2021/02/16
選対について知っておいていただきたいこと。
昨今、Twitter・Youtubeなどのインターネット上で、私が某国政政党で選挙対策をやっていたことに対して疑義を呈している方が散見されるので、このブログにて私が言える範囲でお伝えしようと思う。まず、人に公の場所で「あなたは○○党の選対をやっているのですか?」「あなたは○○党の選対だったのですか?」と聞いて、「はい!○○党の選対で○○氏の選対をやっていました!」といった回答をする人はまずいない。
○○氏の選対をやっているのを公でアナウンスすることがかっこいいと思っている経験者はいない。その方が議員経験者だったり、現職議員だったりしたら特にである。別して私が関わっていた政党では、派閥があり、特定の候補者側についたことを表に出すことが、今後の勢力図に大きな影響を及ぼすことがあるからだ。
みなさんは、身内やとても親しい友人以外に選対をやっていることを公でアナウンスする人を見聞きしたことはあるだろうか?
現在の首相の選対や、国務大臣の選対を誰がやっているか、調べたことはあるだろうか?
きっと調べても答えに到達することはない。表だって知らない人に聞かれても「それは知りません」「何のことでしょうか」と一蹴されるだろう。なんでそんなセンシティブなことを見ず知らずの人に教える義理があるのだろうか。
特に市議会の選挙の際に、特定の議員が出入りしていたら、それを見た一般の有権者、応援の人が周りに話してしまうと、それが内部の勢力争いにも影響するときだってあるのだ。
よく考えてほしい。県議までは無所属で立候補する人が多いのに、特定の政党の議員や政党の会派に属している議員が選対として入り浸っていたら、簡単に「無所属は嘘」であることが表に出てしまう。候補者・選対を受ける側、どう考えてもどちらにもリスクがあるのだ。
結果、表でそれをひけらかしている人はいないのである。
議員しか選対をしないというのも大きな間違いである。私が関わっていたとき、統計学やデータの取りまとめ、また、街頭活動のリサーチやステルスでの状況把握に、それなりに若い、議員未経験者も組織の中で活動することは普通にあることだ。
実際、私が知り合った人でも議員経験がなくとも20代後半くらいから選挙というものに携わっている人もいる。
議員たちだって、国政選挙の際自分の選挙区以外の選挙応援に行くことだってある。それは、自分に義理のある人の応援に行くことが「義」とされているからである。
私が関わっていたときは少なくもそういったことを目の当たりにしているので、それが通常の選挙という感覚だ。
私は動画やTwitter上で自ら○○党の選対ですと述べたことはないはず。
私以外の人がそれを公開の場で話してしまっているのでそれを止めることはできないが、私はそれを理由に売名したいなどとは一度も思ったことはない。それであっても自分の知識や経験が確実に結果を出せるわけではない。選挙とは非常に繊細で難しいものであるからである。
この話が広まってしまったのは、とある選挙の手伝いをしているときに「なぜ、そんなに詳しく知っているのか?」と言われたので、私が「実は・・・」と話したことから、それが表に広がっていってしまったのである。
私がその話をしたのは今の荻津組の仲間と、その他数人である。表に出たのは、荻津組以外の方々からである。
そのような方を信頼して話してしまったことで、私が携わった数人の現職の方から、
「くれぐれも私の選対をやっていた過去だけは明かさないでほしい」ということを申し入れられている。
また「そんなにたくさんの人にペラペラ話したのか!」とお叱りも受けたのである。
本当に選対というものを知っているのであれば、まず表で聞いてもはっきり言ってくれる人はいないだろう。
裏で聞いてこない時点で、選対というものをよくわかっていないのではないか?という話に帰結してしまう。
国政選挙の際の政党での選対は、党側の統括と、個々の候補者の2部門に分かれている。個人から依頼されるか、党側から依頼されるかもその時であるし、その詳細は話せないというのが回答になるが、やっていたかどうかに関しては、その周りで一緒に動いている人が良くわかると思う。
荻津組で取り組んだつくば市議会議員選挙の際に一緒に選挙を戦った人は、私がどんなことをやっていたのかをよく知っているだろう。
私の一考察として
この仕組みが分かっててあえて聞いてくる人がいるとすれば、私に悪印象をつけるのが目的だと推察できる。
答えられないのを知っていて、それを事実がないことに結びつけ、私を陥れようとしている
または、現実をあぶり出し、関係者に迷惑をかけることがねらいで、公の場で質問を投げかけてくる人は、私、そして関係者に迷惑をかける目的で意図的に表でやっている。
という考察もできる。私の過去に対して公益性があるとしたならば、実名で直接ぶつかってくればいいし、実名で公表すればいい。
しかし、それをしないということがそもそも公益性を求めているのではなく、私と関係者の関係を破綻させたいという意図すら見える。
私から内容の詳細に関して言えることは多くはない。
候補者や後援会との信頼関係や、墓場まで持っていかなければならない秘密も持っているから、それで不安がる関係者もいる。
だからこそ、表で私に対して「選対をやっていたのは事実ですか」と聞くこと自体、「自分はその事実について知りたいから、お前はリスクを負ってまで話すべきだ」と言われているのに等しいのである。
私が関わった候補者のことを考えたら、私がどんなに批判されようと、「大ウソつきだ」と言われようと、話せるところまでしか話せないのである。
現実問題として
足の引っ張り合いも含めて政治だ
それでお互いに力量を探りながら言論で戦うのが政治家だ。
そういうものが嫌いだからこそ、わたしは正直ものが馬鹿を見ない世の中を目指しているのだ。
あなたはインターネット上で、自分の家族の勤務先、友人関係、支持政党、信仰宗教等の情報を表に出せるだろうか?
プラスな情報であれ、マイナスな情報であれ、表に出せないことはたくさんあるだろう。
私は「言わない」のではなく、過去の情報を表に出すことによって迷惑をかけてしまう人が少なからずいるので「言えない」のだ。
私に対して表でいろいろ詮索する人に対して裏であってもその情報を渡したら間違いなく、その当事者に電話等をして迷惑をかけることになるだろう。
最近の動きで、私は今までかかわった人に「私が関わったことがあるかと問い合わせがあったら、そんな人知らない、関係ない」と答えてもらうように話してある。この話を過去携わった人にすることさえとても辛い。
私が信頼して話した人がそれをよくわからず表で話されてしまったのは私が簡単に人を信用したからだ。
すべて私の責任。迷惑をかけたくない。
私がやりたいことは選挙ではなく、自分たちが幸せに過ごす社会を実現することである。
選挙はその通過点でしかないし、目標ではない。
私の過去に関していろいろな憶測があるだろうが、一次情報を信じられない人に何を言っても仕方ないと思う。
世の中に、必ずはない。
信じる、信じないも自由だ。
誰に聞いても同じことしか言っていない。それはそこまでしか言えないからだ。
それ以上追及されても、私から話すことはないし、それ以上話が飛躍している場合には、それは「デマ」である。
私の場合、不用意に人を信用した結果、拡散されてしまったことはとても不本意である。
しかし、それを責めても仕方ない。私が話さなければ、その人は知らなかったのだから。
批判したい人は多いだろう。しかし、それと同じぐらい、私のこの話を信用してくれる人はいると思っている。
なぜなら、世の中に
「言っておくべきことと、言わないでおくべきこと」
「話したことによって他人に迷惑をかけること、かけないこと」
、それらを総合的に勘案して、判断していただける方がいると思うからだ。
世の中には、知れる世界と知れない世界、知るべき情報と知っても特に影響がない情報がある。もちろんその中に「デマ」も含まれる。そういった情報を取捨選択するのも個々人の判断だ。
特定個人に主観をもって「あり得ない」と言ってしまうことは、情報の取捨選択が正しく行われているとは到底思えない。
これを読んでくださるみなさんには、ぜひ、情報の取捨選択を誤らずに、一次情報を取りに行く「クセ」をつけてほしいと思う。
時に、そのデマによってたくさんの人を傷つけ、苦しめてしまうことになってしまうからである。
私は聞きたい。あなたがリアルの世界で起きた過去を聞かれた際、本名も、連絡先も教えてくれない人に対して、自分の表に出せない過去や、言いたくない過去、その他個人情報や表に出す必要のない情報に対して回答しますか?
大変申し訳ないが、私はそれはできない。
私はリアルの世界が第一であるから、リアルの「実名世界」とネットの「匿名世界」とを同一にすることはできないのである。
匿名のネットの住人といういい方は申し訳ないが、相手に情報をもらいたいのであれば、最低限の礼儀を弁えるべきだと思う。
その「匿名のネットの住人」は匿名であるからこそ、傷つけられないリアルの世界を必死に守っているのだから。
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