バサバサと、羽ばたく音が鼓膜を揺らす。顔に当たる風の感触が、否応なしに意識を覚醒させようとしていた。
二番目に出会ったポケモンは、視界いっぱいに広がるモクローであった。鳥ポケモンらしくインコに似たようなそうでないような、そんな動物らしい匂いが嗅覚を刺激する。
そんなことに思考を奪われて数秒経った後、実は襲われているかもしれないという考えに至り、勢い良く身体を起こした。緑のモフモフは甲高い鳴き声とともに、勢い良く射出され、床を転がった。
「ご、ごめんなさい!!」
モクローの持ち主の声だろうか、ドタドタと忙しない足音に自然と顔を向ける。赤いニット帽の似合う、可愛い女の子だ。そして、おそらくサンムーンの主人公でもある……いや、全く違う可能性も否定はできないが。
向こうの世界で追っかけてたのは男の尻だったせいでもあるが……こんな感じだったよな?
見慣れた
「すごく元気がいいな。このポケモン、なんていうの?」
さらりと嘘が出る辺り、自分のクズ加減に嫌気がさす。何が、なんていうの、だ。この少女より遥かにポケモンを知っているというのに。
「この子、モクローっていうの。ポケモンなのにモンスターボールに入りたがらなくって、ほんとに困ってるわ。大人しくしてると思ったらすぐイタズラして……」
なるほど、ついさっきまでイタズラされてたのね。そう思ったら眉毛啄まれたり、額をツンツンされたりしてた気が……心なしか、眉毛が減った気もする。
「クロー」
モクローは手馴れた様子で、彼女の頭上に乗った。そこが定位置なのだろう、機嫌よくクチバシで器用に毛繕いを始める。サトシのピカチュウみたいだな。
「なるほど、でもよく懐いてるみたいだけどね。モンスターボールに入らないのも、キミと一緒に居たいからじゃないか?」
「そうだといいんだけど……この子ね、あたしの初めてのポケモンなの。だからすごく心配で……」
「いやいや、心配いらないさ」
あたしの初めて、という部分もう一回言わないかなぁなんて考えてたら、違う話し声が女の子の後ろからやってきた。おそらくククイ博士だろう。
「初めてのポケモンは誰だってキンチョーするし、ドギマギしちゃうもんだよ。それを乗り越えてようやく一人前のトレーナーってわけ。だから焦る必要は無いさ!」
相変わらずの爽やかお兄さんっぷりである。原作通りだとすると、やっぱりポケモン仮面?だったか、それともマスクだったかロイヤルだったか。ポケモンたちと共に鍛えられた肉体が、白衣の中から覗いている。どうやら忠実に『再現』しているみたいだ。
「それより、アローラ! よく眠れたかな?」
「あ、アローラ。しっかりと休ませてもらいました」
由来はハワイ島のアロハなんだろうが、やはりどこか可笑しい。挨拶の全てがこの一言に集約される辺り、便利であるとは思うのだけど。
「はいこれ、きみのリュックだよ。一応中身は見てないから安心してね」
そういって手渡されたのは、見覚えのない青系のリュック。だが、それを気取られないように受け取った。中身の確認は後回しだ。
「ありがとうございます、助けていただいたみたいですが……すみません、実は記憶が曖昧で、何処から、どうしてここに来たのかさえ分からないんです」
「そうか……やはり。自分の出身地や、名前は?」
やはり?
「私の名前はケン。一応ホウエンに住んでいたはずなんですが……」
もちろん、全て嘘だ。俺の名前はケンではない。ケンという名前は渾名でもあり、インターネットやゲームでよく使う名前……いわゆるプレイヤーネームだ。
ホウエン地方というのも、大学が九州なだけで出身地はむしろカントーである。
出身をホウエンにした理由としては、リメイクを含めて一番よく遊んでいたのと、主人公との会話でボロが出ないようにするためである。主人公は記憶が正しければカントー出身だったため、詳しく問い詰められると綻びが出るだろう。記憶喪失を理由に誤魔化せるだろうが、念には念を。
どうしてここまで作戦が練られているのかというと、実はだいぶ前から起きて、事情を再確認していたのだ。流石に、モクローにイタズラされてからは狸寝入りするのは無理があったが。
その少しの間で自分の置かれている状況から、ある程度のことは推測できたが……未だに信じられない。
会話も少し盗み聞きした。おそらく今は、リーリエたちとアーカラ島に行く前だろう。
「ホウエンから!? よく無事だったね!!」
ククイも驚いているものの、何かパズルのピースが嵌った、合点がいったかのような表情をしている。やはり、何か勘づいてるな。
「自分でもそう思いますよ……そういえば、ククイ博士はともかくキミはどうしてここにいるの?」
話を逸らすために、モクローを頭に載せてる少女、ミヅキに声をかけた。
「今から、島巡りのためにアーカラ島ってところに行くんだけど……」
「君も一緒に来てくれないか?」
突然のククイである。また会話のフォーカスがこちらに向いてしまった。
「えーと、何故、でしょうか?」
「ごめんね、少し調べさせて貰ったんだ」
手に持っていたファイルから、一枚のグラフのかかれた紙を取り出した。
「これが普通の人。んでこれが、
科学者らしく早口に紡がれた言葉、だがそれは的確に的を得ていた。
グラフはおそらく、ウルトラホールから放出されるエネルギー関連のものだろう。ストーリーでも、主ポケモンとウルトラビーストは同じオーラを纏っているという設定だったはず。おそらく、簡易的な測定器を使って測定したと思われる。最後のグラフだけが、主ポケモンを大幅に上回っていた。
「……仮にそうだとしたら、私をどうするつもりですか?」
「いやいや、そんなに警戒しないでくれ。アーカラ島にはそういった事象を研究する場所があるから、一緒に来て欲しいんだ。ぼくも、君みたいな子は初めてなんだよね」
なるほど、つまりは。
「……俺はモルモットになるのか」
「えーっと、何? モルモット?」
早速ボロが出る。こういう詰めの甘い所はバトル以外でも変わらないようだ。
「分かりました、私も同行しましょう。なにか手掛かりが掴めるやもしれません」
というより、付いていくしか現状無理そうだ。ミヅキちゃんならともかく、ククイ博士を振り切って逃げられる自信が無い。
「よしわかった、ケン。短い間だがよろしくな。ミヅキちゃんとも仲良くしてくれよ」
「わたしはミヅキ。よろしくね」
「よろしく。ところで……変な話ですが、私は何歳に見えますか?」
唐突な質問に、皆が一瞬固まった。少し眉間に皺を寄せて考える素振りを見せた数秒後、ククイ博士が口を開いた。
「……14歳?」
向こうの世界では老け顔が特徴的であり、よく友人からは「ねえ、何年浪人したの??笑」と煽られたものだ。
つまり、今の自分の身体は、実年齢よりもかなり下回っている。記憶は大丈夫な分、巻き戻されている訳では無さそうだが……着てる服のサイズが明らかに小さいし、ミヅキちゃんタメ語だし、心なしか声も高くなってるし……
「勘弁してくれ……」
どうやら、ウルトラホールの移動によってかは知らないが、記憶ではなく身体年齢を奪われたみたいだ。