2023.05.19
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「最も美しいホームラン打者」は…「バレルゾーン理論」から見えてくる「男の名前」と「信じがたいほどの超絶技巧」

週刊現代 プロフィール

1位はあの「アーチスト」

王、門田、落合、掛布。いずれも球史に名を残した名スラッガーだ。しかし落合に言わせれば、「日本にスラッガーは数多いるが、後にも先にも『ホームランバッター』は一人しかいない」のだという。田淵幸一(通算474本)だ。実際、今回最も名前が多く挙がったのも田淵だった。

「田淵さんのホームランは、私が見てきた選手の中で最も高く舞い上がるものでした。通常、高弾道のホームランは飛距離が出ないことが多い。ところが田淵さんは、力感のないフォームで、甲子園の上段まで飛ばしてしまった。判定に集中しなければならないのに、高くて飛距離もあるあのホームランは一瞬見とれてしまうほど美しかったです」(前出・谷氏)

弧を描くホームランの芸術的な美しさから「アーチスト」とまで呼ばれた田淵は、自著で「打球を45°に飛ばす意識を持っていた」と振り返っている。バレルゾーンに照らし合わせると、打球角度45°で飛距離のあるホームランを放つには、打球速度が少なくとも180km/h以上なければならない。田淵の力みのないフォームから、そんな速度が出せるのだろうか。

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「田淵さんは腕もバットも長い。他の打者よりも遠心力を活かしたスイングができる。その分扱いは難しいのですが、天性の才能でそれを可能にしてしまったんです。打ち終わりのバット投げも美しかった」(前出・木俣氏)

田淵が使っていたバットは約87cm。今季飛距離アップを狙って2.5cm長くした大谷のバットも約87cmだ。大谷が今年になってやっと扱えるようになったバットを田淵はいとも簡単に操り、好調時には「腕を下ろすだけ」で見事なアーチを描き、「どうだ」と言わんばかりにバットを放り投げた。

 

「打ち終わりにバットをクルンと投げるのは、簡単なようで難しい。手首が柔らかく、フォローの大きいホームランバッターにしか成し得ない技です。あれは『ホームラン王』の勇姿だった」(前出・山崎氏)

王や大谷が偉大な打者であることに疑いの余地はない。ただ、空に舞い上がる白球の美しさを体現する「最高のホームラン王」とは、田淵だったのかもしれない。

「週刊現代」2023年5月20日号より

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