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※捏造過多
残酷な愛の物語が終わりを告げる
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……何もない……
……森のような静けさの……
……真っ白な世界……
……真っ白な森……
……色のない……
…そこのどこかに腰掛ける’’お母さん’’の膝に、小さな私は座っていた…
…お母さんと手を繋いで、ここまで歩いて…
…気がつけば…
…私の口は止まらなかった…
「それでね、トムだってお腹が減ってたはずなのに『寝ている時に腹でも鳴らされたら迷惑だからな』って言って、私の口にパンを詰め込んだんだ」
「ふふっ。そうなの。それは素直じゃないわね」
「ふふ、それにね、すごく寒い日があって、窓まで凍ってたんだ。私、毛布をベットの隅の窓際に置いてて、寝る時になったら凍っちゃったの。そしたらトムが来てね、「お前は馬鹿だから窓際に毛布を置いてたんだろう。来い」って言ってくれて、トムの毛布に入れてくれたんだ。トムは半分しか掛からなかったのに、私をすっぽり包んでくれたんだ」
「そう。優しいわね。あなたは嬉しかったのね?」
「うん。ーーートムは、意地悪でぶっきらぼうだけど、大抵は口だけなんだよ………ほんと………私には…優しかった…」
「それが、嬉しかったのね?あなた以外に心を許さなかったことが、あなたは嬉しかったのね?」
「………私……うん……私がぐずくずしてたから……けど…トムはいつも決めてくれて……引っ張ってくれて………」
「好きになったのね」
「……私じゃないみたいに……私っ…自分がわからなかった……トムの意地悪な笑顔が……揶揄ってくる時の楽しそうな顔が………ずっと…ずっと見てたかった…」
「寂しい?」
「トムがいないと…ーーー私、生きていけないの………もう…」
「生きていけるわ。あなたならきっと」
「むりだもん。トムがいなきゃやだ。トムがいないと私なんて生きてる意味がないもん!」
「ふふ。あの人に似て頑固ねーーーアルウェン?」
「…?」
「あなたには、あなたを想う人達がいるでしょう?」
「…………………いないもん…」
「嘘をついちゃって。本当にトムがいないと素直になれない子ね」
お母さんの声は優しかった
頭を撫でてくれる手が気持ちいい…
でも…
ずっとここにいたい…
でも
トムが…
「あなたが命を懸けて守った人達が、あなたをずっと待っているのよ?」
行きたくない…
戻りたくない…
ここから離れてしまったら…
本当にトムにはもう会えない気がする…
「アルウェン、トムはあなたのことを愛しているわ。あなたの心の中に、ちゃんといるのよ」
「いやだ!ここにいたい!戻りたくない!」
もう、もう戻りたくない…
お父さんも、お母さんも…セオもドラコ…それにパンジー…
みんな…
でも…でも戻ってもトムはいない…
永遠に…
永久に…
逝ってしまった…
また涙が出そうになった
トムに言われたんだった
トム以外の前で泣いちゃだめって
ぼろぼろの孤児院の灰色の服の袖で目元を擦る
「アルウェン?トムはあなたになんて言ったの?」
!
「あなたに戻ってほしいと言ったのではないの?」
ーーーー「もう、『側にいなくて’’いい’’』」ーーーー
いやだいやだいやだ
聞きたくない…
せっかく抑えていた涙が溢れ出て、ついに零れ落ちた
唇を噛んでも、歯を食いしばっても止まってくれない
「…っい゛がな゛いもん゛……」
「もう、本当に仕方のない子ね」
お母さんが困ったように笑った声が頭上から聞こえてくる
でも
そんなの知らない
「アルウェンーートムはあなたにたくさん優しくしてくれたのよね?」
うんっ
私に優しくしてくれたっ
いっぱいっ
いっぱいっ
「トムは、あなたをずっと護ってくれたのよね?」
うん…
うん
護ってくれた
どんな時も、どんな相手からも
「約束したのでしょう?」
約束したよっ
約束したもんっ
だからもう離れないもんっ
「約束は、ちゃんと果たしたのでしょう?」
っ!
「アルウェン、トムを困らせたらだめでしょう?」
「ぇ…そ…んな……困らせるつもりはっーー」
「あなたを引き止めたいのを、すっごく頑張って我慢したトムの気持ちを、無碍にしてはいけないわ。アルウェン」
いきなり、本当のお母さんのように諭されて、私は思わず黙ってしまった
トム…
我慢なんて……
今更そんなっ…
らしくないことしないでよっ……
「トムはあなたをちゃんと見守っているわ」
優しい声…
お母さんの…
顔も知らないし、会ったこともないし、私を置いて逝ったのに…
なぜかこの
それがトムのためなんだって…
思っちゃう…
トム以外の言うこと聞いちゃだめなのに…
トムに怒られちゃうかも…
また説教される…
なのに…
そのはずなのに…
「あなたも、前に進まないといけない時がきたのよ」
っ
「やだよっ……トムのそばにいたいよっ……トムトムトム…トムがいないとっ」
「ふふ、困ったちゃんね。そんなにトムに甘えていたら、トムはずっとあなたの面倒を見ていないといけないわよ?」
「いいもんっ…トムは優しいからっ…みてくれるもんっ」
「でも、それじゃあ、トムに女性として見てもらえないわよ?いいの?」
「ぇ……」
「アルウェンがいつまでも子どもみたいな困ったちゃんだと、トムは他の女性に目移りしちゃうかも?」
「やだ……それはやだ!」
口からついて出ていた
トムが他の女の子に優しくしているところを…
私以外の子が隣にいるところを想像して…
やだやだやだやだやだやだっ
そんなのやだっ
「じゃあ、トムが目移りできないくらい魅力的な大人の女性にならないといけないわね?」
「なる!」
「ふふ。アルウェンならなれるわ。お母さんとあの人の娘ですもの」
トムに愛想を尽かされたくない
「アルウェン、あなたのお話をたくさん聞けて、お母さん楽しかったわ。あなたは、私と違って大好きな人と宝物みたいな思い出があって、お互いにそんなにも想いあったのですもの。それは、とても幸せなことよ」
くるりと反転させられて、お母さんを見上げる形で向かい合わせになった私に、お母さんは頭を撫でてくれながら言った
「お母さんは?」
「お母さんはね、残念ながら生きている時は想いが通じ合うことはなかったわ。だって、あの人ってば臆病だから逃げちゃったんですもの。やらなきゃいけないことがあるんだって言って。でもあなたはそうじゃないわ。トムはあの人より、ちょっと嫉妬深いようだけれど、とても愛情深いもの。あなただけしか見えなくて、あなたを手放さなったもの。そうでしょう?」
「…うん……トムは手放してくれなかった…でも…結局私は逃げちゃったけど…」
「ふふ、今度は逃げないんでしょう?」
「…逃げない…私、トムが…好き…」
「行っておいで、アルウェン」
「お母さん…」
「あんまり早くこっちに来てはだめよ。トムが折角送り出したのに、何をやっているんだって怒ってしまうわ。きっと」
「…トム…」
「あなたが幸せになることが、トムの願いなのよ。だから、ほら、ね?泣かないで?可愛いアルウェン」
「っ…」
「お母さんもあの人も、トムも、ここであなたを見守っているわ。ずっとーーーずっとあなたのそばにいるわ。あなたはひとりではないのよ」
細くて綺麗な指が涙を拭ってくれる
トムの拭い方と違うのに
でも……すごく安心する…
私に似た、歳をとった…目尻に優しい皺のある顔が…
すごく優しくて…
私を愛しているって…
わかる…
「………私……」
トムのいない世界に…
戻らないといけないの?
わかってる
トムが戻れって、来るなって言うなら…
「……また会える?」
「ええ、あなたが望めば、いつでもそうすることができるわ」
お母さんが私の頬を優しく包み込むように撫でてくれる
優しそうな真っ黒な目が、小さな私だけを映してる
「……っお母さん…」
「アルウェン。私の愛おしい子」
私はお母さんの胸に力一杯抱きついた
子どもみたいに
手が短くて回らなくて、お母さんは私の背中をぽんぽんと寝かしつけるように優しく叩いてくれた
瞼が重くなっていく
泣きすぎて腫れた目が…
お母さんの優しい声が…遠くに聞こえてくる
「アルウェン……あなたが望めば…あなたが祈れば…きっと…」
「きっと……ーーーーー」
トム…
闇の帝王が倒され、三ヶ月という月日が経った
彼女が深い眠りについて、三ヶ月が経った
真実が明かされた日から、彼女はまだ、目を覚まさない
真実を知った者達は、ポンティ家へと、目を覚まさない彼女の見舞いに、まばらに訪れていた
目を覚まさない彼女に代わり、父親が、彼女とヴォルデモート卿の子どもを埋葬した
ルーディンは、ひっそりと家の
娘がお気に入りだった場所だ
墓石には、子どもと、彼女のかつての苗字が刻まれた
【イリアス・メメント R.I.P 】
罪のない命は、母の強い
ルーディンは、目覚めない娘の代わりにひっそりと質素な葬儀を行い、ひとりで罪のない命を葬った
白銀の髪を輝かせて、同じ色彩のまつ毛を伏せ、目を覚まさずに眠り続ける娘
学友であるパンジー・パーキンソンが消えかけた命を救ってから変わってしまった母親と父親譲りの娘の容姿
だが、ルーディンにとってはそんなことはもうどうでもよかった
生きてくれているだけで……
たとえ誰であろうとも……
どんな記憶があろうとも……
どんな過去があろうとも……
誰を想っていようとも……
産まれた時、人差し指を握る小さな手に、輝く小さな
はいはいから二本の足で歩き始めるまで、たくさん、たくさん愛情を込めて育てた
…何ものにも替えられない宝物…
…永遠に喪ってしまったと思った…
…だが生きている…
…息をしてくれている…
…それだけで、もう…
十分ではないか
帰国していたサユリは、ダンブルドアとハリー、ロン、ハーマイオニー、そして夫から全てを聞かされ、言葉もなかった
ハリー、ロン、ハーマイオニーだけが同席する場で、ポンティ夫妻がダンブルドアに改めて説明された闇の帝王が行った魔法『トリニータス』の話を聞かされて、二人は言葉もなかった
そんな空想上としか言えない魔法を成功させた闇の帝王を恐れる想いと同時に、そんな魔法を娘にかけていたことに、夫妻は憤った
だが、特に母親のサユリの憤りは凄まじかった
誰も、目が覚めない彼女の代わりに、両親の目の前で彼女と闇の帝王の間に深い絆があった話をしようとはしなかった
不謹慎や、そういう問題もあったが、これは本人以外が語ってはいけないことだったからだ
サユリはヒステリックに怒鳴り散らしたりすることはなかったが、静かな憤りを爆発させていた
だが、憤りと同時に深く悲しんだサユリは、愛する娘に、紛れもない自分が産んだ娘に駆け寄り…
ただただ涙を流し、眠る愛娘を抱きしめた
しばらくショックが続いたが、やがて、娘がかつて宿した命、イリアスの墓に花を供え、ショックを受けながらも、娘に「頑張ったね」「苦しかったでしょう」「誰にも言えなかったのよね」「母さんと父さんを守ろうとしたのよね」と労わる言葉を掛け続けた
一方、世間では、ダンブルドアやキングスリーが、共に後始末や処理に忙しく動き回ってもいた
いちばんは『ゲラート・グリンデルバルド』が脱獄していたことについての責任追求の処理に追われていた
ポーランド魔法省との会議の場で、活躍したのは新魔法省外交部門トップに指名されたアンバーソンだった
彼女の名誉を傷つけないように、残酷な真実を隠し、ダンブルドアはグリンデルバルドがヴォルデモート打倒のために重要な役割を果たしたことを説明し、彼女の存在を巧妙に伏せた
これは、彼女が眠りについてから後処理がはじまる前に会議で話し合われて決定していたことだった
彼女の平穏のために、もう苦しめたくないと言うダンブルドアの主張に、キングスリーや魔法省を立て直す元騎士団のメンバーは満場一致でそれに同意した
彼女に護られた多くの人間が、今度は彼女を守るために、動いた
出自や闇の帝王がどんなものだったにせよ、彼女のやり遂げたことは、賞賛に値すべきものであると全員が口を揃えて同意した
闇の帝王を葬るために、ダンブルドアと共に深い秘密を隠し、非常に危険な二重スパイとして働き続けた彼女に、もうこれ以上、何も背負わせてはいけない
グリンデルバルドは、後年悔悟の念を示しており、その旨をダンブルドアに手紙に綴り送っていた
’’既に脱獄できる状況であったにも関わらず’’、グリンデルバルドは最後に友の役に立ち、決して許されないが、わずかでも贖罪をしたいと願い、それを受け取ったダンブルドアはグリンデルバルドの知識を闇の帝王打倒のため利用した
ダンブルドアの偽装した死に関しては、グリンデルバルド自身が提案した計画で、その提案をダンブルドアは受け入れた
ハリー・ポッターが闇の帝王打倒の鍵になることを、誰一人として知られるわけにはいかなった状況で、ダンブルドアは闇の帝王を完全に追い詰め、打倒するために油断させる必要があった
そのために、死を偽装し、闇の帝王が油断している隙に事を進めていた
このような事態の後処理や人々に広がる安堵感や勢いで大部分は流されてくれたが、当然、死を偽装している間の、校長としての責任問題を追求され、それに関してはダンブルドアは、生徒や教員を危険に晒し、一部は死人を出したことを一切否定しなかった
しかし、これについては戦いに参加したあらゆる魔女や魔法使いが擁護した
事実を認めた上で、緊急の逼迫した状況下でそうせざるを得なかったことを説明し、闇の帝王が唯一恐れた人物がダンブルドアであり、闇の帝王を打倒したハリー・ポッターを最後まで守るためには必要なことだったと説明した
アルバス・ダンブルドア、キングスリー・シャックルボルト、アラスター・ムーディー、アーサー・ウィーズリー、パーシー・ウィーズリー、シリウス・ブラック、レギュラス・ブラック、エイモス・ディゴリーなど…
新魔法大臣キングスリー・シャックルボルトは、政権を発足してから新たな政策と法令を次々と実施した
各部署の新たな次官と共に、闇の魔術の使用及び闇の魔法使いの取り締まり強化、そしてアズカバンの吸魂鬼の撤廃
新たな魔法省国際魔法協力部外交部門のトップとなったバーント・アンバーソン率いる外交部門は、新たな要綱を示した
その内容は、「外交部門は、今後国際的な魔法界の外交関係協調及び平和保持のため、いかなる紛争及び逼迫した危機が及ぼうと、国際関的な平和維持を測るため、外交部門を魔法大臣直轄部門から除外し、有事の際のあらゆる独立した権限を有する」というもの
ここぞとばかりに水面下で外交部門の革新を図り、キングスリーに承認を求めた時には外交部門の腐敗したメンバーを除き、新たな体制につく外交部門の布陣を揃え、おまけにこの際、本人が前から思っていていた意味のない権限を返上し、代わりに新たな欲しい権限を勝ち取ったアンバーソンの抜け目のなさにキングスリーは一目を置き、外交部門のトップとして据え置いた
最初、新たな魔法大臣付き次官として提案したが、アンバーソンはいつもの快活な調子で「俺はでかいものを背負って、でかい取引してる方がやりがいがある。それに魔法大臣付き次官なんてなったら、親友の顔を見にいく暇もなくなるしな。遠慮する」と、素の態度で断った
アンバーソンがキングスリーを信用していると証明した瞬間だった
そして、キングスリーは新たな魔法省に信頼できる者がまた一人できたことで笑みで返した
其々の努力と想いにより、残酷な真実と秘密は護られた
パンジー・パーキンソンは、日に日に暗い顔で落ち込み続けるドラコとセオドールに、喝を入れていた
見舞いに来るたびに、眠る彼女に話しかけ、「早く起きなさいよ」「この寝坊助」「虚弱貧血女!」「私にこんな苦労させてんだから一発ビンタじゃ済まないわよ」など、文句やら愚痴やらを言い続けた
パンジーは、どれだけ待っても目を覚まさない彼女に、望みは薄いと思ったのか、メソメソする二人に、「なんであんたらがそんな顔してんのよ!」「しっかりしなさいよ!情けないったらないわ!これだから男は!」と、言い続けた
そう言われてしまえば、否応なしに言い返してしまうドラコは、自然の内にパンジーに元気付けられた
しかし、セオドールは、よく見舞いに来ていたルーナに勇気づけられていた
ルーナの明け透けで、ある意味飾らない言い方は、ある時、セオドールのひた隠しにしていた本音を引き出した
ルーナはセオドールの心の闇を打ち明けられた
憎んでいたはずの父親は自分を庇って死んだ
あんなに死ねばいいと、死んでほしいと憎んでいた父親が…
自分本位で、闇の魔術に溺れ、息子から目を逸らし続けた父親が…
よりによって最後に息子を守って、満足そうに死んでいった
セオドールは、静かに自暴自棄になっていたのだ
処理できないほどの多くのことが一気に押し寄せて、自分の心がわからなくなっていた
好きだった
だが…
本当はあの時からわかっていたのだ
自分は、関係が壊れるのが嫌で、先に進まず、かと言って後にも戻れず、ぬるま湯のような居心地の良い親友という言葉に…関係に浸かっていただけなのだと
本当の意味で知ろうとしなかった
自分が傷ついても彼女を助けだして、彼女が誰を想っていたとしても奪い取る勇気がなかった
しかし、彼女が愛していると言った男は違った
何が何でも彼女を手に入れた
心も体も……
全てを……
セオドールは、闇の帝王を、皆が言うような恐ろしい闇の魔法使いとしてはあまり見ることができなかった
確かに、魔法使いとしては規格外であり、その魔力は邪悪で太刀打ちなどできる相手ではない
しかし、彼女と対面にしていた時の闇の帝王は、まるで彼女に捨てられたくない子どもか昔の恋人のように見えた
彼女を手に入れて、彼女に想われていた恋敵…
頭では、闇の帝王のしてきたことや恐ろしさは理解しているが、あんな場面を見てしまっては、もうそれだけとして見ることはできなかった
あの時、目の前で彼女が感情を剥き出しにしてあの男に叫んだ言葉が頭にこびりついて離れない
ーーー私はあなたを愛していたーーー
あんな声を、自分は聞いたことがない
あんな表情を、自分は見たことがない
自分も言われたかった…
ーーー何よりも、誰よりも愛する人とーー愛した人と決別することが、どれほど苦しいことか!ーー
はじめて彼女の剥き出しの激情を見た
あんなに強く、必死に訴える姿が、あんな状況だったというのに、どうしようもなく美しく魅力的だった…
同時に、どうしようもなく哀れで、届くはずのない男に向かって叫ぶ様子がとても哀れで…
なのに…
だというのに…
彼女の一方的な想いだと思っていたのに…
彼女は弄ばれたのだと…
しかし…
ーーーお前以外は必要ないからだ!ーーー
ーーー俺様がいいというまでお前は俺様のそばにおらねばならんのだ!俺様のものだ!ーーー
ーーーあなたの授けてくれた子だからイリアスを愛したーーー
彼女は、望んであの男の子を受け入れていたのだ……
望んで…
ーーー私のすべてはもうとっくの昔にあなたのものだったーーー
あれほど哀愁に満ちた声で…
委ねていた…
ーーー子供などいくらでも作れる!だがお前は違う!ーーー
ーーー愛していなければ産もうなんて思わないーーー
ーーー限りある命をただあなたと過ごしたかったーーー
気付いた者がいるかはわからないが、あの乞い願うような訴えは、確かにあの男に響いていた
セオドールは気づいていた
彼女と向かい合っていた闇の帝王と呼ばれた恐ろしい魔法使いは、ただの男だった
ポッターやダンブルドアに向けていた顔とは明らかに違う
明らかな動揺があった気がするのだ
彼女から目を逸らさずに、逸らせずに…言葉に…表情に翻弄されるただの男の姿に、セオドールは自分の負けを悟った
理由は簡単だった
それが分かった時、なぜ彼女が自分の手を取らなかったのか、なぜ自分が彼女に選ばれなかったのか、選んでくれなかったのか…
すぐに悟った
自分はあそこまで必死になれない
何を捨ててでも、犠牲にしてでも、彼女を選ぶことは…
死すら二人を分つことは許さないとばかりに……
あの男は躊躇いもなく実行したのだ……
ダンブルドアすら認めるほどの有り余る才能と知識、魔力…
すべてをもってして…
…自分には…
できない
できるわけがない
明け透けな言い方で、セオドールの弱さを指摘したルーナに我慢できずに、セオドールは、はじめて怒りを露わにした
大抵の人の前では紳士で、気を遣える男が、怒りを露わにして怒鳴ったのだ
だが、ルーナは至って穏やかな調子で、セオドールの怒りを肯定した
するとセオドールは、怒りで口が止まらず、気がつけば、今まであったこと全てを告白するように、自分の感情や後悔を吐露した
セオドールの口調はだんだん悲しみと後悔の滲む弱々しいものになっていった
ルーナは黙って聞いた
嗚咽を漏らしながら、堪え泣きするセオドールに、ルーナはそばにいた
セオドールは、ルーナに背中を押された
初恋の人を忘れることはできない
だが、セオドールはこの時…
はじめて本音を漏らした
ダンブルドアは、忙しい中、時間を見つけては彼女の見舞いに来た
眠る彼女のベットの側の椅子に腰掛け、語りかけるように呟く
偉大な魔法使いが、娘の見舞いに来ていることに、両親二人はまだ実感がなかったが、ダンブルドアなら安心できた
たまに、うわ言のように、途切れ途切れの声で愛する人の名前を呼ぶ彼女に、ダンブルドアは悲しそうな、そして微笑ましそうな……羨望ともみえる表情を向けた
「…お主が眠りについて、今日で四ヶ月と三日になるのう」
語りかける穏やかな声に答えはない
「今…どんな夢を見ておるのかな」
「夢というのは、古来より多くの神秘に満ちた、不思議な魔法のひとつでもあると、君は知っておったかな?」
「太陽、星、月、惑星、宇宙………人が一生で知ることのできる叡智のなんと少ないことか…」
「わしもそうじゃったのう。君に救われて、気付かされたことが、多くあるのじゃよ……情けないと笑っておくれ」
「素晴らしい才能に溢れるトムに………愚かにもわしは、その天才的な才能に嫉妬した。わしとは違う……わしは偉大だと言われておるが、残念ながら天才ではないのじゃ。あやつは…紛れもなく天から恵まれた才があった」
「捨てたと思っておったはずのものを、捨てきれなんだ……どうしようもなくそそられたのじゃ………情けないと言っておくれ」
「じゃがそれ以上に、そんなトムだけしか見えなかった君が…」
「わしは、決してトムを見捨てぬお主が……見捨てられぬトムが………羨ましかったのじゃ。トムは全てを手にしておった……お主達が育った環境は、決して良いと言えるものではなかった。じゃが、あやつは恵まれておった。君が愛情を与え、教え導いていた。あやつの中のあらゆる基準はお主だったのじゃろう」
「あのような顔を見れば判ろうというもの………まるで母親に叱られる子どものようじゃったのう……あやつはお主にだけは捨てられたくなったのじゃろう」
「もしーーもし、わしに信念があれば、…ゲラートを見捨てなんだら…あやつに罪を償わせていたならば……わしとて家族を愛していたのじゃ。じゃがーー」
「まさかーーまさか、あやつに愛した者がいたとは…」
「お主を放っておけなんだのは、わしの我儘じゃ」
「あやつは君が、最初で、最後に愛していた女性の形見じゃと、気づいておったのじゃろうな」
「アルウェン…………お主がわしに預けたものは、わしを、抗えぬ秘宝の誘惑から護ったのじゃ……それ以外からものう」
ダンブルドアは、腰掛けた椅子から、眠る彼女の白銀の服の胸元に輝く、かつての首飾りに、半月型のメガネの奥から薄いブルーの目を細めて見つめた
「持つべき者の元へ戻り、輝きは一層増し、本来あるべき力を取り戻したのじゃ」
「お主の魔法力が弱かったのは、お主のお母上の方の血が勝ったからなのじゃ」
「ゲラートの強い魔法力の血は、お主のお母上ですら知らなかった本来の血筋の力を覚醒させる誘引となったのじゃ」
「のう……トムはなぜお主の力に手を伸ばさなかったのじゃろう………眩し過ぎたのじゃろうか?」
「………わしに、それを持つ資格はもうないのじゃろうか……」
ダンブルドアは、まるで取り上げられたおもちゃを返してほしたがる子どもように、萎んだ声で、小さく呟いた
その視線は、かつて彼女本人に贈られたネックレスに注がれている
その時…
「…そんなことありませんよ」
俯いていたダンブルドアが、顔を上げて、萎んだ薄いブルーの目を見開いて、輝かせるように目を覚ました彼女を見た
深い緑と海の青を溶かした美しい眼が髪と同じ銀糸のような睫毛に縁取られ、柔らかく細められダンブルドアを見つめていた
横たわる彼女の髪は銀糸のように輝いた
「!」
ダンブルドアは、まるで夢を見ているかのように、呆気に取られた様子だった
そこに、偉大な魔法使いの姿はない
「これは、もう先生のものです」
彼女は、手を腕を上げ、己の首元へと伸ばし、それをするりと外した
彼女の首から決して離れなかったその『御守り』は、いとも簡単に離れ、彼女の白い手に収まった
ダンブルドアは、まるで光を見るように自然に彼女に首を差し出した
彼女は、ダンブルドアの首にそれを掛けた
あの時の同じように
「先生も、トムに似ていました」
「わし…が?」
「……先生は、とても努力家で、偉大であろうとして、そして、ーーーとても不器用な人だったんですね」
ダンブルドアは、声も出ずに固まった
まるで、若い時の自分に戻ったような心地だった
才能に溢れ、秘宝を求め、愛しているはずの家族を放置し、愚かにも力を求めた
それからの人生は必死だった
ただただ償いのために生きてきた
微笑むでもなく、責めるでもなく、怒るでもなく…
ただ眉を下げ、美しい眼を優しげに細めて言う彼女に…
そしてそんな男が唯一愛し、愛された彼女に…
そんな男を最後まで見捨てずに愛し抜いた彼女に…
ダンブルドアは、薄いブルーの目から涙を流していた
彼女は、ダンブルドアの半月型のメガネをそっと置き、服の袖で涙を優しく抑えて拭った
添えられた彼女の白い手に、皺だらけの手をかぶせて、ダンブルドアは静かに涙した
ただひたすら悔いるように…
「すまなんだっ……ほんにっ…わしは…わしはなんと力の誘惑に弱く……愚か者だったのじゃろうっ…」
「あの日、先生が話してくれたこと…ちゃんと憶えています。先生は家族を愛していました。家族のために涙を流していた」
「っ…わしはっ…」
「先生は弱くなんてありません。才能を悪用するトムを認めなかった。秘宝の誘惑にも」
「わしの力ではないのじゃっ…これがなければ……わしはきっとあの指輪に指を通しておった」
ダンブルドアは、自分の胸に掛けられた剣の首飾りに震える手を当て呟いた
「きっと、先生は躊躇ったはずです」
彼女は腕を立てて起きあがろうとした
気づいたダンブルドアが支えた
「先生、トムは……生意気で、口が悪くて、ちょっとしたことでも根に持つ陰険で、すごく嫌な奴だった…」
「アルウェン」
「だけどっ…」
「本当は優しいんですっ…優しかった……そんな部分を、彼は弱さだと思っていたーー素直じゃないだけでっ…なのに、パンを分けてくれたっ……自分が寒いのも気にせずにっ…布団を譲ってくれたっ」
「アルウェン」
「トムが私を決して見捨てなかった。寂しくて、辛くて一人になりたくなかった私が言ったことをっ……覚えていてくれてっ…無責任な約束を結んだ私を、彼は信じて、最後まで待っていてくれたんです…あんな風になってしまったけど……」
「アルウェン、それはーー」
「………わかっています。いいんです。きっと誰も、トムを許してくれないし、肯定してくれない……許されてはいけないって分かっている。決して。……だけどっ………私だけなんです……私だけ……これっきりにします。だからーーーどうか……今だけは…どうか彼を想うことを許してください………」
深い緑と海の青を溶かした美しい眼から…
まるで若草に滴る雨の雫のように……
波打つ海の海面のように……
ゆらゆらと揺れて雫が静かに伝い、ひとりの男の死を悼んでいた…
緑が……海が……
まるで泣いているかのように…
「愛してる…………トム…………永遠に………」
窓から吹き抜けるそよ風に、長い銀糸の髪をわずかにたなびかせながら、窓の外を…
遠いどこかを見ながら、まるで愛する人の姿がないか探すように…
誓うように呟いたアルウェンに、ダンブルドアは彼女と同じ彼方へ視線を向けて、静かに外風を受けた…
彼のいない日々は…
とても虚しかった
目が覚めたとき、私は自分の姿が変わっていたことに気づいた…
父譲りの垂れ目も…
母譲りの黒髪も眼の色も…
何もかも…面影すらなくなった姿だった
鏡の前で自分の姿に絶句して泣いてしまった…
父と母は、姿が変わっても愛してると言ってくれた
ダンブルドア先生の独白は…
聞こえていた…
塞ぎ込んで、泥のように沈み込んでいた意識の底から聞こえてきた
瞼が重くて…目を開けたくても開けることができなかった…
私は変わってしまった…
センリは、ずっと私のそばにいてくれた
一番驚いたのは、センリの声が聞こえるままだった
私はもうパーセルマウスじゃないのに、’’普通’’にセンリと話せた
センリにすごく怒られた
お説教された
私の元に戻るまで、センリが何をしていたのかは教えてくれなかった
ただ、センリが最後までそばにいるって言ったのに、私がわざと置いていったからなかなかご機嫌を直してくれなかった
もう一つ驚いたのはクリーチャーがいたことだった
目を覚まして二番目に会ったクリーチャーは、私を追ってきてまた仕えたいと泣きながら頭を下げてお願いしてきた
私は勢いのままクリーチャーを抱きしめた
私の贈ったマフラーを着けてくれていて、どれほど感動したか…
クリーチャーは、私が生きていることにすごく、すごく感謝してくれた…
目覚めて良かったと何度も口にしてくれた…
レギュラスに確認したら、クリーチャーは自由なんだから好きにさせてあげて欲しいと言われた
だから、家にはクリーチャーも一緒に住んでいる
部屋を用意したら、泣いて感激してくれた
本当は両親が用意しようとしたらしいけれど、私が主だと言って頑として目が覚めるまで受け取らなかったらしかった
だけど、クリーチャーは、両親とうまくやっていた
目が覚めたときのために、私の好きな料理を覚えようとしてくれていて、母に教えてもらっていたそうだ
今ではその光景をぼんやりと眺めるのが、落ち着く
両親はクリーチャーに最初は戸惑っていたらしいけど、私が眠っていた間で慣れたらしい
それに、私がオフューカスだった時の話をよく聞いていたらしくて、クリーチャーも聞かれるがままにとても嬉しそうに語っていたそうだ
正直、あの時の話はあまり知られたくはなかったけど…
クリーチャーのことだから変なこと話していないと思うけど…
目が覚めてから、色んなことを聞かされた
私が眠っていた間に起こったことを…
なのに、私はまだ夢見心地だった
ふとしたとき、トムが現れるんじゃないかと…
迎えにきてくれるんじゃないかと…
また意地悪しているだけなんじゃないかって…
あてもなく、家の周りを歩き回ったりして両親は心配したし、センリにも「あの男はいないぞ」と注意された…
だけど私にはまだ現実味がなかった
彼が死んだのだと…
父と母が埋葬してくれたイリアスの墓石の前で一日中過ごした時もあった…
墓前の前でどれほど懺悔の言葉を呟いても、もう二度とイリアスは戻ってこない…
一緒にそっちに逝ってあげられなかった私を恨んでいるかもしれない…
私と離れたくないと思ってくれているのに、私は一緒に逝ってあげられなかった
彼に送り返されたから…
母は、遠慮がちにイリアスのことを聞いてくれた…
私は、最初は話せなかった
何から話せばいいのか、とか…自分の記憶だけに留めておきたい…とか…
理由はありすぎるほどあった…
だけど、気が付けば話していた
母は黙って聞いてくれた…
だれど、いつまでも現実に戻ってこれず、夢見心地だった私を現実に戻してくれたのは、パンジーだった
私は、パンジーにいっぱい怒られた
パンジーが初めてできた同性の友達だった
だからパンジーだけは、パンジーの性格を変えてしまうようなことに巻き込みたくなかった
ずっと、ずっとそのままでいてほしかった
だから何も話さなかった
そう言ったら、パンジーに手加減なしにビンタされた
痛かった
なのに、どうしようもなく温かかった
パンジーは泣いてた
怒って、ぐちゃぐちゃに泣いていた
はじめてパンジーが泣いてるところを見た
私、やっとパンジーに酷いことをしてしまったと気づいた
「こんっのバカユラ!」
「パンジー」
私の家のそばの湖の草むらに座り込んで、私達は話していた
パンジーは私が目を覚ましてから、よく来てくれる
パンジーは、まだ就職先を悩んでいるらしい
でもパンジーは運動神経が抜群にいいから、女性だけのクィディッチのチームからオファーが来てるそう…
目を覚ましてから、いろいろなことが一気にあって、もう六ヶ月も経った
眠っていた期間も含めるともう数ヶ月で一年が過ぎる…
なのに、両親に安静に休養していなさいって言われてる
日本に行かないか、と提案された時もあった
でも私は、この地から離れたくなかった…
彼に刻まれた背中の闇の印は、その魔力こそ消えて、首元の蛇の刺青も消えていた
といっても、背中の印は治らないし、血は滲まなくはなったものの、傷痕になって残ったまま…
私は、それが少し嬉しかった
トムはまだいる…
トムの名残が、私に刻まれている…
そう思うと、少しは気が紛れた…
両親や顔を見に来てくれるみんなは、まだ休んでいるように言ってくる
実際、今の私に働く気力はなかった
生きている以上、働かないといけないのだろうけど……
今はその生きる気力すら曖昧だった…
毎日の生活だけで、心は精一杯だった…
やっぱり彼が恋しい…
ずっと…何をしていても彼の顔が思い浮かぶ…
よく手紙を送ってくれて、顔を見せに来てくれるパンジーにフラー
フラーは、美人で気立がよくて、コミュニケーション能力が高いから、良い話相手だった
最近では旦那さんのビルの話とか、新婚生活の話とかの愚痴をよく聞く
私も一度貝殻の家に招待されて、クリーチャーに連れて行ってもらって、フラーの母国のフランスの郷土料理をご馳走になった
フラーのご両親とも会った
私の容姿に驚いていたけど、とても気さくなご夫婦だった
フラーの妹さんのガブリエルは、成長していてフラーにとても似ていた
なぜか私に懐いてくれた
この目立つ容姿では、変身か変装しないと外に出れないから、面倒だしほとんど家にいる…
ハーマイオニーは、魔法者に入省してキングズリーと魔法省改革に忙しくしているみたいだけど、定期的に手紙を贈ってくれる
魔法省の仕事だから詳しい内容は伏せているけど、アドバイスも求められる時もあって、私でできることがあればと答えている
セブルスは、無事に助かっていたようで、先生を辞めた
もうそっとしてあげた方がいいかもしれない
でも、シリウスと一緒に来るルーピンから、ハリーが真実を暴露したことで、シリウスの心境に変化があったのか、引退したセブルスの家に無理矢理押し掛けるようになって、セブルスが心底嫌がって、来る度に口論しているらしいことを聞いた
私も行こうと誘われたけど、セブルスから連絡があるまではやめておくと断った
だけど、ルーピンの話だと、私がどうしているかたまに聞いてくるらしい
ルーピンにだけらしいけど
シリウスには何が何でも聞きたくないみたい
それを聞いて、セブルスらしいなと思ってしまった
でも仕方ない
シリウスはシリウスで、きっと同期をもう失いたくないんだろう
ちなみに、最近一通だけセブルスからお手紙が来て、暴露してしまったハリーと押し掛けてやたら絡んでくるシリウスへの文句と愚痴がひたらすら延々と元気よく書かれていた。止めないルーピンへの文句も
ダンブルドア先生は、たまにふらっとやってくるか、とても先生らしい粋な方法で、散歩に誘ってくる
どうしてか、先生とは落ち着いて話ができる
彼の話は、私はあれ以来しないようにしている
誰の前でも…
先生はそんな私に気付いてる…
お忙しいみたいで、まだ現役で校長を続けている
先生は、本当は引退して隠居したいけれど、あんなことがあった後だから、世間や理事会がそうさせてくれないと困ったように笑って言っていた
私だけが…
何もせずにいる……
みんなが変わっていく…
前に進んでいる…
未来に向かって…
「次あんなことしたら絶交だからね!今度おんなことしたらっ、したらあんたの秘密全部バラしてやるんだから!」
パンジーのキンキンする怒鳴り声でハッとした
「秘密ってーー」
「黙りなさいよ」
「……はい」
まだ怒ってる…
「これからは秘密なんて無しよ!もしまだ隠し事してんのなら今ここで全部吐きなさい!」
「…全部?」
「全部!」
全部…
「………」
「言っとくけど!こっちはもう何聞いても驚やしないからからね!私がここ一年どんな経験してきたと思ってんの?陰険でド鬼畜でサディストでいちいち嫌味ったらしい皮肉屋なムカつくクソ野郎のおかけで根性と忍耐がついたのよ!!いやでも鍛えられたのよ!でもやっっと!おさらばできたわ!は!ざまぁ見ろ!」
形容詞が多い…
ん?
「き、鬼畜?サディ?…あ、あの、パンジー、何あったの?」
「何もクソもないわよ!勝手に現れて、意味不明なことばっかり言って、こきつかって、ネチネチネチネチネチ!あーーー思い出したら腹立ってきたわ!そりゃあいつのおかげで合格したけど!」
パンジーが乱心してる…
いつものことだけど…
「ぱ、パンジー、落ち着いて」
「あんっのクソ野郎!無駄に顔がいいからって何が一番ムカつくって、それを自覚してんのが余計に腹立つのよ!」
「そ、そう…」
私はどうしてかトムを思い出した
そういえば、彼も顔の良さを自覚していたから、嫌味で悪辣な性格だったわ
「そういえばパンジー、オファーの話は受けないの?折角運動神経がいいのに」
「そりゃ私はあんたと違って最っ高の選手になれる自信しかないわよ?ママもパパも受けるべきだって言うもの」
「なら何で悩んでるの?」
「ナチュラルにスルーすんじゃないわよ。はぁ〜〜…だって、受けちゃったら合宿があって、あんまりあんたに会えないじゃない」
「パンジー…」
「あんたってば薄情なんだから、手紙すら寄越さないかもしれないじゃない。’’また’’」
……結構根に持ってた…
「あの時は…その、ごめんなさい」
「別に?気にしてないし?」
思いっきり気にしてる
「パンジー、本当にごめんなさい。私、パンジーを巻き込みたくなかった。私が好きなパンジーらしくいてほしかったから」
「だーかーらー、あんたはそこから間違ってんのよ!このバカ!」
「ばっーー」
「親友に相談もされないことがいちばんムカつくのよ!親友でしょ!何でも知りたいに決まってんでしょ!挙句に勝手にあんな奴のために一人で死のうとして!趣味悪すぎんのよ!」
「……え?」
「あんたの幼馴染よ。ルベルってやつ。ずっと前に死んだんでしょ?」
うそ…
「……パ…ンジー……ルベル…を…知っているの?」
ドラコとセオドールから、庭に封印してはずの彼に贈るはずだった最後の贈り物を見つけられていて、私は驚いたなんてものじゃなかった
自分ですら忘れていたあの手紙を見つけられていたことも…
しかもまさか、ハーマイオニーとセオとドラコが部屋に侵入していたとは…
だから、パンジーが知っていても何も不思議ではないのに…
「知ってるも何もあいつのおかげで、つーか、’’せい’’で、私は感染症に罹ったふりして、あんたを死なせないために働きまくったんだから。感謝してよね!」
どういうこと?
それからパンジーの話を聞いて、私は、必死に我慢していた涙が止まらなかった
彼は…
彼は最後に私を救ってくれたんだ…
泣いてしまう私に、パンジーは焦って、彼への文句を止めた
でも、隠しきれなくて「何であんな奴」とか「趣味悪いんだから」とか、文句を言いたいのか、元気づけたいのかよく分からない慰め方をしてくれた
パンジーは、ルベルが彼だと気づいているの?
「ぐすっ……」
「もう、いい加減泣き止みなさいよ。目が真っ赤じゃない。そんなにあんな嫌味野郎が好きだったなんて」
「…ごめ…んねっ…」
「別に謝れって言ってないじゃん。はぁ〜、顔に騙されたのよねきっと」
「ふふっ…ぐすっ…それは違うの、パンジー」
「え、じゃあまじであんな性格のやつがタイプだったって言うわけ?」
パンジーの明るい雰囲気に、涙はやっと止まってくれて、それを拭きながら、否定すると、パンジーは信じられない顔を向けてきた
これはドン引きしてる
「そうね。彼って、お世辞でも性格がいいとは言えなかったけどーー」
「あれがいいとか言えるなら、吸魂鬼なんか可愛いもんよ。喋らないだけまだマシだわ」
酷い言われよう
「ふふ、でもね、彼は、わかりにくいけど、優しかったんだよ?ぶっきらぼうで、嫌味が必ずついてくるけど」
「それをそれだけで許せるあんたをむしろ尊敬するわ。私なら絶対殴ってるわ。つーか、あいつがゴーストじゃなかったらとっくに殴ってやってるわ」
「なんか、ごめんね?」
「ユラは悪くないじゃない。あいつにムカついてんのよ」
「……まあ、そうなんだけど……こう、彼って放っておけないの……」
「あんた騙されてんのよ。あいつ相当やばいわよ。実際やばい奴だったけどさーーなんていうか、兎に角やばいのよ」
あ、やっぱり気づいてて言わないようにしてくれてたんだ…
「ねえ、本当に何があったの?」
「なにって、あんたは知らない方がいいわ」
ものすごく気になるけど…
世の中、知らない方がいいことがあるってことかも…
でも…ゴースト?
あれはネックレスを媒介にした思念体に近かったはず…
だめだ、現れた時に彼がなんて言っていたか思い出せない
「で、よ」
「ん?」
「ん?じゃないのよ。あんたはどうすんの?これから」
「……これから、か…」
「あんたのことだから、何もしてないなんて耐えらんないでしょ?」
「うーん…まあ、そうなんだけど…」
たしかに、今のままじゃいけないとはわかる…
だけど…
「死んだ男のことなんてさっさっと忘れるのが一番よ。ーーーまあ、そう簡単に忘れられたら、あんたこんなに引きずってないんだろうけど」
「……そう…だね」
「新しいボーイフレンドとか作る気ないの?」
「…最初で最後だから……」
「イリアスもあんたに幸せになってほしいと思ってんでしょ。なのに、これからもずっとそんな顔してるつもり?」
「……………」
「ま、別にいいけどさ…前のあんたはもう少し楽しそうにしてた」
「……楽しかったよ…パンジーとセオとドラコと四人でいる時が…すごく」
「なら笑いなさいよ。あんた全然笑ってない」
「笑ってるよ?」
「笑ってない!」
パンジーが怒ったように叫んだ
パンジーの名前を呼ぼうとした声が喉に詰まって出なかった
「パンジー…」
「私あんたの気持ちなんかわからないしわかってあげらんない!だって私恋なんてしたことないもん!あんたと同じような経験したわけじゃないし!」
「パンジー」
「あんたみたいにそんな目に遭ってまで人のこと好きになれもしない!あんたが苦しい思いしてきたことだって私はどうしたってわかんない!」
「パンジー、聞いて。私はそう思ってくれるだけでいいの」
「それがムカつくのよ!何でもっと欲張らないのよ!ユラっていっつもそう!」
「パンジー…パンジー怒らないで…お願い。私、直すから。私、パンジーが嫌だと思うところ直すから」
「そういうことじゃない!そうじゃないのよ!私に合わせようとしなくていい!」
「でも、嫌なんでしょ?私、パンジーに嫌われたくないっ」
「だからってあんたを曲げてどうすんのよ!私はそんなこと望んでないのよ!」
「じゃ…じゃあ、パンジーは何を望んでいるの?」
「何でこんな時ばっかりあんたって馬鹿なのよ!この鈍感!」
「普通に悪口…」
「馬鹿なんだから馬鹿で十分よ!」
「分からないもん」
「〜〜〜〜っもうっ!なんでよ!意味わかんない!」
「私が意味わからない」
「私は!あんたにこれ以上壁作られたくないのよ!あーーもうっ!ったく、何で私がこんなこと教えなきゃっ…はぁ」
「壁って、私、パンジーに壁なんか作ったつもりない」
「作ってんの!あんたは一度も!私に相談なんかしたこともないし、いっつもにこにこ笑ってるか能面顔で自分のこと話さなかった!」
「それは、あの時は仕方なかったの。私は死ぬ運命だったから、これ以上深い入りして傷つけたくっ…いいえ、私が傷つきたくなったの」
「馬鹿!何で勝手にそんなこと決めんのよ!私は深入されない方が苦しいの!嫌なの!親友だと思ってたのにあんたは心を開いてくれないし!」
「!パーー」
「ユラの馬鹿!薄情者!鈍感!もう知らない!」
パンジーが怒って立ち上がって私に背を向けて走っていく
思わず焦って私は追いかけた
でも、パンジーは思ったより早くて、私は全然追いつけなかった
「パンジー!パンジー待って!…はぁ…はぁ」
家の周りが湿地帯なのを恨んだ
決して私が運動神経が悪いからとかじゃない
パンジーの足が早すぎるだけ
「運動も全くできないくせに!虚弱ポンのくせに!」
「ちょっと、なにその変なあだ名?いつの間にそんなのつけたの?」
「みんな言ってたわよ!貧血ポン!虚弱ポン!骨ポン!」
「私はそんなに体弱いわけじゃない!ていうか何でもかんでもポンをつければいいってものじゃないし!」
「あんたなんかそんなんで十分よ!」
「パンちゃんだっておんなじよ」
「何ですってこの馬鹿ポン!」
「馬鹿パンに言われたくない」
「もーーーむかついた!」
叫んだと思ったら、突然パンジーが振り向いてすごい形相でこっちに戻ってきた
認識する前に思いっきりタックルされて二人一緒に草むらに倒れてごろごろ丘の斜面を転がっていった
パンジーが耳元でキンキンする声を上げて、私も呻いた
気づけば私はパンジーに馬乗りになられて胸ぐらを掴まれていた
「あんたは!もっと欲張りなさいよ!」
「?」
いきなり叫ばれた言葉に意味がわからなかった
「あいつが好きだったなら好きって言えばいいじゃない!」
「パンーー「一人が嫌ならそう言えばいいじゃない!あんたはひとりじゃない!私がいるじゃん!」
心臓が止まったかのような心地になった
「助けてほしいならそう言えばいいじゃん!遠ざけようとしないでよ!そんなこと頼んでない!」
「何のための親友よ!」
「っパンジー」
「自分は関係ないとか、いっつも諦めたような顔して!何でもかんでも決めつけて勝手にひとりで納得してんじゃないわよ!」
私
馬鹿だ
胸ぐらを強く掴みながら、悔しそうな顔で怒ってくるパンジーに、私まで泣きそうになった
いや、もう泣いていた
悔し泣きみたいに
「パン゛ジーっ」
「っあんたってほんとっと勝手なんだから!私の気持ちをちょっとは考えてみなさいよ!頭いいんでしょ!」
「っよ゛ぐな゛い゛もんっ」
「そんなこと言っても嫌味にしか聞こえないんだから!あんたは頭!私は頭なんか使いたくない!二度とこんなこと言わせないでよね!」
「っぐすっ……わがっだっ」
「わかったなら、あんな奴忘れなさいよ?いい?」
「それはでぎな゛い゛っ」
「〜ッ!もうっ!なんでよ!」
「愛してるからっ……ただ愛してただけなのっ」
「だからっ!趣味悪いのよ!男なんていっぱいいるでしょ!あんたなんか引く手いっぱいでしょ!」
「いやっ…いやなのっ…彼じゃないとっ…彼以外の人は無理なのっ」
「ほんっと!救いようがないわね!この親友は!こんなことなら私が教育してやればよかったわ!」
「これだけは偽れないっ…みんなが彼を嫌ってもっ…認めてくれなくてもいいのっ」
「あのクソ野郎っ、ほんとっと、ほんとに殴ってやればよかったわ!」
「そんなこと言わないで…っ…彼は不器用なだけなのっ…本当は優しかったのっ…」
「あんた頭おかしいわよ!?あいつに洗脳されて病んでるのよ!自覚して!」
「いいのっ…それでもいいのっ…洗脳されてても、病んでてもっ……彼がいないと私っ…私っ」
「いないと何なのよ?」
「息ができないのっ…本当は一緒に逝きたかったっ…ごめんねっ…ごめんなさいパンジーっ…ごめんなさいっ…無責任だってっ…酷いことをしてるってわかっていてもっ…さ、最低だってっ……でも彼を愛することを否定することだけはできない!」
私、どうしてパンジーにこんなこと言ってるんだろう
おかしいってわかってるのに、口が止まってくれない
聞いてほしい
わかってほしい
パンジーに…
絶対手放したくない親友に聞いてほしい
知っていて欲しい
「はは…ほんと最低だわ」
じんわりと心に痛みが広がった
「親友がこんな自分勝手で趣味悪かったなんてさ」
苦しいな…
ああ…こんな気持ちだったんだ…
「でも、やっとあんたの本音が聞けたわ。私はそっちのあんたのほうが見ててイライラしない」
!
「優等生ぶってるあんたなんて今じゃ気持ち悪いわ。いいんじゃない?あんな最低の男を忘れられなんくてもさ。趣味はまじで悪すぎるけど」
「パンジーっ!」
「ふん!こんな危なっかしい親友ほっとけないでしょ。感謝しなさいよ!あんたみたいな奴の親友なんて私ぐらいしか務まらないんだから!」
相変わらずツンデレだ
でも
パンジーのこんなところが
私
「うん!パンジー大好き。ありがとう」
「ふん!」
「ところで、泥だらけになっちゃったね」
「あ」
草むらと言っても、湿地帯の丘を転がっていったから、服に湿った土がついてしまった
一瞬の沈黙の後、何がおかしいのかわからなかったけど二人でいっぱい笑って、お母さんにどう言おうかと考えながら家に戻った
お母さんは驚いていたけど、何故かホッとしたような嬉しそうな顔で、お風呂入っておいでって言ってくれて、代わりばんこで綺麗になった
その日は、私からパンジーを泊めたいとお願いして一緒にご飯を食べて、たくさんお喋りして夜更かしした
終始パンジーに彼について「趣味が悪い」やら「あんの鬼畜」とか色々愚痴を聞かされた
私も彼の話を思う存分できた
なんだかそれがすごく嬉しくて、心の重石が軽くなった気がした
でも、少し恥ずかしかったのがいわゆる女子特有の話というもので…
二人でベットに寝そべって話してる時…
パンジーが興味津々みたいな顔で聞いてきた
「で、やっぱあいつベッドの上でもサディストだったの?」
思わず吹きそうになった
「なっ…えっ…なっなっ…」
「何照れてんのよ。今更でしょ?聞いてやってんだから答えなさいよ」
「それはっ!……」
そんなこと聞かれるとは思わなかったから、思わず、彼に抱かれた時のことを思い出してしまって部屋が暑いと感じるほど熱くなった
それをここぞとばかりに揶揄われて、さらに詰め寄って聞かれた
「で?」
「そ…その…優しかった…よ」
どうしても顔が熱くなる
私も意外だったから…
流れでああなったけど…
彼は本当に私が痛くならないように優しく抱いてくれた
てっきりあの性格だから意地悪するのかと思ったけど…
優しく慣らしてくれて、ゆっくり進めてくれた…
それでもやっぱり彼は細身の方だったけれど、青年じゃなくてもう男の人だし身長差があったから苦しくて、我慢しようとしたけど…
だけど、彼は察してくれて、キスしてくれて頭を撫でてくれながら私が大丈夫になるまで待ってくれた…
だから余計に恨めなくて…
下世話な話だけど、彼が優しかったのだとわかって欲しくて、恥ずかしいからかなり省略して、パンジーに言ったら、すごくドン引きみたいな顔をされた
なぜ?
「うっわ…なに似合わないことしてんのよあの男。どんだけかっこつけなわけ?きもっ」
そんな呟きを聞きながら、とりあえず、パンジーと彼は相性が悪いことだけはなんとなくわかってしまった
ねえ、本当に何があったの?
「絶対我慢しまくってかっこつけてたわよね。それで爆発してやばい感情爆発させたってわけね」
なんかブツブツ言ってたけど、取り敢えず、パンジーは彼の何もかもが癪に触るということだけはわかった
それでも聞いてくれるんだからパンジーは優しい
それから私は話題を変えて、将来の話をした
パンジーは、両親が勧めてるからクィディッチのチームに入ることになるかもって言っていた
パンジーが躊躇っていたのは、私が心配だからって理由で、もう本当に泣きそうになった
それを聞いて、私もそろそろ真剣に将来のことを考えることにしてみた
とりあえず、ダンブルドア先生に相談してみようと決めて、数日後、先生に手紙を綴った
センリからは、「やっと気づいたようだな」と満足そうに言われて、この蛇は本当に元人間なのではなかろうかと真剣に思った
私より賢い
クリーチャーは、毎日手紙の返信を書いたり何もせずに本を読んでいるだけなのに、幸せそうに「クリーチャーは幸せです」って言って過ごしてくれる
ちなみにバジリスクは私が戦いの時にホグワーツ帰した
バジリスクは、人の世を十分見させてもらったと満足そうに言っていた
初めて会った時から性格が激変しているような気がしないでもなかったけれど、元々は知性があるからああなのかもしれない
その後どうなったかは知らない
でも、もう人は襲わないと言っていた
そもそも、バジリスクは魔法で操られなければ人は襲わなかった
サラザール・スリザリンは確かにバジリスクを使役していたらしいけれど、それはある種のペットとしてであって、パーセルマウスだったからなのと、それが偶然伝説上にしかいないとされた蛇の王だっただけ
バジリスクの意思で人を襲う時は別だけれど、ご飯は基本迷い込んでくる動物を食べたらしいし…
本人から聞いた話だけど…
数日後、ダンブルドア先生から返事が返ってきて、先生と会った
そこで先生に提案されたことと、あの後の後処理や私の今後について聞かされて、本当に驚かされた
望めば私が普通の生活を送れるだなんて…
多分先生のことだから隠していることはあるんだろうけれど、それはご愛嬌かもしれない
そして、数カ月、考えに考えて…
私はダンブルドア先生の提案を受けることにした
強引じゃないけど、先生にしては珍しく強い説得もあったから
今度こそ
史上最悪の闇の魔法使いとの全面戦争を終えた後のホグワーツ城は、約一年半後戻った時、記憶と寸分違わない姿を取り戻していた
前に進むために、私は先生と何度も話し合って、ついに先生の提案を受け入れることした
校長室ではなく、まだ生徒達の居ない城の中を、隅々までゆったりと歩き回り、昔の話をしながら私はここまでくるまでに以前と変わったことを話した
正直、ダンブルドア先生からあの科目が呪われている故に、他に就く教師がいないと聞いた時、心当たりがないわけではなかった
彼が教えるという仕事に何かがしかの執着を持っていたのを知ってはいた
言葉に詰まった私に、ダンブルドア先生は何も聞かずに微笑んだ
その科目に就ける人間を考えた時、ダンブルドア先生は私が適任だと考えたそうだ
でも、私は博士でも、教授として肩書きを持っているわけでも、臨時講師としての免許を持っているわけでもない
それを指摘すると、ダンブルドア先生は、何故か何でもないことのように「その問題はすみやかに解決できよう」と言った
その答えは、すぐ分かると言われた
明日には、生まれ変わったホグワーツに新たな新入生が入学し、新学期がはじまる
私は先生に私の教授室に案内されてから、校長室に一緒に戻った
先生に蜂蜜酒の入ったグラスを渡され、静かに乾杯した
ひと口飲むと、蜂蜜のまろやかで熟成された甘さとアルコールの熱さが喉を伝った
アルコールはあまり慣れていないから、ひと口で終わって、先生の話を聞いていると客人来た
先生が入室許可を出すと、入ってきたのは現魔法大臣キングスリー・シャックルボルト、新魔法大臣付上級次官ハーマイオニー・グレンジャーだった
「久方ぶりですな。Msポンティ」
丁寧に挨拶してくれる、大柄でエキゾチックな風貌の変わらないスキンヘッドのキングスリー
「ええ、Mrシャックルボルト。お久しぶりでございます」
背の高いシャックルボルトを見上げて軽く握手を交わし、後ろ隣についているハーマイオニーとも相槌を打った
「すまんのう。忙しい中」
「問題ありません。私が半日抜けたところで優秀な部下達が回してくれていますから。さて、早速本題に入ろう。Msポンティ」
「なんでしょう」
「君はこの度、史上最悪の闇の魔法使いを食い止め、葬るためにたいへんな貢献を果たした」
改まったキングスリーの言葉に、私は思わず目を見開いた
答えずにいると、キングスリーはダンブルドア先生をちらっと見て頷き、次に私に言った
「その貢献に報いるため、魔法大臣として、あらゆる要望を叶えると約束しよう。グレンジャー」
「はい」
「これは…」
「もし、今、要望がないのであればないで構わない。しかし、君が成した貢献を考えると、何もしないというわけにもいかない」
「大臣…」
「そこで、これだ。これは、もし君が数十年後でも心変わりがした際であっても、その時の魔法大臣が必ずその要望を叶えると約束すると確約する魔法証書だ。私が直々に書いた。君の要望を叶えた時、この証書は消滅する。もし、君に要望がないのならば、これから、この証書が次期魔法大臣へと受け継がれてゆく。これは大臣預かりの証書となるが、存在を知るのはここにいる者だけだ。よって、君が要望を叶えてほしい時、魔法大臣を直接尋ねるといい。ダンブルドアにもう聞いただろうが、合言葉を言えば、すぐに繋ぎが取られる」
「そんな、大臣。だめです。そこまでなさらなくとも私に要望などありません。普通に生活できるようにしていただいただけでもう十分なのです。私が望むのは平穏なのです」
「言うたじゃろう。キングスリー。この子の血筋は本来人の世に干渉せぬのじゃ。あまり困らせんでおくれ」
「しかし、こちらにも体面というものがあります。Msポンティ。あなたが何者でも、どのような過去をもっていたとしても、成した貢献は無かったことにはならない。我々魔法族にとっては、それが事実なのだ」
「重々理解しております。大臣。しかし体面だけというのならば、セブルスを取り立てるだけでよいのではなかったのですか?失礼ながら、私の成したことなど知られてはいませんし、ダンブルドア先生、ひいては大臣以下優しい方々のおかけでこれからも知られることもない。なのに何故今更このような形式ばったことをなさるのです?」
これはきっとーーいいえ確実に、純粋に賞賛したいからというための提案ではない
何か意図がある
「キングスリー」
ダンブルドアが促すように名前を呼んだ
キングスリーは肩の力を抜いたように、大臣としての顔を伏せて、私に向き直った
「先程、君が何者であろうと我々に齎した貢献は変わらないと言った。だが、問題はそれだけでは済まない。君は、絶滅したはずの
「私が、魔法族にとって脅威になると思っていらっしゃるのですか……私は魔法族です…」
「キングスリー、確かにこの子の力は魔法族の扱うそれとは違う。じゃが、魔法力も有する魔女だということを忘れてはなかろうな?」
「存じています。しかし、魔法力ではない未知の力を持つ者を黙認するわけにもいかないのです。ご理解ください」
「……私は簡単に利用されるほど愚かなつもりではありません」
「重々理解している」
「魔法省を脅かすつもりも、やっと訪れたこの平和を壊すつもりもないのです」
「キングスリー。この子は謀反など起こさぬ。エディリュトゥーリ族とはいえ、この子はずっと魔女として育ったのじゃ。それに、言い忘れておったかな?この手の種族の力は悪用できる類のものでない」
「それはどういうーー」
「知らぬのも無理はない。わしとて知らぬことの方が多いのじゃ。未知と言った君の言い分も頷ける。事実、この種族のことを一番詳しく知っておったのは何を隠そうヴォルデモート卿のみだったのじゃ」
「…」
ヴォルデモートの名前が出た途端、彼女の顔は陰りを見せた
ダンブルドアは、校長机に軽く腰掛けていたのを立ち上がり、説明を求めるキングスリーに請け合った
「あやつがゴブリン語を習得したのは
「なぜです?」
「わしが思うに、この種族についてひとつ、確かなことがあるのじゃ」
ダンブルドアは胸に輝くあの首飾りを揺らしながら半月型のメガネの奥から薄いブルーの目を射抜くようにキングスリーを見た
「それはーー」
「あらゆる闇の魔法を否定するからです」
ダンブルドアの言葉を遮るように後ろからグレンジャーが言った
振り向いたキングスリーの奥からダンブルドアはグレンジャーをじっと見て微笑んだ
まるで続きを促すように…
「否定する?君は、何か私が知らないことを知っているのか?」
「知っているわけではありません。見たんです。分霊箱を破壊するために旅をしている時に。あくまで私の憶測ですが…」
「詳しく聞かせてくれないか?」
グレンジャーは、迷うように一度ダンブルドアを見てから、視線を彼女に移した
ダンブルドアは頷いたが、彼女はなんの反応もなかった
もうこれ以上、どうでもいいのだろうとハーマイオニーは思った
ハーマイオニーは、ハリーから聞いた限りで、自分が見た限りで、その種族が造ったとされた剣がどんな役割を果たしたのかを話した
そして、それを間近で見てきたハーマイオニーの優秀な頭脳が導き出した結論として、その種族の作り出すものは、闇そのものを否定するということ
そして、それを悪用したり利用しようとするような者の手には現れない
またその近くにも…
物そのものが生命と意志を持ったように相応しい者以外の手に渡ることを拒否する
その例外は、それを生み出した真の血筋の者だけが譲渡することができる
ハーマイオニーは、ダンブルドアの胸に淡く白銀に輝く剣の形の首飾りをちらっと見た
「まさかーーそれは」
キングスリーが驚いたように、その首飾りの輝きに魅入られた
彼女の眼の神秘的な輝きに魅入られた時と同じ心地で…
「昔、ここを去る時……私が先生に持っていてほしいと渡した物なのです……先生の物です」
その時の彼女は、当然、自分がそんな血筋だったとは、思いもよらなかった
知っていたのは、トム・リドルと、そうではないかと疑っていたアルバス・ダンブルドアのみ
「アルウェンはこれをわしに譲った。キングスリー、君ほどの洞察力を持っている者が、この意味がわからぬわけではあるまい?」
彼女は何も言わなかった
白銀の睫毛を伏せて、悲しげに視線を石床に投げていた
キングスリーは頭の痛い問題を考えるように二人を交互に見て眉間を揉んだ
「大臣。君の本意ではないことは分かっておる。しかしながら、わしの目の届くところに置いておけば、一先ずは新たな魔法省への不穏分子の追求を躱すことはできるのではないかね?」
ダンブルドアが軽く顎を引いて、キングスリーに目を合わせるように言った
数秒後、あからさまに肩の力を抜いてため息をついたキングスリーが大臣の顔を取った
そして…
「本当になんでもお見通しですね」
「ほっほ。なんでもではない。わしらはあの時アルウェンの秘密を守り通すと決めたのじゃ。しかし、箝口令を敷こうともあの場面を見ていた者は多い。うっかり誰かが口を滑らせるということも、当然起ころうというもの」
「大臣、私が本来ならば、本意ではなかったとはいえ、殺人と禁忌の魔法の使用、危険な魔法使いと認識していた上で通じた罪を負わなければならなかったのは重々理解しています。そうなると思っていた……それだけのことをしてきたのですから」
「いや、それは違う」
「何も違いませんよ。Mrシャックルボルト。結果だけみれば、彼は滅びました。ですが、ここにくるまで失われた命を思えば、私は許されてはいけない。ですから、私はどんな罰でも受け入れます」
「大臣。彼女の力がなければ、もっと多くの命が失われていました。これ’’も’’事実です」
グレンジャーが、何とか彼女が罰を軽くしてくれと言わんばかりに言った
ハーマイオニーは、ずっと考えていたのだ
これほど罪に問うかどうか決めるのに難しい問題もないからだ
知識や判例だけでは、とても判決を下すことはできない
知識では矢が立たない、解決策がない問題なのだ
「大臣。この子には時間が必要じゃ。罪を償うにしても、放免とするにしてもーーのう?それに、わしの思い違いでなければ、ナギニ・メメントという者は既に亡くなっておる。遺体はわしらが確認したじゃろう。ここにおるのはユラ・メルリィ・ポンティという若くして博士となった最年少の優秀な教授のみじゃ」
その言葉に、今度彼女が度肝を抜く番だった
教師としてつくのに問題はないとは聞いていたが、まさかそんな肩書きがあったとは思わず、嘘だと言ってくれと言わんばかりでダンブルドアを見た彼女
しかし、彼女の願いも虚しくダンブルドアはウインクした
「この子は、権力、力、権威を何より遠ざけたいと思っておる。わしが思うにーーー本来、人の争いに干渉せぬ
彼女とハーマイオニーは文字通り唖然とした
今度は大臣に何とかしてくれと言わんばかりの視線を投げかけた
ダンブルドアはお茶目に微笑んでいる
「あのーーそれではあまりに…「エディリュトゥーリ族が生み出す物は、あらゆる闇を否定して、加護と光を齎すらしい」
キングスリーがダンブルドアから目を逸らさずに、2人の自然受けながら悠然と言った
グレンジャーはそれさっき私が言ったこと…と思いながらも取り敢えず聞くことにした
「魔法省の腐敗は取り除かれ、生まれ変わった。しかし、時代が変わればまた新たな脅威が生まれる可能性は否定できない。その時、魔法省は過去の反省を踏まえ、正しく機能しなければならない。Msポンティは、その行いにより議論するまでもなく情状酌量の余地ありと判断される。ここに魔法省大臣としてMsポンティはここホグワーツで、アルバス・ダンブルドアの監視の元、未来ある若者にその知恵を出し惜しみせずに授け、この先、その寿命が尽きるまでホグワーツ以外での職業の自由を禁じる。また魔法大臣として正式に魔法省の仕事をひとつ依頼をする。それを完遂することで、本人が望む罪の償いとして精算しよう。尚、いかなる抗議も聞かないこととする。ーーこれでいかがでしょうか?ダンブルドア」
「まさに、それ相応の処分なのではないかな。非常に重い罰となろう」
厳かに頷くダンブルドアに、彼女もハーマイオニーも口をあんぐり開けるしかなかった
これが大人というものなのかもしれない
短かかったが、それでも年を重ねてそれなりの経験をしてきた彼女にしてみれば、こんな甘い処分があるなんてあり得ないと言いたいところだった
しかし、言いたくとも抗議は許されない
それが上の決定ならば受け入れるしかない
ハーマイオニーも、異議を申し立てたくとも、魔法省に所属する魔法大臣付次官のため上司の決定に従わなければならななかったのだった
無数の蝋燭が夜の星空に浮かぶ魔法の天井の下、大広間の壁際に並ぶ蝋燭の灯りがそれぞれの寮の長テーブルの上に陳列された料理を照らす
まさかここからその光景を眺めることになる日が来るとは思わなかった
生徒達を見下ろすように横長に伸びる教員テーブルの中央の席にはダンブルドア先生、横にはマクゴナガル先生、右の方の席にはハグリッドやフリットウィック先生、変わらない先生方が座り、そして左の方の席には新しい教員が座った
そこには、私の他にネビルがいた
引退したスプラウト先生の推薦で薬草学の臨時講師になっていたらしく、座っていた
私が横にいることに驚くネビルに、濁しながら働くことになったと説明すると、なぜかネビルはひとりで納得して歓迎してくれた
「にしても、本当に見た目変わったんだね。僕はそれも似合うと思うよ」
「あ、ありがとう。まだ慣れないのだけれどね…目立つからあまり外に出る気が起きなくて」
「あーそっか。そういう問題もあったね。確かに目立つだろうね。あ、それならフレッドやジョージのところで売ってる『どこでもランダム変装セット』とか試してみたらどうかな?」
あーあれね
本人達から話は聞いたけど、あれって効果はあるけどほとんど罰ゲームの内容に近い変身セットだよね
「もしかして、もう試した?」
「え、ううん。試してはいないけど、話は聞いててね……試した人からはもはや罰ゲームだって聞いて…流石に…」
「ははっ。まあ、あの二人が作る物だから普通の変身セットではないだろうね」
「ふふ。そうね。だから外出の時はウィッグにしているの」
「それはいい考えだね。眼はどうしているの?目立つよね?」
「サングラスとか…フードを被っているんだけれど…あまりいい案とは言えなくて…サングラスはずっと着けていると失礼で…フードも…」
実は結構切実な問題だったりする
魔法薬を使ってもいいけど、あまり良いとは言えなくて…
パンジーとよく対策を考えている
「それは大変だね。僕からも何かいい方法が見つかったら教えるよ」
「ふふ、ありがとう。ネビル。助かるわ」
「う、うん」
やっぱり、ネビルは変わらないな
すごく背が伸びて大きくなったけど、中身は変わらない
優しい男の子がそのまま成長したって感じ
教員になることが決まって、既存の先生と挨拶した時、私ははじめてまともにマクゴナガル先生と話して、会った直後、無言で抱きしめられた
とても驚いた
何も言わずに、マクゴナガル先生は「痩せ過ぎです。これからはしっかり食べなさい」と注意された
何故だかその態度に無性に安心してしまった
もうこれ以上、過去の話をーー彼に関する話をされたくなかったし、したくなかった
パンジーに聞いてもらえただけで、それで十分だった
だから、マクゴナガル先生の態度は安心した
フリットウィック先生も、私が教員として働くことに何も言わずに、ただ歓迎してくれた
きっと、ダンブルドア先生が手を回してくれたのかもしれない
そして、私はやっとハグリッドに謝ることができた
魔法使いとしてのハグリッドの人生を台無しにしてしまった責任を取ることはできないけれど、真実を言えず、謝ることすらできなかった後悔は少なくとも和らいだ
だからと言って、長年積もった罪悪感は肩から降りはしなかったけれど
それでも、ハグリッドは泣きながらもういいんだと言ってくれた
私は悪くないと
必死に言ってくれた
私は、こんな優しい人を陥れた彼の所業に見て見ぬふりをしていたのだと改めて実感した
「さて、皆さん。素晴らしい夜じゃ!」
いつの間にか、ダンブルドア先生が金属の梟が羽を広げるアーチの前に立って、大広間の全員を抱きしめるように広げていた
大広間に響いていた話し声や笑い声が消えた
先生のお馴染みの銀のローブは変わらず、その姿をここから見ることに少し違和感がある
「今宵、新たにホグワーツに入学する新入生の皆さん、歓迎いたしますぞ。そして再び戻った在校生の皆さん、お帰りなさいじゃ!」
先生の穏やかな朗々とした、魔法で拡張した声が響く
「さて、知らぬ者はおらぬと思うが、一昨年、ホグワーツは大きな危機を乗り越えた。非常に、大きな危機を。じゃが同時に、大きな犠牲も払った。大き過ぎる犠牲じゃ。もしやすると、この中にはその危機で、大切な家族、友人や知り合いを亡くした者もおろう。忘れられぬことじゃ。決して、忘れてはならぬ」
先生の程よく抑揚をつけた厳かな声の言葉に、皆が目を逸らさずに傾聴した
「じゃが、いつまでも悲しみに支配されてはならぬ。残された者にできることは、今という時間を、限りある命を、精一杯生きることじゃ。皆は、すでに一生に経験するかせぬかというほどの体験をした。それを受け、このようなことを二度と引き起こしてはならぬという志を持たねばならぬ。そのためには、皆はここで多くを学ばねらばならぬ。学びというのは、知識だけでない。友を得、友情を育み、愛を知る。これこそが人が生きる上で大きな糧となり、その後の人生の豊かさを左右する非常に重要なことじゃ。中には、必要がないと思う者もおろう。しかしそれは誤りじゃ。それらは決して目に見えるものではないやもしれぬ。しかし、決して捨てていいものではない。このことを胸に刻み、亡くなっていったかけがえのない命を静かに悼み、黙祷を捧げるとしよう」
先生が手を軽く前に振り翳すと、大広間の灯りのトーンが落ち、全員が俯いて目を閉じた
私も目を閉じて黙祷を捧げた
数分か…数十分経った気さえした…
実際にはそれほど経っていないのだろうが…
黙祷が終わり、先生は例年通り、新学期に入る前の留意点と、新入生への学校での立ち入り禁止場所の周知、管理人のフィルチさんからの注意や、クィディッチに関する情報の伝達
あと、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズの商品の使用禁止
思わずネビルと口元が引き攣ったのは仕方ない
どうせ使用するのが前提での注意だから、私たちは生徒の罠にかからないようにしなくては…
先生という立場になって実感するけど、先生達って本当に大変だったんだなと思う
「………そして、今学年は、新しい先生を二人お迎えしておる。薬草学のスプラウト先生の引退に代わり、講師であるネビル・ロングボトム先生をお迎えしておる」
腕を広げて示した先生の紹介で、横にいるネビルが立ち上がった
「ロングボトム先生は、一昨年までここの生徒じゃった人じゃ。お若いが、ここで未来ある若者に教えたいと熱烈に志願してくれた先生じゃ。皆もよく先生から学ぶとよい」
横から拍手をしながら、ネビルの強張った顔が見えて緊張しているのがわかる
そしてとても照れた嬉しそうな表情だ
きっと手汗びっしょりだろう
私もつられて緊張してしまう
ネビルが頭を下げて、座った
「さて、もうひとりは、皆も気になる科目じゃ。長年多くの先生方が頻繁に代わってきた『闇の魔術に対する防衛術』を教えられるメルリィ・ポンティ先生じゃ」
先生の言葉に、ローブの袖をテーブルに引っ掛からないように軽く抑えて立ち上がる
すごく逃げたい…
大人数はブラックの時に何度も経験したとはいえ苦手だ…
生徒達からのすごい拍手が包んだ
「先生も、ロングボトム先生の同輩で、若くして教授となられた優秀な方じゃ。そして、ポンティ先生は引退なされたスラグホーン先生の代わりにスリザリンの新たな寮監となられる」
最後の言葉で、スリザリンの寮からの視線が一気に集まった
なんだろう…
こういう人形見た気がする…
先生が話を終えると、なぜかさらに拍手が湧いて、気まずい心地で席についた
ネビルに横から、「生徒達が皆んな君を見てるよ」と言ってきて、「容姿を珍しがってるだけ」だと返した
視線が痛い…
というか、スリザリンの寮監になることは初耳なんだけど?先生?
それから恒例の流れで新学年の式は終わった
ちなみに、私の罰である魔法省からの依頼というのは、地下8階のアトリウムの新たな平和の象徴の記念碑の作成だった
結論から言うと、とても時間が掛かった
私は意識してこの血筋の力を使ったことなんてないから、意識してそういうものを創るのは大変なんてものではなかった
魔法大臣や作製に関わるダンブルドア先生や、次官であるハーマイオニー
私の正体を知る人だけで構成された作製メンバーの意見を聞きながら作製にあたった
結果的に、完成した新たな平和の象徴に私は開口一番「やり直しをしてもいいですか?」と聞いてしまった
すぐに大臣とダンブルドア先生に「却下」と言われてしまった
新たな平和の象徴は、以前は魔法族とマグルの差別の像があった場所と同じ
今回は、一本の白銀ような薄い緑のような青のような不思議な色が揺らめく大木が天井高くまで伸び、その大木の根元からは木が根を張るように白い光のような線が伸びていた
大木の根元には、魔法族や多くの魔法生物のオブジェが木の幹の周りを取り囲むようにあり、佇んでいる
全ての種族は自然の元に平等
全ての命は世界に生かされている
これこそが自然の原理
光の根が伸びた先は「姿現わし」のための暖炉の壁、エレベーターの壁だった
蔦が絡みつくように固まっていた
まるで、アトリウムそのものが白い森になったかのようだった
森の中に造られた人の営みの場所…
大きな大木や所々に伸びた木の根がどれもこれも柔らかく白い輝きを放ち、見ていて力が抜けた
色の効果ってすごいと思った
アトリウム全体が新たな象徴の光に反射して照らされている
まあ、私としては全体的に黒と白で暗いイメージがあったら明るくなっていいかなって単純に思ったけど、他のメンバーはそうは思っていなかったようだ
大満足といった様子のキングスリーにしっかり力強く握手されて、依頼は終了という旨を伝えられた
翌日、イギリス魔法界は大騒ぎになった
良い意味でも悪い意味でも…
新たな魔法界の象徴の前で会見を行ったキングスリーは、これを作製した人物は匿名を希望し、魔法界の平和を願い、無償で作製してくれたと発表した
作製期間中、封鎖にしたのは匿名性を守るためであると説明した上で、深く感謝の意を示し、新たな象徴の意味を述べて会見は終わった
当然、大きなニュースとなった
何も知らないネビルに食い気味に見せられた日刊預言者新聞には、多方面から寄せられた作製者への絶賛の嵐と、ゴブリンやしもべ妖精などの他の魔法種族から寄せられたコメントの数々…
読んでいくうちに口許が引き攣ったのは仕方がない
中でも、私の種族らしいことについてのゴブリン族のコメントには、変に胸がドキドキした
もちろん、悪い意味で…
突き止められたら大変なことになる
確信した
でも、あの象徴で平和への一歩となるなら、いいかもしれない
ついでに言うと、ゼノフィリウス・ラブグッドが編集している『ザ ・クィブラー』にも、新たな魔法省庁内の象徴の評価について長々と熱烈に書かれていた
あいにくと、途中からそれに関する記事は読む気になれなかった
仕方がない
どこに行ってもその話題で持ちきりで、ある意味そういう話にはあまり興味のない学生がいる学校にいてよかったと早くも思った
ダンブルドア先生とマクゴナガル先生は微笑ましい顔で評価してくれるけれど、正直、乾いた笑いしか出てこない微妙な気持ちだった
少し不安だった仕事は案外すぐに慣れることができた
人生の半分以上を過ごしてきた…とうかほとんどホグワーツでしか過ごしていないが…
そんな家のような場所での先生としての生活は充実していた
『闇の魔術に対する防衛術』の授業も、程よく課題を出し、寮監としての仕事もちゃんとこなした
ネビルはよくフレッドやジョージのところの悪戯道具で生徒に悪戯されているが、ご愛嬌かもしれない
私もたまにやられる
生徒達って、やっぱり多感な年頃だから見ていてとても楽しいし、微笑ましい
たまにやらかしたスリザリンの生徒の罰則のために呼ばれると、何故かいつも助けを求めるような目で見られる
つい罰則をなしにしてしまおうと思ってしまうけど、教師としてそれはできない
今ではネビルにまで生徒に甘いと言われる始末だ
不甲斐ない
センリは離れずにそばにいてくれて、たまに授業を手伝って…というか教材になってくれる
勤め始めてから五年が経って、色々なことがあった
毎年生徒達の入学と卒業を感動した気持ちで見てゆく内に、年は、時間は…目まぐるしく過ぎていった
卒業した生徒達からよく近況を綴った手紙を貰うけれど、その量がかなり多くて置き場に少し困っている
だけど、私を先生として慕ってくれた大切な可愛い生徒達だ
ちゃんとひとりひとり返事も書くし、今でもやり取りしている
一度卒業した生徒に告白されたけれど、丁寧にお断りした
まさか生徒に告白されるとは…
それも卒業式に…
他の先生方からとても微笑ましいものを見る目で見られてすごく恥ずかしかった
この五年の間に沢山のことが起こった
一番嬉しかったのは、やっぱり、一年前にパンジーが体育教師としてホグワーツに来てくれたことだ
本人曰く、「選手は飽きた」とのことで、活躍した経歴だけは立派だから、体育教師としてダンブルドア先生に就職をお願いしたそう
少々教師としての言葉遣いに問題があるが、ちょうど募集していた体育教師としての能力には問題はないので了承したらしい
それはもう嬉しかった
パンジーと一緒に働けるなんて
まあ、でも良くも悪くも正直で生徒達に対等に接することができるパンジーの人気はすごいグラフで差があった
好かれる生徒には好かれるけど、そうじゃない生徒からは、よく…という毎回の確率で悪戯されていた
まあ、生徒達のすることだなら可愛いものだけど…
その度にパンジーは教師という立場そっちのけで般若みたいに、「待てやクソガキー!」とか教師としてアウトの言葉遣いで追いかけ回しているので、当初は問題になったけど、今ではそれが名物化している始末
一応、あれで良いところのお嬢様のはずなんだけれど…
ネビルと見かけるたびに、苦笑いするけど
パンジーらしい
思わず笑いが溢れてしまう
マクゴナガル先生からはよく叱られているけど
「品がない」やら「教師としての言葉遣いに気をつけて」「淑女がはしたないですよ」とか…
もはやパンジーが生徒に見える
追いかけ回していた生徒と一緒に怒られているところをたまに見かけるもん
まあ、生徒達はそんなパンジーが結構好きみたいで、実は仲が良かったり、距離感が近い先生として慕っている
たまに生徒達が先生について話しているのが聞こえてくる
パンジーは結構人気な先生なのだ
親友として誇らしい
パンジーは自覚していないけど
私の教授室に来てはいつもマシンガントークで愚痴って帰っていく
センリは、パンジーを目を離せないお転婆娘と言っている
騒がしいパンジーになんだかんだ言いつつ、センリはパンジーを気に入ってるみたい
そして、世の中では凄いことが多く起こった
2年前、人狼薬が開発されて世間を騒がせた
その人狼薬は、狼人間に噛まれた人間を完全に元に戻せるという画期的な魔法薬で、一ヶ月継続して飲んだ被験者は、次の満月の日から狼人間になること今後二度とないという実験結果が証明されたそう
その開発者は匿名で、一切経歴や姿を表舞台に現さなかったが、『メルトンルメベール研究所』という研究所を立て、魔法界で治療不可能とされた病気や症状の数々を、わずか数年のうちで完治させることのできる魔法薬や魔法的なアプローチの治療法を確立していった
それも、驚いたことにその薬や治療法はその研究所が魔法大臣との契約で、無償で提供したそう
その魔法薬で元の生活に戻れたり、命を助けられた人からは当然絶賛の嵐だった
誰でも手の届くもので、もちろん薬を受け取る際の審査はあるが、身近な人ではリーマスは狼人間ではなくなったし、最近の一番のニュースは廃人になった人間の魔法的アプローチの根治療法が成功したことだった
ネビルの両親が、長い廃人生活から目を醒し、正気に戻ったことだった
やはり、まだトラウマは残るし、課題はあるが正気に戻ったことが何よりも喜ばしいことだった
ネビルは休暇を取って両親と過ごした
すごく嬉しそうに、正体不明の開発者に感謝を述べていた
私は、何となくその開発者が気になって調べてみた
多くのジャーナリストや報道機関が、正体不明の開発者をひと目見るために、その研究所の場所を突き止めようとしたが、今だに見つからないらしい
多方面で、権威ある専門家や批評家が開発者は稀代の天才という言葉では足りないほどの人物で、生み出した治療法や薬は、誰も考え付かなかった新たな理論だったようだ
少し読んでみたけど、案の定、全く理解できなかった
まるで、彼が書いていた複雑な魔法理論みたいだった
連日記事やニュースで取り上げられるが、一切正体を明かさない開発者に、世間は正体を突き止めようと躍起になり、多くの憶測が飛びかった
徹底して正体を掴ませないその人物との接触は、魔法者に勤める者の情報によると、その人物の代理人がいるらしい
しかし、その代理人も姿を見た者はいない
そんな世間を騒がせたニュースも、今では当初ほどの騒ぎは息を潜め、落ち着いた
しかし、偉大な研究の成果は、今でも世の中に貢献している
それの影響で、ホグワーツの生徒達の中にも、正体不明の天才に憧れて専門家となって研究所で働きたいと夢を持つ子が現れた
その中には、特に魔法薬学が好きな子や成績上位の優秀な子が多かった
だけど、学校側からの正式な就職情報を提供する側から言えば、その研究所に勤める者は知られておらず、そもそも募集しているのかもわからない
各国の優秀と言われる権威ある学者や有名な研究者達がこぞってその人物に一目でいいからお会いしたい、師事したい、是非学ばせてほしいとオファーが殺到していると聞くのに、生徒がそこに入るのはなかなか難しいだろう…
というか、会うことすらできないのなら就職なんてその次の次の話だ
もちろん、そんな現実は流石に夢を抱く生徒には言えない
しかし、生徒に確実な情報を提供して、決して強制せず、多くの道を示すのが教師の職務だと思う
どんな決断をしようとも、私は生徒達を応援する
挫折することもあるだろけど、それはきっとかけがえのない経験になる
夢は諦める必要なんてないから
騒がしい世間とは打って変わって、ホグワーツは六年目の今年、あの悪夢のトライウィザード・トーナメントを開催することになった
最後に行った二校と再び開催される
ダームストラング校とボーバトン魔法アカデミーだ
あんなことがあった後なのに、どうして続けるのか各方面からは抗議が数多く出たが、魔法省国際魔法協力部の全力の支援と厳重な警戒の下、生徒の命と安全を配慮して行われることを発表したので、ある程度の抗議は止んだ
やはり、楽しみにしている学生は多いので開催されることには前向きな教師が多かった
私からすれば悪夢以外の何者でもないけれど…
それでも生徒達が楽しみにしているなら、頑張りたいというなら応援するしかない
心配だけれど…
トーナメントの開催に伴って魔法省の役人として学校にやってきたハリー達と旧交を温めて、なぜか赴いた大臣から例年と違う話を聞いた
過去の反省を踏まえて、一新したこのトーナメントの安全性を保証する上で開催に当たって助力してくれた人物を何人か夜のパーティーに招待したらしい
挨拶回りは、古参の先生方に任せて、私やパンジー、ネビルは生徒達を注意してみておくくらいでいいだろう
会場準備はフリットウィック先生とネビルとした
その後、身支度の準備をしようと教授室に戻る途中、現れたパンジーに引きずられて、ホグワーツのパンジーの部屋に連れて行かれた
そこでなぜか、パンジーが用意していたらしいドレスに着替えさせられた
端的に言い表すなら、マキシドレスのオフショルのハンギングスリーブだ
白生地をベースに銀と薄緑のシースルーの生地が幾十か重ねられたのが特徴的な趣味の良いドレスだった
濃い色ではなく、全体的に薄く柔らかい色を重ねているので、ふわりとした印象を受ける色合い
ネックレスはなく、小ぶりな薄緑のリーフ型の曲線のイヤリングとイヤリングとお揃いのフェロニエールだった
少し着飾りすぎてはないかと思う
主役は代表者選手と生徒達だ
そう聞くと、「いいから!あんたはこれで良いの!せっかくこんな顔なんだから使わなきゃ損でしょ!そろそろあんたもいい男見つけるわよ!」と言ったので、もう何も言わないことにした
着た後、当然、上からローブがあるのかと思いきや、「そんなもんあるわけないでしょ」って言われて「流石にローブ着たいなぁ」って言ったら、にべもなく却下された
パンジー曰く、「私たちまだ若いんだから別にローブなんか着なくていいじゃない」とのこと
確かに20代だけれども…
思い出してほしい
私が実はとても歳を取っていることを
まあ、フラメルほどではないけれど…
しかも、このドレスは確実にオーダーメイドだ
パーキンソン家の財力はどうなっているのか
それともパンジーの個人財産…いや家の財産=パンジーの財産だった
跡継ぎはパンジーしかいなかったから多分
なぜ私の周りにはお金持ちが多いのか…
どうしてか極貧だった頃が懐かしい
私と違って、パンジーのドレスは黒と金のマーメイドドレスで、きつい美女っていう印象の仕上がりになった
だけど、パンジーは金色が似合った
化粧とかアクセサリーとかも、ドレスに合わせたもので、イヤリングはドラコにプレゼントしてもらったと何でもないように言っていた
二人付き合ってるんだよね?
パンジーが照れたりするところを見たことがないからあまり実感がないんだけど…
ドラコが照れるのは何度も見たことあるけど
実はパンジーとドラコは紆余曲折を経て、半年前恋人になった
緊張してしどろもどろになるドラコの告白を「焦ったい!」と叫んで遮って「仕方ないから私と交際する権利を与えてあげるわ」と言い、無事?交際することになったそうで…
どこから突っ込めばいいのかわからなかったが、とりあえず、ドラコが一世一代の勇気を振り絞った告白を、まさかの男前なパンジーに取られてしまったのだけはわかった
ご機嫌で自信満々なパンジーにその話を聞かされた私とセオは、ドラコに同情して、思わず遠い目になった
まあ、ドラコはパンジーのそういうところが好きになったのかもしれない…
と思うことにしておこうとセオと決めた
哀れドラコ…
ルシウスも実はナルシッサに頭が上がらないからね…
どこのカップルも女性は強い
ロンとハーマイオニー、ハリーとジニーはもう夫婦だし、パンジーも結婚するまでもうすぐかな
パンジーやドラコと会うことが一番多いけれど、やっぱり夫婦になった人や恋人同士を見ていると、思ってしまう…
私も…
…彼が生きていたら…
きっと…
パンジーとドラコと…
セオとルーナと…
笑い合えたのかな…
眩しくて…
羨ましくて…
乾いた笑いすら出てこなかった…
今の生活はそれなりに充実しているし、楽しいし…幸福なのだろうけど…
でも…
恵まれているのだけれど…
彼を思い出さないなんて、無理だった…
心の中でいつも彼に話しかけている…
楽しい時…
落ち込んだ時…
迷った時…
全部全部…
あなたが隣にいてくれたら…
ミルクティー色のような柔らかな光の世界に仕上がった会場の壁には木を模した枝や植物の蔓の装飾が埋め尽くされていた
森の中の舞踏会のような神秘的で神聖な雰囲気が醸し出されている
普段の大広間が舞踏会の会場に様変わりし、四つの寮のテーブルは消え、舞踏のために空けられた中央を除いて周りには丸テーブルが程よい感覚で配置されている
魔法の天井は、流星群のような星が輝き煌めいて、丸テーブルの上にある食器やグラス、食べ物を照らしている
教員達が集まって並んで立っている場所には、ダンブルドア先生やマクゴナガル先生、フリットウィック先生、ハグリッドはマダム・マクシームと良い雰囲気で話している
魔法省から来たハリー、ロン、ディーンは男三人で談笑していて、一応大臣付のハーマイオニーは、とっても綺麗な薄ピンクのドレスコードで多分招待されているらしい人達と、大臣と挨拶を交わしている
私とパンジーと、パンジーが招待していたらしいドラコで固まっていた
ドラコは魔法薬の研究者としての仕事をしていて、卒業してしばらく、将来の仕事で迷っていた時、セオドールに誘われて同じ職場に就いたらしい
あまり詳しくは教えてもらえなかったけど、ブラックなところではないみたい
ルシウスもナルシッサもひとり息子の就職先を認めてはいるようで
なんでも、職場にいる上司兼雇主はすごく頭の良い研究者らしく、色々学ぶことだらけらしい
妙な引っ掛かりを覚えたけど、気のせいだろう
それになんだか最近、パンジーとドラコとセオが三人でよく内緒話してる気がする
私は知らない方がいいのかと、隠し事をされて少し落ち込んだけど、人のことを言えないから仕方ない…
そうして音楽と共に3校代表者選手が入場してきて、それぞれのパートナーの位置につき、ダンスが始まった
その次に、マクゴナガル先生の手を引いたダンブルドア先生が参加し、パンジーがドラコの手を引っ張って腰に手を当てさせて強引に参加させた
思わず苦笑いして送り出し、立派に飾り付けられるだけ飾り付けられた私は壁の花を決め込むことした
ちらちら色んなところから視線を感じるけどスルーだ
それによく見ると魔法大臣であるキングスリーも踊っている
ハーマイオニーも大臣に許可されたのか、ロンと踊っている
何故か参加しているフレッドやジョージもそれぞれのパートナーと踊っている
皆、幸せに包まれて、笑い合い、微笑みあっている
それが眩しくて、私にはもう二度と手に入らないと思ってしまい、思わず俯く
額に感じるフェロニエールのひんやりとした感触が虚しい…
会場に響く舞踏のゆっくりとした曲が聞こえてくる
曲と一緒に、私も流されたい…
こんなに綺麗にしても、心は晴れないまま…
あの孤児院にいた頃に戻ったかのような惨めさすら感じる
途端に目頭が熱くなって泣いてしまいそうになった時、目の前にパリッとした黒い革靴が映った
同時に、多分男の人にしてはすらりとした綺麗な白い手が差し出されていた
顔を上げると、思わずぎょっとした
「折角の舞踏会に壁の花でいるのは勿体無い。踊っていただけますか」
男は目を完全に隠した鼻までの仮面をつけていた
魔法で見えるようにしているのか?
一瞬、ここは仮面舞踏会の会場か、ハロウィーンなのかと勘違いしそうになった
誰とも踊るつもりなんてなかったし、そう決めていたのに、気づけば間抜けな返事をして男の差し出した手を取っていた
べつに、男のお世辞すらなく、妙に嫌味口調なところが彼に重なったわけじゃない
背中を向けて手を引いてくる男をよく見れば背格好も彼によく似ている…
黒のスーツに黒の蝶ネクタイだった…
細身に見えるのに、肌は白くて、肩幅とか腕とかは男の人…
何も考えず手を引っ張らられていたけど、止まった先が中央の舞踏場所ではないことに気づいた
男が向かい合って、改めてダンスの誘いの手を差し出してきた
「あの、ダンス場所から離れてしまっていますけど…」
「君は、人が多いところは苦手だろう?」
流麗な薄い唇が紡ぎ出した男の言葉に、心臓を大きく鷲掴みにされた気分になった
「…どうしてーー」
「ただそんな風に見えただけさ」
ニヒルに口元を歪めて笑う男に、彼が重なって苦しくなった
「手を取らないのか?」
やめて
そんな言い方しないで
手を引かない男の手に、私は苦しいのにそっと手を乗せた
男は左だけ僅か口角を上げた
その癖が、彼に似ていた
男が彼と思う方が楽なのかもしれない…
男の細身に見える逞しい腕がウエストに周り、腰に手を添えられた
リードする男を見上げながら仮面の下の眼を見て確かめたいと思ってしまう
でないと本当に彼に思えてしまって…
リードが上手いのが少し癪に触る
夢の中の彼と踊った寒い雪の日を思い出す
誰もいない天文台の塔の上で…
彼の胸に全てを預けたかった
悲しみと愛おしさ…
全てを捨てて胸に飛び込めない自分の弱さを呪いたかった
「そんなに熱心に見つめられると、誘っていると勘違いされるぞ」
「え?」
突然上から艶やかな男にしては高い声が降ってきて、顔に熱が上った
男の胸しか見えていなかったから、思わず俯いた
恥ずかしいっ
「胸を張れ。悲惨なダンスになるぞ」
「っ…あなたっ…ひと言多いって言われないの?」
彼の手に引かれて回りながら、上からくすくすとした笑い声と共に降ってくる嫌味に思わず言い返す
「ない。本人のためだ。事実を指摘してやっているんだからな。むしろ感謝されるべきだろう」
その言葉に感傷に浸っていた気分が壊されて、男の腕に置いた手に爪を立ててしまった
「くっくっ。暴力的な女だな。初対面の女性に爪を立てられたのは初めてだ」
「あら、すみません。ダンスは久しぶりなものでつい力加減を誤りました」
「心が篭っていない謝罪だな」
「生憎、私が心を込めるのはあなたではないので」
「ほぉう。じゃあ君は誰に心を込めて謝るんだ?そこまでして謝りたい相手がいるのか?君に?」
なんだか最後の言葉に馬鹿にしたニュアンスが聞いて取れて、思わず顔を上げて仮面をつけた男を睨みつけた
「いちゃ悪いの?あなたにはわからないわ。謝りたい人がっ……もういないし、伝えることもできない気持ちがっ…」
「自業自得だろう」
「っ!言われなくても分かってるっ。私が伝えなかったのも、自分勝手な都合で彼の想いに、彼に惹かれていた自分自身の想いに気づかないふりをして失ってしまったこともーー「違う」
一瞬、声が喉に詰まった
「その男の自業自得だという意味で言ったんだ。これだけ想われて大事にされていたのに、男は君に惹かれる想いを認めなかった。幼馴染として、唯一の友人として、そして、愛する女性として」
目の前の仮面男の言うことに、声すら出なかった
意味がわからない
何故この男はそんなことを知って…
「君に対する愛おしいという想いを、弱さと思い込んだ」
「…あの…なにを…」
「心も体も支配し、有り余る枷をつけても、決して満足などできなかった。できるはずもない。ーーそこに君の心はなかった。だが、それなのに君は逃げなかった」
「全てを犠牲にしても愛している。どんなものでも差し出そう。持ちえる全てを、知識も、脳も、体も、心も、すべてだ。爪先から髪の一本まで僕は君のものだ」
「ぁ…の…」
男は仮面にゆっくり手をかけた
やめて
やめて
折角忘れていたのに…
吹っ切れると思っていたのにっ…
なのに、どうしようもなく見たい
聴きたい…
「もう一度、君のすべてで’’愛されたい’’」
男は仮面を取り去った
私の視界は、私だけを見つめる揺れた紅で埋め尽くされた
すべての音が消えて…
何も聞こえてこない…
何も見えない…
私達は見つめ合った
私は、目の前にいるのが彼だと…
夢ではないのだと思いたくて…
恐る恐る手を伸ばした
滑らかな白い頬に…
流麗な顎のラインに、長く黒いまつ毛に縁取られた紅い眼…
綺麗な紅い眼…
彼が闇に染まる前の…澄んだ紅…
私の手を心地よいといった表情で迎え入れて手に擦り寄ってくる彼に…
手入れをしなくとも綺麗に整った眉からすらりとした鼻筋…
そして薄い唇…
すべてが彼だった
彼がまるで泣き笑いしそうな様子で顔を歪めた途端、私は彼の唇に自分の唇を合わせていた…
彼はしっかりとその腕で受け止めてくれた
戸惑ったような仕草は一瞬だけで、おすおずと腰に回る腕はしっかりと抱きしめてくれていて…
涙が止まらなかった
側頭部を撫でてくれる彼の手に…
どれほど…
どれほどこの手を求めていたか…
どれくらいの時間、熱を分け合っていたのかわからない…
唇を離すと、彼は溶けそうなほどの顔で微笑んだ
思わず、体が熱くなった
こんな表情見たことがない…
「愛している」
「私も」
「君が愛おしくて仕方がない」
「そんなのっ…私もよっ」
「君なら本当に眼に入れられる気がする」
「そんなの狭くて嫌よ」
「我儘め。なあ、アルウェン。僕の全てをやる。だからもう離れていかないでくれ。何でも君の言うことを聞く。僕を離すな」
「離さないわ。もう二度と…」
「君に僕の手綱を渡す。ルベル・リルバーン。これが新しい僕の名だ。君に会いたくて、声を聞きたくて…この六年気が狂いそうだった」
「どうしてっ」
「君に会う前に、僕自身を整理しておく必要があった。君の隣に並べるように」
「っ〜〜」
「君の隣に相応しいように、僕自身でもあるあいつの罪を少しでも償うために、この六年奔走した。多少大変だったが、多くの命を救うことができた」
「まさかっ…あの研究者って…」
「僕だ。正体不明の研究者という架空の人間を作り出して薬や治療法を広めた。実際は僕が作り出した薬をその代理人として粉した僕自身で魔法大臣に契約を持ちかけて接触した」
「じゃあ研究所の話も嘘?」
「あるにはある。身を隠していた場所で行っていた。まあ、実在しないのも同然だなーー実際は簡易的な研究部屋だよ」
「魔法大臣にはあなたの正体は…」
「知っている。まあ、話せば長くなるが、僕がいることはクソジ……ダンブルドアも知っている」
今クソジジィとか言おうとした?
「ルベル」
「なんだ?質問ならいくらでも答える。もう何も隠しはしない」
「いつからーーいつからなの」
もしかして、知らなかったのは私だけ?
「僕の正体のことか?それなら、大臣とダンブルドアは三年前からだ」
「’’は’’?」
「正確に言えば、単細胞ーーーじゃない。お前の親友に四年前に突き止められたんだ。変なところで鋭いやつだ」
「それで?他には誰が知っていたの?」
問い詰めるような口調になる
でも気にしない
「………」
「他に、誰が、知っていたの?」
「マルフォイ親子、ノットの息子、そしてダンブルドアと大臣…だ」
「まだいるでしょう」
「いや、本当にこれだけーー」
「トム」
「他にも何人かは知っている」
明らかにばつが悪そうな表情で答えたトムに私は何かがぷつんと切れた
その瞬間、正体不明の怒りが湧き上がり、気づけば彼の頬を思いっきり引っ叩いていた
頬を抑えて驚きで放心する彼に、私は背中を向けて早足で広間から出ることにした
色んな怒りが一気に頭に浮かんだんだから仕方ない
今まで溜め込んだものとか、嘘ばかりつくところとか…
全部全部…
後ろから「待ってくれ、違うんだ。これには訳がある!待て!アルウェン!聞いてくれ!」と小さく叫んで着いてくる彼
ここが舞踏会場だと忘れていたのが、曲目が変わり、盛り上がってダンスする人達を見て思い出した
振り向いて気づいたけど、それなりに目立っていた
特に顔見知りの人達の視線が囲むように立って私たちに集まっている
ダンブルドア先生やマクゴナガル先生、パンジーやドラコ
ハリー、ハーマイオニー、ロンも複雑な顔をしてこちらを見ていた
フレッドやジョージは、なぜかニヤニヤしながら見ている
全部知っていたんだ
いつもは感じる人前で恥ずかしいとか、そういうのはもう今は気にならなかった
彼に恥をかかせたとか、どうでもいい
ただただむかついた
私は囲むように立ってこちらに視線を投げている人達の中を突っ切ろうとした
だけど、ドレスとヒールで歩けるスピードなんてたかが知れていて、すぐに追いつかれた
脚が長い彼が今は心底腹が立つ
私の腕を多分彼なりに優しく掴んで引き留めて必死に「聞いてくれ。これには訳があるんだ」と、尚も言い募る彼に、私は仕方なく向き直った
多分怒りやらでぐちゃぐちゃになった顔だ
私が引っ叩いた頬が赤くなっている
「仕方なかったんだ。君の側にいるためには僕が無害だと証明しなければならなかった。あいつとは別人格だと」
「そんなこと知らない。私はそれに怒っているんじゃない。あなたはいっつもそう。そうやってひとりで完結して、私のためだとか言って肝心なことは何も話さない。相談すらしてくれない。たとえ結論が決まっていても、私は一緒に悩みたい。っなのにーーーあなたがここにいる理由だってそう。あの時話せたはずよ。それなのにっ…それなのに…愛してるだけで済まそうって?」
「違う。そういうわけじゃない。君を愛してる。本当だ。君の為に今すぐ死ねと言うなら躊躇いなく死ぬーー僕だってすぐに会いに行きたかった。真実を話したかった。だが、話はそう簡単なことではなかった。君の側にいるにはそれに相応しい立場が必要だった。君に話さなかったのは周りがそれを許さなかったからだ。僕も何も持たない状態で君の会いに行くわけにはいかなかった。それでもずっと君に会いたい気持ちは増すばかりで、本当にどうにかなりそうだった。わからないのか?」
「他人のせいにしないで。私の心を勝手に推し測らないで。私が言っているのはあなた自身の問題よ。相応しいって何?そんなもの一度も望んでいないわ。ひと言も言っていない」
ほんと、この分からず屋はっ
「どうしてわかってくれない?僕は君のためを思ってーー」
ためですって?
「わかっていないのはあなたよ!この分からず屋!頑固者!これ以上私のためなんて言い訳で済ませないで!私が一度でもあなたに地位や名誉を望んだというの?そんなもの欲しがるとでも?何も持たないあなた自身に価値がないと言った?違うでしょう!わかっていないのはあなたよ!」
「ーーだが、君の隣にいるには…」
「それが間違っているの。そこから考えを改めて。あなた何も変わっていない。何も分かっていないわ」
ここまでくると怒りすら感じる
「僕は変わった」
「いいえ。あなたは頭がいいんでしょう?ならその優秀な頭脳で考えもみて。こんなことなら、私はあそこにいた時の方が幸せだった。毎日生きることだけ考えていた頃の方が…」
「馬鹿なことを言うな。食事も満足に摂れないようなところで幸せだったというのか?君はっ、空腹で痩せてっ、寝るところだって十分じゃなかった。寒さに震えて、あんなに苦しんでいたじゃないか」
「それでもよ!あなたと助け合っていた頃の方が幸せだった!」
「それはーー僕は君を満足させてやりたくてーーもう貧さに苦しませたくなくてーー」
「私は、裕福になりたいなんて一度も言っていないわ。確かに、お腹いっぱいご飯が食べたかったし、あったかい布団で眠りたかった。でもーーあなたがいないならそれは些細なことよ」
「アルっ…」
「ここまで言ってもわからないなら、もう私の前に姿を見せないでっ。私がどんな思いであなたを忘れようとっ…この分からず屋っ!」
「待て、待ってくれ!改める、改めるから!君の言うことを何でも聞く!」
「だからそういうことじゃないの!もう知らない!」
「じゃあどうすればいいんだ?教えてくれっ」
「ちょっとはそのご自慢の天才的な頭で考えてみればいいわ。それが無理なら私以外の人に聞いて教えを乞えばいい」
「っ!」
もう知らない
本当はこんな態度取りたくはない
彼を抱きしめたい
彼の胸に飛び込みたい
戻ってきてくれてありがとうって
生きていてくれてっ
諦めないでいてくれてっ
なのに…
今はどうしようもなく、頭がいいはずなのに分からず屋な彼に怒りが抑えられない
そうして私は彼を残して大広間を出た
後ろから彼の声が聞こえたけど、振り向く気にはなれなかった
「ここまで言ってもわからないのなら、もう私の前に姿を見せないでっ。私がどんな思いであなたを忘れようとっ…この分からず屋っ!」
大広間の柔らかな灯りに照らされて輝く白銀の髪
神秘的な眼に涙を溜めて、顔を怒りで歪めながら小さく怒鳴った
誰もが想像すらできなかった
あの上品で、物静かな大人の若い女教師の声を荒げた姿
いっそ衝撃的ですらあった
二人を遠目で見て囲んでいた多くの人間が、先程引っ叩かれた眉目秀麗な男に微妙な顔を向け、様子を見守った
まさかあのポンティ先生が引っ叩くとは、誰も思わなかったに違いない
そして、もっと衝撃的なのは、男の様子だ
「待て、待ってくれ!改める!改めるから!君の言うことを何でも聞く!」
男を知る者からすれば、まるで縋るように、捨てられないように言い募る姿は、拍子抜けを通り越していっそ哀れですらあった
「だからそういうことじゃないの!もう知らない!」
背中を向けようとする彼女の腕を掴んで引き留める男に、彼女は苦い表情で言った
「じゃあどうすればいいんだ?教えてくれ」
パンジー・パーキンソンはシャンパングラスを落としそうになっていた
察知した恋人のドラコ・マルフォイが破る前に恋人からグラスをそっと取り上げて置いた
パンジーは、男のことをこの四年間でよく知っていたつもりでいたが、まさかここまで変貌するとは想像していなかったからだ
いや、あの男が親友にだけはまるで別人になることは知っていたが、実際見ると引くどころではなかった
傲慢で、高慢、プライドだけはエベレスト級のすぐに人を操ろうとするお世辞にもいい人間とは言えない最低の男
それがパンジーの男に対する、あの頃から’’変わらない’’認識だ
おそらく、この数年、複雑な事情で男の近くにいたドラコ・マルフォイもセオドール・ノットも同じ心境だろう
他にも多数…
そう思った者は多いだろう
それほど、男は必死だった
「ちょっとはそのご自慢の天才的な頭脳で考えてみればいいわ。それが無理なら他の人に聞いて教えを乞えばいいわ」
男の手を振り払って、彼女はふわりとしたマキシドレスを翻してヒールを鳴らしながら、人の壁を押し退けて大広間から出て行った
男は追おうとした
だが、男の前に立ちはだかるようにパンジー・パーキンソンが道を塞いだ
黒生地に金の刺繍のマーメイドドレスを着こなしたパンジーは、男を嘲笑うような顔で高慢知己な様子で腕を組みながら言った
「で?教えて欲しい?お願いするなら今よ?」
今にも笑い出しそうなのを堪えて宣ったパンジーに、後ろでは恋人のドラコが冷や汗をかきそうな勢いで、一応上司の男とパンジーを交互に忙しく見ている
「単細胞女。お前に教えられるくらいなら死んだ方がマシだ」
男の声は極寒のように冷ややかで、先ほどの甘さはまるでなかった
だが、パンジー・パーキンソンはそれを意にも返さない、いつものことだと言わんばかりの慣れた様子で、返した
「こっちだって本当ならあんたに死んで欲しいわよ?あんたに死んで欲しいやつなんていーーっぱいいるわ。忘れんじゃないわよ。あんたが生かされてるのはユラの存在あってだってこと。それを分かった上でその態度?」
二人の間の空気が凍り、もはや吹雪が吹き荒れていた
実際、その光景を、何人もの人間が頭の中で見た気がした
パンジー・パーキンソンは、気丈な様子で腕を組みながら、背の高い男を見下ろすように見上げている
「どうすればいい」
「人にものを頼む時ってなんて言うのかしら?ユラに教えられなかったの?」
「チッ」
「舌打ちしてんじゃないわよ!」
「喧しい。やめだ。お前に構っている暇はない。僕は彼女を追う。そこを退け。彼女だって口ではああ言っているが本当は僕を待っている」
「通すわけないでしょ!どうやったらそんない自信が湧いてくるわけ?自意識過剰過ぎるんですけど?」
「自意識過剰じゃない。事実だ。アルは素直じゃない。口で言うことと心で感じていることがいつも相違する。僕は誰よりもそれを知っている。ずっと見てきたんだ。当たり前だろう」
「だからぁ!ユラはさっきあんたのそういうところを直せって言ったのよ!この期に及んでわからないわけ?信じらんないんだけど!」
「意味がわからないことを言うな」
「意味わかんないのはあんたよ!こんっのクソ野郎!やっぱり殴ってやるわ!一発引っ叩いたくらいなんて足りないわ!ユラが許しても私が許さないわよ!ちょっ…何すんのドラコ!離しなさいよ!こいつのこの腹立つ澄ました顔ボコボコにしてやるんだから!」
余裕そうだった仮面を取り払って、本当に殴りかかろうとしたパンジーに、ドラコがすかさず後ろから肩を押さえて止めた
「落ち着けっ。別に責めるわけじゃないんだがーーユラはただ相談してほしかっただけだと思う。だからーー」
「相談だと?」
「あ、ああ」
鋭い紅い眼がドラコを捉え、ドラコはパンジーを抑えながら、いまだに慣れないその視線に緊張したように答えた
「……相談…」
ルベルは考えるように呟いた
「……相談…」
「だからぁ!ああ、もういらいらするわね!あんたが何でもかんでも自分で決めるのに怒ってんのよ!」
「彼女のためなのにか?彼女が傷つかないようにするためだ。それの何が悪いんだ」
パンジーはもう血管が切れそうなほど乱心していた
「隠し事される方が傷つくに決まってんでしょ!あんた馬鹿なの!?」
「馬鹿だと?」
「ええ!いくらでも言ってやるわ!馬鹿!サディスト!傲慢の鬼畜クソ野郎!」
「パンジーっ!やめろって!」
ドラコが小さく止めに入るが、パンジーは止まらない
「逆で考えてみなさいよ!ユラがあんたのためって言って、あんたに隠し事してたらどうなのよ!」
「許せるわけがないだろう」
「それと同じこと言ってるだけじゃない!なんでそれが分かるのにこれがわからないわけ?だから馬鹿だって言ってんのよ!はっ!『分からず屋』まさにその通りじゃない。この際だから言わせてもらうけどね。いくら別人だって言ってもあんた自身を信用する奴なんて一人もいないのよ。たかだか六年で償いになると思ってるなら大間違いだから。今回会わせてやったのは、ユラがあまりにもあんたのこと引きずってるからよ。笑ってても、心からじゃない。あんたなんか忘れて次の男見つけろって言っても、見せないようにしてたけどふとしたととか悲しそうな顔してた。ユラに想いを寄せてるあんたより数倍良い男だっていたのに、全部断ってた。あんたがむかつくからあの子があんたのことなんて言ってたかなんて絶対教えてあげないわ。くたばれクソ野郎」
パンジーは、下品にもルベルに中指を立ててドラコの制止を振り切ってユラを追いかけに行った
しんとした重い空気の中取り残されたドラコとルベル
沈黙が流れる
パンジーの口が悪いのは今に始まった事ではないので、そこに関しては誰も気にしなかったが、ルベルに対する敵意があまりにも強いため、普段の数倍口が悪くなって、溜め込んだ敵意が爆発していた
毎回会話をすれば言い合いになるため、ここ数年ドラコがフォローするしかない構図が出来上がっていた
セオドールは特に止めない
セオドールの場合、複雑な事情がある上に、ルベルのことは、魔法使い、そして上司としては頼りにしているし、その天才的な知識を学ぶために敬意を払ってはいるが、本人の性格や経歴に関してはその限りではないので絶対に庇いはしない
表には出さないが父親の件もある
普段なら、やたら噛み付くパンジーにルベルも相手はしないが、パンジーが彼女の話題を上げてルベルに自慢したり嫌味を言ったり喧嘩を売ったりする場合はその限りではない
まあ、今日は殊更過激だったが…
「……その、パンジーが悪かった……今日のは流石に言い過ぎだ。言っておく…よ」
気まずぎる中に残されたドラコは、横にいる背の高い男に小声で言った
数秒の沈黙が流れた
「ドラコ」
「なんだ?」
「女は引っ張られる方がいいんじゃないのか?」
「………」
ドラコはこれほど答えに困る質問をされて、答えなければならい状況に、今すぐ帰りたかった
「どうなんだ?アルは頑固だ。ああも臍を曲げてしまえば、頑として教えてはくれないだろう。お前の女は例外だとしても、お前自身は一般的な女の扱いは知っているだろう。機嫌を直すためにはすればいいんだ?」
さりげに恋人を規格外扱いされた気がしたが、否定もできないし、そんな女性を選んだのは自分なので、言い返すことはしなかったドラコ
しかし、一般的な恋人との喧嘩の仲直りの仕方など、正直知らないドラコ
パンジーとドラコはよく言い合いはするが、喧嘩はしない
言い合いは二人にとって一種のコミュニケーションだ
知らないことに関してアドバイスを求められても答えようがない
しかし、おそらくこの男はドラコ以外には聞かない
聞くとすれば父親のルシウスくらいだろう
ルシウスはああ見えて愛妻家だ
たまに父親に無茶振りな質問をして、多分本人はアドバイス求めているつもり、な光景を見るからだ
「…………兎に角、謝るに限るしか…」
ドラコには、残念ながらそれしか思い浮かばなかった
父親は愛妻家とは言っても、表にそれを出すわけではないし、どちらかというと不器用な方だ
なので周りからは亭主関白だと思われているというのが事実だ
「僕が悪いのか?」
「…それはそのーーこういう場合は、女性を怒らせると根にもたれるし、早めに謝っておいた方がいい……父上は母上を怒らせると食事に連れて行ったり、花束を渡したりしているのを見たことがある。あとは愛を囁いて、兎に角謝っている」
ドラコはまだ自分はしたことはないが、見たことがある光景を思い出して、アドバイスになるか分からないが、兎に角何か言ってみた
すると、上司は考え込むように滑らかな指を顎に当てて考え出した
彼女が引っ叩いた頬はまだ赤かった
気にしていないようだ
ドラコはそのことに空恐ろしさを覚えた
この男の頬を引っ叩けるのは彼女しかいないだろう、と
「アルに限って根に持つことはないだろうが、怒らせたままでは触れることすら許してくれない。それは困る。花束か……あいつは花より草や緑を好むからな」
「(困るって、自分がじゃないのか…)」
ドラコは心で思ったが、口には出さなかった
その時…
「わしからも言わせてもらおうかのう。のう、’’Mrルリバーン’’?」
おそらく一部始終見ていたアルバス・ダンブルドアが二人に近づいて来て発言した
その途端、上司の表情があからさまに歪んだ
眉間に深く皺が刻まれ、目付き鋭くなった
「さて、お前が愛する女性のことを’’これっぽっちも’’理解しておらぬゆえ、あの子の’’理解者である’’老いぼれからひとつ助言をしておこうかのう」
妙に強調した、引っ掛かる言い方をするダンブルドアに、何かを察してドラコはその場からずらかろうとした
が
「必要ない」
上司がそう言いながら、ドラコの肩に手をおいて引き留めたため、それは叶わなかった
無言の圧がドラコを襲った
「本当に聞かなくとも良いのかな?」
「くどい」
「お前はつい先ほど、教えを乞うべきだと、言われたのではなかったかのう?」
「だとしても、すでにドラコに聞いた。お前にだけは死んでも教えを求めたりはしない。アルの頼みだとしてもな」
「やれやれ、この六年で少しは変わったと思ったが、思い違いだったようじゃのう。Msパーキンソンが言ったように、お主をあの子に会わせてやった意味を、よく考えるのじゃ。それを踏まえて今一度問おうぞ」
上司の眉がピクリと反応した
ダンブルドアと睨み合うように向かい合う上司
ぴりぴりした空気が漂っている
「わしの話を聞くのか?」
「チッ」
肯定のようだ
「
「なっ!」
「お前はあの子の言うたことを何ひとつ理解しておらぬ。少々直球じゃったが、Msパーキンソンの言うたことは的を射ておる。あの子がなぜ怒ったのか、お前には理解できなかった」
「僕が相談しなかったからなんだろう。相談すればいいだけだ」
「それはお前が自力で得た答えではない。他人の言葉を借りた答えじゃ」
「答えが同一なら同じことだろう」
「嘆かわしいまでの無知は、直っておらぬようじゃな。それとも、単に鈍いだけかのう?」
「なんだと?」
「じゃが、お前はあの子の’’怒り’’を引き出した」
「は?」
「あの子が怒りを露わにしたのは初めてじゃろう。その程度で済んでよかったのう。普通ならばそうはいかぬぞ」
ダンブルドアは綺麗にまとめられた髭を撫でながら、ルベルの赤くなった頬をチラッと見て言った
案の定、ルベルの眉間の皺をさらに深く刻まれる
「何が言いーー「お前は今まであの子の意思表示を封じてきた。しかし、今回お主は誰も引き出せなかったあの子の本心の一片を引き出したのじゃ。そこに関しては合格といえよう」
不機嫌な声を遮るように、キッパリと言ったダンブルドアに、ルベルは目を見開いた
「それに関しては、’’だけ’’じゃがな」
「チッ」
「加えて言うならば、あの子以外の前での、その傲慢な態度を早急に改めることじゃ。『愛は盲目』というが……お前のそれは行き過ぎておる。あの子を潰してしまうほどにのう。よもや、わからぬとは言わせぬぞ」
「僕は彼女を愛してるだけだ。それを伝えることの何が悪いんだ。それに、利益もないのに彼女以外に良く思われる必要なんかない」
きっと睨むように不機嫌な口調で言ったルベルに、ダンブルドアは頭が痛いとばかりにため息をついて口を開いた
「それが間違うておるとあの子が先に言うたじゃろう。ほんに愚かな男よ」
いっそ呆れるとばかりに言ったダンブルドアに、ルベルの表情は苛つき、眉が動き尚も言い返している
その一連のやり取りを見ていた者達は、男への複雑な怒りを通り越して、呆気に取られた
もっとも複雑な心境だったのは、ハリーだった
「あいつの頭の中ってどうなってるんだ?偏りすぎにもほどがあるだろ」
ロンが言った
その顔は、分かりやすく引いている
「ユラ以外頭にないことは確かだろうね」
ハリーが言った
視線の先では、ダンブルドアが忠言をルベルが鬱陶しそうな顔で聞いている
「あんなの、私なら絶対に引っ叩くだけで済ませないわ」
睨みつけるように鋭い目で言うハーマイオニーに、ロンとハリーが一歩距離をとって見守った
「ありゃあ、女の扱い以前の問題だな」
フレッドがロンとハリーの近くに寄ってきて言った
「彼女が怒るわけだ。普通の女なら一発引っ叩くだけじゃ済まないな。両頬殴って罵って即別れ切り出されても何も文句言えないレベルだな」
ジョージが付け足すように言った
「それってさ、ユラは甘いのが原因じゃないか?」
ロンが聞いた
「馬鹿言えロン。甘いどころじゃないね。ゲロ甘だ」
フレッドが言った
「そりゃあもう、生クリームにキャラメルと砂糖ぶっかけるほどの甘さだな」
「まあ、結局直すなんてできないんだろうな」
ジョージが指を差しながら言った
三人が一斉に視線を戻すと、行かなくていいと促すパンジー・パーキンソンを引き止めて、手を引っ張っておずおずと、大広間の扉の影から姿を覗かせる白銀の髪が揺れていた
気になって戻ってきたのだ
いじらしい姿にも見える
ルベルを見ると、あからさまに嬉しそうな期待に満ちた表情をしている
ダンブルドアのことなど最早、眼中にもなかった
ルベルは、生徒もまばらになった大広間を突き抜けて、扉に近づいた
少しずつ距離を詰めるように、彼女に呼びかけた
それはまるで、警戒している動物に、警戒を解いてもらうために、必死に言葉をかけてにじり寄っている人間のようだった
彼女の後ろ隣から、パンジー・パーキンソンがルベルを睨んでいる
「アル。教えてくれないか?」
「………」
彼女は無言で、何かに堪えるように唇を引き結んだ表情になった
「君が僕にどうあって欲しいのか、どうして欲しいのか、君が教えてくれ」
「………」
彼女は尚も答えなかった
「頼む。アル」
ルベルは、辛抱強く待った
「…………」
彼女は、何が言いたそうにしているのに、まだ何も答えない
ルベルの表情に、焦りの色が表れた
「僕はーーーー君にーーー君の言うことなら不可能だって可能にしてみせる。知っているだろう?君のためならどんなことでもできる」
ルベルがこれ以上は自分のあげられるものはないとばかりに言葉を尽くした
しかし
「………そうじゃない…」
彼女はぽつりと呟いて、頭を横に振った
「…アル…」
ルベルは、彼女が求めているものがわからず、答えを知りたがる様子になった
「そうじゃない……けど……」
彼女は、ルベルから視線を逸らして、床を見つめた
「けど、なんだ?」
ルベルは、早く聞きたいのを堪えて聞いた
「……あなたって…ほんと、分からず屋で…意地っ張りで…とっても不器用……プライドだって信じられないほど高いんだもん…」
止まらない様子で、静かに言った彼女
「………」
ルベルが沈黙する番だった
「……だけど……」
ルベルの紅い眼が、不安に揺れた
彼女の口からこれ以上何を聞かされるのか…
まさか、拒否されるのではないか…
だが…
「そんなあなたを放っておきたくない」
半分だけ姿を見せていたのを全身を現して出てきて、顔を軽く背けてほんのり頬を赤く染めて、消え入りそうな声で言った
ルベルの優秀な耳は、しっかりとその言葉を聞き取った
紅い眼が爛々と輝き、その瞬間、小さなった子どもが、まるで母親が姉に抱きつくように、彼女を抱きしめた
「…アルっ…アルウェンっ」
なによりも愛する幼馴染の名前を、その存在を確かめるように呼んだ
加減ができないほど、彼女が小さく呻くくらい強く抱きしめる
人目など…
彼にとって、そんなもの気にもならない
そうして彼女は、’’いつものように’’、言ったのだ
「
ルベルは彼女を首元に擦り寄るようにさらに強く抱きしめた
「ああーー僕のせいだ。それでいいっ…やっとっ…やっとっ…僕はこれから愛を学び続ける。誓う」
ルベルは言った
しかし
「そういうことは文字を書いて学ぶようなものじゃないよ。本を読んでわかることでも……ただ言葉にすればいいだけものでもない」
彼女は優しく諭すような口調で言った
「じゃあどうすればいい?」
ルベルは、ほとんど無意識に聞いた
「すぐにできることじゃないよ。あなたはすぐ結果を求めたがるけど、時間をかけて……それこそ一生をかけて学ぶ価値のあることが、この世にはたくさんあるのよ。あなたが得てきた知識なんてほんの一部なんだから」
「それは本当か?」
ルベルは、紅い眼を鋭く細めた
「私の嘘はすぐわかるんでしょ」
「ああ」
ルベルは、はっきりとした口調で言った
「私、嘘ついてる?」
彼女は頭を少し傾けてルベルの赤くなった頬を撫でながら聞いた
「いいや」
ルベルは、彼女の眼をじっと見て、はっきりとした口調で答えた
彼女は頬の力を緩めて真面目な表情で言った
「多分、答えなんてない。あなたの嫌いな問題よ。それでも一緒に考える?最後まで投げ出さないって誓うの?」
ルベルの頰から手を降ろして、自分を抱きしめる手を退かして向かい合った
そして、ルベルの両手をしっかりと優しく握って見上げ、聞いた
「一生をかけても答えが出ないのか?」
紅い眼が細められ、海と緑の眼を答えを求めるように見つめた
「そうだよ」
彼女は真摯に答えた
「……君は、それを僕と考えるのが幸せなのか?答えが出ないのに?嬉しいのか?それを考えることで、君は心から笑ってくれるか?」
ルベルは、彼女の柔らかな手に、己の手を握らせたまま聞いた
「うん」
彼女は、あの頃の小さな女の子の幼い笑顔で答えた
ルベルは目を見開き、自然と口角を上げ、鋭い目つきを細めて和らげた
「ならそれでいい。君が幸せなら君の決定に従う」
ルベルは言葉を選んだように言った
だが、彼女は困ったように眉を下げて、言った
「こういう時は、あなたの気持ちを言うのよ。さっき言おうとしてやめた言葉があるでしょ」
ルベルはむっとしたように薄い唇を動かし、紅い目を彷徨わせた
数秒、悩むように顔を逸らせた後…
「……それが…いい」
ほんのり目元を赤く染めながら、目線を背けたまま言い直した
彼女はとても嬉しそうな
「ふふ。これでまず一歩」
彼女は骨張ったすらりとした白い手を握りこみ、笑顔を向けた
ルベルは紅い眼を眩しげに細めて、夢を見ているかのような優しい声で言った
「ああ…一歩だ」
シルクレースが上品に栄えるハイネックの純白のドレスに身を包んだ女性が、柔らかな草を踏みしめ、静かに歩む
植物の蔓やリーフで作られた冠の下に被せられた鎖骨ほどの長さのベールは、その
美しくまとめ上げた特徴的な白銀の髪はベール越しでも輝きを放っている
愛する美しい娘の質素な晴れ舞台に、正装に身を包み、娘と腕を組んで歩く父親
柔らかなブラウンの髪を纏め上げて、しっかり前を見ようと姿勢を正している
草の生い茂る庭で行われているひっそりとした結婚式
花嫁と父親、そして花嫁の母
花嫁の友やごく親しい人だけが参列した式
今日の主役である花嫁の歩みに、誰もが目を奪われた
神秘的な容姿を持つ花嫁の、純白のドレスに包まれた無垢な姿…
…まるでこの世の穢れなど、何も知らないかのように見える…
一歩一歩、静かに歩みを進める花嫁が足を踏み締めた後は、生い茂る草がさらに生き生きと点を向き、小さな花が咲き誇った
歩む先に待つ、人生を賭けて愛した男の紅い眼をベール越しに見つめる
…花嫁が近づいてゆく…
一歩一歩と、花嫁が近づくたびに、新郎の男の紅い目は見開かれ、その輝きに圧倒されたように唖然としていた
近づいてゆく…
近づく度に見えてくる彼の
あんな
幸せという言葉ではとても足りない
ここまで来るまでに、どれほどの犠牲を払ってきたか
どれほどの人の不幸の上にこの幸せがあるのか
忘れてしまいそうになる
忘れてはいけない
だけれど、今はこの幸せに埋もれて窒息してしまいたい
それほどに幸せ
彼の愛は、彼の魂を引き裂き、私の魂を縛りつけた
私は進んで縛られた
彼の魂を縛った
昔聴いた曲の歌詞を思い出す
これほどに、自分が実感することになるなんて
想いもしなかった
こんなにも誰かを愛することになるなんて
誰かに執着するようになるなんて
たくさんの人を傷つけてしまった
だというのに
心は彼と幸せになりたいと
願った
手を差し出す彼の手に、そっと手を置く
らしくなく、彼が緊張している
きっと、周りから見れば堂々としているように見えるのかもしれない
だけどほら
私の方を見ないもの
あなたが嫌っているはずの神父役のダンブルドア先生の方ばかり見ている
あなたは不器用な人
困った人
自分の悩みや苦しみすら、うまく吐き出すことができない
弱みを見せたくなくて、孤独であろうとする
本当は優しい人なのに、それを見せるのを恥だと思っている
決して他人に気づかせようとしない
悟らせようとしない
あなたの愛はこんなにも真っ黒で…真っ白
混じる色を許さない
何者にも染まろうとしないあなたの色に、私は染まりたい
「新郎、ルベル・リルバーンは、ユラ・メルリィ・ポンティを妻とし、健やかなる時も、病める時も、豊かな時も、貧しき時も、敬い、従い、慈しみの心をもって、決して人の道を誤らず愛し抜き、限りある命の限り、その魂を尊び、尽くすことを誓うかの?」
ハリー達の結婚式の時のセリフと違う気が…
綺麗な銀のローブ姿の先生が軽く私に向かってお茶目にウインクした
ふふ
だから先生が神父役を務めたんだ
彼の眉間に皺が寄った
「誓う」
彼の視線が、ベール越しの私を射抜くように真っ直ぐ注がれる
「君を敬い、従い、命も、魂も、全てを君のその御手に委ね、決して、その魂と体を傷つけず支え、護り抜き、終生愛し抜くことを誓うーーーーー今度こそ」
息を呑んだ
会場の参列者が息を呑む音が聞こえた気がした
見つめ合う二人の間には、ダンブルドアが軽く目を見開いて新郎の横顔を見ているのすら目に入らない
「では、妻となる者、ユラ・メルリィ・ポンティは、ルベル・リルバーンを夫とし、健やかなる時も、病める時も、苦しき時も、悲しき時も、道を踏み誤った時も厳しい心で諭し、夫となる男の道を照らす光となり、愛と希望をもって教え導くことを誓うかの?」
やはり、オリジナルな文言だった
それでも
「はい。誓います」
彼はダンブルドア先生の言い方にイラッとしてるみたいだけれど…
私から目を逸らさない
「あなたに護られたこの心を、今度は、自分を傷つけてきたあなたを護るために捧げます。あなたの何ひとつも見逃したくない。良き時も悪き時も離れずに共にいます。あなたの心に再び孤独と闇が手を伸ばして覆い尽くさないように、この命尽きるまで、その闇からあなたを護ると誓いますーーーー今度こそ」
「!」
私の大好きな紅い目から、きらきらとした雫がひとつ
伝い落ちた
「あなたを闇に拐わせたりしない。私に護らせて」
握り合った両手から、普段は冷たい彼の熱いほどの熱が伝わってくる
震えてる指先に、彼の雫が落ちた
「自然の神秘より生まれし生命の輝きのもとに、この二人が夫婦として互いを慈しみ合い、いついつまでも健やかなる時を過ごせるようご加護を与えられよ。困難なることや容易きことに悩み苦しむ日が来ようと、この二人に正しき道を照らし、進む力を与えたまえ。偉大な自然の力の名の下にーーー指輪の交換を」
クッションに置かれた二対の結婚指輪を、クリーチャーが高く上げて持ってきてくれて、それぞれ相手の指輪を取った
細めのシルバーのリングに何か文字が刻印されて植物の蔓のような模様がリング全体に彫刻されていた
この細工…たぶん彼が彫ったのだろう
もしかしたら、リング自体も彼が錬成したのかもしれない
彼が私の左手を恭しく取り、薬指に指輪を嵌めた
私も、彼の綺麗な白い左手を取り、薬指に嵌めた
「ここに二人を夫婦と認めるーーー誓いのキスを」
ダンブルドア先生の喜色の露わな声で、彼は私のベールに滑らかな指先をかけて、ゆっくり上げた
紅い目と目が合う
彼が軽く目を見開いている
紅い目に私だけを映している
彼の手が私の頬に、らしくなく恐る恐るといった様子で添えられた
少し震えている彼の手に、私は手を被せて、彼の口づけを受け入れた
触れ合う鼻も…
手のひらに感じる彼の手の温度も…
合わさる唇の柔らかさも…
額に触れるさらさらとした黒髪の感触も…
五感の全てで感じる彼が…
「アルウェン」
壊してしまうのが怖いと思うほど君が愛おしい
「ルベル」
ひとりで傷つくあなたを放っておけない
「「愛している」」
昔聴いた曲の歌詞が私たちの辿ってきた道をまさにそうだといっていた
誰かがいう 愛は川のようだと
柔らかに生きる葦さえも沈めてしまう
誰かがいう 愛は鋭い刃なのだ
魂は傷つき 血を流すのだと
誰かがいう 愛は飢えのようなものだ
永遠に満たされることのない苦しみだと
私はいう 愛とは花
あなたはその種のひとつなのだ
心が傷つくことを恐れているから
いつまでも踊ることができないでいる
夢から覚めることを恐れているから
いつまでもチャンスを掴めずにいる
死ぬことを恐れるあなたの心は
生きる意味を見出せずにいる
一人きりのとても長い夜
そして あまりにも長すぎる道
そんな時 私たちは思うだろう
愛とは運や力を持った者の為にあるのだと
けれど思い出してもみて
凍えるような冬の雪の下でも
種は太陽の光を浴び
やがて訪れるだろう春の薔薇という名の花を咲かせるのだと
私たちの長い…長過ぎる冬は終わりを告げ
鋭く尖った氷柱を
これからまた長い時間をかけて
一滴一滴
解かしてゆくだろう
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長い間、お付き合いいただきありがとうございます
これで『転生3度目の魔法会で生き抜く』の本編終了となります
読者さんのコメントやメッセージ、スタンプに励まされてここまでくることができました
もしかしたら、納得できない最後だと思う人もいるかもしれませんが、そこはどうかご了承ください
最後に二人の閑話編を書き書きしたいなと思います
本当に、ありがとうございました
愛とは哀しみ
愛とは苦しみ
愛とは虚しさ
愛とは恐れ
しかし、愛は全てを赦す