カイオーガを探して   作:ハマグリ9

85 / 111
古代の繁栄と衰退……そして消滅へ

 既に封印が解かれていて、レジロックはどこかの組織が連れて行った……か……どうしたものかね、これ。

 

「キョウヘイ先生……これ……!」

 

 ……とりあえず散らばった肉片について調べておこう。

 

 ハルカからカメラを返してもらい、腐っている最中であろう肉片の一部を撮影する。だいぶ毛が濃いところから見て人間の物ではないだろう。見えているのは尺骨か? 手に入った情報を分析すると黒か灰色の犬型ポケモン、ないしは動物の肉片ということになる。

 

 どう考えても場所的にポケモンだと思うけど、他の可能性も考えておくべきだろう。写真を専門家に見せれば判断がつくだろうが……念のためにゴム手袋を装備してから濃い毛の一部を溶けた肉や骨ごと回収し、密閉できる回収用の袋につっこむ。

 

「ポチエナか……はたまたグラエナか。骨の大きさ的に中型犬クラスだからポチエナだろうな」

 

 この部屋でポチエナが、文字通り粉砕されたのだろう。供養するために肉片を全部集めたいが……部屋中に散らばっているな、こりゃ。とりあえず、他の道路で雨水を貯める用に持ってきていた少し大きめの壺をバックパックから取り出す。

 

「ウインディと、御神木様は入り口を警戒。大賀やワカシャモ、ゴンベはゴム手袋やビニール袋で手を覆った後に俺と一緒に肉片をこの壺の中に集めてくれ。残る網代笠達はハルカの護衛、ハルカはそのまま出来る限りでいいから石版の写真を頼む。何か感じたものがあればメモ帳に書いておいてほしい」

 

 肉片を集め終わって、この部屋を調べ終えたら外で土葬だな。火葬してやりたいがワカシャモ達では火力が足りんと思う。

 

「わかった……うぷ……」

 

 砕け散った腐乱死体という異様なものをしっかりと見たせいか、今までの積み重ねで体力を削られていたハルカが吐き戻しかけているので、カメラやメモ帳、ペンと共に数枚ビニール袋を渡しておく。俺も初めて見たはずなのだけれども……何故かそこまで吐き気などは感じない。殊の外冷静に処理できている気がする。

 

 電車だとかで人身事故が起きた場合もこんな感じなのだろうか?

 

「無理そうなら休んでいていいぞ?」

 

「大丈夫。大丈夫だから……その子の供養をお願いね」

 

 ハルカがフラフラとした足取りで、入口から見て一番右側に設置されている石版の下へ向かったのを確認してから回収を始める。どうにも部屋の奥から入口へ向かって肉片が飛び散っているようだ。目を凝らして奥へ向けると、凄まじい力で叩きつけられたのか、大きな陥没と黒いタールのような液体が周囲に飛び散った跡が残っていた。

 

 肉片を拾い上げながらゆっくりと陥没に近づいて、中を覗き込んでみる。

 

 陥没の大きさは1m程度で、大きめの硬い鈍器のような物を叩きつけた事によって出来たのだろう。相当な力で叩きつけられた事が伺える。

 

 そこの中には溶けかけた大きな肉片が骨にこびり付いたような状態で粉砕されていた。陥没の縁の周りを見るに、血と黒いタールのような液体が混ざり合ったようなものがなみなみと溜まっていたのだろう。多少乾いて目減りしたような跡が残っていた。それでもタールのようなものはまだ水気が多少残っている。

 

 嫌な汗をかきながらゴム手袋を装備した手を突っ込んで、肉片や骨を拾い上げて壺の中へ入れてゆく。ねちゃねちゃとした粘度の高い液体に似た触感の中に、何故かザラザラした砂のようなものが混じった独特な不快感を覚える。粘液を掬い取って確認してみたものの、砂のようなものは発見できなかった。嫌悪感以上にトラウマが強いのかもしれない。

 

 ちらりと近くにいた大賀を眺めてみるが、同じようなことは思っていなさそうだ。せっせと表情を変えずに拾い上げては壺へ運んでいる。

 

 状況から見て、ポチエナに覆い被さったショゴスを何かが……これほどの威力となるとウインディクラスの物理攻撃力の持ち主だ。となると十中八九レジロックがポチエナ諸共叩き潰したんだと考えられる。

 

 ショゴスの特徴的に、もしかするとポチエナは既に死んでいたのかもしれないな。たしか、ショゴスは死んだ獲物に対して粘液で覆うという行動を行う――

 

 そこまで考えて、ふとジュペッタの出していたポチエナの形をした【おにび】を思い出した。アレがこの時の場面を描いていたのなら話が変わってくるだろう。

 

 ――――ああ……そうか。あの時の【おにび】のモデルはこいつか。この戦闘に巻き込まれていないということは、死因自体はジュペッタが直接見た訳ではないのだろう。ジュペッタがポチエナの死因を知った理由は残留思念のようなものかもしれない。

 

 ポチエナがショゴスに生きたまま体内へ取り込まれたのなら、必死になって粘性の体から出る為に、まるで溺れたかのようにもがくだろうな。また、粘性の体の中にいたのなら、ショゴスが殺された際にこうして混ざり合ってしまっても不思議ではない。

 

「……ここに叩き込まれた技は【アームハンマー】か何かか?」

 

 レジロックの【アームハンマー】ならこの程度の威力は優に出せるはず。だがそう考えると推定レベル81前後とかいう事に…………あ、【ばかぢから】もあるか。こっちは推定レベル25前後。覚えていてもおかしくないだろう。

 

 ただ、粘体の体を持つようなショゴスに対して、物理的な攻撃がどの程度のダメージを与えられるのかは……微妙な気がするが。

 

 まぁ……ポケモンの技には不思議な物が多い。ノーマルタイプの【たいあたり】や格闘タイプの【かわらわり】などの物理技ではゴーストタイプのポケモンに効果がないのに、同じ接触系物理技であるはずの悪タイプの【かみくだく】は凄まじいダメージが入る。

 

 接触という行為にほとんど差はないのに、相手に与える効果は180°異なった結果となるのだ。ポケモン達が当たり前のように操るタイプという何かによって同じ接触でもここまで差が出るのだから、もしかするとショゴスに対してダメージの通る物理技があるのかもしれない。

 

 陥没を作った原因について考察しながらも、拾える物を拾って壺へ入れてゆく。他に発見できた物もほとんどなく、ふと、途中から灰のようなものが粘液の中に混じっているのに気がついた程度だ。

 

 完全に溶けきってしまった部分や、砕かれて細かな破片になってしまったせいで集めきれてはいない部分もあるかもしれないが、恐らくだがほとんど集める事が出来たはず……

 

 ――――それにしても、ポケモンを含めた動物の肉ってこんなにも早く溶けるものだっけ?

 

 顔を上げてハルカを見ると、今は2枚目の石版の前にいるようだ。写真を撮り終えたのか、多少顔色が悪いものの真剣にメモ帳に何やら書き込んでいる。腐乱死体以外に意識するものが出来たせいか、ほんの少しだけども顔色は回復しているように見えた。

 

 それでも、今ハルカが無理している事に変わりはない。

 

 ショゴスが絡んでいると石版で知ってからずっと考えていた。本当にこのままハルカをこの旅に同行させるべきなのか? これから先は今までのようなものではないだろう。ショゴスが関わっている以上、こうして調べ続けるだけでも命の危険すらありえるはず。だがそれでも俺は、俺の体を調べる為には止まるわけにはいかない。

 

 しかし、ハルカはこれ以上こんな狂気じみたモノに巻き込まれる必要はないはずだ。

 

 そもそもハルカが旅に同行した理由として、オダマキ博士からの援助がある。その援助の為に提示された条件が、道中の生態調査やハルカへの家庭教師役のような物、そしてカイオーガの観測だ。

 

 特に3つ目が問題で、カイオーガを観測するために必要な情報収集の関係上、今後ここと似たようなものを見ないとは限らないし、マグマ団やアクア団のような組織とより過激なことが起きると予想できる。しかも、こうしてレジロックが目覚めさせられているから元々の想定以上に、だ。

 

 俺は俺の為にどんな状態でも首をつっこむ予定だが、そんな状態でハルカを守れるかと言われるとほぼ無理だろう。それにこの旅を続けた先に起こりうるであろう出来事が、ハルカにいい影響を与えるとは到底思えない。きっと……この娘は今以上に影響を受けて歪むか捻じ曲がるかしてしまう。

 

 だからこそ、感受性の強いハルカに無理やり連れて行くような形でそれらを見せるべきではないはずだ。

 

 都合がいいと言うべきか、契約はハルカへの家庭教師役のようなもの以外は俺一人でも出来る。ハルカへの家庭教師役のようなものだって、ハルカの命を賭けながら行うような事は想定されていないだろう。最悪の事態を考えて事前の準備も既に終えている。独り立ちしても問題ないはずだし、それでもまだ不安なのだとしたら今までのコネを頼ることだって出来る。

 

 何より溺愛する一人娘をわざわざ事件や死地へ送るような事は普通はしないはず。やはりこの辺りを踏まえてオダマキ博士に相談するか……最悪、置き手紙をして病院から脱出後に雲隠れだな。

 

 ダイゴさんへ渡す物品や、この遺跡の説明を考えると……雲隠れ実行の方が可能性は高い。確実に援助は切られるだろうけれど、最低限の状態でもやっていく自信はある。

 

 ここの情報をダイゴさんに渡せば、必然的にアルセウスについての事も話さなくてはいけなくなるだろう。そうすると、万が一でもカイオーガがメタ化するような事にならないように、被害を最小に抑える為に【あいいろのたま】を持っているという理由で俺は拘束されるかもしれない。

 

 ダイゴさんなら……いや、誰だって必要のない賭けなどせずに安全を取る。少なくともダイゴさんはカイオーガ達を目覚めさせない状態で事件を解決する事を目指しているのだから。

 

 しかし、そうなると俺は目的の達成が不可能になってしまう。絶対にそれだけは頂けない。オダマキ博士がわざわざ危険を顧みず匿ってくれるとは思えないし、する理由もないだろう。

 

 そもそもダイゴさんにここの情報の全てを話せるほど、今は心の整理がついていない。だが、かと言ってポケモン協会はどうにも信用できそうにない。

 

 遠回りに警察に通報というのも考えたが、デボンコーポレーションの一件からして、警察内部にもマグマ団の団員が紛れ込んでいる可能性が高いはずだ。握りつぶされたら手の打ちようがなくなるどころか、自分の首を絞めることになりかねないな。

 

 ここの情報についてバカ正直に話さずに黙っているというのも手だが……無理だな。タイミングによっては逃げることすら不可能になる。また、黙っていたせいで被害が出た場合、俺は無視出来るが、ハルカが出来るとは思えない。どこかでボロが出るだろう。

 

 ――――――いっそのことハルカを消すか?

 

 一瞬発狂でもしたのか、そんな問いが頭の中に浮かんだ。自分の鼓動や呼吸音が煩い。すぐさま思考が霧散し、軽い怖気と共に冷や汗のようなものが背中から流れだす。視線をズラすと異様な気配を感じたのか、ほんの少しの間だが大賀の無機質な目と目が合った。何でもないと合図してから立ち上がる。

 

 ……俺は何を馬鹿で本末転倒な事を考えているんだ。こういうのを思考のノイズとでも言うのだろう。ポケモン協会やダイゴさん達に対する疑心暗鬼ですらここまで酷くはないぞ。

 

 やっぱり冷静に考えているように思えるが、実際は茹だっているのかもしれないな。どうにも最悪のパターンばかり浮かんでくる。

 

 しかし、現状俺の望む方向へ回せるような手段はなく、ハルカがここの情報を知ってしまった以上、タイムリミットも近づいて来ている。幻影の塔で多少の延長は出来るが……それまでに一番最後以外で答えを決めるべきだろう。

 

 再度ハルカにピントを合わせると、間の抜けたようなポカンとした表情で3枚目の石版の前で固まってしまっている。

 

「……ん? 何か変な物でも見つけたのか?」

 

「…………」

 

 返事がない。ただの放心した人間のようだ。

 

 仕方がないので隣から3枚目の石版を覗き込む。

 

「…………これは……」

 

 そこには単純で、圧倒的な力が放たれている様子が描かれていた。滅びそのものと言い換えてもいいのかもしれない。

 

「どうして……? なんでこんなことに……」

 

 何故かハルカは混乱しているようで、どうしてこの絵の状態になるのか理解できないと狼狽えている。

 

 3枚目の石版には、山に巣食うように発展した古のもの達が住まう大きな都市が、豊かな鬣に後光を思わせる金色の装飾の様な部位を持った獣――つまりアルセウスが空中から放った一撃により、山を抉るように都市が消滅した瞬間が描かれているのだ。

 

 これが眠りの森の地下にあった石柱に彫られていた滅びなのだろうか? しかし、今までのものと破壊規模が違いすぎて、どこか現実味のない光景となっている。

 

 アルセウスの本気の一撃はこれほどの破壊力なのか……

 

「凄まじいな……山の中心部分が大きく抉れて消滅してやがる……恐らくだが【さばきのつぶて】だろうな」

 

 似たようなものを夢の中で叩きつけられた俺としては、こんな威力のものをあの時俺にぶちかますような必要があったのかとアルセウスに問いたい。

 

 しかし何故だろう。どうにも抉れた跡に見覚えがある気がするな。

 

「この山みたいなのは、ルネシティのある場所なの」

 

 そう言いながらハルカは1枚目の石版を指さした。

 

「ルネか……確かにあそこの町、というか山は抉れているが……これが原因だと?」

 

「そうみたい」

 

 ハルカに連れられるように1枚目の石版を眺める。描かれているのはかなり昔のホウエンの地図らしい。どうにも、古のもの達はホウエン地方を中心に文化を築いていたようだ。この時代には既に大きな都市や空の柱が建造されていたらしく、大きな塔が右下の島に描かれている。

 

 しかし、今のホウエン地方の地図とは違いが多々ある。ルネシティのある山が抉れていないことや小島の数、現在では沈んでしまった道がまだ道として機能しているなどだ。

 

 そして、その最たるものが大きな砂漠の有無だろう。

 

 この石版に描かれている煙突山の周辺はほぼ全て岩場や大きな川であり、砂漠やハジツゲタウンの出来るような窪地は一切見当たらない。代わりに現在砂漠がある場所には巨大な都市が存在しているようだ。神殿のような場所も細かく描かれており、ここが古のもの達にとって首都のようなものだったのかもしれない。

 

 しかし……どうして砂漠になんてなってしまったんだ?

 

 ルネシティの山の陥没がアルセウスが原因だとすると、まさか――――いや、勝手に早まるな。きっと答えはこの部屋の石版に描かれている。それを見てから判断しよう。

 

 2枚目の石版に移動する。

 

 戦闘に巻き込まれて攻撃が直撃でもしたのか、絵はボロボロに砕かれていて判断がつきそうにない。ただ、どこかおどろおどろしい暗闇と、モノクロに描かれた体の一部が残っているのみだ。

 

 しかし、残っているのが体の一部のみだとしてもそれが特徴的な場合、描かれているモノを判断する材料になりうる。よく見ると東洋の龍のような長めの胴体に、ムカデの脚に似た鋭い何かが背のような場所から生えているように描かれた部分が残っていた。その一部分だけを見ても、どこか全てを消滅させるような重厚感と、ある種の絶対的で神秘的な禁忌にでも触れたかのような感情を覚えさせられる。

 

 体の一部で判断するとアレに近いと思うけど……古のものと接触していたのか?

 

「ハルカはこれ見てどう思った?」

 

「最初に感じたのは、巨大墓地? で襲撃してきたサマヨールが醸していた雰囲気に凄く近いモノかも。でも……あの時サマヨールから感じた雰囲気よりも、この絵に描かれているモノの方がもっとずっと濃くて……何と言うか…………この世にあってはならないモノみたいな……」

 

 言葉に詰まりながらも、俺の予想していたポケモンに関するキーワードがしっかり出てきたなぁ。うーむ……ハルカのこれは、最早感受性という言葉で流していいものではないのかもしれない。どうにも具体的すぎる気がする。

 

「となると、やっぱりこの2枚目の石版にはギラティナが描かれていたんだろう。色のない場所という表現のされ方にちょっと疑問を感じるが……破れた世界か、はたまた俺の知らないどこかか」

 

 確かあそこ重力関係も狂っていたよな。

 

「ギラティナ?」

 

「ゴースト/ドラゴンタイプのポケモンでな。今俺達が居るここを世界の表側とするなら、ギラティナが生息するのは継ぎはぎだらけの世界の裏側。ある意味死後の世界そのものを指すような場所さ。だからこの世にあってはならないというのも頷ける」

 

 死んだ魂は人でもポケモンでも動物でも関係なく送りの泉を通って死後の世界……破れた世界へ運ばれ、そこで洗礼や浄化を受けた後に戻りの洞窟から出てくるなんて話があったはずだ。

 

 また、ハルカが感じたサマヨールに近い雰囲気というのもこれに関連してくる。サマヨールの進化形態であるヨノワールは、誰か……恐らくはギラティナからの指示を受けて人や行き場の無い魂を霊界に連れて行くポケモンと言われているから、サマヨールとギラティナに対して雰囲気が近いというのも理解出来る。

 

「そして、ギラティナは反物質を司るとも言われているな」

 

 予想外の言葉だったのか、ハルカが目を丸くして眺め始めた。

 

「このポケモンが反物質って宇宙の始まりだとか、対消滅だとかに関わってくるアレを?」

 

 ハルカも対消滅に関する知識が多少あるらしい。もっぱら実現段階ではない超エネルギーや、反物質という言葉の響きなどのロマン成分が凄まじいからなのかもしれない。

 

「ソレを。対消滅を上手く扱うことが出来れば核融合よりも莫大なエネルギーを生み出せる……まぁ、安定した制御や保管を含めて上手く扱うなんて、普通は無理なんだが……」

 

 核融合でさえ、質量のうち1000分の1程度をエネルギーに変えているだけという変換効率なのに、対消滅は質量がほぼ100%漏れなくエネルギーに変わる。こいつが居る場合、冗談抜きでそれらを成しうる事が出来るのだ。フィクションお馴染みの超兵器の動力源には持って来いだな。

 

 古のものがギラティナと接触したのも、その辺りが狙いか?

 

 彼らの数学原理は凄まじい。これだけのエネルギーを確保出来るようになれば、それこそ様々な物に応用するだろう。彼らが恐れていたカイオーガやグラードンに対抗する切り札にも出来るかもしれない。

 

「でも……仮にそのギラティナってポケモンが2枚目に描かれていたとして、どうして3枚目に繋がるのかがわからないかも」

 

 だなぁ……まるでコマ落ちした漫画だ。古のもの達も理由がわからないほど、アルセウスの攻撃は急だったってことだろうか? それにしたって切欠のようなものが一切ないというのは気になる。やはり一番最初の問いに戻ってくるな。アルセウスは何故急に古のもの達を攻撃を開始し始めたんだ?

 

「うーん、もう一度隅々まで調べてみようかな」

 

「何か新しい発見があったら報告を頼む。カメラを返してくれ」

 

 ハルカに3枚目の石版の調査を任せ、カメラを受け取ってからそのまま前を通り過ぎて次の4枚目の石版を眺める。

 

 石版には凄惨と言っても過言ではない虐殺の跡が記録されていた。どこかの大きな街の中をゆったりと歩くアルセウスの周囲には、死体となった古のもの達やショゴスが散乱している。

 

 生き残った古のもの達が逃げながら、前の部屋でハルカが恐怖症だと言っていたL字型で筒状の銃に類似したものから電撃のような、或いはビームのような攻撃をアルセウスに向かって繰り返し放っているが一向に効いている様子はない。

 

 これは一方的な虐殺だ。蹂躙と言ってもいい。膝が震えるほど恐れているショゴスでさえ、こいつの前では通じないのか。

 

 まるで、モンスター映画でモンスターがワザと恐怖心を煽るように、ゆったりと歩きながら追い詰めている様子がありありと描かれている。死体の中に混じって瀕死の状態の古のものも居そうなのだが、アルセウスは無視しているようだ。

 

 これはハルカに見せるべきではないな。筒状の銃のようなものが大きく描かれているし、さっきの街への一撃ですら呼吸が怪しくなっていたのだ。今のハルカにこの絵の光景を見せたらひきつけを起こしかねない。

 

「……ハルカ」

 

「どうしたの?」

 

「4枚目の石版は見るな。次の石版に移る時は5枚目から記録してくれ」

 

「……わかった」

 

 なんとなく察してくれたようだ。

 

 伝言してから改めて全体を確認してみると、ふと絵の中でどこか違和感のようなものを覚えた。目を皿のようにしてどこに違和感を覚えているのか確認すると、アルセウスの視線がおかしい事に気が付く。どうにも、これだけ古のもの達を恐れさせようとしているにも関わらず、アルセウス自身は一切古のもの達を見ていないのだ。

 

「どういう事だ?」

 

 アルセウスが襲撃した理由は、死体を貪っていない事から飯の為という訳ではないのがわかる。また、視線を一切向けていない事から考えて、恐怖で逃げ惑う古のもの達を眺めるという理由でもないようだ。

 

 じゃあアルセウスはいったい何を見ている?

 

 アルセウスの視線を指で辿りながら確認すると、その視線の先には小さな穴のようなものが描かれている事に気がついた。暗い穴の中からギョロリと、何かが惨状を覗き込んでいる。

 

 ――――これが目当てか?

 

 襲撃タイミングからして、アルセウスは古のものがギラティナと接触するのを待っていた? どうして? 接触することによるメリットは……対消滅によって得られる莫大なエネルギーの生産? アルセウスは莫大なエネルギーを欲していた? ……そのエネルギーを集めて何かがしたいのだろうな。

 

 ……あ。今もの凄く嫌なことを思いついた。汗腺が開いたのか全身からぶわっと嫌な汗が溢れ始める。手がヌメって気持ち悪い。

 

 アルセウスはカイオーガやグラードンを襲って力……つまりエネルギーを奪った訳で。同時に、襲われた側であるカイオーガとグラードンは自然からエネルギーを回収して回復を図っていた。

 

 そして、この古のもの達への襲撃も莫大なエネルギーが目当てだとすると、アルセウスがエネルギーを収集する理由としてはメリットがある事のはず。

 

 また、エネルギーを大量に所持していたサンプルとして、カイオーガやグラードンのメタ化した姿が挙げられる。たぶんだけれども、変化していたレックウザの姿も関係していそうだな。

 

 何かしらの条件……仮に飽和状態に近くなった場合として、エネルギーを大量所持することによって外見が俺の知るものと変化すると考えた場合、石版に描かれているアルセウスは現時点で凄まじい量のエネルギーを蓄えているにも関わらず、まだエネルギーが足りていないということになる。

 

 これらを総合すると――――――アルセウスはメタ化を望んでいる?

 

「いや……いやいやいや! まさかそんな……」

 

 もしそうだとすると、俺にカイオーガから奪った莫大なエネルギーの固まりである【あいいろのたま】を渡す理由がわからん。カイオーガに協力してもらうという発言とも矛盾する。

 

 今はもうメタ化を望んでいないということだろうか? ……もしかして目的は既に達成されている?

 

 そもそも、ただエネルギーが欲しいのなら襲撃などという方法ではなく、貢物として定期的に奪った方が総合的な量は多いはずだ。俺の導き出した答えは何かが少しズレているな……わざわざ襲撃したメリットとは何だ? 情報が足りていないせいか、しっかりとした予測が立てられない。

 

 細部までわかるように数枚写真を撮ってから、もう得られる情報はなさそうだと判断し5枚目の石版へ移動する。

 

 5枚目の石版には、古のものの2倍はある大きな人型……まさしく巨人と言っていいようなナニカを古の者達が作り出している様子が描かれていた。かなり緊迫した状態であるらしく、この石版の書き手が不安や緊張を煽るような構図を意識したのだろう。

 

 描かれている素材となったモノは、何かの肉や鉱石、角や爪、植物などでほとんどは理解できそうにないが、その中にショゴスと思われる黒い粘液と、異様な雰囲気を醸し出している板状のようなものに目が惹かれた。もしかすると、あれがギラティナと古のものが共同で生み出した超高密度のエネルギーの固まりなのかもしれない。

 

 製造されている巨人のベース色は白で、所々に黄色い装飾のようなものがある。顔は4つの点で表されており、人間なら肩に当たる部分や足に当たる部分には、わさわさと植物が生えているようだ。

 

 人一人を握り潰せそうに見える大きめな三つ指の手や、黒い装飾のついた大きな腕はまだ胴体に接続されていない。どうやっているのかはわからないが、本体の左右の空中に静置されている。その機械的な様はロボットの整備を彷彿とさせてくる。

 

 胸の辺りには3対の宝石のような模様が描かれており、それぞれ上から岩のような赤茶色、氷のような薄く透明な白に近い水色、金属質で鋼のような銀色で構成されているのが見て取れた。

 

「このタイミングでレジギガスか……確かにゴーレムっぽいポケモンではあったが……」

 

 レジロックが古のものと関係するのなら、レジギガスも関係しているとは思っていたが……様子から考えて、レジギガスはアルセウスの対策として作られたポケモンなのか。

 

 しかし、全身が岩で出来たレジロック、全身が氷で出来たレジアイス、全身が鋼で出来たレジスチルは石版の中にはどこにも見当たらない。もしかすると、このタイミングではあの3体は生まれていなかったのかもしれないな。

 

 ただ、一番の問題は――――奥に16体ほど、組み立てる途中のレジギガスと同じようで、少し細部の異なる巨人達が並べられて描かれているという点だろう。それぞれベースとなっている色が違っており、赤、青、黄色、緑、水色、えんじ色、スミレ色、黄土色、藤色、桃色、黄緑、茶色、藍色、紫、黒、銀色で計16体。色の分類が正しいかどうかはともかく、体色から考えてレジギガスのタイプ別と言った所だろう。たしかジュエルの色もそんな感じだったはず。

 

 レジギガスクラスのポケモンが17体とか戦力にしたらどれほどのものになるのか。

 

 そして、これだけの戦力を揃えてもアルセウスには勝てなかったのか……

 

「これもポケモンなの?」

 

 声の方へ視線を向けると、いつの間にかハルカもこっちへ来ていたようだ。手に持っているメモには先ほどよりも書き込みが増えているように見える。

 

「完成間近な手前のがレジギガス。ノーマルタイプで大陸を引っ張って動かしたなんて伝説が残っているポケモンだ。特性で問題を持っているものの、本気で動けるようになったコイツは恐ろしい強さを発揮するだろう。奥に描かれている他の巨人については名称不明だけれども、状況や個体数からしてタイプ別のレジギガスという認識で問題ないと思う」

 

 ハルカに解説をしながら石版の写真を撮る。この石版に関しては写真が多くなってしまうが仕方がないだろう。

 

「今は起こされていなければ、とある神殿の最深部に眠っていると思う」

 

「へぇ……この子達は期待されてたんだね」

 

「期待?」

 

「だってこの子達、最終決戦用なんでしょ? 状況が状況だから、古のもの達が勝てる自信がないんだったら決戦で使わないだろうし」

 

 なるほど。期待、期待か……確かにこれだけの圧倒的な戦力を集めれば期待するのもわかる。でもそれ、どこぞのロボットアニメのように慢心からの2号機強奪フラグじゃないか?

 

 ん、あれ? ……強奪? 何かが引っかかった気がする。

 

 まぁいい、次だ。情報を集めきってからにしよう。それにしても残り2枚か。

 

 6枚目には想像通り……いや、想像以上の、グラードンやレジギガス達の混合部隊とアルセウスによる地獄のような戦闘が描かれていた。戦場は一部街が重なってしまったらしく、大きな街の近くにある火山にはグラードンが描かれている。

 

 そのグラードンが放った【はかいこうせん】のようなビームによって大地そのものが捲れ、レジギガス達がタイプに従って様々な攻撃を繰り出しているようだ。やはりこの中にもレジロック達は見当たらない。

 

 地面を凍らせていた氷の中から火柱が立ち、アルセウスに纏わりつくように黒い草が茂り、空からは落雷や霰が降り注いでいる。地面は裂けて、そこから小さな津波や投げつけられた島そのものが襲いかかっているようだ。いくつも重なっていて技そのものを把握し辛いが、他のタイプのレジギガスも攻撃を一斉に行っているのだろう。

 

 流石にこれだけの攻撃を一斉に行われると、いくらアルセウスでも厳しいらしく、その姿は今まで見たことのないほどに装飾は砕けて、毛に血が滲むほどにボロボロになっている。しかし、それでもしっかりと立って反撃を続けているようだ。戦力差はおおよそ18対1。個体としての差はあるやもしれないが、ここまでの数の暴力は普通覆せない。

 

 ここだけを見る限りではかなりレジギガス達が優勢に見えるが……いったいどういう事だ? どうしてこの状態から古のもの達は崩壊した?

 

 それにしても、グラードンもこのこの世の地獄を体現したような大戦に参加していたのか。カイオーガの姿は見えないけれど、もしかすると石版に描かれていない部分で戦っていたのかもしれないな。そうなると19対1という事になるんだが……

 

「キョウヘイ先生、どうしてこの1匹だけ少し離れているんだろう?」

 

 ハルカに指摘されたレジギガス達の内の1匹に目をやる。確かに他のレジギガス達は攻めている一方なのに、この濃い藍色のレジギガスだけは少し離れた位置にいる。

 

「色から考えて……たぶんゴーストタイプのレジギガスだな。タイプ的にノーマルに対して有効な技がないのか?」

 

 遊兵……とまではいかないが攻撃できる位置にいない為、こいつの役割はほとんどサポートだけなのだろう。ギラティナの存在がこの絵の中で確認できないのも、そういった理由からなのかもしれないな。

 

 しかし、有効な技が無い事ぐらい古のもの達だって製作段階で理解しているだろう。それに仮にもレジギガスなのだから、この戦場に出されている以上、それ相応の能力を持っているはず。

 

「もしかすると、アルセウスからの一番強力な攻撃をタイプで無効化して、全体の補助をする役目なのかもしれない」

 

 そう考えると合点がいく。アルセウスが相手でもタイプ一致で弱点を突かれない限り、レジギガスの耐久力なら問題なく耐えることができるだろう。

 

「……次のに移るか」

 

 描かれた内容を写真に収め、次の……最後の石版の前へ移動する。

 

 そして、ソレを見て絶句してしまった。最後の石版には先ほどとは打って変わった蹂躙劇が描かれているのだ。訳がわからないとはこの事だろう。

 

「……え?」

 

「なんだこれ……」

 

 アルセウスがコロコロと一部の体色や装飾の色を変化させながら、様々なタイプの【さばきのつぶて】を一筆書きのような経路を辿ってレジギガス達に放っている様子なのだろうが……どうしてこんな事になっている?

 

 恐らく最初に落とされたのは先ほど話題になっていた、少し離れた位置にいたゴーストタイプのレジギガスだ。逃げる暇もなく背後に回られたのだろう。どういう訳かアルセウスの一撃で体を破壊され、異様な気配を醸し出していた板状のものが外気に晒されてしまっている。

 

「何が……いや待てよ。補助技……ゴーストタイプ……まさか【おしおき】に近い技か?」

 

「【おしおき】?」

 

「簡単に言うと、能力変化で相手が強くなれば強くなるほど威力の上がる悪タイプの技だ。瞬間移動に関してはたぶん【しんそく】だと思う。威力が無くとも、素早く行動できるという点だけで使用するメリットがある」

 

 全体に補助をかけていたゴーストタイプのポケモンに対して、【おしおき】はうってつけの技だと言える。ここから戦線が崩壊し始めるのか。

 

 次に落とされたのは桃色の……恐らくエスパータイプのレジギガス。他にも周囲に様々なレジギガスがいるにも関わらず、体色の一部や装飾が紫に変化したアルセウスは、【しんそく】によって瞬間移動したかのように懐に潜り込み、濃い藍色が特徴的な()()()()()()()の【さばきのつぶて】を直撃させたようだ。威力故か地面が大きく陥没し、巻き込まれた街の一部が消し飛んでしまっているのが描かれている。

 

 ――――ああ、そうか。古のもの達の敗因は、アルセウスの特性を知らなかったからか。調べようもない、調べる暇も与えられない。そんな状態でも確実に弱点を突く為に、様々なタイプのレジギガス達を創った結果がこれなのだろう。

 

 3番目に落とされたのは、予想だと格闘タイプのえんじ色のレジギガス。アルセウスの背中を捕らえて殴りかかったものの、その時には既にアルセウスは体色の一部がグレーで、装飾の色も桃色に変化していた。そこから反撃であるエスパータイプの【さばきのつぶて】が格闘タイプのレジギガスに直撃し、腕や板状の物、胴体の一部を残して砕け散ったようだ。

 

 後はもう相手の弱点になるようにタイプ変化した【さばきのつぶて】で突くように、片端からレジギガス達を屠っていったようだ。

 

 4番目は鋼タイプのレジギガスが落ち、5番目には氷タイプのが、6番目には草タイプ、7番目には水タイプ。このタイミングで後方へ撤退し始めたようだが、もう遅かったらしい。レジギガスが屠られてゆく度に街の崩壊が進む。同時に、アルセウスの首の辺りに板状の物が増えてゆく。

 

 戦線の崩壊は止まらない。8番目に落ちたのは黄土色がベースの地面タイプのレジギガス。9番目には電気タイプ。10番目に飛行タイプ。11番目に虫タイプ。

 

 ここまで撤退した段階で既に街の中央まで移動していたが、それでもアルセウスの徹底的な追撃は続いたようだ。ほぼ全ての攻撃に対して反応を示さず、ただただひたすらにレジギガス達を狩ってゆく。

 

 12番目に落ちたのは悪タイプのレジギガス。13番目は岩タイプ。14番目は炎タイプ。15番目は毒タイプ。

 

 この時点で残るレジギガスはノーマルとドラゴンのみ。グラードンからの援護に関しては、アルセウスはほとんど意に介していないようだ。ボロボロであったはずの装飾も今や完全に修復されており、血が滲んでいたはずの毛並みも元に戻っている。

 

 最後の戦場となったのはとても巨大でいて、極めて荘厳な造りになっている聖域の中にでもありそうな神殿だったらしい。ドラゴンタイプのレジギガスによる空中からの攻撃を【さばきのつぶて】で本体ごと叩き落とし、ドラゴンタイプのレジギガスを踏みくだいて板状の物を奪ったようだ。

 

 7枚目の石版はここで終わっている。

 

 ここまで見続ければ、アルセウスが奪っていた板状の物がなんなのか理解できた。

 

 ――――あれはプレートだ。ポケモンに持たせただけで技の威力を上げる、あの石盤がプレートそのものだったんだ。

 

 わざわざレジギガス達の死体からプレートを回収していたところを見るに、アルセウスが古のものを襲撃した目的はプレートなのだろうか。しかし、このプレートだって作製させた上で献上させればいいだけのはず……

 

「キョウヘイ先生! この石版、裏にまだ続きがある!」

 

 ハルカに連れられて裏に回るとそこには――――

 

 ――――16枚のプレートを束ねた状態のアルセウスが、七色に光る超範囲の【さばきのつぶて】を放った瞬間が描かれていた。

 

 これこそが、首都である一番大きな街と共に古のもの達が光に飲まれて消滅した瞬間であり、街が巨大な砂漠に変化するように、アルセウスが古のものの歴史に止めを刺した瞬間だったのだろう。

 

 




アルセウスに利用され、文明を滅ぼされてなお生き残ってしまったモノ達は、いったい何を思うのか……。

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。