前日に現地入り、午前に調整し午後の半ばからレース、そして夜のライブとなると必然的に遠征は泊りがけになる そうなると保護者扱いとは言え、思春期女子高生を無血縁の男性が預かるというのは必然的にセンシティブなものになってしまう 不注意一つあろうものなら学園全体に飛び火し、引いてはレースとウマ娘の関係から問題として提起されかねない そのため、特に男性トレーナーは、厳しい事前講習と自戒を胸にレースに臨んでいるということを知るものは以外と少ない とは言え見知らぬ土地、見知らぬ店を前に浮足立つなというのも無理な話である 「ここのお好み焼きもおいしいですね~おせんべい入れるのも面白いですし」 「だな。うむ」 時間は20時を回ったころ、そんな一組がある店の鉄板の前で格闘していた GⅠ制覇の祝勝会ということで訪れていた彼らの前でまた黄色い生地が茶色く焦がされ宙を舞う 慣れた手さばきでへらを繰るヒシミラクルの前で、トレーナーはどこか寂し気だった 「おいしくなかったですか?」 「いや、これは特に酒が欲しいなって」 「あー……前もそんなこと言ってましたね。意外と酒豪さんなのか」 「豪ってほど強くもないが……」 無論遠征中のトレーナーが酒気帯びなどもってのほかである そのため酒好きのトレーナーは食事をコンビニなどで簡素に済ませることも多い 下手にご当地の美食に手を出そうものなら、断酒の哀しみがより際立ってしまうからである 彼もそのうちの一人であり、しかし当然ながらこれまでのレース後の祝勝会で一口たりとも口を付けたことはない 「お好み焼きってお酒に合うんですか?」 「炭水化物は大体合う。そしてビール腹が出来上がるわけだ」 「おーおっかな」 「お前のスイパラみたいなもんだ」 「一緒にしないでくださいよー」 今日の味付けは特に酒を誘うこともあって落胆もひとしおだったのだろう 対面が先輩なら、見抜かれてその程度では修行が足らぬと叱られるところかもしれない しかし、幸か不幸か、今日の対面は優しい優しい担当のウマ娘だった 「じゃあ飲んじゃえばいいんじゃないですか?」 「ダメに決まってるだろ。なんかあったらどうするんだ」 「あれあれ~?普段私に散々節制を強いるくせに、自分はハメを外す飲み方しかできないと?」 「万に一つのリスクも取れないだけだ」 「まあまあいいじゃないですか。相手がしけてるとこっちのお好み焼きまで不味くなっちゃいますよ」 不満を見せてしまった以上、せっかくの祝勝会に水を差した形になるという意見も分かる だからと言って不文律を破るようなことが許されるだろうか 彼女に危害が及ぶだけでなく、最悪学園の存亡にも関わる問題になってしまう やはり一時の気の迷いはよくない 少し逡巡し、目を開いた 「おまたせしやした。生中です」 「あ、こっちの人が飲みまーす」 黄金に輝くジョッキが一つ、薄煙の中に結露を纏って鎮座していた 心地の良い肌寒さがシーツによるものだと気づいて目を開ける ゆっくりと、どこか倦怠感を残しつつもすっきりした体を起こし辺りを見回す 予定していたホテルの一室。いつの間にか寝巻に着替えている そして最後の記憶は、彼女とお好み焼きに舌鼓を打っていたころ 彼は深くため息を吐いた じわじわと意識が飛ぶまで飲んだ実感が湧いてきて、それに応じて胃が縮む にわかに催した頭痛が二日酔い由来では無さそうなのが数少ない救いだろうか 冷水のシャワーを浴び、歯を磨けば、表情以外は普段通り ともかく彼女の安否を確認するためにスマホにメッセージを入れる 『もう起きてます😪』 即レスだった 「おはよ~ございます」 「あ、ああ……おはよう……」 寝癖を残しつつも制服に着替えた彼女はやや眠そうだった おそらく自分の世話を焼いて寝不足なのだろう その程度、と言えば語弊はあるが、それだけのようで少し安心した 「……昨日の、ことなんだが」 「あ~昨日、昨日ですね……」 「頼む、内密にしてくれ。今度何かお詫びするから」 「うわあガチトーン。いいですよ私が原因ですし、それに……」 何か言いかけた彼女は視線を逸らし、今度ははっきり目を合わせて言った 「うん、帰るの遅かったですし。誰にも見られて無さそうでしたし。何も無かったということで」 「……恩に着る」 「いいですよ~。私も気軽にお酒勧めるのはダメって分かりましたから」 大恩をかける彼女は、あくまでいつも通り、ゆったりと構えている 普段の追い込みもあって多少は恨まれてると思っていたが、こうまで良い子とは思わなかった トレーナーはこれを戒めに精神的に自身を鍛え直すことを決意した 自分も彼女もこれ以上甘やかさないように 「いや、私はもうちょーっと甘やかしてくれていいんですけど」 「それじゃお互いダメになるからな。さ、帰ろう」 「はーい……あ、ちょっと」 「なんだ?」 「今日は、少しだけゆっくり歩いてくれると……」 振り返ると、彼女の歩みはいつもよりずいぶん遅い ケガでもしたのかと肝を冷やしたが、そうではないようだった 「本当に?脚や関節に痛みは……」 「あー……いやあ、ほら」 「昨日、慣れない寝方しちゃったでしょう?」 拝啓、母上様、父上様。 貴方方の不肖娘のヒシミラクルは、普通ではなくなってしまいました。 誰が悪いかと言われると100%私なんだけど、世間的にはトレーナーさんが吊るしあげられるんだろうな。 だって仕方ないじゃん。あんな辛そうな顔して食べるご飯おいしくないよ。 だからお酒頼んだらすっごいいい笑顔で食べるんだから。そこまでは間違ってなかったと思う。 その後は普通に完食して、普通にお会計してもらって。 普通にホテルに帰って、ちょっとフラっとしてたから部屋まで送って。 鍵借りて部屋の中まで送って、ベッドに寝かせて帰ろうとして。 ……そしたら抱き寄せられて、一緒に転ばされて。 ちょっと息は臭くて、でも近くで見る顔にドキドキして。 そのまま普通にキスされてて、普通に制服の中に手も入れられてて。 普通に下着脱がされて、普通にヤられちゃいました。 ダメだよって言ったんですよ?でも表情はぼーっとしてるし。 でも手つきは優しいし、キスされた時点で頭の中ぐちゃぐちゃだし。 じっくり蕩かされたなって感じで、受け入れちゃうのも無理なかったというか。最後にぎゅーってしてもらうのも幸せだったし。 ……コンドームなんて無かったからばっちり中出し決められたけど。 そのままトレーナーさんの腕の中で眠って、あの人が起きる前に起きました。 ヤバいな~ってのは分かったのでできるだけ証拠隠滅して。 こっそり自分の部屋に戻って着替えたあたりでトレーナーさん起きたっぽかったですね。 『大丈夫か?』 って、動転して起きてますなんて返しちゃったけど。今思えばあの人あの夜のこと覚えてませんでしたね。 すっかりはぐらかされてるものだと思って、同じようにはぐらかしちゃって。 暗黙の了解っぽくてかっこいいなーって考えてたの、馬鹿みたい。 ……でもまあ、こういうことが起こったって知れたら大騒ぎになるし、逆に良かったのかなって そりゃあちょっと嫌ですよ。乙女の純潔奪ったのに、責任のせの字も感じてないんですもん。 でも一回ヤっただけで彼女面するのも重い女みたいだし、いやでも中出しはだいぶギルティだな…… それにトレーナーさんが覚えてたら、責任感でトレーナー辞めそうだし。それは絶対嫌だなって。 「うん、帰るの遅かったですし。誰にも見られて無さそうでしたし。何も無かったということで」 この時は覚えてると思ってたんだなぁ。なんか綺麗に噛み合っちゃったけど。 ───それで終わった話だと思ったんですけどねえ。 夢に見るんですよ。定期的に。 半ばレイプだったけど、本当に優しくしてもらったんですよ。あの人覚えてないけど。 だから、その、定期的に切なくなっちゃって、ねえ。 でもトレセンで、その、そんなことできないし。布団の中でもぞもぞするのが精いっぱいっていうか。 しかもそれで本人がいつも通り接してくるんですよ?ひどいと思いません? 油でぽってりしてた唇とか、ジャージ脱いだら以外としっかりしてる胸板とか、枕にするには硬い二の腕とか。 あと、その……立派な、アレとか。 練習中も気になって仕方ないし、様子がおかしいからトレーナーさんは心配してくれるし。 距離が近づくたびにきょどっちゃって、私は男子か。 ……本音を言えば、もう一回抱きしめて欲しいなって。 エッチなことしてもいいから、誰にも言わないから。 もう一回、潰れそうなくらい、胸の中で抱きしめて欲しいなー、って。 はぁ……もう全部トレーナーさんにぶちまけちゃおうかな。 ついでに責任取って貰っちゃったりして。 ……そんなに上手くいかないか。