カイオーガを探して   作:ハマグリ9

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サマヨールと解放

 目の前に敵――――主クラスのサマヨールが居るのに、【かなしばり】のせいで指1本どころか声すら出せない。締め上げられて、メキメキと軋む音が体内の至る所から聞こえる。更に追加で何かを仕掛けられたのか、まるで重りを付けられたように全身がどんどん重たくなってゆく。

 

 ちょっと状況が絶望的過ぎるな。これはどう打開したものか。

 

 ただでさえ重たい一撃入れられて状況的にキツイのに、更にショゴスが合流してくるなんて時間制限すら発生している。一周回って笑えて来るぞ、これ。なるべく早く倒そうにも、戦闘音が激しいと周囲に居るであろう全く別のモノを惹きつけかねない。かと言ってそちらにばかり気を付けていると、今度は火力が足りないだろう。

 

 ……今、優先すべきは火力。こうして交戦してしまったのだから、隠密の継続は不可能だ。ここで一度仕切り直す必要がある。どうにか隙を作って逃げ切らなければならない。

 

 今は頭を働かせること以外に何もできない以上、この【かなしばり】が解けるまで、御神木様(テッシード)達は指示無しでどうにか耐えてもらう必要がある……焦るなの一言すら言えないのがもどかしいな。些細なミスが戦線の崩壊に繋がりかねないのに。

 

 そして今、最も御神木様達の些細なミスの要因となりかねないのが俺の傷の深さだ。傷口を塞いでいないのだから当たり前だが、胸からの出血が止まらない。かなり深く抉られた。感覚があるだけマシなのだが、肌を伝う血の感触が気持ち悪い。血を吸い過ぎて元々の服の色は既に分からなくなってしまっているだろう。

 

 この状況下で、俺の傷が深い事を御神木様達に気が付かれていないのは、唯一の救いでもある。サマヨールが現れてから、御神木様達はこちらを見ていない。相手から目を逸らすだけの余裕がないからだ。

 

「クギュルルルルル……!!」

 

 御神木様が回転数を上げて、荒々しく息巻いた行動を行っている。ここまで御神木様が執着する相手も珍しい。というか、初めてではないだろうか? 相手は初見のサマヨールのはずだが。

 

 …………いや、本当に初見か?

 

 記憶を辿れ…………そういえば砂漠遺跡で、ハルカがサマヨールと戦っていたな。その時は御神木様が強襲を受けて倒されたと聞いている。最後は戦闘中にサマヨール側が引いたらしいが。

 

 ――――このサマヨール、もしかして()()()()()()()()()()()()()か? ならばなおさら、意識が散った状態で勝てる程甘い相手ではない。

 

 だが、本当に同一個体なのだろうか。ハルカの話では、送り火山へ帰ったらしいが。それに契約がどうと、サマヨールの声が頭の中に聞こえてきたとも言っていたが……このサマヨールからはそんな声なんて聞こえてこない。何よりも――――

 

 ――――聞いていたよりも間違いなく強い。何故ハルカが勝てたのか分からないほどに。動きの質がその辺のポケモンとは全く違うと言えるぐらい練られている。かつて101番道路で出会った主であるマッスグマよりも強いぞ、コイツ。

 

 思考を巡らせるごとに、全身から血の気が引いていく。目で直接見れないが、足元の状態を容易に想像出来る。そして比例するように思考だけがクリアになり、悪寒と共に頭が冴えてゆくような奇妙な感覚。()()が良い兆候ではないぐらい理解できる。だがそれでも、()()を利用しなければ間違いなく全員が生き残れない。

 

 サマヨールと視線がぶつかる。きっとコイツからすれば、何で今も俺が立っていられるのか不思議なのだろうな。

 

 視界の中に居るサマヨールは、相変わらず酷いプレッシャーを全方位へ放ちながら俺から目を離そうとしない。その行動の節々に慣れが伺えた。今までも同じように、司令塔であるトレーナーを優先的に沈黙させてきたのだろう。真っ先に司令塔を落として指揮系統を崩壊させるというのは、一般的に腐る事のない手だ。今回も同じ手口で攻略しようと、完全にターゲティングされたらしい。

 

 しかし、だからこそ、サマヨールの眼の些細な動きに気が付く。最初に確認した時よりもほんの少しだけだか目が見開かれ、()()()()()()()()()()()()。そして今も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。敵意が濁り、若干の困惑が混じっていた。

 

 こいつは今、俺の何かに驚いて、動揺している。

 

 ――――つまりは隙だ。

 

 サマヨールの意識の隙間を縫うように、ぬっと御神木様が前へ躍り出た。既に夕立(シャワーズ)から【てだすけ】を受けたのか、生成されている弾丸()は普段よりも力が込められている。

 

 その瞬間、サマヨールも自身の動揺を自覚したのだろう。一旦仕切り直しとばかりに厚さのある岩壁の中へと飛び退き、沈んでゆく。

 

「クギュルルルル!」

 

 だがソレを見逃してやるほど御神木様達は甘くない。御神木様が唸り声を上げながら、サマヨールの潜む岩壁に向かって【タネマシンガン スラッグショット】を連射し始めた。ショゴス相手の【タネマシンガン エアバースト】の超連射で強力な合成弾を作るのに慣れたのか、その連射はフルオートよりも少し遅い程度だ。また【てだすけ】だけでなく、数回【のろい】を積んだ事で攻撃が上がっている分、岩壁を削る勢いも凄まじい。

 

 夕立は御神木様の行動を補助した後に岩壁の上から移動し、俺の前で待機してくれている。たぶん【みきり】で護ろうとしてくれているのだろう。大賀(ハスブレロ)は後方から合流の為に走ってきているが、距離をあけていた分、あともう少しだけかかりそうだ。同時攻撃はできそうにない。

 

「キノッコ!!」

 

 岩壁を大きく回り込むように網代笠(キノココ)が隊に合流し、未成熟な右腕に光が集まり始めた。真横から【きあいパンチ】を当てるつもりらしい。網代笠の腕や手はまだ未成熟なせいでリーチが短く、細やかな動作に適さない。普段のポケモンバトルならば満足な攻撃技に足りえないだろう。

 

 だが、動きもしない岩壁が相手なら話は別だ。その一撃は確実に相手を捉える事ができる。

 

「ザマ……!」

 

 初めてサマヨールの声が聞こえたタイミングで、岩壁を包むように【半透明の壁】が現れる。それと同時に【きあいパンチ】と追加の【タネマシンガン スラッグショット】が【半透明の壁】に衝突し、勢いが激減してから岩壁に攻撃が当たった。

 

「キノコッコ!」

 

 まだまだとでも言うように網代笠が再度、腕を光らせた。御神木様も【半透明の壁】を一切気にせず数十発もの【タネマシンガン スラッグショット】を叩き込んでゆく。その全てが【半透明の壁】を突き抜けたものの、岩壁の削れる速度は先程までと比べるとかなり遅い。あれは……空間的な防壁で物理的な攻撃を弱めているのだろう。

 

 物理耐性の上昇となると【リフレクター】だな。

 

 手広いというべきか、かなり器用な戦い方をする。状況を分析した上で堅実な手を打つタイプらしい。なかなか気が合うな。とても俺好みだ。

 

 しかし思考が近しいということは、手が読みやすいという裏返しでもある。サマヨールが俺の考えを先読みしているように、俺も大まかにサマヨールが取りたいであろう行動が読めてきた。

 

 確かにソレは腐りにくい定石であり、一般的に有効打足り得る手だ。だが、()()()()()()()()()()()()()では御神木様達の連撃は止まらない。

 

「スブブブブブゥ!」

 

 戦闘に合流した大賀がぬるりと走りながら、ショゴス戦の影響で未だ痛むであろう右腕に光を宿させて、筋肉を膨張させる。勢いをそのままに岩壁に向かって【かわらわり】(振り下ろし)を執行した。

 

 拳の衝撃が【リフレクター】に伝播した瞬間、板ガラスにトラックが突っ込んだような勢いで【リフレクター】が粉砕される。そのまま拳が貫通して弱所(急所)にでも直撃したのか、そのすぐ後ろの岩壁にすら全体にヒビが入った。渾身の一撃だ。

 

 だが相手もソレを黙って見過ごすはずもなかった。素早さが遅いはずなのに、サマヨールが地面を滑るような足運びで岩壁の中から現れる。拳を振りぬいた体勢の大賀の懐へ潜り込み、【ほのおのパンチ】(燃え滾る右拳)を大賀の胴体に叩きつけた。

 

 大賀を殴り飛ばした勢いのまま回転し、裏拳気味にもう一方の【ほのおのパンチ】(燃え盛る左拳)を御神木様へと飛ばす。拳の迎撃をする為、御神木様が空間を塗りつぶすよう即座に【タネマシンガン 弾幕】を張ったものの、【ほのおのパンチ】(燃え盛る左拳)は縦横無尽に動き続けて()()()()()()()()()()進む。

 

 手のコントロールが緻密に過ぎる。普通、あんな弾幕張られたら数発は直撃するし、数十発は掠る。おまけに(さかのぼ)っている状態だぞ? 相対速度は反応速度の限界を上回るだろう。それをなんで避けきれる? 何かカラクリがあるのか?

 

 もう少しで御神木様に直撃してしまう――――そんなタイミングで夕立と御神木様の立ち位置が逆転した。

 

 【バトンタッチ】で入れ替わったのだろう。素直に【ほのおのパンチ】を受ける事はせず、【みきり】で攻撃をいなす。良いコンビネーションだ。タイプ相性による半減防御を狙うと、そのまま手に握られて、また何か仕込まれそうだからな。

 

 良い判断だ。たとえ格上の相手であっても、非対称戦で後れを取るような生ぬるい鍛え方もしていない。似たような状況を想定した訓練は、効率化を挟みながら、身に焼き付くまで繰り返し行ってきた。

 

 ――――誰の指揮の下であっても、それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()ように仕込んでいる。

 

 トレーナーに率いられているポケモンは、トレーナーだけが指揮を執る……そんな発想は甘いにも程があるぞ。しっかりと訓練すれば指揮系統が乱れることはない。この程度の隠し芸はトレーナーの(たしな)みとも言える。事実、俺以外にもこの手の仕込みを行っている人はそれなりに確認できているのだから、そこまで突飛な発想でもないだろう。

 

 今まで余程一方的に致命的な奇襲を決めて続けてきたか。はたまたポケモンリーグ中位以上のトレーナーと戦った事がないか、そのどちらかだろう……戦い慣れているのだから、前者か。

 

「キノォ!」

 

 追撃の【きあいパンチ】が岩壁にあるヒビの中心に叩き込まれた。衝撃に耐えられなくなってガラガラと崩れ去る岩壁の中から、(おびただ)しい量の【青白く燃え盛る怪しい炎】が溢れるように現れる。

 

 【おにび】だ。野郎、岩壁が攻撃を受けている間に、壁の中で【おにび】を生成していたらしい。大賀がその場で後ろに飛び退くが、物量をさばき切れずに実体のない炎に炙られて肌が焼け爛れてゆく。

 

「キノコッコォ!」

 

 網代笠も同様に【おにび】に飲み込まれて表面が炭化したものの、自分の身体を一切に気にせずに追撃を仕掛けに行った。特殊体質の関係で状態異常にならないからこそできる特攻だ。声を上げない方が奇襲になったと思うが、それよりも自身に集中させることを優先したのだろう。

 

 大賀に対し両手を伸ばして追撃を行おうとしていたサマヨールにとって、一息で近づいてくる網代笠は想定外の動きだ。そこに対応するまでの反応が鈍い。そのまま避けるのを諦めたようで、重心を落として防御体勢に入る。自分の耐久力が高いからこそ取れる選択だな。

 

「……サマ、る!?」

 

 ――――そしてそれを見越していたのか、網代笠を中心にぼふんと【しびれごな】(黄色い粉)が撒き散らされた。サマヨールが目を見開く。当然、避ける選択を捨てていたサマヨールは全身に【しびれごな】を浴びて麻痺状態となった。

 

 以前では考えられないほど網代笠は冷静に戦っている。やはり手持ちポケモン達による定期的なバトルロワイアルは、戦術的な視点を養う事ができそうだ。

 

 俺達の今の目的はショゴスの合流前にこの場から脱出すること。火力を求めたのは相手の隙を作る為であって、サマヨールそのものの戦闘不能は条件に含まれない。【いたみわけ】や【みがわり】で間違いなく泥仕合になるようなものに、わざわざ足を突っ込むわけにはいかないのだ。

 

 予想外の出来事で現状を正しく認識できていないサマヨール。動こうとしたところで痺れたらしく、一瞬動きが止まった。目玉だけがギョロギョロと動き、活路を見出そうとしている。()()()()()()()()

 

 何より――――

 

「クギュルルルル!」

 

 ――――決めるべき一撃を叩き込むのは、網代笠でなければならない訳でもないのだ。合間を縫うように放たれた【タネマシンガン エアバースト】が直撃し、炸裂の衝撃でサマヨールをきりもみ回転させて吹き飛ばした。

 

 その瞬間、全身の拘束が緩む。やはりただの【かなしばり】ではなかったらしい。戦闘中もずっと、こちらの制御も行っていたのだろう。麻痺らせたものの、処理能力自体は本来の状態に戻ったはず。ここからが相手の本領発揮だと言える。

 

 ……うん、やはりまともに戦うべきではないな。

 

「敵増援が到着する前に撤退する!」

 

「スブッ!」

 

 サマヨールが吹き飛んだ方向へ、大賀が【スモーク ショット】で追撃し、着弾地点を【しろいきり】で覆い隠す。本当なら自分達を隠した方が遮蔽効果が高いものの、以前のショゴスとの戦闘経験から、こちらの視界を覆い隠すべきではないと判断したのだろう。

 

 痛む身体を無理やり動かし、そのまま隊列を組みなおして離脱を図る。ソリ付きの神輿を引っ張ると心臓が抗議の声を脳に叩き込んできた。だが知った事か。口の中に溜まった血を吐き捨てて前へ進む。

 

 多少足止めを食らったものの、下の奴はまだ合流できないはずだ。実際、向こうからやって来る灰煙は未だ距離がある。

 

 しかし、灰煙の数が増えている辺り、まだまだ地獄の逃走劇は続きそうだ。戦闘するショゴスの数が増えるとか冗談じゃない。

 

「サマッ!」

 

 巨大なモスクを目指して坂を走り始めたところで、手で【しろいきり】をかき消しながらサマヨールが立ち上がり――――

 

「てけり、り」

 

 ――――サマヨールの後方から、1m程の小型のショゴスが現れた。

 

 そのスライム状の全身には、まるで穴を開け過ぎたオカリナのようにかなりの数の穴が開いており、呼吸のように表面で膨張と収縮を繰り返している。

 

 実際は呼吸ではなく別の行動だろう。匂いを嗅いでいるか、はたまた何か別の物を()()()()()()()のか、わからないものの、視覚的に気分の良い物ではない。身体からは蛇の頭に似た口付きの触手が1本、こちらに向き直って鎌首をもたげる。

 

 想定していたのとは、まったく別の個体。元々ある程度近場に居たのだろう。悪手を打ったつもりはないのだが、加速度的にどんどん状況が悪化している。底なし沼に足を絡め捕られた気分だ。

 

 眼も耳もないのにこちらを認識しているとなると……ロレンチーニ器官かピット器官でも積んでいるのか。熱源の方がありえそうだな。陸上でロレンチーニ器官はあまり適さない。熱源判断が必要なポケモン……カクレオン? 単純に考えすぎか。

 

「クギュル!」

 

 そんなことを考えている間に、バチリと電気音に近しい音が背後から聞こえた。真後ろに居た御神木様が牽制で【タネマシンガン エアバースト】を撃ったらしく、着弾した触手が爆ぜて千切れる。

 

 耐久力や自己回復能力は変わらないのか、ショゴス自身はすぐに回復したものの、射撃を受けた触手を嫌がるように根元から自切(じせつ)した。

 

 地面に落下した触手はビチビチと跳ねた後、原型すら留めずに溶け始めた。どうにも今までのショゴスとは少々勝手が違うらしい。俺の知るショゴスはあそこまで脆くない。今まで出てきた奴もそうだ。こんなあっさり削れるなら苦労せずに養分にできる。

 

 何故かは不明だがサマヨールがこの光景を見て、ほんの少し後方へ下がった。初めて俺から目線を外し、ショゴスへ視線を向けている。好都合と言っていいのか不明だが、どうやら相手方同士は不穏な雰囲気だ。

 

 情報が手に入ったし、奇襲を受けなかっただけまだマシではあるものの、敵の数が増えてゆくというのは頭が痛くなるな。ゲリラだって手厚い支援が現地民から得られて初めて戦えるのだ。支援無しに、増え続ける化物や【かなしばり】と【くろいまなざし】持ち相手からどうやって逃げたものか。正直、今以上に【フラッシュ】が欲しくなった時はない。

 

 そして狙ったかのように、このタイミングで遠くの四方八方から、チリーン達の鈴の音が反響し始めた。静まり返っていたはずの町全体が鈴の音によって蜂の巣をつついたように騒がしくなり、至る所で何かが(うごめ)いているのが感じ取れる。思っていた以上に、この地獄の底には生物が居たようだ。

 

 ショゴスは周囲を気にせず、新たに生成した触手をゆっくりとこちらへ向かって伸ばしてくる。それこそサマヨールすらも無視をして。あまり命令を聞く気はないらしい。

 

「キノッコ!」

 

 今度は網代笠が【タネマシンガン スラッグショット】で迎撃をした。すると、直撃した触手は着弾地点の一部が引きちぎられたものの()()()()()()()()()()()()()、緩慢とした動きのまま、回復しながら戻ってゆく。多少のダメージ程度で済んだとしか思えない。

 

 つまりさっきのは御神木様が何かやったのか?

 

 そんな考えが過った直後、サイレンのような生理的に危機感を煽る警告音がモスクから響き渡った。同時にモスクから様々なアルファベットのアンノーン達が現れる。溢れ出る濁流のような勢いで坂を下り、こちらに向かって流れ込む。対策を取ろうとした瞬間、左右からもアンノーン達が流れ込んで来て――――

 

 ――――こちらを完全に無視して町へと進んでゆく。あからさまに何かがおかしい。単純に俺達を狙っているというわけではないようだ。先程のチリーン達の放つ鈴の音が原因なのはわかるが、目的がわからない。

 

 ただ、結果的にはひたすら悪化する事態にはならずに済んだ。

 

 イレギュラーが多すぎて目標立てて動きづらいが、サマヨールはもっと動きづらくなった。アノマリー化させた町の維持にアンノーンは絶対に必要不可欠だ。数を減らすような行為は古のものから許されていない可能性が高い。

 

 アンノーンは最早嵐に近いレベルの勢いだ。いったいモスクのどこに収納されていたのか、よく俺達や町に直撃せずに動けるなと一瞬感心してしまう程に多い。1度虫網を振れば数匹入った後、勢いでそのまま持ってかれるか、網が引き千切られる程度の密度がある。

 

 そんな中で、強い技を使ったら絶対に巻き込んでしまう。ショゴスの攻撃も大体を封じる事ができる。怖いのは刺突と掴まれてからの捕食ぐらいだ。

 

 そしてサマヨールとしては、真っ先に町で起きている異常事態に対処したいだろう。こんなところで泥仕合を仕掛けている暇は無くなった。それこそ、一侵入者である俺達を無視したいぐらいに。それでも無視できないのなら、出来得る限り手早く畳むしかないだろう。

 

 同様に俺達だってこの馬鹿騒ぎに巻き込まれたくはない。つまりお互い戦闘を続ける場合は速攻しか選択肢が選べない状態となったわけだ。しかし、サマヨールは網代笠の【しびれごな】によって麻痺している。強い技が使えない上に動きが鈍った状態で速攻型の乱戦となった場合、頭を押さえつけられて回復力以上のダメージを受けかねない。そうなると仮に俺達を倒しても町側で発生している問題に対処できなくなる可能性がでてくる。

 

 そして何よりも、俺達は戦闘を続ける気が無い。それは相手もわかっているはずだ。だからここで逃がしてくれないだろうか。そろそろ連戦で御神木様達の疲労がピークに達する。今動けているのは脳内麻薬がドバドバ出ているからにすぎない。

 

 事実、本能的な何かに触れてたのか、御神木様の目が赤くなり始めている。看過できない傾向だ。

 

 サマヨールが消えてショゴスだけが追ってくるのならば、まだ手はあるんだよ。コイツが居るせいで常に意識を向けなければならないのが辛い。

 

 アンノーンの濁流の中、隙間からサマヨールが合流したショゴスに目を配っているのが見える。声が聞こえないものの、何か指示を出したらしい。ショゴスがゆったりと動き始める。ショゴスが前衛、サマヨールが後衛か。本当に、順当に嫌なことしてきやがるな。

 

 相手の速度を低下させるのが一番だが、その前に一度波導系の技を叩き込む必要がある。そうでもしないと引きずり込まれて、物量でそのまま飲み込まれるだろう。

 

「ショゴスが一気に向かって来た辺りに先制で頭を叩く。夕立は【てだすけ】、大賀が【みずのはどう】だ」

 

「シャワワ……」

 

「スブ!」

 

 大賀の火傷が不安要素だが、まだ回復できるほどの隙がない。つまり当分の間は特殊攻撃がメインとなる。だがショゴスが相手なら、動きが読めていれば一時的な対策はできるから問題ない。物理メインで押す相手でもないし、まだ立て直せる。

 

「御神木様と網代笠は【タネマシンガン バックショット】でサマヨールに面制圧だ。ダメージよりも麻痺と衝撃による行動停止を優先する」

 

 サマヨールは麻痺と衝撃による怯みで固めて放置。散々俺を【かなしばり】で固めてくれたんだ。お返しされてもしかたあるまいさ。まひるみが害悪と言われる意味を知るがいい。

 

「クギュル」

 

「キノ」

 

 すぐに逃げ切ってやろう。

 

「テケリ・リ! テケリ・リ! テケリ・リ!」

 

 大声を上げて、騒ぎながら動き出すショゴス。さぁ来るかと身構えた瞬間、ショゴスはその場で一気に膨張し、()()()()()()()()()()()()()()()()()身体全体を使った押し潰しを執行した。近くを通っていた数匹のアンノーン達が巻き込まれて、地面を皿に見立てた果汁絞りの要領で一緒に潰されてゆく。

 

「……は?」

 

 押し潰したサマヨールやアンノーン達を捕食しているのか、もごもご、もぞもぞとその場で蠢いた。同時に消化液をかけているのかモノが溶ける音が響く。肉を柔らかくして潰しやすくしているのだ。

 

 そしてついにサマヨールがひしゃげたのか、ぶちゅりと()()()()()()()()がショゴスの下から響く。異臭と共にじわりと()()()()()()()()()

 

 ……血が広がった? サマヨールの?

 

 違和感を覚えた瞬間、消化液に溶かされて全身の包帯が更にボロボロになったサマヨールが()()()()()()()()()()()。ダメージのせいで腹部の包帯が緩み、がらんどうの腹部に赤紫色に鈍く輝く石が鎮座しているのが見えた。やはり進化の輝石持ちだったか。

 

 ――――そして千切れかけた包帯をはためかせながら、ショゴスの側面を【赤黒い雷状のオーラを纏った右手】で勢いよく殴りつけた。

 

 芯を捉えた重い打撃音。赤黒い稲妻が(ほとばし)り、ショゴスの身体を焼き溶かして行く。そして殴りつけた衝撃が全身に伝播した瞬間、ショゴスが壁へ向かって吹き飛んだ。

 

 驚きで意識が固まる。

 

 ショゴスは数瞬の間空を浮き、またもアンノーン達を数匹巻き込みながら、吹っ飛ばされて壁に叩きつけられる。そのまま追撃とばかりにサマヨールが左手をショゴスへ向けた。するとショゴスのスライム状の身体に、紫色の手が多数群がって纏わりつき、【溢れかえる程の生命エネルギーを一方的に吸収】して、サマヨールの体力を回復させ始めた。

 

「ショゴスを……浮かした……!?」

 

 何だあの打撃。まともな攻撃で、ああはならない。そして【赤黒い雷状のオーラを纏った攻撃】の形成の速度、技の威力、効果範囲、どれをとっても今までの比ではない。無拍子に近いサマヨールの【赤黒い雷状のオーラを纏った攻撃】は、今まで見たどのポケモンよりも洗練されている。

 

 あんな一撃を隠し持っていたとは……あの高威力の攻撃が直撃したら、御神木様以外では文字通りの確殺だ。瀕死を通り越して即死する。御神木様も2発は辛いだろうな。

 

 とはいえ、サマヨールもあまり余裕があるわけではないようだ。先程とは打って変わって、今は肩で息をしている。あの体力の消耗量はショゴスからの攻撃だけではなさそうだ。【赤黒い雷状のオーラを纏った攻撃】はそれなり以上に反動を食らうのだろう。まぁ、その消費した体力は相手から吸収するのだろうけど。

 

 しかし、体力は回復できても疲労が回復するわけではないからな……ソレが出来るのはそちらに特化したポケモンぐらいだ。このまま永遠に戦える無敵の存在というわけではない。限界点は必ず存在する。倒すにはそこを突くしかない。

 

 ふと気が付くと、アンノーン達の姿がだいぶ遠くになっていた。やはりアンノーン達も数を減らされるのは困るようで、この付近を通らないルートに変え始めたらしい。

 

 若干動き辛そうにサマヨールが指を鳴らした。ペットボトルの口を捻って開けるような、ごく当たり前の手馴れた動作。何度も行ってきた追撃なのだろう。

 

 ――――だが()()()()()()()()。困惑するサマヨールにショゴスが反撃の触手叩きつけを行う。

 

 対象を地面ごと叩き割る鋭い一撃。驚愕の表情をしたものの、サマヨールは鈍る身体を引きずるように横に跳ねて、【リフレクター】の壁を自身に張った。

 

 ……さて、色々と状況が変わり過ぎて頭が混乱しかけているが、これはチャンスだ。サマヨール&ショゴスVS俺達だったのが、サマヨールVSショゴスVS俺達へと変化した。望むまでもなく三つ巴だ。しかもショゴスは今サマヨールにターゲティングしていたこちらは眼中にない。

 

 逃げるなら今の内。

 

「Tekeli-li, Tekeli-li」

 

 捕らぬ狸の皮算用を行ったせいか、2匹目のショゴスが前方に現れた。3mはあるスライム状の身体の体表には、先ほど見た個体と同じように多数の穴が空いている。

 

「か、イホウ! kaihou! 自由! じゆう! ziユu!」

 

 更にこちらを認識した途端、穴という穴から不気味な金切声に近い、ノイズ混じりの歓喜を歌い始めた。身体の下からイソギンチャクをひっくり返したように数十の触手を生やして、地上5m辺りにまで身体を持ち上げた。そのまま好き勝手に振り回し、周囲の建造物を破壊しながらこちらに迫ってくる。なるほど確かに自由だ。今までの縛りが無くなったらしい。

 

 『俺も地獄から解放されたいよ』

 

 共感はするものの、今目の前で暴れられるのは邪魔だ。ああ、本当に、心の底からそう思える。俺も地獄から解放されたいよ。

 

「クッギュルルルルル!!!」

 

 先程の想定通り、大賀に【みずのはどう】、夕立に【てだすけ】の指示を出そうとした。だがそれよりも先に、ソリ付きの神輿の上から御神木様が【タネマシンガン エアバースト】で触手の集合部を吹き飛ばした。

 

 自重を支えていた触手が無くなったことで体勢が崩れて、高さの分叩きつけられるように地面に落下するショゴス。ひしゃげた身体を収縮し、反撃せずに半固体の身体を震わせて縮こまった。

 

 この反応は波導系の技を食らわせた時のものだ。御神木様が波導を掴んだのか?

 

「シャワ!」

 

「スブブゥ!」

 

 夕立の【てだすけ】を受けた大賀が、【みずのはどう】で追加のダメージを稼ぐ。畳みかけるように飛び出した網代笠が、【しびれごな】で拒絶反応で固まったショゴスを覆った。長時間は期待できないが、対抗するための器官を作るまでの短時間だけならそれなりに効くはず。これで当分の間、麻痺ってくれれば儲けモンだ。

 

 ショゴスの横を通り抜けてモスクへの道を進む。戦闘なしならば、あと30分程度でモスクには到着できるが……無理だろうな。

 

「サマァッ!」

 

 小さいショゴスを坂下へ殴り飛ばして、サマヨールが異様な勢いでこちらに追走し始める。途中で麻痺らせたショゴスからの妨害を食らおうとも、ものともせずに逆に【いたみわけ】の養分にして回復しやがった。

 

「おいおいおい……そこまでして俺達を追うのかよ……」

 

 ソリ付きの神輿に飛び乗り、御神木様に手で指示を出す。そのまますぐにバックパックを開き、()()()()()()を取り出す。サマヨール自身も麻痺が入っているのだから、追いつかれることはないはずだ。

 

「クギュルルルルルルル!」

 

 【タネマシンガン 弾幕】で動きを妨害しながら体力を削る。だがそれすらも無視して一心に追ってくる様は、ホラー映画のソレそのものだ。何がお前をそこまで駆り立てるんだよ。今も横から攻撃してきたショゴスをいなしてから、カウンターで【赤黒い雷状のオーラを纏った攻撃】を叩き込んでいる。

 

 サマヨールが両手を広げ、それぞれの親指と人差し指をくっつけて長方形を模り、胴体の中心で固定している。身体を覆っていた包帯が外れ、虚空のような空間に浮かんでいる青く燃える火球が姿を現す。【くろいまなざし】だ。認識した瞬間、魅入られる前に反射的に身体に力を入れて、煙玉を握り潰した。

 

 俺を中心に一気に煙が立ち上り、空間を埋め尽くす。視界が通らなくなった結果、【くろいまなざし】は不発となった。流石は安心と信頼のデボンコーポレーション製、煙玉大先生だ。これからも愛用しますわ。生きて帰ったらデボンコーポレーションの株を買う事を心に決める。

 

「キノッ!?」

 

 いつまでも逃げながら呑気に眺めていられるわけでもなく、()()()()()()壁から急に影が伸び、あの網代笠が隙を突かれて強襲を受けた。未だ輪郭は見えないものの、赤いジグザグだけが壁に張り付いている。間違いない。

 

「カクレオンだ! 的に向かって【れいとうビーム】で凍らせてしまえ!」

 

 足を止めた夕立が壁ごとカクレオンを凍らせるべく技を放つものの、カクレオンはするりと窓から建造物の内部に入り込み姿を消してしまった。それを見た大賀が【タネマシンガン バウンドショット】を室内へ叩き込み、流れる動作で【タネマシンガン 地雷】を【投げつけた】。室内で炸裂したエネルギーは破壊を振り撒きながら荒れ狂い、屋根部分を吹き飛ばす。

 

 倒壊に巻き込まれる前に夕立が移動をし始めた瞬間、全く別方向からショゴスに追われているラッタとコラッタの群れが現れる。一番デカいラッタの目は狂気に染まっており、まともな判断は期待できそうにない。あの濁流に巻き込まれたら、まずこっちがラッタとコラッタに餌として削り殺されるな。

 

 もう収集なんてつくはずがない、この地下空間全てを巻き込んだスタンピードだ。しかも死んだらここに縛られるという罰ゲーム付き。やんなるね。

 

「クギュルルル!」

 

 網代笠が即座に別ルートに舵を切り、群れに対して御神木様が【タネマシンガン エアバースト】の連射で薙ぎ払ってゆく。直撃を受けて脱落したコラッタ達はショゴスに押しつぶされ、スナック感覚で食われていった。そうして一層危機感を覚えた個体達が加速するように勢いを伸ばす。

 

「【がんせきふうじ】!」

 

「クギュ!」

 

 視界を妨げるのを嫌って、逃走し始めてからは今まで使ってこなかった。だが今は状況が変わった。少なくとも危険な奇襲を行えるサマヨールが居ない。それならまだやりようがある。

 

 御神木様が【がんせきふうじ】でラッタ達の進行方向を封鎖し、直後に夕立が【れいとうビーム】で壁の上に氷塊を作り上げて滑って登れないようにネズミ返しを生成した。壁の向こう側からけたたましい叫び声と共に粘着質な音が響く。

 

 それから間を置かずに、今度はどこからか現れたチリーンが、身体を震わせて鈴の音で叫び声を補佐し始めた。精神を不安定にさせる不協和音が鼓膜を揺さぶり、脳を犯す。不快感が胃を刺激し、方向感覚が狂わされる。後方を警戒していた大賀が、膝をついて胃の内容物を吐き戻した。音系の範囲技はこういうのが厄介なんだ。

 

 いつの間にか近くの壁に居たカクレオンが音を聞いて落下し、地面をのたうち回る。網代笠が【がんせきふうじ】でチリーンを押し潰そうとするも、くるりと空中で身をひるがえして岩石の軌道から逃れられた。そこに合わせて御神木様が【タネマシンガン エアバースト】を、対空砲の要領でぶちかましていく。

 

 途中まで全方位にシャウトさせながら器用に避けていたチリーンだったが、()()()()()()()()()()に頭を掴まれた瞬間、【シャドーボール】の接射を叩き込まれて墜落していった。

 

 あれは間違いなくサマヨールの手だったな。サマヨールとしてもあの音が邪魔だったのだろう。大賀に劇物である回復の薬を使って、体力と火傷を無理やり回復させる。ここで使わなければ大賀が死にかねない。大賀自身も何も言わずにソリ付きの神輿に飛び乗った。

 

 直後、ラッタ達を処理し終わったショゴスが壁を破壊しながら現れたものの、大賀が即座に【みずのはどう】を叩き込んで黙らせる。お前はそのままサマヨールの足止めをしていろ。同時に走り出した夕立が、ソリ付きの神輿でカクレオンを轢いて弾き飛ばした。

 

 誰かしらからの妨害を受ける度にサマヨールが距離を詰めてくる。サマヨールも妨害を受けているはずなのに、相手の方が処理速度が速い。こっちが迂回している最中、建造物を()()()()()追ってくるのは反則じゃありません?

 

 疲労が積み重なるごとに思考が鈍る。反応が遅れ、逃走に使えるルートが狭まり、次第に追い立てられてゆく。

 

 ――――これは……サマヨールに誘導されて、ルートを選ばされているな。

 

 嫌な流れだ。ただ目的であったモスクはもう目と鼻の先。道が詰まされる前に到着できる。モスク内部で最終決戦だな。

 

 もう、手段を選べるほどの余裕がない。ここまで、全員が五体満足で生存できていること自体が、普通ならありえないほど過酷な戦闘ばかりだった。これ以上を求めるのならば…………相応の結末となるのは容易に想像が付く。

 

 だからきっと、これが()()()()()としての、最後の仕事となるだろう。

 

 




通常業務が終わり、久々の休暇を自宅(送り火山)での療養に費やしていたとある派遣社員は、クライアントからの急な呼び出しによって深夜に提携策へ出向することとなった。

提携先に侵入してきた相手は、一般契約範の囲内では分類されないような奴だったので対処に困る。さらに差し入れで貰ったエナドリ(バフ)を使ったものの、何故か一部を相手に奪われる始末。しかも、奪われたエナドリを加味しても無駄に硬くて手ごわい。そうして手こずれば手こずるほど残業時間が伸びてゆく。

そんな中で部下として預けられていたショゴスが突如として会社に対して反旗を翻し、暴徒化。防衛対象の町や提携会社を襲撃。保全委員にすら被害が出始め、町の機能保持すら困難に。

上司に対処を相談するも、手が離せない重要案件を取り扱っている為、現場だけで何とかしろとぶん投げられる。なお建造物に被害を出すと給与が引かれる模様。

この状況下で契約社員が下した決断とは……。

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