中島岳志氏が指摘「この国は再び『生きづらさ』に起因するテロの時代に入った」

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自己責任論と主観の時間にとらわれた銃撃犯

 ──その1年後、銃撃事件が発生しました。

 山上徹也被告(42)が抱える問題の一部は、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に関連するものでしょう。教団の献金手法や自民党との癒着をめぐる問題は追及しなければいけない。その上で考えたいのが、山上被告が犯行に及んだ要因は統一教会がすべてなのかということ。時間は科学的には過去から現在へ向かって流れますが、僕たちの主観では現在から過去に向かう傾向がある。

 例えば、「なぜ学者になったのか?」と問われた僕は理由を求めて現在から遡行する。人生を振り返り、トピックスをつなげ、こういう経緯で学者になったという物語を作る。小学2年生の時に見学した登呂遺跡に感動し、歴史に興味を持ち始めるというストーリーですが、たぶんウソです。ほかの職業を選ぶ可能性が十分にある中、偶然も作用してこの道を進んだ。同じことが山上被告にも言えると思うんです。

 ──というと?

 10代後半の時期、母親が統一教会に多額の献金をしたため苦労したというのは、その通りでしょう。けれども、重要なのは、その後の20年間。人生を立て直そうとして資格を取るなど、努力を重ねた時期が小泉構造改革にブチ当たっています。

 ──労働者派遣法が改悪され、派遣業はほぼ自由化。あらゆる業種で非正規雇用が急増しました。

 山上被告の暮らしは40代になっても安定せず、この間に兄を亡くしてしまう。なぜ、こうもうまくいかないのか。そう考えた時に、先ほど説明した主観の時間が流れていく。母親が統一教会に入れ込み、家庭がメチャクチャになった。だから自分の人生はこうなったんだという物語が形成され、教団への恨みを増幅させた。

 僕が指摘したいのは、この20年間の社会のありようが問題の根底にあるのではないのか、ということ。山上被告の努力にかかわらず、現実には立ち直れる機会や可能性は切り捨てられていった。ツイートからは自己責任論を過剰に内面化した人物像が浮かび上がります。自己責任という「くびき」から逃れられず、助けを求められない悪循環に陥ったのではないか。

 ──山上被告の凶行によってパンドラの箱が開き、さまざまな問題が可視化されたという見方があります。

 山上被告のヒーロー化は断固として退けなければなりません。そもそも、統一教会の問題は周知で、政治家もメディアも学者も沈黙していたのです。山上被告の英雄視は、朝日平吾に対する当時の評価と重なります。事件直後は批判的な報道があふれていた。高校時代から花柳界に出入りし、刃物三昧で、カネに困ると親に無心するとんでもない人物だと。

 ところが、安田家の莫大な遺産相続問題が報じられると、世論は一変。安田は守銭奴だ、カネをむさぼる財閥はケシカラン、というふうに変わり、朝日平吾は不公正な社会構造を可視化してくれた、よくやった、と。そうして1カ月後、職場の上司にたきつけられた19歳の中岡艮一が時の首相である原敬を暗殺した。テロが模倣され、テロの時代が始まったのです。

 その後、世の中はどう変わったか。市民が「取り締まってほしい」と望むようになり、警察権力がイリーガルな暴力に歯止めをかけることに世論は合意し、1925年の治安維持法制定につながった。テロの連鎖によって治安維持権力が強大化し、1936年の2.26事件後は言論の自由はないも同然。たった15年で社会は変貌したのです。

■権力のまなざしの内面化による言論の自由喪失

 ──そうでなくても、この10年で監視社会化が加速。特定秘密保護法や共謀罪法が施行し、マイナンバーを強制され、デジタル庁が発足しました。

 監視以上に問題なのは、その先に起きることです。仏哲学者のミシェル・フーコーの議論を用いれば、権力のまなざしが内面化された時、監視権力は最大化する。僕たちは「見られているかもしれない」と意識すると、自主規制するからです。僕が極悪の権力者だったら、見せしめ逮捕をやります。デモの参加者を捕まえ、理由は一切明かさない。そうすると、「デモを仕掛けたからだ」「ツイートが原因だ」と臆測が飛び交う。結果、当て推量がすべてハードルになる。

 ──自主規制の行き着いた先は、言論の自由の喪失につながりかねないと。流れは断ち切れますか?

 新自由主義を後押しする自己責任論を解体することが喫緊の課題です。戦後民主主義者が目指した「個人が主体的に、意思を持って選択し、その選択に責任を負う」という人間像は、自己責任論につながっている。過剰な自己責任論を何にでも当てはめようとするから、無理が生じる。人間観の再構築が必要です。

(聞き手=坂本千晶/日刊ゲンダイ)

▽中島岳志(なかじま・たけし)1975年、大阪府生まれ。大阪外語大でヒンディー語専攻。京大大学院博士課程修了。京大人文科学研究所研修員、米ハーバード大南アジア研究所客員研究員、北海道大公共政策大学院准教授を経て現職。「秋葉原事件」「血盟団事件」「親鸞と日本主義」「超国家主義」「自民党」など著書多数。「中村屋のボース インド独立運動と近代日本のアジア主義」で大佛次郎論壇賞とアジア・太平洋賞大賞を受賞。

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