように見えなくもなかった。
「だったら気を付けてね。この間もあったんだけど、採掘中の研究者達が何者かに襲われて化石を奪われる事件があったの。まあこういう事例がないわけじゃないんだけど、被害報告が多いから最近はトレーナーや研究者に変装した警察官もいるみたいよ」
オツキミ山やトキワの森もそうだが基本は無法地帯で、そこに法律はない。ルールはあれどそれを破るならず者も少なくはない。
普通は怖がるところだったが、レッドからすればとても好都合な話であった。なにせ向こうから襲ってくれるのだ。とてもありがたい。
「教えてくれるのは嬉しいけど、そういうのって秘密なんでしょ。ただのトレーナーである俺に教えてもいいの?」
「ん~本当はそうなんだけど、キミってなんか放っておけないって感じのオーラがあるのかなぁ。だから教えちゃったのかも。あ、他の人には内緒だよ」
「っ⁉」
「ふふっ。では、気を付けていってらっしゃいませ。またのご利用お待ちしております」
テーブルから体を出して耳元で囁くジョーイさんに思ず心を揺さぶられてしまう。そんなレッドを見て楽しんでいるのか、顔は妖艶な笑みを浮かべつつすぐに営業トークに戻るあたり小悪魔な人だと思わせるには十分すぎる人だった。
「ぬぉおおお!!」
オツキミ山洞窟内部に轟くほどの雄たけび。別にここではあまり驚くようなものではなく、新人トレーナーや暗所が苦手な女性がよくポケモンに追われながら叫んでいるからである。だが、これは少し状況が違っていた。
──イワークのとっしん!
──レッドはそれを受け止めている!
オツキミ山でも生息が確認されているいわへびポケモンであるイワーク。主に岩に擬態か地中を掘り進んでおり、その移動速度は時速80キロを超えると言われている。
そんなイワークの〈とっしん〉をレッドは地面を削りながら押されながらも受け止めていた。そして、ついにはイワークの〈とっしん〉を完全に抑え込むと、
「どっせ────い!!」
おおよそ210キロもあるイワークを持ち上げ、そのまま背後へと投げ飛ばしたのである。
「イ、イワーク……」
そのまま壁に投げ飛ばされたイワークはぎこちない動きでなんとか体を起こすが、先程自分を投げ飛ばしたレッドに怯え、そのまま地中を掘って逃げてしまった。
「あーあ行っちゃった。でも、お前のとっしん中々よかったぜ」
彼、彼女がいた場所にグッとサムズアップを送るレッド。息を吐きながら洗濯して綺麗になったばかりのタオルで汗拭いていると、鼻に汗の匂いではなく別のいい匂いが入り込んだ。
「綺麗な人だったなぁあのジョーイさん。あといい匂いしたし」
匂いのことでジョーイさんのことを思い出してつい惚気けてしまう。ポケモンセンターのジョーイさんはみな美人で似た顔立ちをしているという。トキワシティにあるポケモンセンターには寄っていないので、ここのポケモンセンターが最初になるから比較ができないのは残念だ。
「油断するなよ、レッド」
と、こちらに攻撃を仕掛けようとしていたズバットを尻尾で叩き落としながらピカチュウが警告した。
「わーってるって。あれ、スピアーは?」
「そこで自慢の槍を研いでるよ。中々硬くていいゴローンがいたんだって」
ピカチュウが言う方に目を向ければ、気絶しているゴローンの背中らしき部分で確かにご自慢の槍を研いでいた。研ぐのかそれ、と思わなくもないのだが、当人はすごく真剣そうである。
「とりあえずスピアーの用が終わったら先に進もう。なんだか妙な感じだ」
「ピカ」
スピアーと合流し、奥へと進んでいく。洞窟内部にはある一定の感覚でライトが設置されている。といっても目印替わりのようなものなのか、ハナダシティ方面に向かう最短ルートだけのようだ。少しそのルートから外れれば薄暗く、ライト無しではいけなくもないが危険な暗さであった。レッドにはピカチュウがいるのでその心配はないので、初めてポケモンを捕まえてよかったと思ったぐらいだ。
「……」
「わかるか、スピアー」
「……」
「ああ、空気が変わった。ピカチュウ、何かわかるか?」
「ん~いま電波を飛ばしてみたけど、確かに人間がいっぱいいる、かも」
気配察知に敏感なスピアーはレッドに顔を向けた。言葉を発しないスピアーであるが、言葉にせずともレッドには何を言いたいのか言わずともわかるようになっていた。
ピカチュウもでんじはの応用で飛ばした電波を周囲に発して正確な位置を割り出そうとしていたが、洞窟内部には人が掘ったものとイワークといった穴を掘り進むポケモン達によって作られた無数の見えない道が多々あるためか、正確な位置を割り出せないでいた。だが、それでも人間が持つ電子機器、主にモンスターボールなどの道具からピカチュウは正確な人数を出せないが答えて見せてた。
そしてそのまま警戒しながら進んでいけば、数人の黒ずくめの男達がいた。
「あいつらだ」
忘れもしないマサラでの最後の夜を。あの胸の赤いRの文字は、間違いなくあの時の奴らと同じだ。
何者なのかは知らない。だが、自分にとっては因縁のある相手には変わりはない。
レッドは臆することなく彼らの前まで歩いていき、あの日と同じ言葉を口にする。
「おい、バトルしろよ」
「……ああ? おい、ここは通行止めだ。あっちに行って──」
「先手必勝!」
──レッドのマッハパンチ!
──戦闘員Aは吹き飛んだ!
仲間の一人がやられてから他の男達はようやく自分のポケモンを出して応戦する。だが、それで止まるレッドではなく、さらにいまはピカチュウとスピアーもいる。
──レッド達は暴れまわっている!
はっきり言えば、レベルが明らかに違っていた。ちぎっては投げてを繰り返すように奥へと進むレッド達。
その動きが止まったのは、前方から仲間であるはずの彼らごと吹き飛ばして突っ込んできたポケモン──サイホーンによって動きを止めた。
──サイホーンのすてみタックル!
──レッドはそれを受け止めた!
避けることもできたレッドだったが、あえてその攻撃を受け止めてみた。理由は単純にこのサイホーンのパワーを測るためだ。
「中々のパワーだな……だけどイワークの方が強かったぜ!」
サイホーンの頭と呼べる部分を両手で掴んでレッドはそれを軽々と持ち上げる。サイホーンの体重はイワークの半分で約115キロほど。確かに軽い。そしてそのまま走ってきた方へと放り投げた。
投げ飛ばされたサイホーンは背中から地面に叩きつけられた。ダメージはそこまで酷くはないが、自分を投げ飛ばしたレッドに驚き怯えた表情を見せている。
すると、そのサイホーンの隣にどこから音もなく同じ黒ずくめの男が現れた。
「俄かに信じがたい光景だ」
サイホーンが投げ飛ばされたことか、はたまたそれを投げ飛ばして見せたレッドのことを指すのか。まあ両方であろう。
突然現れた男に驚きつつもレッドは冷静で、むしろ一層警戒を強めて構えを崩さない。それはピカチュウ達も同じだった。
「レッド」
「ああ気をつけろ。あいつ、只者じゃないぞ」
「誰と話している? まあいい。このサイホーンを投げ飛ばす異常な身体能力。そしてその風貌……ふむ、そうか貴様が報告にあがっていた子供だな。成程、最初は信じられないと思っていたが実在したのか。我らロケット団に歯向かう無知な子供が」
「ロケット団?」
聞き覚えのない組織だった。いや、そこまで企業の名前とかは覚えはいない。ロケット団……成程、胸のRはロケットのRらしい。
「お前が知らなくもいいことだ。……こうして我らの邪魔をするんだ。ここで消えてもらう。子供だからと言ってそれは例外ではない!」
「!?」
男は忽然と消えた。まるに背後の暗闇に溶け込むようにだ。ここは暗闇ではないので多少の光源がある。恐らく発掘エリアに向かうルートか何かで研究者達が設置したものだろう。それでも完全に消えることなんてできないはずだ。
気配がない。なのに殺気のような背中がヒリヒリするような感覚だけはある。生まれて初めての感覚だ。普段なら笑っているところだろう、いや、むしろ自然と口角があがっていた。生まれて初めての強敵にレッドは我慢できずにいた。
これだ、これこそが俺が待ち望んでいたバトルだ、と。
静寂が訪れて一分も経たない。が、それを破ったのはレッドでもロケット団の男でもなくピカチュウとスピアーだった。
「レッドそこだ!」
ピカチュウの電気ソナーが男を捉えて、レッドはすかさず足元にたまたまいたイシツブテを天井に蹴り飛ばした。同時にスピアーがその先へと駆けた。
「見事。だが!」
男は壁に擬態していた。洞窟の石壁と似たような大きな布……いや、それはへんしんポケモンのメタモンの能力で壁と同じ色になってカモフラージュしていたのだ。男はイシツブテを軽々と避けながら壁を蹴ってレッドに迫る。それをスピアーが許すはずもないが、彼の邪魔をしたのは男のメタモンだった。
スピアーにはこのメタモンが強者だと直感で理解していた。だが、それでも強いのは自分だという自負があった。自慢の槍は、男の壁になったメタモンの体を貫いた……はずだった。
「⁉」
二チャと口角が横に多く広がり不気味さを煽る。
へんしんポケモンであるメタモンは自身の細胞を自在に組み替える。言い換えればどんな形にでもなれるということ。だからメタモンは自慢の〈へんしん〉ではなく、ただシンプルに自分の体に穴を開けてスピアーの槍を避けたのだ。
「……!」
しかし、それがスピアーの逆鱗に触れた。一撃必殺を自慢とする彼のプライドに傷をつけたのだ。避けられたのは右手だけ。左手は空いているのだ。だから突き刺した。メタモンが知覚できない速さで。おまけにどくをたっぷりと盛って。
二撃決殺。一撃でだめなら二撃で屠ればいい。スピアーは意外と柔軟な性格をしていた。
この僅か10秒にもみたない攻防の中で、男はレッドに迫っていた。
「レッド!」
「手を出すなよピカチュウ!」
「ッ!」
天井から一気に降下し目の前で着地、その手にはナイフのようなものが握られている。対してこちらは素手。問題は……あるかもしれない。
男が地面を蹴って迫る。レッドはすぐに動かず自分の領域に入った瞬間に自慢の右手を振った。当たれば一撃だったが、自慢の拳は空を切った
──レッドの迎撃!
──???はそれを避けた!
柔らかすぎだろ⁉
男はまるで蛇のようなしなやかさで体を曲げて攻撃を躱した。男のナイフが光るように見えた。狙いは首──そう悟った時には体は後方へと無理やり跳んでいた。
「跳んだなァ!」
男は左腕を大きく横に振るう。薄暗く見えないが、確かに手から何かを投げた。体はまだ宙に浮いており避けることは不可能。できることは腕で顔と胸を隠すことぐらいだった。
「ッ!」
両腕と脚に何かが突き刺さったことを痛みと共に知る。そのままの体制で着地したままレッドは防御の構えを解かずに耐えていた──が、男はそれ以上攻めてくることはなかった。むしろ、不気味な笑みを浮かべながら笑う。
「フフフ。いくら子供とはいえど流石にこの手で殺すことに抵抗がないわけではない」
「ああ? どういう意味だよ……フン!」
腕と脚に力を入れて刺さっていた……手裏剣を無理やり抜き飛ばす。
ニンジャ……?
落ちた手裏剣を見て男の手に持つナイフ……いや、クナイを見て男がニンジャだという考えを確信させた。
「毒だよ。ほら、だんだん痺れるような感覚があるだろ? 今からポケモンセンターに向かえばギリギリ間に合うぐらいの量にしておいた。死にたくなかったら──」
「悪いな。俺に毒は効かないんだ」
「……は?」
──レッドは毒状態になった……でもすぐに治った!
日々タッちゃんのニドランの毒を浴びていたおかげだろう。火傷や凍傷などはともかく、毒や麻痺といった症状には抗体がすでに体の中でできていたのだ。
「まさかニンジャだとは思わなかったぜ。さあ、続きをやろうぜ」
再び構える。かつてない強敵。だからこそヤり甲斐がある。こいつを倒せばもっと強くなる。
レッドと呼応するようにスピアーとピカチュウも構える。その顔はやはり主と似ている。
対して男は冷たい視線をレッドに向けながら懐から注射器を取り出す。
「前言撤回だ。貴様はここで殺す。貴様はあまりにも危険だ」
「あん? 一体何を……」
男は取り出した注射器を傍にいたサイホーンに刺した。何かの薬なのかはわかるが、その何かまではわからない。だがそれは、すぐに効力を発揮した。
──おや、サイホーンの様子が……?
──なってこった。サイホーンはサイドンに進化してしまった!
「グゥゥイイイイロォォォンッッッ!」
「そんなバカなことがあるかよ!?」
オーキド博士の研究所でレッドはよく博士からポケモンに関する本を借りて読んでいたことがある。ポケモンの進化にはいくつか解明されていて、進化をするポケモンはある一定の成長に達することで進化する、そう書いてあった。それが博士の言う〈レベル〉という概念であるというのは、レッドも認識はしていた。
だが、目の前のこれは違う。明らかに人為的に起こされたもので、自然による進化ではない。
「ハハハ! やれ、サイドン。小僧を殺せ!」
「グゥゥオォォ!」
──サイドンのつのドリル!
雄叫びをあげながらサイドンは走る。二足歩行となってその速さはサイホーンより遅くはなったが、明らかに力強さと迫力がある。
「オリャアアア!」
「⁉」
レッドが取った行動は避けるではなく、むしろサイドンを受け止めることだった。流石にあの角を素手で受け止めることには抵抗があったのだろう。姿勢を低くして逆にサイドンとの距離を縮め、うまくサイドンの角を躱してサイドンの体を両手で受け止めた。
「オラァァアア!」
──レッドのパンチ!
──しかしサイドンにはあまり効果がないようだ……
硬ぇ……⁉
レッドが驚くのも無理はなかった。サイドンの皮膚は硬く、マグマの中でも平気で過ごすことができ、さらには大砲の弾も通じない程の防御力を持つと言われている。サイドンの硬い皮膚を突破するには少なくともマグマよりも高温で、大砲の弾よりも高い威力を持った拳をぶつけなければない。
「グゥゥゥ!」
「しまっ──がぁあああ⁉」
一瞬の硬直。僅かに動きを止めた間にサイドンはレッドを捕まえ、そのまま自分の体で潰すようにレッドを抱きしめる。
「ピカ!」
──ピカチュウのでんこうせっか!
──サイドンのしっぽをふる! ピカチュウは吹き飛ばされた!
レッドを助けようとピカチュウは技を繰り出すが、サイドンの尻尾に弾き飛ばされてしまう。だが、それがピカチュウの狙いだった。
「……!」
──スピアーのダブルニードル! きゅうしょにあたった!
スピアー自慢の槍がサイドンの硬い皮膚を貫いた。サイドンになっての初めて味わう痛みに思わず声をあげながらレッドを解放してしまう。
「助かった二人とも……スピアー見えるんだな⁉」
「……!」
頷くスピアーにレッドはピカチュウに目で指示を出す。
先に動いたのはスピアー続いてレッド。スピアーが攻撃を当てた場所にレッドが攻撃を叩き込む。サイドンはスピアーの動きに翻弄されてはいるがレッドに対してはあまり見向きもしていない。先程の一撃が効いたのと、ダメージは小さいものの攻撃を受けるたびに奔る痛みにイラついているからだ。
「無駄なことを……⁉」
「ピカッ!」
男から見ればサイドンの事情など知らない。だからレッドのやっていることは意味がないと思っていたところで、ピカチュウが直接男に攻撃をしかけてきたのだ。
「この鼠風情が!」
「ピッ!」
レッド以上の身のこなしであはるが彼以上の攻撃力は男にはない。ピカチュウが自慢の素早さと電気を駆使して男を足止めしている間に状況はすぐに一変した。
「グゥゥ!?」
──サイドンはどく状態になった!
スピアーはただがむしゃらにサイドンに攻撃していたのではない。人間と同様ポケモンにも急所と呼ばれる部分は多数ある。だからサイドンの体にある急所を攻撃しつつ毒を注入していた。それがやっと効いてきたのだ。
どく状態になって意識が朦朧としているのか、サイドンはしっかりと立っていることすら辛そうに見える。
そしてそれを見逃すレッドではなかった。
「ここだぁあああ!」
──レッドの会心の一撃! きゅうしょにあたった! サイドンは気を失った!
スピアーが教えてくれた急所に渾身の右ストレートを食らわせると、サイドンは毒に侵されていることも相まって気を失った。ドスンと鈍い音を立てながら倒れるサイドン。
「はぁはぁ……いってぇ……」
急所とはいえサイドンの皮膚は硬い。感覚で言えば、まだ岩すら砕けなかったころの自分だろう。少しでも痛みを和らげようと右手を振りながら男の方へ向く。そこにはピカチュウと戦っている男がいたが、サイドンが倒れたことで眉間に皺がよるぐらい気分が悪く、力任せにピカチュウを蹴り飛ばした。
「ピカチュウ!」
「ご、ごめんレッド。あいつ手ごわい」
「みたいだな」
倒れたピカチュウを支えながら再び三人は構える。今まで出会ったことがない強敵だがまだバトルは始まったばかり。このサイドンも男のポケモンなのかも怪しいいま、戦力はどうて見てもこちらが不利なことはレッド達にもわかっていた。
「考えを改める必要があるようだ」
男は淡々という。見るからに戦う雰囲気ではない。
「逃げるなら見逃してやるぜ」
「……」
「全然意味ないと思うよレッド」
「……わかってるって」
小声でピカチュウにレッドは言う。
不気味な相手に挑発をここ見るも釣れるような相手ではない。男はまるで品定めをするようにレッドを観察する。
「小僧、お前の名前は」
「……レッドだ。マサラタウンのレッド」
「ではレッド。お前は我らロケット団にとって大きな障害になる。なのでここで死んでもらう!」
男はどこから取り出したのか棒状のスイッチのようなものを押すと、遠くで爆発音が響き渡り洞窟内が揺れはじめた。さらにはレッドの後方からも爆発音が連続して怒り始めた。
「名前を聞いておいてやってることがいけ好かねぇんだよ!」
「ハハハ! ではさらばレッド!」
すでに男はおらず視界から消えていた。爆発に気を取られた瞬間に逃げたのだろう。だが悠長にそんなことを考えている暇はなかった。
「レッド早くしないと!」
「わかってるけど……ああもう!」
「レッド!」
「放っておけないだろ!」
ピカチュウの言いたいことはわかる。だが、まだ気絶しているサイドンを置いていくことはできなかった。マグマにも耐えると言われているポケモンだが、崩落した洞窟内で無事で入れられるかはわからない。だから放っておけなかった。
「もう! でもどうするんだよ!」
「走るんだよぉおおお!!」
「ちくしょ──!」
「……」
スピアーとピカチュウを先頭にサイドンを抱えたレッド達は、崩落しつつある洞窟の奥深くへと走ることしかできないのであった。
「はぁはぁ……ちっ!」
ハナダシティへと続くオツキミ山の出口からロケット団の男──キョウは肩で息をしながら出てきた。腹立たしいのか、被っていた帽子を握りつぶすとそれを地面に叩きつけた。
作戦は失敗だ。いや、失敗ではないが結果だけを見れば失敗だ。目的だった発掘されたポケモンの化石を強奪する、という任務は成果からみれば成功している。採掘チームに紛れ込み、変装したスパイによる横流し、それが無理なら強奪という作戦を継続していた。警察も介入しはじめたので、最後の大詰めということで化石を可能な限り回収し証拠隠滅も兼ねて爆弾を設置しておいた。元々洞窟は爆破する予定だった。だが、部下を巻き込む予定はなかった。
それがあのレッドとかという小僧に予定を狂わせられた。
先日行われたミュウ捕獲作戦失敗の報告書にあがっていた妨害してきたマサラタウンの少年、それがあのレッドなのはほぼ確定している。ポケモンを持たず──先程は持っていたが──生身で戦いを挑んできたバカげた小僧。
最初は目を疑ったが、しかしバカは実在した。
「使えない部下が死のうとどうでもいいが、ボスからすればそうはいかん」
この崩落で部下は瓦礫の下だろう。運がない。ボスからすれば、弱いからだと一蹴しそうではある。だがそんな使えない部下でもボスの手足であり手数は必要である。
この崩落によって世間の目は避けられないのは至極当然。ならば正直にボスへ連絡しなければならない。
キョウはロケット団が特別に開発した通信機を取り出してボスへと繋ぐ。通信は繋がっており数コールもしない内に繋がった。
『報告を』
たった一言。それだけだと言うのになんと冷たいことなのだろうか。額に汗が思わず流れる。
「……オツキミ山での任務はほぼ完了しました。化石は発掘されているものはすべて確保し証拠隠滅のために洞窟を爆破しました」
『聞き間違えか。
想定した返答だが思わず唾を飲み込む。ウソなど言えば確実に殺される。だから正直に話せばならない。
例の小僧の所為で失敗したと。
「先のミュウ捕獲作戦の妨害をした……小僧が現れ、やむを得ず予定を早め爆破しました。その際私を除いて部下は全員死亡、しました。ただ例の進化促進剤は成功しました。副作用はわかりませんが──」
『……なるほど……成程な……つまりだ。お前は、ガキ一人に邪魔された程度で一人おめおめと逃げた訳か』
「ッ……そう、なります」
通信機の向こうで椅子が軋む音が聞こえる。まるで目の前にいるかのような威圧感が通信機から伝わる。現にキョウは膝をついていた。ボスに忠誠を誓った日のように。
それからボスは一言も口にしない。その時間がキョウにとって地獄のように思えた。時間にして僅か1分にも満たないというのに、数時間も極寒の中にいるような感覚を味わっている。そんな体の寒さが消えたのは、これもボスの言葉であった。
『その小僧についての情報は』
「名前はレッド、マサラタウンのレッドと言っていました。そしてポケモンも持っていました。ピカチュウとスピアーです」
『……ふむ。帰還しだい報告書にまとめろ。以上だ』
「……ふぅ」
返答する前に通信が切れる。もっと酷い言葉を宣告されると覚悟していたがその心配は取り越し苦労だった。
キョウは通信機をしまい背後にあるオツキミ山を見た。
「生きていてくれるなよ」
そう言い残しキョウはその場から消えた。
その日の夕刊。『オツキミ山の洞窟崩落! 原因不明。人為的によるものか?』その見出しでカントー中に今回の事件が知れ渡ることになる。
ワンポイントレジギガス
「原作であったギャラドスなどの一部イベントはリーフで消化しているんだな。あと、一々鳴き声だと面倒だから普通に喋るよ」