修繕費600万円「親にアダルトDVD見られたくない」放火の代償

ハンコ関連の会社に勤務し、同僚や上司から「とても真面目で、親切な人」と評価されていた被告。ただ、本人は「仕事の将来も不安だった」と証言した。

【被告人質問】
ーー収入で不安な点は?
若い頃は残業があり、月によっては給料も多く、無駄遣いをしても取り戻せた。だが、コロナで仕事自体少なくなった。

ーーハンコをなくそうという動きもあるが?
3月・4月は、子どもにハンコを送るイベントで毎年忙しい時期。だが、学校関係者の中で「送ってもしょうがないのでは」と考える動きもあり、(仕事が)なくなるのではないかと不安になった。

現場のアパートには被告以外に9人が暮らし、高齢の住人も多かった。ひとり暮らしの90歳の女性は身体が不自由で、火事に気づいたものの部屋に留まっていた。

【被告人質問】
ーー火をつけたら他の住人が危険だとは?
申し訳ないですが、自分が死ぬことに精一杯で、他のことは考えられなかった。

ーーほかにも自殺の方法はあるが、なぜ放火?
いかがわしい持ち物があり、死んで見られたくなくて、一緒に燃えてほしいと思いました。

ーー具体的には?
DVDみたいな。

ーーアダルトDVD?
そうです。

ーー誰の目を気にした?
・・・親ですよね。

当時、被告の高齢の母親は、車イス生活の父親と重度の知的障害がある兄を1人で介護していた。
被告の部屋で焼損したのは床の一部(0.0133㎡)だったが、壁やふすまが焦げ、窓ガラスが割れるなどして、修繕には600万円がかかった。
それでも、大家は被害届けを出さなかった。

検察側によると、修繕費の大部分を保険でカバーできたことや、被告の母親が荷物の撤去費用などを払ったことに加えて「介護で大変な母親に負担をかけるのは忍びない」との思いからだったという。

母親の願い「普通に生きて」執行猶予付き判決

「離婚して、守るべき家族もいなかった」
被告は当時をこう振り返った。

だが、裁判を通して家族想いの一面もうかがえた。証人として出廷した被告の母親は「住人と大家さんに大変申し訳ない」と謝罪したうえで息子への思いを語った。

【母親への証人尋問】
ーー事件前、被告人は実家に来ていた?
月に1度くらい来て、主人の通院に付き添って介護したり、車が好きな長男のためにドライブに連れて行ってくれたりしていました。

ーー今後、被告人に望むことは?
普通に働いて、普通に生きていってほしいと思います。

検察側が懲役5年を求刑する中、迎えた4月28日の判決。懲役3年、執行猶予5年が言い渡された。東京地裁は「大惨事になっていた可能性も否定できず、住人の生命、身体や所有者の財産を危険にさらす行為」と非難した。

一方で、犯行の経緯や動機について、こう言及した。

裁判長「コロナ禍の孤独感やライブ配信アプリに没頭したことに感じたむなしさ、貯金の減少に対する漠然とした不安など、ある程度理解できる」

被告が反省していることや、母親や会社の同僚が定期的に連絡を取り、様子を見ていくと約束していることなどを理由に執行猶予付きの判決とした。

裁判長「執行猶予は、許されたということではありません。放火だけではなく、世の中にある、ありとあらゆる罪を犯してしまうと、執行猶予が取り消されることを覚悟してほしいと思います」

最後に裁判長が戒めると、被告は無言でうなずいた。

(TBSテレビ社会部 司法記者クラブ 高橋史子)