巨大なレジギガスの右腕に変身していたショゴスが、凄まじい勢いでスロープの一部を巻き込みながら地面へと衝突する。重たい破砕音が響き渡り、振動が町の一角を派手に揺らした。
橋からそのまま伸ばすようにスロープ作成していたら、崩壊に巻き込まれて全身がミンチのような酷い事になってただろうな。横の建造物から複数枚に分けて、せり出すようにして正解だった。
伝播した衝撃によって、火山が噴火したような勢いで灰が宙に舞い上がる。そのまま雨と混ざり合い、
そんな中、スロープを滑り降りていたソリ付きの神輿の勢いがとうとう収まった。
「……ふぅ」
…………ああ、そうだ。感慨に浸っていられるほど暇じゃない。立ち止まる余裕なんて持ち合わせていないんだ。ショゴスを相手にしている状態で、クリアリングできないのは拙いぞ。大問題だ。
とりあえず舞い上がった灰が邪魔だな……爆圧で吹き飛ばすか。
音で他の敵を呼び寄せるとかは今更だろう。先程の攻防の時点で音も振動もあんなに派手だったのだから、既に相当目立っているはずだ。だからこそ、今は派手さよりも即効性を優先する。
「【タネばくだん 地雷】」
「キノコッコ」
「――――ん。大賀、右腕を負傷したのか?」
「スブブ……」
大賀は問題ないと言っているが、どうにも右腕の違和感が拭えないらしい。時たまぶらぶらと腕を振り、手を握ったり開いたりしている。あれだけの無茶をやってもらったのだから、反動があっても不思議ではないか。
見た感じ右腕の筋を痛めたとか、関節が外れたとかではなさそうだな。内出血も、外出血も無し。本当ならばこれ以上身体に負荷を掛けさせたくないが、
「劇薬だからあんまり使いたくないが、回復の薬と同じ成分の湿布がバックパックの中に入っている。ちょっと自分で貼っていてくれ」
「スブ」
薬を使って急激に体力を回復させたとしても、今までの疲労が無くなるわけではない。危ういバランスの上で何とか釣り合いを持たせている事を見誤ると、簡単に崩壊する。少しの間は安静にさせた方がいいだろう。
その間に転がっている件の危険物を慎重に鷲掴む。手を滑らせたら大変な事になるな。少し強めに握ると、ヤシの実のような繊維質のザラリとした手触りが手に馴染んだ。種自体にだいたい
そして何故か、
少し不思議に思いながらもショゴスが落下した方向へ、【タネばくだん 地雷】をオーバースローでぶん投げる。それから数瞬後、ボンッと想定よりも小さな炸裂音が爆圧と共に鳴り響いた。
――――どうにも、洞窟内で行った炸裂と比べると、
そして、たとえ想定以下の爆圧であっても舞い上がっていた周囲の灰はしっかりと吹き飛ばされて、周囲が確認できる程度には視界が晴れた。
……まぁ、問題ないのだから別にいいか。
地面はショゴスの一撃によって大きく抉られ、巻き込まれた建造物は無残にも崩壊し、瓦礫となって周囲に散乱している。その中心部には予想通り、まだそこにレジギガスの右腕に変身したままのショゴスが居た。
完全にブチぎれて見境なく暴れ出すと予想していたが、一切動いていない。
どういうことだ。正直この状況の方が怖い。結局、町ごと俺達を丸呑みにしてこなかった理由も未だ不明だし。理由はあるのだろうが、今のところ見当がつかない。
「……ん?」
「キノコ……」
レジギガスの右腕に変身していたショゴスの身体がゆっくりと溶け落ちながら、元の粘体に戻ってゆく。その際に大きさは元通りを過ぎて、
表面に浮き上がっていたはずの目や口は全て分解されており、体色も極彩色ではなく漆黒に変化していた。真球状を維持しつつ、ピクリとも動かない。まるで羽化する前の
やけに冷静になったじゃあないか。異様だな――――嫌な予感がひしひしとする。
何よりこういう変な行動は、相手にとって絶対に意味があるはずだ。このまま完遂させるべきではないだろう……一度、邪魔をするべきか?
「クギュル」
「……スブ」
…………いや、中途半端が一番拙いか。大賀の負傷もある。なにより、こちらの準備や火力が足りていないのは変わらない。今はそれよりも後方を警戒しながら、全速力でさっさと丘の上にあるモスクまで逃げるに限る。少しでも多く距離を稼ごう。あんまり薬に頼りたくないが、
「
「シャワワ!」
そう思い、夕立にソリ付きの神輿を引くように指示したタイミングで、ちりんと場違い気味な乾いた音が遠くで微かに響いた。全員が聞き取れたのもあり、その場で警戒態勢を取る。
「風鈴の音……?」
なんでこんな場所で? 空中回廊から眺めた時には、音源になりそうな物なんてなかったと思うが。そもこんな環境で風鈴のような繊細な物が、割れる事もなく現存できるものか?
2度目の風鈴の音は聞こえてこない。
とりあえず頭の片隅に覚えておこう。疑問に思いながらも警戒しつつ、網代笠を先頭にして足早にその場から離れてゆく。
「クギュ!」
それから少し経ち、モスクまでの中腹にある町の高台に到着した辺りで、後方警戒をしていた御神木様が声を上げた。
全力で振り返って状況を確認すると、蛹のように形状を変化させたショゴスの近くにある、
だが如何せん、距離があるから細部まで確認ができそうにない。それ以上詳しく眺めるには道具が必要だろう。
バックパックからポケモンの生態観察用に使っていた双眼鏡を取り出し、レンズが割れていないかを確認する。一応実用的で頑丈な物を使っていたが、ここ最近バックパックが攻撃に巻き込まれる事が多かったから壊れていないか不安だった。
幸運にも、問題なさそうだ。
「すまん、少しの間俺もソリに乗せてくれ。御神木様達は周囲警戒を維持!」
「シャワワ」
双眼鏡を使って確認してみる。極彩色の建造物の上で、周囲から浮かび上がるように居たのは……
あの体色は、街灯の淡い光と灰だらけの環境に適応したものだろう。確かに物陰や灰の中に潜むなら隠蔽率が高くて適している……しかし地面を這うように動くショゴス相手と考えると、灰の中へ潜る隠蔽擬態というのはいささか選択を間違えているようにも思えるが。
何よりこちらがすぐに見つける事ができたように、ああして建物の上に居るのでは、一部分だけ暗く見えるせいで逆に目立ってしまっている。
そいつが尻を上げて、手元で糸を網状に縫い上げている。その視線は明らかに【クモのす】でショゴスを狙っていた。傍から見れば無謀としか思えない行為なのだが、アリアドスは自然体のまま。恐らく何度も行ってきたことなのだろう。ショゴスの形態すら気にしていない。
たった1匹のポケモンが、
むしろ狙って狩っている可能性すら出てきたぞ、これ。【クモのす】を設置して獲物を待つのではなく、獲物に直接【クモのす】を投げつけるらしい。狩猟行動が根本的に単純な色違いとは存在が違うな。クリスタルイワークのような亜種かもしれない。
しかしどうやって捕食するつもりなのか。自慢の糸でできた【クモのす】は、粘体であるショゴス相手では効果がない。そんなことはこの地で生きているのなら、理解しているだろうに。何か通用するようなカラクリがある? それとも【クモのす】をそのまま使わないとかか?
アリアドスの所作を細部まで観察して――――糸に対して目が釘付けになった。糸に
アレが自信の源で、アリアドスがこの地で生きる為の術か。編み上げていく網の端から時たま漏れ出る赤黒い雷状のオーラは、まるで意志を持っているかのように網に絡みついて、その場に留まる。
……いや、そもそもアレは本当に【クモのす】なのだろうか?
あの光景に類似する技は、他だと【エレキネット】ぐらいだが……違うだろうな。【エレキネット】なら、もっと前面にあの赤黒い雷が出ているはずだ。それに対してあの網を縫い上げている糸の外見は、ただのクモ糸にしか見えない。
その時、頭の中に何かが引っ掛かった。この違和感を見逃してはならない気がする。
ふむ……
――――だから、ソレはきっと意味のある事だ。
他に何かあるか?
太さの理由を考えていると、アリアドスが手元で【クモのす】を目いっぱい広げた後に、ショゴスに向かって叩きつけた。
「てッ!?」
【くものす】がショゴスに覆いかぶさりへばりついた瞬間、バツンッと雷撃に近い空気の炸裂音がここまで響いた。ただの電撃ならばショゴスには通用しない。アイツには電撃耐性があるのだから。事実、過去に俺が病院に接続されていた特別高圧線を叩き込んでなお、アイツ
だが――――現実はどういうわけか、ショゴスは全身で拒絶反応を示した。アリアドスの狩りが成功したのだ。その光景に
ぞわりと鳥肌が立つ。歓喜のような、怒りのような、悲しみのような、楽しみのような、
一瞬、背筋が震えて感情で思考が塗り潰されそうになる。だがすぐに、
さぁ、状況の理解を進めよう。ソレこそが――――『
思考が冴えて視界が今まで以上にクリアになる。今なら先程よりも細かい部分を見る事が出来そうだ。
ショゴスのあの反応は【あくのはどう】や【みずのはどう】の直撃を受けた時と同じだ。身動きすら取れずに、磁性流体のスパイク現象のように全身から突起を生み出してゆく。
結局何なんだ、アレ。ショゴスにダメージを与えているが、少なくとも吸収系の技には見えない。ならば波導系か? それとも俺の知らない技術か?
アリアドスは糸を手繰り寄せながらショゴスに近づいてゆき、網の隙間から飛び出た突起部分に牙を差し込んだ。恐らく【きゅうけつ】だろう。
糸に纏わりつくオーラ。恐らく、威嚇や攻撃目的のソレ。そうでないのなら、意味もなくただエネルギーを消費するだけになってしまう。消費……そう、消費だ。ああもショゴスの表面をのたうち回っているのなら、技としてのエネルギーはどんどん消費されている筈だ。永遠に残り続けるというのはありえない。
そして
そう思いふと、気が付いた。
確かにアレは、一つの技としての見覚えはないかもしれない。だが、
糸が太いのは、
技と技を組み合わせて行う派生技……つまり、御神木様が行っている【タネマシンガン】+【タネばくだん】=【タネマシンガン エアバースト】のようなものだ。
【クモのす】……というよりは、クモ糸その物に対して波導の性質を付与しているのだろう。同時に、波導その物にもクモ糸のような粘着性の性質を加え、出来る限りその場で滞留させる。結果、持続的にダメージを与えながら、ショゴスを拘束する特別性の糸が完成だ。
そしてあれが波導系だとして、水でも悪でもないのならば――――残るタイプは格闘か、竜。だが、あの禍々しい色はどちらもイメージとはかけ離れている色だ。何と言うべきか…………そう、
ん? でもそう考えると、行き過ぎた竜や格闘でもありえそうではあるか。
とりあえず
それにアリアドスが覚える技としても……どうなんだろう。ああ、まぁ、生き残るのに必要なら覚えるか。むしろ、そんな変則的な技を覚えられた個体以外は生き残れなかったとか、そんな感じかもしれない。進化の先でニッチを埋めたのだろう。
【きゅうけつ】を終えたアリアドスが急に頭を上げて周囲を確認した後、何かを感じたのか拘束したままのショゴスからそそくさと離れて逃げてゆく。糸を建造物へ飛ばし、引き寄せる反動と遠心力を利用した高速移動。目立つことよりも速度を優先している逃走方法だ。
――――何かしらの理由で
視線を戻した所でふと気が付くと、いつの間にか視界の中で何かが大通りを移動していた。迷いなく真っ直ぐに、拘束されたショゴスの方向に進んでいく。
――――
しかし、その姿は奇妙の一言に尽きた。
まず、水分の混じった灰の上を気にする事もなく走り抜けている点。強塩基性であり、泥のように
そして何よりも異様なのは、幻影のように
確信が持てない程度の答えが頭の中を過った次の瞬間、波導の効果が切れたのか【クモのす】が内側から引き千切られて、ショゴスの拘束が解かれた。
球体の形状を解除し、その場から溢れるように膨張したショゴスが、全身の至る所に眼球を生やす。接近者を視認したショゴスは2本の触手を伸ばし、怒りのまま、行き掛けの駄賃とでも言うように鋭い突きを放った。
急に眼前にショゴスが現れた驚きと恐怖で身動きが取れなくなった人間とポチエナの身体は、触手によって障子を破るように容易く貫ぬかれる。間違いなく即死だった。
触手に張り付いたソレをごみのように投げ捨て、餅つきのように上から何度も何度も触手で叩きつけてゆく。尋常ではない暴力に執拗に晒され続けた肉塊は、いとも簡単に細かく引き千切れ、潰されながら周囲に散乱し、すぐにその原型が無くなる。気分の悪くなる光景だ。もしも俺が失敗したら、御神木様達もああなってしまうのだろう。
食らう為でもなく、生き残る為でもない。ただただサンドバッグとして、反応のない肉塊に苛立ちをぶつけている。その姿はまるで、諫める者が居ない時に癇癪を起して暴れている子供のようにも見えた。
今でこそ頭に血が上っていてアレだが、あの癇癪が収まったら足跡を追ってこっちに来そうだな。モスクまではまだもう少しかかるだろう。仕込みを含めるとギリギリ間に合うか……? 下手に時間稼ぎの策を設置しておくと、こっちに居ると確信して追跡速度が上がるかもしれない。
どうすべきか考えている時、即死した女を追いかけていたであろうショゴスが合流し――――――
「…………は?」
あまりにも異様な光景に呆然とした。仲間割れ? 餌の奪い合い? 誰かが制御を奪った? それとも派閥争いか!? 訳の分からないまま眺め続けてしまう。これはほぼほぼありえない光景だ。いくら知能がよろしくないショゴスであっても、同族かどうかぐらいは判断つく。何なら敵味方の区別ぐらいだってわかるだろう。
それでもなお、ショゴスの攻撃の手は緩まずに殺意を持って、もう1匹のショゴスへ向けて振るわれている。何かが化けているとかではない。攻撃を始めたのも本物のショゴスだ。
そこから始まったのは、見ているだけでも正気が削られそうな応酬だった。お互いに混ざり合うように絡まり合いながら切り裂き、貫き、叩き潰し、喰らう。その全てが他者にとっては致命打になり得る一撃。だがショゴスにはそこまでの有効打にならない。物理攻撃はほぼほぼ効果がなく、体力の回復も早いからだ。だから相手が死ぬまで何度も何度も何度も何度も愚直に、同じ映像を繰り返すように不毛な攻撃を続ける。
町一角を破壊し、地面の一部を削り、相手よりもより有利に立とうと動く。殺し合いなんだから当たり前の事かもしれない。だが、だからこそ
おかしいじゃないか。余裕がないのは分かる。だからこそ
頭を働かせろ。時間があるのは今だけだぞ。原因になりそうな要素を思い出せ。今までの行動でおかしな点を考察しろ。
…………この地は生き延びた古のものにとって、大切な聖地であるはず。古のものにとって、同じぐらい大切な砂漠遺跡では、罠や国家権力までもを使って、ああも墓を荒らされるのを拒絶していたのだ。そして、この地で最も町を破壊できるモノはショゴスだ。であらば、ショゴスが町を破壊し過ぎないように、
そしてもしかすると、スロープと町を破壊した後のショゴスは動かなかったのではなく、契約違反の反動で動けなかったのではないだろうか? 真球体に変化したのは契約関連? 蛹……殻というのは外敵からの身の守りであると同時に、内部のモノを外部へ出さないようにする為の拘束具にもなるだろう。
或いは、
大まかながならも基準がある。どちらもありえなくはない程度の考えだが、やはり積極的に被害を大きくはできないのは理解した。
ショゴス同士の殺し合いの最中で不意に、町全体にまたあの乾いた風鈴の音がちりんと響き渡った。だが今度はすぐに音は途絶えず、ちりん、ちりんと断続的に聞こえてくる。
するとショゴス達の居る場所で異変が起きた。すっと存在が薄くなるように、片方のショゴスが消えてゆく。同じようにその場から飛び散った血肉も消える。少し視線をズラすと、ショゴスが落下した事で破壊された町が何事もなかったかのように、瓦礫が元の場所へ戻っていた。まるで、
ナニカが意図的に巻き戻しているとしか思えない光景。
ああ、やっぱり。予想が確信に変わる。最初の印象は正しかった。そもそもとして、
問題は、その影響だ。
気が付けば視界内にいつの間にか居た事や、先程の死体が消えた光景からして、単純な巻き戻しだけではない。恐らく、このおぞましい町の中で死ぬと、そのまま
一度でも囚われると自分がなぜここに居るのかも理解できず、恐怖と混乱に苛まれながら理不尽に殺され続ける。狂気に陥る事すら許されず。人も、ポケモンも、
ここは、地獄の底だ。
戦慄している間も、ちりん、ちりんと風鈴の音が未だ鳴りやまずに聞こえてくる。次第に音の間隔は短くなり、音源はだんだんとショゴスの下へ近づいていた。
移動する音源……風鈴……ポケモンのチリーンか? 思い浮かべたタイミングで、2匹の小さなチリーンが建造物の隙間から姿を現せた。
チリーン達は共鳴するように響き合いながらショゴスの真横を通過していく。それなのにショゴスは、チリーンに攻撃を与えようとしない。それどころか通行の邪魔にならないよう、
チリーンの鳴き声で町は元に戻る。この箱庭の核となっているのはチリーン達か? いや、冷静に分析しろ。アンノーンのような異様さは感じられない上、見るからにただの野生個体だ。何よりも、どう考えてもこの箱庭を形成するには出力が足りていない。核というよりはスイッチに近い気がする。
どちらにせよショゴスにとってもチリーンは重要な存在なのだろう。
そして次に気になるのはチリーンの持っていた光るアレだ。ショゴス達にとって何やら大切な物のようだが、ちょっと予想がつかないな。
「後方の戦闘が終わったみたいだ。全員、一旦止まってくれ。さっさと準備して移動速度を上げる」
そろそろスピーダーの効果も切れるな。靴紐の確認なんかも移動前に済ませておきたい。先頭の網代笠が進む先の安全を確認し、最後尾の大賀が通ってきた道の安全を確認してもらう。
ソリ付きの神輿から降り、全体の中心辺りにまで移動して同じく周囲の確認をする。音、匂い、目視、全て問題ない。中腹にある高台を利用した広場にあるのは、少しの木々と薄暗い街灯、そして不思議な形状の大きなベンチぐらいだ。俺達以外の動く影一つない。
「今のうちに御神木様は【のろい】を積んでおいてくれ。追いつかれた時の要になる」
その間にもう一度、御神木様以外の全員にスピーダーを配る為にバックパックを下ろして腰を曲げた。さっさと準備を終えて、追いつかれる前に距離を稼ぐとしよう。意気込みを込めて馬のマスクを被る。
「く、クギュッ!?」
不意に前方でドンッと重たい何かが落下した。その直後、御神木様の驚いた声が耳に入り、釣られて視界を上げる。
目の前にはいつの間にか【がんせきふうじ】で造られた岩壁があった。その内側には
これはどこから現れたんだ?
油断していたつもりはなかった。周囲の警戒は解いていなかったし、何よりもここは見通しがいい。広場から少し離れた場所に多少の建造物はあれども、十分に対応可能だった。だが、現実はこうして隙を突かれて奇襲を受けている。完璧な奇襲だ。相手は人間の――――いや、生物の隙をこれ以上ない程に理解しているのだろう。
今になって初めて強者独特のプレッシャーを感じ取る。射程圏内にまで入り込めたから全力を解放したのだろう。砂漠の主であったフライゴンと同等の手練れだ。身体が竦み、筋肉が緊張で固まる。1歩目を動き出すのが遅れた。
回避――――無理だ、間に合わない。咄嗟に右手でバックパックの天辺にくっついているグラブループを握りしめる。左腕を盾にしながら後ろへ跳ぶ。フライゴンの【ドラゴンテール】だって凌げたのだ。これならば左腕1本を犠牲に勢いを吸収できる。
そう考えた俺の思考を嘲笑うかのように、
内臓がかき混ぜられる。神経が激痛という悲鳴を上げ、肺から空気が押し出されて呼吸すらままならない。失敗の代償を噛みしめながら頭を働かせる。考えてみれば当たり前だ。相手の攻撃は御神木様の【がんせきふうじ】の壁を
寄りかかりながらも視線だけは上にあげる。そこには丁度壁をすり抜けた敵の全貌があった。
夕日のように深紅に輝く一つ目。両手に装着している白地の手袋には何かが描かれていたのだろうが、
包帯を巻いた一つ目の幽鬼のようなポケモン――――サマヨール。
「クギュルルルル!」
「シャッ!」
相手が動き出す前に、御神木様がサマヨールの正面から【タネマシンガン 弾幕】を張り、夕立が上から【ねっとう】を被せる。しかしサマヨールは1歩後ろへ下がり、
効率的な手だ。しかも厄介な副次効果まで付いていやがる。
「網代笠! ゴーストタイプがそっちに行ったぞ!」
「キノォ!」
血を吐き捨てながら叫ぶ。今、網代笠は壁によって隊列から分断されている。各個撃破の危険に晒してしまった。大賀に援護を頼もうにも、未だ後方で少し遠い。
状況を理解した夕立が即座に広場を駆け抜けて、【がんせきふうじ】で造った岩壁を器用に昇る。そのまま相手を視認しようとして――――困惑したように辺りを見回し始めた。
居ない……? 各個撃破の一番のチャンスだったはず。なぜ……まさかッ!?
夕立が乗っている壁の中から再度サマヨールが現れた。両手を広げ、それぞれの親指と人差し指をくっつけて長方形を模り、胴体の中心で固定している。身体を覆っていた包帯が外れ、虚空のような中身が姿を現した。ソレは青く燃える火球で、その火の揺らめきに
その深紅の目は他でもない。ずっと俺に注がれていたんだ。
やられた。さっきまで考えていたはずの
だが、大丈夫だ。問題ない。俺の行動を禁じても大賀が居る。大賀なら間違いなくバックパックから
身体を起こし、体勢を整える。代わりに指示を出そうとした直後、身体が硬直した。口すらも動かない以上、痛みが原因ではない。これも呪術的に干渉されて動かせないのだろう。
野郎、【かなしばり】までやってきやがった! 間違いない。これは完全に時間稼ぎの策。戦術を理解した上で厄介な手ばかり使ってくる相手だ。
――――コイツ、ここでショゴスと合流しようとしてやがるな。
【タネばくだん 地雷】の重さは砲丸投げの鉄球と同じ重さです。
殺意の波導は一時的な名称であって、実態が判明したらそちらの名称に移行します。