アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

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なぜモモンガさんはモモベドさんになってしまったのか。




8.VORACITY

 

 

 

 

 

全てが遅すぎた。

世界は滅びへと向かうことだろう。

その真実を知る我々は、せめてもの世界が終わる理由をこれに綴り、この命を絶やそうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしいぞ! 守護者達よ、お前達なら失態なくことを運べると、強く確信した……!」

 

 

 ナザリックの絶対的支配者が諸手を上げて賛辞を送ると、忠誠の儀を捧げた各階層守護者達は恍惚の表情を露わにした。

 

 第一から第三階層守護者──シャルティア・ブラッドフォールン。

 

 第五階層守護者──コキュートス。

 

 第六階層守護者──アウラ・ヴィラ・フィオーラ並びにマーレ・ヴィラ・フィオーレ。

 

 第七階層守護者──デミウルゴス。

 

 そして全階層守護者統べる守護者統括──アルベド。

 

 彼ら六名はその瞳に並々ならぬ輝きを宿して、この墳墓の王に傅いている。彼らの造物主たる四十名はこの世界を去った。最後までこの地に残った慈悲深き主の先の言葉に、守護者達は震えがくるほどの喜びがその身の内を満たしていた。

 

 全身全霊、何を賭してでもモモンガ様のお役に立つ──彼らの願いは、それだけだ。

 

 

「うっ……。そ、それにしても偵察に行かせたセバスの戻りが遅いな」

 

 

 守護者達の爛々とした瞳の輝きに気圧されながら、『死の支配者(オーバーロード)』は居心地悪そうに話題を変えてみた。絶対たる支配者のその言葉に、デミウルゴスが分かりやすく眉間に皺を寄せる。

 

 

「モモンガ様の勅命だというのに碌に仕事も熟せないとは……帰還次第、彼には相応の罰を与えるべきかと愚考致します」

 

「ま、待てデミウルゴス。ナザリック外に出ろと言ったのはこの私だ。もしセバスに何かがあった場合、それは主人たる私のミスだ。そうささくれ立つな」

 

「何と慈悲深い……」

 

「見目も心もまさに美の結晶……流石は至高の御方々の纏め役にして我が君ということでありんしょうかえ……」

 

「シャルティア、口を慎みなさい。モモンガ様の妃になるのはこの(わたくし)なのですから」

 

「はぁ……? 筋肉がアタマにまで回った脳筋行き遅れサキュバスの妄言など届きんせんねぇ」

 

「……ヤツメウナギには言葉を理解するだけの知性もないということかしら」

 

「……あんだとゴラ」

 

「いっぺんオモテに出ろや」

 

「オ前達……至高ノ御方ノ前デ遊ビ過ギダ」

 

 

 冷気を伴った呼気が蒸気機関の様にコキュートスの口から吐かれると、先程まで額に青筋を立てていたアルベドとシャルティアは慌てて傅いた。

 

 

「も、申し訳ありません!」

 

 

 美しい声が重なり合う。

 謝罪を受け取ったモモンガは「よい」とだけ伝えると、心の中で小さく溜め息を吐いた。

 

 

(俺がアルベドの設定を書き換えてしまった所為でこんなことに……ていうかペロロンチーノさん……自分の娘に死体好きな設定盛るのどうかしてるだろ……)

 

 

 骨の掌が、額を抑えた。

 少し硬くて軽い音が鳴る。

 

 その様子に、デミウルゴスが息を呑んだ。

 

 

「君達、モモンガ様の前では守護者らしい振る舞いを心掛ける様に……。モモンガ様はナザリックに最後まで残って頂いている至高の御方なのですよ。失望されるような働きや言動など、あってはなりません」

 

 

 握っていた拳が震えている。

 デミウルゴスは若干だが、苛立っている様だった。

 

 それはやはり外の偵察に出たセバスが戻ってきていないのが起因しているだろう。モモンガを失望させて、至高の四十名の様にこの地を去られてしまうことなどあってはならないことなのだから。

 

 

「まあ待てデミウルゴス。私はお前達がそう恐々としている様子を見るのは好ましく思わない。もう少し肩の力を抜け」

 

「はっ! 申し訳ございませんモモンガ様」

 

「まあよい。それより、セバスに『伝言(メッセージ)』を飛ばしてみる。少し待──」

 

 

 ──それは、モモンガが蟀谷に骨の指を添えたその瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朽棺の竜王(エルダーコフィン・ドラゴンロード)』という世にも恐ろしい真なる竜王がいた。真実の名を、キュアイーリム=ロスマルヴァーという。

 

彼奴は強大な力を持つアンデッドの竜王であり、我々『深淵なる躯』を支配下に置き、最強の名を欲しいままにする為に、日々力を蓄えていた。

 

彼奴の恐ろしいところは生者の魂を問答無用に剥ぎ取り、その身に蓄えることができる『始原の魔法』を行使できることだ。これにより、生者の国や街はいくつも滅びの道を辿り、奴のイケニエとなってしまった。

 

しかしそんな『朽棺の竜王』も世界を滅ぼすには全く力が及ばない。話はここからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だ……っ!?」

 

 

 円形闘技場の上空に、漆黒の空間が展開されていた。

 夜空を飲み込み、光すら通さぬ暗黒。守護者達もその光景に目を見開いていたが、その空間から、やがて何かが姿を現した。

 

 

「あれは……ドラゴン……?」

 

 

 それはドラゴン……の様な何かだった。

 

 白い躰。

 そこから伸びる翼と尾。

 目は紅く、鋭い。

 

 そして額には七色に光る宝玉が埋め込まれている。

 

 元々は西洋的な竜そのものな姿だったのだろう。

 ……しかしそれは異様だった。

 

 全身の鱗の隙間から、暗黒の靄を垂れ流しているのだ。死の香りを纏う竜は、血走った目でモモンガ達を睨むと口を開いた。

 

 

「……おるわ、おるわ。我の贄となる汚物共が」

 

 

 それは神経を逆撫でる様な悍ましい声だった。

 個が発する声であるというのに、まるで何千もの悪魔の断末魔を束ねた声であるかの様に思えてしまう。

 

 竜が言葉を発するが早いか、闘技場から青い何かが飛び上がる。

 

 

「コキュートス!?」

 

 

 デミウルゴスが叫ぶ。

 

 一足跳びで竜の懐に飛び込む戦士は、虚空から得物を取り出すや喉元を斬り破らんと刀を中段に構えた。

 

 

「蜥蜴風情ガ至高ノ御方ヲ見下ロスナド、不届キ千万。地ニ落チテ貰ウゾ」

 

 

 コキュートスの握る斬神刀が、身が竦む様な突風を伴って半円を描く。その切っ先が竜の喉笛に触れ、鋭利な音色を奏でながらその頭を切り落とした──

 

 

「……ナニ!?」

 

 

 ──しかしそうはならない。

 

 弾けた音は、竜の頑強な鱗に阻まれた斬神刀が折れるものだった。その結果に、モモンガ含む誰もが目を見開いた。

 

 

「我を相手取ろうとは、その勇気だけは褒めてやらんでもないぞ」

 

 

 次の瞬間。

 竜の尾がコキュートスの体を捉える。

 

 

「ゴ……ッ!?」

 

 

 精強な外皮鎧が割れる重々しい音が第六階層を揺さぶった。

 

 その勢いが殺されることはない。コキュートスは射かけられた矢の如く、闘技場の壁にぶち当たった。

 

 

「コキュートス!」

 

 

 モモンガが叫ぶが、応答はない。

 沈黙するコキュートスの姿に、守護者達にも緊張が走る。

 

 

「何なんだあいつは……まさか、セバスもあれに……?」

 

 

『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を握る骨の手が軋む。心の内を抗えない動揺が噴き乱れたが、アンデッドの特性故かそれはすぐに沈静化された。

 

 

「さあ、かかってこい汚物共。それとももう臆したか? ……フハハ。どうやらその様だな。まさにこの様な穴倉に引き込もるに相応しい臆病者共の振る舞いよな」

 

「アルベド! モモンガ様の側を離れるな!」

 

「分かっているわ!」

 

 

 アルベドとデミウルゴスが目線を交わし合う。

 その間に、犬歯を剥き出しにしたシャルティアが翼を広げて飛び出した。

 

 

「シャルティア!?」

 

 

 アウラが叫ぶ──が、シャルティアの耳には届いていない。

 

 

「死に晒せやあああああああ!」

 

「ああ、もう! マーレ! 私達もいくよ!」

 

「う、うん!」

 

 

 安い挑発に乗ったシャルティアを先頭に、アウラとマーレも続く。しかし結果はコキュートスの時と何も変わらない。

 

 

「失せよ」

 

 

 たった一言。

 竜の纏う暗黒が、質量を以て辺りに放射された。

 

 

「う、わ……!?」

 

 

 シャルティアを、アウラを、マーレを、暗黒の濁流が飲み込むや彼女達を地に叩きつけた。何の抵抗もできずに地を舐める形となったNPC達は、先の一撃で瀕死に追い込まれていた。百レベルに到達したNPCをまるで赤子の手を捻るかのように無力化するその様に、デミウルゴスの額に汗が滲み出す。

 

 

「まさか、この様なことが……!」

 

 

 今、自分が加勢したところで何の結果も出せないことをデミウルゴスは理解してしまった。あれには勝てない。例え、『アインズ・ウール・ゴウン』が主人のモモンガでさえ。

 

 

「アルベド! 私が時間を稼ぎます! その間にモモンガ様を連れて──」

 

「させん」

 

 

 竜がそう言うや、額の宝玉が夥しい光を放ち始めた。夜を保つ第六階層を食らいつくさんばかりの、驚くべき光量だ。

 

 

「これは……!」

 

「貴様達の全てを『貰う』ぞ」

 

 

 にたりと、竜が笑んだようにも見えた。

 変化が訪れたのはそのすぐ後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我々『深淵なる躯』は、とある遺跡で七色に光る宝玉を発見した。世界を変えかねない程に凄まじい魔力を持つ秘宝だ。

 

魔法の研究に余念がない我々はその秘宝について長い時を費やして調べ上げた。しかしどうやらあの秘宝は我々の手に余るらしい。どのような実験を繰り返しても、あの秘宝は反応を示さない。

 

そんな時だ。我々を支配するあの邪龍が秘宝の存在に気づき、我らの手から奪ったのだ。

 

そして全てが始まった。あの秘宝を手にした邪龍は、あの時から異常な力を発揮し始めた。

 

前述した様に、かの邪龍は生者の魂を奪う強烈な始原の魔法を扱うことができる。しかしそれがどういうわけか、奴はあの秘宝を手にしてからあらゆるものをその身に宿し始めた。

 

奪った魂の力、特殊技能、習得している魔法まで、奴は吸収し始めたのだ。

 

これが何を意味するか分かるだろう。世界の終わりだ。この世は滅びの一途を辿り始めた。

 

しかし不幸中の幸いと言えることが一つあった。あの秘宝はどうやら一年に一度しか効果を発揮しない様だ。

 

直ちに世界が滅ぶわけではないのだと我々は安堵の息を漏らしていたが、あれから五十年の時が過ぎた。

 

それ即ち、強者を含む多くの魂を五十回にも渡り吸収を繰り返したということだ。

 

この時点で奴を倒す手段はこの世から消滅した。各地に点在している『真なる竜王』達を一挙に束ねたとて、打倒は不可能だろう。

 

しかし話はここで終わりではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コキュートス!?」

 

 

 コキュートスの体が、光の粒子へと(ほど)けていく。未だに意識を失っている彼はそのことに気が付いていないのだろう。

 

 しかしそれは、コキュートスに限ったことではない。

 

 

「お姉ちゃん!」

 

「マーレ……! わ、私の体も……!」

 

「何なんでありんすの……!?」

 

 

 地にへばるマーレ、アウラ、シャルティアの肉体にも同様のことが起こり始める。彼女達の体も、指先から光の粒子へと変わり始めていた。そしてそれらは、竜の肉体へと吸い込まれていく。

 

 

「お、おおおオオオぉおオ……!」

 

 

 竜は、身の内から弾ける様々な感情から声を上げていた。

 それには喜びの他に、どこか戸惑いや恐怖の感情も感ぜられる。光の粒子が肉体に吸い込まれていく度に、竜の体は内からポップコーンが弾けていく様に肥大化を始めていた。

 

 

「シャルティ──ぐっ!」

 

「デミウルゴス……!」

 

 

 駆け寄ろうとしたデミウルゴスが思わず膝を突く。

 彼もまた、片足から粒子化を始めていたのだ。

 

 

(何がどうなって……)

 

 

 モモンガは機能を失っている発汗の感覚を身に覚えた。

 骨の身が、恐怖と焦り、そして怒りで震える。

 

 理解の追い付かない目の前の惨状。

 仲間が遺した可愛い子供達が、為す術もなく殺されていく。

 

 モモンガは奥歯を砕けんばかりに噛みこむと、怒りのままに咆哮した。

 

 

魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)……! 『現断(リアリティ・スラッシュ)』!」

 

 

 骨の手が振るわれる。

 次元を裂くような魔力の塊が、竜の肉体へと飛んでいく……が、それは無意味なものだった。モモンガが出せる最高火力の位階魔法だというのに、それはいとも簡単に竜の纏う暗黒によって消失したのだ。

 

 

「何だと……!?」

 

 

 ダメージゼロというレベルではない。

 まるで『上位魔法無効化』の効果が働いたように、三重最強化された第十位階魔法が打ち消されたのだ。

 

 手ごたえで分かる。

 抵抗力が高いという次元ではない。

 如何なる属性の魔法を放ったところで焼け石に水だろう。モモンガは無い眉間に深い皺を刻んだ。

 

 

「モモンガ様ぁ!」

 

「アウラ! マーレ! シャルティア! コキュートス!」

 

「モモンガ様! いってはなりません!」

 

「離せアルベド! アウラ達が!」

 

 

 愛し子達は手を伸ばしていた。

 彼女達は怯えた顔をしている。しかしそれは自分達が消失する恐怖からくるものではない。主を御守りできないこと、使命を全うできないこと、そしてモモンガと離ればなれになることへの恐怖からくる怯えだった。

 

 彼女達はそうして消えた。

 粒子となって、竜の肉体へと吸い込まれていったのだ。

 

 

「オ、おおおおおオオぉおおおおおおおおおお!!!!!」

 

「クソ……!」

 

 

 竜の肉体が、再び大きく膨れ上がる。

 膨れ上がるとは言ったが、それは生易しい表現だろう。まるで水死体の様に、ぼこぼことグロテスクな肥大化を続けているのだ。

 

 そしてその体が肥大化していく度に、竜はその身に異常な力を集約させていく。まるで吸収した守護者達の力をそのまま上乗せしたかの様に。

 

 

「許さんぞ……! よくも仲間達のNPCを……!」

 

 

 知らずしらずの間に、モモンガの身から漆黒のオーラが溢れ出した。彼の怒気に呼応する様な『絶望のオーラ』が、ヘドロの様な粘り気を持って辺りに放射されていく。

 

 

 

「お待ちくださいモモンガ様!」

 

 

 臨戦態勢を取るモモンガに対し、デミウルゴスが叫ぶ。粒子化の進んでいる彼の胴から下は既に消えていた。

 

 配下の必死な形相に、怒りの沸点に到達していたモモンガにいくらかの落ち着きが取り戻ってくる。額に汗を浮かべるデミウルゴスは、できるだけ正確に情報を主へと伝えようと必死に藻掻いていた。

 

 

「モモンガ様。これは恐らく、世界級(ワールド)アイテムによった力だと愚考します……!」

 

「世界級だ、と……!」

 

「はい……! モモンガ様とアルベドがあの力の影響を受けていないのがその証拠です……!」

 

 

 確かに、とモモンガは腑に落ちた。

 見やると、『真なる無(ギンヌンガガプ)』を手にしているアルベドは粒子化の影響を受けていない。そして『モモンガ玉』を装備している彼自身もそうだ。

 

 肥大化を続ける竜を仰ぎ見る。

 あれが世界級アイテムを使用しているのだとしても、モモンガにはこの状況に照らし合わされる様な世界級アイテムの情報は引き出しにはなかった。

 

 

(俺の知らない世界級アイテムということか……!)

 

 

『現断』を消し去ったのもその力だと思えば納得がいく。

 既に胸の辺りまで粒子化が進んでいるデミウルゴスは、アルベドに縋った。

 

 

「アルベド! モモンガ様を連れて第六階層から離れてください!」

 

「分かったわ……!」

 

「今、この状況下でモモンガ様を御守りできるのは貴女だけです……! 頼みまし──」

 

 

 

 

 

「オオオオオオオオおおおおおぉぉおオオオオオオッ!!!!!」

 

 

 

 

 それは、世界が割れる様な咆哮だった。

 肥大化を続ける竜は、明らかに苦しんでいる。痛みや苦しみから由来される叫びだということは、傍目から見ても明らかだった。

 

 ──……そして額に収まった宝玉が一層に輝きを増した時、世界に変化が訪れる。

 

 

 

「な……ッ!」

 

 

 ナザリック地下大墳墓が、大きく縦に揺れた。

 立っていられないほどの大きな振動だった。地殻変動でも起きたのかとモモンガは錯覚したがそうではない。

 

 竜の叫びが、その力の波動が、そうさせているのだ。

 

 

「モモンガ様! ここからすぐに撤退を! 私は──」

 

「デミウルゴス!!!」

 

 

 ……デミウルゴスも、完全に消滅した。

 彼だった光の粒子はやはりあの竜の下へと吸い込まれていく。

 

 肥大化は、止まらない。

 

 

「モモンガ様! 私達だけでもすぐに撤退しましょう……! モモンガ様さえいらっしゃれば……!」

 

「クソ……! ああ、分かっている!」

 

 

 余りの揺れに片膝をついていたモモンガはアルベドに肩を貸されながら、指に収まる指輪の力を発揮しようとした──が。

 

 

「『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』が機能しない……!?」

 

 

 指輪は命令に応えてくれなかった。

 ナザリック地下大墳墓内を自由に行き来できる指輪の効力が、どれだけ使おうと思っても発揮されない。そして、問題はそれだけではなかった。

 

 

「モモンガ様! 転移魔法を……!」

 

「今やってる……! クソ、転移もできない! このナザリック自体が、奴の影響でおかしくなっているというのか……!?」

 

 

 転移魔法も使えない。

 他の魔法は使える……という感覚はあるというのに。

 

 

「あっ……!?」

 

 

 異常はそれだけに留まらない。

 辺りを見たモモンガとアルベドの目が、ぎょっと丸くなった。

 

 円形闘技場が、頭上に広がる夜空の星々が、広大に広がる大森林が、その輪郭を失い始めているのだ。

 

 ナザリックそのものすらもあの宝玉の輝きの影響を受けている。そう、光の粒子へと変わり、あの竜へと吸い込まれているのだ。

 

 

「あいつ、まさかこのナザリックそのものすら飲み込むつもりか……!?」

 

「モ、モモンガ様!」

 

「どうしたアルベド!」

 

「お、御身が……!」

 

「え? ……あっ!?」

 

 

 モモンガは目を見開いた。

 自身の手が……無くなっている。

 

 感覚もいつの間にか消えていた。

 あるはずのものが、そこにはない。

 

 モモンガの体にも、あの光の影響が出始めていたのだ。

 肉体が光の粒子へと解けていく。それはじわじわと、モモンガを嘲る様に緩く進行していた。

 

 アルベドの顔から、サッと血の気が引いていく。

 

 

「モ、モモンガ様……!」

 

「クソ……!」

 

 

 世界級アイテムの『世界の守り』が発動していないのか、それすらも捻じ曲げる力をあの竜が操っているというのか。真実は定かではないが、モモンガが消滅しかけているということだけは事実だ。

 

 

「万事休すか……!」

 

 

 転移も使えない。

 抵抗手段もない。

 

 モモンガは奥歯を噛み締め、竜を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

欲望とは尽きぬものだ。

 

『朽棺の竜王』は更なる力を求めた。

 

百年に一度現れるという異界人の魂をすら取り込もうと言うのだ。名の知れたものでいえば人間達の間で八欲王や六大神と伝えられているあれらのような存在だ。奴はあれらを『竜帝の汚物』と蔑んでいたが、今ではどうでもよい話だ。

 

かくしてトブの大森林に大墳墓が現れる。

 

奴のにらんでいた通りの時期と場所に、だ。

 

『朽棺の竜王』は思惑通りに異界人達の強力な魂を喰らい尽くした。奴は本当の意味で神の領域に踏み込んでしまった。

 

これで世界は終わりを迎えたに思えた。が、それはもう少し先の話になりそうだ。

 

異界人達を喰らい尽くした彼奴の自我はどうやら崩壊したようだ。その有り余る力を制御できなくなってしまったらしい。

 

暴走した彼奴は全てを飲み込み始めた。異界人だけではない。異界人の拠点たる墳墓丸ごとをだ。

 

 

 

 

 

 

 

「モモンガ様、失礼します!」

 

「え、うわっ!」

 

 

 支配者らしくない声を上げてしまった。

 モモンガが見上げると、そこには唇を噛み締めるアルベドの顔があった。何かを決意した彼女が、モモンガの体をひょいと抱き上げたのだ。所謂お姫様だっこの状態だ。

 

 

「アルベド、何を!」

 

「じっとしておいてくださいませ!」

 

 

 アルベドは有無を言わせない。

 彼女はモモンガを抱きかかえたまま、トップスピードで駆けた。

 

 駆ける。

 どこへ? 

 

 

 ──ひたすら、上へ。

 

 

 指輪や転移による魔法が使えない。

 ならば、アルベドはその足で地表部を目指した。

 

 

「うおおおおおおおおりゃあああああああああああ!!!!」

 

 

 第六階層から地表部へ。

 粒子化の始まっている不安定なナザリックを、ひたすら上へ駆けていく。

 

 足が千切れんばかりの全力疾走だった。

 

 全ては愛しい人を守る為に。

 奴の力が及んでいるだろうナザリックから外部へお連れする為に。

 

 

「アルベド……無茶をするな!」

 

「御身の為ならばいくらでも無茶を致しましょう! モモンガ様は必ずやこのアルベドが御守り致します!」

 

 

 ナザリック全体が揺れている。

 辺り全体が激しく明滅を繰り返していた。

 

 ナザリックが消滅する──ということを、この時二人は本能で理解していた。

 

 故に外部へ。

 故に地表部へ。

 

 驚くべき速さで第一階層に到達したアルベドは、喘鳴しながらようやくその表情に明るさを取り戻した。

 

 

「モモンガ様!」

 

「ああ、外だ……!」

 

 

 外部から入ってくる風が頬を滑る。

 外はどうやら夜らしい。月光が、霊廟の入り口を淡く照らしていた。

 

 アルベドは翼をはためかせると、一気に外へ飛び出そうとして──

 

 

「──!!」

 

 

 

 ──その時、激しい光が世界を包んだ。

 

 

 

「あ……っ」

 

「モモンガ様……!?」

 

 

 ナザリックが、モモンガが、そのとき光の一部となって溶け消える。

 

 腕の中に抱いていた愛しの主の温もりが、アルベドの体をすり抜けていく。

 

 

「モモンガ様ッ!!!」

 

 

 絹を裂く様なアルベドの悲鳴。

 彼女は両翼を広げると、モモンガの光の粒子を逃すまいと包み込んで──

 

 

 

 

 

 

 

広範囲に渡る空間そのものを飲み込むというのはこの世の法則を捻じ曲げるに等しい。暴走した彼奴は逆に捻じ曲げた次元の狭間に囚われてしまった。

 

世界からすればこれは最も幸運な出来事だったと言ってよいだろう。

 

この大墳墓とかの邪竜は別次元の狭間に封印されたのだ。様子を見にきていた我々もその巻き添えを食らったのは不幸だったが……。

 

しかし安堵も束の間だろう。捻れた次元は再生の兆しを見せている。次元の狭間に囚われたこの大墳墓と『朽棺の竜王』が再び世に解き放たれる未来はそう遠くはないだろう。

 

その時は明日か、それとも百年後か……。

 

いつになるかは分からない。しかし世界の滅びの時は必ずやってくる。絶望した我々はせめてもの、奴に殺される前に自害の道を選んだ。

 

これを読んでいる者に伝えられるのは滅びの真実だけだ。今となってはどう足掻いても彼奴を倒すことはできないのだから。

 

それでももし……かの邪竜を滅ぼすことができる勇者がいるのなら、どうかこの世界を救ってやってほしい。

 

未来のないこの世界に、せめてもの穏やかな死が満ちることを我々は願っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 目を覚ましたモモンガは、トブの大森林にいた。

 

 アルベドの体で。

 

 一部の記憶が欠如した状態で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、絶望のラスボス戦。
念の為に以下補足です。



【ティアーズ・オブ・ユグドラシル】

辺境の遺跡で発掘された宝玉形のワールドアイテム。

8760時間に一度だけ、装備した者が使用する世界級に関する全てのスキル・魔法・アイテムの効果を爆発的に向上させることができる。

世界級に匹敵する『始原の魔法』もこれの対象内。一度使うと8760時間の冷却時間が必要となる。

本作オリジナル世界級アイテム。



【カゲ⇄朽棺の竜王】

本作ラスボス。

前述の『ティアーズ・オブ・ユグドラシル』の効果によって『魂の強奪』に過剰なバフが掛かり、広範囲の生物に対して(不死者も例外ではない)魂以外にも経験値や習得スキル・魔法、肉体すらもその身に吸収することができるようになった。

長年の時を使い、現地生物相手に吸収合体を繰り返したことで竜帝をも超える存在へと進化する。

超常生物故にプレイヤーの転移時期や転移場所も察知できる様になり、転移直後のナザリックを強襲。

ナザリックのアルベドとモモンガを除く全てのNPCを吸収して最強無比の存在になったが、自らが制御できない程に魂と経験値をその身に取り込んでしまった為、自我を保てぬ怪物となってしまう。

ナザリック地下大墳墓そのものすらその身に吸いつくそうとした結果、次元が捻じ曲がってしまい、次元の狭間にナザリックごとセルフ封印されてしまっていた。

様子を見にきていた深淵なる躯達もその際に巻き込まれていたのだが、生を諦めてナザリック第六階層で自決。灰となる。

次元の歪みが戻り、現地世界へと戻ってきたのだが軸がずれてしまったが故に初期位置のトブの大森林からずれて評議国での復活となってしまった。



【モモベドさん】

『朽棺の竜王』の魂の強奪の影響を受けてアルベドとモモンガが合体してしまった姿。いわゆるバグった。

アルベドの肉体にモモンガの魂が吸収されてしまったが、精神はモモンガベース。

両者とも世界級アイテムを持っていた為に『朽棺の竜王』への吸収を免れたのだが、超常存在の力によって世界の守りの効果も捻じ曲げられてしまい、その影響を半端に受けてしまった。

次元の狭間に巻き込まれるナザリックからの脱出と共に一部記憶喪失となり、物語冒頭のトプの大森林で意識が覚醒して今に至る。


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