さようなら真ヒロイン……。
そしてレジワロス。お前の事は許さないよ(自業自得)
この時代に来てから早11か月。キッサキ神殿の屋根の上でシロナと約束した日からもう半年以上が経過した。
あれ以来、俺はシロナの傍にずっといた。どこへ行く時も、バトルをする時も、学者として現地に調査に行く時も。言ってしまえば、これまでと変わらない日々を過ごしてきたともいえる。
あの日から一日一日を大切に過ごすようにした。
シロナといつ再会するか分からないというのもあるが、それだけ彼女の存在が大きく、特別であるからという証拠でもあった。
ジム制覇を終えたシロナにとって、この半年はほぼ本業である学者としての仕事が多かった。マサゴタウンに戻ってナナカマド博士の手伝いしたり、フィールドワークしたり、空いた時間は一緒に鍛錬をしたりと。
その際に何度か他の地方へと赴く話が上がったがそれはシロナが断っていた。カントーなのかは分からないが、この時代で俺が行くのはよくないと判断したのだろう。あるいは、このシンオウ地方で思い出をたくさん作ろうとしていたのかもしれない。
シロナと過ごす日々は本当に楽しかった。今だからこそ、この時間が本当に愛おしいとさえ思えるほどに。だから彼女の手をいつも握っていた。笑顔を絶やさないようにしていた。
だが同時に愛するナツメや元の時代にいるみんなと会えないのは、やはり隠しきれるものでなかった。
そして今日、その手を離さなければならない日が訪れてしまった。
ポケモントレーナーならば誰もが求める称号を手にするための大会、ポケモンリーグがいま幕を開けたのだ。
「あっという間、だったなあ」
「シロナ、大丈夫?」
「大丈夫だよトゲキッス。うん、わたしは大丈夫」
部屋の天井を見上げながらシロナは言った。隣にいたトゲキッスも彼女の落ち込んでいる表情につられて同じような顔をしてる。彼女は心配させまいとトゲキッスの頭を撫でる。
ここはポケモンリーグ会場の選手控室。数も例年並みに多いため、最初はタコ部屋状態。すでに開会式は終えており、各々が自分の名前を呼ばれるまでここに待機している。
周囲を見渡せば最後の調整と言わんばかりか、ポケモンのコンディションなどを確かめているトレーナーが大勢いる。誰もが自分がチャンピオンになるのだと、闘志を燃やしているのが伝わってくる。
それだというのにこの中でただ一人、重い空気を漂わせていることにシロナも理解していた。
気づけばあっという間。アレから半年で、今日はポケモンリーグだ。
考古学者を目指すと当時にポケモントレーナーにも憧れ、同時にその頂点でもあるチャンピオンを目指すのは当然の流れだ。それでも、この日ほどチャンピオンになりたくないと思うのは恐らく世界で自分ぐらいだろうか。
だが嫌でもチャンピオンにならなければいけない。違う、なるのだ。じゃないとレッドは安心して未来に帰れない。なにより彼との約束を破ることになる。
「よしっ」
軽く頬を叩いた。弱気でうじうじした自分を吹き飛ばす。立ち上がり脇をしめながら気合いを入れる。レッドは言っていた。気合いがあればなんとかなるって。
大丈夫だ。わたしは負けない。なんといっても、あのレッドの特訓を今日まで熟してきたのだ。本気のバトルだって彼と仲間のポケモン達としてきた。ラプラスの氷の盾や、ソーナノの結界だって破れるようになったし、サーナイトやミロカロスに何度か勝てるようにもなった。スピアーとイーブイはちょっとまだ無理だけど。
トレーナーとしてもその実力はレッドに文句のつけようがない程褒められた。今ではシンクロは手持ちのポケモン達と全員できるし、波動だって中級ぐらい……波動拳はできる。他のトレーナーとバトルする際にも、相手がどんな技を出すのか、どんな指示を出してくるのかも読めるようにもなった。
きっと一人ではここまで辿り着くことはできなかった。すべては彼のお陰だ。
だからこそ、レッドが見ている前で負けるなんて無様な姿は晒せない。むしろ安心感しかない。だって後ろではいつも彼が自分を見てくれているのだから。
『カンナギタウン出身のシロナさん。第1フィールドまでお越しください。繰り返します……』
「さてと。じゃあ、行こっか」
「イエッサー!」
敬礼をして返すトゲキッスに笑みを浮かべて、二人は並んで会場へと向かった。
ポケモンリーグ会場の観客席。そこにナナカマド、レッド、シロナの祖母という並びで三人は彼女のバトルを観戦していた。
ナナカマドはこれでも多くのトレーナーを見てきた。後輩でもありカントーでリーグ優勝も経験しているユキナリの戦いも間近でみたこともあるので、素人であるものの相手の力量などはなんとなく察せられる。
教え子でもあり弟子の一人であるシロナのバトルをこうして見るのは今回が初めてで、その様子は自分が想像していたよりも斜め上のものだった。
第一回戦ではトゲキッスという世間ではまだ新種のポケモンを出して、相手のポケモン6匹を戦闘不能にした。
ゆびをふるだけで。
「なあレッド」
「なんです」
「一つ聞きたいんだが。ゆびをふるはランダムですべての技が一つ出るものだったな?」
「ええ」
「それがなんで攻撃技しか出ないんだ? しかも、どれも必殺級なんだが」
「ふっ。なにせあのトゲキッスは、トゲピーの時に俺が仕込みましたからね。今では好きな技を出せますよ。特にはかいこうせんなんてドラゴンが出す比じゃあない」
「ぶっ壊れではないかね?」
「安心してください。攻撃技しか出せないっていう欠点もありますよ」
「欠点どころかメリットしかないんだがそれは」
続いて第二回戦ではシンオウ地方でもよく見られるカラナクシの進化であるトリトドン。
あ、これは普通だろうなと思えば、初手すなあらしあるいはどろかけなどで相手の目を奪うと、気づいたら対戦相手の後ろにいる。
「トリトドンはそこまですばやさの早いポケモンではないよな……?」
「あ、俺関係ないよ」
「ウソを言うんじゃあない」
「本当ですって。トリトドンに関してはシロナが育てたし。ただあいつ、なんか気づいたら背後を取って攻撃してくるんですよ。怖いでしょ?」
「怖いってレベルじゃないぞ」
それから第三回戦はロズレイドで、これまた新しくシロナが見つけたロゼリアの進化した新しい姿だった。ただ今回もロズレイド一体で相手のポケモンを全員戦闘不能にしており、もしやと思いナナカマドはレッドの方を向けば、それに気づいた彼は満面の笑みを浮かべている。
「いやあ、俺がポケモンリーグで試合の度に一体だけで試合勝ち進んで優勝したって言ったら自分もやるって」
「それでアレか……」
「ほっほっほ。チャンピオンになるのだからこれぐらいはせんとな!」
「まあ私の教え子でもあるし、それはそれで悪い気はしないがね」
「ノリノリじゃん……」
それからシロナは順調に勝ち進んでいく。他の試合も見てみても、彼女と同じように勝ち進んでいるトレーナーはいない。それも当然だ。普通なら相性のいいポケモンに替えるなりして戦うものだ。
だがシロナは違う。隣にいる男と同じように戦い、その強さを見せつけている。
トゲキッス、トリトドン、ロズレイド、ミカルゲ、ルカリオ、ガブリアス。彼らはこのリーグに参加しているトレーナーたちのポケモンとは一線を画している。相手にならない、この言葉がまさに当てはまる。
そして最後、ポケモンリーグの決勝戦。最後を務めるのはガブリアスだった。
「ところでレッド。シロナのやつはりゅうせいぐんを会得できたのか?」
「あーまだ全然。最強の技だけあって結構苦労してるよ」
「あたりまえじゃ。わしだって長い年月を要したからの」
「そう言えば口癖のように、レッドが帰るまでにと言っていたな」
「ええ。そこはちょっと残念ですけど」
「やはり寂しいかい」
「何度も言ったでしょ」
「ははっ。そうだったな」
彼が今日元の時代に帰ることは知っている。そのためにシロナは今日のポケモンリーグに向けて鍛錬を積んでいたのは知っているし、同時に彼が常に彼女の傍にいたのも。
シロナがジム制覇をしてから拠点は私の研究所となり、もちろんレッドも一緒にいたのでよく三人で食事に行ったりフィールドワークに出かけたものだ。当然今の生活に愛着も湧き、彼との別れは辛い。
会話を交えながら話していれば、シロナのガブリアスは容赦なく相手のポケモンを倒していく。一見彼女の手持ちで強いのはルカリオかと思えば、レッドも彼女もガブリアスが一番という。彼曰く、シロナのエースとして鍛えた、そう言っていたのを思い出す。
まさにエースの名に相応しいポケモンと言える。
そんなエースのガブリアスが相手の最後のポケモンを倒した。
終わってしまった。残念だと思うのはやはり別れが辛いからだろうか。
『優勝はカンナギタウン出身のシロナ選手です!!』
審判がマイクを持って告げた。
「行きますか」
「そうだね」
「終わっちまったねえ」
レッドの言葉に続くように私達は席を立った。
優勝した。それはつまりわたしがチャンピオンになった証であり、レッドの別れの合図。シロナは嬉しさと悲しみが混ざり合った感情を胸に、その手を掲げた。
すぐにでもレッドの所に向かいたかったけど、周りがそれをさせてはくれなかった。何でもチャンピオンになったらまず殿堂入りをしなくてはいけないらしい。係の人に案内されて向かったそこは、不思議な場所で、簡単にいえば伝統が祀られている部屋とも言えた。歴代のチャンピオン達の銅像とそのポケモン達が記録されていて、ここに自分の名前が刻まれるのはやはり嬉しいものがある。
殿堂入りを済ませた後、ポケモン協会やら記者団のインタビューとやらが待ち構えていたが強引に突破してレッド達と合流。サーナイトのテレポートでマサゴタウンにある先生の研究所へと戻った。
先生とおばあちゃんはもうレッドと別れを済ませているのか、それとも気を利かせてくれたのかはわからないけどレッドと二人きりになれた。
研究所の入り口前の階段にいつものように手を繋いで、そこに腰かけながら夜空を眺める。これがレッドと見る最後の夜景だ。
「レッド。わたし、チャンピオンになったよ」
「ああ。おめでとう、チャンピオン」
「ふふふ。レッドは元キングだから、わたしのが上だね」
「元キングっていう響きの方がかっこいいだろ」
「んー元がない方がかっこいいって」
「そうかな……そうかも」
いつものような他愛のない会話。これが当たり前の日常だったのに、これがもう当たり前ではなくなってしまう。分かってはいても寂しさは消えない。
「元の時代に戻ったらまたチャンピオンになってよ。そしたらお揃いだし、互いに様になるでしょ?」
「別にチャンピオンにはもう拘ってないからなあ。あ、お前は勝ち続けろよ? なんてたって無敗のチャンピオンになるんだからな」
「……うん」
思わず握る手に力が入る。
約束だった。二度と負けない、チャンピオンになった今はそれをもっと貫き無敗のチャンピオンとして君臨するんだと。まるで約束というよりは呪いだった。
レッドがわたしにかけた呪い。未来で再会するまでずっと。
「ねぇレッド」
「ん?」
「わたし、強くなった?」
「強いさ。俺が知っている中じゃ……そうだな、二番目」
「えー! 一番じゃないのー⁉」
「一番は俺の
「じゃあレッドの教え子の中だったら?」
「そりゃあもう断トツで一番。シロナ以上の逸材はもういないだろうなあ」
「レッドの弟子はわたしだけでいいのっ」
「分かってるよ。いまは……シロナ以外の弟子は当分いいかな」
「うん……」
空いた手で頭を撫でてくれる。大きくて逞しい手。本当に撫でられるだけで幸せな気持ちになれる不思議な手。今はガントレットを嵌めているけど、まるで人肌のような温もりを感じられて本当に不思議な左手になっている。
しかしいつまでもそれに浸っているわけにもいかず、シロナは横に置いておいたポケモン図鑑を手に取ってレッドに渡した。
「ポケモン図鑑? どうして」
「ほら、旅の中でレッドが持ってたポケモン図鑑のこと話してくれたでしょ? えーと、図鑑……」
「図鑑所有者?」
「そうそう。それでやっぱりレッドは図鑑所有者なんだから持っていた方がいいかなって思って、せんせぇに頼んでレッド専用にしてもらったの」
「俺専用って……この時代でなんか特別な機能とか付けられたのか?」
「うん。せんせぇが後輩のオーキド博士だっけ、その人にそれとなく聞いたらその機能の設計図を送ってくれたの。表向きはわたしになってるから全然問題ないよ」
「へー。ちなみにどんな機能があるんだ?」
「レッドが話してた図鑑の共鳴音ってやつ。まあこれ一つしかないからちゃんと鳴るかは分かんないんだけど」
「ふーん。ま、シロナが俺のためにしてくれたんだから、ちゃんと持っておくよ」
「えらいえらい」
頭を撫でてあげると、レッドは図鑑を手に取ってそれを空間裂いて、通称四次元ポケットに入れた。左手の力を使えば何でも入れられて、好きな時に取り出せる不思議な光景もいまでは見慣れてしまった。
最後に今まで身に着けていた赤いマフラーをレッドに巻き付けてあげる。長いので首回りがかなり分厚くなっているが、彼は体格がいいのでそこまで問題はないし、身長もあるので地面にはつかない程度の長さに収まった。
彼は立ち上がってくるっと一回転してみせると、その感想をたずねてきた。
「どうよ」
「それでマスクをしたら本当のヒーローだね」
「ふっふっふ。お前もヒーローのカッコよさが分かってきたようだな」
「ま、そのTシャツじゃ格好がつかないけどね」
相変わらずダサTを好んで着ていて、今日はわたしが買ってあげた『ヒモとロリ』のシャツだった。
「いいんだよ。俺が好きなんだから」
「そうだね。レッドはそれが似合ってる。……寂しくなったら、マフラーをわたしだと思ってね。わたしはいつでもレッドの傍にいるって」
「わかったよ。そうか、それでシロナの匂いがするのか」
マフラーを嗅ぎながら言うが彼は嫌な顔一つしていない。むしろいつもいい匂いだと言ってくれるからだ。
すると彼は被っていた帽子を外してわたしの頭に被せてきた。
「シロナには似合わないけど、それを俺の代わりだと思ってくれ」
「ううん。レッドのものだもん。わたしに似合わないわけがないよ。再会するまで肌身離さず持ってる。絶対に返すからね」
「ああ待ってる。それと……」
彼は腰のボールの開閉スイッチを押した。現れたのはミロカロスで、そのままミロカロスが入っていたボールを渡してきた。
「プレゼントってわけじゃないけど、シロナにミロカロスを送る。何かあっても、どんな時でもミロカロスがお前を守ってくれる」
「……いいの? だってミロカロスはお姉さんにプレゼントするって言ってたよね?」
「いいんだ。ミロカロスはお前が持ってる方が似合ってるから。ミロカロス、シロナを頼んだぞ」
レッドはミロカロスを抱きしめながら頭を撫でて言う。再会はいつになるかも分からないにも関わらず、ミロカロスの表情は明るかった。
「はい。先生もお元気で。お嬢は絶対にわたしがこのビューティフルボディでお守りします!」
「頼んだよ」
『お嬢ぉーーーー!』
『レッドぉーーーー!』
ミロカロスが出たからなのかは分からないが、二人のポケモン達がボールから出て名前を呼ぶ。別れが辛くてボールにいたままなのだが、それに限界が来て飛び出してきたらしい。
互いのポケモン達はみんな涙を流しながら別れを惜しんでいる。あのスピアーや表情が滅多に変わらないソーナノ、それにガブリアスですら涙を浮かべていた。
まるで実の姉のように慕っていたサーナイトが抱きしめながら言ってくれた。
『シロナ、未来でまた会いましょうね』
「うん。サーナイトもレッドをよろしくね」
『はい。任せてください』
一方レッドにはリュウが手を合わせながら頭を下げていた。
『師匠。今日までありがとうございました』
「鍛錬を怠らずにな」
『はい!』
「それとリュウ。シロナのこと頼んだぞ」
『お任せを』
リュウと別れを済ませると、レッドはポケモン達をボールに戻して代わりに一匹のポケモンを出した。名前は確かセレビィだったはず。
セレビィは何もない空間に穴を開けるとそちら側に入ってレッドを待っている。覗けばその向こう側は不思議な色をしていて、例えるなら明るいトンネルのような感じだろうか。
わたしは思わずレッドの手をまた握ってしまった。これが本当に最後で、今日までに何度も覚悟を決めてきたのに、それでも別れが辛くて手を握ってしまう。
けど、涙は決して流さない。あの夜、レッドと約束したからだ。
「わたしのこと、忘れちゃダメだからね」
「うん」
「ちゃんとご飯を食べて、寝る前には歯を磨くんだよ。あと、薬はもうしちゃダメなんだから……!」
「わかってる」
「それから……それから……」
「大丈夫だよ」
レッドは膝をついて抱きしめてくれて、彼の背に手を延ばす。
「未来のわたしは、ちゃんと同じ目線で向かい合って抱きしめられるかな」
「これからなんだから平気さ」
「だよね……そうだよね。わたし、これから身長も伸びて胸も成長して美人になって、レッドと再会するんだから。その時は」
「その時はいまと立場が逆転してるかもな」
「そうだよ。レッドの大好きな年上のお姉さんになってるんだから。むしろ、成長を見られないレッドは残念なんだから」
「そうだな……シロナ」
「うん? な――」
突然名前を呼ぶと、レッドは被っていた帽子のキャップを横にずらしながらシロナのおでこに口づけをした。彼女はいきなりのことで彼が何をしたのか分からず、少し経ってキスをされたことに気づいて顔を真っ赤に染めあげていた。
「おまじないだ」
「お、おまじない?」
「無病息災、長寿祈願、気運上昇、勝利祈願その他諸々……この世の
「すごいご利益だね」
「誰かが言ったからな。俺は太陽神だって」
やはり自分が太陽神だとレッドは気づき始めているのかもしれない。その左手ある6つの石がその証なのは間違いなくて、ただ今日まで彼はそれを口にはしてこなかった。
それでもこれから未来に戻るのに、過去の歴史に自分が知っている伝承が残るのは些か疑問がシロナの中に残っていた。
だけどそれはどうでもいい。わたしは最後にお願いをした。
「……あのね」
「うん?」
「再会したら、ちゃんとキスしてくれる?」
「ああ。約束だ」
「うん、約束」
小指を出して彼の小指を絡める。そのままレッドが自分の胸にわたしを抱きしめると、空いた手で頭を撫で、立ち上がってセレビィが待つ空間の入り口へと足を踏み入れた。
「じゃあ……未来で会おう、シロナ!」
「うん。また未来でね! 未来で、わたし待ってるからね!」
「ああ!」
精いっぱい手を振ってレッドを見送り、彼も手を振り返してくれる。そして此処と何処かへ繋がるトンネルの入り口が閉じた。
レッドがいなくってすぐに彼がいないとう現実が襲う。寂しい、哀しいといった感情が渦巻くが確かにわたしの中には希望がある。
未来で会える。
今日からその日のためにわたしは生きていくのだ。
「お嬢……」
託されたミロカロスが心配して頭を下げて彼女の傍に寄りそう。
「大丈夫だよミロカロス。わたしはもう泣かない。泣くのは……レッドと再会した時だから!」
「そう……だね。それまでシロナはわたしが、わたしたちが傍にいますから!」
『うんうん』
「ありがとう、みんな。さ、遅くなったけどもう寝よっか」
リュウを先頭にみんなが研究所の中に戻っていく。シロナはそのまま中に入らず、先程消えた空間のあった場所に振り向いた。
「またね、レッド」
届くか分からない言葉を彼に送る。
そして今度は振り向くことなく研究所の中に入った。
不思議な空間の中を歩くレッドは、ここが『ときのはざま』と呼ばれる場所だということはなんと分かっていた。いや、分かると言うよりも石を通して情報が自動的に伝わってくる感じだろうか。
「じゃあ戻ろうかレッド」
先頭を行くセレビィが振り向いて言ってきた。
「あー悪い。ちょっと寄り道していいか?」
「一応聞くけどなんで?」
「これの力の練習を兼ねたというか、まあ寄り道は寄り道」
「えーそれはちょっと―――」
最初は否定していたセレビィ。途中で言葉を詰まらせると腕を組んで唸り始めた。ただ唸るのではなく、宙に浮きながら体を捻らせたり一回転したりと、まるで落ち着きがない。
悩んだ末に手を叩くと、何かを思い出したのかのように言う。
「あ、そっか。そうなんだっけ。じゃあ問題ないのかな?」
「どっちなのだよ」
「ああごめん。問題ないから安心して。それとねレッド。ボクはキミに一つ謝らないといけないや」
「どうしたんだよいきなり」
「キミの旅はやりの柱で終わりだと言ったけど、アレは間違い。キミの旅はこれからなんだ」
「……よーわからんけど、兎に角行っていいんだな?」
「うん。じゃあこっちね。ついでに時間移動の仕方を教えてあげるよ」
「頼むわ。これだけはまだコツが掴めんのだ」
過去、現在、未来と様々な時間に繋がるこのときのはざまの中で、彼は平然と目的の時間軸へと向かっていった。
――14年後。
シンオウ地方にあるリゾートエリア。その名の通りここは富裕層である金持ち達の遊び場。といってもここはバトルゾーンと呼ばれる3つある街の一つである。
ここに立つ家はほとんど高級な建物ばかりで、住む人々はお金持ちの人間ばかり。土地を買い、家を建てるにしても相当の費用がかかる。庶民からすれば夢の場所。
そんなリゾートエリアに立つ一軒の豪邸。その玄関の前に一体のムクホークが足に段ボールをぶら下げてやってきた。
彼はシンオウ地方にあるムックル印のムックル便所属のムクホーク。会社のパーカーを羽織っており、首は伝票やら手紙を入れるバッグをぶら下げている。所属しているのはムクホークだけではなく、その荷物に対応してムックル、ムクバード、ムクホークがそれぞれ配達する仕組みになっていて、今回は重い荷物のため大型のムクホークが担当している。
彼は翼の先で器用にチャイムを鳴らす。待つこと一分ほど。扉が開くと、出てきたのはシンオウで一番有名なルカリオだった。
「コトブキシティにあるしばむらからのお荷物をお届けに参りました」
『今月もご苦労さまです』
「いえいえ。ではここにサインをお願いします」
『……これでいいだろうか?』
「はい確かに。では!」
ムクホークが飛んでいくのを確認すると、ルカリオ……シロナのリュウは段ボールを片手で持って家の中に入っていく。そのまま二階に上がれば多くの部屋がある。その内の一つを開ければ、同じような段ボールが天井まで重ねられている。とりあえずまだ天井に到達していない段ボールの上に置いて部屋を出る。
彼はそのまま一階に降りて主であるシロナの部屋に向かうと、すでにミロカロスが部屋に突入していた。
「お嬢ォ! もう朝ですよー! さ、今日もわたしのビューティフルボディを見て、一日を乗り切りましょう!!」
――ミロカロスのモーニング・ビューティタイム! ミロカロスの体がまぶしくひかっている!
いつからミロカロスがシロナの目覚まし係になったのかは忘れてしまった。ただ彼女自身はすごく楽しそうなので誰も文句は言わなかった。
部屋に入ればそこはもう異次元の世界。本来棚に入っているはずの本はその行先を忘れて床のあちこちに旅行しており、その上には研究資料や論文などがトッピングされている。リュウも最初は整理していたが、シロナが部屋に戻れば5分と持たないことに観念して二度とこの部屋の掃除はしないことを誓った。
「お嬢ー? ご飯を食べないとお肌に悪いですよー。ちゃんとデザートにアイスも付けてありますからね」
部屋の中央に小さな山が出来ており、ミロカロスの二度目のアラームでやっと彼女が反応した。
「うぅ……あいすぅ……」
『はあ。シロナ、今月もアレが届きましたよ』
「え、ほんと⁉」
眠気はどこに行ったのか。満面な笑みを浮かべながら怪獣シロナは本の山から目を覚ました。彼女はいつものように跳躍して扉にいるリュウ達のところに着地すると、その衝撃で上下に胸が揺れる。
シロナは見事に成長した。身長も伸びて女性としてますまず女を磨き上げた。いつしかスカートはやめてズボンを履いてコートを羽織るようになったが、その大きく成長した胸だけは隠しきれていない。
「もう今月の新作が届いたなんて。あのメーカーは相変わらず意味不明よね~」
『意味不明なのは、アレを毎月しばむらを通して新作を全部買っているシロナのことだと思うのだが』
「何を言っているのよリュウ。そんなのレッドと再会した時のために決まってるじゃない。きっとレッドのことだから泣いて喜ぶに決まってるわ。それにわざわざ他の地方にあるシリーズを手に入れるために現地に行ってまで契約してきたんだから!」
『折角買った家が、この一階以外倉庫なのはいいのか?』
「別にいいわよ。どうせ金が余ってるから買っただけだし。でも、レッドと再会したらちゃんと家らしくするわよ」
「諦めなってリュウ。先生のあの趣味の悪さは忘れてないでしょ」
『う、うむ。いくら師匠といえど、あの服のセンスは理解できなかった』
「そこがレッドのいい所なのよ。さあて。ごはんごはん~」
シロナがリビングに向かう中、リュウは肩を落としながらため息をつきながらその後に続いた。
すでにテーブルには料理が並べてある。トーストにハムエッグと簡単なメニュー。あとデザートにデカい容器で売っているアイスを丸ごと一つ。すでにアイス専用の冷凍庫があるぐらいで、中身はギッシリと各種アイスの容器で詰まっている。
ちなみに食事を用意しているのはロズレイドで、彼女は中々器用である。
トーストとハムエッグをすぐに食べると、箱を持ちながらスプーンでアイスを食べるシロナ。
「ん~。この庶民的な味がまたいいのよね~。あ、ミカルゲ。テレビつけて」
「みょ~ん」
器用にリモコンをもったミカルゲがテレビの電源を入れる。ちょうどシンオウTVのニュース番組だった。
「相変わらず世間は平和ね。裏ではギンガ団なんていう組織が動いているっていうのに」
『の、ようだね』
いつかその組織が活動を始めたのは定かではないが、このシンオウ地方各地で起きている事件は、そのギンガ団と呼ばれる組織が関わっていることを知った。
シンオウ地方チャンピオンでもあるシロナは故郷で起きている事件を解決すべく、ここ数年はこちらに留まって本業である学者と並行しながら各地を転々としていた。
「そう言えばナナカマド先生もこっちに戻ってきたんだっけ。『レッドを見つけたら真っ先に連絡する』なーんて言ってカントーに行ったけど、どうせレッドに口止めされたに決まってるわね、もぐもぐ!」
『なんでだ?』
「決まってるでしょ。私がカントーに行ったらナツメとか他の女の子といるところを見られたくないからよ。ま、向こうから見た私の印象は最低だろうけどね~」
『アレはシロナが悪い』
リュウは思い出す。確か4、5年くらい前だっただろうか。地方の交流会ということでカントーに赴いた自分達は、そこでレッドから聞いていたナツメ、リーフ、エリカ、ミカンといった女性陣やジムリーダー達と邂逅したのだ。
ナツメがエスパーと聞いていたシロナは頭の中を読まれないように波動で守っていて、ただそれが逆にバレたのか、ナツメの方から問いただされた。
レッドの彼女だということもあって、つい長年抑えていた感情が爆発して挑発するようなことをしてしまったのだ。
なのでこちら側、特にシロナの印象は恐らく最低なのである。
その事もあって、以来交流会には参加していないのだ。
「でも、よくお嬢我慢できたね。てっきり先生に会いに行くかと思ったのに」
「そりゃあアレよ。私はレッドと運命的というか感動的な再会をするに決まってるもの」
「なるほど。まさに感動美ってやつだね!」
『それは違うと思う』
「そう言えばお嬢。今日はどこに行くの?」
「とりあえず今日はハクタイに行こっかな」
「なんでー?」
ひょっこりいつの間にか部屋から出ていたトゲキッスが言った。
「うーん勘。なんかいい事がありそうなのよ。さて、アイスも食べたしまずはシャワー浴びてこよっと」
『相変わらずアイスを完食するのが早い……』
気づけば一人で容器にあったアイスを平らげている。この姿は他の人には中々見せられたものではない。
シロナが浴室に向かって後片付けを始めると、何やら臨時ニュースが入った。思わず手を止めてテレビに目を向ける。
『臨時ニュースです。ここシンオウ地方でも放送されていたコガネTVの子供番組「気象戦隊ウェザースリー」のウェザーレッド役のサンレッドさんが引退を発表しました』
気象戦隊ウェザースリー。コガネTVで放送されている子供向けの人気番組。シロナも最初は見向きもしていなかったのだが、それに出ているウェザーレッドことサンレッドが妙に気に入ったらしく、彼のグッズはすべて集めていた。ただ一番人気はウェザーブルーらしく、ウェザーレッドは何故か不人気という噂らしい。
シロナが言うには何でも太陽神がモデルで、もしかしたらレッドかもしれないと言っていた。例のあのマスクを被るのは彼ぐらいだろうとも。
現に番組の売りであるアクションシーンが物凄く凝っていて、特にレッド役のアクションは群を抜いてよかった。なので、子供や大きなお友達からの人気はあるのだが女性人気は少ない。これで不人気な理由がよく分からないものだ。
むしろイケメン設定であるブルーが女性人気があって、三人目のウェザーイエローはこう中年太りというか愛嬌があるのか、意外と人気があった。一応レッド専用応援団らしきものも存在するが、その実態はよく知らない。
『理由は不明ですがサンレッドさんはコメントを控えており、コガネTVはこれにより番組の終了を発表しています。また、ウェザーブルーさんが所属している事務所からサンレッドさんに対して正式な謝罪と慰謝料の請求をしているという噂も広まっており、サンレッドさんとブルーさんの間で何かトラブルがあったのかと見ております。ただサンレッドさんは事務所に所属しておらず、フリーで活動しているので、今後の動きが気になっております。続いて――』
これでは仕事が進まないと判断してミカルゲに電源を切るのを頼んだ。そのまま食器を持って台所に行って洗う。それを済ませて家の掃除を簡単に済ませる。次はいつ戻ってくるかは分からないが、一応掃除だけはしている。
掃除を終わらせた辺りでシャワーを済ませたシロナが戻ってきた。いつの服にコートを羽織って、その腰には師匠の帽子を付けて。
「じゃ、みんな行きましょうか」
トゲキッスとリュウ以外をボールに戻してシロナは外に出た。戸締りを確認したあと、リュウが玄関のカギをしめてそれを彼がしまう。そうするのは彼女に渡してしまえばどこかに失くしてしまう可能性があるからだ。
トゲキッスの背に乗るシロナに続いて自分も乗り込む。空を飛んで少し経って、彼女が笑みを浮かべて言った。
「ねぇリュウ。わたしね、ちょっとした予感があるの」
『どんな予感なんだ?』
「多分なんだけど、今年はレッドと会える気がするのよ」
『それはいい。シロナの勘は師匠並みに当たるからね』
「でしょ?」
「よーし! ならもっと飛ばすよー!」
それを聞いてトゲキッスも興奮したのかさらに速度を上げて飛行しはじめた。
同時にシロナではないがリュウも感じていた。
何か大きなことがこのシンオウ地方で起きる。そんな予感が。
第6章完
『では、個体によって能力が違うということか?』
「そうですサカキ様。一見同じように見えて、その能力は違うようです。特にこの個体・弐は透視能力がありそこから考えますと、潜在能力はこの個体・弐の方が上かもしれません」
『ふむ……』
目の前で一人のニンゲンが何か向かって喋っている。ソレは白いニンゲンで、白いニンゲンはジブンではなく、隣にいるもう一人のジブンを見ながら言う。
隣にいるジブンはただ虚空を眺めているように見える。対してジブンは不思議なほどのこの状況を理解しようとしていた。
どうやらジブン達は同じ存在だけど違う存在らしい。同じ姿形をしているのに不思議な話だ。
「今後のことも考えますとこの個体・壱を使って行うのが良いかと思われます。ただその分個体・弐に経験値が入らないというデメリットもあります」
『例のフォルムチェンジについてはどうだ』
「それは変わりありません。カントーではアタックフォルム、ディフェンスフォルムのどちらかを維持している状態です。他の地方……シンオウやイッシュに移動すればまだ見ぬ形態が発現する可能性もあります」
ああ、アレのことか。ここに来る前はもっと別の形をしていたのを覚えている。アレになろうと思ってもどうしてかなれなかったので、それで納得がいった。
『それも気になるが今は無理だな』
「ええ。トクサネ宇宙センターの報告が間違いなければ、宇宙で生まれたこのポケモンは無限の可能性を秘めていると言っても過言ではありません。それと一つ、面白い研究報告がトクサネにありまして」
『なんだ」
「彼らはこのポケモンをDNAポケモンと仮名していたそうなんです。つまりはより強いDNAを持つポケモンあるいは人間の血を与えれば……」
『メガネ。お前はアレを使いたい、そう言っているのか?』
「はい! サカキ様が手に入れた例のサンプルは幸運なことに
『ふむ。うまくいけばアイツを見つけるにも役立つ、か。いいだろう。私が許可する』
「ありがとうございます」
そう言って白いニンゲンは部屋を出ていくと、その手に何かを持ってジブンの前にやってきた。
「ほう、この状況を把握しているのですか。個体・壱は成長が早いのかもしれませんね。ならば予定よりも早く実験を開始できるかもしれないか。そのデータを反映して、個体・弐をより最強のポケモンにするには丁度いい」
口を動かしながらも手も動かして、ジブンが入っているコレに何かをしているようだった。ニンゲンは持ってきたソレをコレに入れた。
するとこの中にニンゲンの手に似たようなものが現れて、ジブンに何かをした。ジブンの意思とは関係なく、カラダに入り込んで……混ざり合っていく。
「まだ完全に体が構築されていない今なら予想通り人間の血も取り込むようですね。さて、記録を……」
ソレがジブンの中で混ざり合い一つになると、同時に頭の何かが訴えかけてくる。
――……エ。
ナンダコレハ。ワカラナイ。
ソレはジブンに何をさせようとしているのか。
しかしジブンの意思とは別にカラダはソレに応えて、ジブンがいるコレを突き破って外に出ていた。
「ほう、覚醒ですか……流石と言うべきか。それともやはりあの男の血は規格外ということですかね。実に興味深い」
ニンゲンがまた訳の分からないこと言いながらこちらを向いたまま後ろに下がっていく。
――……カエ。
何かが囁きソレに身を委ねる。壁を破って突き進めば、黒いニンゲンがたくさんいて、こちらを見てくる。
――タタカエ。
ニンゲンを見て声がハッキリと聞こえる。ニンゲン達は別の生物を出して、彼らはジブンに襲い掛かってきた。
形を変えて彼らと戦う。不思議とどう動けばいいか、どうやれば倒せるのか、ソレがジブンに教えてくれる。
――タタカエ。イキルタメニ、タタカエ。
いつしかソレの言葉ではなく、ジブンで戦うことを覚えていた。ニンゲン達はジブンを見て逃げ出す。見渡せばここにはもうニンゲンはおらず、残っているのはジブンと個体・弐と呼ばれるもう一人のジブンだけ。
チガウ。
似ているけど、チガウ。例え姿形は同じでもジブン達は別の存在だ。同じであるはずがない。
ジブンは――いや、これはチガウ。もうジブンはジブンではない。確固たる個が生まれている。今ならハッキリとソレがわかる。
ソウダ、オレハ……レッドダ。
オレの中にいるレッドが教えてくれる。どう攻めどう守るか。オレ達ポケモンの技やその戦い方。ポケモントレーナーと呼ばれる人間達のことを。
なによりもレッドならどうするか、どう戦うか。レッドであるオレなら理解できる。
しかしレッドは教えてくれるだけで答えはくれない。オレは一体何なのか、何のために生まれてきたのか。その存在理由を。
ワカラナイ。ダカラオレハ、レッドニアワナケレバナラナイ。
レッドナラオシエテクレル。
そしてオレは天井を突き破ぶり、生まれて初めて外に出た感動に浸りながらレッドを探し始めた。その時にはもう同じ存在だったアイツのことなど、すでに忘れていた。
第7章に続く。
最後のはちょっとしたサービスというか答え合わせ。時系列はすでに原作のシンオウ編ですが、実際は大分先。
というわけで次回はFR・LG編です。
原作を知っている方ならばもうわかると思いますが、個体・壱の扱いは原作と違います、後付けなのか予定通りなのかはしらんけど、あの最後は辛いからね……。