看板直撃の豪快な一撃に、フワッと上がってスタンド最前列にポトリと落ちる熟練の妙技。形は人それぞれ違えど、ホームランには試合の流れを一気に変え、ファンを熱狂の渦に包む「美しさ」がある。
前編記事『「大谷のホームランの角度」は平均よりもかなり低かった…《バレルゾーン理論》から見えてくる「メジャーTOP50にも入らない」という意外な事実』では「もっとも美しいホームラン王」をそれぞれの視点から考察した。
通算868本を誇る世界のホームラン王は、現在の水準に照らし合わせてもトップレベルだったようだ。王はホームランだけでなく、ほとんどの打撃部門でトップレベルの成績を挙げた最強の打者だが、日本ハムなどで活躍した田村藤夫氏は、「ホームランのみ」を追求し続けたあの男の名前を挙げた。
甲子園の浜風に乗せた掛布
「最も美しいホームラン打者は門田博光さん(通算567本)でしょう。スイングの速さ、打球の角度、どれをとっても門田さんが最も印象に残っています。速いストレートに強くて、少しでも甘くなれば仕留められる。現在メジャーで活躍している吉田正尚のように、最後は右手一本で振り切るイメージですね。気迫を感じるスイングから放たれる打球は豪快で、高い放物線を描いてスタンドへ消えていく。後ろから見ていて、本当に美しいと思いました」
田村氏が「門田と別のタイプの美しさを感じた」と話すのは、通算510本塁打の落合博満だ。
「門田さんがホームランを追求する打者なら、落合さんはヒットの延長線上にホームランがあるかのような打ち方をしていた。だから、門田さんのように毎度フルスイングをするわけじゃないんです。インパクトの瞬間は力強いんですが、基本的には脱力タイプ。巧みな技術でボールをバットに乗せ、回転をかけるのが上手かったんです」
フルスイングをせずに打球に角度を付け、スタンドに放り込む。これを可能にした落合の打球の「回転」は、どのように生み出されたのか。ヒントはやはり「バレル」理論にある。バレルゾーンに打球を飛ばすためには、ボールの中心を捉えるのではなく、そこから約6mmほど下を叩くのが最も効果的だと言われている。こうすることで、打球に強烈なバックスピンがかかり、軌道は美しい弧を描く。落合は若手の頃からそれを肌で理解し、ティーバッティングの練習ではあえてボールの下を擦って上方向に打球を飛ばしていたという。
「僕や中村剛也(5月9日時点で通算461本)も落合さんと同じタイプ。フルスイングで強く打ってスタンドに叩き込むのではなく、ボールをバットに乗せてスピンをかけます。ただ、スピンの効いた高い放物線にもデメリットはある。ドーム球場ならいいんですが、屋外だと風の影響を受けて押し戻されてしまうんです。アゲインストの風が吹いているときに、『ギリギリ入らなかったな』ということがよく起こりました」(前出・山崎氏)
日本球界には、山崎氏を苦しめた「風」を逆手に取り、ホームランを量産した打者もいる。
「掛布雅之(通算349本)は、浜風に乗せたホームランが印象的でした。あえてスライスボールを打つような練習をして、バットの芯に当たらなくてもスタンドに入れる技術を身に付けたのでしょう」(前出・木俣氏)
甲子園の浜風は、ライトからレフト方向に強く吹くため、一般的には「左打者殺し」と言われている。かつて阪神で4番を務めた金本知憲(通算476本)が、「東京ドームで看板直撃になるくらいの打球を打たないと、左バッターの打球は甲子園でホームランにならない」と語ったほどだ。
ところが掛布はそれを逆手に取り、あえてバックスピンではなく左方向への回転をかけ、浜風に乗せていたというのだ。高く飛ばす、遠くに飛ばす技術も美しいが、本拠地の性質に合わせた掛布の超絶技巧も、負けず劣らず美しいホームランと言うべきだろう。