うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ 作:珍鎮
ここは恐らく夢の中だ。
辺り一面に緑が広がるこの草原には見覚えがある。
たしか──相棒が眠っていた場所だったか。
「……俺、記憶喪失になってたな」
暖かな風が吹く草原を歩き始めると、地面を踏みしめるたびにこれまでの事が脳裏で思い起こされていく。
これまでの流れを一旦整理することとしよう。状況判断が大切だ。
まず一年を締め括るクソデカビッグイベントに足を運び、そこで愛するヒロイン三人が競い合う大事なレースを観戦するはずだった。
しかし会場の外に空気の読めないバケモノ共が集まってオフ会を始めやがったため、事情を知っている仲間たちと共に対処を始めて──結果的には勝利した。
しかし俺は相棒であるサンデーと一緒に無茶をし過ぎたため、その反動で肉体がショタ化して、オマケに記憶喪失になり相棒はどこかへ消え去り、終いには謎の力で空間転移して金と手持ちアイテム皆無な身分証明不可ショタ状態での新章開幕を余儀なくされた──と。
大体の流れはこんな感じだったはずだ。うおっこれキッツ♡ 涙が溢れ出てしまいそうですお……♡
イベントに現れた怪異たちとは痛み分けに近い形で勝利し、彼らも俺とサンデーによってトラウマレベルでボコボコにされたため、当分のあいだ
「ん……?」
「にゃあ」
「……先生。迎えに来てくれたんですか」
歩き続けていると、猫耳の生えたやよいが草原に座り込んでいる姿を見つけた。
あれは従妹であるやよいの頭の上にいつも乗っている猫のもう一つの姿だ。
夢の案内人というよく分からんファンタジーな役職を持っているため、こうして俺の夢の世界にも現れることができるらしい。
「にゃーん」
「すいません、ご心配をおかけしまして」
「ふるる。うなーん」
「……」
「にゃうわう」
「……まいったな。サンデーがいないから何言ってるかさっぱりだ」
彼女の近くで腰を下ろすと、先生は無表情ながらも何かを訴えかけるように喋り始めてくれたのだが、いつも先生の猫ちゃん言葉を翻訳してくれている相棒がいないせいで意思の疎通が難しい。
俺も猫ちゃん先生用の言語を習得しておけばこんな事にはならなかったのに。忸怩たる思いだよ。
「…………つ、……き」
「えっ?」
すると先生が自分の喉に手を添えながら唸り始めた。
「は……つっ、……き」
──もしかして人語を喋ろうとしてる?
それが出来たらいよいよガチの擬人化になっちゃうよ待って。
意思の疎通なら俺が努力したい。
サンデーは心を読むことで翻訳したのかもしれないが、それに頼らずいくなら俺は正面から言葉を理解して対等に話したいぜ。待っててー!
「猫語か……にゃあッ!」
「っ!?」
「うなーん、ゴロゴロっ! みぃー……!」
「……むっ、り……しな、ぃ……で」
がんばったら逆に諭されちゃった。立つ瀬がありませんよホント♡
「じ。……かん、……なぃ」
どうやら残された時間は少ないらしい。もう耳を傾けることに全集中しよう。
「いき、てる。……ことっ、たけは……つ、たえる。……かんばっ、て、かえっで……きて」
みんなには俺の生存の事実を何らかの方法で伝えるので、とにかくお前はまず府中に帰ってこい、と先生は言っています。そうだそうだ、と先生も言っています。
この短時間でヒューマン言語を喋れるようになった先生えらすぎ。
お礼に尻尾が生えてる腰の付け根をトントンしてあげようね。はーいトントン気持ちいいの我慢すんな。あ、祈っててもいいですよ。
「っ、……♡」
ぶるるっと全身が一瞬震えた。目もトロンとしてて気持ちよさそう。やっぱこれだね。
「はづ、き……ぃないと、たすけ……いけ、ない」
「……そうですね。サンデーを助けに行くためにもさっさと帰りますよ。申し訳ないんですけど先生はやよいのこと頼みます」
「ぅん……おぃら、まってます」
まだ一人称と喋り方が定まっていない彼女の言葉を最後に、視界は暗転した。
◆
「……?」
ふと、目を覚ました。
自分でも驚くほど急に目が冴えて、バッと勢いよく起き上がる。
「……布団?」
辺りを見渡して状況確認。
俺がいる場所は畳張りの小さな和室だ。
タンスや転がってる幼児向けのおもちゃなど、内装からして明らかに休憩室などではなく、少なくとも誰かの自宅の中だろう。
どうやら温かい布団の中で眠っていたらしく──直前の記憶と現在の状況が合致しない。
あの夢は一旦置いといて、確か俺はどしゃ降りな雨の中で街を彷徨っていたところを、見知らぬ芦毛のウマ娘に拾われて、とりあえずデパートの中で雨宿りする流れになっていたはずだが。
「ぁ……ゆめで思い出したきおく、またふっとんでるな」
こまったことに相も変わらず山田ハズキだ。
あの世界での俺はたぶん高校生の身体に戻れていたはずだが、肉体が貧弱すぎてその記憶の全てをこちらに持ち越す事は厳しいらしい。
なんとか覚えているのは『思い出したことを忘れた』という事実と──ヤバいバケモノと闘っていた事実。
それから何としても府中に戻らなければならない、という事くらいだ。
中央トレセンに自分が関係あるだろうという予測は立てていたものの、ここで本当にアレの所在地である府中へ戻るべきだという目標が見えてきて本当に助かった。まさに暗闇に差す一筋の光だ。ぴーかっちゅ。
「──おっ。よかった、起きたんか」
とりあえず布団からは出ようと膝に乗っている毛布を退かしたあたりで、部屋の襖が動いて一人の少女が入室してきた。
見覚えのある少女だ。
耳、尻尾……芦毛のウマ娘。
そうだ、確か彼女は──
「……モクモクロックスおねえちゃん?」
「いや誰やねん。ちょっと惜しいけども。……タマモクロスや」
ここは確か大阪なので雑なボケでもかましたほうがいいのかと思って発言したのだが、なんか普通にあしらわれてしまった。関西わからない。
……あぁ、いや、俺が弱ってた子供だからか。舐めてんの? チューするよ?
「ここは……もしかしてモクロおねえちゃんのお家?」
「えっ……よう分かったな、ご名答や。デパートで着替えたあと、ベンチに座ったらすぐ眠ってしもうたから……外で寝るわけにもいかんし、なんしかウチん家にな。……てか、モクロおねえちゃんはちょっと。なんかポケモンみたいやし……」
なるほど。めっちゃめちゃウルトラお優しくてしかもトレセン生とかいう奇跡の人物に巡り合えただけでなく、マイホームにまで転がり込むというルートに進めたとは、俺の運命力もなかなか捨てたものではないようだ。
あそこで彼女に出逢っていなかったら、間違いなくそのまま野垂れ死にコース一直線だった。
「……おねえちゃん、他のかぞくの人は……」
「ウチが前に福引で当てた券で明後日まで旅行いっとる。帰省するタイミングがちょっと合わへんのと、使用期限がギリギリやったから、みんなだけで行ってもらったんや」
「そ、そっか」
「それより体調は? なんか飲むか」
「い、いや、だいじょうぶ。……何から何まで、ほんとうにありがとう」
俺は子供の姿だという事も忘れて、心からの感謝を込めて頭を下げた。
あの雨の中で声をかけるだけならともかく、実際に助けて代わりの服を見繕うばかりか、不透明な事情で警察を嫌がる子供の言葉を信じてここまで秘密裏に助けてくれるだなんて、もうちょっとやそっとの優しさではない。
これはいわゆる“慈愛”というやつだ。
見返りを求めることなく、また世間一般の観点から見て怪しい人物でも、信じるに値すると感じた相手の事は疑う事なく手を差し伸べる──この現代社会じゃそうそう見ることのない、まさに人情の人と言ったところだろうか。
慈愛の権化、これこそ聖女。まさか神に使えるシスター様!?
「や、やめぇや。そないに頭さげんで、ほら顔あげて」
「むぅっ」
「ウチは人として当然の事しとるだけ。何よりウチがやるべきだと思ったからやっとるだけで、変にかしこまらんでもええから。……子供にこう言うのはアレかもしれんけど……でも、ハズキ君なら分かるな?」
「……う、うん。……ありがとう、おねえちゃん」
俺の頬に触れて優しく顔を上げさせたタマモクロスは、真剣ながら柔らかい笑みを浮かべていた。
どうやら普通の子供らしくない対応や態度の影響で、彼女からは多少精神年齢が高い子供だと認識されるようになっているらしい。
俺としては極端に子ども扱いされて話をまともに聞かれない状況が最も最悪なパターンなので、こちらをある程度対等に見てくれる彼女の対応は願ったり叶ったりだ。
「さて、ハズキ君。まずはこれ」
「体温計……?」
「雨ざらしやったし風邪ひいてないか一応な」
「……あ、平熱みたい」
「そか。ひとまずは安心」
考えてみれば子供の身体で真冬の雨の中をフラフラしてたら体調がぶっ壊れても不思議ではない。
普通の子供ならアレでも十分体調を崩すだろうが……なんとなく、俺の肉体は少しだけ普通じゃない気がする。
ショタ化しているのもそうだが、何より夢で少しだけ思い出した“誰か”のおかげで、魂そのものから丈夫になっている気がするのだ。デバフ形態なのは間違いないものの、ちょっとやそっとの事じゃ風邪を引いたりはしないと直感で感じる。
「じゃあ次はお風呂や。体も髪も一度乾いてるけど雨の匂いがついとるからな」
「えっ──あっ、ごめんなさい! お布団に匂いがついちゃったかも……」
家の中で嗅ぐ雨の臭いって結構アレなんだよな。生乾きとかヤバいし普通に申し訳ない。
「ふふっ……やっぱりハズキ君は気が回る子やな。布団の事は気にせんでええから、その服も洗濯機の前のカゴの中入れてお風呂入ってき。着替えはウチのチビたちのがあるから」
「チビ……? ……あ、弟さんがいるの?」
「ハズキ君と同じくらいのな。体格もそう変わらんからサイズは平気やろ。ほらいったいった」
「は、はい」
寝室らしき和室から出て言われた通りの場所へ向かう、その道中。
タマモクロスの自宅の内装を眺めながら進んでいく。
なんというか、下町の大家族の家といった印象だ。
こう……いい意味でゴチャゴチャしている。ある程度は整頓されており、とにかく物が多いという意味で。
「ちょっと古そうなオモチャに……あれはタコ焼き作るやつかな」
物色するわけではないが、気になるものが目についてつい足が止まってしまう。
「他人の家を観察するなんて、良くないよな……」
そう理解はしているのだが、どうしても気になってしまう要素がこの家には散りばめられていた。
ちょっと狭いが窮屈ではなく、ゴチャついているが汚くはなく、全体的に温かみというか……とても生活感のある家だと感じる。
「……オレの家とは正反対だ」
記憶の片隅にある実家をほのかに思い出す。
なんとも小奇麗というか、無駄にスペースがいっぱいあった気がする。
そのくせ父とも母とも自宅で団欒を囲んでいた思い出はあまりなく、ちょっと子供には広すぎる家で、そのただ広いだけの家に俺は一人だった──ような記憶がうろついてる。どうだっけか。記憶喪失だから自信ないな。
「はぁ。こんな良い服まで買ってもらっちゃったし……せめてなにか返してから帰らないとな……」
そう呟きながら脱衣所で洋服をカゴの中へ入れ、浴室の中へと入場した。
嬉しいことにシャワーもついており、浴槽に張られたお湯もいい温度で沸いていて、マジの至れり尽くせりだ。お金払わないといけない気がしてきた。
「……でも、いまのオレがガキすぎる……」
この鏡に映る小学四、五年生あたりの見た目そのままの能力しか持たない俺に、助けてくれたタマモクロスにとって益になるようなことができるのだろうか。
これからの立ち回り方を悩みつつイスに腰かけてシャワーを出し、一旦身体全体を温めたところで、一度手が止まった。
「……これ、どれがシャンプーなんだ……?」
置いてあるのは黒、白、灰色の三つの無地のボトルのみだ。困ったことにどれがどれなのか分からない。
左の方に少し高級感のある赤色の入れ物のシャンプーとトリートメントがあるものの、これはきっとタマモクロス本人か彼女の母親が使う用の特別な物であろうことは想像に難くないので、俺が使うわけにはいかない。
むむ、一体どうしたものか。
「──ハズキ君。入るでー」
「ッ!?」
せっかくだから一番右で博打を打とうと思っていたところで、突然背後の扉が開かれると同時にかわいい声が耳に飛び込んできた。
タマモクロスだ。
さっき着替えを用意してくれるとは言っていたが、まさか彼女も浴室へ入るだなんてのは聞いていない。よっぽどの淫乱とお見受けいたす。
「あっ、お、おねえちゃ……っ!」
「……? あぁそれか。すまんすまん、どれが何なのか言ってなかったな。左の黒から順にシャンプー、リンスでボディソープや」
なんとか振り返らず咄嗟に目を閉じたため、全身がバッチリ見えることは無かったが──これはマズい。
本当に一瞬だけ目の前の鏡に映っただけだが、確実にバスタオルは巻いていた。本当にギリギリそれだけは確認できた。
しかしバスタオルを巻いていればいいだとかそんな問題でもない。なんかメス臭いな……。
「ほら、洗うからジッとしといてな」
「い、いや、まっ──」
そこで突然、脳内に電流が迸る。
「……ッスゥー……」
「そうそう、すぐ終わるから」
「……!」
「ゴシゴシ〜……目ぇしみない? 平気?」
「う、うん……」
俺は一旦深呼吸を挟み、心を落ち着けて目を閉じたまま黙って思考の海へと沈んだ。
ちょっと冷静に俯瞰して考えてみよう。
タマモクロスが平然と浴槽へ吶喊かましてきたのは、他でもない俺が"子供"だからだ。
彼女からすれば弟も俺も一緒に風呂に入れる幼い少年に過ぎず、間違っても異性として意識するような相手ではない。
だというのにこっちがマセたガキのような反応をして下手に照れたり狼狽していたりしたら、最悪タマモクロスにドン引きされてしまい、ただでさえ少ない信用が底をついて追い出されてしまう可能性がある。
「かゆいとこはございませんかー」
「だいじょうぶ、です……」
いまだけ、俺は正真正銘の純真なショタを演じなければならないのだ。えへへー、お姉ちゃんだいすき。交尾したい態度が如実に現れているよ!? 反省しろ!
ちなみにタマモクロス本人が少々小柄な体型なおかげで、後ろからタオル越しに胸が当たるなんてことは──あっ。
「後頭部に微かな膨らみ……」
「ん? ハズキ君なにか言うたか?」
「い、いやなにも」
シャワーで声がかき消されて助かった。ついつい本音が出てしまっていたようだ。絶世の美女、美術品のようなボディ、一方性根は猥褻ときた。流石の僕も呆れかえるまでよ。
なんとかシャンプーとトリートメントを耐え忍び、残すは身体のみとなった。これを耐えきればあとは適当に湯船に浸かってゲームセットだ。
「ハズキ君、肌が弱いとかある?」
「いえ、特には……」
「ほなボディタオル使おか。泡立てるからちょっと待っててな」
これは至って普通に広義の意味でソーププレイに該当するのではありませんか? ムッ! 常識が決壊の予感……。
「うし、背中からいくで」
「よろしくお願いします」
「だから敬語はええって」
「……おねがい、おねえちゃん」
「はい了解です、お客さま〜」
そしてついに始まる最終決戦。
レベルも装備も最底辺ですがメンタルは誰にも負けません。だって僕は勇者だからね。心に剣、輝く勇気。
「コシコシ……」
なにも淫猥なことはない。ただ恩人が親切で背中を洗ってくれているだけだ。
というかタマモクロス、多少なりとも俺の精神年齢を高めに見ているはずなのに、どうしてこっちが異性を意識しないと思っているのだろうか。
……弟の影響か。まだギリギリ一緒に入浴しているからその感覚なのかもしれない。
「はぁー、最近はチビたちも一緒に入ってくれなくなってなぁ……半年くらい前からずっと恥ずかしいとかなんとか」
「えっ」
ちげーじゃんダメじゃん。何で偶然出会って家に転がり込んだだけの俺が現状この世で唯一タマモクロスと混浴できる異性になってんだよ。
「そういうもんなんかな。ちゃんと洗ってあげたいし、ハズキ君は平気そうでよかったわ」
「そ、そう……」
「もしかしてお姉さんとかおるん?」
「えと、いちおう……し、親戚みたいなかんじだけど……」
いた気はするが確信はないしこの状況では真実がどうであろうと関係ない。引かれないよう平静を装うことができればそれでいいのだ。
目を閉じているせいで余計に洗われる感触と声に対して敏感になってしまっているが、何があっても目は開けられない。ここが正念場。
「はい腕あげて〜」
「……!」
まさか背中だけではなく全身隅々まで綺麗にする気なの!? これを毎日のルーティンにして頂きます。
「ハズキ君? もう髪は洗い終わっとるから、目ぇあけても大丈夫やで」
「えっ。……で、でも」
「ん、なんや泡が怖いんか? 跳ねたりはせえへんから安心してな」
「……わっ、わかった」
向こう側から強制的に開眼を要求されたらこちらは従うしかない。ここで抵抗したらそれこそ逆にえっちなショタガキ認定で信頼を失ってしまうのだ、背に腹はかえられない。
俺はショタ。
どこからどう見ても純真無垢な天衣無縫の性知識知らず。おっぱいってなあに?
間違っても思春期の男子な反応だけはしてはいけない事を肝に銘じて、遂に俺はゆっくりと瞼を開いた。
「──ッ!!?」
そして、瞬間的にもう一度目を閉じてしまった。見えたのは一瞬だけだが状況は理解できた。
俺の目の前にある鏡は湯気でも曇らない特別な加工がされているらしく、前を向けばそのまま俺の背後に立っているタマモクロスがハッキリと視認できてしまうのだ。
バスタオルを巻いているとはいえ、出逢って初日の美少女の布一枚しか纏っていない姿を目の当たりにして、まったく興奮しない素振りができるとは到底思えない。やはり俺はショタではなくオスだ。
「……ハズキ君」
おっ、優しく温かいがそこはかとなくシリアスな雰囲気を感じる声音。どうやら大事な話をしたいらしいがこっちは下腹部が一大事なので勘弁してほしい。
「お風呂あがってご飯を食べたら……話してくれるか? きみのこと」
「──ッ!!?♡!?」
うわぁ! 突然お姉ちゃんが後ろから優しく抱擁してきたよぉ! そうやって胸押し付けてハングリーなイキ精神見事ですが……。
「……ウチも小っさい頃、街でお母ちゃんとはぐれて迷子になった時は、ホンマに怖くて隅っこでひたすら泣いとった。一人で心細い気持ちは分かるつもり」
この状況で本当にシリアスな会話ができると思っているのかこの女。おイギュゥッ♡ 最近の夜の生活はどうなんですか?
「ハズキ君は一人でも泣かずに耐えてたな。それはホンマに偉い。……けど、ここならもう我慢する必要なんてないんや」
我慢する必要あるだろ普通に。
ここで欲望を解放したら最悪子供が産まれるハメになるんだぞ。身の程を弁えよ! 下郎めが! 一生かけて愛し抜きますからね♡
「ウチがついとる。ちゃんと解決するまでそばにいる。……せやからウチにだけは──ちゃんと話して?」
ぎゅう、とより一層強く後ろから抱き締めるタマモクロス。
ボディソープの泡で滑りそうなところを、決して離すまいと力強く、絶対に守るという意志が感じられるほど、しかし優しく温かい抱擁で俺を包んでいる。
「……おねえ、ちゃん」
あなた本当にエリートが集うトレセン学園の生徒? 偽りなのでは? これはもう存在が交尾ですわ。
俺の心は性欲に溺れてしまっているが、彼女はあくまで道を見失った年下の少年を導こうと善意で提案してくれているし、ここを逃したら次は無いだろう。
シリアスにはシリアスで返さないとならない。
今の俺に最も求められている技は、とにかく相手のペースに乗って期待通りの反応を示すことだ。
「──おねえちゃんっ!」
「ひゃっ」
腹を括った俺は咄嗟に振り返ってそのままタマモクロスの胸の中に飛び込んだ。下手な泣き真似は通用するはずがないのでしっかりバスタオルに顔を埋め、表情が見えないよう徹底しながら。
「うううぅー……! こわがった……おねえちゃんが見つけてくれなかったら、オレ……!」
「ハズキ君……ん、よしよし。大丈夫、ウチがついとる。いっぱい泣いてええからな」
うひょ〜!! 一回ハメてみたかったんだよな。すげ〜サポート手厚いじゃん。本当のマゾ、真実のマゾ。
もうきっとコレが正解だろうから一回吹っ切れて、自分が高校生だったことも忘れて全力でショタを演じよう。それが生存への一番の近道だ。
元に戻った時のことも後で考える。ここを切り抜けられなければどのみち未来はないのだ、体は子供頭脳も子供で頑張ろう。
「おっぱい……」
「えっ?」
あっ、やべ──
「……ふふっ。なんや、クリークとかイナリのがアレすぎて分からんかったけど、ウチなんかのでも意味あるんやな……」
咄嗟の失言で何もかもが崩壊すると絶望した俺だったが、最悪の予想とは違ってタマモクロスはそのまま俺をもう一度強く抱擁してきた。何? 待ちくたびれちゃった? かわいい子猫ちゃんだ。でも今日は交尾しないでおこっかな〜。
「ほらハズキ君、ぎゅうー……」
「……ッ!!?!?」
バスタオルが間にあることで助かったと思っていたが違った。コレのせいで余計にフワフワして体温と混ざり合い脳内がミキサーされている。比喩抜きに鼻血が出そう。何が起きているのか分からない。
「お姉ちゃんが守ったるからな……よしよし……」
「っ゛……ッっ゛♡」
俺に甘えられてすごい気持ちよさそうで美人ですよ。アプライドA型。
「よーし、晩飯は腕に縒りをかけて作ろ! 楽しみにしといてな、ハズキ君!」
そのままタマモクロス大聖女に流されるまま入浴を終えることができたものの、完全に頭が沸騰した俺は珍しく敗北したまま、彼女の言うことに従い続けるのであった。母性と性欲がベストマッチ。ママ♡ 僕を堕とそうというの!? させるものか! お前はいつか心振るわせ俺にイキ狂うんだよ。