夏休みが始まって1週間たった。今は塾の自習室で過去問を解いていて、隣の席に学年一可愛い同級生が座っていていい匂いで悶絶している。可愛い。解いた問題を丸つけしていたら、蓄積型貫用句問題だけ間違っていて悔しい。あと全部あってるのに。ボキャブラリーに自信があるだけ悔しかった。得意は貪欲に犯していこうと思う。苦手は、愛し抜く。スーサイドスクワッドの続編が決まって嬉しい、いつかハロウィンに、彼氏とハーレイとジョーカーのコスプレをして、渋谷路地裏にしゃがみこんで朝まで語るのが夢。あと、スーサイドスクワッドの漫画を、全巻揃えたい。そういえばいつの頃からか本を読む量がめっきり減ってしまった。受験生なので時間もなかなか取れない、受験生というのは言い訳に過ぎないけれど、本というのは無限の世界が広がるもので、自分の経験では絶対にできないことも(特に男の人が主人公だとそう)本の中ならどこへだってタイムスリップできる。素敵だよね。彼氏がいなくたって恋愛ができるし、体力がなくたって冒険に出られるし、怖くたって死ねる。探偵になったのも不倫されたのも冴えない学園ヒーローになったのも、いつだって物語の中だ。ただ、「私自身の体験」は私にしかできない、私はいつだって私しかいないし私を伝えられるのも私しかいない、私以外に私のダッチロールを語れるなんて口は叩かせないしさせない。から今は、私をおいている。セブンティーンという私が、18歳になるまでに噛み跡をおき続けなければならない。艱難汝を玉にす、いつだってアウトプットできるけれど、LJKとかセブンティーンってブランドに肩入れしてしまっている自分ではなくて、朴ゆすらは朴ゆすらだ、えもゆすというジャンルはえもゆすでしかなく経験は誰だってできても体験は自分にしかできないので、豊富な模索と少しの習慣と発育を。大学生になったら良書とコミックと少々のエッセイをたっぷり読みたい。最近ちょっとずつ、絶対的女子高生への渇望や偏執が減ってきていているように思えてきている。そんな自分が怖い。ミスiDになって偉い大人に認められたことはどうでも良くてただ同世代の少年少女に、卓越した経験と知識を持ったお兄様お姉さまにたくさん出会えたことが貴重な体験で、そういう方々にアドバイスをもらったりお咎めされたり承認されたりすることが私であり続ける証拠になる、私は永遠に極彩色で、パステルカラーを見続けいるのは君だけだよ、残念だったね!マジェンダにカッパーからフクシア、シャルトルーズとライムそれから恐ろしいほど澄んだブルーだってなれてるはずだよ、いつまでたってもff00ffだけが足りないのはなぜ?輝きは褪せるものだ、そんなのしっている、でも灯火は永遠に消えないし私が生きている存在は今だって電車のソファに温もりとして植え付けられている、衰退し深く埋まっていく、再凝固する時にいかに養分を蓄えるか、という段階を少しでも見据えてしまった自分が怖いんだ。狼狽に杞憂、いっそ青天井が割れて私の神様がまた、溺れてくれればいいのに。
夏休みとはいえ学校の夏期講習も塾もあるので、そこそこ仲のいい友人は会うし、てかツイッターにインスタストーリーに散々人の現状を知れるツールはある。勉強して、SNSを見て、講習に参加して、SNSを見て、ブログを書いて寝る。そんな毎日を過ごしている。ちなみに、セミファイナリストが発表される前は身内垢にこもってRT職人を極め、たまに流れてくるイケメンの自撮りと猫の動画に癒されフェミニストの主張を積読していた。今イチオシのアカウントは、ミスター慶応立候補者の、野中悠生。イケメンなので画像が流れてくる度に癒されるし。とてもスルメ。(追記︰この記事かいている間に野中さん体調不良でミスター辞退したらしくて号泣してる、アカウントも消えててあの人の考えを文面として見る機会はもうないのかと思うととてもかなしい)
表現活動は好きなほうだ。昔からよく絵は書いていたし、小学生の頃から度々ブログを開きたくて母さんに隠れてPCでブログを作る度に、捨てアドという存在を知らなかった小学生の私は御丁寧にも母さんのメアドに会員登録の空メールを送っていて、小学生のくせにとソールの分厚いスリッパで蹴られて痛かった。一回おばあちゃんと電話してる最中に殴ってきたことがあって電話口で泣きじゃくっていたのだがおばあちゃんに母を咎める様子もなかったのであっもうダメだこの家庭と悟った。因みに履歴を消す技も知らなかったので夜中にこそこそパソコン立ち上げてAV見てたのもバレた。その時は何故か咎められただけだった、蹴る基準がわからない。
中学生に上がって中二で転校した私は、転校先で普通の中学生はだいたいスマホを持っているという現実に愕然とする。この頃所持していたのはガラケー(SPモード閲覧制限付き)で、悲しかったのでドコモショップに行ってドコモショップのスマホ体験コーナーでツイッターのアカウントを作って毎日3時間くらいドコモに駐在してなんとか同級生ともSNSでコミュニケーションが取れるようになった。この頃中学三年生。スマホの便利さを知った私はへそくりをコツコツ貯めてブックオフで中古のスマホを1台買い自宅にあった母の使っていたWiFiと勝手に結んで母さんに隠れてトイレでツイッターをしていた。 なので外で使う時は公共WiFiを求めてスタバの前とファミマによく篭っていた。この頃から拘束ヘビとか蜷川実花とかにハマって、別アカウントを作って痛々しいポエムをエブリスタに投稿していた。ツイッターじゃないのがポイント どのくらいイタいかというと、チョコレートをチョコレヱトと表記するくらいには痛かった。この頃から夜遊びを覚えた私は友達と10時くらいまでマックか海に溜まるだけの健全な集会に繰り出していた。かわいいな。 家に帰ったら帰宅が遅いと母さんに殴られて気絶してたらガラケー折られた。ので中学卒業まで隠しきったスマホと中一の頃に使っていたキッズケータイにSiMを差し替えて使っていた。
絵は幼稚園の頃から描き続けている。といっても今ではルーズリーフに可愛い女の子を1人描くくらいが限界だけど。幼稚園の頃は7色色鉛筆があれば事足りて、ひたすら特大の落書き帳にハンバーガー屋さんと捕まった人魚の絵を書いていた。小学生に上がると度々絵を褒められることはあっても小学生ながらに限界を感じ始めていた。先生がグラデーションで塗ってくださった海が綺麗だったので、もう一枚の絵にも同じグラデーションを再現しようと澄んだ青と明るい黄緑を混ぜるはずが、明るい黄緑の藻が浮かんだ海になってしまった。この頃からアニメの世界にハマり、友人と交換マンガをしていたりもしていた。誰かに私の世界を探索してもらうことは、とても楽しかった。
中学に上がって転校して美術部に入った私は幽霊部員の友人とともに毎日部活に行かずに一緒に帰って毎日セブンイレブンでブロックバーを買っていた。それでも中学の修学旅行と文化祭のプログラムと卒業文集の表紙を任されたのは嬉しかったなあ。でも絵はめちゃくちゃ嫌な思い出の方が多いので、(中学最後の体育祭で、パネル長として絵を描いたはいいが、当日に私たち赤軍が取れた賞がパネル賞だけで、ダンス長をしていた女に超絶嫌われた、理不尽)最近はあまり描いていない。テスト前とかになると、現実逃避に描いてたりはするけれど(本当は描きたい)
路線はそれ過ぎだけど表現活動は好きなのだ、から情報だらけのガバガバ規制の現代はとても生きやすい。ツイッターのフォロワー数でカーストが決まる、インスタグラムはオシャレな加工とハッシュタグを濫用しないと仲良くしてもらえない、そんな現代が疲れると言ってるJKをみかけた。それが苦でなかった自分は恵まれていたかもしれない。知り合いは多いほうだし、"1軍""ピアス""有名"があり合されていたので、どうも闇鍋賄いポジションに勝手につつかれれてたので。他校の文化祭とかいくと「ゆすらさんですよね…?ツイッターフォローしてます!」、割とあるあるだった。ただ人の名前はかなり覚えられる人間だけど、人の顔の判別がめちゃ苦手だったから、対面しても分からずに終わるのも、あるあるだった。せめて名乗って〜!あと、そんなにインスタグラムは重きを置いていなかったし、加工もやたらにフィルターかけなくとも、自分の撮る世界の色で充分だったから、ハートフィルターとかいうチリ舞ってるオシャレ機能(笑)に惑わされることもなく、私の言葉で知っていてほしいことだけで十分だったから、やたらめったに #f4f とかつけなくてもフォロワー増えてたし。結局怖くなって知らない人全員ブロックしたけど。
表現したくてたまらなかった、ずっと外野に圧し殺されていた。そして今でも、私を蹴るスパンコールが、セロテープの剥がれない賞状が、紙魚になって跳梁している。これは大きな賭けだ。私が私でありつづけられていいのか。私は朴ゆすらなんだ、朴ゆすらを殺して、なかったことにされていいの?それで満足出来る?だれも求めなくても私は私だし私以外に代用が効かないのが私だ、たぶん、言葉を盾に自論を展開するのは、怖くて、たとえば音楽や芸術や感性なら、人それぞれの解釈ができる。沢山の見解があってこそ、魅惑的なものなのだ。 でも、言葉は違う、フレーズは絶対だし、どんな単語を算出してもどの文句にも辞書的意味が存在する、自分の立てるお茶は濁らないし濁ることはないし濁らせてはならないし濁るような真似をしてはならない。感傷を口跡とすれば、その科白は明白な曰くになって • を撃つ、それ以外はシャットダウン、ブックエンドでも立てておこうか、兎に角、言葉にはニュアンスというものが無くて、辞句がハードスタンスなのだ、だから私は私の発言に責任を持ち、篭絡して。そして必ず、ブログ如きされどブログ、誤解が生まれてはならないと、再確認している。そういう言葉を使っていくことを、私は選んだのだから、終極の果てまで、漂白剤ですくい上げていこう。たとえこの身が渇水しても、しなえても朴ゆすらさえ生きていれば、心力が離れるまでは、永遠に死んだ屍であれると思うから。
ブログが長い。とフォロワーの人にリプライを貰った、私もそう思う、でも、結論だけじゃダメなんだ、私の考えは徹底的に陳列しておきたいのだ、私の全てを知れる人は、きっと最後までもう現れないだろうから、せめて、一つの議題に対してだけでも、ゆすら語録をフルパワーで消耗したいと思っています。ついてきてくれるかな。
塾のセンセーが言っていた、「受験はお前らに合わせてくれない、お前が合わさなきゃダメなんだ」受験だけじゃない、何もかもとは言わなくても、人生の教訓として、そう、だと思った。なので、思いの丈を出し切ると、どうしても長々したブログになるけど、せめても色分けしたり文字の大きさを変えてみたり、創意工夫してきっとフォーカスしてみせるから、いつかは運命の果実を一緒に食べようね。
そしてもう一つ。私は私であるために、「幸せを求めないし貪婪にならない」という自戒がある、負の感情があるからこその慈愛が生まれる、捕鯨文化を奉る鯨供養を「心情の共感」と美化する一方で実際は祟への畏怖を回避する「妥協」という宗教の一端でしかなかった、つまりはそういうことだ、幸せを悪いものとは言わないけど幸せは一つ間違えたら偽善でもある、汚い自分を覆い隠して都合いいこと言ってるだけ、慈愛と嫉妬はいつまでも共存している、へばりついてくる、蔦りあっている、そして善と悪はいつだって神だけが天秤にかけている、愛と憎しみ、慈しみと虐げ、お皿が割れたら狂ってしまう匙だ、残酷な神が支配する、いつだかの漫画も、人道外罪を1通りスタンプラリー達成して愛を初めて知っていく、とかなんとか、幸せになると案外何も生まれない。幸せな自分でもう満足してしまうから。満足したら発展しない、だから人間はいつまでも満足がいかない構造になっている、欲求不満で、私たちが満足と思っているものはただの妥協だ、その妥協を幸せと勘違いしていくのは、安寧ではあるけれどそんなの平和ボケだよ、鬱病は治療すれば鬱抜けはするだろうし、この現代科学の力で変えようと思えば180度違う人間になれる、マインドコントロール、洗脳、整形、リニューアルオープン!さあジェイゾロフト50mgキメてお花畑にダイブだ☆それで取り戻せた「普通の人間の当たり前」は果たして私にとって当たり前だった?違う、何も考えないでヘラヘラ毎日が身がなくて身がない毎日が楽ちんこんなの私じゃない、もっと沢山の感情循環絶望踠き面倒臭いけど面倒臭いから死にたくなるし生きなきゃいけない、茫然でも自失していないのが私だ、鬱とか病んでるとか名称して勝手に外野で満足して、そーじゃねー、お前らが考えてなさすぎだなんだよ私には当たり前なんだよ、人のこと勝手に病気にして満足するんじゃねえ自分が普通とか正当化するな、平和はいいけどまだボケたくはないなあ、でも私は全然人を愛したことがなかったし愛し続けられる環境がなかったから、せめて、全部のドロドロを生成し続けて愛情を艶らせて、ぴかぴかの愛おしさで幸せなんかなくても浄福でありたい。歪でも人と違くても、そういう寵愛じゃ、だめかな。