1988年に米アカデミー作曲賞を受賞した坂本は、 拠点をニューヨークに移していた。 2001年9月11日、大きな音がして窓から外を見ると、 黒い煙が立ち上っていた。 「本物の恐怖との遭遇でした」
この経験は、その後の平和運動の大きな起点となった。 米国のアフガニスタンへの侵攻が始まった3カ月後には、 仲間とともに、9・11論考集「非戦」を出版。 その後、イラク戦争が始まると平和を願う言葉は より切迫感を増した。
「戦場で敵同士が撃ち合っている時、 ふと聞こえてきた歌やメロディーに銃を下ろす という音楽がまだあり得るんじゃないか」 9・11を振り返ったインタビューから
核なき世界を目指す活動も続け、 青森県六ケ所村の核燃料再処理工場の危険性を訴える 「ストップ・ロッカショ」プロジェクトを始動。 吉永小百合さんと「非戦と非核」を訴える 朗読コンサートも重ねた。
「原爆に限らず、戦争に行くってことは 痛いことなんです。痛くて苦しくて、いやなこと。 ぼくなんか耐えられない」 2016年、オバマ氏の広島訪問が決まり、記者に送ったメッセージから
ロシアによるウクライナ侵攻では、 キーウの音楽家とともに「Piece for Illia」(イリアのための曲) を発表した。













