おい、バトルしろよR   作:ししゃも丸

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レッドがいく

 ポケットモンスター。縮めてポケモン。

 

 不思議な生物が生きるこの星、そのカントー地方にあるマサラタウンという自然に囲まれた町があった。

 マサラとは「まっしろ」を意味し、また「はじまりのいろ」とも言われている。そんなマサラタウンではあるけれど、カントー地方の中では一二を争う田舎でもあった。田舎故に自然豊かな場所ではあるが、生まれ故郷を離れて移住する住民も近年少なくはなかった。

 

 しかし、そんな田舎町であるマサラタウンでも他の街にはないモノがあった。それはポケモン研究の第一人者でもあるオーキド博士の研究所があるのだ。

 何故こんな田舎にあるかといえば、オーキド博士がここマサラタウンの生まれだからというのが意味合い的には大きい。自然に囲まれポケモン達にとっても住みやすいマサラタウンではあるが、オーキド研究所という名の知れた建物がなければ本当に何もない田舎町だった。

 そんなマサラタウンの住宅街から少し離れた原っぱ。そこには町の子供達がいた。

 

 しかし、その雰囲気は穏やかではない。

 

 三人組の子供達のリーダー格らしい少年のポケモンであるニドランを、目の前に立つ赤い帽子を被った少年──レッドに向けて繰り出している。

 

「おいレッド。おまえ、まだポケモン持ってないのかよ」

「ぷぷっ。お前ぐらいだぜ。マサラでポケモン持ってないの!」

「まあそれもしょうがないよな。だって親ナシレッドだもんな」

「……」

 

 言いたい放題言われているレッドは、彼らを()()()()()()。別に誹謗中傷を言われたからではない。別にそれを言われて怒っているわけでもない。

 ただ……うざい。それだけの理由だった。

 

「れ、レッドのくせになまいきだぞ」

「や、やっちまえよっ、タッちゃん」

「ニドラン、たいあたりだ!」

 

 タッちゃんと呼ばれた子供は、自分の手持ちであるニドランにわざを命じた。ポケモンの攻撃というのは、大の大人であろうと一歩間違えれば重症となる。それが大人でもない子供なら、最悪死ぬこともありうる。

 

「……」

 

 圧倒的不利な立場だというのにレッドは彼らに背を向けることも、怯えているような雰囲気すら見せていない。ただレッドはその場にしゃがみ、土に埋まっていた石ころ──イシツブテを手に取った。

 

 イシツブテ。がんせきポケモンと呼ばれているそのポケモンは、かなり広い範囲に生息しているポケモンである。イシツブテは普段から身体の半分を地面に埋めているので、一見なんの変哲もない石に見えてしまうことが多々ある。

 

 主に山間地域などで多く目撃されるがマサラタウンは田舎ということもあり、都会と比べれば生息数は多い。だがここマサラタウンにおいては、とある理由が関連して比較的多くイシツブテが生息している。

 

 それはイシツブテ合戦と呼ばれる謎の競技があったためである。なんでも、最も強い戦士を決める催しとして武器の代わりにイシツブテを投げ合うようになったのがはじまりだとか。

 なのでマサラタウンには多くのイシツブテがあちらこちらに存在しているので、その場にいてもなんら不思議はない。

 

 イシツブテを右手に持ったレッドに対し、圧倒的有利な立場であるニドランは……警戒していた。

 

「ニドラン、たいあたりだ! なにしてんだよ!」

 

 タッちゃんは動かないニドランに対して再度命令する。彼にはわからないのだ。なぜニドランが動かないのか。

 

 否。動かないのではない。動けないのだ。

 

 ニドランは、レッドが自分より強い存在だと気づいたのだ。だから警戒している。

 そして、両者がにらみ合う中、先に動いたのは……レッドだった。

 

「……おらぁあああ!」

 

 レッドはイシツブテを自分の手のように振るい、ニドランに向けて殴りかかった。

 

 

 彼の名はレッド。今では見ることはなくなった生身でポケモンと戦うアナログな子供である。しかしそれは確かに、本来あるべきポケモンと人間の姿でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

「最近どくにも慣れてきた気がする」

 

 レッドはニドランに身体から生えている棘によって傷ついた腕を見ながら、少し違和感を覚えるような言葉を吐きながら帰路についていた。

 

 所謂耐性がついた……というやつだろうか。ポケモンのどくは同族だけではなく人間にも有害なのは、オーキド研究所から借りて読んだ本の知識で知っていた。

 最初も先のようなバトルでどくをもらったことがあり、その時はとても苦しかった。吐き気や頭痛に眩暈に倦怠感とか。とにかく酷かった。

 しかし、それが何度も続けば次第に身体が慣れてきてどくに耐性が付き始めた。

 自分はそのことを普通に受け入れたが、それを聞いた人間はみんな揃って首をかしげた。

 

 レッドにはそれが不思議でならなかった。なぜ、みんなは自分のことをそんなおかしな目で見るのだろうかと。

 

 自分ができたのだから、他の人だってできるに決まってる。レッドはそう問いかけたが、それをちゃんと受け止めてくれたのはオーキド博士だけだった。

 

『レッドのような子はもう珍しいんじゃよ。ある意味では、お前さんが一番マサラらしい人間だとわしは思ってはいるがね』

 

 よくわからない。それがレッドの率直な感想であった。

 

 昔のことを思い出しながら歩いていると、横からひょっこりと女の子が現れた。彼女はレッドの傷ついた身体を見て呆れながら言ってきた。

 

「レッドったらまたケンカしたの? あーあ、シャツがまた破れてるじゃん。お姉ちゃんに怒られるよ」

「うるさいなリーフは。一々言わなくたっていいだろ」

「幼馴染として心配してあげてるんだけど」

「だったらもっと普通に言えよな」

 

 薄緑のシャツにミニスカートを履いて、長い髪をした女の子名前はリーフ。オーキド博士の孫娘でありレッドの幼馴染でもあった。

 

 レッドはリーフがあまり好きじゃなかった。かといって嫌いというわけでもないのが、彼の面倒な性格を表している。

 

「まったく。明日から旅に出るっていうのにそれじゃあ先が思いやられるんだから」

「……明日? 旅?」

「はあ⁉ 明日から旅に出るんじゃない!」

「あーそういえばそうだった」

 

 比較的全国の少年少女達は10歳になると旅に出る子が多い。リーフに言われてあらためて思い出した。

 俗に言う成人の儀というわけではないが、ポケモントレーナーというのは一般的に立派な職業の一つという認識であるので、一人前のトレーナーになるべく旅に出るという意味合いのが大きい。また、その中にはやはり各地にあるポケモンジムにいるジムリーダーに挑み、勝者の証であるジムバッチを手に入れる者が多い。

 

 そこに自分はもちろんリーフも含まれていることをレッドは再確認する。リーフの旅の目的などレッドは知らない。が、自身の目的はとてもシンプルだった。

 

 強くなる。そのために強い奴と戦う。ただそれだけだった。

 でも、昔はそんなことすら考えたことはなかった。きっかけは多分、両親の死なのだと思う。何もできずただ自分だけが生き残ってしまった。もしも自分にそれを回避するだけの力があったのならば、二人は死ななかったかもしれない。いや、一番は何もできない自分がとても悔しかったからだろう。

 

 強くなるため──それが人によって受け入れられないというなら、別にそれでもいいとレッドは思っていた。どうせ目的や目標などいつでも追加できるのだから。

 

「だからおじいちゃんのところ行かなくて、またケンカしてたんでしょ。明日は旅に出る前に研究所に寄ってよね」

「なんで?」

「なんでって、おじいちゃんからポケモンをもらうためでしょ? ちなみに私はもうもらったんだから」

「別にリーフにはニョロがいるじゃん」

「それはそれ。これはこれよ」

 

 ニョロというのは、ニョロゾというポケモンのニックネームだ。ニョロはリーフの最初のポケモンで、物心ついたころから一緒にいるポケモンだ。マサラタウンではみずポケモンは珍しいので、レッドはよくニョロ相手にトレーニングしたいとリーフに頼んでいたが、幼馴染である彼女はよくレッドを理解しているので、当然断っていた。

 

「俺は手持ちゼロなのにお前はもう2匹なのってズルくね」

「だったらレッドもポケモン捕まえればよかったんじゃん」

「俺がヤる方が早いんだもん」

「はあ。この先苦労するのは目に見えてるわね」

 

 リーフはやれやれと首を横に振りながらため息をついた。レッドがポケモンを捕まえていないのはとてもシンプルな理由がある。それはただ単に自分と共に戦えるポケモンがいないからだ。言うなれば、自分の背中を守ってくれるレベルのポケモンがマサラタウン周辺に棲んでいるポケモンにはいないからだった。

 

「ちなみになにもらったんだ?」

「ひ・み・つ。あ、でも元々3匹用意してたみたいだから、多分レッドが明日いく時には残りの1匹ね」

「1匹? あと2匹じゃないのかよ」

「私の兄貴のグリーンが帰ってきたからね。多分もうおじいちゃんからもらったんじゃないかな」

 

 グリーンという名前は知っている。ナナミの弟でありリーフの兄。しかし、グリーンと直接会ったことはレッドには一度もなかった。話によれば、幼いころに修行のためにお隣のジョウトに行っているということしか知らない。なので別に彼個人に対してあまり興味も湧かないのだ。

 

「あっそ。まあいいや。余り物には福があるっていうし」

「ほんと。先が思いやられるわ」

 

 そのあともリーフに小言を言われながら帰路についた。そして、案の定リーフが言ったように、玄関で待つナナミのお叱りというなの〈かみなり〉がレッドに落ちるのであった。

 

 

 

 

 

 

 太陽が沈むとマサラタウンのような田舎町はあまりにも寂しい。都会のように街灯が多くあるわけではなく、家同士も離れた所に建てられているので、深夜になるとゴーストタウンかと思われるぐらいに静かだ。

 

 マサラタウンは都会と違って娯楽はない。朝になれば起き、夜になれば寝る。深夜を徘徊する人など滅多にいない。例外あるとすれば、オーキド博士のような研究者がポケモンの生態を調査すべく、深夜遅くまで外に出ることがあるぐらいだ。

 

 しかし時間はまだ夜の7時になる手前。まだ町から光が消えるのは早すぎる時間。それはレッドの家もそうだ。

 ただ、レッドの場合は他とは違っていた。

 

「セイッ! ㇵッ!」

 

 庭でレッドは岩に向けて拳を振っていた。ただの岩ではない。ちゃんと人と同じように動く岩だ。岩に向けて正拳突きを振るうのは、まあ格闘家ならばなんら不思議ではないのだろう。しかし、それが本当にただの岩であったのであれば。

 

 それは岩にしてはやけにゴツゴツしているし、生えてもいない腕が4つもある。岩でありながらそれはポケモンであった。

 

 がんせきポケモンのゴローン。イシツブテの進化した姿であり、本来であればマサラタウンのそれも町中には生息していないポケモンである。

 このゴローンはかつてはイシツブテだった。それがレッドがたまたま見つけた当時のイシツブテを、スパーリングの相手にしてトレーニングをし続けた結果──イシツブテはゴローンに進化した、ということだ。

 

 ゴローンもゴローンでレッド家の敷地内に棲んではいるが、別にこのゴローンはレッドの手持ちポケモンというわけではない。当然イシツブテのころから知っているナナミもリーフも、レッドが捕まえたかと思い込むぐらいのなつき度だった。

 

 その本人はゴローンに進化したときはとても喜んだ。なにせ腕が4つになったから、拳だけじゃなくて足技も試せるし、イシツブテ以上に頑丈になったから身体も鍛えられたからだ。レッドが鍛えられるということは、当然ゴローンも鍛えられているわけで。いつかし受け止めるだけだったイシツブテが、ゴローンになってからは互いに殴り合いをする程度にはゴローンも成長している。

 

「……ん?」

「ゴロン?」

 

 動きを止めたレッドを見て、ゴローンもまた動きを止めた。止めた理由はただ風がふいただけなのだが、妙に違和感があるとレッドは感じた。

 それはいつもの穏やかな風ではなく、何だが騒がしい風であったのだ。

 

 今日はマサラで過ごす最後の夜だ。だから深夜までこうしてゴローンと組み手をしているのだが、どうやらそれは叶いそうにない。ゴローンには申し訳ないとは思いつつも、妙な胸騒ぎと好奇心がレッドを動かした。

 

「ちょっと行ってくる」

「ゴロン」

 

 本来野生のポケモンというのは、人の言うことなど聞きはしない。それこそモンスターボールで捕まえていないのなら猶更である。それでもこのゴローンはレッドの言葉を理解し、家から出る彼を見送っていた。

 

 レッドは常日頃から鍛錬と称して家でゴローンとトレーニングするだけではなく、近くの森で鍛錬を積んでいる。森という自然の中で鍛錬しているのか、幼いながらも非常に五感が鋭い。なので目的地の場所など容易にわかる。

 いや、少し町から離れればそれはすぐにわかった。森に入る手前の草原の一角がやけに明るいのだ。

 

「あれは……ヒトカゲか? それともう一匹は……知らないポケモンだ」

 

 目の前の空間が明るい原因はそのヒトカゲの炎のおかげだったようだ。だが、マサラタウンにはヒトカゲは生息していない。となると誰かの手持ちになる。よく見ればヒトカゲの後ろに人影があった。見たところ自分と左程変わらない子供のようにレッドには見えた。

 

 対して彼が戦っているポケモンは宙に浮いていた。見たところとても可愛らしいポケモンに見えるが、あんなポケモンはオーキド研究所の資料でも見たことがない。

 ただ、その謎のポケモンの動きはなんとも奇妙に見える。ヒトカゲ以上に生息しているはずがないポケモンで野生なのは違いないのだが、野生でここに流れ着いたにしては目の前のヒトカゲに対して敵意というのを感じられない。

 

 まるで遊んでいる。いや、ただ付き合っているだけのようにレッドは見えた。

 

 ヒトカゲのトレーナーもそう感じたのか、ヒトカゲをボールに戻すと真っすぐこちらにやってきた。そこでようやくレッドに気付いたのか、それでも興味がなさそうに言った。

 

「やめておけ。お前の敵うポケモンじゃない」

「それってつまりよぉ……俺より強いってことだろ?」

「……は?」

「へへっ。うれしくてやべぇや」

「ふん。勝手にしろ」

 

 レッドの異質さを直で感じ取ったのか、彼は一言そう言うと二度と振り返らず町の方へと森の中に駆けて行く。

 対してレッドは一歩、また一歩と踏み出していく。その顔は誰がどう見てもこれから野生ポケモンに挑む顔ではない。今まで誰にも見せたことのない満面の笑みで溢れている、その手はかつてない程に力強く握りこぶしを作っている。

 

 一方名前も知らないポケモンは逃げも隠れもせずにただその場に浮いていた。まるでレッドを待っているかのようだった。

 

「逃げないでくれてありがとうな。じゃあ……やろうぜ!」

「……!」

『いたぞ! あそこだ!』

 

 レッドが構え、合意も得ていないのにも関わらず開戦の合図を上げた途端、第三者の声によって二人の戦いはいきなり中断してしまった。

 

 割って入ってきたのは黒ずくめの男達だった。人数は10人を軽く超えている。共通しているのは黒い服に黒い帽子に胸に赤く刻まれているRの文字。彼らはレッドなんて男がいたことすら目に入っていないのか、ただ謎のポケモンに視線を注いでいた。そして次々に彼らはモンスターボールを投げてポケモンを繰り出してくる。ポッポ、コラッタ、ズバット、ベトベター、ドガースといった統一されているようでされていないポケモンばかり。よく見ればその進化先のポケモンもいるのがわかった。

 

「な、なんだテメェら! 邪魔すんじゃねぇ!」

「なぜこんなところに留まっていたのかは知らんがこちらとしては好都合」

「サカキ様にいい報告ができるぜ」

「……」

 

 しかしレッドの声は届かない。聞こえているはずなのに聞こえていないのか、はたまた本当に眼中にないのか、苛立つレッドに対して謎のポケモンの表情はこれまた読み取れない。見るからにピンチな状況ではあるが焦っていないのは確かであった。

 

 初めての状況にレッドは腹を立ててはいたが冷静であった。いや、誰がどう見てもこの隣にいるポケモンが原因なのは明らか。折角の戦いに水を差されて腹は立つし色々とモヤモヤする。ならばどうするか。当然、これは目の前のコイツらにぶつけるだけだ。

 

 そう決めた時にはすでにレッドは動いていた。

 

「おい、とっと逃げろ!」

「……?」

 

 そう言ってすぐに逃げれば苦労はなく、レッドの言葉に謎のポケモンは頭を横にかしげた。

 

「だぁ──! 逃げろって言ってんだよぉ! そんぐらいわかるだろ⁉」

「……」

 

 今にも殴り飛ばそうとすると肯定も否定もせずに空高く飛び上がった。最初は目で追えても瞬きした瞬間にはもうそこには夜空が広がっているだけだった。

 

「折角見逃してやっていただけだというのに!」

「小僧だからってただではすまさんぞ!」

「そんなことより早くヤツを追わ──」

「──おい、バトルしろよ」

 

 たった一言。ただの少年が発した言葉は、この場にいる大人達を一瞬だけ黙らせた。その一瞬だけレッドの圧に充てられて冷や汗をかいた者もいたが、すぐに数名の笑い声によって忘れられてしまう。

 

「ぎゃははは! バトルだとぉ⁉」

「おいおい坊や、大人をからかっちゃいけないなぁ」

「バトルって言ったってボールが見当たらないぞ~」

「もしかしてポケモンを持ってないのかなぁ~?」

「今時ポケモンを持ってないガキなんていな──」

『!!!』

 

 一人の男がいきなり吹き飛び後ろの木へと叩きつけられていた。彼らは吹き飛ばされた男に目を向けれれば、彼の顔は酷く潰れていた。鼻は折れて血が出ていて、酷く痙攣しているように見えるがすでに意識を失っているようだった。

 再びレッドの方に向ければ、その手にはイシツブテがあった。

 

「ポケモンなら拾った」

「や、やっちまえぇーーー!」

「さあやろうぜ、ポケモンバトルをよぉ!」

 

 一対多勢。これがレッドの初めて本気でヤッたポケモンバトルであった。

 

 

 

 

 

 マサラタウン郊外の森を見慣れない怪獣のようなポケモンが歩いていた。背は人よりも大きいが、かといって木を超えるほどの大きさではない。その見た目の割には軽々と森の中を進んでいる。そのポケモンの名はガルーラ。おやこポケモンと呼ばれているポケモンで、お腹の袋に子供を入れて育ているポケモンだ。

 そのガルーラのすぐに後ろに10名ほどの大人達が懐中電灯をつけて進んでいる。その先頭はマサラタウンの顔役ともいえるオーキド博士であった。その後ろにマサラタウンの自警団である大人達がついていく。

 

 何故彼らがこんな夜遅くにこんなところにいるかと言えば、1時間ほど前に突然の轟音が立て続けに鳴り響いたからである。慌てて窓を開けてその音の方角を見れば、その一帯だけが明るく見えた。これは何かあったに違いないとオーキドをはじめ町の若い男達が調査に出たのだ。

 

「……むっ」

「どうしました博士」

 

 ガルーラが急に歩みを止めると同時にオーキドは手で制止の合図を出した。ガルーラが目でオーキドで何かを訴えると、それを理解したのかオーキドは言った。

 

「どうやらこの先らしい。まずはワシが様子を見てくる。みんなはとりあえず待っていてくれ」

 

 オーキドの言葉に誰も異論を唱えず頷いて肯定した。それを見たオーキドはガルーラと共にその目的の場所に向かう。

 ガルーラは常に臨戦態勢であり、もう若くはないオーキドだがその雰囲気はただの老人には見えない。距離にして20メートル程だろうか。森を抜けて目に映った景色を見てオーキドは言葉を失った。いや、言葉が出ないというのが正しいだろうか。

 

 辺り一面に広がる戦闘痕。地面は抉れているかクレータのようなものができている。草は毒のような液体で溶けているか火で焦げていて、木はまるで何か巨大な岩でもぶつけられたかのように乱暴に折れている。

 そして何よりもその中央で一人の見知った少年が大の字で仰向けに倒れているのだ。

 

「れ、レッド!」

 

 オーキドはレッドを見つけてようやく声をあげながら彼のもとに駆け出した。

 

「しっかりするんじゃレッド!」

 

 遠目から見てもレッドの状態は酷いものだとわかったが、目の前で見ればそれは一層ひどかった。服はボロボロで体も傷だらけ。体のあちこちにある噛み傷のような切り傷からは血が出ている。オーキドはすぐにガルーラを呼び、応急処置として白衣を脱いで出血を防ぐ。

 

 なんでこんなことに。

 

 久しぶりに孫のグリーンがジョウトから帰ってきて、明日ついに孫たちにレッドを含めた三人が旅に出るというのに。一体誰がこんなことをと、オーキドはレッドの応急処置を施しながら考えているとかすかに声が聞えた。

 

「……かちだ……おれのかち……」

「心配して損した気分じゃ……」

 

 やれやれと首を振るオーキドであるが手の力を緩めることはなかった。

 

 

 

 

 

 それが夢だとういことはすぐにわかった。見えているようで見えないような光景。例えるならば霧の中を歩いているような光景。そして微かな意識はあれど、全く言うことのない自分の体。

 

 もうすぐ自分は目が覚めるのだろう。なに、よくあることだ。だから何もおかしなことではないし、どうせ内容もまともに覚えてはいないのだから。

 

『──』

 

 目の前には女がいた。顔には靄がかかっているのかハッキリと見えない。でも、髪が長いのか靄から飛び出ているのでそれはわかった。長くて……金髪だと思う。

 

 彼女は何かを言った。多分、俺の名前だろうか。彼女は俺の名前を何度も呼んでいるけど飽きないんだろうか。

 俺はといえば、ただ彼女と一緒に歩いているようだった。場所は知らない場所で、たぶん一度も見たことがないところ。カントーのそれもマサラタウンから出たことがないから断言はできないけど、多分カントーじゃない。

 

『──』

 

 また名前を呼んだ気がする。

 彼女は誰なんだろうか。何故だかとても気になる。

 

 あんただれ? 

 

 なんとなくそう言ってみた。口じゃない。こう、念ってやつで。

 すると彼女は怒った。タイミングがいいのか、それとも本当に通じたのだろうか。彼女は何かを口にしている。

 

 えーと……し…………

 

 

 

 

「……ななみ、さん……?」

 

 目を開ければ、すぐ目の前には見知った彼女の顔が映っていた。こちらを見下ろしていて、その表情は複雑だ。目には涙が今にも溢れそうだけど表情はそうじゃない。レッドは体を起こそうとするがそれはナナミが抱きついたことでできなかった。

 

「レッドくん! あぁよかったぁ……本当によかったよぉ……」

「……よかったって。なんでそんなこと言うのさ」

「バカ! あんな目に遭っておいてそんなこと言うの⁉ ボロボロのレッドくんをおじいちゃんが見つけなかったら今頃どうなってかわからないのよ⁉」

 

 至近距離で怒鳴られたので思わず身構えしまう。だけどナナミのおかげか、レッドはようやく自分が自宅ではなくて知らない場所で目を覚ましたことを自覚した。

 あの時のバトルの記憶は、特に最後の部分は朧気だ。途中まではかなり順調というか、自分でも驚くほどによかった。だけど、だんだん数の暴力に押されてしまった……ような気がする。

 

「まあでも、生きてるから俺の勝ちだよな」

「なにが勝ちよ! あなたは3日も眠っていたのよ⁉ 私は心配で付きっきりで看病してて、その間にグリーンとリーフは旅に出て……あーもう! リーフに教えてあげたいけど、向こうから連絡がこないと教えてあげられないわ……」

 

 旅……そうか。俺、旅に出るんだった。グリーンって確かナナミさんの弟でリーフの兄貴だっけ? そうあのヒトカゲのトレーナーがグリーンなのか。まあどうでもいい。別に出遅れても俺には関係ない。

 

 とりあえずまずはナナミさんに言わなくては。

 

「ナナミさん」

「え、なに、レッドくん」

「ありがとう。看病してくれて」

「──! お願いだから無茶はしないで」

「努力するよ」

「本当にこの子ったら……」

 

 ナナミは呆れながらも再びレッドを優しく抱きしめた。自分の姉弟たちより手のかかる弟。姉としてもっと叱って止めるべきなのだろう。それでもそれを止めさせることはできないのだと、彼女も心のどこかではわかっていた。

 

 そしてレッドも彼女の優しさは痛いほど理解していた。

 けど、止まらない。俺は歩き続けるのだ。だから止まらない。

 

 

 

 

 

 それからのことはとんとん拍子に進んだ。あれ程の怪我を負ったにも関わらず、すでにレッドの体は健康そのもの。さすがはマサラの男の子だとナナミは嬉しそうに言っていた。彼女が用意していた新しい服に着替えてそのままレッドはオーキドの所に向かった。

 

「さてと。レッドよ、まずは謝らなければならないことがあるんじゃ」

 

 開口一番にオーキドはレッドの無事を祝うわけでもなく、むしろ謝罪をはじめた。

 

「は? なんで?」

「リーフから聞いておったと思うんじゃが……その、旅に出るお前さん方のためにポケモンを用意しておったじゃろ? リーフにはフシギダネ。グリーンは……あ、グリーンはリーフの兄じゃ。で、そのグリーンにはヒトカゲ。で、残るをゼニガメをお前さんにと思っておったんじゃが……」

「じゃが?」

「お前さんがしでかしたあの夜に、どうやらワシが研究所を離れている間に泥棒が入ったらしくてな? その……盗まれてしまったんじゃよ」

「……なんかさ。遠回しに俺が悪いって言ってるような気がするんだけど」

「そりゃあお前さんがとっととポケモンをもらいにくればこんなことにはならんかったからのう」

 

 自業自得とはまさにこのことではある。だがしかし、レッドも言いたいことはたくさんあった。いくら田舎だからと言って、仮にもポケモン博士を名乗っているのだから、もっと研究所の防犯設備はしっかりしろと言いたい。

 

 そんな怒り心頭なレッドにオーキドは続けて言った。自分の手持ちからどれか一匹をと思ってはいたが、生憎とレベルが高くて指示を受け付けないこと。さらには多分レッドとは相性が悪いと判断したと。

 

「そんなことはないって」

 

 レッドは反論した、が。

 

「じゃあレッド。ほのおタイプのポケモンとみずタイプのポケモンがおる。どう見ても前者が不利じゃがお前さんはどうする?」

「水が蒸発するほどすげぇ炎を出させればいい」

「この脳筋が。それだから渡せるポケモンがおらんのじゃ」

「別に欲しいなんて言ってねぇし」

 

 意地を張るレッドにやれやれと呆れながらオーキドはため息をついた。別に毎度のことなので怒りはしないが、さすがに今回ばかりは防犯対策を怠ったそちらのミスなのだから、自分は関係ないだろうとレッドは口には出さない自分を褒めた。

 

 しかしないものは仕方がない。元々ポケモンは旅の中で捕まえる予定だったから、別に当初の予定通りといえば予定通りなので実はあまり問題はなかった。

 

「変わりじゃないが、まあモンスターボールを10個ほどやろう。ないよりはマシじゃろ」

 

 そう言ってオーキドは縮小されている小さなモンスターボールを10個をレッドに渡した。

 

 モンスターボール。それはとても画期的なアイテムである。ポケモンを捕まえるための道具であるが、いまのモデルになってからかなり便利なモノになっている。特に顕著なのが開閉スイッチを押せば今の大きさから手に収まるぐらいの本来の大きさに戻るからである。また、拡張性というかカスタマイズがかなり豊富で、トレーナーによって色々と姿形が違ったりする。そう言ったカスタマイズパーツを売る業者もいるとかいないとか。

 

「ありがとう」

「まあこれぐらいはの。ああ、それとこれも渡しておこう」

 

 そう言って机の上に置いてあった赤い板みたいなのを渡してきた。持ってみると意外と重いというのが感想だった。

 

「なにこれ」

「それはワシが開発したポケモン図鑑じゃ。これにはワシをはじめ、多くの研究者が残したポケモンの記録を保存したすごいアイテムなんじゃ。図鑑を通してそのポケモンを見れば、そのポケモンのありとあらゆる情報を教えてくれるんじゃ」

「例えば?」

「ポケモンのレベルとか習得している技とかかのう。あとは自動的に生息地を保存する機能もあるぞ。さらに衛星とリンクしているから現在地も把握できるしのう」

「……」

 

 レッドは思った。最初は胸ポケットにいれておけば胸当てとしてちょうどいいかなと思っていたが、なんかとんでもないモノを渡されたのではないかと。そもそも自分で聞いておいて博士がいった後半の部分など理解できないでいた。

 

 金に困ったらショップで売ろうとしてなんて口が裂けても言えない、と思っていた矢先に。

 

「ちなみにそれは売ろうとしても売れんぞ。生体認証があるからお前さん以外じゃあ反応すらせん」

「そ、そそんなことしねぇし」

「そうか? ならええんじゃが」

 

 そもそも生体認証ってなんだよ、意味がわからない。初めて目の前で座る年寄りを怖いと思ったし、一番危険なんじゃないかとさえ疑いつつある。

 

「お、俺もう行くよ」

「そうか。まあお前さんなら平気だと思うが、兎に角人様に迷惑だけはかけるんじゃないぞ」

 

 はいはいと適当に相槌を打ってレッドは研究所から逃げるように出ていく。とりあえずこれ以上知りも知りたくないことを聞きたくない。

 

 

 

 

 研究所を後にしてマサラタウンから続いている一番道路の入口というところまできた。普段はここから先は一人では滅多に出ていかない。いつもはマサラタウン周辺で鍛錬を積んでいるからだ。

 

「いつぶりだっけ。マサラから出るの」

 

 まだ両親が生きていたころは、よく何処かに出かけていたのをレッドは思い出す。けれど、それももう遠い記憶だ。カントーの何処かまでは思い出せても、何処で何をしたのか全く思い出せないでいた。

 

 二人は事故で死んだ。何故か自分だけが生き残った。親戚はいないし引き取り先も見つからないところをオーキド博士が手を挙げてくれた。けど、互いにそんな親子なんて関係だなんて今まで一度も思ったことはないし、唯一の例外はナナミさんぐらいだった。母よりも姉のイメージが大きかったけど、それでも本当に母親のように接してくれたいたのかもしれない。

 

「……」

 

 レッドはふと後ろを振り向いて我が故郷を見た。しばらくは戻ってこないであろう自分の育った町。だけど、なぜだろうか。今はあまり悲しいとかそんな気分ではない。

 

「あーやめやめ」

 

 パンっと頬を叩いて気持ちを切り替える。これから旅に出るのだ。旅っていうのはそんなダウンな気持ちでするものじゃない。むしろこれからはドキドキでハラハラの連続になる、はずだ。

 

「よーし。俺より強いヤツ、出てこいやーーーー!」

 

 右手を天高く突き出してレッドは冒険の第一歩を踏み出した。それとついでにイシツブテを拾うのであった。

 

 

 

 

 

 

 カントー地方から遠い北の大地。そこのリゾートエリアと呼ばれる多くの富裕層の別荘が多く建っている。その中で少し離れた場所に建っている別荘のウッドデッキで、ロッキングチェアで寛いでいる女がいた。服は黒一色、髪は長い金髪の大人の女。

 

 彼女の手元には読みかけの本が置かれている。どうやら読みながら途中で寝てしまったようだ。そんな彼女を眠りから起こすためか、家の中の固定電話が鳴った。

 

「……ん」

 

 たったワンコール。眠りが浅かったのかそれともただ反応がいいのか。とりあえず彼女は寝起きでありながらも真っすぐに電話のもとへ歩いて行った。家の中は別荘というには少し汚い。汚いと言うのは語弊かもしれない。埃やごみが散らかっているのではなく、部屋のあちこちに本が無造作にちらかっているのだ。

 

 これまたどういう訳か、彼女は踏み場所あるところがわかるのかひょいひょいと歩いていき、受話器を取った。

 

「……はぃ……あ、ナナカマド博士? ええ、お久しぶりですね。どうしたんですか今日は」

 

 電話の相手が知っている人間だと気づくと、彼女の眠気はどこかへ消えてしまったようだ。壁に背中を預け、受話器のケーブルに指をくるくると巻きつけるぐらいには上機嫌のようだ。

 

「え? 機嫌がいい? あーたぶんそれは、うん、夢を見たからです。はい。久しぶりに夢を見て。……え、偶然にしては出来過ぎてる? それってどういう……!」

 

 すると突然彼女の表情が変わった。いまにも喜びのあまり欣喜雀躍のように飛び跳ねそうであるが、彼女はそれを必死に堪えているようだ。

 それから話はすぐに終わったのか受話器を元に戻すと、すぐ隣に置いてあるボロボロの帽子を手に取った。

 

 ボロボロ──まさにその言葉通りの状態だ。あちこち解れているしところどころ切り傷のようなあともある。よく原型を留めているといったところか。

 彼女はまるで子供をあやす母親にように帽子を撫でると、棚の上にある一枚の写真立てを手に取った。そこには二人の男女と大勢のポケモン達が写っている。一人は髪の色からして幼い彼女だろう。そしてもう一人は、彼女が手に持つ帽子をかぶった青年であった。

 

「ようやくあなたの旅が、長い長い旅が始まったのね……レッド」

 

 





本当は今年のエイプリルフールネタで出す予定だったなんて口が裂けも言えんな。

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