第2話 生徒指導部にて

「学園生の名を辱めたのですぞ! 厳罰に処すべきです!」


 生徒指導室の畳の上で正座させられて一時間、説教……というか、教員からの事情聴取を受けたのは最初の十分で、あとはずっと責任の所在のなすりつけあいに終始していた。


 警察からの取り調べだけでも充分疲れたというのに、全くこれだから大人ってのは……と嶺慈は呆れた。隣の水奈萌に至っては心底どうでも良さそうに、多分今日の晩御飯どうしようみたいなことを考えている。

 時刻は既に午後六時。学食が閉まる九時までに間に合えばいいなと思っていると、生徒指導の先生——厳罰に処すと言って憚らない、つるりと禿げ上がった頭の鬼族——獄卒という種族だと言った初老の男が顔を近づけてきた。


 地獄で死者をせめる鬼が生徒指導の先生って、まさにそのために生まれてきたようなもんじゃないか、と思っていると、獄卒・鬼道兼明きどうかねあきという名札を下げた、ヒールレスラーのような顔のそいつは、


「おい、本当に正当防衛だったんだな?」

「何度も言っていますが、事実です。僕があそこで手出ししていなければ一般市民に危害が及んでいました。やつは食っちまうぞと脅したんですよ。冗談にしては気迫が違いましたし、事実ならことは人妖融和にまで響く一大事です」


 人妖融和。戦後、人間と妖怪の融和政策が進められていく中で生まれた言葉だ。

 これからの時代、人間は単一種族での繁栄には限界があるとして、妖怪や幻獣との共存の道を模索した。その末に、科学技術を妖怪に提供し、妖怪からは妖力という神秘の秘密を教えてもらっている。そして幻獣からは、強靭な肉体とその生命力、生体素材を借り受け生存戦略の糧としていた。


「まあまあ鬼道先生。あんまり怖い顔をすると、娘さんから嫌われますよ」


 朗らかな笑みで言うのは、進路指導部の柔和な老教師、化け狸の松山鼓八まつやまこはちである。


「茶化さないでいただきたいですな。……しかし、八雲が嘘を言っているようには、確かに見えない」


 一時間の問答でようやくわかったらしい。いや、今までの経験からすれば、一時間で生徒のことを信じてくれると言うのは凄いことだ。

 普通、他人の腹の中などどうなっているのか推し量れない。まして、無数の生徒を相手にせねばならず、そしてちょうど悪知恵を身につける年代の相手ともなれば尚更。

 亀の甲より年の功。数百年を生きる妖怪だからこそ可能なことだろうか。


 と、そこに嶺慈のクラスの担任である女性人狼が口を挟む。


「悪意があったわけじゃないんだ。一目見ればわかるし、何より汗の匂いで嘘かどうかもわかる。善意でやったことは間違いない」


 外見は服を着て立った狼。毛皮に覆われた体はそれだけで保温・保湿に優れることもあってか身に纏うのはスポーツウェアのようなものとホットパンツ、ハーフジャケットで、毛髪の色はシンリンオオカミのそれに近いがより黒っぽいそれ。

 体つきは大柄で、身長は一九〇センチ近い。

 彼女は本州で絶滅したニホンオオカミではなく、裡辺地方特有の原産種であるリヘンオオカミが妖怪化した存在だった。

 名札には柳川ミロとある。


「では、何かあれば柳川先生の責任ということでいいですかな」

「好きにしてくれ。学長にも言ってくれていい」


 兼明の言及をのらりくらりと躱す。兼明は苦々しげにうめくが、それ以上は何も言わなかった。

 どうやらこの二名の関係はあまり良くないらしい。

 確かにちゃらんぽらん風なミロと、体制側とも言うべき兼明の反りは悪いだろうと、簡単に想像がつく。


「八雲、寮の場所はわかるな? 職員棟から見て北西だ。お前は二号棟の四〇七号室。明日は遅刻すんなよ」


 ミロがそう言って、手を払う仕草をした。そっけないが、それくらいの距離感でいてもらえた方がありがたい嶺慈達は一言「ご迷惑おかけしました」と言って、生徒指導室を去った。


 職員棟から出て少ししてから、堰を切ったように水奈萌が苦々しく言う。


「全くもう、なんですかあれ。嶺慈さんは人助けでやったのに」

「こうなることくらいわかってたけどな。さすがに長引きすぎだとは思うけど」

「だからってまるで私たちが悪者みたいに——」

「規則とかが絡んでくる組織ってのは、どこもああなるんだよ。ここだけが特別じゃない。俺の家だってそうだったろ。当主になるための勉強だの稽古だの。礼儀作法みたいなもんがより複雑になったのが、規則とか法律って言われるんだ」


 妙に達観した嶺慈のもの言いに、水奈萌は黙り込んだ。

 人間は妖怪より短命だ。どんなに長生きしても、百年生きられれば奇跡。けれどその短期間に数え切れないほどの挫折と喜びを経験し、成長していく。

 今年でやっと十六歳。妖怪にしてみればまだまだ幼児と言える年齢でありながら、嶺慈はもう立派に青年期に突入する青少年に成長していた。


「そういうもんですかね。人間って面倒臭いです」

「それでも俺についてくるって言ったのは誰だっけか」

「さあ? ……物好きもいるもんです」


 水奈萌はイタズラっぽく微笑む。嶺慈は頬を掻いて、


「寮に行く前に学食行こうぜ。腹減った」

「ええ、そうしましょうか」

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百鬼之学園譚 — 拝啓、忌まわしくも麗しいこの世界へ、歪んだ鳥籠より — 雅彩ラヰカ @RaikaRRRR89

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