月別アーカイブ / 2017年08月

何をしててもやる気が出ない、何をしてても人生が辛くなる。もういっそ飼い猫になって、毎日フローリングでゴロゴロしてても怒られない、そんな生活を送っていたい。飼われたい、これは割と昔からある欲求で、でもそれはただ飼われたいんじゃなくて、誰かひとりに熱狂的に愛されて、ついでに生活に困ることなく暮らせて持て囃されていても許される環境、に一番手っ取り早くて理想的で都合いいのが、飼われたい、なだけで、本当に飼われたら日本だとそれは監禁ってことになるわけで、そこまでのリスクを背負ってやることではないしそこまでのリスクを一緒に背負ってほしいような君は多分私とはそんなに大きなリスクを背負う自信も必要も覚悟もないと思うので、結局何が言いたいかと言うとそんな無駄な妄想も期待も辞めましょうね、と、そういう訳なんだけれどどうにも出不精で、Twitterに『1分間片足立ちすると3時間集中できる』とか書いてあったからやってみたら身体能力低すぎて20秒でコケてた。無駄な足掻きも全部早くやめたいんだけどなー。でもそれを求めるのは限りなく私で、本当に全てがゼロになったらそれはそれで辛いんだろうなあ。それすら気づけないくらいゼロになればいいけど神様はそんなに優しくないから、ほらこうやって今日も食べたくて仕方ないわけでもなかったロールケーキ食べてカロリー見て悲しくなってるし何してるんだろう自分こうやってる間に同級生はどんどん頭良くなってるんだろうしんどい、時間早く止まってくれ頼むから、とまた無駄な妄想を捗らせているわけで。もし神様が一つだけ理想を叶えてくれるなら、今の私と全てを逆にしてくれと願うよ。無駄に愛を持て余す女よりは、愛に寄り添えられる男だったら良かったのに。趣味で絵を描く人間なのでよく好みの男の子をルーズリーフに書き上げては辛くなる。女への圧倒的劣等感、でも女を酷使しないとやっていけない自分がいる、そして女だから許されることを甘んじて手管にして女だから許されないことに立ち向かえない。だから化粧だってするし髪の毛も巻くし曲線的パーツの色めく服の方がよく好む。「それが社会では優遇されやすいから」。もし私が髪を切ったらどうなるんだろう、一人称を「俺」にして? CHANELL'eauではなくGATSBYのワックスの青リンゴ、アイライナーの代わりの指先のささくれ、タイトスカートじゃなくてカーゴパンツを纏って、文書きよりもみんなでサッカーしようぜ!ここまでの男像は確実に私の偏見だ、案外男の方がもろくて繊細で丁寧なことを私は聞いている。そしてそれを発散するどころか発散という言葉に至ることが恥だと、そういう固定概念偏った常識がありがちで当たり前だから逸れることが出来ないようで。全部固定概念、だいたいの存在を、《パンピー》《オタク》《リア充》《一匹狼》《コミュ障》《ツンデレ》《陰キャ》《ギャル》《変人》《ぶりっ子》《メンヘラ》《オタサーの姫》《ヤンキー》《ガリ勉》《熱血》せいぜい6文字程度のジャンル分けにしたがる人間が、固定概念ゼロで生きているわけがない、それに気づいた私すらも固定概念でしかない、「女はこうあるべきだ、男はこうあるべきはずなのだ」そんなつまらないもの捨ててしまえよ!といえどもそれが楽なんだよ所詮男と女は別の種族、体の構造だって違う、それこそオメガバースの世界がリアルだったら男も女も差はなくなる(αβΩの違いは置いておいて)だろうけど、しっかり現代では女が孕んで男は種蒔するそういうシステムなので、いくらフェミニストが平等を叫んでも、レディーファーストなんて言葉が生まれても、その時点で「男が女に合わせてくれてる」ことには変わりないし、これに関してはあまり追及したところでもうどうしょうもないから人それぞれいろんな価値観があると思うとしか言いようがない。女が孕むから子孫繁栄できるんだ、女が上だ!って意見もあったりするけど、最近の研究で精子だけでもも子供が作れるようになったらしいねもう通用しないね困ったね。今度平等に仕立て上げたと思えば、セクハラ、パワハラ、男が「着替えの覗き、下から見るか?横から見るか?」とか冗談めかせば目くじら立てた女が「下劣な犯罪をネタにできる日本、ありえない」と批判立て、それはそうだろうけど、例えば、別に口に出して笑わないだけで女だって男に俗的な感情で諸々を発散してる人間もいる、その年齢層はたしかに幾分か男性陣に比べれば高いかもしれないけど、それだけで、寧ろ男の方がタチのいい下ネタが多い気がする。寧ろ「性犯罪の温床」に自ら立とうとしてるのは女性自身じゃないか???とも。別に発言の自由だ、そう思う人がいればそうと思わない人もいることは前提で、批判をしている女の人に、男の人が「そういうことを言ってられるほど日本は平和なんじゃないか」と言っていて。それ一理あるなーと。※でもそれを男が言うんじゃダメだけど。女の人によってはというか大半は不快な下ネタを言わない、といえど、私はそれは、「女はそういうことを言うべきではない」という固定概念がまた働いていて、女の子が抑制してるだけにも思えるんだけどなー。いだって言おうと思えば言えるけ言わないのはその程度なんだし、言っても得がないと言うなら、それは賢明な判断だけどそれは個人的な都合不都合なわけで、男はそもそもふしだらに下ネタをいっても「あまり問題なく生きていけた」人種なんじゃない?そしてそれを許したのは、男でとあるけれどやっぱり女なんだと思う、「許さざるを得ない」と洗脳されて。だからってそう言う下劣な犯罪まがいな下ネタ、を全男性陣が言ってるわけでもなく、なんならそう言う下劣な犯罪まがいな下ネタ、を話のネタにしてるような女もいる。案外出会わないだけで小学生の女の子とかでもぼそっと言ってたりする。のを、せめて女子校に通っていた幼い私は聞き逃していない。そんなもんだ。傾向として現代日本は男尊女卑なので、ま、多少なりその響きはある。同じ問題なことを言うのでも公衆の面前で何も考えずに発言する男子中学生、裏垢で同志とだけ滾る30代OL。周りへの配慮とかうんたらを見たら、まだ女の方がまともな状況かもしれない。結局は根本は同じかもしれないのだが。でもそれで女が男女平等を謳うなら、せめて同ラインに立たなくても抑圧もせず合わせもせず、ただそういう人もいるんだなで終わればいいのにね。わがままなんだよなあ。自分達は男性と同じ人間なのだ、変わらないのだ、というなら、そういう「下品なタブーなネタ」を公衆の面前で話すような男が目につきやすい「人間」と自分たちだって同じなんだよ、高飛車ぶってるんじゃねー
私たちがもし、卑弥呼の時代に生まれていたらどうなっていたんだろう。女が主体で、男は頂点に立たない世界。立てない世界。なんならそこの差がなくなればベストだけど、どうしても人間は優劣つけたがるから難しいんだろうなあ。あーあ。

(もちろんそういう破廉恥なことを言わない男や女が大多数なのはおいておいてのはなしね)




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痛い痛い、なんて泣かないで?






配信中、「どんな曲が好きですか?」とか、「どんなバンドが好きですか?」とよく聞かれる。悩む。本当に私はなんでも聞くのだ。ドビュッシーからFrank Sinatra、正直Ed SheeranもハマっているしSEKAI NO OWARIのライブにもよく行く。夕陽が苦しい日は太陽族を聴くし、平井堅を友人とデュエットするのがカラオケの醍醐味、十八番は大震災復興ソングの「花は咲く」。渋谷をギャーギャー騒ぎながら跳ね回ってたあの頃は爆音で「Booyah」が流れていた。校内を歩きながら口ずさむのは「エウテルペ」で、夏だから「勹″ッと<るSUMMER」を何度もリピートしてしまうし、冬になれば「About me」をイヤホンから垂れ流す。今聞いてた歌は「サイレントマジョリティー」で、「Free Fall」を君に聴かせるのが夢なんだ。(君のすきな歌は知らない)
私の人生は音楽なしに語れない。音楽ができる訳でもないけど、どの思い出にもこびりついたテーマソングがあって、それを聴いている間だけは世界が固まる。だから時間が進んでることに気づかないんだけど。キッツ。
兎に角、どんなジャンルの曲も聴くのだ。シャッフル再生は、しない。
でも敢えて、どのジャンルが一番人生を目覚めさせて、狂わせて、導いてくれたかと言うと、「VOCALOID」だと思う。私の自我が目覚めた時からVOCALOIDはそこにあって、私はたかが17年の功、VOCALOIDは10周年、目が死んだのが小学四年生のときだから、8年間常に寄り添ってきたジャンルがVOCALOIDだった。多分、ジャンルとして確立された年数分と自分のジャンルとの親しみの年数分との比率差が一番小さいのがVOCALOIDなんじゃないか?クラシックとか言ったら、もうウン世紀分も差が生まれてるし(笑)
バイオリンを年少の頃から嗜んでいたので、クラシックの方が身の回りにあった環境は長いんだけどね。勿論、クラシックも良く聴きたくなるし私のリストにもぎっしり"四季""ノクターン""運命""交響曲""Ha・lle・lu・jah"…最後のは冗談ですってばー。メサイアってことで。そうそう、幼稚園の時の私の好きなアーティストなんて、葉加瀬太郎だったんですよ?ふふふ、時の流れは残酷ですね 今でも最低に心地いい朝なんかは、「Asian Roses」に身を任せるときもあります。大抵そういう朝は脚を挫く。
VOCALOIDの無い時代に生まれていたら、私は私じゃなかっただろうなというくらいにはVOCALOIDの影響が大きい。さっきから壮大過ぎるifが多くない?打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?の残響ですか?因みに私は花火は上から見ていたいです。どこかでもこんなことを言ったような…。別に私は作曲家ではない。むしろ歌詞は作れるしリズムは出るけど、その曲調を書き起すのができない。からそういう直接的な影響ではないのだけど。VOCALOIDから派生して、誰だって表現を興せることを知った。美しい絵で世界を具現化できることを知った。フレーズで人の人生観を変えることも知ったし、粋な言葉遊びの面白さを知った。箱庭で生きてた私は決まられた勉強しか知らなかったから、動画を見て考察をして、「答えがない(本人の中でしか分からない)」ということも知れたし、私の知らない世界が溢れているということを痛感させられた。VOCALOIDなんて所詮、人の作る音楽で、いくらでも捏造はできるし書き換えることも出来るのはわかっていたけれど、ゼロから1を生み出すことが不可能なことくらい幼い頭でもわかっていたので。オタクとか、そういう概念ではなく、ただ「表現としてのジャンル」として圧倒的に富んでいて、私に多大な影響を与えた存在なのだ。

「メルト」で恋というものがこの世にあることを知った。「天ノ弱」でどう足掻いても埋め合わせ出来ないものが確かにあることを分かった。「千本桜」はつまらない女子校生活のレジスタンスの切り口だった。「はちみつハニー」で別の道を歩む寂しさを知って、「Leia」は私が私になる生の起点。ネットに強い萌え声のとても可愛い友達が教えてくれたボカロの「ウミユリ海底譚」でこういう(ミクの声の)調教もあるんだなあと感心した。「終点」と「地球最後の告白を」はまだ気高かった15歳の終止符。
「廃景に鉄塔、「千鶴」は田園にて待つ。」で陶酔して、何も考えたくない時は「崩れゆく世界にさよならを言う僕は」をよく流していた。「愛迷エレジー」「夜咄ディセイブ」「1925」「ドーナツホール」「リバシブルドール」にやるせない思いをぶつけて、クリスマスが近くなれば「金の聖夜霜雪に朽ちて」を聞きたくなってしまう。「ダンスナンバーと共に」でちょっとだけ背伸びしてみたりして、自暴自棄になると「ローリンガール」を聞くのがお約束。

ここまで書いて、別に曲知ってますよ自慢とかではなく、ただ私の人生にこれだけの音楽が強く関与して影響を与えたことをまとめておこうと思ったのだ。なんなら、5年間以上初音ミクprojectDIVAarcadeという音ゲーが一番得意だし、お家の箪笥には初音ミクのフィギュアが陳列されている。初音ミクの曲を題材にした小説も数多く購入した。私が単語の掛け合わせに感銘を受けたのもVOCALOIDの曲が題材の小説文で。初音ミクのイラストを何回書いたことか!初音ミクはわたしの青春を抽象して形象してくれた。それにどんなに助けられたことか、救われたことか。
多分、それ自体の役割は初音ミクじゃなくても、Jpopなどでも代用できたのだろうけど、それ以上に初音ミクは私にとって魅力的すぎた。超ロングのツインテールというプロポーション、誰でも曲を作れるという「人目を気にしない」エグい直球な、それでいて感情が生きたボーカロイドプログラム。曲々に応じて様々な解釈で出来た摩訶不思議なそれぞれ独自の、その上きちんと原曲へのリスペクトも施された世界観のイラスト、漫画、小説、動画、DJ、MMD、造形師、歌い手、踊り手、演奏、コスプレイヤー、エトセトラ。所謂お嬢様校で刺激からは程遠い世界で窮屈に生きていた私には刺激が強すぎて、眩しくて、かっこよくて、憧れて。世界が広すぎた、その世界を知りたいと思った。影響が大きすぎた、いい意味か悪い意味かは見る観点でガラリと変わる、影響。思春期の私への教育に近かったのかもしれない。ボカロがない人生なぞ考えられないというくらい、ボカロへの愛着が大きい。全部、前記の言い換えだけれど、本当に力説したらキリがないくらい強調していきたいのだ、初音ミクが筆頭としたボーカロイド文化というものがどれだけ多大なもので力を秘めていたかということを。

それでもボーカロイドが出来て10年だ。流石にもう最近のボーカロイド界にも衰退を感じていて、ボカロ古参厨のボカロpや歌い手などが次々と行方を眩ませて、私の大好きだったボカロpもネット世界から足を洗ってしまっていた。「初音ミクの消失」がリアルになるのも近いかな、と思っていた。その時に、砂の惑星が配信された。




知らない人のためにメモっておくと作曲調教は「ハチ」さん。アーティストの「米津玄師」さんと同一人物だ、あの「打上花火」の作曲歌唱をしている、男の人。
私は「ハチ」さんとしても好きだし、「米津玄師」さんとしてもこの方の歌が凄く好きだった。ファンとは言えない程度しかこの人を知れていないけど。謎解きのようなのだ、散りばめられたワードを拾い集めて一体何を見ているのか、推測して憶測を立てて答えのない道をさ迷う、楽しさがあった。
でもそれをやっていて、家からでないとなかなか人の意見が聞けないのが「音楽」で、分かり合えるのも友人と話したりライブやクラブハウスで仲間と話したりする上で、という段階が必要だった。
そして私もそこまでの手間をかけるほど夢中なジャンルの音楽があったわけでもなくて
でもボカロは違った、ニコニコ動画を見ればコメントでたくさんの人の「その曲への」意見や見解を見れる。楽しい、面白い!更にそこに自分の予想を筋立てて組み合わせて、果たして答えなのかは定かではないがぼんやりとしたバベルの塔の霧をほんのりと晴らしていくのだ、それをするための手間なんてニコニコ動画を開くくらいだ。それだけでどこまでも世界が広がる、関連作品だって、その作品へのアンサーソングだって、また別の目線からの作品だってすぐに見つけられるし、せっかちな私には凄くやさしいコンテンツだった。
それを暫くの間忘れていた。ボカロが停滞して、私もほかのジャンルの音楽を聴き漁っていたから。(もともとなんのジャンルでも聞くので)でも思い出してくれた、あの楽しさを、閃いた時のゾクゾクを。今日、ミクは10周年を迎えた。10年後も、私たちの世界をうつ(く)していてくれるかな。


勉強中に流していた音楽もボカロだったし、私にサブカルチャーを教えてくれたのもボカロだった、たった3分間の詩で幾重もの想像が膨らむということもボカロで知った。所詮ボーカロイドは楽器だ、あくまでも萌えキャラが添えられた、人声楽器、肉声じゃなくても人の感性を超えていけるのは、ボーカロイドしかない。



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戦うことが大切なんじゃなくて、戦う「勇気」が大切で、すなわち生きていく力を奮っていく、その癒しの一つが、VOCALOIDなの 私はVOCALOIDの責任者でもうp主でもないけど、本当にボカロに出会えてよかったなあと思う






9/1は青年の自殺件数が一番多い日らしい。分かるなあ。別に私は学校が嫌で死にたくなるんじゃなくて、やるせないまま終わった夏休みの後になんとか希望を見据えて起きられない朝を無理矢理起きて残っていた学校は全然つまらなくて。「あ、学校ってこんなにちっぽけだっけ」って思うとじゃあどこへ行けばいいんだろうってなる。趣味?特技?義務?容認?どれもこれも飽き足らないの、一学期とは違うの、なんで、何も違うことはしてないのに!!そこでそんなものだ、で受け入れられたらそれは幸い、それ以上にハマれるものを見つけられたらそれもアリ。でもそんな簡単に見つかってるならこんなに苦労しないし今頃人生設計全部作れてるって。見据えれるほど自分が順調に行く気がしないから終わりだけを提示してある。「48歳で死ぬ」。
(YouTubeの私のPR動画のコメントに、『ほんとに18で死ぬんですか?』と書かれていたけどそれはこのまま変わらないじゃ精神的に、18で死ぬ、の比喩ですよ文脈でわかって…私が死ぬのは48歳だよ、分かりにくくてごめんね)
昨日の配信の心理テストでも、私の人生は「五里霧中」なのだそうだ。迷って答えが見つからない。答えのないものが苦手で、でもそれは私が「サブカル」とか「メンヘラ」とかそういう括りに括られることを嫌がっていることと多分、矛盾する。私に絶対的価値が生まれてる人間以外の中で。だってそういう言葉を使わずに私のブログを五段飛ばしで読むようなやつに私というジャンル、を構成できるわけがない、私が「私」というジャンルの世界を普及してくにはある程度のわかりやすさが必要で、まだ私にはそれが見いだせていない。それをわかりやすくするにはまずブログの長さをなんとかしろと友人ちゃんにアドバイスをいただいた。今の私にある普及したジャンルの構成要素としては、せいぜい地元で回っていた「ヤバイ」の単語くらいだろう。ハハ、ショボ!
自分の身は可愛くて仕方ないので私を知ってもらいたいんですよ、自己顕示欲?承認欲求?そんな簡単なものではないと思ってる。思いたい自分がいる。そして、それを出来るだけ私らしく叶えたいと思ってる。うつしたいわたしをうつしたいがままに届けたい。エゴなお願いごとだ、だって結局私の生きていたい世界だもの。それでも、やりたいことはやりたい、1%でも可能性があるなら賭けてみたいの、リスキーな逃走には馴れたかな?私は可愛いあの子たちみたいに、人目につきやすい世界で私をうまく発信できないし、「ファイナリスト残りたいです」と声を大にして言えるほどの忍耐力もない。心では死ぬほど思ってる。私を知って、私を伝えて、私を愛してくれ。私にももう1度潤いの果てを見せてくれないか、と。不器用なので、(といいわけして)ブログにコッソリ主張しておくことしか出来ない。なんか自分的にブログは、ほかのSNSより閉塞的に思えるのだ、そして、そのダンジョンを攻略して応援してくれてる人たちは、きっと少しは私を垣間見れてるんじゃないか?って、期待してみてもいいんじゃないかなって思う。そんなこと有り得ないのは無理なのはわかってるんだけどね。制限がない、私の想いを辞書的意味だけでならすべて教えられる、それがブログで、言葉で、em.で。もっとツイッターとかインスタなりを活用すべきなのだろうけど、リターンホーム02カミング、やっぱり私は多くの言葉と触れて、確実な言葉と絶対的な私であろうと願っている。
だからまだ死ねない。私はまだ未完成だ、せめて私の中では私の言葉たちは私を網羅しきれていない、ブログの更新スピード、語彙力の欠如、新しい言葉に触れれば古い言葉が抜け落ちる。永遠に終わらないかもしれない、最初から無謀かもしれない、たった31年で完走できることでもないかもしれない。でもやりきりたいの。ニュアンスなんかじゃ嫌だ。定義なんてもっとダメ。踏み台なんかじゃない。大真面目に、真摯に、ゆりかごへと回帰したい。








正直私も明日が怖い。JKの夏が終わって残った学校は楽しかったっけ?ミスiD2018SFになってから全校生徒の集まる日程は初だ。からかいが本気なのか優しさなのかも分からない。1年と一日前、ミクが死ぬことを決意した、でもミクは生きてる、今だってこうやって。全てがパラレルワールドの平行世界でも、初音ミクは生きてるとするならば、私達も死ぬことを決意しても生きていられるんだよ、明日も明後日も必ず生きていこう、ね。

やけに甘ったるい燻ったシガレットの香りとか、粉っぽい2.3年も使い倒している化粧品の香りとか、ブランド名を冠した合成香料の花の香りとか、人の汗を覆い隠すように霧吹かれた消臭剤の香りとか。そういう詰まりすぎた女の匂いは、嫌いじゃない。何でもかんでもシャンプーの匂いの香水にファブリックで固めるよりは、マシ。



私は死ぬことが死ぬほど怖いんだ、だから生きてる、でも生きてたって幸せなことが無作為に起きるわけではないし、むしろ夢も希望もないのが当たり前で、それを甘んじて生き続けなきゃいけないなんて、私はまだ幼いので、大人じゃないので、だから生きてるって実感出来るように幸せになる為に生き動いている。ここのところの私は、「屍のまま生きていた」と思う。高熱続きだったり、家を出るのが億劫で部屋に篭って光も浴びずに勉強してたとか、そんなこんなしてると日光不足、睡眠障害、慢性疲労、日々鬱々になっていて、体調が良くなってきた頃に似合わない街に繰り出してやっとそう思った。自分が窮地に立ってしまうと他人にばかり目がいって自分が疎かになりがち。人がああだからこうだからじゃなくて、私は私のやりたいことを真っ直ぐに。美しい友人達と久しく会う度に、そんなことを考えていた1週間だった。

私の友達はちょっと変わった経歴の友人が多い。人と違うから魅力的だし人と違うからその分沢山いろんなことを考えていて。その人と違う、はいい意味も悪い意味もある。世間的に「いいもの」に括られるのは、例えば、圧倒的な美貌を持つあいつだったり、飛び級してNYの大学に行くあいつだったり。そこでだって世間的に「悪いもの」に転換しがちで、人知れない努力を「不都合だから」見なかったことにされて、なんでも持っていて狡い、と意図せずとも目の敵にされたり。資金の為に限りなく「黒に近い仕事に就いた」だけを引っ張られていたり。わかりやすく言うなら、地毛が茶髪だった女の子が、散々人に染めてるの?と聞かれるのが嫌になって黒に染めたら、色落ちしてきた頃の地の茶色でさえも「でもあいつ一回染めてるしあの茶色だって染めだ、やっと証明できた」と言われてしまった。そんな感じ、分かるのかこれ…?
人と違う、個性を持つというのは表裏一体で、それが受け入れられるか拒絶するかは一層周りの環境で変わる。環境のせいにするな、なんでも季節のせいにしやがって!そうは言っても所詮それなんだよなあ。いくら善良な人間が最低限以外はすべてに奉仕を尽くしていても、人間は最低限の方に目が行きがちだし、そういうことは大体の人間が出来ない、或いはしようとしないので、自分にはないものを妬ましく思って叩く、disる。妬みだとか憎みは自分じゃ案外気づかなくて、それは私もそう、なにかに言及する時、"楽だから"人を土台にしがち。最近の私も。良くないなあと思うよ。人を羨ましがる分にはよくても、そこに負のパワーが加わったところでなにか生まれるかと言われたら何も生まれない。だから世界を変えられない、世界を変えられなくてもタダでさえこれだけ
蔓延ってるんだから、負の感情エネルギーは尋常じゃないなあ、と思うよ。なんで人間は、幸せなことが8割で生きてるわりに残りの2割に固執しがちなんだろうね?そういう所が人間の手癖なんだよなあ。
そういう手癖が集まるような所に踏み入れれば、「無難」が良質で普通と言われがち、だってそれが一番世渡り上手なんだもの〜!膝上5センチ、靴下は2回折り、慈母のように微笑んで、挨拶はごきげんよう、如何にも手篭めに出来そうでしょう?マットな赤のリップが凛々しいけれど、ぷるぷるの300円リップクリームが案外ウケる。それがDiorのマキシマイザーだったと言っても、僕らには生まれつきのほわほわくちびるに見えるから、そういうことにしとくといい、らしい。あざとさは貧弱とそう大差なくて、そこにプラスが働いてるかマイナスが働いているかその違いじゃないかな。別に、生き方なんて自分がしたいようにするものだし、個性の以前に精神の自分があって、肉体が付与されている。精神の自分がこうしたいから、こうしたら一番いいから、って方に行くために、じゃあ「こう」に受け入れられやすい個性を作るべきだ、或いは、「こう」もしたいけどその前に私は「個性」のこうにもなりたい、どちらも叶えたい。そんな感じで個性は生まれると思う。目的がない人に個性は生まれない。その目的はただ、生きたいからでいいんだよ。わざわざ高見えとかそういうものを置こうとするからチープに見える。自分を高めるわけじゃないけど「死ぬのが死ぬほど怖いから」でもいいんじゃない?でも「死ぬのが死ぬほど怖いせいで」ではいけなくて、目的すらも自分とは別にあったら、それは前も言ったけど目的が完結した時に自分も死ぬので、終わりの見えない絶望くらいが丁度いい。そしてそうやって個性を高めて生きてくれてる人間は、面白くて、美しくて、かなしいくらい優しい。




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個性は飽きない趣味だ





服が欲しい、機材を揃えたい、学力を付けたい、愛し合える伴侶と人生を共にしたい。目標となる欲望はよくもまあこんなに枯れないなあと熟思う。痩せたいし、かわいくなりたい。でもなかなかそれは難しくて。そういう目標の前には煩悩がちらつく。直球的な欲求。「でもこのお金があれば美味しいソフトクリームが食べれる」「今はサボってゲームがしたい」「おっぱいに弱め」。私の座右の銘は「運命を享受せよ」「欲望に貪欲に」だ。欲望に忠実なのではなくて、貪欲なのがポイント。

友人達と服について話していた時、度々上がる『服の選びポイント』。某くんはそれを「10年後まで着られるデザインかどうか」だと話していた。何人かも賛同していて、いい物差しだとも思ったけど、私はそんな基準は気にしないなと思った。
そういう考え方は、物を節約してより良く生きていくにはピッタリだと思う。そりゃ本当に10年後まで着ていけたら毎シーズン買い換える人間よりはほかの趣味にお金をかけられるだろうし。でも、そんなデザインじゃつまんない。つまり『10年老けた自分がその服を着れるか』なわけで、そんな今の自分を見てられないなんてつまらない。寧ろ若い頃の自分が着れるかくらいのポテンシャルの方がいろんな服着れるって!若い時しか着れないギャル服だってロリ服だって裏原系だって、その短命でいかに使い切るだから惹かれるんだよ。だからJKの制服に惹かれるんだってファンの人がリプくれた(^-^)
ちなみに私の服の選び方は『今の私が人生を賭けてでも着たいデザインかどうか』がメインですが、パパは「その服を着て死んでも悔いはないかどうか」で選ぶらしいので、ニュアンスが似ているなあと思ってよく服選びに行きます。さすが親子〜なんだかんだ学生だし安物に目が眩みがちだけどそういう誘惑を断ち切るように頑張って生きてます。頑張って下手に安いものからの誘惑を断ち切った月は390円ショップに行って掘り出し物の古着で無駄にお金を使いたくなる衝動を発散するのも楽しいです。390マート侮れない。そうは言ってもやっぱり買い物失敗したな〜って時もあるけど。『10年後も草臥れないものを選ぶ』のも一手ですよね。買い物は深いなあ〜。




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ブスだって二の腕出したいしデブだってヘアアレンジしたい 胸がなくたっておへそ出したいよね まだ自我が目覚めてない頃の私 とびきりの笑顔 自分を知らずに終えれたらいっそ楽だったのに






運命を享受せよ。一見これを言うと、諦念を是認しているんだと囚われるけど、そうじゃなくて。所詮人間、やれることは限られている、この文明じゃあタイムスリップ出来ないし瞬間移動もできない、でも所詮人間なのでなんだってやろうと思えばある程度はなんでもやれるしフラストレーションだって起こせる。多分。アニメ見すぎかもだけど。でもどんなに行動しても神を欺くことは出来ない。神様なんか存在しない、なんて言うけど私はアイドルがいる限り神様はそこにいるんだろうなと思うよ。お化けは怖いから信じないようにしてるけど。見えない神様だから期待しすぎたっていい、ってのは神様への差別?迫害?でも都合がいいから、絶対に自分の味方になってくれるから神様なわけで…そうやって縋るものがなくて全人類が生きていけてたら、今頃神様という概念は『見えないので』生み出されなかったでしょう。いるにしてもいないにしても『見えないので』所詮は神様も人間の産物で、都合のいいものなんですよ、ハハハ。クソみてーな世の中だな全く。「神様はいつだって見ていてくださる」なんてデコ出しシスターに洗脳され続けたから、神様はいつも見てると思ってるのは前提条件ね。結論からいえば私達は何をすることも出来るけど、何をするにも『「何をするという思考も」その思考ですらも』(無限に続く)全ては神の管理軸内で、それをぶち壊すのは神にでも反逆しないと無理だし、それは無謀で浅はか、(でも案外そのくらいの人間がとんでもない力を持ってるオチも多いのが人間の面白いところ)だからどんなに運命を変えていこうとしてももうそれですらも運命だから、何をしたってそれは「運命」で、だから無限大の選択肢の運命を如何に好都合に選択していくかが鍵で、何につけても運命になるなら、作れない運命を如何に見つけるかどれだけ探し出せるかが生きるヒントになると思ってる。から、「運命を享受せよ」神への謀反以外はすべて運命になるようなので。だったら制御せずとも如何にだって生きていけると、そう思う。無茶苦茶やったって、そんなのたかが人間の価値観の「無茶苦茶」程度で、全人類に見放されるくらいの「無茶苦茶」やらないと、神様の深淵の端になんて辿り着かない。それをやるかやらないか、は、僕次第、だよね?
ちなみにこれを座右の銘にしてると、辛いことにあった時悲しい時惨めな時、「これも運命だ」を濫用する事でちょっとだけ楽になるからおすすめ(あまりいい生き方ではないので太鼓判は押せない)





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遠くで発車のベルが鳴り響いている音がした






誰だっていつだって誰かの羨望になる
人間はないものねだりで
自分にないものばかり追いかける
マスカラ、タトゥ、ペディキュア、パーマ
笑顔も、涙も、シワも
コーティングしたものを、自分だと思うか、誰かの模倣だとおもうか
如何に自分の肉体を愛せるか
それは君が生かすし殺せるし
生きやすい世界を創るために戦う女の子たちは 
限りなく尊い
尊さは、世界を変えられるかもしれない、ね
願わくば恵みを呼べるように、反響したらいい




ここ2日間で、大きく体調を崩していた、40℃越え、その直前にケーキバイキングに行ったもんだから親にも病院に行きたいという旨も言い出せず、なんか頑張って自力で直した。偉いぞー私。我慢強くなりました。もっともっと我慢強くなりたい、私はプライドも多くは捨てられないし、なんなら全てに諦観してられるほど大人でもないので!

だいたいミスiD折り返し地点に入ってきたわけで、小林さんの「自分らしくないことはしなくていい」の言葉を少しだけ心に留め、父の「今のお前の感性を大切にしなさい」の言葉も大きく留め、ここまで来た。嘘。ちょっとだけそれに甘えて自堕落だったのかも。いやそんなに私自身常日頃からはストイックな人間じゃないからそれも私なのかも。というか、ストイックっていうよりは何にでもハマれる人って凄いよね。私その時に興味が湧く事にしか熱中できないもの。器用でもないから、苦手なことに無理やりは熱を注げない。でも好きかもと思ったことにはとことん苦しんででも継続できるよ。私は人類としてはなかなか見憎い方のジャンルの系統に入ると思うのですが、それを認めきって泥臭いことも出来ないし、かといって神聖でキラキラした女の子たちに混ざるのは恐れ多くなっちゃう。こうやって自分分析、兼ねて人間観察をしていて、自分があれだけ、生きているというのにサブカルとかメンヘラとかギャルとかそういう括りを植え付けられるのが嫌だなって思ってたのに結局ジャンルとかいう言葉を使わなくてはならない、というよりはそういう言葉を使うことで自分の労力が圧倒的に減るから簡略してしまってるんですよね、ええ、だからそうやってすぐにぶりっ子とかドジとかブスとかツンデレとか美人とかそういう括りに引っ掛けて人に評価をつけてるみなさんの気持ちも分かるんですよ、人生17年、年上の方々なんて私より2倍も4倍もなんなら6倍くらいだって長く生きているのです、そりゃあ、一人ひとりを見てたらキリがないし一人ひとりを瀬戸際まで解読して記そうだなんてそんなん100年あっても足らないしそんなことしてたら寧ろ自分が衰弱死するわ。結局自分の身が一番可愛いのはお前らも私も一緒なんだよ。今まで人間を思い浮かべる時一瞬にしてその人との思い出全てを浮き彫りにして、或いは身体的パーツ、特徴ではない、黒子の一つシミのひとつまで懐く思い出せてる?次いでに、その人の過去現在に於ける人生経験心境苦悩奮闘すべて思い起こせる?無理でしょそんなの、私だって両親疎か一番仲がいいと思ってる友人達(ここまで来ると優劣がつけられなくて一番が何人もいるのは内緒)の全てを知ってるわけじゃない、ていうかもう何も知らないに等しい、完璧に知りえてるものなんて名前と生年月日、血液型くらいじゃないか?家族構成だって親戚隅から隅まで知ってる訳では無い、好きな食べ物も嫌いな場所も全てを知ってるわけじゃないし、君が君ですら「まだ」掬えていない多感を、他人の私たちが救い取れるわけが無い。勿論彼女達にもプライドもプライベートもプライバシーもある、から言いたくないことも言えないことも言いたくても言えないこともあるんだろうから、たかが他人が詮索しちゃいけないなと思うし、わたしもたかが他人に思考や行動に好みや危殆、或いは救いにしてるもの、全部は知らなくていいし全部知られたら消えたくなるし私がこうやってブログを書く必要もなくなってしまうのでやめて欲しいなあと思う、表現活動は原動力だ、そしてその原動は自ずとも自らが自分の身を大切にしてない人たちは、死ぬ怖さを味わってないから知りたくて仕方ない、から自殺だって薬物だってリスカだってする。病んでるのと好奇心を都合よく結びつけて、傍観者もその方が都合がいいから「とりあえず病んでるしメンヘラでいっか」って紐付けしてる。人間全てにおいて社会的に成功していく人種は狡賢い人たちなんですよ。敢えて狡を付けたのは私の見栄っ張りですよ。ふふ。利用されるよりも利用するもの、服従した者よりも支配する者、いじめられっこよりいじめっこ。いつだって学生よりも先生のほうが偉いし、子供よりも大人の方がえらい。なんなら女よりも男の方が優性だとも言う。これに関しては思い込ませに近いと私は思うけどねー。
でもね、男達が自分達の方が有能だって洗脳してる分、女達は私達の方が美しいし真っ直ぐだし尊いのよ、なんて騙してるからもうダメだよ、嘘ばっか、お互い都合良くしてるんだからwin-winでいいじゃんってか、反吐が出る。そんな適当に妥協してるから地味に甘やかしちゃうから調子乗ってデモとか暴動者が湧くんだよ。ねえ知ってる?ずっと限られた空間で限られた情報の絶対的権力としか触れないで育った子供はその限られた情報が自分の生き様と食い違ってこない限り反抗の「は」の字も思いつかないんだよ。別にだからって徹底して私達は利点を貪り合いましょうだなんて滑稽なんだろうし、お互い劣勢ですねなんていうのも「私達は別の人種なんだ」から無理だよ、私は男女は別の生き物だと思ってるよ、まあこのことはまたブログに書きマース





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目覚めたら隣に相棒がいた 最高にいとおしい私の相棒にゃんだよ🐾
(ブログ書き終えたのはなんと起きてから5時間後 めちゃ自分なりに考えて書いてたからね)






テレビの占いに度々あやかりがちなんだけど、悪い運勢を見ても気に揉むだけなので占いが始まっても最初の40秒くらいは口濯いだりして悪い方は聞かないようにしてるのに(それでもそのあと見てれば「いい方」のか「悪い方」なのかは分かっちゃうんだけどさ)、とどのつまり、最後の最後に運勢1位と12位がならべられてアナウンサーがテンション高めに「さぁ〜今日の運勢絶好調なのはどっち〜?!」ってさ、いい結果しか見たくないから途中から見てるのにここで最下位発表するわけ。そりゃないだろ〜!朝から悪い運勢見ても不快なもんは不快!勿論悪い運勢だということを、ほかの11星座の人達に今日1日は劣っているのだと気に留めて、何事にも気を配れば、いつもよりも効率よく精力を捻出できるかもしれない、そうやって考えると案外悪い運勢を見ることも悪くないんだろうけど。私はテンション下がっちゃう〜単純人間なんだもん〜〜〜しかもそういう朝の一日の占いを見た日に限って、12位だったりする。チクショー!コウメ太夫じゃないです。



随分上から話が逸れたというか、そもそも方向転換してたけどそうそう、わたしはミスiDのことでもう一つ書きたかったんだよ。そうそう、ミスiDが始まって折り返し地点、正直いつも通りの私で私らしく生きて果てさてこれが私らしさなのか?と自分を疑うこともあれば、もっと私に出来ることがあるよな?と自分を過信しすぎてる時もある、そんな過信を俯瞰して今度は落ち込む、なんも出来ないくせに、自分ご都合主義なブログ書くことしかできてないしこんな長文で主観まみれで読んでも疲れる、そんなブログ忙しい審査員様のお目を煩わせるだろ、と、ブログとかって割とこんな重いことよりもっとハッピーになるようなものの方が多いらしいのにね、ほら、フェイスブックに近いというか、なのに私の文面はツイッターの自己主張が永遠に続いてる感じ。いやー、他人目線で見てもだるいわそんなん。よく付き合ってくれてますな。ありがたやありがたや。日常っぽい文面、1割しかないのにね。その1割を楽しみに読んでくれればいいけどさ、兎に角やりきりたいと思っているけどなんとなあく、そのやりきりがかなった後ですら満足いくのかな?と思う時がある。ちなみに、この1ルーティーンを最低一日一回はするのが日課になりつつあって辛い。なんだこの過酷なルーティン。ほぼ受難じゃねーか。わたしキリストにでもなるつもりか。あほか。しかもここ2日間寝込んでたからか余計に考え事が増えてたせいでこのルーティーン2日間でありえんしてた。
でも多分それはどのセミファたちも思ってて、ってかセミファ決まって二日目くらいからファイナル残れるか不安、泣きそう、みたいなツイートみかけてるし、その度に心で「チョーわかる〜!!ウチも泣きそう〜一緒にマクドで慰め会しよーぜ〜!!」とか言いたくなるけど、別にあっちは誰だよって思うと思うし実際私もそこまで仲いいわけでもなかった、てかセンセーに「ネットで知り合った人に会っちゃダメです!」って言われてたんだった〜!アチャー!そもそもミスiDは人間不信でもどかしい人間ばかりだというスタンスで参加してるつもりなので、まずフォローしてもフォロバが帰ってこない、そして私もまだこのこの真意が見えないな、と思ったらフォロバ出来ていない。気にはかけてるんですけどね。なので突如にマクドで慰め会なんて提案したところでわたくしめフォロワー130人程度からスタートしておりました故人脈もなければツイート内容にブログ等表現活動も媚もない、万人受けではありませんし万人受けなんてクソくらえと思い精進して参りましたので、気味悪がられるのが怖くてチキりました。ごめんなさい仲良くなりたいです(と一番読まれにくそうなブログから愛を飛ばしておく)。
小林さんからメールが来てて、この期間は自己顕示欲と共に、メタ認知の二つとの葛藤だと、でもそれに答えはないから試行錯誤してやりきりなと、あとは、僕は気まぐれでリストなんかで平等にRTしてるつもりだけど全員を平等に見きるのは不可能だごめんね、と。(他にも内容あったけどそれは他のセミファちゃんがブログに簡略してたりするから頼ってみてね♡と託す)
そうなんだよ、今の本題は、自己顕示欲とメタ認知の葛藤なんだよな(実は小林さんからのメールでは"戦い"という言葉を使っていて、でも私は皆vsで戦いにきてるんじゃないからという自念を込めて"葛藤"という言葉を使っている)。多分、このミスiDというものを通して、それぞれがそれぞれなりに、「愛されたい」でも「見返したい」でもいいし、「有名になりたい」「ただ見ててもらいたい」、はたまた「正直なにかしたい訳でもないけどしなきゃいけない気がした」みたいな強迫観念もいるんだと思う。私もこれに近い。青が死んでる限りわたしは生きていなきゃダメなんだ。『俺らはさ、その青がなんのことか未だに教えてもらえてないけど、例えばその青が生き返ったら朴ゆすらはどうなっちゃうの?』うん、もしそんなことがあれば私はまた死ぬと思うよ、物理的には48歳で死ぬって決めてるけど(笑)でももうあの青は見れない、私が御伽噺に挿し入れられられたように、きみも少しは幸せを手にしたんだろうし、その対価に君は死んだし私だってきっと君の中では殺してしまってるんやろな、いや、殺したのわたしか、どちらにせよきっと君の中ではせめてわたしは死んでいると窺えるよ、君が夢に出てくるから私は毎日冷や汗垂らして飛び起きて、乱れまくった自律神経の張り巡った心臓がまた私を殺そうと手にかけてるのに、君は家を出られない、論より証拠、物は試し。
そんな様々な感情欲望執念渦巻きながら君臨するセミファ、そりゃあいろんな人間がいるなあと勉強になった、お陰で常に頭はフル回転、熱も知恵熱かな?(笑)お陰様で熱出てる時に友人に助け求めたらお前受け答え赤ちゃんかよ、と一笑された。2歳児じゃないよ!!!立派な17歳児!!!🌿🌿🌿そしてお陰様で人の情緒なんて英単語よりもうんと少ないのに、いやいっそ下手したら九九のレパートリーよりも少ないんじゃない?フレデリックの新曲かよ。数字の入れ替えとかなしね。答え変わらないけどなしね。小学校の時それで減点されたの未だに妬んでるから。九九わかりまちゅか〜??そんな限りないハズの情緒にウンと惑わされたしウンと嫌悪したしウンと影響されたし崇拝した。益々人間なんだって生きてるって実感できたよねこれだから人間は面白いんだよ!周りの人間はつまらない人間が大半だ、学校の人間達だってそう、特にうちの学校は中途半端に進学校名乗るコースだからプライド高め、余計にこじらせ気味。こじらせた人間は好きだけど、プライドが邪魔して開放しない、或いは開放させない。もしかしたらそれは私が相手だからかもしれないけど。そして私もそうなのかもしれなかて、だからお互い触れないのかもしれない。まだまだ自分がわからない。多分わたしと仲良くしている、と自負のある子達以外の学友たちは、やっぱり「異端」に見えてることに変わりないだろうし、こんな奇っ怪なオーディションに参加してる時点でむしろ世界が違う、と思ったと思う、いや思いたがってるよ、きっとね。正直仲いい子たちでさえ「ゆすらとは一緒にはして欲しくないけどゆすらは好きだから仲良くしてるだけだよ」って言うと思う。ひーん。わたしたちは根源はただの繁殖動物で哺乳類でヒト科で祖先は猿で、別の視点から見ても旧約聖書に基づけば人として成り立った時点での祖先だってアダムとイブで、その視点を続ければ私達は永遠に罪を背負い続けなければいけなくて、それを拭うためにキリストが爆☆誕したわけだが、そんな甲斐甲斐しいキリストが死んだ後もこうやって犯罪が蔓延り憎悪ばかりが人を動かしているような世の中の感じ、キリストじゃ拭いきれてないみたいですね、ハハ…ぜってーユダが消化不良で舞台裏でパンゲロったって。つまりわたしたちの憎さ、というめちゃデカなパーセンテージの感情ってユダのゲロってこと?笑冗談じゃない笑えねーあんま負の感情に囚われすぎないようにしよっと!ゲロと同一は死んでも嫌だ!ほらこういうとこでプライドが捨てれない。
結局のところ、学友たちは私に感情を開きたくなくて開いてないか開く必要が無いと思って開いてないのか、つまりは開く気にさせられない自分の無力が不甲斐ないのですが、それ以前にそういう彼彼女の心を構築してきた17年間の上で、どんな経歴でどのようにそんなプライドが出来上がったかを考えると当方涙がちょちょぎれるのであります。ゴメンナサイふざけました。プライドが高い人間の気持ちはあまり良く分からないので。ただプライドは社会の洗脳に近いと思っているので、その気苦労をあやそうとは思い憚りますよ。オメーになんか心配されなくたってオメー以上には幸せな生活してるよ?へーへーそうでしたか、ごめんなさいね。
一時期何もかもがめんどくさくて「ごめんなさい」ばっか連呼してたら「ゆすらまじでごめんって思ってないのに言わないで?謝ればいいんじゃないんだけど」って言われて、いやお前だって何に怒ってるか言わねーじゃん。しかもそういう時一発で怒ってる理由当てないとみんな機嫌損ねるじゃん。でもノーヒントで解読とか無理じゃんだって私がダメ人間すぎて思い当たりが多すぎるんだもん…。(ここで思い当たりを自ら掘り起こさない感じが地雷を避けててプライドって感じですね座布団全部持ってって〜!)だから全部憶測してベストを尽くすのもめんどくさくて、しかもお互いまだ手探りですぐ喧嘩してたもんだから疲れちゃってて、穏便に済ませたくてごめんばっか言ってたら怒られた。そりゃそうだわ相手に失礼だしそんな横着しようとしたら落ち度も出る。そういうところが相手への敬意がない。たしかに当初は、敬意を帯びるほどの相手ではないと思った時もあったかもしれないけど、その相手が今でも超絶仲のいい友人なんだし、尊敬する時もある、あの時ちゃんと叱ってくれて改めて良かったなって思います。ハイ。
ただプライドの高い人たちは、自分より劣った人間に干渉しない、正しくは自分より「劣ったと思った」人間に干渉しない。すぐに偏差値とかで判別するのも、もう高3だよ?入学当初とはいい意味でも悪い意味でもガラッと偏差値変わってるからよくないんだけど、でもやっぱり中途半端進学校にいる人たちはやっぱりどこかしら欠けていて、何も無い人はいない。頭もいい上親も勤勉として成功した人が多いから、縫い付けられた自信が水を含んで肥大化する。(まだ憶測の段階だからビビットで読みにくいカラーでラインを引いてみた)そうすると徐々に、この人は自分の勉強に効率的か、そうでないか、を無意識に判断していく、だんだん本質で見極めるのがめんどくさいから見た目で見ていく。まず自分がしないような格好をする人間は信用ならない。ましてや、ケバイ化粧にピアスなんて論外だ。理解する必要もない。だってもう関わらなくても成功していけるから。中身は見た目に出る、だろ?そんなところらしいです。参考文献ですか?私です。私だってそうやって洗脳された場所でぬくぬく育っていた頃がありました。でも嫋やかな楽園よりひえびえした地獄で生きた方がはるかに自由だと気づいたのです、それも好奇心だった。外を知りたい、自分から進んでつまらない朝を終わらせたら結局足枷がついてきたのは想定外だったけど。噂話大好きだもんなお前らは。クソウザってー。本人が弁解したところで、ずる賢い人間の方が人脈があるので丸め込めるんですよ、そうそう、コネ、みたいなね、やだなーこんなの。でもやっぱり私は自由になって正解だった。温室を抜け出して待っていた繁華街は心底凍てついていたけど、私の知っていた数少ない世界よりはずっとずっと熱かった。その分面白いひともいればこんなにつまらない人間もいるんだなと思うこともあった。でもそのつまらない人間でさえ現代はフィールドを気にしなければSNSで簡単に証を残せてるんだからすげーよな。まあ私はそのフィールドじゃまだまだ経験値不足なのでここまで来たわけだけど。そして、そうやって人に出会っていく過程で、人は見た目じゃない、と常々思う。やっぱり居心地のいいところはなんでもハキハキ教えてくれる明るいところだし、ふてくされた顔よりも笑顔が見ていたい、そうなるとギャルとかヤンキーみたいな男子がわりと面白くて、要はうるさい人間は馬鹿でうるさくやってるんじゃない、いろんな事情を包んで見てないふりしてることに自分すら気づいてないだけなんだよ、気づいてないから苦しまないけど外から見てると仕草言動思いつき作法とかで案外見分けられたりする。これもまた気の所為、なのかもしれないけどね。全部を知ってるわけじゃないから。だからイキリヤンキーとかファッションのギャルとかはちょっとズレを感じる。文化祭の時だけ赤リップ塗りやがって始終塗っとれや。例えが下手ですね…

そしてそういう無自覚なうるさい子達の方が、下手に陰湿に陰口をいうようなまともぶった人間よりもよっぽど素直な言葉を持ってたりする、その言葉が拙くても、声色、表情目線、すごーく綺麗で鋭い、でも人を刺すわけじゃない、ただ足つぼ押すくらいの感覚。ギャルだってバリバリ都内のお嬢様進学校の子もいるしそれこそ最低ランクの名前さえ書けば受かるみたいな学校の人もいる、下手すれば辞めた人にそもそも入らなかった人もいる、みんな人だもん、たとえ学問がなくたってないなりに色々考えるんだよ、もちろん学力がある人も然りだけどね。でも今まで学校という概念は「つまらないもの」でインプットされてる、彼女らは思ってる以上に無垢で真面目で正直なんだ、そういう教師にしか出会わなかったから、だから勉強というところまで行き着かなかったし学校もつまらないから勉強もつまらない、そこから独学ででも勉強しようと踏ん張れるほどのきっかけがある人は、だいたい両親どちらかか両方がよく本を読んでいたり、勉強してきたことを満足に生かして生きてこれた人。あとはつまらなくても周りからの圧で逃げきれなかった人。嘘、逃げたんじゃない。足が遅かったんだ多分。それが功を奏したのかといわれたら本人達に聞かないとねえ、そこでギャルを逸楽で終わらせないでギャルはギャルでいた人たちは言葉もままならないし下品と言われるような言葉でしかニュアンスのこもった言葉を知らないからスラングしか使えない、それが逆に武器だったりもするんだけども、勉強したってこんなウチらがつまらない人間になるなんて考えたくないんだけどー!じゃあ勉強無駄だしウチら若いし楽しんだモン勝ちー!って若さに頼って遊びに走りがち、そういう社会を作り上げたのは紛れもなくエリートと呼ばれる人間達。くそみたいだな世の中。ついてこれないならあわせる必要も無い?いや1回聖書読めよ。一匹の羊くらい犠牲にできない男がせいぜい平均2万で拵えた夜景の綺麗なレストランで100万もしない指輪でプロポーズすんなよ、、え?うちの婚約指輪はもっと高いです?金額じゃねーよあほか、お前ら人間金で捌いてんのか人間は猫じゃない回収もしないしけじめだって付けないんだからそんなの悪循環死ねよ。全然過激派じゃないヨー
結局ここまでで言いたかったのは、案外所謂巷でちゃらんぽらんと言われる人たちは言葉を知らないだけで、自分の武器を武器と教えてくれる境遇に恵まれなかっただけで下手に義務的に勉強だけ出来る人間よりはずっと美しいし面白いし達観してるということ。見た目で判断しがち、こういうのをハロー効果って言うんだってさ。こういう人達あと一つ昔の自分に助言。中身は見た目に出る、んじゃなくて、中身は顔に出る、のだそうよ?女は化粧するもんね、いくらでも化ける、化粧までもがその人の中身なら、案外みんな目指してる路線は似てるのかもね?



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あは、何にこんな驚いてるの中学生の私は 清楚風ギャルという最悪ギャルだったのでわたしをギャルと気軽に呼ぶのはやめた方がいいです 本場のギャル様たちは本当にストイックでかっちょええです 腹筋バキバキだし下手な同年代より楽しみながら人生苦労してるからまばゆいです。でもいつだってそれを内輪だと、堰き止めているのは自分たちだと気付こうよ。揚げ足とって満足げにしてみ?ほらぁ、ギャル達はお前らの揚げ足ばかりみても素通りしてくれてるのに気づいてないわけ?





その中で私は極彩色に炙り出されたわけなんだけど。

でもな、そんな享楽が一時凌ぎだなんて元々分かってる。不謹慎承知、ここにお詫び申し上げます、ごめん彼彼女本人でもなかったのに分かった口聞いて、でも言わせて欲しい、そんなときめきで事故なり他殺なり死んだ人たちは下手に生き残らされた人たちより幸せかもよ?だってそこで時が止まればこの先の暗くて狭いモデルコースなんてバイク飛ばさなくていいんだし。健全に海で屯するのも、夜中に公園で缶ジュースで語り明かすのも、チョー楽しかったけど皆薄々気づいてた、このまま大人になれるわけがないって。それを証明するがごとくまずセックスが現れた。(ここからは馨しくない話なので小文字セックスを悪だとは言わない、私はそれはそういうものだし別に音楽やスキンケアと同じような扱いでいいと思う、でもそう思えてる人間は実際ごく稀で、それを体験したらもう引き返せなくなる、そんなもんだ、経験済みの子と話してて「セックスでいい方向に人生変わった」なんていう人はそれを職とする人間だけで、大抵彼氏彼女とやった、一夜限りの人とした。殆どが口を揃えて「やったところで人生なんて変わらないし大差ないしあっけらかんだよ」と言う。そんなものなのだ、一部では、「セックスで俺が変わった」みたいに豪語する人たちもいるみたいだけど、ああいう人はほっとけ、恋とセックスを噛み違えた可哀想な人達だ。
そういうなまめかしいもの、が出てきた時に、それを概念で捉えられる人間は早々いないようで、早熟すぎるか、頭の回転が早いか、興味はあってもハマらなかったか、物好きか、はたまた客観でしか出来事は捕えない人間か。私のような(ゴリ押し)。大体は沼に溺れていた、それにしか興味が無いような。たしかに私にはかつて溺れていた光があったのだからだからこそそういう概念があることを知っても「ふぅん…?」で終わっていたってのもあるかもだけど、たかがフォロワー(笑)四桁いた有名JKの時(笑)でさえ、リアルで会っていても性欲と友情と寵愛を時と場合で上手に振り分けられてる人なんて、10人いたかな、というくらいで、半分以上は地元の人だったから今定かかは分からない、おままごとのような一時凌ぎの汗拭いよりは物理で体内から浄化すべきと効率化を図る。それだけでは時間ももったいのでどうせならイケメンな男、美しい女でも目の前で動いていた方が好都合、そしてそれが好きな人なら尚更。もちろんそれだけが理由じゃない、客観的に見ても、経済的に見ても、確率的に見ても、人生100年、自分の為に使える時間なんて早々なくなる、効率的に動かなければならなくなる。夢は終われど現実が終わらなければ夢さえ見られない。そうやって心もいつの間にか大人になっていった。揺らぐ体で毎日医薬品にモンスターガブ飲み、社畜こと学畜はたまた職人として体を蝕む。何が麻薬と違うんだか。ここで成分が〜とかクソリプいらねーぞ。文系だけどわりと体弱め系(笑)だから薬には詳しーんだわ。そんな姿を見ていると、ああみんな一つのところに生まれて一つのところに還るのだなとおもう、それも優劣をつけようとして。そう出来ないからフリーターもニートも引きこもりも生きているだけで社会不適合者と言われる。それは一つにまとまった人間が、あぶれても平然としてる人たちが憎くて、羨ましいから?でもそんなことは思わないし思わないようにコントロールされているのが日本のマスコミ、情報統制に表現の自由を謳う他人の落ちどころばかり、どころか大多数の人様が節度を守って自らのやりたいことをやるためにコミケに来たというのに、今度はマスコミがそれを冒す。「その同人誌というものは、お金になるんですかぁ?」「えー!お金にならないのにどうして売るんですかぁー?」挙句の果てには取材サークルどころか機材が隣サークルにまで侵入、付近で喋ればウザったそうなスタッフの顔、とまで聞いた、人を規制してまで自分の利益積んで楽しいですかーーー?!?!まあね人間自分の身が愛くるしいもの、でもね、その自分の身を愛するが利益になったら目をくらませたらダメだよ。そんなの自愛じゃなくて商品だ、捨ててしまえ。金にならない自分だから愛おしいし金になる自分でも金にならない時だって愛してられないと、他人を愛する余裕はなくなる、他人を愛してるように見せかけてもそんなの誰も気づけてない利益の等価交換よ、でもそれで当人同士が幸せならいいんだよ、それが賢い生き方。でもわたしはそんなの嫌よ。不器用だから、効率がまだ習得し終えてない、Aiじゃないし、生身の人間、処理能力も情報スピードも遅いのに!だから普通は効率化して殆どを捨ててくんだろうけど、捨てたものに宝くじのあたり番号があるかもしれない、残り物には福がある、ほんなこんなで頭の悪ぅございます生き方をしております。そうして今度はつまらない夜が始まった、つまらない上に夜だぞ、ジメジメしすぎかよそれこそうっとおしいわ!そんなとこにいたらそりゃわたしもっとうっとおしくなるわ!と自戒を込めて開けたピアスは思い出を遺し続けたまま、ピアスの本体は取れてしまったけどヒルのように私の胸元にまだくっきりと跡を残し続けている、残り続けている、その前後の衰退と甦生の過程としんどみは私の右耳元の拡張されたピアス穴が背負っていてくれている。自分の体いつもごめんな傷つけて、うちの猫の次に相棒だぜ愛してる。もうつまらない世界は嫌なんだ、この先どんなに世界がつまらなくたって、私のまだ知らないに一筋でも面白いの可能性があるならわたしは懸けたい。だからこうやってつまらない夜に、ミスiDだけがキラキラしていたように見えちゃったんだミスiDにかけているんだよ。もうミスiDに沢山落ち度があって沢山失望もしたけど、同じくらい面白いこともあるし、5:5くらいなら自分の力で4:6に出来るだろうし、結果オーライならいーじゃん、意地でも結果オーライにしてやる、やるっきゃなーい!
あとなんか今回のブログ聖書でがちだけど私無宗教だからね、ただテーマがたまたま知ってた聖書と関連していることが多かっただけで…




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齢17歳でセックスセックスうるさくてすいません。発情してないので全くもって真顔でただの概念として修行僧の如く日々煩悩を睡眠欲と食欲だけに分けているので許してください。そのせいで対価が勉強不足という恐ろしい結果になってはいるが、うん…良しとしよう












私は喝食になりたいのだ、女だから言えるセリフナンバーワンなんじゃん、これ。なぜ期待願望で閉じたかと言うと、まだそれには私が私を知り極められていないし、私も人間を分かりきれてない。それを知るために人間に会いに来た、ようなもんだ、ここじゃなくてもいいだろ?でもここの方が面白そうなんだもん、「それってそれこそ横着じゃないの?」は?こんな曲者だらけの人間と関わろうとしてんだぞ寧ろ曲多すぎて体調不良起こしてるわ歪みまくって丸く収まれば事足りるのにな!未だに勘違いしすぎるしうっとおしがられる時もあるから面倒なもんだ、そういう意味だとギャルは素直だしちゃんと言葉に示してくれるからいい。非常に分かりやすいしためになる。もちろん自分で模索することが大切なのは重々承知で、でも失敗だらけの実験、実験体が無生物ならまだしモルモットだと偉い人が怒るじゃん?あの、「私達は動物を愛しているので動物を殺すのが許せません!!」とかいって美味しそうにステーキ食べてるあいつらみたいな人たちだよ。それが人間になれば非難殺到すぐに実験中止となるわけで、別に実験というほど大掛かりなものでもないんだけど、やっぱ3人寄れば文殊の知恵とか言うじゃないすか、人に頼るっていうのも大切で、そのために信用できる人を大切にする、そしてどうでもいい人まで私はできるだけ見ていかないとならないと思ってる。お前の自己満に付き合ってられるか!!って思いますねそうですよねすみません。
でもお手は煩わせません私の及んでいい範囲までで私の丈に合う人までで限りない人たちにお話を聞いていく所存です、そのために私が精進しますしお手を煩わせることもないようにむしろスロープを用意しましょうか、大々的すぎる?庶民のたかがJKが何を言っている、はははそれまたハロー効果じゃん、ウケるなー、そりゃまだ太客がいるわけじゃないしそこまで太客になってやろうって気にさせられてない私が悪いんだけどね、だから別に私如きの存在ファンが見捨てれば誰も見なくなるし審査員が摘もうとする努力に届かなかったらもう朴ゆすらは終わり、賭けは終了、その程度の実力なんですよきっと よくゆすらは「決め付けが激しい」と言われるんですが、それを失くしたいんです。決めつけてるんじゃない。なんでも分析して、経験則でそれから一番見合うちょっとニュアンスの違うアンサーを読解問題のように並べてみて、会話の前後、LINEの文面から読み進めて一番合う正解、を探すしか手がなくて、それが当たれば読みは当たるし当たらなかったら人間は難しい。だから人間好きなんだけど!ひっそりどこかの大学で平凡に法学でも学ぶんじゃないんですかね?心理とは真逆の(笑)
ミスiDにかけてる人なんて殆どだと思うし、私よりも大層な理由もいっぱいある。でもわたしはブログで長文でないと本音が言えない臆病者だから、見逃してほしい。本当に手際悪いし、知りたい人だけ知ればいいとかほざいてるのにね、ほんと。勿論細かなやりたいことはある。ツイッターにも書いてるし、チアーズの自己紹介にも。たくさんの人と関わって、たくさんの人々を描いて、誰かの心に届けたい。そしてミスiD参加中におぼえた、自分を極める、を楽しんでいこうとおもう。残り半ターン、出来れば私がセブンティーンから足を洗わなければならない10月になっても、ピアノの上で踊りたい、いいやピアノは弾けないからそのときはバイオリンでも掲げていたいかな笑

その努力、が小林さんのメールに書いてあった、「忙しいのもあり全てを見るのは不可能だ」「グッときさせてほしい。」にあたるのか?と疑問に思う。その文面の組み合わせだけで汲み取るなら、その発言は割と即物的では?と思っちゃった。自分らしく〜と言っていた人が、急に強制じゃないけどパッと印象になる何かを作れよだとかさー、厳しいこと言うねえー、そうやってパッと私を残せない分必死に長文に収めてパッと収めなきゃいけないところは自分の核というよりはえもゆすスタンダーキット、えもゆすスタートパック、えもゆすまとめサイトといったように朴ゆすらではあるけどその一部をちぎって散りばめたつもりでしたが、それではだめなんですかね?小林さんが忙しいのもわかります。オデ真っ最中、繁盛期ですものね。文面見た感じ、「ツイッターのリストで監視してます、同じ自撮りがいっぱいで刺激足んない〜!」的な。(いや小林さんかわいい女の子とサブカル(笑)みたいな典型的な被写体写真とかRTするや〜んという感想は置きつつ(それもこれもみんなそんなんばっかだからなんだろうねきっと私もそう))、せめて審査員はブログ読んでくれ〜〜(悲鳴)という感じです。いいんだよそとそもピンときた、だけてファンになるかならないか選択権のある人たちはそれで。審査員は違うだろ!隅から隅まで見て初めて比較できるんだろ!人間全てをを天秤にかけてるんだ、そのくらいしてやらなきゃ女の子理不尽すぎだろ!本当にミスiDを受けてる女の子たちは凄いんだよ。書類選考では生涯全てを文字制限に納めろとか言われるしカメラテストではたった3分で応援客にどれだけ人生を伝えようか試行錯誤する。やっとセミファ残ったと思ったら今度はコンテンツを駆使して1ヶ月ちょいで魅力を作れだと。いや作れとは言われてないけどね。1ヶ月ちょいは流石に無理だって、人間不信な自分だけを信じてここまで来た女の子たちに突然、他人に向けてあくまでも自分らしくアピール!とか、根底はto他人やん、しかもそれ、期間生理サイクル一回分しかないから、上手くかぶっても全ての感情回りきれないから、喜怒哀楽どこか一回で掴んでも生かそうとしたらファイナリスト決まるから、まあ心労的には一ヶ月じゃないときついからわがままいわないけど、それでもそれぞれの方向に向かってそれぞれなりに戦って楽しもうと努めて生きている、あんたらほんま大したモンだわ、そりゃここまで来てる、私まだ全然出してへん、死んだら最後全部身辺整理しようとは思っとるけど生きながら魂を削って練り合わせて癒着させて尚まだ目が死んでない。死にたくても死にきれない暗闇を見ながらiPhoneのキラキラを見つめる。審査員が全員を全てのコンテンツを熟視していない環境だったとしてもそれでも認めてもらえるか分からない自撮りを怯えながら載せてる。(ちゃんとよんでほしく見にくい蛍光を使ったゆるして〜)だから「見れる範囲で」なんて妥協しないでほしい。前記訂正、「せめてほかのエントリー者の(消去されない限り)永久的なコンテンツはすべてチェックしてほしい、ミスiDの審査員だと言うなら」。そんなの当たり前じゃないか!っていうならありがとうございますお帰りくださいまたたまにブログみてください、私のブログは言葉もちぐはぐだし文量多いし正直自意識だらけだから疲れるよ多分、だから最後にさらーっと流し読みでいいや、いやよくねーけどな。ほんとは全部じっくり読んでほしいけどそんなに時間ない時間ないで言い訳するくらいならがっかりだしだったらほかの女の子に時間を割いて他を見ればいいんじゃない?多分、ほかの女の子でも、たくさんのコンテンツをしてて、どれか一つでしか本物の自分を見いだせない人、もしくは私もですけど、すべてでキャラが変わる人、いるとおもう。ちな私はすべてでキャラが変わるけどどれも私だし、それでも一番愛おしいのはこのブログの距離感なんですよ、だから落ち着くし、ほかのコンテンツより無意識にスラスラ言いたいことが出るようになる、いやほんとは余力があれば是非見てほしいです!!!(ゴリ押し)ツンデレがわかりにくいと振られてばっかの人生、なかなか性根は治らないものでしかたなく隅っこに埋もれさせときながら時々なだめるしかありません。自分の性質と思って向き合ってきたものが普通の人には現れないなんてチートかよ。一生一番小さな家でどう森楽しんでやるー!私は長く文を書くことしか才能がない。というか長い文以外で人を仕留める技なんて覚えていない。からご不便はおかけするけど読んで欲しかったりもする。そんなに器用じゃないんです。だからコンテンツをちゃんと見守ってほしい、わがままかな、そろそろみんなで#小林チャレンジとかタグ作っておく〜?いかにして小林さんにふぁぼもRTもされずにツイートをかいくぐれるか、みたいな(笑)平等感ないって身内では有名だし一定のセミファの人には受けそう、でもそそもわたしの拡散力ないし拡散されても身内すぎてすぐ特定されてつまんなくなりそうだけど。そういう下らない遊びって、意外と近くの人が考えつくと面白くなくなるのなんでしょうね?わがまま言ってる分人生まだ31年分なのだから簡潔した文に華を持たせる技法を学ぶためにも大学だって考えてる。もちろんそれだけじゃないけどね??書ききれないからとりあえずここまで。ま、ここまで言ってわざわざ敢えて私を作り出しに取り掛かるにはちょっと遅いから前々から細々やりたかったことをこつこつと達成してくまでです。その過程でまたやりたいことが増えたらこなしていけばいいだけだと思います。持論です。それにしてもミスiDに期待しすぎ?ミスiD大好きかよー。期待っていうよりは、もうね、一縷の望なのかもね、どちらかというと呪いに近いのかな。蜘蛛の糸なんて有名な話もあるけど、私はどちらかというとラプンツェルの髪の毛のイメージしっかりしていてつかまりやすい、でも持ち上げると頭皮の刺激はあるから、ラプンツェルは「おまえの刺激なら耐えて入れてあげるけど、おまえの刺激は痛みに耐える価値もない」と拒否もできる。そして、選ばれたものだけがラプンツェルの髪を切り落とし、独占できる。もしくは髪を愛でてもいいんだけど。どちらにちかいかは当事者しかわかんないけど!その糸(髪の毛?)が縒りを戻せなかったら、私は潔く出ていきます。絡まったチェーンとか苦手で、すぐにちぎれちゃうし。偽物だったとしても、それが分かるまではまだ可能性があるだろうから、134人でそれぞれの方向に全力で戦いたい。これは願望系で、叶わなくてもいい。ただそうであると形骸化でも思い込んでいれば、そんなハリボテだっていい。




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沈まぬ夕日があるならば、散らぬ桜しかないのかねえ









題名、某夢の国のボスの人に怒られないかなぁ…もしかしてこうやって、煽って突き動かすのも小林さんの策略範疇だったりしてね、ヒヒ 大人と男は回せば素晴らしい頭が回りますからね、読めませんね🍞

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