「――そこまでは良かったのだけれども、騎士っぽいのチェーンメイルもどきの服を着た人にポケモン開放って内容で絡まれちゃって。しかもいくら事情を知らないとは言っても、ガーディの前でそんなこと言うからガーディも怒って……ねぇ?」
キョウヘイ先生達と訓練するために予約した広場へ向かうが、道中には民家や畑、荒れた岩場などしかなく話のタネになりそうにない。なので昨日あった事を話してみたのだけれど……だんだんと思い出してきたせいか、またイライラしてきた。これは失敗だったかも。
この子は人に捨てられた事があるのだ。そんなポケモンの前で
「ワン!」
同意するガーディを抱き抱えてから頭を撫でる。自分から話しかけておいてこれだと面倒くさい女と思われそうだ。
「そんな服装でポケモン開放を謳う面倒くさい宗教団体だと……ああ、プラズマ団か。本当に面倒な集団に声かけられたんだなぁ」
歩きながら腕を組んでうんうん頷いている……のだが、角の荒々しい牛のマスクを着けているせいで大きな牛頭の怪物にしか見えない。白いタンクトップに青のジーパン、そしてガタイが筋骨隆々なのも相まって妙に似合ってしまっている。
これ牛だけじゃなくて、クマでも似合うかも……いやいや!? 毒されるなわたし! 最近ダイゴさんは注意することを諦めてしまったみたいだし、最早キョウヘイ先生を真人間に戻せるのはわたししかいないのだ。流されてはいけない。
「……キョウヘイ先生はそこの団体について何か知っているの?」
まさかあそこに知人がいるとか?
「ああ、とは言っても直接的な関わり合いはないがね。少しの知識と経験もどきがあるだけだよ。ちょっと厄介な宗教団体でなぁ……簡素に言うと教祖が自分の為に作った宗教団体兼犯罪組織だ。ただ、面倒なことにプラズマ団の教義を盲信しているような団員もいる。ネットやニュース、新聞の情報だと孤児院開いたりしている以外には、大きな事件を起こしていないらしい……何年後かはわからないけれど、それなりに厄介な事件を起こすと思うよ」
また変な予言を言っているなぁ。それも前に言っていた異世界からの知識なのだろうか?
「しかも2回起こす」
追い討ちのようにとんでもない情報が足されてしまった。
「ソレはキョウヘイ先生の知識では確定事項なの?」
「おそらくね。だいぶ俺の知っている事件の内容と変わっていたりする事が多いけれど、それでも今所そういう大事件の大筋は外れていないみたいだし……そんなに顔を歪ませるなよ。まぁ、絶対ではないからそんなことが起きるかも? 程度に留めておく感じでいいと思うよ。今の俺達とはあんまり関係ないだろうしさ」
誰だって顔を歪むだろう。その言い方だと、そんな大事件が数年後に確実に起こると明言しているのと同じだと思うの。
「まぁ……そう……ね。あ、そうだ。今のわたし達に関係しているものを本屋で見つけて買ってみたんだけれど。『狐の調印』っていうのがあるみたいなの」
そう言いながら昨日買った【天照銀狐】を取り出す。昨日寝る前に途中まで読んで、大切そうな場所には付箋を挟んでいる為、元々の厚さよりも更に厚くなってしまっている。この本の角で殴ったら相手を瀕死にできる程度には厚い。
「『狐の調印』? なんだそりゃ。そんなものあったっけかな……それが俺達にどう関係してくるんだ?」
「昨日旅館を出るときに、女将さんに『狐の調印』持ちでもないのによくロコンに懐かれているって言われてさ。その時はそのまま世間話で流れちゃったのだけれども、その後で寄った本屋の店主さんからも『狐の調印』って単語が出てきてね。店主さんに聞いたらこの街の伝承が書かれている【天照銀狐】を買えばわかるよって販促されて……情報料だと割り切って買って読んで調べたの」
「ほうほう?」
「すっごい大まかに理解した内容だと、森の神である白銀のキュウコンに認められた人だけが手に入れることができる調印なんだって! 選ばれた者のみが手に入れられるとか、かなりロマン溢れる話だと思わない!?」
わたしもいつかそんな伝説がしてみたいなぁ。居合わせたらギュンギュンと乙女心が唸りそうだ。
そんなことを思いながら【天照銀狐】の『狐の調印』について詳しく書かれている項を開き、キョウヘイ先生に見せた。そこのページには、キュウコンの後光によって作られた陽光をそのまま絵にしたような印象を受ける不思議な焼印と、ロコンがそれを割って片方を人間に渡しているのが描かれている。本文にも銀色のキュウコンが陽を強くすることで邪悪を打ち払い、その残りである木漏れ日で調印を御作りになられたと書かれていた。
「んー…………ざっと見た感じ、書かれている内容から察するに調印……というよりも焼印のされた割符のようなものだな。うーむ、これは日照りキュウコンか? ポケダンだかで祟るだのの話はあった気がするが人を守る? ……うん、やっぱり知らない。そもそもこんな書物があるのがまず初耳だな。読み終わったら俺にも貸してくれ。あと、女将さんや店主が他に何か言っていなかったか?」
なにやらブツブツとか呟いた後、【天照銀狐】が返ってきた。キョウヘイ先生に貸すために早めに読み終わらないと。
他に何か言っていたっけ……あ。
「店主さんがホウエン地方ではこういう伝説が残っているのはここかキナギタウンぐらいだろうって言ってた」
「キナギタウン? あっちの伝説となると……マボロシ島辺りだろうか?」
マボロシ島?
「さぁ? そこまでは聞いていないからわからないかな。そのマボロシ島っていうのはどういう所なの?」
「特殊な霧が発生していてそのせいで近寄れず、しかもその霧は数年か数十年に一度しか晴れないような島だ。そういう特殊な環境だから、生態系が独自のものになっている可能性が高いだろう。こっちの地方に残っている街毎の伝説はその2つか?」
「この街に伝説が残った理由は、巨大な銀色のキュウコンが街を開拓しようとした時に目撃されたかららしいよ」
「目撃……そうか、マボロシ島も数代毎に目撃されているから伝説が残ったのか。それなら辻褄が合う……っと、着いたぞ。そこまで急ぎという訳でもない。とりあえずこの話は夜に続けるとして、今はトレーニングを優先するぞ。今日はここの奥の広場で訓練を行っていく」
到着した場所にはフエン運動公園場と書かれた札が建っていた。森と少し離れているせいか見た感じ舗装された道以外にはゴロゴロとした岩が目立つ。そしてかなり広そうだ。
「ここで軽く準備運動してから、まずはジョギングを行う。荷物番は……御神木様にしてもらうか」
「クギュル」
御神木様が大賀の上でぐるぐると回転して、やる気を体全体で表している。そういえば、御神木様って特に走って鍛えている訳ではないみたいだけれど……どうやってあそこまでの耐久力を身につけているのだろう? 正直、ゴンベよりも粘り強さがあるし。こういうところに経験の差が出るのかな?
ただ、この子達みんな、昔よりも確実に強くなっているのだからそんなに急がなくてもいいのかな?
◇ ◇ ◇
30分ほどジョギングをした後、ハルカとは別れて技の訓練を始めることになった。俺達が訓練する場所は2~3mはある大岩が散乱しているフィールドだ。ここなら訓練しても他の人の迷惑にはならないだろう。
ハルカ達はどうやら新しい技のコンボを開発しているらしく、まだ俺には見せたくないらしい。次はどんなびっくり技になるのかちょっと気になっている。
だがな、びっくり技を扱うのはハルカ達だけじゃあない。俺達だって面白そうな方向で技を鍛えているのだ!
「いけそうか大賀?」
「スブブブブッ!」
そうした中、今日は大賀が披露したいものがあるらしい。普段なら大賀の後ろに立って観測するのだが、今日は大賀に立つ位置を指示された。
態々左側の岩に【やどりぎのタネ】で蔦を生やし、ソレを登らされる。どうにも高い位置で、全体を見て貰いたいようだ。準備を終えた大賀が、奥にある土嚢に貼り付けた的へを技を叩き込もうとしている。的が必要ということは【タネマシンガン】みたいなものなんだろうけれど……
ただ――――的に当てる為の射線上には3mはありそうな大岩がある。そのせいで射線が完全に塞がれている。少し動けば射線も開けるだろうに態々そこに立つ理由はなんなのだろうか? まさかワンホールショットで貫通させるとかか!?
そんな俺の心を大賀は気にすることなく【タネマシンガン】を撃ち出し始めた。
放たれた種はすっぽ抜けた暴投のように的とは異なり、大賀から見て右方向に進んでゆく。
こりゃダメだと思った瞬間、その先にあった岩にぶつかって跳弾し、射線を塞いでいた大岩を躱して土嚢に着弾した。
「……はい?」
少し間の抜けたような声が出る。
流石にアレで精密射撃はできないようで、的自体に直撃したのは25発中3発だけなのだが……残りの弾も土嚢には命中している。十分以上の精度だと言っていい。
「……確かに俺は基本として【タネマシンガン】を
岩から飛び降り、的に近づいて土嚢に埋まっている種を取り出す。軽く抓むと硬めのゴムのような感触が指先から伝わってきた。高い伸縮性もあるようで、強めに握るとぐにゃりと形を変える種……これ本当に種か? なんか新素材として使えそうな感はある。
「スブボッ!」
大賀はやりきったように胸を張っているので、頭を撫でて褒める。おいしい水を頭から被る権利もあげよう。存分に……いや、5本まで浴びてもいいぞ。
それにしても、自力で実践向けの技を考えたのは凄いんだけれども、お前かなり斜め上に昇華させたな。
俺が最近考えていたのは【タネマシンガン】の連射性を持った【タネばくだん】というコンセプトだったはずだ。具体的な例はエアバーストのような感じのやつ。御神木様に研究、実践してもらっていて、今日実地テストの予定だったのだ。
それを大賀達が横で聞いていたのは知っていたけど……どうしてこうなった? あのコンセプトとまるっきり異なるぞ。いや、狭い場所なら使い勝手はいいのかもしれないけれどさ。
「……ポケモンってすげぇなぁ……」
色々なところから吸収して自分の技術にしてしまう。要領がいいんだろう……いや、自分の生態に合わせるのが上手いのか? 俺みたいに、変に先入観がないのも重要だろう。
その後も何度か試射してもらって分かったことは、2~3回は跳弾できて、通常弾よりはダメージが少ないが意外と痛い。また、撃つ際に少し溜めが入るようで、動きながらは撃てそうにない。奇襲か、【ステルスロック】ばら撒いた後の岩を利用した予想外の一撃としての使い方がベストかね。これは。結局、うまく扱うには俺の空間認識能力を上げないといけない。今度から紙図面演習だけじゃなくてパソコンを使った立体図面演習でも訓練しないとな。
「スブブブ」
「キノッ!」
あれから、40分ほどかけて大賀が網代笠や御神木様にやり方の骨を教えているようだが、今のところ普通の【タネマシンガン】のままだ。これ、大賀だけでなく網代笠や御神木様が使えるようになったら、かなり面白いことになりそうだな! 大賀は既に結構慣れているのか通常の【タネマシンガン】と跳ね回る種を交互に撃つなんて器用なことさえしている。
「今夜のマッサージの時には大賀の好きなお香でも炊くか。これからも思いついたのがあればどんどん出してくれ」
成功しても失敗してもいい刺激になる。
「とりあえず予定を少し変更して、大賀と網代笠はそのまま【タネマシンガン】の曲芸射撃……いや、名前を付けるか。跳弾……跳ねる……バウンド? ああ、しっくりきた。命名、【バウンドガン】な。それで、【バウンドガン】の練習を頼む。的はここに束で置いておくから、土嚢が破れたら俺を呼んでくれ」
「スブッ!」
「キノコッコ!」
楽しそうに【バウンドガン】の練習を再開する大賀と網代笠。2匹共ができるようになったら、的の中心に当たった数を競わせるのも面白そうだ。ただ、もうこれ訓練というより一種の遊びだな。まぁ楽しんでやれるのはいいことだ。その方が工夫するようになるし、上手くなれるだろう。
「次、御神木様は少し離れた位置で今日の
そう言いながら販売されていた身代わり用の人形を取り出す。ゲームで見慣れていた物だったから買ってみたが、なかなかいいお値段だった。それにしても、【みがわり】を多用する人ってその度に買い換えるのかな?
また思考が飛んでるな……まぁ今度店員さんにでも聞けばいいか。夕立は小さいピッピ人形で一応は
「ブイッ!」
「クギュルルル!」
いい返事だ。全員に指示をした後、御神木様を連れてまた少し離れた岩場へと向かい、周囲に人がいないことを確認してから普段より多めの土嚢を積んで的を作成する。これだけしっかりとした物を作れば爆発に負けることも無いと思いたい。
最後に右手と左手に数取器を持ち、用意を終えて御神木様の後ろに立つ。
「よし、これより榴弾もといエアバーストの訓練を始める――――射ち方、始め!」
「クギュルルルルルゥ!」
ポンポンポンと軽く独特な発射音が鳴り、【タネマシンガン】の種よりも少しだけ大きい種が連射されてゆく。大きさはハンドボールぐらいだろうか?
初弾が的に命中し……ゴロリとそのまま地面に落ちた。初手不発弾である。そのまま2、3と次々と着弾してゆくが、あまり成功度は高くない。左手のカウントばかりが増えていく。時たま爆発に成功した種が不発弾を巻き込んで連鎖的に大爆発を起こしている。
「撃ち方、止め! 爆発成功6発、不発弾19発か。最初だしこんなもんだろう……今までの訓練通り、この調子で少しずつ【タネばくだん】の発射テンポを早めて見てくれ。それに、今のでちょっと面白いことを思いついた」
「ク?」
「いやさ、部屋で戦闘している事を想定してなんだが、態と時間差を出して爆発させるのもアリだなぁと思ってな」
【タネばくだん】は基本的に接触爆発だけだ。野生のギャラドスから逃げる時に一度だけ着弾後に起爆するようにしたが、アレを本格的に戦術に混ぜ込んでみるべきだろう。【ステルスロック】と混ぜて飛ばすのもアリになる。なんか今日は色々な案が浮かんでくる。これも大賀が新しい可能性を見せてくれたからだろう。今なら何だって出来る気がする!
「不発だと思わせてから纏めてドカン! とかカッコよくないか?」
御神木様に何言っているんだコイツみたいな目で見られる。そんな冷静な目で見られると照れるじゃないか。
俺が御神木様にローラーされる等の軽い茶番休憩込で5時間ほどエアバーストの練習を行わせてみたところ、最初の頃よりもだいぶ不発弾が少なくなってきていた。コツを掴んだのかもしれない。
今は10発ぐらいがしっかりと爆発している。
そろそろ疲れが溜まってくるだろうし、一度1時間ぐらいの休み時間を入れるかな。その後は御神木様、大賀、網代笠で総当たり戦をやろう。それでも時間が余ったら広くて障害物も多いのだし、バトルロワイヤルをやるのもいいかもしれない。今日のところはこんなもんかねぇなんて考えていると、少しずつ近づいてくる足音が聞こえてきた。
一瞬ハルカか? とも考えたが、足音のテンポが違う。誰だろうと思い足音の方向へ目をやると、修験者のような格好に狐のお面を付けた175cm程の男がカブトプスを連れて歩いていた。背筋が伸びていて歩き方が綺麗だな。武術を嗜んでいるのかもしれない。
映画の撮影か何かだろうか? 近場で撮影しているなんて話あったか?
特徴的なのは男の装束だけでなくカブトプスの鎌もだな。90cmはあろうかというほど大きく、1.5mに満たないカブトプスの身長ではより威圧的に見える。しかもとても鋭そうだ。
そのまま過ぎるのかと思っていたが、そのまま真っ直ぐこちらへ向かってきている。どうにもこっちに用があるようだ。
「おお、やっと見つけた。ヌシらトレーナーか?」
話しかけられた。感じからしてトレーナーでも探しているのだろう。カブトプスを率いているとなると、推定40レベル以上だな……完全に格上です。ありがとうございました。
「そうですが……あなたは?」
「おいはケント、しがないトレーナー兼樵じゃ。この辺でトレーナーを探しちょったんじゃが、みぃんなして目をそらしてのう。戦ってくれそうなトレーナーを見つけられんかったんじゃ」
俺が言えた立場でもないだろうけれど、だってあなたとあなたの相棒の威圧感が凄いんですもの。
「そんな時に面白そうな事をしちょるヌシらを見かけてな。どうやって声を掛けようか考えちょったんじゃが、ヌシらが移動しそうになっているから慌てて声を掛けたんじゃよ。そういう訳で、1戦どうじゃろうか?」
なるほど、そういうことか。面白そうではある……が、俺達相手でもいいのだろうか。
「構いませんけれど、俺達まだバッジ2つですよ? それでもいいんですか?」
「おお、受けてくれるか! おいは極めるために面白そうなトレーナーとバトルできればいいんじゃ。ヌシからは何か条件ないのか?」
条件……条件ねぇ。
「そうですねぇ。少し休憩した後に戦うこと。そして、全力のバトルを体験させて頂きたい。あ、あと録画の許可もお願いしたいです。賭け金はどうします?」
「構わんよ、賭け金はそうじゃのう……1500円でどうじゃ?」
完全な格上とのバトルで技術を磨ける。しかも負けたとしても良心価格……かなり譲歩してもらっているな。
「分かりました。では30分後にここでやり合いましょう。少し離れたところで訓練している仲間がいるので呼んできます」
「おう! じゃけん、ここでステージ作って待っちょるな」
◇ ◇ ◇
網代笠にハルカを呼んできてもらって事情説明し、ビデオカメラと夕立を預ける。ハルカを呼びに行っている間にもっと細かなルールの調整も終えておいた。これで万全である。
「それで戦うことになったと」
3m程の大岩に生えた蔦を登りきったハルカにビデオカメラを持たせて待機してもらう。今回は録画役兼審判だ。
「なかなか見れないバトルになると思うから、しっかり録画してくれよ。後で俺も見たいし」
「わかった。頑張ってきてね」
「ブイィ……」
「行ってくる!」
軽く夕立を撫でてから立ち上がる。岩を滑り降りて少し走り、少し高めの岩の上にあるスタート位置に着く。真下のステージに網代笠を繰り出すが、ケントさんはカブトプスのままらしい。
相性はこっちが完全に有利だが相手は格上、しかも異様な威圧感持ちだ。嘗めてかかるような馬鹿な真似はできんね。如何にこの岩だらけのステージを活かすかが俺の活路になる。
ステージを見回すと、いたるところに身を隠せる岩があるようで、射撃系の技はよく狙っても当て辛そうだ。距離を詰められないように立ち回るにはどうするべきか……
「それではポケモンバトル……始め!」
まずは様子見。
「網代笠、【タネマシンガン 弾幕】だ!」
さて、この弾幕どう捌く? 流石に当たったらタイプ的に辛いぞ? 岩に隠れてくれたら楽そうなんだが。
「たたっ斬れ! カブトプス」
【タネマシンガン】を無言で、素早く前進しながら【きりさく】か【れんぞくぎり】で切り落とし始めた。予想外です。なんだこの侍は!
そのまま突っ込んでくるカブトプスのプレッシャーが凄まじい。主並みの威圧感だ。
「……ファッ!? マズイ! 後退しながら【やどりぎのタネ】だ!」
近づけるのはマズイ。だが、弾を切らすのもダメだ。切りながらだからあの速度で済んでいるだけで、弾幕がなくなったらなくなったでもっと速度が上がってくるはず。そうなったら勝ち目がなくなってしまう。
【やどりぎのタネ】も切り捨てられ、その勢いでカブトプスが肉薄してくる。すっと右の鎌が上がり、対応した網代笠が後ろに下がろうとする。だがそこで下がって鋒に近づくのはダメだ! 綺麗なラインで振り下ろされる未来が見えてくる。
「前へ出ろォ! 【タネマシンガン バックショット】」
「キノコォ!」
「【いあいぎり】じゃッ!」
「シッ!」
グンッとカブトプスの腕が伸び、斬! と耳障りのいい音と共に網代笠の少し後ろにあった岩が切断される。切られる前に踏み込んでいた網代笠も多少切られてしまったようだが、あのまま下がっていたよりはマシだろう。お返しとばかりに懐で18発同時発射の【タネマシンガン バックショット】を叩きつける。
【タネマシンガン バックショット】が直撃した衝撃でカブトプスが跳び、その間に少しだが網代笠が更に下がって距離を稼ぐ。焼け石に水かもしれないが、ないよかマシだ。次も間に合うとは限らないし。
「……おお! しょっぱなからカブトプスの【いあいぎり】を見切るか! ヌシ、なかなかにいい目を持っちょるなぁ! これは面白い! チャンピオンロードでもなかなかいなかったぞ。カブトプス、まだやれるな!」
「……」
4倍弱点技で吹き飛ばされたにも関わらず転がって受身を取り、地面に鎌を突き刺して勢いを弱め、無言のままゆらりと立ち上がってカブトプスは構えを取った。見かけは先ほどの攻撃が直撃したせいかボロボロと甲殻か崩れている。しかし、先程よりも威圧感が増した気がする。ギラギラと目の輝きが凄い。
「隙を見せるな! 【タネマシンガン 3点バースト】」
「【れんぞくぎり】で斬り伏せい!」
先程よりも、より火力が集中する点での攻撃を開始するが、これまた射線を読み切られて身を捩って躱したり、先程より派手に、より早く動く【れんぞくぎり】でいなされる。まるで舞っているかのような動きで向かってくる姿は恐怖そのものだ。どうやったらあんな動きができる!? ……まさか特性:砕ける鎧で速度が上がったのか!
あの鎌が振るわれている空間に突っ込んだら細切れにされそうだ。
「チッ、【しびれごな】で煙幕を! その後で【かげぶんしん】!」
「キノォッ!」
ボフンッと網代笠の周囲に黄色味のかかった粉が舞い、その姿を隠す。そして姿を隠した状態で【かげぶんしん】の追加、これでどこから攻撃されるかわからんはず。
「そんな逃げの体勢は、このバトルではダメじゃな! 【こころのめ】!」
「……ファッ!?」
え? こころのめ? 【こころのめ】!? カブトプスそんなの覚えたっけ!?
「おい達の心眼を持ってすれば、分身など無意味じゃけんのう。【いあいぎり】!」
少し離れた位置にいるカブトプスが即座に網代笠のいる場所を察知し、先程と同様にグッと勢いよく近づき【いあいぎり】で隠れている岩ごと攻撃しようとする。
「横に全力で飛べ!」
「キノコ!」
そこまで言ってから違和感に気が付く。なんであの距離を高速で移動したのに【しびれごな】に揺らぎがないままなんだ? 気がついた時には全てが遅かった。
「網代g――」
「――その逃げが【フェイント】に引っかかる。【いあいぎり】で詰みじゃ」
「シッ!」
【しびれごな】の煙幕から勢いよく飛び出した網代笠の後ろにゆらりとカブトプスが現れ、斬! と網代笠が叩き切られ、戦闘不能になる。完全に読み切られていた……恐ろしい。これが本当の実力者か。
「網代笠、戦闘不能!」
「強い……今までで一番強い! すまん網代笠、もう少し早く気がつくべきだったな……仇は取る。大賀! 行ってこい!」
「スブブゥッ!」
随分と気合が入っているようだ。
「ほう……? ヌシ、草使いじゃったか」
「いえ、偶々縁があっただけですよ。あの審判席で眺めているイーブイも俺の仲間ですので、限定させている訳ではないです」
話しながらもジリジリと距離を詰めてくるカブトプス。さて、どうするか……【しろいきり】で身を隠しながら相手の素早さを下げるか? いや、この人相手には恐らく悪手だ。攻めの姿勢で行ったほうがいいだろう。【ねこだまし】も相手が早くなるだけなので没。一撃が怖いから【カウンター】狙いにもしたくない。
となると……。
「大賀! 【タネマシンガン 弾幕】!」
「スブブブブブブブゥ!」
「そいつは確かに優秀な技みたいだが、それだけではおい達に勝てんぞ? 【みだれぎり】」
ドドドドドと弾の豪雨を降らせる。先ほどとは異なり、勢いや弾の量は大賀の方が多い。切り捨てられてはいるが、カブトプスがその場に釘付けになっている。やはり【タネマシンガン】系の技は大賀が一番使いこなしているな。
「途中で【バウンドガン】に切り替えろ!」
「スブボ!」
「【みだれぎり】で切り伏せるんじゃ!」
ドドドドドと発射間隔は変わらないが、弾の種類を急に変える。すると、なにも知らないカブトプスは先ほどと同じように無理な体勢で切る羽目になる弾や、最初から当たりそうもない弾には一切目もくれない。散々研鑽を積んだ結果の処理なのだろうが、今の俺達にはかなり都合がいい。
切られなかった弾達はそのままの勢いで周囲の岩に叩きつけられ、その岩に沿ってバウンドし始める。
「む!? なんじゃこりゃ!?」
カブトプスも跳ね返ってくる種に気がついたようだがもう遅い! 既に辺り一面の壁や岩で【バウンドガン】が跳ね返りまくっている! その反応を待っていたんだ!
然しものカブトプスも360°+αから射撃を受けたことは無いらしく、どんどんとダメージが蓄積されていく。この技の酷い所は相手が処理しきれなくなった時点から種追加され続ける点だろう。問題点は反射した種が大賀にも軽く当たっていることか。ただ、元々威力もそこまで高くなく、カブトプスと異なりタイプ的にもそこまで大ダメージを受けない。
なんだか俺、トレーナーにも攻撃が行きそうな技ばかり作っている気がする。気のせいだろうか?
少しの間奮闘していたが、スーパーボールの海に沈むようにカブトプスが倒れ伏した。
「カブトプス、戦闘不能!」
「……あ、あっはっはっはっ! どういう理論を作ったらあんな技になるんじゃ! 久々に大笑いしたぞ。やっぱり面白いのう! ヌシと戦うと新しい何かが見えてきそうじゃな」
また誤解されるような事を。
「これは俺が考えて訓練したわけではなくって、ウチの大賀……ハスブレロが考案した技です。本邦初公開ですよ!」
一応【しびれごな】と【かげぶんしん】による忍者アタックも初公開だったんだけどなぁ……一瞬で見破られちまったもんなぁ……
「よし、次じゃ次! カモネギよ面白い相手じゃぞ!」
「クワァッ!」
カモネギか。また珍しい……が、油断できん。そうそうに仕留めたいところだ。
「【いあいぎり】じゃ!」
「クワワッ」
意外にも、そのまま走っているようにしかみえない――――そう思った次の瞬間、カモネギが横を通った岩がズルリと滑り落ちた。
「…………ファッ!?」
先ほどのカブトプスとは打って変わり、速さや力強さはそこまで無いものの、道中の岩を完全に断ち切りながら突っ込んでくる。こいつら荒武者か何かか! そのネギっぽいけど岩を断ち切れる草って何なんだよ! 人のこと面白いだのなんだの言っているけれど、絶対あんたの方が色々と面白要素あるぞ!
「本当に洒落にならん!? 大賀、【れいとうビーム】で迎撃!」
「スブブブブ!」
【れいとうビーム】がカモネギに直撃した――と思ったがどこぞのゲームにあるバリアのように少し前でビームが弾けている。
どうなっているんだ!? 目を凝らすと様々な方向に一瞬だけ白い氷のラインが浮かび上がり、次の瞬間には砕けながら他の方向に線が伸びている。
「……まさか【れいとうビーム】を【いあいぎり】で斬っているのか?」
残像を残して!? 漫画じゃないんだぞ!? できるのか、そんなことが!
「そうじゃな。そしてそれだけじゃあない。そのまま【エアカッター】!」
その場でカモネギが大きく縦に一閃すると、【れいとうビーム】が左右に裂かれ――――
「スブブブブ――――スブ!?」
大賀に直撃し、パァンッ! と大きな破裂音を轟かせ、ふらりと大賀が後ろに倒れる。頭に直撃したのかもしれない。こりゃマズイ。
「……大賀、戦闘h――」
「――スブゥッ!」
そう思っているとその場で大声を上げて慌てて立ち直る。一瞬意識が飛んでいたようだ。額から軽く血が流れているが出血量からみるとそこまで深い傷ではないだろう。
「まだいけるのか?」
「スビボッ!!」
大賀が戦闘続行の意思を全身で示す。なら俺も対処法を考えないとな!
「……戦闘続行です。くれぐれも無茶をしないように! いいですね!」
「いやはや、ヌシのポケモンはタフじゃのう」
多少呆れの混じった声色だが、それでも楽しそうに聞こえてくる。不思議だ。
「こういうところは俺に似ているのかもしれませんね」
「さて、反撃と行こうか! カモネギに向かって【ねっとう】を撒き散らせ!」
ダバァッと【ねっとう】が一面広がり、カモネギを追い立てる。
「こりゃ触ったらたまらんな。【エアカッター】で迎撃じゃ!」
「クワワッ!」
ブンブンッと十字にネギっぽい何かを振るい、【エアカッター】が【ねっとう】を切り裂く。だが、切り裂かれたとしてもお湯はお湯だ。カモネギに当たらない程度に辺りにお湯が散らばる。
「次、周囲に【れいとうビーム】で氷柱を生成!」
「スブビ!」
「何をしようとしているのかはわからん。じゃが、何もかもが思い通りになるとは思うな! 【いあいぎり】!」
一気に距離を詰め始めるカモネギ。このままだと、もう少しで氷柱が完成するというところで氷柱ごと切り裂かれそうだ。
「七割だけだがやるしかない。【かわらわり】!」
「スブブブブブブゥ!」
「クワワワワァッ!」
先に一撃を放ったのは――――大賀だ。1歩の差で先を取れた。大賀の拳によってガシャンと氷柱が砕け散り、カモネギの至近距離で散弾のように弾けた氷柱が突き刺さる。同時に、【いあいぎり】によって大賀が横一閃の餌食となり、その場に倒れ伏した。
「……大賀、戦闘不能!」
残心をしていたカモネギが元の場所へ戻ってゆく。少し足を引きずっているがまだまだ戦えそうだ。
「……なぁ、ヌシよ。お前さん本当にバッジ2つなのか?」
「ええ、俺の弟子と同じでまだバッジ2つですね」
「……そうか。最近は凄いトレーナーがいるもんなんじゃなぁ……」
あなたがそれを言うか。
「さて、最後だが……やれるだけやろうじゃあないか御神木様ァ! 祭りの始まりだァーッ!」
「クギュルルルルルゥッ!」
普段以上に回転が激しい。こいつぁやるぜ! 互いに距離が空いているが、また少しずつカモネギが距離を詰め始める。
「御神木様! 大盤振る舞いだぁ。【ステルスロック 鍛造】」
その場で【ステルスロック】の鎧を生成し、その中で【のろい】を積み始める。
「なんじゃ? よくわからんがこっちも責めさせて貰おうかの! 【いあいぎり】じゃ!」
カモネギが一気に踏み込んで、勢いの乗った状態の【いあいぎり】で【ステルスロック】の鎧を横に一閃する。ネギのようなものが鎧を砕き、そのまま真ん中まで葉が進み―――――ガチュンと金属音が鳴り響いてから弾かれる。
「……何?」
ケントさんの声が一瞬低くなる。カモネギもありえないものを見るような目でステルスロックの塊を見ているが、やがて更に目を鋭くしていた。
「もう一段階【ステルスロック 鍛造】!」
「クギュルルルッ!」
半分ほどまで砕かれたステルスロックのその更に上からステルスロックが追加されていく。さながら岩の繭のようだ。中からは金切り声のような音が聞こえてくる。おそらくは回転音だろう。
「なるほど、確かにそいつ硬いが……それだけでは何もできんぞ?」
おお! この硬さを認めてくれる人が現れた! だいたいの人がなんでそんな事をするのみたいな目で見てくるんだよな……その後の行動でも度肝が抜かれるみたいだが。
「ですね、なので――――攻勢に移らせていただきましょう! 回転率上昇! 回れ回れ回れ回れ回れ回れェッ!」
「クギュルルルルルルルルルルルル」
攻撃及び防御力上昇。ギィンという金切り声のような音がだんだんと大きくなってゆく。これ外殻が破けたら【ばくおんぱ】を撒き散らせそうだな。
「――――【ロックショットガン】」
「クッ!」
ボガンッと何かが爆発したような音を発した瞬間、弾丸のように発射された【ステルスロック】が周囲に撒き散らされる。
否、撒き散らされるどころか周囲に最初から点在して存在感を放っていた大岩を貫通して突き進む。【ステルスロック】が大岩を砕きながら進むことで、砕かれた岩が新たな弾丸となって周囲に飛び散ってゆく。意図しない連鎖攻撃になってしまった。
「なッ!?」
「クワッ!?」
カモネギが反応しようとした瞬間、すでに目前まで迫っていた砕けた岩の散弾に弾き飛ばされ、ケントさんの足場の大岩に叩きつけられた。これで【ステルスロック】の方が直撃していたらちょっと恐ろしいことになっていたかもしれない。
「……か、カモネギ、戦闘不能! ……大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫そうじゃな。ふむ……ぬし、名はなんと言う?」
「恭平です。小野原恭平」
「キョウヘイか。覚えたぞ。ヌシをおいが知る中で最上位トレーナーの部類に位置付けよう。そして――おい達の最大の相手として挑戦しよう! 求道に繋がる相手じゃ。推して参るぞストライク」
「スゥ……」
現れたのは生傷だらけの色違いのストライク――なのだが、色が黒い。なんだコイツは。言いようのない恐怖と威圧感を感じる。ただ、ダークポケモンのような感じでもなさそうだ。そして、良くも悪くもただただ純粋に斬ることのみを追求した! といっても過言ではなさそうな鎌をしている。
「こいつはおいと共に森で過ごし、おいと共にただただ一閃で切るという求道を征く同志じゃ。故、ヌシ……キョウヘイに敬意を評し、一撃の元に断ち切って見せよう!」
今までのじわり、じわりというような動きは一切なく、ただただ愚直に、最高速度で黒のストライクが突っ込んでくる。
「真っ向勝負いいじゃない! ならこちらは、その刃を華々しく散らして見せようじゃないか! 御神木様、今ある全ての力を込めろォッ! 【ジャイロボール】!」
ゆっくりと、本当にゆっくりとだが異様な威圧感を撒き散らして前へ向かって回転し始める御神木様。御神木様が通った道には岩の凸凹が一切なくなり、スパイクのように地面に棘が噛み付いた跡だけが残っている。これが今の俺達の全身全霊を賭けた一撃だ。
「一閃の下、その全てをたたっ斬る! ストライク! 【つばめがえし】!」
「スラァァアアアッ!」
「クギュルルルルッ!」
縦一閃にしようとする凶刃に対し、全てを押しつぶして前へ進もうとする凶弾がぶつかり合う。接触面では耳を覆いたくなるような轟音が発生しており、それなりに離れている夕立がノックアウトされたようだ。俺も耳を塞ぎたい衝動に駆られるが、今頑張っている御神木様達に対してその仕打ちはどうかと思う。よって意地でも耳は塞がないことにする。
どれだけ経ったのだろうか。1分か、はたまた5分か? もしかすると、まだ20秒も経っていないのかもしれない。轟音と目の前で起きている潰し合いのせいで時間が感じられない。ケントさんも何も言っていない為、案外同じことを思っているのかもしれないな。
じっと戦いを、固唾を飲んで見ていると、だんだん轟音が小さくなり始めた。どうなった……? 御神木様を見ると縦にビーッと線が入り、鎌が込んでいる。一方、ストライクの鎌もボロボロではあるが、向こうにはまだ左手のもう一本がある。
ゆっくりと回転が止まってゆき――――
「クギュウ……」
――――とうとう御神木様がその場で倒れた。
「……御神木様、戦闘不能! よってこの勝負、ケントの勝ち!」
正直あんまり実感がない。が、そんな実感を感じる前に御神木様を回収しないとな。
「……負け……か。ハルカ以外に負けたのは久方ぶりだなぁ……」
ぽつりと呟く。御神木様を回収する際に、ストライクに軽く会釈をするととても嬉しそうな目をしているのが印象的だった。正直、人殺していそうな眼力だったのだが、ポケモンバトルや斬ることが関わらないと案外穏やかな性格なのかもしれない。
「いい勝負じゃった……本当に……本当に……のう、のう! キョウヘイ。ポケナビのアドレス交換せんか? ぬしがバッジを集め切った時に再戦したいんじゃ!」
「大歓迎です。それにしても最後の一撃凄かったですね」
「じゃろう! そうじゃろう!」
ケントさんも鼻が高そうだ。
「アレは昔やり合った四天王戦でも通用した技じゃからな!」
ん? ん!?
「四天王とやりあったことがあるんですか!?」
「おう! ただ、公式戦じゃあなくてマグマ団アジトの壊滅を手伝った時にちょろっとだけ戦らせてもらったんじゃ」
ああ……あなたアレの参加者なのか……道理で強いはずだよ。まったく。
黒いストライクはダークポケモンでもなんでもなく、単純に特殊な環境で育った結果です。